千七百五十一話 <氷王ヴェリンガー使役>とヴェリンガーの過去
正義のリュートを消す。
放射状に広がった神秘的な光は霧と氷霜花樹の樹に変化を遂げていく。
霧を吸収していく善美なる氷王ヴェリンガーは、こちらに歩み寄ってきた。
そのヴェリンガーの万丈氷墳墓があった地面が透ける。否、地面も氷なのか、氷の底に球体の核のような物が嵌まり込んでいる?
核の中心は炎のような魔力が煌めいていた。
マホロバ様は、
「ふむ、道理で、氷霜花樹が山頂部にあった理由か。水神の大眷属の魂の欠片が、万丈氷墳墓にあったとはな」
と、語ると、三人の大仙人は、
「「はい」」
「過去の争いの由縁でしょう、当時は錯綜していました」
と、語る。
そのマホロバ様に、
「過去の争いとは、戦神マホロバ様がここを得た時の戦いですか?」
「うむ、この〝マホロバの地〟の南華大山の当時は、北華魔山と南華魔山でしかない。その境目に布陣した時から、我の領地となったのだ」
「「「はい」」」
「当時、マホロバ様を含めた戦神ヴァイス様たちは魔神を倒し続けていましたが、逆に押し込まれる時もありました」
と、大仙人キメラルカが語る。
戦神マホロバ様は頷いた。
それにしても善美なる氷王ヴェリンガーは威風堂々とした姿だ。
名に氷王が付いていると理解できた。
女性か男性か、中性的で分からない。
背後の万丈氷墳墓の溶けた水が浮遊しながら前にいる善美なる氷王ヴェリンガーへと付着し、右手に水が集積すると、その水が神剣らしき美しい剣に変化。
更に、氷と水の装甲が体に付着した。
右肩と胸元は大きく損傷している。
乳房があるから女性なのか。
すると、突如として本体の肌は薄まって半透明化した。
『完全な復活は無理のようですね』
『はい、白蛇竜小神ゲン様と同じような印象です』
ヘルメとグィヴァの念話に頷く。
すると、<導想魔手>を消しても宙空に浮いたままだった王氷墓葎書物の魔力の放出が止まると、頁に記されていた〝善美なる氷王ヴェリンガー〟の文字が閃光を発して消える。
閃光は目の前のヴェリンガーに当たると、体の輪郭を縁取るような光が強まった。
だが、逆に体が薄らいだように点滅し徐々に体が半透明と成る。
その氷王ヴェリンガーは寄ってきた。
目元の蒼と黄緑の瞳は綺麗だ。
両手に持っていた神槍と神剣を消し、両手で胸元にクロスすると、その両腕とヴェリンガー自体から水飛沫が発生した。
そのヴェリンガーは片膝の頭で床を付いて、頭を垂れてくる。
「……<水の神使>をもつ主……我が名は氷王ヴェリンガー、我と契約を結んでください。そして、私の墓となっている地面の真下にある魔煌炎樹珠を差し上げます」
「了解したが、ヴェリンガーはどうして南華大山の山頂部の、氷の万丈氷墳墓に?」
「はい、魔界セブドラと神界セウロスの地を巡り、私は、水神アクレシス様の眷族衆の一員として、八大龍王トンヘルガババンたちと共に、戦神ヴァイス様が率いる無数の戦神と武王龍神の眷族衆たちと、魔界王子イシュルーンや魔皇ウレアトガと魔神ガルドマイラの大眷属キャアルと戦いとなりました。その戦いで不意打ちを受け、敗れましたが……魔煌炎樹珠を封じるため<万丈氷墳>を用いたところで、氣付いたら、ここに……」
キャアルか……。
ここに来る前にいた高台にいた勢力。
俺と交渉しようとしてきた。
「……なるほど、では、契約を結ぼうか――立ってくれ。魔力を送ることは必要かな」
と手を差し伸べた。
「あ、はい、私が主の手を握れば、契約はできます。魔力はもう得ています」
「了解した、では握ってくれ」
「はい!」
氷王ヴェリンガーが細い手を動かし、俺の手を握った刹那――。
脳裏に鮮明な映像が洪水のように押し寄せてきた。
——刃と刃がぶつかる金属音が広大な平原を震わせ、空気すら裂くように響き渡る。
白銀の鎧に身を包んだヴェリンガーは、魔界王子イシュルーンの放つ漆黒の斬撃を氷の神槍でしなやかに受け止める。
空気が凍りつくほどの冷気を纏った神槍は、宝石のように輝きながら敵の魔力を打ち消していた。
その輝きは雪原に落ちる初日の光のように神々しい。
「これより先には一歩たりとも進ませません!」
凜とした氷の結晶のようなヴェリンガーの声は、周囲の戦場を凍てつかせるほど冴え渡っていた。
白銀の鎧を輝かせるヴェリンガーは風のように魔神たちの間を舞う。
敵の攻撃を<永久氷列槍波>で相殺しながら、氷上を滑るように魔神ガルドマイラとの間合いを詰めていくと、体がブレた。<氷踏み>の足捌きを実行し、懐に飛び込む。
神槍ヴェリフリムを握り締めた両手に力を込め、青白い閃光を伴う<冽閃霜花穿>の一撃を繰り出した。
槍先が魔神の胸を貫き、引く。
同時に魔神の内臓から燃え盛る火の玉のような〝魔煌炎樹珠〟が引き抜かれた。
一瞬の隙もなく、ヴェリンガーは神槍を振り抜き、奪った珠を懐に収めた。
魔神ガルドマイラは苦悶の咆哮を上げながら吹き飛ぶが、傷口から迸る黒い血が逆流するように体を包み込み、肉が再生していく。 瞬く間に全快した魔神が憎悪に満ちた赤い瞳を光らせ反撃に出た瞬間——。
ヴェリンガーの背後から八大龍王トンヘルガババンが流星のように現れ、龍の咆哮と共に津波のような液体攻撃を繰り出す。膨大な圧力を持つ水流が魔神の体を打ち砕き、再び吹き飛ばした。
「よくやったぞ、ヴェリンガー!」
八大龍王トンヘルガババンは天空に螺旋を描くように飛翔し、鱗の一枚一枚が太陽の光を反射して虹色に輝きながら、勝利の咆哮を空と大地に轟かせる。
平原の別の場所では、融通無碍の水帝フィルラームが、
「水神アクレシス様の名において!」
と、発言しながら、風のように舞い、流水の如き剣技で魔皇ウレアトガの軍勢を押し返していた。フィルラームの剣先が描く軌跡は青い光の帯となって敵の魔族を両断していく。
流れを汲みて源を知る氷皇アモダルガは、「グォァァァ」と、咆哮。
大柄の白熊としての体格を活かし、前進しながら左右の柱のような腕を振り回す。剣のような鋭い爪は次々に狂神獣センシバルの魔族ケララバワンを切り裂き、魔神ガルドマイラの眷族ギモラと魔皇ウレアトガの眷族の胸を一瞬で貫いた。
「我が同胞を!」
魔皇ウレアトガの眷族の中でも特に凶悪な暴掻のヴェイアンが発狂する。その目から漆黒の涙が溢れ出し、南華大山の近辺に落ちると瘴気となって自らの眷族たちを生む。
瘴気に触れた神界の眷族は肉が溶け、骨すら砕かれていく。
「退くな!」
水帝フィルラームの声が鈴を打ち鳴らすように響き渡る。武王龍神レキハが率いる一隊の動きに合わせ、フィルラームは氷の壁をあちこちに創り出していく。薄いレンズのように透明な氷の壁は瘴気を反射し、魔神ガルドマイラの炎の攻撃からも神界セウロスの地を守り抜いていた。
白蛇竜小神ゲンは白銀の鱗を煌めかせながら口から虹色の閃光を放つ。その光は天空に向かって螺旋を描き、悪神デサロビアの眼球から放たれた無数の魔刃と衝突して相殺した。白蛇竜小神ゲンは身を起こすように大きく回転し、背鰭と尾の一振りで大地を切り裂く勢いで悪神デサロビアに襲いかかる。
悪神の体は真っ二つに断ち切られ、黒い体液が噴き出したが、それは分身体に過ぎなかった。
本体の悪神デサロビアは別の場所で邪悪な術式を展開していた。
幾つもの分身体を一瞬にして蟻地獄と紅蓮の怪物モンスターに変化させながら、戦神キヴェレイに向けて精神を蝕む<精神魔圧><精神波><感応><心化物>を次々と繰り出す。
南華大猿を率いる魔猿公ベガラーは、南華魔仙樹を体内に取り込んで巨大化した猿の姿で、北華紅蓮龍を率いる武王龍神アガツナに飛びかかっていた。拳一つで竜王を吹き飛ばしたが、次の瞬間、戦神トウホウの神刀が閃き、魔猿の体から黒い血が噴き出して後退を余儀なくされる。
魔獣公バドゥラセルは戦巫女レミアンと相対するも、彼女の神速の斬撃に右足と腹を深く切り裂かれ、悲鳴を上げながら後退していく。
吹き飛ばされた武王龍神アガツナと北華紅蓮龍は態勢を立て直す間もなく、魔皇ウレアトガの放った巨大な魔剣の一撃を受け、さらに遠くへ吹き飛ばされた。散り散りになった北華紅蓮龍の群れは、魔神ガルドマイラと悪神デサロビアの<感応>と<心化物>に精神を壊され、仲間を襲い始める。
神界と魔界の勢力による壮絶な戦いは一進一退を繰り返していた。水神アクレシスの大眷属たちの緻密な連携と勇猛な戦いぶりで魔界の軍勢を食い止めていたが、それも束の間だった。
「愚かな水の使いたちよ! お前たちの命運もここまでだ!」
闇神リヴォグラフの声が深淵から響いてくるかのように空間全体に反響した。
闇神リヴォグラフの放った闇の波動がフィルラームの壁を粉砕すると、それまで絶妙に保たれていた均衡は一瞬で崩れ始めた。
「ヴェリンガー、後方へ下がれ! 罠だ!」
水帝フィルラームの警告が届く間もなく、魔界王子イシュルーンの背後から巨大な影が現れ、眷族バデアーンが刃を抜きながら突き出す。
ヴェリンガーは危険を察知し、両手に神剣と神槍を生み出して掲げる。武器から放たれた白い閃光は巨大な影を一瞬で蒸発させたが、それは囮に過ぎなかった。バデアーンは両手に漆黒と紫と黄緑の炎を纏った円盤状の武器を回転させながら襲いかかる。
「お前の持つ魔煌炎樹珠は俺がもらおうか!」
ヴェリンガーは神剣と神槍で必死に防戦するが、バデアーンの凄まじい攻撃の前に肩の防具が切断され、胸甲も砕かれて乳房が露わになる。息も絶え絶えになりながらも、決して諦めず神槍を構えるヴェリンガー。
その時、背後から声が響いた。
「それを返せッ!!」
振り向いた時には既に遅かった。
魔神ガルドマイラの大眷属キャアルが放った紫黒の魔剣レイズラッドが、ヴェリンガーの胸を背中から貫いていた。衝撃で神槍と神剣を取り落とし、口から鮮血が迸る。
「ぐえぁ……主神アクレシス様……申し訳、ございません……」
血を吐き、視界が徐々に霞むヴェリンガーの耳に、キャアルの嘲笑が響く。
「フハハ、その魔煌炎樹珠は魔神ガルドマイラ様の物! そして、お前も、私の<魔樹棺界>に納まってもらおうか!」
「そんなことは絶対にさせない!」
水飛沫と化していく体から最後の魔力を搾り出し、ヴェリンガーは絶叫する。
「<万丈氷墳>!!」
キャアルは危険を察知し「チッ——」と舌打ちして後退するが、ヴェリンガーの決死の覚悟は空間そのものを凍らせていく。
神槍を大地に突き立て、氷の力を最大限に高めると、自らとキャアルを巻き込むように大地を凍結させる技を発動した。
大地が轟音と共に揺れ、神界と魔界の境界に幾筋もの亀裂が走る。
一瞬のうちに周囲は凍り付き、巨大な氷の塊——万丈氷墳墓が形成された。キャアルは間一髪のところで退いたが、ヴェリンガーの体は氷と共に固まっていく。
万丈氷墳墓に閉じ込められながら、ヴェリンガーは氷越しに遠方から接近する戦神マホロバの軍勢を確認した。
金色と白銀の光を纏った戦神の旗に黄金の鴉の模様が浮かび上がる。
援軍が、日の出のように地平線から昇っていた。
「あれは、戦神たちの戦旗……この地を頼みました……」
意識が途切れる最後の瞬間、戦神マホロバの神威が北華魔山と南華魔山を包み込み、その神聖な光に満たされていくのが見えた。
眷属神たちの尊い犠牲の上に、新たな領域【マホロバの地】が誕生しようとしていた——。
その壮絶な記憶の断片が意識を駆け抜けた。
過去と現在が一つに溶け合う。
「——主との契約は成りました!」
ヴェリンガーの体は眩い光を放ちながら水飛沫と魔力粒子となって散ると、飛来。
周囲の空気が振動し、水飛沫と霧が渦を巻きながら発生し、地面からは美しい氷霜花樹が次々と生え始める。
魔力粒子は肩の竜頭装甲を通して防護服ごと体に吸収されていく。
と、氷王ヴェリンガーの魔力が全身を駆け巡っていく。
ピコーン※<氷王ヴェリンガー使役>※恒久スキル獲得※
ピコーン※<霊纏・氷王装>※恒久スキル獲得※
取り込んでいる氷皇アモダルガが、『ガォォォ』と
『やりましたね、氷王ヴェリンガーの使役、閣下が戦闘時に使える<召喚闘法>に霊纏系の必殺技になり得るスキル!』
『おぉ、では、氷皇アモダルガを纏った時のように、氷王ヴェリンガーを扱える?』
『おう、そうなる、<氷王ヴェリンガー使役>では、単体で氷王ヴェリンガーの召喚も可能だと分かる』
『『はい』』
『素晴らしい!』
ヘルメとグィヴァとミラシャンと念話していると、
「ご主人様!」
「シュウヤ、氷王ヴェリンガーを得たのね!」
「ん、シュウヤ、前方の万丈氷墳墓の深いところに炎の球体がある?」
皆の言葉に頷いて、振り返り、
「あぁ、<氷王ヴェリンガー使役>と<霊纏・氷王装>を得た。そして、前方の深い氷の世界の中の炎の球体だが、魔煌炎樹珠だろう」
「「「おぉ」」」
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