千七百五十話 善美なる氷王ヴェリンガーの目覚め
依然と王氷墓葎の書物から出ている魔線と小精霊たちは、緑と銀に輝く注連縄が巻かれている大きい樹と樹の間に突入している。
すると、黒豹は「ンンン」と喉声を鳴らしつつ前に出る。
南華魔仙大樹と北華魔仙大樹の間から見えている山頂部を見ながら、腹を地面に付け体勢を低くし、体をムクムクッと大きくさせた。
大黒豹ロロディーヌに変化。
黒い天鵞絨のような体毛の表面に、橙の炎が這うように彩りを添えた。
その橙の炎に漆黒と紅蓮の炎も混じり、半透明の鎧のように纏わりついていく。
〝アメロロの猫魔服〟の進化versionだろう。
黄黒猫と白黒猫と銀灰猫はそれぞれ虎の大きさに変化。
犀花は、馬と似た口を拡げ、「グォォ」と鳴いてシャナに近づいた。
シャナは笑顔を浮かべ、
「ふふ、一緒にいてくれるのね」
と発言。
幻甲犀魔獣の犀花は口を少し広げ「オグォ~ン」と鳴きつつ頭部をシャナに寄せている。
サイファの角がシャナの前髪に優しく触れている。
「うん、ありがとう」
大型円盤武器アシュラムを片手に持つママニもシャナの傍に寄り、
「ご主人様、わたしもここで待機しておきます」
「了解した」
戦神マホロバ様の依代の少年と三人の大仙人を見ると、戦神マホロバ様は、
「ふむ、シュウヤよ、恥ずかしながら南華大山の守りは完璧ではない。ある程度の護衛は残しておいても良いだろう」
「分かりました」
「陛下、俺もここに残り警護をします」
「はい、私も」
パパスとリューリュがシャナの背後に並ぶ。
「では、パパスとママニ、リューリュもここで待っていてくれ」
「「「はい」」」
戦神マホロバ様は、
「では、封印を解く――」
と、発言し浮遊しながら前進。
右手に持つ棒に魔力を込めつつ、南華魔仙大樹と北華魔仙大樹の間の前に移動する。
そこで棒を振るった。
その直後、静寂が音となったように無音と成った。
世界そのものが息を潜めたかのような静寂が訪れた。
左右の南華魔仙大樹と北華魔仙大樹が古の生命のように揺れ動き、その間に浮かび上がった紙製の灯籠は、神界の光を宿したかのように輝きを放った。
王氷墓葎の書物から出ている魔線と小精霊は変わらず、南華魔仙大樹と北華魔仙大樹の間を直進している。
時折、書物から〝善美なる氷王ヴェリンガー〟の魔法の文字が浮かんでいた。
マホロバ様は半身となってこちらを見て、
「これで封は解けた。ここから先の道中には南華大山の頭頂部にだけ湧くモンスター、暴掻のヴェイアンという大柄の人型モンスターに、それを餌とする南華大猿と北華紅蓮龍が現れることがあるが、我らの気配を察知して現れることはないだろう」
「モンスターが湧くのですね」
「うむ、では行こうか」
マホロバ様は頷く。と、左に体を開くように振り向いた。
背を見せながら南華魔仙大樹と北華魔仙大樹の間を進み始めた。
紙提灯が降りてきて、そのマホロバ様の頭上と前方を優しく照らす。
マホロバ様は浮いた状態で、その照らされた道を進む。
三人の大仙人と共に皆で、そのマホロバ様の背後を付いて徒歩が可能な傾斜した山道を歩む。
紙提灯があるように薄暗い山道だったが、すぐにそれは終了。
明るくなったが、気温は下がり、南華魔仙樹と北華魔仙樹の数は徐々に減る。と、前方に切り立った岩壁が見えてくる。
南華魔仙樹と北華魔仙大樹は見えている範囲から消えた。
代わりに氷の花が咲いている樹が増え始めて、雪が降ってきた。
先程、幻影で見えた通りの氷の花、これが氷霜花樹か。
周囲に残る雪化粧の景色は美しい。
マホロバ様は、
「洞穴はまだまだ先だ。そして、見ての通り、氷霜花樹が咲いている」
「はい」
「マホロバ様、氷霜花樹は回収しても?」
ヴィーネが聞いていた。
先を浮遊しているマホロバ様は振り返り、棒を振るいながら、
「――うむ、自由に採るがいい、そこの王氷墓葎の書物と反応する以外でも欲しいアイテムがあれば、自由に採取してくれていい。南華魔仙樹はシュウヤが作成できるから必要ではないと思うが、南華大山には独自の天然物が豊富にあるからな。鉱物や植物、中でも〝大皇雪霊芝〟、〝魔霊不虞草〟などに、錬金術に使える草花も豊富にあるぞ」
「ありがとうございます」
「ん、ミスティやクナが喜ぶと思うから回収しよう」
「うん」
「そうね」
そうして、皆、鉱物や植物の採取をしながらマホロバ様と共に進んでいく。
イモリザも楽しそうに鼻歌を口ずさみにながら木の実や野イチゴのような植物を大量に採取していく。
そんなイモリザに大仙人ミィンアが、合わせるように琴の弦を弾き、音楽を奏でてくれた。音符が時折、見えながら拡がり、周囲に消えると、大きい栗のような実を擁した大樹が光っては、
「ふふ、光ノ大栗です。そのまま食べられますが、蒸すともっとオイシイですし、魔力に生命力が増えますよ」
と教えていた。イモリザは、
「キュピーン♪ 大仙人ミィンアちゃん凄いです! ありがと~」
と気さくに語り駆け、跳ぶように、その光ノ大栗を採取していた。
「では、先に進んでください、半霊を集めてみます」
「ほぉ、神界楽器も持つのだな」
「はい――」
<導想魔手>に持たせた王氷墓葎の書物を維持したまま跳んだ。
<武行氣>を使い、半霊があるかな? と――。
正義のリュートをアイテムボックスから取り出して弾く。
正義のリュートには、浮き彫り状の太陽の形をした印に、半霊を意味するコイン状の印と、三本足の烏などが色々と浮き上がっている。
――<魔界音楽>を発動。
<魔音響楽・半霊>も発動。
※魔音響楽・半霊※
※楽器を使用し、周囲の半霊を追跡と探知が可能になる、対応した楽器を持っていれば半霊を蒐集可能※
正義のリュートから音符と魔力が振動するように伝搬すると、半霊を示す音符たちが魂の光景を描き出すように空間に拡がった。
半透明な音符だらけとなる。
『閣下の指先から放たれる旋律は、この神界の飛び地でのみ聴こえる古の調べと共鳴しているように見えます!』
『はい、半霊はここにもありましたね』
『あぁ』
『回収しちゃいましょう~』
『これが……半霊の音符……正義のリュートに魔音響楽のスキルは不思議です』
『おう――』
ヘルメとグィヴァとミラシャンと念話をしつつ――。
一つの音符と触れると、音符は振動し、魔力粒子に変化し、俺と正義のリュートに吸収された。
近い場所に浮いている音符に再度突入し、音符を喰うように体が輝いていく。
体と正義のリュートが音符を取り込むたび、様々な音程が響く。
音符の振動に合わせて音程も強まったり弱まったりと様々に変化が起きる。
魔力も連続的に得た。
清々しい風も感じる。半霊だろう。
『音符一つ一つが魔力の結晶となっているのですね』
古の水霊ミラシャンは体感するのは初めてか。
『そうだな』
前よりも強弱があるような感じ。
魔力を得るごとに清々しい風も得られて音楽が奏でられるから面白い。
前と同じく――。
音楽のパズルとリズムのゲームをやっているような気分となった。
また近くの音符へと体を当てに移動すると音符は微かな魔力を発して、清々しい風と音を寄越してくれた。連続的に軽やかな音楽が響く音符があり、それが楽譜を形成するように音符と音符が融合し少し多くなっては先ほどと同じような音楽を響かせる。
正義のリュートの半霊を意味する印が増えたところで、皆のところへと急降下――。
<導想魔手>が持つ王氷墓葎の書物から出ている魔線と小精霊は、斜め先へと延々と続いている。
すると、マホロバ様の前方に展開していた紙提灯のすべてが道の左右に建つ灯籠の中へと吸い込まれて消える――。
途端に、灯籠の天辺に戦神マホロバ様の本来の姿をモチーフとした渋い、神像が出来上がる。
神像から蒸気のような魔力が上昇し、煙のような魔力を発していた。
「結界の作用でしょうか」
「不思議です」
「ん」
エヴァたちが不思議がっている。マホロバ様は、三人の大仙人が喋ろうとしたのを静止し、エヴァたちの前に浮遊し、
「うむ、我が認めた者は、この我の模った灯籠の近くに来ると、自然と我の加護を得られる。魔力と速度に力強さが増す効果があるのだ!」
「ンンン」
「面白いぜぇ」
「「おぉ」」
相棒とアルルカンの把神書が反応しているように、少年のマホロバ様は身を翻し、木の棒を振るって、薙ぎ払いの剣術から、突き出しの剣術を見せていく。楽しそうだ。
「ん、格好いい!」
「――うむむ!!」
エヴァに褒められた少年のマホロバ様は頬を朱に染めて決めポーズを決めている。
可愛いかもしれない。
暫くそんな調子で南華大山を登る。
見晴らしの良い景色が続く。
空はどこまでも青く澄み渡り、白い雲がゆっくりと流れていく。
もう山頂部といっていい位の高度だ。
景色は、この神界の飛び地でしか味わえない圧倒的なスケール感。
魔界と神界の境目辺りの気候は、天空に浮かぶ島々が無限に連なるように見え、ここからかだと太陽と月虹が半々に見えて、彩る姿は陰陽の調和そのものを表していた。
見えている範囲の岩や壁は荒々しい質感で力強い。
太陽の光が、岩壁に積もった雪をプリズムのように輝かせ、幻想的な光景を生み出していた。
空気が薄いとかありそうだが、魔界セブドラ内の神界セウロスの飛び地だからか、酸素的なモノはあるように思えた。
岩壁と岩壁の間を進むと、前方は更に細まった。空中に浮かんでいるような細い岩が構成している道が設けられている。
道の端の取っ手は銅製か。
断崖絶壁で、足を踏み出すのを躊躇うほどの高度感の桟道を皆で進んだ。
相棒はマホロバ様のすぐ背後を進む。
一歩、一歩と慎重に足を進めている。
皆、浮遊できるから事故の心配はしていないが……。
頬を撫でる冷たい風とアーゼンのブーツ越しに足裏に伝わってくる冷たい感触に真下の光景を見ると……。
キンタマがひゅんっと縮む感覚を得た。
同時に己が、この場所に存在していることをはっきりと教えてくれる。
<武行氣>を活かして、バンジージャンプ的な挙動を取るのも面白いかと考えたが止めた。
普通に浮遊し、前を浮遊しながら崖に生えている植物を採取していたレベッカを手伝う――。
場所によっては白樺と似た木も生えていて、茸類も豊富か。
冬虫夏草、山伏茸、霊芝、カバノアナタケ、アガリクス、紫蘇と似た葉と、大麻と似た葉、健康に良さそうな物の採りまくった。
そして、レベッカに、
「あ、ありがとう」
「おう」
と、レベッカの手を掴んでから浮上し、皆の歩く列に戻る。
すると、右側の平原地帯が見えた。
近くに骨鰐魔神ベマドーラーが見えた。さすがに巨大な魔街異獣。
ビュシエに、魔界騎士ハープネス・ウィドウたちは見えないや。
と、またまた道が狭まり、
道も細くなったが、急に開けた。
王氷墓葎の書物から続いてる魔線と小精霊たちの列は、前方の洞窟の中に続いていた。
マホロバ様は、
「すぐそこが山頂部、その氷の洞窟が、万丈氷墳墓だ、入ろうか」
「「はい」」
皆で氷の洞窟に入る。
開けた中央に、永久凍土の壁が形成しているような墓があり、注連縄を腰に巻く子精霊が浮遊しながら、こちらを見て、小さい腕を振っては、四股を踏むような仕種を繰り返し始めた。
そこから鐘の音が響く。
玄樹の珠智鐘ではないが、不思議だ。
「え?」
「この鐘って……」
「「はい」」
ユイたちは俺を凝視。
〝知記憶の王樹の器〟で玄智の森の記憶は得ているからな。
墓の表面には、くっきりと、善美なる氷王ヴェリンガーの魔法文字が浮かんでいた。
<導想魔手>が持っていた王氷墓葎の表紙から魔線が迸り、その魔力が、墓に繋がっている。
<導想魔手>ごと、中央の万丈氷墳墓に近づくと、<導想魔手>が消えた。更に、自動的に、王氷墓葎が俺の手元に飛来。
それを持つと、直に、俺の魔力を王氷墓葎の書物は吸ってから、掌から離れて浮かんだ。
先程と同じく自動的に頁が開いて、そこからネオンのような光が発生し、善美なる氷王ヴェリンガーの文字が浮かんでは、中央の万丈氷墳墓に直進し、融合した。
その直後――。
万丈氷墳墓が溶け始めると、その氷の壁面に閉じ込められていた記憶そのものが解き放たれるように神秘的な光が放射状に拡がった。
そして、永の眠りから目覚めるように善美なる氷王ヴェリンガーの美しい姿が現れた。
その手に握られた氷の神槍からは、神界の極寒の力が波動となって溢れ出し、洞窟内の温度を更に引き下げていく。
「「おぉ」」
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