千七百七十四話 魔界狂想曲
◇◆◇◆
黒髪の女性魔族は優雅に飛翔しながら片腕を上げる。極門大塔装甲服が月明かりに煌めく。
人差し指と中指を揃えると、指先から浮き出る赤銅色の紋様が鮮やかに輝き、そこから血のような螺旋状の赤の魔力が雷のごとく迸り直進――。
螺旋状の赤の魔力が、眼球が上下に重なった悪神デサロビアの眷族兵の眼窩を精密に穿ち、その内部から蒸発させるように爆ぜながら倒した。
他の悪神デサロビアの眷族が、
「なぜ、邪魔を――」
と、喋っている最中に黒髪の女性魔族は無言のまま指先から赤い螺旋状の魔力を放ち、悪神デサロビアの眷族兵を眼球を撃ち抜くように倒した。
「我らの敵だ――」
「「殺せ――」」
「モタドたちを、二眼の黒髪女! 生きてここから出られると思うなよ!」
「死んでもらう!」
他の悪神デサロビアの眷族は、己の眼球の体から無数の大きい眼球を周囲に生む。
その眼球から漆黒の粘液を放出し、その漆黒の粘液は蠢きながら、黒髪の女性魔族へと飛翔していく。黒髪の女性魔族は細い両足を煌めかせ、左斜め上に跳び、漆黒の粘液を避けた。
また直ぐに黒髪の女性の細い両足が輝くと、右斜め上に跳ぶ。
何度も、煌めかせた両足を活かすように、地面を蹴り、軽やかに、漆黒の粘液を避けていく。
黒髪の女性魔族は瞳を細め、神経を研ぎ澄ませた。血管を流れる魔力を足元へと集中させ、独自魔術「アス・キスモレの魔脚」を心の深層から呼び覚ます。刹那、彼女の細く引き締まった両脚に無数の魔法回路が浮かび上がり、蒼白い光を放って煌めいた。その光は神秘的な波動となって周囲の魔力場を震わせる。
彼女の足先が塵一つない大理石の床に触れた瞬間、幾重にも重なる同心円状の魔法陣が展開した。その魔法陣は古代魔族の言語で刻まれた呪文を内包し、時空の法則を一時的に書き換える。
魔法陣が靴底に定着すると同時に、女性魔族の身体は物理法則を超えた加速を得た。
通常の魔族ですら視認できないほどの速度で、彼女は前方へと跳躍する。空気を切り裂く音さえ彼女の動きに追いつけない。
悪神デサロビアの眷族たちが放つ漆黒の粘液――それは触れれば肉体を腐食させる禁忌の毒素、それを遠くから見切っていた彼女は、体を宙で完璧に制御し、芸術的な動きで回避する。
その軌跡は空間に一瞬だけ残像を描き、見る者の目を幻惑させた。
飛翔の頂点で、彼女は両手の複数の指先に極魔石グリームを召喚――。
この行為には通常、詠唱と魔法陣の展開が必要だが、彼女は長年の修練によって詠唱を内在化し、指先だけで完結させていた。赤く輝く極魔石グリームは、灯台の光のように闇を切り裂き、彼女の指の間で脈動している。
彼女は精密に計算された角度と力加減で、指に挟んだ極魔石グリームを放つ。
その動きは水面に石を投げる時のような優雅さを持ちながらも、致命的な正確さを兼ね備えていた。
更に彼女は両足を交互に踊るように動かすと、足裏の魔法陣が幾何学的な精度で分離し、独立した意思を持つかのように宙を舞いながら標的へと向かう。放たれた魔法陣は複雑な軌道を描き、敵の死角から襲いかかる。
投擲された極魔石グリームは眷族たちの防御魔法障壁に衝突すると、一瞬のタイムラグの後、障壁を貫通する。
これは彼女が極魔石グリームに込めた特殊な周波数の魔力が、眷族の防御魔法と共振し、内部から崩壊させる高等技術の結果だ。
眷族たちの巨大な眼球体は極魔石グリームの貫通によって痙攣し、内部の魔力回路が破壊される。その瞬間、極魔石グリームに込められた上級<極魔石術>が発動する。これは属性魔宝石のエネルギーを臨界点まで高め、制御された魔力爆発を引き起こす術式だ。
爆発の衝撃波は眷族の体内で増幅され、眼球体の内側から外へと破裂していく。彼女の足裏から放たれた魔法陣も標的に到達し、円環の外縁部が鋭利な刃となって眷族の体を精密に切断していく。
戦場に響く爆発音と断末魔の叫び声――。
黒髪の女性魔族は次の標的を見定める。
瞳には一切の迷いはなく、ただ冷徹な計算と戦術が宿っていた。
悪神デサロビアの眷族たちが次々と倒れていく。
その様は、彼女による芸術作品のようにさえ見えた。
<アス・キスモレの魔脚>と<極魔石術>の組み合わせ――。
それは魔界最高峰の学府、極門覇魔大塔グリべサルで学んだ基礎を、彼女が幾多の死線を越えて独自に発展させた境地。
誰一人として模倣できない、完全オリジナルの戦闘様式だった。
魔学院では彼女のことを〝グリベサルの魔女〟、〝黒髪の天才〟と畏怖の念を込めて呼び、その卒業から百年経った今も魔法理論の教科書には彼女の名が刻まれている。
その黒髪の女性魔族は衣装を煌めかせ上昇し、「粗方倒したかしら……」と呟いて見下ろす。
見下ろした先にいるのは、女性魔族が繰り出した極魔石グリームと魔法の円の攻撃を相殺していた悪神デサロビアの眷族ガザロス。
そのガザロスは、
「二眼の女、名と所属を聞こうか」
「ミウに、魔公キンヴァルの仕事よ、で、眼球お化けは、なんて名なの?」
「ミウ……キンヴァル平原の魔公の手下か」
「手下? ではないけど。ま、その仕事の邪魔をしているのは、あなたたちってこと。で、あなたの名は、眼球お化けが名前なの?」
「我の名はガザロス。そして、邪魔は我ではない、ミウと魔公キンヴァルたちだ。邪魔はしないでもらおう――」
と、ガザロスは、己の眼球から漆黒の魔弾を複数放つ。
その魔弾を、ミウは指先から魔界紋章魔法、基礎の魔法防御<ディングラム>を展開させた――。
五重の半透明の魔法陣が蜂の巣状に連なったハニカム状の魔法ブロックで漆黒の魔弾をすべて防ぐ。
そして、
「無駄よ」
「無駄ではない。ここはいずれ悪神デサロビア様の領域となる――」
ガザロスは眼球の先から魔剣を生み出し、それと黒髪の女性魔族に向け飛ばした。黒髪の女性魔族ミウは「――笑わせる」と片腕の指先から珠色の魔弾を放ち、飛来した魔剣を弾き飛ばす。
と、衣装が煌めく。
その衣装は【極門覇魔大塔グリべサル】の卒業生だけが身に着けることができる極門大塔装甲服。
「チッ、その装束は、かつての魔公たちの……」
黒髪の女性ミウは、頷いて、
「かなり前に魔界大戦で潰れたけど、知ってんだ。意外~。あ、そういえば、悪神デサロビアには、魔公たちを家臣に持つ大眷属もいたわねぇ――」
と、指先から珠色の魔弾を発生させ、それをガザロスに飛ばしていく。
ガザロスは眼球から無数の小さい眼球の群れを前方に飛ばし、珠色の魔弾を相殺させながら右へ飛翔し、
「――グリベサル出身の魔傭兵が、キンヴァルに付いたわけか」
「そう、だからどこに付いたとか関係ないから」
「とにかく、この【ウラニリの大霊神廟】の地と【大魔死鬼ゾッドアレイナの森】は我らがもらい受ける――」
「だいたい、大魔死鬼ゾッドアレイナをお前たちが倒せるとは思えないし、双月神の遺跡も見つけられていないでしょうに。そして、ここらの森林地帯に眠っているお宝は色々な魔族たちの恩恵となっているんだから!」
「そのような弱小魔族など、我らの贄にすぎん――」
「は?」
怒りを覚えた黒髪の女性魔族ミウは、珠色の魔大剣を召喚。
それを直進させ、ガザロスが生み出した眼球の群れの攻撃のすべてを斬り捨て、珠色の魔大剣をガザロスに直進させるが、ガザロスは、魔界紋章魔法の王級の魔法防御<ディノクライシス>を繰り出した。
<ディノクライシス>の魔法防御は、魔界の大氣に干渉したように空間を歪ませ、珠色の魔大剣を、その歪ませた虚空へと消し去った。
続けてガザロスは魔骨イサベを<投擲>した。
黒髪の女性魔族ミウは、横に飛翔し、ガザロスが放った魔骨イサベから連なった骨の群れから放たれていく漆黒の霧を避けていった。
飛翔しながらミウは宙空捻りを数回行い、逆さまになりながら、ガザロスを睨み付けた。
ミウは右の人差し指と中指を揃える。
瞳孔が収縮、ミウの意識が研ぎ澄まされ、ガザロスの存在だけが視界に焦点化される。
その左の眼に無数の魔法陣が重なり、煌めく。
左眼に浮かぶ無数の魔法陣が幾何学的な美しさを放ちながら高速で回転し始めた。
右手首に左手を当てながら両手に魔力を込めた。
時間が緩やかに流れるように感じられる中、両手首に嵌めた極魔宝石ターンジェルが共鳴するように強烈な丹朱の輝きを放ち、その光は彼女の血管を通って全身を巡り、指先に集中していく。
ミウの瞳孔が針のように収縮し、魔力の奔流が体内を駆け巡った刹那、
「<対魔聖櫃アヴァロン>——」
ミウの声が夜の森に響き渡る。
彼女の指先から魔界の禁書にも記されるほど強大な赤と黒の螺旋状の<対魔聖櫃アヴァロン>の魔砲が迸った。
放たれた魔砲は現実の空間そのものを歪めながら進み、その通過点には一瞬だけ時空の裂け目が生まれる。轟音と共に森の空気が振動し、地面に映っていた一時の月影さえも揺らめいてから月影は砂漠風皇ゴルディクス・イーフォスの形を模りながら風と砂になって消える。この現象にはミウも気付けない。
ガザロスは咄嗟に魔界紋章魔法の皇級魔法防御<レイオブジュ>を展開――。
が、その防御壁の無数のハニカムコア構造が重なった防御魔法だったが、<対魔聖櫃アヴァロン>の前に紙のように裂かれた。
魔界でもトップクラスの防御魔法が一瞬で無力化される様は神話の一場面のように荘厳だった。
「げぇぁぁ」
ガザロスの絶叫が森に響く。
<対魔聖櫃アヴァロン>は悪神デサロビアの眷族たちを次々に貫き、その肉体を分子レベルで分解していった。魔力の射線が通過した後には爆発の連鎖が起こり、森の木々が次々と燃え上がる。
湧き上がる猛炎が夜空を朱に染め上げ、炎に照らされたミウの顔には冷酷な満足感が浮かんでいた。
「……極門大塔装甲服を理解できたなら、私の魔法も警戒できたと思うけど」
彼女の声は静かだったが、その言葉は勝利の確信に満ちていた。
その黒髪のミウは周囲を見渡し――。
追ってきた悪神デサロビアの眷族たちの数が減っては、戦いがあちこちで起きていることを察知。
とんでもない魔力を有した存在たちが一瞬で消えていく……諸侯クラスに魔界騎士たちに神々まで、【ウラニリの大霊神廟】で何かがあったのかしら……。
ミウは思考を巡らせながら、慎重に周囲を観察した。
火炎に包まれた森の向こうでは神々の争いのような異常な魔力の渦が発生している。
彼女の柔らかな黒髪が風に靡き、その先端が彼女の頬を撫でた。
遠くに立ち上る複数の魔力の柱を見ながら、胸に不安が芽生えていく。
この任務は当初の想定よりもはるかに複雑になっていた。
魔公キンヴァルから依頼された単純な探索が、いつしか魔界の勢力図を揺るがす大事件の渦中に巻き込まれつつあることに薄々は気づいていた。
ミウは足元の魔力を使い自身の存在感を最小限に抑えながらトエドの街に向かって飛翔を始めた。夜風が彼女の肌を撫で、極門大塔装甲服の表面に宿る防御魔法が静かに唸りを上げる。
森の上を飛びながら、ミウの視線は【ウラニリの大霊神廟】が存在すると言われる方角に向けられていた。その神秘的な場所には、かつて双月神の力が眠っていたという。
そして今、それが何者かによって解き放たれたのだ。
「これ以上関わるべきではないわ」
ミウは自分に言い聞かせた。
しかし、彼女の心の奥底では、好奇心が静かに燃えていた。
魔界の謎に満ちた歴史の断片を目の当たりにする機会は、そう頻繁にあるものではない。
トエドの街が霧の向こうに見えてきた。
普段なら目立たない小さな街、でも、今夜は特別だった。
街全体が強力な隠蔽結界に包まれ、その魔力の膜が月明かりに微かに揺らめいていた。
住民たちは何かを恐れているようだ。
ミウは静かに降下し始め、街の入り口に近づくにつれ心の奥にしまい込んでいた疲労感が少しずつ表面化してきた。
血で染まった冒険の一日が、ようやく終わろうとしていた。
女性魔族ミウは、街を覆うように結界と隠蔽術が施されている様子を不思議そうに眺めながら街の魔傭兵たちが集う酒場に入り、中央のカウンターに向かう。
「いらっしゃい」
「マスター、魔酒とレジサリウスの調理肉を一つ」
「はいよ」
と、ミウは出されたジョッキを持ち、魔酒を魔眼で確認。
魔力回復効果を高める効果があることを確認するとジョッキを口に運び、その魔酒を飲む。
レジサリウスのこんがり肉を食べて笑顔となった。
「生きて帰ってきたのは嬢ちゃんだけかい?」
「あ、うん。覚えていたのね、そう、戦いが激しくなって探索どころじゃない」
「【ウラニリの大霊神廟】で結界が消えたようですから、また戦乱ですな」
「え、あぁ、そういうこと……」
「気付かないとは驚きですな」
「うん、探索と戦いでね、だから、街の防御を固めていたのね」
「はい、隠蔽術や防御魔法も神々の争いの前では、あまり意味をなしませんが……」
「それは、そうでしょうね……」
「嬢ちゃんは、魔公キンヴァルに報告に戻るんですか」
「報酬は出るし、そうする、じゃあね」
ミウは、魔公キンヴァルより依頼を受け【大魔死鬼ゾッドアレイナの森】の探索と【ウラニリの大霊神廟】にあるとされている森林地帯にあるとされている血の陰月の大碑の探索を行い、その危険極まりない任務を何とか生き抜いての帰りだった。
ここで、見つけた希少な収穫物が、腰に提げた次元袋の中で微かに脈動している。
酒場から離れ、路地の奥まった場所に佇む古びた魔道具屋に向かい、錆びた扉を軽く押して入る。店内には不気味な魔器や禁忌の書物が乱雑に並べられ、空気自体が古の魔力で濁っていた。
店主は一見は角を有した年老いた中年魔族に見えるが、実は百本の足を持つ百足高魔族ハイデアンホザー。その正体を知る者はこの街でもほとんどいない。
ペミュラスを知るシュウヤたちと、【バードイン迷宮】で辛い経験をした者たちならば、その正体に察知がつくだろう。
その店主の前に、黒髪の女性魔族ミウは、魔力封印された特製の小箱を取り出した。
「ゾッドアレイナで見つけた古代樹レミグの樹脂と、古代グラスベラの骨魔獣の大骨だけど……まだ魔力が残っている」
小箱を開くと、淡く青白い輝きが店内に漏れ出した。店主の瞳孔が縮み、柔らかな舌が口の端から覗く。
「なかなかの品だ……闇神リヴォグラフの高級魔コイン十三枚に、ディペリルの高級魔コイン五十枚ってとこだな。どちらも純度の高いものをな」
「了解、それでいいわ」
魔界の上位者しか持ち得ない貴重な魔コインを受け取りながら、ミウは満足げに微笑んだ。
と、袋に入った魔コインを確認してから店主と挨拶してから外に出る。
魔公キンヴァルのいるキンヴァル平原に戻ろうとしたミウは浮上すると、突然にローブを着ている人型魔族が転移して現れる。
「なに?」
「……黒髪の女魔族、お前か? ガザロスたちを殺したのは」
「さぁ……貴方は?」
睨みを強めた魔族は、
「我の名はゲヒュベリアン……」
「ゲヒュベリアン、悪いけど、仕事帰りだから」
「待て、黒髪、お前は【ウラニリの大霊神廟】で何を見つけた」
「へ? 何を見つけようが関係ないでしょう」
ミウは指先に極魔石グリームを召喚し、いつでも<投擲>をできる仕種を取る。
ゲヒュベリアンは、「……黒髪、お前は今、この地がどのような状況になっているか理解できていないようだ……」
「交渉には乗らないと言ったでしょう?」
「それならば、魔族グラスベラなどが暮らしている街がどうなっても良いのだな?」
「勘違いしているようだけど、利用しているだけだから、じゃ――」
ミウは<アス・キスモレの魔脚>を発動。
素早く転移するような加速力で、ゲヒュベリアンから離れた。
が、ゲヒュベリアンも加速し、速度を増しながらミウを追跡し、右手の指先から魔眼を有した<レ・ザクロア>の魔弾を繰り出していく。
ミウはトエドの街から離れ、「ついてこないでよ!」と叫びながら上下に動き加速――。
そのまま【ウラニリの大霊神廟の遺跡】と変化している森林地帯に突入していく。
奇しくも、シュウヤたちが戦っている場所に近づきつつあった。
◇◆◇◆
仁王像のような大柄魔族、名はニルゲェルの肩に優雅に座り、長い指で髪を掻き上げながら槍使いと魔猪王イドルペルクの激突を遠くから観察している魔翼の花嫁レンシサの姿があった。
その妖艶な美しさは夜の闇さえも照らすようで裂帛の音と共に交錯する魔力の閃光に照らされる度に血の色をした唇がわずかに微笑む。
「ふふ、あの槍使いは本当に強いわ。光魔ルシヴァルという種族のようだけど、人族にしか見えないのが、また面白い」
「はい、破壊の王ラシーンズ・レビオダと憤怒のゼアを倒した槍使いですからな。魔界の覇者たちが震えるほどの実力者です。この地方で永く暴れていた一角の魔猪王イドルペルクも、そのような強者の前ではそうは持たないでしょう」
「強いことは理解してますが、意外に槍使いはイドルペルクに押されているように見えまする」
「ニルゲェルは見る目がないわねぇ、イドルペルクは、もって後、三分ってところでしょう」
レンシサはニルゲェルから離れ、森林帯から槍使いたちが戦う場所に少し近づいた。
「ですな。槍使いの槍の一撃一撃に意味があるように思いまする。バルキーゴも槍使いには一時間と戦えないでしょうな」
「うん、それを本人の前で言ったらダメよ? ま、槍使いは風光明媚がある強者だし、神獣ちゃん繋がりか不明だけど、永く封印されていた荒神猫キアソードとも関係がありそうなのも頷ける」
「レンシサ様は、随分と神界かぶれの槍使いを買っている」
「当然ね、神界の連中とは争うのは当然の流れではあるけれど、余計な争いは増やしたくないもの。あの槍使いが妾の仲間になれば、神界からの防波堤にはなる。それに放っておくのもねぇ……」
「はい、ガラディッカや淫魔の王女ディペリルと同様に、今後はレンシサ様の邪魔になり得る」
「ですな、【メリアディの命魔逆塔】を復活させたと思いきや、今度は、この【ウラニリの大霊神廟】の地に現れ、封印を破り、双月神の魂と接触、昇華させるとは意外すぎる」
「それだけではない。【魔命を司るメリアディの地】で暴虐の王ボシアドの死海騎士と接触したことが、レンシサ様は氣にしておられるのだ」
「ほんとよ、いずれは火脈支配が濃厚な、暴虐の王を強めたくないし、高魔耐イシュルーンの産地の魔界王子も強めたくない」
「はい、このままでは狂気の王シャキダオスに魔界王子イシュルーンと暴虐の王ボシアドたちと槍使いが組むかも知れませぬ」
「うん、そうねぇ、〝魔皇狂鋼塊〟は入手したから良いものの……」
「はい、先の戦いでは介入も失敗しましたからな」
「……あの時、カラディッカに淫魔の王女ディペリルたちも途中で邪魔しようとしてくるからよ!」
「はい……お、<光槍技>でしょうか」
シュウヤが放った八支刀の光が連なるランス状の雷不が直進し、魔猪王イドルペルクを突き抜け、魔翼の花嫁レンシサたちの近くを通り、森林地帯と衝突、そこで大爆発が起き、地面ごと森林が蒸発、数百メートルの地面が抉られていく。
そこにいた悪神デサロビアの眷族衆が蒸発するように消えていった。
「……凄まじい威力」
「うん、あれは、光神ルロディスの涙、光神ルロディスの失われた八本の神槍が一つ、名は雷不ね……」
◇◆◇◆
あの漆黒の塊は<暗黒魔術>の<暗黒轟塊刃>か!?
魔界の上級戦術でさえ防ぎきれぬ禁忌の攻撃術と聞く。
では、あの恐るべき老魔術師こそが、吸血神ルグナドに対する闇神リヴォグラフの大駒の一つ、千の呪術を極めし闇賢老バシトルターゼなのか。
魔界でも十指に入る大戦力が、ここに現れるとは。
――な!?
あっさりと<暗黒轟塊刃>が花火のように弾け飛ぶだと? 驚きだ。
光と闇の境界を行く槍使いが繰り出した魔法の盾は、魔猪王イドルペルクとの戦いにも使用していたが、魔界最高峰の攻撃をあれほど容易く防ぎきる防御力を備えていようとは……。
その盾の表裏には『八咫角』と『魔界九槍卿』の紋章が刻まれている。
八槍卿なら覚えがあるが……。
なにしろ、あの魔猪王イドルペルクをサシで倒した槍使いだ。
背後にいる連中もただ者ではない、<血魔力>を有した吸血神ルグナドではない眷族衆に、竜に乗る魔界騎士は魔界騎士ハープネスか?
それほどの人材たちを従えている槍使いたちが、闇神リヴォグラフ側とも揉めているのなら、吸血神ルグナドも興味を持つか。荒神猫キアソードも狩魔の王ボーフーンと戦いながら槍使いに近づいている?
高度な<隠身>に<隠蔽術>を使っている連中も多い。
更には、隠れながら、魔王の楽譜を魔界楽器で<魔界狂想曲>を響かせている奴もいるな……酔狂すぎる諸侯か、放浪の魔界騎士には変な奴がいるからな……。
と、思考しながら、右の上空から<魔遠感法>を使い、槍使いたちを眺めていた魔狂ラカハ。
すると、その魔狂ラカハを狙っていた六獨天傑の一人が、極魔法具から放たれた蒼紫の膨大な魔力攻撃の<天魔雷法ナグマルタ>が向かう。
魔狂ラカハは<魔絶>を解除しつつ急降下し、<天魔雷法ナグマルタ>の蒼紫の魔力攻撃を避けた。
「ハッ、<天魔雷法ナグソルカ>か、お前は六獨天傑バシュルカだな――」
と魔狂ラカハは姿を晒す。
紫の大きい三日月のような頭部に大きい鮫のような口を有した四腕二足。
紫の胸元には金の魔法文字が刻まれている。
その四腕の左右上腕に金と紫が合わさる魔槍を召喚し、チャクラムのような武器を持つ六獨天傑バシュルカに突撃していく。
◇◆◇◆
<魔銀剛力>を強めて、断罪槍を高く掲げた。
穂先から月光のような銀の魔力が溢れ出る。
「皆、ヴィーネ、ヘルメ、ルマルディ、ユイ、ハンカイ!」
と、皆に発言し、
「あの闇神の大眷属たちを攻撃しようか。他の者も参加していいが、守りの陣形も固めて他の諸勢力の動きも見ておけ――」
「「はい、ご主人様!」」
「「「はい」」」
「ん」
「「了解」」
「「「おう」」」」
眷族たちの声が一斉に響き、それぞれが<月光の纏>や<血魔力>を発動。
戦闘態勢に入った。
ヴィーネの翡翠の蛇弓から月明かりに煌めく。
ヘルメの指先から水飛沫が発生しながらより、俺の右半身を覆う。
ユイの双眸には月虹の光が宿った。
吸血神ルグナド様も前に出て、
「ふ、我も戦おうか」
「はい」
続きは明日、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻~20巻」発売中。
コミック版発売中。




