千七百五十四話 魔煌炎樹珠、魔神ガルドマイラの城への転移
<鎖>を消す。
キャアル公の側の兵士たちは、
「「「……魔煌炎樹珠……」」」
「本物ならば、攻撃はできないぞ」
「「……」」
「先程の巨大な魔獣の炎は強力だったが、俺たちにはきていなかった。交渉とは本当か」
「「あぁ」」
「……あの遠距離攻撃を宙空に止めている魔法かスキルは、<仙魔術>などの<精神波>攻撃の類いか?」
「そうだろう」
「……先程の言葉と神意力は、心に響いた……」
「「「……」」」
驚いたように発言し、ざわついていく。
相棒は黒豹に姿を小さくさせた。
<水念把>を消すように霊湖の水念瓶を消した。
ユイとヴィーネは俺の左右後方で待機したまま。
<血魔力>にフェロモンから、エヴァたちとの阿吽の呼吸は息遣いだけで理解できた。
「「「ンン――」」」
銀灰虎と黄黒虎に皆も、俺の背後に着地。
エヴァが、
「ん、左右と背後に壁を作るから」
「了解」
左右と背後のみ白皇鋼の壁が構築された。リサナを出さずとも大丈夫だろう。
<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>を消した。
そして、<超能力精神>から<星想潰力魔導>を発動し、宙空に縫い止めていた無数の魔矢類と魔法の弾丸のような物を潰すように、地面に落としていく。
すると、
「――魔焔ガルド守護大隊の皆、ここは私たちに任せて少し退きなさい――」
右の向こうの幕が張られた陣地の先から、女魔族の声が響く。
俺たちを囲っていた兵士たちは武器を降ろし
「「ハッ」」と声を揃えて発言し後退していく。
そこに奥の壇状に板の間が敷き詰められていた簡易的な陣地の幕が持ち上がり、魔法の膜が消えた。
そこから<血魔力>を纏ったキャアル公と二眼四腕の魔族が低空を飛翔しながら近づいきた。
二人は近くで、着地。
キャアル公の髪は、薄い蒼。
やや遅れて、宙空から<血魔力>系の魔力と樹が絡み付いている石棺が飛来し、キャアル公の横に着地させていた。ビュシエが扱うような石棺とは異なると分かるが、重いのか、石棺の底は陥没した地面にめり込んでいる。
二眼四腕の魔族が魔弓に魔矢を番え、
「キャアル様、この槍使いたちは、無礼にもほどがありますが……あの魔煌炎樹珠は本物ですね……」
「ギャリサガは武器を降ろし、見といて頂戴」
「ハッ」
ギャリサガは指示に従い、魔弓に番えていた魔矢を降ろした。
そのギャリサガは相棒の攻撃を凌いでいたからかなりの手練れだ。キャアル公とは異なる魔族。
漆黒の兜に後頭部から長い髪が漏れている。
額の中心には極大魔石のような魔石が嵌まり込み、額の左右にはアシンメトリーの朱色の角が生え、耳の一部と鎖骨と肩の一部は兜と融合していた。
そして、キャアル公の勢力たちの統一カラーの赤と黒系統の防具衣装を身に着けている。
キャアル公は、左右の掌から金色の魔力を放出させながら、
「……本当に、魔煌炎樹珠を私たちに提供するつもりがあると考えて良いのよね?」
「そうだ」
「了解したわ、条件は何かしら」
敢えて聞くか。
「この魔煌炎樹珠があれば魔神ガルドマイラの復活は可能か? また復活したらマホロバの地の南華仙院を攻めるか?」
可能であっても素直に言うとは思えないが……。
「……当然、復活は可能。それが目的だからね。ガルドマイラ様が復活した後の行動は分からないわ」
キャアル公の発言に周囲が響めく。
正直に語るとは意外だ。
しかし、嘘を付いたところでな、キャアル公については、もう最初の段階で答えは出ているか。
「その言葉は信用しよう。この魔煌炎樹珠をキャアル公に引き渡す条件は、一、マホロバの地と南華仙院の大仙人を含む門弟たちへ攻撃、侵略行為、戦争行為を行わない。二、マホロバの地を中心とした近隣の地域への不可侵。三、魔神ガルドマイラが復活するなら、その復活の場所で、この魔煌炎樹珠を渡す、その復活に立ち会わさせてもらう。一と二の条件を魔神ガルドマイラにも飲んでもらう。とにかく、マホロバの地や戦神マホロバ様に南華仙院の皆とは争うなってことだ」
と、言った直後、黒豹が前に出て、両前足の爪を出入りさせ「にゃごぉ」と威嚇の声を発した。
俺たちの背後に皆といるだろう黄黒虎と白黒虎と銀灰虎は黙っていた。
キャアル公は、俺と相棒に皆の行動を見て、
「……了解したわ。では、撤退の準備するから待って頂戴。ギャリサガ、これを――」
印章のようなアイテムをギャリサガに放っていた。
「ハッ」
ギャリサガは印章を受け取り仕舞う。
キャアル公は、
「ギャリサガは【キイボルトの盆地】の【キャアル砦】まで、第一から第四部隊の軍を撤収させて頂戴」
「分かりました。では――」
ギャリサガは跳び、この場から立ち去った。
キャアル公は、
「バイーシュにカカラサ、聞いていたでしょう、魔太鼓を鳴らして頂戴、そして、魔焔ガルド守護大隊を率いて【ガルドマイラ魔炎城】に撤退するように」
「「ハッ」」
バイーシュとカカラサと呼ばれた二眼四腕の魔族は、
「聞いていたな、撤収を開始する!」
「エラジモンも急いで撤収の準備を開始しろ」
周囲の兵士たちに向け指示を飛ばす。
「「「「「ハッ」」」」」
一斉に近くにいた兵士が撤退準備を開始した。
魔力を含んだ魔太鼓が鳴ると、遠くから鬨の声のような野太い声があちこちから響いてくる。
すると、ビュシエから、
『シュウヤ様、魔界王子イシュルーンと戦っていたキャアル公の勢力が一斉に退いていきます。交渉が成立したのですね』
と、血文字が浮かぶ。
『まだ成立とは言えないが交渉の一環だ』
『はい』
キャアル公は、俺を見て、
「では、魔神ガルドマイラ様の復活させる場所は【ガルドマイラ魔炎城】なので、そこまで付いてきてもらうけど、よろしくて?」
「あぁ、距離はどの程度離れている」
「すぐよ、【ガルドマイラ魔炎城】まで転移するから」
と、キャアル公は右手を天に掲げ、指先から金と銀の糸が紡ぎ出されていく。
その糸は宙空で交錯しながら織物となり、やがて豪奢な魔布へと姿を変えた。
魔布の表面には古代の文字が浮き出ては消えてを繰り返す。
その魔布が風もないのに靡く。
次第に広がると、その内側から異界の熱気が漏れ出ては、魔布が巨大な門扉のような形状となり、その向こう側の空間が歪み、徐々に鮮明になっていく。かなり遠くに、深紅の宝石を散りばめた巨大な玉座が見えた。
天井まで届く黒曜石の柱に、大理石の床。
壁面を埋め尽くすような壁画が、すべて魔力を帯びて淡く輝いている。
赤と黒を基調とした荘厳な空間か。
「転移アイテムは色々とあるのですね」
ヴィーネの言葉に頷いた。
大理石の床の先は、赤絨毯が敷かれている。
絨毯の左右には、漆黒と紅の鎧に身を包んだ二眼二腕と二眼四腕の重装歩兵たちがずらりと並び、こちらの到着を察知したように整列し始めていた。
彼らの鎧からは炎を操ることができる魔神の加護を思わせる紋様が浮かび上がっていた。
憤怒のゼアも炎の神と言えた、炎の神は、かなり多いんだな。
天井からは漆黒の炎を宿した燭台が幾つも吊り下げられ、その炎は普通の火とは異なり、上ではなく下へと燃え広がっている。不思議な光景だ。
そこで、血文字で、
『ビュシエ、そちらと合流予定だったが、キャアル公の勢力と交渉で、キャアル公の勢力の本拠地に乗り込むことになった』
『分かりました』
ビュシエの血文字を皆が見て頷き合う。
そして、その皆を見て、
「黄黒猫と白黒猫に、パパス、ツィクハル、リューリュ、ママニ、キサラ、ルマルディ、アルルカンの把神書、サラ、ルシェル、シャナ、ハンカイは、【マホロバの地】の平原で魔界王子イシュルーンの勢力と戦っているビュシエやフーとフィナプルスにハープネスたちに加勢だ」
「ニャァ」
「ニャオォ」
「了解」
「うん」
「「「「はい!」」」」
「承知しました」
「分かりました。空はお任せを」
アルルカンの把神書は表紙に大きい単眼を生み出すと、黒豹に近づいて、
「おうよ、神獣、しばしの別れだ。俺の代わりの歯磨きは、変わりを探せ」
「にゃご~」
「うひゃ」
アルルカンの把神書を飛びついて咥えた相棒は俺を見た。
「了解した、アルルカンの把神書は一緒に」
「ンン」
と、口を離した黒豹。
アルルカンの把神書は「了解したぜぇ~」とこちら側に来た。
そこでヴィーネ、ユイ、レベッカ、エヴァ、キスマリ、ヴェロニカ、キッカ、メル、ルビア、クレイン、エトアを見て、
「ユイたちは付いてきてもらう」
「うん」
「「「はい」」」
「行きましょうか、キャアル公が裏切ったら、心置きなく戦えるってもんだからね」
「そうね、死神ベイカラ様が微笑むように魔神ガルドマイラだろうと、容赦なく斬る」
「うん、ベイホルガの頂で、キッカから新しい血剣術を習ったから試す相手がほしかった」
ヴェロニカはこの間見せていた<血剣・猛襲連速>が新技ではないのか。
「にゃ」
黒豹は俺の右足に頭部を寄せてから、俺たちを待っているキャアル公に近づいた。
すると、俺の右手に嵌めている指輪から風が発生し、
『……敵地だと思うと少し不安です』
と、風の精霊ナイアが思念を寄越した。
『ふふ、大丈夫ですよ、閣下ならどのような場所であろうと、臨機応変に戦います』
『はい、キャアル公からの態度からして、神格を得ている御使い様と敵対したくない想いは伝わってきます』
常闇の水精霊ヘルメと闇雷精霊グィヴァの念話に『はい』とナイアは念話で返していた。
そして、キャアル公に、
「では、【ガルドマイラ魔炎城】に行こうか。その空間に足を踏み入れたら、自然と転移するタイプでいいんだな?」
キャアル公は頷いて、
「そうです」
「了解、相棒と皆、行こう」
「「「はい」」」
皆で、【ガルドマイラ魔炎城】の城主の間に足を踏み入れた。
魔布の門を潜った瞬間――。
鏡が延々と続くような間、世界がダブついた。
同時に、肌に纏わりつくような重い魔力が全身を包み込む。もう付いたか、明らかに魔神の領域。
床から立ち昇る淡い紅炎が足首を舐めるように巻き付き、天井からは漆黒の液体が逆さまの滝となって流れ落ちては、到達する前に蒸発していく。空気中の魔力が肌にまとわりつき、まるで重い鎧を着ているかのように感じた。
時折、冷たい風が吹き抜け、肌を粟立たせる。
【ガルドマイラ魔炎城】の空気は硫黄と古い香木が混ざったような独特の匂いを放っていた。
焦げ付いた肉のような、あるいは血のような、微かに鼻を突く匂いが混ざり、不快感を覚える。
呼吸するたび喉の奥がかすかに焼けるような感覚を受けるが、すぐに回復する。
耳に届くのは、遠くから響く金属の軋む音と壁の中を何かが蠢くような不気味な音……。
時折、微かに何かが囁くような声が聞こえるが、それが何であるかは判然としない。
「にゃご」
相棒が反応しているように、俺たちを敵視する魔素だろう。
時折、城全体が生きた存在のように震え、脈打つような振動が床から伝わってくる。
足下は転移する前に見ていた通り、大理石と似たような素材の石材。
少し先からは赤絨毯が中央の奥に続いている。
黒豹の相棒の足音だけが、大理石の床に鋭く響く。
『閣下、ここは炎の精霊ちゃんたちが多い』
ヘルメの念話に頷く。
ヴィーネが先を歩くと、翡翠の蛇弓を構えた。
「ご主人様、この城の大気には重さがあるような」
「ん、魔力も独特」
「はい」
皆が周囲を見渡しながら、発言していく。
そのヴィーネは全身に光を帯びた<血魔力>を纏っている、銀髪が漆黒の廊下で際立って輝いていた。
光を放つ存在は、この闇の城にとって明らかに異質な存在か。
黒豹は、その絨毯の匂いを嗅いでいた。
そのユイは、黒豹の頭から胴体を撫でていく。
警戒している黒豹を落ち着かせようとしているように思えた。
ヴェロニカが眉を寄せ、
「この城自体が魔神の一部とか?」
「さすがに、それはないと思うけど……」
とレベッカも発言。
絨毯の先の城主の間には、八角形の儀式台が据えられ、その表面には謎めいた魔法陣が刻まれている。
魔法陣の模様は脈打ち、鮮やかな緋色の光を放っている。
周囲には黒い蝋燭が幾重にも並べられ、その炎は外側から内側へと燃えていく不思議な現象を見せていた。
天井と繋がっている長細い時計台もある。
逆回りに動いているようだ。
すると、前方の絨毯の左右に並ぶ漆黒の甲冑を着た
二眼四腕の衛兵たちは、一斉にハルバードのような武器を掲げ、
「「「キャアル公!!」」」
「あ、それは!」
「「まさか!」」
「「魔神ガルドマイラ様の……」」
「「おぉ」」
俺が持つ魔煌炎樹珠を注目する兵士たち。
壁から生えていた奇妙な結晶が一斉に魔煌炎樹珠の方向へと傾き、天井の闇から飛来した小さな炎の精霊たちが、好奇心旺盛に珠の周りを旋回している。
キスマリは魔剣ケルを右上腕の手に召喚し、俺を守るように左前に出ている。
キャアル公は、そのキスマリを見て、
「ご安心を、主の魂の欠片に反応したせいです。城全体が、ガルドマイラ様の帰還を待ち望んでいる」
と、静かに言った。
「にゃ……」
黒豹が、かすかに声を発して反応した。
キャアル公は、「皆もこの方々に手出しは無用。大事な客人と思いなさい」と発言し、左手を上げると、兵士たちは一斉に武器を降ろした。
キャアル公が、振り向いて、
「魔神ガルドマイラ様の復活の準備は整っています」
「あの儀式台か」
「はい、こちらです」
儀式台に向け腕を向ける。
頷くと、キャアル公は先を歩き始めた。
俺たちとも続いた。
兵士たちは、俺たちが近づくたびに、身を硬くし、武器を握る手に力が入るのが見て取れた。
庇が上がっている一部の兵士たちの瞳には、警戒と恐怖の色が宿っている。
「ん、当然だと思うけど、城内の魔族たちは警戒している」
「あぁ」
「普段の転移にはいない、ゲストがわたしたちだからね」
「はい、同時に、この魔族たちは蛮族ではないので、期待はできます」
「そうですね、わたしたちだからこその話し合いだと思うけど」
皆の言葉を聞きながら赤絨毯を歩く。
先には巨大な階段があった。
両脇には、人とも獣ともつかない姿の石像が佇んでいる。
よく見ると、石像は微かに呼吸をしているようだ。
魔石の瞳が僅かに輝き、こちらの一挙手一投足を見逃さないように監視している。
天井付近の闇の中からは、時折赤い目が煌めき、翼の羽ばたく音が聞こえてくる。
守護の魔獣たちだろうか。
彼らは主人の帰還を待ちわびているかのように、落ち着きなく宙を舞っていた。
壁面を飾る壁画は、かつての魔神ガルドマイラの栄光の時代を描いている。
星々を手中に収め、次元の裂け目を自在に操っているような、無数の世界を征服するような姿が、金箔と赤銅で精巧に表現されていた。
「これが、魔神ガルドマイラの力なの?」
「ん、星々と次元を操る?
「はい、想像もできませんが、ある種の喩えでしょう」
レベッカとエヴァとメルが壁画を見上げながら発言していた。
キャアル公は、
「はい、さすがに、時空の属性の頂点の神々のような力は魔神ガルドマイラ様にはありません」
「あぁ、なるほど」
壁画の一部は焼け焦げ、黒く変色している箇所もある。おそらく魔神が敗北した時の傷跡だろう。
「焼け焦げ跡は……」
「戦いの影響だと思いますが……」
レベッカとヴィーネの言葉にキャアル公は、
「はい、その通りここでも戦いは起きている。神界側との戦いを終えても、今は従えていますが、魔獣公バドゥラセルなどや魔界王子イシュルーンとは戦いが続いている」
と、発言しては、その壁画を見上げて深い敬意と哀愁の入り混じった表情を浮かべていた。
彼女にとって、この城は単なる拠点ではなく、かつての主への忠誠と誓いの証しか。
八角形の儀式台に近づくと、天井から吊るされている六本針の奇妙な時計の動きが氣になった。
針の動きが時に加速し、時に停止していた。
エヴァが見上げると、
「ん、針の影が床に映る形が、実際の針の形と異なっている」
「うん、この城の中では、時間の流れが異なる?」
「外の世界より速く、あるいは遅く進んでいるかも知れない?」
エヴァとレベッカとユイが語る。
キャアル公は、
「はい、あれは、柱魔外時計マイラ。八角系の儀式台と連動する魔道具でもあり、魔神ガルドマイラ様が健全な頃は、あの魔道具も真価を発揮していました。今はあまり関係がないので、あの八角形の儀式台の近くに行きましょう」
「了解」
「「はい」」
皆で、八角形の儀式台に近づいた。
近づくたびに、緋色の魔法陣は、見る者の目を眩ませるように光を強めた。
黒い蝋燭は成長したように太くなり柱と成る。
炎は外側から内側へと燃えていく不思議な現象を見せているのは変わらない。
更に、緋色の魔法陣の外の周囲の宙空に、様々な炎と煙が発生し、それらが囂々と音を立てて燃焼し、時折、爆ぜるように大きな音を出す。炎は魔族の将校を思わせるモノを模った。
立ち上る煙の香りは、甘く刺激的……不快ではないが、不思議だ。
ヴィーネたちも顔を見合わせている。
キャアル公は、
「香りに毒はありませんのでご安心を」
「ん、良かった」
エヴァの笑顔に合わせたようにキャアル公は笑みを浮かべた。
続きは、明日、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻~20巻」発売中。
コミック版発売中。




