千七百五十七話 南華大山からキサラたちとの合流と戦い
〝レドミヤの魔法鏡〟を戦闘型デバイスのアイテムボックスに仕舞う。
皆で、山頂部の洞窟から外に出た。【南華大山】の頂からは魔界セブドラの広大な景色が一望でき、天空と地上の境目がかすみがかった紅と蒼の混ざり合いに染まっている。
「「「にゃぉぉ~」」」
切り株が並ぶところにいた魔猫たちが近づいてきた。翡翠の瞳を持つ十数匹の魔猫たちは、背中の毛を逆立て魔線を走らせながら、警戒心を露わにしている。
にゃおぉ」と鳴いてそこに寄ると、魔猫たちは一斉に体の毛を逆立て臨戦態勢となるが、黒豹が少し体を小さくすると、皆が相棒のロロディーヌだと氣付いたらしく逆立てていた毛を元に戻し、黒豹に寄る。
黒豹は黒猫の姿に変化させて、魔猫たちと鼻キスをしては、お尻の匂いを嗅いでいた。
そこに金斗雲のような光を帯びた雲に乗った戦神マホロバ様の依代が飛来してきた。その雲を消し降下し、突兀を蹴って軽やかに片足から着地した。
少年の戦神マホロバ様は、
「早いな、〝南華大山天頂領符〟での連絡があるかと思ったが、もう帰還か」
「魔煌炎樹珠で魔神ガルドマイラを復活させ、その魔神ガルドマイラと不可侵の条約を取り付けました」
「おぉ……何事もなく魔神ガルドマイラと約定を取り付けたのか」
頷いた。
一呼吸置いて、
「はい、交渉の結果、約定の印として〝魔焔の印環太刀〟を入手。これは指環と魔太刀に変化が可能――」
〝魔焔の印環太刀〟を右手に出現させた。
そして、指環にも変化させる。
「おぉ、随分と……神話級の武器か」
「はい、この〝魔焔の印環太刀〟に魔力を注いで、恒久スキルの<魔炎血魔力>と<魔神領域・焔識>など様々にスキルを得ました。そして、条約ですが、一、マホロバの地と、戦神マホロバ様と、南華仙院の大仙人を含む門弟たちへ攻撃、侵略行為、戦争行為をしない。二、マホロバの地を中心とした近隣の地域への不可侵です」
と、再び〝魔焔の印環太刀〟に変化させた。
「ほぉ、そして、不可侵の条約とは素晴らしい、南華仙院に敵対している一大勢力が減ったことになる」
「はい」
「その〝魔焔の印環太刀〟だが……約定の効果があるのだな」
「あります。この〝魔焔の印環太刀〟に<血魔力>を注いで獲得した恒久スキル<魔神領域・焔識>が、その一つです。魔神ガルドマイラたちが近づけば〝魔焔の印環太刀〟が震え、刀身から噴出した炎の色で魔神ガルドマイラたちとの距離が測れる。近ければ紫炎に変化し、また、〝魔焔の印環太刀〟の威力が最大限に上昇します」
「……ほぉ、現在の魔太刀は赤炎だが、魔神ガルドマイラの本拠地は離れているのか?」
「赤は中程度の距離を示し、【マホロバの地】から【ガルドマイラ魔炎城】までは中距離程度ということでしょう。遠いと青炎に変化し、近いと紫炎になるようです」
「なるほど」
「はい、炎の色が、魔神ガルドマイラと眷族が、マホロバの地に近づいた時の警鐘になると、解説してくれました」
戦神マホロバ様は目が見開き、
「……あの魔神ガルドマイラ自らか」
頷いて、〝魔焔の印環太刀〟を右手の人差し指の指環に戻す。
「はい、そして、〝レドミヤの魔法鏡〟で、その【ガルドマイラ魔炎城】の城主の間を記録しました。いつでも転移は可能です」
マホロバ様は、
「なんと……またまた驚きのだが、本拠地の場所を記録させるとはな、しかし、魔神ガルドマイラの復活に貢献したのだから当然か。……それにしても、かなりの信用を得たようだ」
皆が頷いた。
「魔神ガルドマイラは初見で、俺たちの実力をある程度認識しているようでした」
「……シュウヤたちがキャアル公たちを倒すこともできたとすぐに理解したか。それでいて交渉と己の復活を優先させたことへの恩義を感じたわけか」
「はい、そうかも知れません」
戦神マホロバ様の魔神ガルドマイラの心理分析に、皆が頷いていく。
マホロバ様は、
「魔神の心情はどうあれ、見事な交渉力だ。難敵の一大勢力を無効化し、味方にしたのだからな」
「はい、恐縮です。また、キャアル公の存在も大きいかと思います」
マホロバ様は頷いてから思案げな表情を浮かべる。
その表情には様々な感情が見て取れた。
「……ふむ、キャアル公もまた優秀か」
「そうですね、油断しないほうが良いですが、そのような存在だからこそ、俺たちの存在がいるかぎり約定と縁を反古する確率は、かなり低いでしょう」
「たしかに。お陰で、マホロバの地はより安寧に近づいた」
「はい、良かった」
「我がシュウヤを祝福した甲斐があるというもの。ニナとシュアノの皆を救い、このマホロバの地の平和に貢献してくれたのだ。改めて礼を言おう。シュウヤと神獣ロロディーヌと大眷属たちの皆……ありがとう」
「「「はい」」」
「にゃお~」
黒猫は少年のマホロバ様の片足にぶつけていくと、マホロバ様は少年らしく、
「おぉ、我にも甘えてくれるとは嬉しい、猫ちゃんだ!」
と、楽しそうに、黒猫の頭部から背を撫でては、尻尾を持ち上げている。
そこで、外の景色を見て、
「では、魔界王子イシュルーンの勢力と戦っているだろうビュシエとハンカイたちと合流し、まだ戦闘中なら魔界王子イシュルーンの手勢を完全に駆逐してから、【レン・サキナガの峰閣砦】か、【メリアディの命魔逆塔】にいるだろうアドゥムブラリたちと合流をしようかと思います」
「了解した。外の平原ではラジュランたちが南華仙院の近くを守らせている。北と東の【トチラ魔山】の戦いには、ミィンアとキメラルカたちが参加しているはずだが、シュウヤたちの眷族たちの動きは速く強いから追いついてはいないだろう」
「分かりました。ビュシエたちに血文字で連絡してみます」
「うむ」
マホロバ様と皆が頷いた。
『ビュシエとキサラにハンカイ、今どこにいる?』
と、血文字を連絡すると、すぐにキサラの血文字が、
『【マホロバの地】の周囲の平原地帯から少し右側のキャアル公のたちがいた高台の北側の山に近いところです。骨鰐魔神ベマドーラーの正面です』
続いて、ビュシエの血文字が宙空に浮かんだ。
『はい、皆で、六眼六腕の魔族の中隊を連続的に撃破を続け、平原から山の手前に構築されている砦にいる六眼六腕の魔族の大隊規模と戦っています。その魔界王子イシュルーン側の砦から傾斜し、少し離れた位置に、<血道・石棺砦>による高台を幾つか作りましたので、すぐに分かるかと』
『シュウヤ、戻ったか、六眼六腕の魔族と戦っているが、魔界王子イシュルーンの側近と思われる小柄の魔剣師の強者が厄介だな、中々まともに戦ってこない。他にも魔弓ソリアードを思わせる、優れた射手の眷族がいる』
ハンカイの血文字に頷いて『了解した。そちらに空から乱入する。血文字の返事は要らない』と血文字を送る。
皆、忙しいのか血文字の返事はない。
「皆、見たな、山を下りよう。魔界王子イシュルーンの手勢を見たら急襲し、味方に加勢だ」
「「「「「はい」」」」」
「いくぜぇ――」
ヴィーネ、ルビア、ルマルディ、サラ、キスマリ、エトア、シャナ、ラホームド、ラムー、クレインたちと、アルルカンの把神書が返事をして浮遊を開始した。
アルルカンの把神書とラホームドは低空を飛翔しマホロバ様とエヴァに撫でられている黒猫の近くに向かう。
<武行氣>を意識し、少し浮遊。
指環を〝魔焔の印環太刀〟に変化させた。
左手に雷式ラ・ドオラを召喚。
<血道第三・開門>を発動。
<血液加速>を発動。
そして、<魔炎血魔力>を発動し〝魔焔の印環太刀〟に混ぜていく。
ユイとレベッカも「「了解」」と返事をしながら浮遊を開始した。
エヴァはマホロバ様と一緒に黒猫の頭部を撫でていたが、振り返り、「ん」とかすかな声を発し、浮遊を開始。金属の足を骨の足に一瞬で移行させ、その魔導車椅子に腰を落としつつ上昇していく。
皆で、南華大山を急降下――。
<握吸>を発動。両手の武器の握りを強めた。
「ンンン」
黒猫は、一瞬で体を黒虎へと変貌させた。
右側からは骨鰐魔神ベマドーラーが「ボォォォン、ボッ、ボッ!」と轟音を響かせる。
前方には血の魔力で築かれたビュシエの<血道・石棺砦>が幾重にも重なる石棺群として威容を誇っていた。
そこへ皆で直進すると、傾斜地に構えた敵陣から立ち上る煙の中、六眼六腕の魔族たちと戦うハンカイたちが見えた。
ハンカイは左右に握る金剛樹の斧を振るい、六眼六腕の魔族たちを吹き飛ばすように次々と薙ぎ倒していく。
そのハンカイに向かう六眼六腕の魔族を発見。
そいつに宙空から近づきながら――。
<光条の鎖槍>を三発に《連氷蛇矢》を無数に射出――。
無数の《連氷蛇矢》と三発の<光条の鎖槍>が直進し、それらは魔族の背と頭部を貫き、穴だらけの亡骸へと変えた。
左上にいる六眼六腕の魔族に向かい――。
両手首の<鎖の因子>から<鎖>を射出した。
両手首から伸びた二つの<鎖>が二人の六眼六腕の魔族の背を貫くのを見ながら着地。
斜め前方の斜面を駆け上った黄黒虎と白黒虎が射手の六眼六腕の魔族に飛び掛かるのが見えた。
黒虎は空高くから獲物を狙う猛禽のように魔族へと飛来し、ヴィーネとユイは左前方から着地して壁を飛び越えていく。
俺もハンカイが六眼六腕の魔族と対峙するのを見ながら、傾斜地の岩を蹴って跳躍し――傾斜地の岩を蹴って跳躍し<鎖>を射出――。
土手に突き刺さった<鎖>を収斂させ、前方に移動。
そこに魔槍を構えた六眼六腕の魔族の一団が襲来した。
「新手の敵だ――」
「ごらぁぁ」
「殺せぇ――」
一気に<滔天神働術>、<水月血闘法>、<血道・魔脈>、<血契・炎魔身>を発動――。
時が遅れるかのように魔槍の動きが緩慢に見えた。
絶妙のタイミングで跳躍し、魔槍の穂先を足場に走りながら〝魔焔の印環太刀〟を左斜め下から斜め上に振るう――<湖月血斬>繰り出した。
紫の刀身から放出されている血の炎と地の雫が空間に留まり、禍々しくも美しい螺旋を描く。
魔槍を突き出していた二人の六眼六腕の魔族の上半身を両断し、倒し、もう一人の六眼六腕の魔族の頭部を、雷式ラ・ドオラの<血刃翔刹穿>で穿ち倒す。
雷式ラ・ドオラの穂先から飛び出た無数の血刃が、背後にいた六眼六腕の魔族たちの体を貫いていった。
その六眼六腕の魔族たちが前のめりに倒れるのを見ながら右斜めに跳ぶ。
魔矢を避けながら――砦内に侵入。
左と右から炎が噴出している複数のロングソードを突き出してきた六眼六腕の魔族を見ながら――〝魔焔の印環太刀〟を刀身の長さを活かすように前に掲げながら<魔神炎吸・血転>を発動。
炎纏うロングソードの鋭利な突きを〝魔焔の印環太刀〟の刀身で防ぐ――とロングソードから放出していた炎を貪り尽くさんばかりに吸収していく。
紫の深淵を帯びた刀身から湧き上がる青炎が虚空を舞い、複数のロングソードの切っ先が悲鳴を上げるように溶解し、次々と折れ砕けていく様は冬夜に咲く花の如く儚く美しい。
「「「なっ!?」」」
同時に左足に魔力を集中させ大地を震わせながら踏み込む。
<勁力槍>を発動させ、雷式ラ・ドオラで<雷式・勁魔浸透穿>を躊躇なく繰り出した。
雷式ラ・ドオラの杭刃が空気を切り裂き、複数のロングソードを弾き飛ばすと、正面に立ち塞がる六眼六腕の魔族の鎧身を貫通し、紫電の旋風が魔族の周囲を吹き荒れた。
六眼六腕の魔族の上半身が散華するさまは、まるで闇夜に舞う紫紺の花弁のようだった。
間髪入れず、右前方に陣取る六眼六腕の魔族との間合いを詰める。
右手に宿る〝魔焔の印環太刀〟で<焔牙>を繰り出した。
その魔族の胸郭に、血と炎の獣牙と一体化した切っ先が深々と貫入していく。
刀身を通じて伝わる感触は、厚い革を裂く感覚とも異なる、得も言われぬ手応え。
血炎は太古の獣が目覚めたかのような咆哮を虚空に響かせ、魔族の魂魄そのものを焼き尽くしていく。
殺氣――。
虚空を裂く魔矢の軌道を読み切り、左前方の風化した階段へと体を躍らせ、わずかな隙間を縫うように回避した。
と、幅広い歩廊の上で魂を込めた得物で魔族を穿つパパスとツィクハルの姿が映る。
リューリュとママニが瞬きの間に敵の死角を突き、息の合った連携で魔族を翻弄する様も鮮明に捉えた。キサラがダモアヌンの魔槍から<血魔力>を放出させながら魔族の胸元を一突きする姿も確かに認識する。
<七ノ魔眼>を発動中のルマルディも見えた。
低空を鷹のように飛翔しながら、<炎衝ノ月影刃>と<円速・虹刃>を連続解放し、砦の朽ちかけた出窓ごと、六眼六腕の魔族の射手達を次々と葬り去っていく。
その姿は、死神が舞踏しているように見えた。
ルシェルは魔杖ハラガソから《光の戒》を放ち、幾何学的な魔法陣を壁際の横幅狭く縦に長い場所に敷いていたのか、敵を次々に捕縛していく。
その拘束の中へ、ママニの円盤武器アシュラムが虹を描きながら飛来し、魔族の頭部を捉え、潰すように粉砕していく。残酷だが、戦場では躊躇していられない。
そして、
「ガォォォォォ」
大地そのものが震撼するような魔竜ハドベルトの咆哮が天地を揺るがす。
漆黒の鱗に光を宿した魔界騎士ハープネス・ウィドウを背に乗せた魔竜が巨大な翼を畳み、神の槍のごとく密生する林へと突進すると、古木が嘆きの声を上げて裂け散り、六眼六腕の魔族たちの断末魔の絶叫が夕闇の空へと溶けていく。
と、右斜め前方から、「ここから先は進ませねぇ!」と絶望的な覚悟を秘めた咆哮と共に突進してきた六眼六腕の魔族の頭部に金剛樹の斧が閃光と共に突き刺さる。
頭部と背の上部は切断されると、死体から噴き出す漆黒の血液が虚空に舞う。
その金剛樹の斧から黄色と<血魔力>の魔力が噴き上がると、こちらに走ってきたハンカイの右手に吸い込まれた。
そのハンカイが、
「――シュウヤ、小柄の魔界王子イシュルーンの眷族バデアーンは、ここから先に逃げて行ったのは確認済みだ」
「了解」
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