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槍使いと、黒猫。  作者: 健康


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千七百六十一話 双月神の涙、封印されし月光の結晶

光の門の向こう側に広がる世界へと踏み出した瞬間、周囲の空気が絡み合う魔力の糸で織られたように凝縮し、肌に纏わりつく。

 冷たい転移の光が蝶の羽のように消え散ると、眼前には時の闇から浮かび上がる幻影のような光景が広がっていた。


 幾千年もの時を経て忘却の淵に埋もれた古代都市グラスベラの遺構か。


 天井から滴る水が古の言葉を紡ぐかのような銀の音色を奏で、かつての栄光を刻む柱と壁は翡翠と藍玉を散りばめたような深い青と緑の苔に覆われながらも、幾星霜の沈黙を守り抜いた威厳を纏い静謐な佇まいを保っていた。


「「「「「おぉ……」」」」」


 ラムーやサザー、ベリーズ、ルシェルキュベラス、ハミヤ、シャナに、魔犀花流の〝巧手四櫂〟ゾウバチ、インミミ、イズチ、ズィルなどの皆の息を呑む声が、巨大な地下空間に響き渡った。

 残されていた古代建築の数々は、地上の遺跡とは比べ物にならない保存状態。

 周囲を見渡せば数百年前に遺棄されたかのような鮮明さで町並みが残っている。


 地下水脈からの湧水が、小さな運河となって街を巡り、かつては活気に満ちていたであろう中央広場へと続いていた。


 空気が綺麗だ。

 深呼吸をしながら肩の竜頭装甲(ハルホンク)を意識して、ゴルゴダの革鎧服の素材を活かして軽装にチェンジ。

 転技魔剣ギラトガを試そうとしたが止めた。


 光魔魔沸骸骨騎王のゼメタスとアドモスが、


「「――おぉ、美しい」」

「にゃおぉぉ」


 黒猫(ロロ)も感動したように鳴き声を発し、ラホームドも「おぉ~」と感嘆の声を漏らす。


「地下神殿に地下空間、我らの古の魔甲大亀グルガンヌが眠っていた【グルガンヌ大亀亀裂地帯】の【魔沸骸骨騎王グルガンヌ古墳】と環境が少し似ていますな!」


 光魔魔沸骸骨騎王の言葉に皆が頷いた。


「これが……グラスベラの都……【双月神ウリオウの遺跡】と【魔族グラスベラの廃墟跡】は同じ遺跡でもあって、グラスベラの都に通じていようとは……」


 レンの細い指が、震えながら近くの苔むした石柱に触れる。その瞳に映る景色は不思議な感情を呼び起こしているようだ。


 薄紫色の瞳に映る過去と現在の境界線が、彼女の内側で共鳴している。


 時の風化に抗うように残された古代狼族の紋様は、魔力を帯びた鉱物の粒子が織りなす幻想的な輝きを放っていた。


 壁画には、二頭の巨大な狼と、星の瞳を持つ巨大な獅子、天空を統べるような二神の双月神が上に描かれ、下には鏡のような泉の畔で、獣の血を引く者たちと古の狼の系譜を継ぐ古代狼族、そして魔皇の血脈のグラスベラの民らしき存在が、永遠の忠誠を捧げるかのように描かれている。

 

 壁画から漂う古い魔力が、幾千年の記憶を今この瞬間に繋ぐように脈動していた。


 大月の神ウラニリ様と小月の神ウリオウ様と神狼ハーレイア様の壁画から小さい環が連なる魔力が放出され、その魔力が俺とホワインに繋がった。


 <月狼の刻印者>が反応したように月狼環ノ槍の幻影が見えた。


「神狼ハーレイア様の魔力も残り続けていたとは驚きです」

「はい、興味深い……」


 キュベラスも知らない事象か。


「あぁ、古代狼族の一部は、魔界に来ていたということだ」


 皆が頷く。


「ん、シュウヤとホワイン、神狼ハーレイア様と魔力が繋がっているけど、何かメッセージを授かったの?」


 エヴァの問いに皆が俺を見てきた。


「あぁ、繋がったが、スキルは得てない。ただ、月狼環ノ槍の幻影が見えた。ホワインはどうだ?」


 俺がホワインに話を振ると、アドリアンヌの背後にいたホワインに視線が集まる。

 

 アドリアンヌは微笑んで横にズレると、ホワインはお辞儀をしてから前に出て、


「あ、はい、環を感じます……八つの狼の像の幻影と月狼環ノ槍を握るシュウヤ様と神狼ハーレイアの幻影が見えましたが、シュウヤ様は?」

「八つの狼の像と神狼ハーレイア様の幻影は見てないな。八つの狼の像は狼月都市ハーレイアの地下にある神狼ハーレイア様の祭壇かもしれない」

「……なるほど。月狼環ノ槍を納めたところですね」

「そうだ」


 エヴァはファーミリアたちを見て、


「ん、狼月都市ハーレイアには戻る予定だから、その時に遺跡に向かう?」


 頷きつつ俺もファーミリアたちを見て、


「そうだな。そこでヒヨリミ様に古代狼族の縄張りだと思う【樹海のハーヴェストの泉】への立ち入りを許してもらおう。また土地をもらえるように交渉しよう。そうすれば、〝血の陰月の大碑〟と〝キュルハ様とレブラ様の同盟の血碑〟を取り戻し、地下にあるセラ側の傷場の争いにも参加でき、奪取も可能だろう」


 ファーミリアは笑顔で応える。


「ふふ、はい! 嬉しいです」

「「「はい!」」」


 アルナードホフマンとルンスも笑顔で返事をした。


『閣下、外に出て、体感したいです。お水ちゃんの精霊ちゃんが豊富です』

『わたしも外に出ます~!』

『わたしも行きます!』

『了解』


 左目に棲まう常闇の水精霊ヘルメが飛び出て、液体状から女体化。

 右目に棲まう闇雷精霊グィヴァも飛び出て、雷状から女体化。

 右指の爪に棲まう古の水霊ミラシャンが液体状のまま飛び出て、女体化。


 ヘルメたち精霊はレベッカたちと挨拶を交わし、周囲を見て回る。

 ヘルメはキュベラスやドマダイ、シキたちとも挨拶を交わした。


 吸血鬼(ヴァンパイア)であり宵闇の女王レブラの眷族でもある特殊なハビラは、ファーミリアと俺を比べるようにチラチラと見ていた。


 キサラたちは仲間の輪から外れ壁画に近づいた。


「古代狼族、シュウヤ様とホワインに魔力が繋がっている狼は神狼ハーレイア様として……、もう一頭の体に傷の多い巨大な狼は……これが神狼ハーヴェストなのでしょうか……」

「あぁ、たぶん、神狼ハーヴェストだろう」

「うん、獅子の姿もある」

「〝魔次元の紐〟のような壁画もある」

「時間的に、数千年から数億年かしら……歴史を感じます」


 ルシェルの言葉にクナは頷いている。

 ベリーズは、


「わたしたちが探索していた南マハハイム地方の十二樹海とも関連があると思うと、感慨深いわ……」


 その皆の言葉に頷いた。


 アドリアンヌとホワインたちも頷いていた。


 ホワインの片目と神狼ハーレイアの壁画から出ている小さい環が連なっている魔力は消えた。

 

 ホワインは己の片目を瞑り、瞼を指で触り、


「……神狼ハーレイア様の気配と、月狼環ノ槍の環のような物を感じてましたが……消えましたね」


 頷く。

 

「しかし、ここで、ウラニリ様とウリオウ様の双月神に神狼ハーレイア様の壁画があるとは思いませんでした」


 ヴィーネの言葉に壁画を見上げている皆が頷く。

 バーソロンは、


「はい、この遺跡は、大月の神ウラニリ様と小月の神ウリオウ様たちに捧げられた聖域でもあるのですね」


 その言葉には、深い畏敬の念が込められていた。


「魔皇グラスベラと共に、古代のグラスベラの民の中に、南マハハイムの十二樹海を生き抜いた者がいたという事」

「はい、傷場を乗り越え、魔界とセラを行き来していた可能性に、〝魔次元の紐〟で狭間(ヴェイル)を越えて連絡を取り合っていたのでしょう」


 皆が頷いた。


『……ふむ、私の父、魔皇グラスベラと祖先に繋がる一部の民たちか』


 断罪槍流イルヴェーヌ師匠も納得するように呟く思念を寄越した。

 

 魔皇メイジナ様は、懐かしむように建物の一つに視線を向け、


「皆が言うように、グラスベラの民がここに住んでいた。元は、魔界騎士グレナダは、グラスベラの民を【メイジナ大平原】の地に受け入れるために、旧神の遺跡が近いことを利用し設計したことが始まりだ。転移方法は、今のように、大月の神ウラニリ様と小月の神ウリオウ様との繋がりが必要になる。グレナダには我にも言っていない秘密があったようだ」

「「へぇ」」


 断罪槍は大月の神ウラニリ様の魂の破片と小月の神ウリオウ様の魔力を得て、わずかに脈動。

 刃先から放たれる淡い光が、闇を切り裂く道標となって中央広場の神殿のような建物を指し示している。


 イルヴェーヌ師匠の幻影も、


『断罪流槍武術を模倣した魔界騎士グレナダ。彼女が仕え支えていた古の魔皇は、魔皇メイジナ。その言葉は真実でしょう』

『はい』


 そこで皆に向け、


「神殿に行こうか」

「ん」

「「「「はい」」」」

「「おう」」

「楽しみです~」

「古代の歴史~♪」

「ですね!」

「ふふ」

「ンンン――」

「ニャァ~」

「ニャオ」

「にゃァ」

「ピュゥ~」

「パキュル~」

「ワンッ」


 皆で壁画が並ぶ石の道を通り過ぎて先へ進む。

 

 イモリザの鼻歌が始まると、シャナとキサラがリズムに合わせてアカペラで、美しい周囲の景色を詩にした壮大な歴史を感じさせる歌を紡ぎ出す。

 

 神殿は都市の中心に位置し、噴水と水路に囲まれた小島のように佇んでいた。


 入り口には美しい彫刻が施され、欠けた月と満ちた月を象った獅子と狼の石像が建物を守るように立っていた。


 神殿の前で足を止めると、黒猫(ロロ)銀灰猫(メト)が先頭に立ち、黄黒猫(アーレイ)白黒猫(ヒュレミ)も尻尾を傘の尾のようにピンと立てて少し先を歩いていく。


 太股の毛とピンクの肛門ちゃんが可愛い。

 二匹は振り返り、


「にゃおぉ~」

「にゃァ」


 俺たちを呼ぶように鳴いた。


「ワンッ」

「グモゥ~」


 銀白狼(シルバ)と大きい鹿魔獣ハウレッツは俺たちの背後に控える。

 黄黒猫(アーレイ)白黒猫(ヒュレミ)は無言で、黒猫(ロロ)銀灰猫(メト)のお尻の匂いを嗅いでいる。


「神殿の建物にも壁画と同じく、まだ魔力はわずかに残っている」

「これは何かが起きそうな予感」

「魔皇メイジナ様が転移してきたようなことが?」

「まさか旧神とか、魔神が現れないでしょうね」


 レベッカの言葉に、ビュシエたちは顔を見合わせつつ、魔皇メイジナ様と幻影のイルヴェーヌ師匠を見て、


「グラスベラの民が外敵に備えて残した罠はあるかもです?」

「何が起きるかは不明ですからね」

「戦いとなったら皆様に任せます」

「はい、油断はできませんが、ラムーも十分強いでしょう」

「敵が現れたら薙ぎ倒すまで」

「ふふ」

「はい」

「勿論、旧神だろうと斬り捨てます」


 武人のキスマリに、フーとママニ、ラムーの言葉に、レガランターラが笑い、ミレイヴァルとサザーもキスマリに同意するように聖槍シャルマッハを掲げた。


「警戒はしときましょう」

「はい」

「この冒険感は、紅虎の嵐の頃を思い出すぜ」


 ブッチの言葉に、笑顔となったサラとベリーズとルシェルが揃って歩きながら、俺に体を寄せてきた。


 ベリーズの巨乳に左腕が挟まる。

 ルシェルが、右腕を掴んで胸元に寄せ上目遣いで、


「ふふ、シュウヤ……」


 と、薄紫と黒が混じる瞳で見つめてきた。

 すると、背に柔らかい感触があった。


「ルシェルとベリーズ! あぁっ、何を触ってるっ」

「ふふ、そういう隊長こそシュウヤに抱きついているくせに~」


 ベリーズは、左腕を引っ張るように巨乳が寄せてくる。胸板は薄いシャツだけに、むぎゅっとしたマショマロ感を直に得た。

 何度も味わっているが、柔らかいおっぱいは偉大だ。


 鼻の下を伸ばしていると……。


「ゴホンッ」

「「へぇ」」

「「……」」

「……ずるい……」


 ヴィーネさんの咳払いに、ユイとレベッカとルマルディとエトアとルビアの言葉の後、三人の美女たちが離れた。


 レベッカは珍しく無言かと思ったが、腰に両手を当てて頬を膨らませ、こちらを睨んでいた。

 

 視線が泳ぐが「にゃおぉ~」と鳴いた黒猫(ロロ)が、レベッカの足に頭部を寄せてくれたので助かった。

 

 ヴィーネたちと氣を取り直して進む。


「旧神は近くに遺跡がありますので、未知の旧神が棲み着いている可能性はあります」

「シュウヤの記憶から考えると、旧神は恐ろしいわよ」

「……エトアとルビアから聞きました。まさに、宇宙の闇をさまようもの……外なる神……」


 ヴィーネとキサラとレベッカとルマルディの言葉に、レガナが謎めいた言葉を残す。


 バースライル銀雷雲の星系の宇宙にも、旧神のような神々はいるってことだな。


 骨鰐魔神ベマドーラーならそれらをエネルギー源に……だが、惑星セラの宇宙次元の話だろうから、骨鰐魔神ベマドーラーは神格を有しているだろうし、狭間(ヴェイル)は越えられないか。


 魔皇メイジナ様は、


「罠はないはずだが……ルマルディたちが言ったように、我が【旧神エフナドの秘奥黒寿宮殿】に封じられている間に、何かがあった可能性は捨てきれない」


 と警告する。それはあるか。

 三眼が綺麗な、魔命の勾玉メンノアは、


「ここに転移してきたのは、シュウヤと断罪槍と魔皇メイジナ様の反応からです。罠の可能性は限りなく低いはず……と思いますし、なにしろ不思議な光源も相まって非常に美しいですからね、奇怪な存在は現れてほしくない」


 と、しみじみと語る。


「たしかに!」

「ですね」

「そうさね」

「ん」

「「はい」」


 ヴィーネとキサラとクレインとルマルディとエヴァと<光魔王樹界ノ衛士>ルヴァロスが肯定する。


 エヴァは、


「ん、どちらにせよ、シュウヤと断罪槍に魔皇メイジナとホワインと、イルヴェーヌ師匠がいるから何かが起こる?」

「「あぁ」」

「器の断罪槍の進化だろう!」

「「はい」」

「その可能性が一番さ」

「だなぁ」

「そうねぇ」

「あぁ、が、美しい地下神殿に似合う事象が起こるかもだぞ? シュウヤは女に運があるからな」

「ふふ、それはあるかも」


 ()()(テン)とベネットとブッチとサラとハンカイとレベッカの言葉に、アドゥムブラリたちイケメン組が頷き合う。


「起こるだろうな」

「「「はい」」」


 皆の言葉に、イルヴェーヌ師匠の幻影が本物の手足を動かしつつ、


『祖先の一部が隠れ住んでいた場所だ。神殿には、何かがあると思う』


 イルヴェーヌ師匠の念話は、口がないので皆には届かない。

 だが、口の動きと一挙手一投足から、イルヴェーヌ師匠の気持ちを理解したのか、皆は頷いていく。


 イルヴェーヌ師匠の本物の手足と幻影が模る体を見てから魔皇メイジナと頷き合い、広場を横切って神殿に向かう。


 足元に広がる水面に影が映り、揺らめいていた。


 神殿の入り口の扉は、既に半ば崩れ落ち通路が開かれていた。

 内部からは不思議な光が漏れ出している。

 何者かが俺たちの訪れを待っていたかのような気配を感じた。


「では、神殿に入ろうか」

「「はい!」」


 断罪槍を構えて足を踏み入れる。


 天井と床に幾重にも刻まれていた古代狼族の神紋と、月の守護者たる神狼ハーレイア、神狼ハーヴェスト、大月を司るウラニリ様、小月のウリオウ様の月の紋章が、眠りから目覚めるように脈動し、本来の輝きを取り戻していった。


 魔力の脈動が高まるにつれ、古の言葉を紡ぐような淡い青白い光が神殿内を満たし、幾重もの魔法陣のように床から天井へと螺旋を描きながら灯火となっていく。


 宙空には天の川を地上に映したかのような無数の光点が浮かび上がり、神聖なる詩を奏でるように明滅しながら空間を彩った。

 

 その光景は、アムシャビス族の秘密研究所にあった次元を超えた知性が創り出したであろうクリスタルの幻影の輝きを彷彿とさせる壮麗さだったが、こちらのほうが古く、より深い魔力の痕跡を宿していた。

 

 魔力を纏った淡い青白い光が古の神殿を目覚めさせるように灯火となり、幾千年の眠りから解き放たれた記憶が波動となって全身を包み込んだ。


 その波動は肌を通り抜け、血脈を伝い、魂の奥底まで震わせる。


 手に握りしめた断罪槍と血印からは共鳴するように鋭い閃光が迸り、その光が俺の意識を昔日へと誘う……。

 

 祖先の記憶と繋がるための鍵となり、見えない扉を開いたかのように感じた。


 刹那、神殿の内壁の神界セウロスの無数の紋章が、一斉に瞬きを止めたように輝きを失う。

 時の闇に呑み込まれるように黒く沈み込んでいく。

 

 その漆黒の闇がキャンバスとなり、そこに古の記憶が光の絵巻として立ち上がった――。


 月光を纏い、夜陰の中でさえも煌めくような銀白の毛並みを揺らしながら、神狼ハーレイアと神狼ハーヴェストが双璧となって疾駆する姿が眼前に浮かび上がった――。


 二頭の神狼は、月の魔力を帯びた牙と爪で魔界の侵略者たちを薙ぎ倒していく。


 その勇姿は戦士の域を超え、時折、双月の紋様を発して吼えていた。

 月の神々との友好の証しか?

 

 互いを補完し合う二頭の動きには言葉にできない絆が垣間見えた。


 しかし、戦局は砂時計の砂が落ちるように容赦なく傾いていく。


 魔界の諸侯たちが繰り出した漆黒の刃に魔法、魔術の嵐が神狼たちを徐々に追い詰めていく。

 神狼ハーヴェストの銀白の体には幾筋もの深紅の傷跡が刻まれ、月の真髄を宿したような魔力を帯びた血潮が、月光を反射して星屑のように滴り落ちていく。


 ハーヴェストは決意に満ちた琥珀の瞳をハーレイアに向け、生と死を超えた約束を交わすように見つめた。忘己利他(もうこりた)の精神で、最後の力を振り絞るように天を轟かす吼え声を上げる。


 と、大月の神ウラニリ様と小月の神ウリオウ様の前に身を躍らせ、己の肉体を盾として差し出した。


 無数の魔槍と魔剣、そして禍々しい血の魔法が一斉に神狼の体を貫き、その命の光が幾千の破片となって散っていく――。

 

 その瞬間、喉の奥から押し寄せる痛みを感じた——ハーヴェストの自己犠牲が俺の魂の深層に刻み込まれる感覚。


 その光景から目を逸らせず、時を超えた悲哀が胸を締め付けた。


 場面は波紋のように揺らぎ、移り変わる。


 月の光を纏い、天空を織り上げたかのような銀糸の衣を身に着けた大月のウラニリ様と小月のウリオウ様。

 清冽な美しさとは対照的に、凄絶な戦いの渦中に立っていた。威厳を失わない姿が印象的だ。


 双月神の周りには忠誠を誓う眷族たちが星座を描くように護衛の輪を作るが、吸血神ルグナド様の放つ暗夜の血の波動が、次々とその守りを蝕んでいく。

 眷族たちの魂が光となって散る様に、痛烈な痛みを感じた。


 魔界側とセラ側の<筆頭従者長(選ばれし眷属)>たちが、螺旋状の血の魔法を繰り出し、<筆頭従者>と<従者長>たちの放つ紅蓮の魔剣が交錯し、ウラニリ様とウリオウ様の銀白の体を四方八方から貫いていく。

 ウラニリ様は特に酷く、大月を輝かせながら小月のウリオウ様を守るが守りきれず、何十もの魔刃が神体を貫き、裂いていく。


 その体から噴き出る光の血潮が虚空に舞い散る様は、悲劇そのものだった。銀色の血潮が煌めきながら流れ落ち、それぞれが月の欠片のように光を放っている。

 その痛々しさは見るものの魂にまで染み入り、呼吸すら困難にさせた。


 魂そのものが引き裂かれるような感覚。


 俺の中で何かが共鳴し、感情を超えた繋がりを感じさせる波動が全身を駆け巡った。


 ウラニリ様とウリオウ様の痛みが、己の中で痛みになっている?

 

 断罪槍が手の中で震え、月の魂に触れたように熱を帯びる。


 ついに力尽きたウラニリ様は、最後の月の輝きを放ちながら、戦いに敗れた。


 その神格は千の光の欠片となって、永遠の別れを告げるように虚空に散っていった。

 宙空には砕け散る大月の残骸が映し出され、その破片が流星群のように惑星セラに降り注いでいく。それは涙のようでもあり、最後の祝福のようでもあった。ウラニリ様の神格が失われた瞬間、宇宙の秩序そのものが揺らぎ、俺たちの立つ地面さえも震わせた。


 しかし、絶望の中にも一筋の希望があった。


 双月神ウラニリ様の魂の欠片の一部を、小月のウリオウ様が導いている魔皇グラスベラが、闇の向こうに手を伸ばして掬い取る姿が浮かび上がる。


 その手に集められた光の断片は月の魂の証しだった。

 微かな光でありながら、強い意志を感じさせる輝きを放っていた。


 魔皇グラスベラはその神聖な魂の欠片を吸収し、己の力としてではなく新たな命の器を約束するかのように胸に抱き、救い出した。

 

 崇高なる行為。

 これが、後の世に伝説として語り継がれる契機だったのか。

 俺と大月の神ウラニリ様と小月の神ウリオウ様との因縁もまた、この瞬間に始まったのかもしれない。


 そんな確信が、幻影の中に明確に刻まれていた。

 

「「……驚き」」

「ウラニリ様の散る姿が……ホフマンたちのアジトにあった壁画とは少し異なるけど、似たような状況」

「「はい……」」

「「「吸血神ルグナド様……」」」

「「「……はい」」」


 皆と共に、ビュシエたちが唖然としながら発言していく。

 リアルなホログラムのような立体映像を見ているヴィーネが、俺に視線を移し、


「セラの宇宙に浮かぶ、大月が崩れる瞬間も描かれてます」

「あぁ」


 するとハーヴェスト神話の立体的な映像は消えた。


 代わりに、中央の祭壇が光を帯びる。

 獅子と狼が口を開けたような祭壇。

 その中心の窪みには細かな孔が無数にある。


 形は違うが、魔神ガルドマイラの儀式台と構造は同じようだ。


 孔から輝く液体が溢れ出る。

 底に溜まると、天井の二つの月の紋章から強い光が発生し、その光が祭壇に照射された。

 

 獅子と狼の口のような形の中に溜まっている液体に波紋が生まれる。

 不思議な音が、獅子の口の形をした祭壇から響く。

 液体は振動し、幾何学模様が描かれていった。


 サイマティクスパターンか?

 音の周波数のグラドニ図形を彷彿させるように様々な形の図形が描かれる。

 液体が弾け、真上に液体の粒が浮かび始めた。

 

 超音波浮遊で水滴が移動しているように宙空を波形を創り出した。

 その波形は、惑星セラと月を展開。先ほどの幻影と構図が少し似ている。

 さらに、大きい月は砕かれ、無数の月の残骸となって水飛沫が惑星セラに降り注ぐように流星雨となった。


 <水の神使>と<水神の呼び声>が自動的に発動した。

 その一部が、ヘルメたち精霊に降り注ぐ。するとヘルメだけが、俺と水のような魔線で繋がり、天井の大月の神ウラニリ様と小月の神ウリオウ様とも繋がる。

 そして傷付いた姿の大月の神ウラニリ様と、綺麗な衣装を身に纏う小月の神ウリオウ様の幻影が現れた。


『混沌の王者と、その王者の連れし者……私とウリオウのことを頼みますよ……そして、そこの精霊とは、私たちと波長が合いそうです……ふふ……私か、小月か、どちらかの力となると思いますが、特別に――』

『ふふ』


 二人の女神様の指先から、銀粉のようなモノが舞い散ると、それがヘルメに降り注いだ。

 大月のウラニリ様はすぐに粒子状となって、小月のウリオウ様と一体化した。


「「――え!」」


 皆も驚く。

 ヘルメは蒼が基調の双眸を輝かせ、


「――閣下と皆さん、今、<ウラニリの流星雨>という名のエクストラスキルを得ました……」

「「「「「おぉ」」」」」

「「おめでとうございます」」

「凄い……エクストラスキル……」


 ヘルメの頭上に神界の模様も浮かぶ。

 小月のウリオウ様の幻影から大月ウラニリ様の幻影が再度現れて、ヘルメに魔力を再び与えると、二人の女神は消えた。


 祭壇は皓々と輝きを強めていく。

 そこに、


「光の文字が……」


 祭壇に近づくと、台座に〝月光の結晶(ウリオウの涙)〟の魔法文字が浮かぶ。


 メタル色の黒色の小月の方樹槍(ほうじゅそう)と似た木も台座から生えてきた。


 太古の封印が解かれたかのように、台座の内から月の皓々とした光を有した魔力が湧き上がる。

 それらが夜空に浮かぶ月のように神聖な輝きを放ちながら宙空に螺旋を描き、神秘の理に導かれるように凝縮し、半球状の水晶へと形を変えていった。


 その表面には、古の魔術師たちの叡智を結集したかのような精緻な紋様が無数に刻まれていた。


 大月の神ウラニリ様と小月の神ウリオウ様の神性と月の循環、星々の軌道を表すような紋様。黄金律、白銀比で造られた法隆寺の紋様にルシヴァルの紋章樹が重なり、太陽のような輝き放つ巨大な森が広がっている。神聖幾何学の模様が埋め尽くされ、カバラと似た紋様には、369を意味するような紋様も浮かんでいる。

 

 触れれば指先から魂まで震えるような威厳を放っている。


 水晶の中心部は神の涙のような白銀の光を湛え、その周囲を月の潮汐を象るように蒼白と翡翠色の魔力が交錯しながら脈動し、満ちて欠ける月の周期そのものを体現するように明滅を繰り返していた。

 表面を覆う無数の切れ目からは、月と星々の軌道を示す神秘的な線が浮かび上がっていた。


「驚きだ。魔界の地に封じられず、そのままか……」

「あぁ……」

「「おぉ」」

「……月光の結晶(ウリオウの涙)……」


 その名を口にした途端、水晶が強く光を放った。

 断罪槍と共鳴するように、両方から漂う魔力が螺旋を描いて交錯する。


「……吸血神ルグナド様が執拗に追った理由……」

「まさに、ハーヴェスト神話がここにある……」

「はい」

「「「おぉ」」」


『弟子よ、私の一族が命をかけて守り続けてきた聖なる遺物だ』


 イルヴェーヌ師匠の念話が伝わる。

 魔皇メイジナ様は深い思いを秘めた瞳で祭壇に近づき、


「大月の神ウラニリ様の魂の欠片と小月の神ウリオウ様の魔力……吸血神ルグナドが執拗に探し求めていた物か」


 ファーミリアたちが息を潜める。

 魔皇メイジナは頷いて、


「グラスベラの民の秘宝だろう。魔界騎士グレナダは秘匿していることがあるようだった」


 その言葉に、キュベラスが、


「シュウヤ様がいるからこそ……グラスベラの民の魂たち、ウラニリ様の魂の欠片も反応したのでしょう」


 頷いて月光の結晶(ウリオウの涙)に視線を向けた。この遺物こそイルヴェーヌ師匠の一族が命を捧げて守り通した物か。


 断罪槍を持つ手が震える。

 断罪槍が月光の結晶(ウリオウの涙)に呼応するように共鳴している。


 ヴィーネが「ご主人様……」と静かに呼びかけてきた。その瞳には、俺がこの遺物を受け取るべきだという確信が映っていた。


 皆も同意するように頷いている。

 魔皇メイジナ様が、


「シュウヤよ、その月光の結晶(ウリオウの涙)を受け取るのだ」

『弟子よ、そうよ、取りなさい』

「あぁ、シュウヤこそが、月の神眷者、断罪槍の使い手の継承者だからな」


 ハンカイの言葉に皆が頷いた。


「分かりました」


 突如として、月光の結晶(ウリオウの涙)から放たれた光が空間に満ち、過去の記憶が目の前に投影された――。


 そこには、かつてのグラスベラの栄光と悲劇、因縁の始まりが映し出されていた——。


 幾千年の時を超えて伝わる光景が、今この瞬間に起きているかのように鮮明だった。


 大月の神ウラニリ様と小月の神ウリオウ様。

 その双月神の威厳ある姿が、清冽な光を纏いながら虚空に浮かんでいる。神狼ハーレイアと神狼ハーヴェストが、その傍らで駆けている。


 突如として、魔界と神界と惑星セラの大地が重なる。

 神々の争いとなり、吸血神ルグナド様と魔界の神々との戦いが始まった。吸血神の放つ暗黒の血の波動が、月の光を蝕んでいく。


 神狼ハーレイアと神狼ハーヴェストは、月の魔力を帯びた牙と爪で魔界の侵略者たちと戦う。その勇姿は月の守護者としての威厳を湛え、双月の紋様を発して吼える姿からは月の神々との深い絆が感じられた。


 戦局は容赦なく傾いていく。


 魔界の諸侯たちの繰り出す漆黒の刃と魔法の嵐が、神狼たちを追い詰めていく。神狼ハーヴェストの銀白の体には深紅の傷跡が刻まれ、月の魔力を帯びた血潮が星屑のように散っていった。


 決断の時が訪れる。


 ハーヴェストは決意に満ちた琥珀の瞳をハーレイアに向け、生と死を超えた約束を交わすように見つめた。忘己利他(もうこりた)の精神で、天を轟かす吼え声を上げる。


 大月の神ウラニリ様と小月の神ウリオウ様の前に身を躍らせ、己の肉体を盾として差し出した。


 無数の魔槍と魔剣、そして血の魔法が一斉に神狼の体を貫き、その命の光が幾千の破片となって散っていく——。


 その瞬間、喉の奥から押し寄せる痛みと悲しみがこみ上げる。ハーヴェストの自己犠牲が魂の深層に刻み込まれていく感覚だった。


 光景は波紋のように揺らぎ、次の場面へと移り変わる。


 月の光を纏い、天空を織り上げたかのような銀糸の衣をまとった双月神。その姿は美しさに満ちていたが、凄絶な戦いの渦中にあった。


 双月神の周りには忠誠を誓う眷族たちが護衛の輪を作るが、戦神と龍神の眷族たちが知記憶の王樹キュルハの樹を切断し、宵闇の女王レブラの闇夜の波動により双月神の眷族たちは麻痺していく。さらに吸血神ルグナド様の血の波動と血槍、血剣の乱舞を浴び、守りは崩れていった。


 眷族たちの魂が光となって散る様に痛みを感じる。


 魔界側とセラ側の<筆頭従者長(選ばれし眷属)>たちの血の魔法、<筆頭従者>と<従者長>たちの魔剣がウラニリ様とウリオウ様の体を貫いていく。


 特に大月のウラニリ様は、小月のウリオウ様を守ろうと己の体を盾にするが、何十もの魔刃が女神の体を貫き、裂いていく。その体から噴き出る銀色の血潮は、それぞれが月の欠片のように光を放っていた。


 その痛々しさに、魂そのものが引き裂かれるような感覚を覚える。胸が痛む。俺の血脈と魂に流れる何かが、月の神々と共鳴しているのだろうか。


 断罪槍が手の中で震え、熱を帯びる。


 力尽きたウラニリ様は、最後の月の輝きを放ちながら倒れた。その神格は千の光の欠片となって虚空に散っていった。


 宙空には砕け散る大月の残骸が映し出され、その破片が流星群のように惑星セラに降り注いでいく。それは女神の涙であり、最後の祝福でもあった。


 ウラニリ様の神格が失われた瞬間、宇宙の秩序そのものが揺らぐような震動が駆け巡った。


 だが、絶望の中にも一筋の希望があった。


 双月神ウラニリ様の魂の欠片の一部を、小月のウリオウ様に導かれた魔皇グラスベラが掬い取る姿が見える。その手に集められた光の断片は、弱々しくも強い意志を秘めた輝きを放っていた。


 魔皇グラスベラはその神聖な欠片を胸に抱き、新たな命の器を約束するかのように大切に守り抜いた。それは己の力とするためではなく、後世に伝えるための崇高な行為だった。


 この瞬間が、後の時代に語り継がれる伝説の始まり。そして俺と双月神との因縁もまた、この時から始まったのかもしれない。


 場面はさらに移り変わる。


 小月の神ウリオウ様が残した月光の結晶(ウリオウの涙)。それは血を浄化する力を持ち、吸血神ルグナド様の<血魔力>に対抗し、吸血鬼(ヴァンパイア)の体に致命的な傷を与える力を秘めていた。


 それゆえに、魔界から神界への裏切りもあり、吸血神ルグナド様の激しい怒りを買い、グラスベラの都は長い戦いの末、滅亡の危機に瀕することになる。


 魔界騎士グレナダは聖なる遺物を守るため、グラスベラの民の一部と共に密かに地下都市を建設し、月の神々と繋がる転移の術を用い、旧神の遺跡の近くにある【メイジナ大平原】への道を作ったのだ。


 長い年月のうちに、魔界騎士グレナダは地下都市を離れ、一部のグラスベラの民と共に流浪し、後に魔皇メイジナ様に仕えることになった。


 その年代の流れが鮮明に浮かぶ。


 イルヴェーヌ師匠の父である老いた魔皇グラスベラは、吸血神ルグナド様やパインモースたちとの戦いに敗れ、神格を失った。しかし、皇国はまだ健在で、イルヴェーヌ師匠たちは周辺地域の勢力との戦いを続けていた。


 その頃、魔界騎士グレナダは既に魔皇メイジナ様と共に【メイジナ大平原】で悪神ギュラゼルバンと戦い、敗れていた。


 イルヴェーヌ師匠が放浪し、後に魔城ルグファントで他の師匠たちと合流した時代、メイジナ地方は源左サシィや魔皇獣咆ケーゼンベルス、魔界王子テーバロンテらに支配されていた。


 幾つもの時代が交錯し、様々な因縁が絡み合っていく様子が、立体的な絵巻のように広がっていた。


 そして最後に、大月の神ウラニリ様は、最後の魔力を使い果たし、魂の大部分を失いながらも、涙を流す小月のウリオウ様の涙を拭くかのように月光の結晶(ウリオウの涙)に加護を与えた——。


 同時に己の涙の粒も、そのウリオウ様の涙に触れ、美しい波紋を描いたところで、幻視が終わり、現実世界に引き戻された。


 握りしめた月光の結晶(ウリオウの涙)は、古びた遺物ではなく、水と月の魔力に満ち溢れていた。この結晶こそ、イルヴェーヌ師匠の一族が命を捧げて守り抜いてきた聖なる遺物なのだ。


 双月神の涙、そして果てなき因縁の証。今、俺の手の中で脈動している。


「聖なる遺物です」


 キサラの声には感動が滲んでいた。

 その瞳には敬意と誇りが宿っている。


「……双月神の涙、月光の結晶(ウリオウの涙)……よくぞ、この瞬間まで、力を保ち続けた……」


 魔皇メイジナ様の言葉には、古き友との再会を喜ぶかのような感情が滲んでいた。


 刹那——。

 不穏な震動が神殿全体を揺るがした。

 苔むした柱から砂が降り注ぎ、建物の一部が崩れ始める。


「なにあれ!」


 レベッカが声を上げる。

 神殿の外からは奇妙な雄叫びが聞こえてきた。


「後退!」

「「はい」」


 ハンカイとヴィーネ、レガナの声が重なる。

 外へ飛び出すと、信じられない光景が広がっていた。

 グラスベラの地下都市に、無数の骸骨が這い上がってきていた。長い年月を経ても朽ちることなく留まっていた何かが蘇ったかのようだ。


「ンンン——」


 黒猫(ロロ)が低く唸り、体を膨張させた。

 その体は一瞬で神獣ロロディーヌへと変貌し、触手を伸ばして骸骨の群れを薙ぎ払っていく。


「いったい、何なんだ?」


 魔皇メイジナ様の表情が曇る。


「これは……グラスベラの民の残滓ではない。旧神か何かだろう。吸血神ルグナドかと思ったが違う。旧神か何かが月光の結晶(ウリオウの涙)を求めているようだ」


 骸骨と獣が融合した複眼を持つ群れが凄まじい勢いで膨れ上がり、都市の広場を埋め尽くしていく。


 その眼窩に宿る赤い炎は、永遠の呪いを示すかのように煌々と燃えていた。


「皆、退路を確保するぞ!」


 俺の声に反応し、眷属たちは即座に陣形を整えた。


 ヴィーネは翡翠の蛇弓(バジュラ)を構え、光の矢を連射。

 骸骨と獣が融合したクリーチャーの群れに穴を開けるように、次々と光の矢を命中させては爆発させ、倒していく。


 レベッカは蒼炎を纏い、骸骨を焼き尽くしていく。

 ユイは、マグトリアの指輪から《怒崩象歯群(リグランドブレガン)》を発動させ、大量の骸骨と獣のモンスターを吹き飛ばす。


 エヴァは紫色の魔力の<念導力>を発動させた。


 魔線で連結している無数の白皇鉱物(ホワイトタングーン)の刃が紫の薄雲となって飛翔し、モンスターたちを貫き、倒していく。


 ママニとフーは大型円盤武器アシュラムと<鴇ノ白爪突刃>の白銀の爪で攻撃。骸骨と獣の人型モンスターを引き裂くように両断し、倒していく。

 倒された骸骨と獣のモンスターは<血魔力>に触れたのか、蒼白い炎を発して燃え、塵となって消えていった。


 皆の活躍を見ながら、右手に月の神が遺した月光の結晶(ウリオウの涙)と、左手に旧き契約を宿す断罪槍を掲げた。

 二つの聖遺物から放たれる魔力が互いを認め合うように共鳴し始め、光の筋となって腕を伝い、魂の奥深くで結びついたように力を増幅させていく。


 魔力の交流が高まる中、


「早速、試してみるか、師匠、これを――」


 断罪槍を放る。

 同時に左手に神槍ガンジスを召喚。


『うむ――愛弟子よ、私の魂とともに舞わせてみよう』


 イルヴェーヌ師匠の幻影は右手で放った断罪槍を掴んで振るう。

 片鎌槍が煌めきながら宙空に軌跡を残す。


 古の記憶を取り戻したかのような鋭い輝きだ。


 同時に月光の結晶(ウリオウの涙)を前方に掲げる。

 結晶は、俺の意志を感じ取ったかのように応える。

 

 水晶の内部で渦巻いていた魔力が解き放たれた。

 大月の神ウラニリ様と小月の神ウリオウ様の双月神の慈悲と怒りを併せ持つ青白い閃光が骸骨の群れに向かって疾走し、衝突した。


 途端に、骸骨と獣は内から月光に蝕まれ溶け始め、消えていった。


 骸骨と獣のモンスターたちは腐敗しているのか?

 消え方は浄化的だ。

 月の女神の裁きそのものを思わせる厳かさと、慈悲深さを感じる。


 レベッカが、右手に持つ月光の結晶(ウリオウの涙)を見て、


「青白い閃光の遠距離攻撃を使えるのね!」

「おう、進むぞ!」

「うん!」


 皆に声をかけながら、骸骨の群れの中に突進。

 断罪槍と月光の結晶(ウリオウの涙)の力で、次々と骸骨を両断していく。月光の放つ光は、通常の物理攻撃では太刀打ちできない魔法の骸骨さえも切り裂いていった。

 

 イルヴェーヌ師匠は、


「<断罪槍・月神一枝>」


 スキル名を口にしながら体から<魔銀剛力>の銀色の魔力を放出。白と銀のグラデーションの髪を靡かせ輝かせた。

 片鎌槍の三日月の枝刃が伸び、片大鎌槍に変化。その断罪槍を構えたイルヴェーヌ師匠は白緑の瞳を輝かせ、


「<断罪ノ月弧(ウリオウ・エッジ)>――」


 と、スキルを繰り出す。

 片大鎌槍のような断罪槍を振り上げ、振り下ろした。

 断罪槍の三日月状の刃が、骸骨と獣の人型モンスターを真横に真っ二つに分断。その体はすぐに蒼炎に包まれ燃焼して消えた。

 

 イルヴェーヌ師匠の幻影は、本物の手足を活かすように前進しながら断罪槍を振るい続ける。骸骨の群れを切り開いていった。

 

 かつての一族の使命を果たすかのように、その動きには凄まじい決意が込められていた。


『――我らに道を開けよ! 我らは、小月のウリオウ様に認められた一族ぞ!』

「イルヴェーヌの動きは、ふふ――」


 メイジナ様は、かつての部下の面影をイルヴェーヌ師匠に見ているのだろう。


 ゆっくりと進行を続ける一行だが、骸骨と獣のモンスターは人型、獣型、その獣に乗ったライダー型と種類が豊富だった。

 その数は尽きることなく増加し続けていた。

 どの旧神のものなのか、シュレゴス・ロードは反応していない。


 地下都市の暗がりから次々と這うように現れる骸骨と獣の群れは、もはや海原のように広がっていた。


 ふと、月光の結晶(ウリオウの涙)が鼓動を早め、手の中で強く脈打ち始めた。


 結晶から放たれる光が強まり、その輝きが骸骨一体一体に届くと、彼らは次第に動きを緩めていった。


 ピコーン※<月光の導き>※恒久スキル獲得※


 無数の小精霊(デボンチッチ)が月光の導きに従い、光の筋を描きながら都市の通路に道標を作っていく。


 その光の道は、地下都市の奥へと続いていた。


「双月神の涙と小精霊(デボンチッチ)たちは、地下に誘導している?」

「ん、行こう」


 ユイとエヴァが光の道を指さすと移動を始める。

 魔皇メイジナ様も頷いた。


「うむ、そこに転移装置が残されているはず。グラスベラの民は、常に逃げ道を用意していた」


 皆で月光の道に沿って進んでいく。

 神獣ロロディーヌが巨大な体で前方を開き、残りの者たちが後方を守る形で前進した。


 進むにつれて、地下都市の景観が変化していく。

続きは明日、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻~20巻」

コミック版、発売中。

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― 新着の感想 ―
双月神とルグナドには中々の因縁が有った模様。そこら辺もシュウヤが仲介するしかないかなぁw
更新、ありがとうございます。 いつも、楽しく読ませていただいています。 双月神との縁が深まったし、【狼月都市ハーレイア】に戻る時が楽しみ過ぎるw 断罪槍の血印も共鳴しているところを見ると、地下都市の…
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