千七百七十六話 双月神話の夜明け
この音楽はいい音楽に思えるが、なにか精神力が削られる?
シャナはかすかにリズムに乗るように歌っていたが、対抗してくれていたのだろうか。音楽が氣になるが、抱えていたヘルメを見て、
「左目に戻ってこい」
「はい」
ヘルメは液体と化すと山なりに浮き上がって俺の左目に突入してきた。瞬く間に俺の左目に入り込む。
『戻ったな』
『はい』
『ここでも魔力を送ろう』
『ぁん』
がんばったヘルメにご褒美。
そこで、吸血神ルグナド様に、
「ルグナド様、ありがとうございました。おかげで闇神を撃退できました」
吸血神ルグナド様は優雅に頷く。
「当然だ。が、ここの双月神の遺跡は崩壊し始めている、神界と魔界の曖昧なバランスが崩れるだろう」
頷いた。
周囲の地面に亀裂が走り始め、森の木々が倒れる音が聞こえてきた。
「ご主人様、閉ざされていた【ウラニリの大霊神廟】の結界が完全に崩れたことの影響でしょうか」
ヴィーネの言葉に頷いた。
レベッカが、
「ここが、完全な魔界セブドラに戻るってこと?」
「そうだ、正確には、もう魔界セブドラだが」
そこで、左側で戦うクレインとハンカイとキスマリたちをフォローするように《連氷蛇矢》を繰り出した。
鹿と似た頭部を持つ人型魔族兵に連続して《連氷蛇矢》を衝突させていく。
魔法に耐性があるのか、あまり効かない。
荒神猫キアソードの双眸から放たれている破壊光線に耐えられているだけはあるか。が、ハンカイとクレインとキスマリに蹂躙されているから接近戦が弱いかな。
というか、ハンカイたちは一騎当千だ、弱いとか考えてはだめだ。
ハンカイたちが強いってだけだ。
お? そう考えた通りに、ハンカイとクレインとキスマリの接近戦を防ぎ、膂力を活かして両手の拳の長剣のような爪で、皆に反撃を繰り出している、狩魔の王ボーフーンの戦力がいた。
鹿の頭部で六腕で二本足や四本足に成ったりする怪物兵か。
巨大な黒猫の荒神猫キアソードと猫獣人たちも苦戦をしている。
ハンカイを吹き飛ばしたのは、狩魔の王ボーフーンの大眷属かな? と、キスマリに腕を切断されている。
その右上の上空では、紫の三日月のような頭部と鮫のような口を有した魔族とチャクラムを扱う四腕の魔族が激戦を繰り広げていた。
が、音楽の方が妙に氣になった。
時折、リズミカルに変化する。
弦楽器を叩いているような太鼓に近い音も増えていく。
すると、吸血神ルグナド様は両手を拡げた。
<血道第九・開門>の<血霊不朽元帥吸血鬼ギュフィトール>という名の、血の巨人の吸血鬼が消える。と、一瞬で大量の<血魔力>に変換したように大量の血の<血魔力>となった。
その<血魔力>を拡げた両腕を活かすように全身に吸収する。
途端に、吸血神ルグナド様のプラチナブロンドの髪が漆黒の髪に変化。
衣装はノースリーブ系は微妙に二の腕と胸回りの装飾が変化し、スカートも煌めきながら形状が変化していた。
そこに、血槍を扱う眷族と魔剣と魔槍を持つ二人の眷属が、その吸血神ルグナド様の下に飛翔し戻ると、
「ルグナド様、大魔獣ベサルヴァルと魔猪王イドルペルクの手勢は大半を屠りました」
「はい、しかし、狩魔の王ボーフーンの大眷属デリィムラーが率いる一隊と荒神猫キアソードたちが氣がかりです」
「ルグナド様、闇神が退いたのは、【血槍イーヴァルの丘】を狙うためかもです」
「はい、他にも、どこぞの魔界楽師が、我らの魔力や精神力を奪おうとしていますし、魔狂ラカハと六獨天傑バシュルカもいますし、そこに隠れている神格持ちもいます」
吸血神ルグナド様は眷族たちの言葉に頷きつつ周囲を見る。
そして、
「イーヴァルとレヴァトとゲービスよ、撤収はいつでもできる。今はそのまま我と共に動け」
「「「はい」」」
「にゃおぉ」
相棒も鳴いたが、吸血神ルグナド様たちではなく、音楽が響く空を見ていた。神獣猫仮面を装備している。隠れている者たちを見ているようだ。
皆の守りを銀灰虎たちに任せたのか、まだ周囲の森林地帯では戦いが起きているが、音楽が響く方角に頭部を向けていた。
かなり危険な相手だった闇神リヴォグラフと大眷属たちが消えて少し安心したこともあるかな。
右の地上の森では悪神デサロビアの眷族などはまだまだ要て、その眼球お化け軍団とキサラとユイが戦っているが。
「にゃァ~」
「ワンッ」
皆の返事を聞いた黒豹は、満足そうに尻尾をピンと立てて応えた。
トコトコと歩くたび、愛らしい桃色の肛門がちらりと見える。もちろん、うんちは、ついていない。
太股には、絹糸のような光沢を放つ、ふっくらとした毛が密生しており、見ているだけで心が和む。
黒豹は、どこからか聞こえてくる、爪弾くような弦楽器の音色に、小さく首を傾げた。
その左側には、絶え間ない爆発音が轟く戦場が広がっている。赤黒い煙が空を焦がし、焦げ付いたような臭いが微かに漂ってくる。
先程までとは見違えるような速さで、ハンカイ、クレイン、キスマリが、疾風のように鹿頭のモンスター兵を薙ぎ倒していく。ママニとブッチの加勢もあってか、その勢いは増すばかりだ。
荒神猫キアソードの研ぎ澄まされた爪も、猫獣人とよく似た獣人魔剣士の振るう漆黒の剣も、敵を容易く両断する。そして、一際巨大な鹿頭の影が岩山のようにそびえ立つ。狩魔の王ボーフーンその人かと思われたが、どうやら大眷属デリィムラーという名らしい。その圧倒的な存在感は周囲の空気を震わせるほどだ。
しかし、他にも屈強な鹿頭のモンスター兵は依然として多数存在している。
相棒は、激戦が繰り広げられる戦場を冷静に見つめている。まだ、その戦いに加わるつもりはないようだ。
右側の宙空では、妖しい紫の光を纏う魔槍使いの魔族と、鋭利な刃を持つチャクラムを操る、巨大な角を持つ魔族が、稲妻のような速さで激しい攻防を繰り広げている。
その時、右斜め前方の空間が水面が揺らぐように歪み始めた。歪んだ空間がバーコードのように整然と並んだ光の筋が浮かび上がり、それが徐々に薄れていくと、眩い閃光が弾け、そこから純白の花嫁衣装を思わせる硬質な装甲を身に着けた女性魔族と二体の巨人が姿を現した。
魔翼の花嫁レンシサか。
仁王像を彷彿とさせる、筋骨隆々とした二体の魔族は、以前にも見た。
彼らはそれぞれ、固く口を結んだ阿形と、大きく口を開けた吽形のようだ。
始まりと終わりを象徴する阿と吽。
それは、アルファでありオメガである狛犬の姿から、遥かシュメール文明の神像にまで繋がるような、神秘的で異質な造形を持つ二人組だ。
その魔翼の花嫁レンシサは、こちらへゆっくりと、まるで花が舞い降りるように優雅に浮遊しながら、
「――槍使いたち、また会ったわねぇ。それと吸血神ルグナドと会うのもいつ以来かしら」
「レンシサか、我の土地に無断侵入とは――」
吸血神ルグナド様は鮮血のような輝きを放つ血剣と血槍を瞬時に複数召喚し、それらが意思を持つかのように魔翼の花嫁レンシサへと雨あられと<投擲>した。
血槍を操る眷族と、魔槍を振るう吸血神ルグナド様の眷族も、獲物を追い詰める獣のように、魔翼の花嫁レンシサとの距離を一気に縮める。
しかし、二人の吸血鬼の行く手は、阿形と吽形を彷彿とさせる大柄の魔族が、その四本の腕に召喚した二対の魔槍によって、寸前で阻まれた。
その巨躯から繰り出される、太い右前の蹴りが炸裂する。
吸血神ルグナド様の眷族は、血槍と魔槍をクロスさせ、辛うじてその破壊的な一撃を受け止めたものの衝撃波が全身を貫き、体勢を崩して後方へと押しやられた。
そんな激しい攻防をオーケストラの演奏が物語るかのように音楽の音程が目まぐるしく変化していく。
阿形と吽形の大地を揺るがすような力強い動きには音楽のボルテージが一気に高まった。
そして、阿形と吽形を思わせる大柄魔族の強烈な蹴りを防いだ二人の吸血神ルグナド様の眷族一人一人の研ぎ澄まされた動き。
その刹那の攻防を、幾重にも重なる重低音と、心臓の鼓動のようなリズミカルな旋律が息を呑むほど鮮やかに描き出していく。
それは地底深くから響いてくるような……。
不思議な弦楽器の重低音だ。
またも途切れることなく連続して響き渡ってきた。
この異質な戦場の鼓動を表している音楽。
奇妙でありながらも、どこか人を惹きつける魅力がある。
とりあえず魔翼の花嫁レンシサに、
「俺たちか、吸血神ルグナド様を追跡しているのか?」
魔翼の花嫁レンシサは、ニコッと笑顔を見せる。
金色と黒色が混じる綺麗な瞳といい、小鼻に唇と細い顎と首は、かなり綺麗だ。
「たまたま、と言いたいけど、【ウラニリの大霊神廟】から大月の神ウラニリと小月の神ウリオウの魔力が反応したからねぇ、でも、そんなことより、ここの封印が解けたことが重要なのよ」
「【ウラニリの大霊神廟】の森林帯がか?」
「そう、そこで暴れている荒神猫キアソードの封印地もだけど、ここの土地は、ハーヴェスト神話の影響で神々でさえ、迷うことがあった土地で、【ウラニリの大霊神廟】の遺跡も、忽然と消えたからねぇ……森林地帯も迷宮のような場所だった。戦争の名残の優秀なアイテムもいたるところに転がっているし、植物や動物にモンスターも豊富、だから、ここが【ルグナド、キュルハ、レブラの合同直轄領】の範疇だと分かっていても、神々や諸侯は黙っていないってわけ、更に、ルグナドも語ったけど、神界と魔界のバランスが崩れて、今の環境が変化するってことだから、今のバランスだから採取できる様々な貴重なモノも消えるか、変化することだからね――」
魔翼の花嫁レンシサは、そう語ると急浮上。
複数の魔矢と魔弾を避けていた。
攻撃したのは吸血神ルグナドたちではない。
俺たちにも飛来してきた複数の魔矢と魔弾を――。
その魔矢を断罪槍の<刺突>で貫く。
神槍ガンジスの下から上に振るう<豪閃>で魔弾を両断――。
断罪槍で<髑髏武人・鬼殺閃>を繰り出して、片鎌槍の刃で魔矢を真っ二つ。
射手たちは、背後か。
森林を盾代わりに利用しているロングボウか、優秀な弓を持つ。
二眼四腕の魔族で額が異常に広く、耳と肩が繋がっている。
奇怪な二眼四腕の魔族射手軍団か。
そこで、シャナたちの傍にいるビュシエとエヴァとリサナたちを見た。
「ん、シャナたちは大丈夫」
「おう」
「はい!」
「シュウヤ様、闇神リヴォグラフに勝利、おめでとうございます!」
シャナの右前横で、波群瓢箪の上に乗っているリサナの言葉に頷きつつ飛来した魔矢を断罪槍の柄で叩き落とした。
ヴィーネも翡翠の蛇弓から光線の矢で、射手たちに反撃。レンとバーソロンもアドリアンヌたちも、それぞれの得物で飛来してきた飛び道具を真っ二つ。
射手たちがいる方角は、右後方の森林地帯――。
二眼四腕の魔族で、額が異常に広く、耳と肩が繋がっている。
射手の他に四腕が魔銃のような形に変化している魔族もいた。
魔翼の花嫁レンシサは、
「あの連中はだれかしら――」
と、言いながら片腕の手の先から無数の鞭を振るう。
振るわれた鞭が三重に分岐し、それぞれが蛇のようにしなると、三つの鞭は、魔矢と魔弾を斬るように弾いていく。
吸血神ルグナド様にも飛来したが、「『ほぉ……我に向け刃を向けるとはどこの――』」と魔矢と魔弾は血に染まり消える。吸血神ルグナド様に魔矢と魔弾を繰り出した二眼四腕の魔族射手は血に染まり破裂して消えていた。
吸血神ルグナド様の眷族衆が、魔翼の花嫁レンシサから狙いを変えて、森林地帯に向かおうとしたが、
「イーヴァルたち、あの者たちは放っておけ」
「「「ハイッ」」」
吸血神ルグナド様の近くに着地。
その吸血神ルグナド様たちと相棒たちがハミヤたちを守っている味方の位置を把握してから――。
その射手たちに森林地帯に向け左腕を掲げた。
神槍ガンジスの方天画戟と似た双月刃が、銃の照準と成るように真っ直ぐと二眼四腕の魔族の射手たちに向ける。
――《連氷蛇矢》と《氷竜列》を連続的に射手たち繰り出した。
《連氷蛇矢》が先に宙に弧を描いて、奇怪な射手魔族たちの頭部と樹の幹を幾つか突き抜ける。
周囲の気温が急激に下がった。
前方で寒気が渦を巻き、大氣の水分が青白い結晶のまま複数の巨大な氷竜へと収束しつつ直進――。
荒々しい遠雷の如き咆哮が響き渡る。
氷竜の群れは、蒼白の鱗から無数の氷の刃を生み出しながら直進、二眼四腕の射手たちと樹と衝突を繰り返した。
轟音が響くと、無数のダイヤモンドダストが森林地帯に舞う。
二眼四腕の射手たちの大半は《氷竜列》の氷竜たちを避けることもできず。
「精霊の神級魔法といい、今のもそれに匹敵する。そして、槍使いから水属性、水神アクレシスの気配があるが、その証拠か……」
「はい、吸血神ルグナド様、水神アクレシス様とも繋がりを持ちます。このアイテムも――」
水神ノ血封書を取り出した。
吸血神ルグナド様は瞳が血に染まるが、すぐに金色と黒色に変化し、紺碧の色の瞳に戻していた。瞳の色合いを魔眼の作用で、自由に変化させることができるのかな。
吸血神ルグナド様は、
「……では、<始祖ノ古血魔法>などは得たのだな」
「はい、入手は偶然ですが」
「我も同じスキルを持つ、それも縁の一つということか」
「はい」
吸血神ルグナド様は、頷き、ビュシエをチラッと見てから、
「水神に利用されているようで癪だが、それがあるからこそビュシエを救えたと理解できる。同時に、水と血は光魔ルシヴァルに合う。我にわずかな灯火を取り戻してくれたお礼として、それを使うことを正式に認めよう」
「はい、ありがとうございます」
「うむ、<始祖ノ古血魔法>を活かした戦い方はシュウヤならば、自然と学べるだろう」
「はい」
水神ノ血封書を戦闘型デバイスのアイテムボックスに戻した。
すると、キサラたちが戦う、悪神デサロビアの眷族たちの一部が、魔翼の花嫁レンシサたちと吸血神ルグナド様たちと俺たちにも攻撃を開始した。
眼球で構成された体から魔弾が生まれ、それが飛来してきた。
横に移動し、最初の魔弾を避ける。
次の魔弾を断罪槍を突き出す<刃翔鐘撃>で貫いて、神槍ガンジスで右から左に振るう<血龍仙閃>を繰り返し、両断。
次の飛来した魔弾は、吸血神ルグナド様から放出された血の形をした無数の花弁と衝突し、魔弾は溶けるように消えた。
そして、魔翼の花嫁レンシサの部下の、大柄の魔族の一人が、背を覆うほどの金属の巨大な盾を召喚し、魔翼の花嫁レンシサを守る。その盾と魔弾が衝突し、怒羅のような音が何重にも響く。
他にも先程《氷竜列》をぶち当てた二眼四腕の射手軍団が右側の悪神デサロビアの眷族たちを急襲し、こちらにもまた攻撃を寄越し始めた。
魔翼の花嫁レンシサは膨大な魔力を込められた鞭を振るう。
鞭は幾重にも分裂しながら無数の魔矢を弾く。その魔矢が一斉に反転し、二眼四腕の射手軍団へと向かった。二眼四腕の射手たちは己の魔矢が頭部に突き刺さり倒れていった。
魔翼の花嫁レンシサは、俺たちを見てから音楽が響く空を見て、
「槍使いにルグナド、この音楽、氣に喰わないけど、中々良いと思わない?」
と語りながら、音楽が響く空間に向け、左腕から銀と赤の魔力を放出した。
その魔力はオーロラのように動きながら音楽が響いている空間を一瞬で覆う。音楽は少し鈍くなった。
魔翼の花嫁レンシサは、横を旋回しながら魔矢と魔弾の攻撃を悠々と避けながら、
「――ふふ、音色を活かした隠蔽術でもあるようだけど、あ、もしかして放浪の魔界楽師リーザルト・バルギャスの音色かしら」
と発言。
その魔翼の花嫁レンシサを守るように前に出た大柄の魔族は、
「――レンシサ様、その魔界楽師は、音楽による魔力と魂と武の気概に、その精神を吸収するために、様々な闘争の場を求めて旅をしていると聞いていますぞ。どうやら神々の戦場という舞台に魅了されたようですな」
「あぁ、ニルゲェルは魔界音楽家と戦ったことがあったわねぇ」
「はい」
吽形と似た大型魔族はニルゲェルという名か。
魔翼の花嫁レンシサは、
「魔界楽師、いい音楽だけど、私たちの魂を求めているとは……そこで、暫くは大人しくして、詩だけを記録すればいい」
魔翼の花嫁レンシサはそう告げると、レンシサが放出していた銀と赤の魔力の内から、リズミカルなチェロを掌で叩いているような重厚な音が響く。
と、そこからパッと閃光が走り、爆発。
銀と赤の魔力は消えた。
「あら……」
とレンシサも驚く。そこから現れたのは端正な顔立ちの男性。
「ほぉ、リーザルトの名は聞いたことがあるが、我はとくに魔力は吸われた覚えがない」
吸血神ルグナドの言葉に、楽器を持つ男性は、反応。
空中に浮かびながら弦楽器を響かせた。十本の指が舞うように弦を弾く。人型でありながらも、全身が漆黒の鱗と紫の皮膚に覆われ、背中には蝙蝠のような翼を持っていた。
そのリーザルト・バルギャスは、
「……皆様、私をご存じのようで、嬉しい限り――」
と、体の周囲に漆黒の魔力が展開される。
そこから人形と似た存在が幾つも出現し、アカペラで、不思議な魔声を響かせ始めた。
リーザルト・バルギャスは、
「吸血神ルグナド様は、さすがに神格が桁違いですからな、ですが、ここは奮発し、魔界狂想曲第七番『神々の黄昏』を披露しましょう――」
途端に、弦楽器を活かした音楽が奏でられていく。
単なる音楽ではなく、魔力を帯びた旋律が空気を震わせ、聴く者の精神を蝕む。深い低音は地面を揺らし、高音は脳髄を突き刺すように共鳴する。
まるで神々の争いを目の当たりにするかのような荘厳さと恐怖を同時に呼び起こす魔性の音色だった。
音波が多重に重なり魔法攻撃のようにレンシサや俺たちにも音波が迫るが、シャナが喉に歌翔石を付けて人魚らしく美しい声で抵抗を示す。
すると、シャナの背後に寄り添うように氷竜レムアーガが青白い光を放ち、低く唸り声を上げた。
その唸り声はシャナの歌と完璧に調和となる。
二重の旋律となって空気中を震わせていく。
歌翔石から放たれる音波と氷竜の吐く冷気が混ざり合い、青白い霜の結晶が歌の軌跡に沿って舞い始めた。
「霜歌の守護――」
人魚の歌声と氷竜の力が融合した防御魔法か?
リーザルト・バルギャスの音楽の波動が触れるたび、霜の結晶は音波を捉えて凍らせ、その振動を無効化していく。
「シャナと氷竜レムアーガの連携はここまでできるように……」
「はい、個々の力の足し算を超えた新たな防御術です」
「おぉ、おっとりシャナが!」
「歌にこのような効果が……驚いた」
「あぁ、シャナッち、俺を――」
「にゃご」
「ふふ、人魚とドラゴンの神秘ですわね」
「すげぇな、セラの種族も侮りが足しか」
「ガォ~」
魔界騎士ハープネス・ウィドウも発言し、魔竜ハドベルトも同意するように鳴いていた。相棒はアルルカンの把神書がシャナに変なことをしようと考えたのか、噛み付いていた。
「……これは意外……私の『神々の黄昏』が……氷竜を従える人魚に防がれる?」
リーザルト・バルギャスはシャナの歌声に驚いている。
足下に亀裂が入り始めた。
ここは撤収したほうが良さそうだな。
「――皆、集合、今すぐ撤退する!」
すると、左側で大爆発。
ハンカイとクレインたちは飛翔しながらこちらに戻ってきた。
狩魔の王ボーフーンの大眷属が吹き飛ばされたか?
と、突然、黒い影が降下してきた。
闇鯨ロターゼかと思ったが、ロターゼは近くにいる。
巨大な黒猫、荒神猫キアソードだ。
その背に乗る猫獣人たちの姿も見える。
荒神猫キアソードはゆっくりと降下してきた。
リーザルト・バルギャスはチェロの楽器を止めると<隠身>を使用したように気配を消して見えなくなった。
頭部が三日月で紫の体を持った強者と、角ありのチャクラム使いは、右のほうに移動していく。
荒神猫キアソードは、
「お前が、双月神の力を得た者に、黒猫……」
その声は意外にも穏やかだった。
大きな瞳には古の知恵と好奇心が宿っている。
黒豹は、見上げつつ「にゃ」とかすかな声を発し、前足を上げて肉球を見せていた。
荒神猫キアソードに、
「その黒い猫は、相棒、名前はロロディーヌ、愛称はロロです。神獣でもある」
「ロロディーヌ、興味深い存在だ」
相棒の黒豹は前足を降ろして好奇心からか一歩前に出た。荒神猫キアソードはゆっくりと頭を下げ「ニャァ」と一声鳴いた。それに応えるように黒豹も「にゃぉ」と返す。
二匹の間に奇妙な対話が始まったかのようだった。
その場にいる者たちには聞こえない言葉を交わしている?
荒神猫キアソードの大きな瞳が満月のように煌めき、黒豹の尻尾は優雅に8の字を描きながら揺れていた。
長い年月を生きてきた荒神と、古の力を宿す神獣の間には、言葉を超えた理解があるようだった。
「ロロ様と荒神猫キアソード様がコミュニケーションを……」
『私のことは覚えているかもです……』
爪に内包している風の女精霊ナイアが少し怯えながら念話を寄越した。
荒神猫キアソードを見て、
「俺に何か用か?」
荒神猫キアソードは俺たちを見て大きな瞳を細めた。
「ある。双月神の力を引き継いだ者と会ってみたかったのもあるが、我の封印が解けたのは、そなたたちのお陰」
「俺たちの……」
「うむ、闇遊の姫魔鬼メファーラと砂漠風皇ゴルディクス・イーフォスと言えば分かるか」
「闇遊の姫魔鬼メファーラ様から加護と得て、<砂漠風皇ゴルディクス・イーフォスの縁>も獲得しています」
「なるほど、だからか……」
すると、吸血神ルグナド様が、
「荒神猫キアソードも封印から解放されたか。これはまた予想外だな」
「吸血神ルグナド……この場所には、様々な力が集まっているようだ」
二人が視線を交わすと、地面の揺れは激しさを増していた。
石畳が砕け、周囲の森からは木々が倒れる音が響く。
「総長、このままでは危険です。早く撤退しましょう」
メルが焦る声を上げる。
荒神猫キアソードは一歩下がり、
「我々も、立ち去るとしよう。が、槍使いよ、いずれまた会おう。お前の相棒の神獣と共に……」
そう言うと、荒神猫キアソードは背に乗る猫獣人たちと共に空高く舞い上がった。
そこで、吸血神ルグナド様を見て、
「では、撤退します」
「うむ、我もそうしよう」
そこで、戦闘型デバイスからレドミヤの魔法鏡を取り出し設置。
「皆、近くに集まれ!転移するぞ!」
崩壊が進む【ウラニリの大霊神廟の遺跡】。
そこに、こちらに走ってくる黒髪の女性魔族が見えた。
背後の人型は、見覚えがある。
「シュウヤ様、あれは!」
ミレイヴァルの言葉に頷いた。
「あぁ、悪神デサロビアの大眷属、ゲヒュベリアンだ」
「すみません、助けて――」
「了解――」
<雷飛>――。
女性魔族との間合いを零とした直後――。
右手首の<鎖の因子>から<鎖>を射出――。
<鎖>は、ゲヒュベリアンに向かう。
女性魔族を、左腕と胸で掴むように抱きかかえ<雷飛>――。
バックステップをするように後退し、ゲヒュベリアンが<鎖>の攻撃を魔剣で払うのを見ながらエヴァたちの下に戻った。
吸血神ルグナド様が、俺たちの前方に移動してくれた。
女性魔族を見ながら、
「転移するがいいかな」
「はい! ありがとうございます!」
そこで皆に向け、
「【骨鰐魔神ベマドーラーの内部】に行こうか――」
「「はい!」」
〝レドミヤの魔法鏡〟の転移可能な場所は合計二十八カ所。
【メリアディの書網零閣】
【ルグファント森林】
【ヴァルマスクの大街】
【アムシャビス族の秘密研究所の内部】
【メリアディの荒廃した地】
【エルフィンベイル魔命の妖城の冥界の庭】
【メリアディ要塞の大広間】
【レン・サキナガの峰閣砦】
【骨鰐魔神ベマドーラーの内部】
【南華大山山頂部】
【ガルドマイラ魔炎城】の城主の間
【ウラニリの大霊神廟の遺跡】
【骨鰐魔神ベマドーラーの内部】を選択。
〝レドミヤの魔法鏡〟から魔力が噴出した。
魔力は〝レドミヤの魔法鏡〟の後方の広がる。
【ウラニリの大霊神廟の遺跡】の空間が消え、骨鰐魔神ベマドーラーの内部に変化。境目は揺らいでいる。
闇鯨ロターゼがすんなりと入ったところで、皆で、骨鰐魔神ベマドーラーに入り、転移を終えた。
素早く〝レドミヤの魔法鏡〟を回収。
続きは明日、HJノベルス様から「槍使いと、黒猫。1巻~20巻」発売中。
コミック版発売中。




