千七百四十九話 氷霜花樹の秘密、万丈氷墳墓への道
『霊槍ハヴィスの時と同じならここにも何かがある』
『はい、シュウヤ様とヘルメ様は、過去、バルドーク山の地下に向かいました』
『はい』
ヘルメとグィヴァの念話に頷いた。
「にゃおぉ~」
「にゃァ~」
「ニャォ」
「ニャァ」
相棒たちも反応し、開いている窓の縁に跳び乗った。皆の瞳が好奇心に輝き、振り向いて俺の反応を待っている。
銀灰猫は黄黒猫の後頭部を舐め始める。
黄黒猫の片耳は銀灰猫の頭部に当たっているから、パパパッと音が鳴るように何度も片耳を揺らしていた。
その相棒たちも王氷墓葎の書物から何かが得られることは承知している感じだ。
「俺たちも後から向かうから、先に行ってていいぞ」
「ンンン――」
「にゃァ~」
「ニャォ」
相棒たち一瞬で窓を飛び出し、小精霊たちの光の軌跡を追うように消えていく。相棒は神獣としての本能に従っているようにも見えた。
と、大仙人たちが静かに立ち上がる。所作には南華仙院独特の作法があるのか威厳が感じられた。
少年の姿をした戦神マホロバ様の依代は子供らしい好奇心からか、前に乗り出し
「おぉ、書物、神遺物か面白い。水神アクレシスの大眷族たちの気配、魂の欠片を感じる……」
と発言し、左右の窓から外に飛翔していく小精霊に手を伸ばす姿は少年の外見に反して古の知恵を湛えていた。
三人の大仙人も前に出た。
白髭の大仙人ラジュランは、
「……大豊御酒の匂いは……遠い過去の記憶を思い起こさせる」
と語る。遠くを見る瞳には幾星霜の神界セウロスの事象が映っているようにも見える。
「書物は、仙魔秘宝帖にも見えますが、水神アクレシス様と関連が深いアイテムでもあるようですね」
大仙人ミィンアの言葉に頷いた。
彼女の語りに合わせるように琴の弦が神秘的に響き空間を神聖な波動で満たした。弦音には強弱も付いていた。
面白い。
見た目は中年のカルードっぽさがある大仙人キメラルカは、
「ですな、水神アクレシス様に関する神遺物……子精霊たちの外への導きからして、これはアクレシスの大滝やイン湖へと続いている?」
と皆に聞くように語った。
アクレシスの大滝やイン湖があるのか。
水神アクレシス様や白蛇竜大神イン様の縁の地。
そこに何か答えがあるのかもしれないな。
<水神の呼び声>や<滔天神働術>、<龍神・魔力纏>などの修業にも適した場所かもしれない。
心の奥で技の種が震えるのを感じた。
<龍神・魔力纏>も進化するかもだ。
※龍神・魔力纏※
※九頭武龍神流<魔力纏>系統:奥義仙技<闘気霊装>に分類※
※使い手に龍の魔力が宿り、周囲に無数の細かな龍の魔力が展開※
※<白炎仙手>などの仙王流系統の<仙魔術>と相性が良い※
※龍韻を刻む心、<脳魔脊髄革命>、<魔雄ノ飛動>、魔技三種、<白炎仙手>、<水神の呼び声>、<光魔武龍イゾルデ使役>、注連縄を腰に巻くデボンチッチの魔力と汗が必須※
※水神アクレシスと白蛇竜大神インと神人万巻、小精霊たちが見守る中、仙王の隠韻洞に溜まっていた白蛇聖水インパワル、聖水レシスホロン、アクレシスの清水の玄智聖水の中で〝武王龍神イゾルデ〟の復活&契約を果たし、九穴八海などに住まう龍族・龍神族・九頭龍族を治める武王龍神族家ホルバドスの秘奥義を獲得した者は他にいない※
ミィンアは優雅に琴の弦に触れながら、
「はい、その可能性は高い。他にも南華大山は神界と魔界の争いの傷跡は多いですし」
と、語る。
その言葉にキメラルカは頷き、
「我らが感知できない戦いの結果が、南華大山に残っていてもおかしくないか……水神アクレシス様の眷属たちも多数、魔界の神々や諸侯にしてやられている」
大仙人たちは頷き合う。
と、戦神マホロバ様の依代の少年も、
「……我が恩寵を与えたシュウヤ殿は水神様と深い縁を持つ故の事象か。これも縁」
「「「はい」」」
三人の大仙人は戦神マホロバ様に向け、頭を垂れながら頷いた。
皆に、
「皆様、この書物の名は王氷墓葎です。水神アクレシスの大眷属の魂の欠片に魔力が内包されている」
「道理で、この反応か」
戦神マホロバ様の言葉に頷いた。
〝神魔シャドクシャリーの書〟に何か反応をするかな。ま、それは後でいいか。
「ふむふむ」
「ふむ、水神アクレシス様の……」
「はい、この反応も頷けます。神獣様たちはこの反応の先に……」
大仙人ミィンアの言葉に頷いた。
すると、魔力を込めずとも反応中の王氷墓葎の書物が自動的に開いて、ヒラヒラと頁が捲られていく。
白紙の頁で止まった。
その白紙の頁が煌めき始め、
『善美なる氷王ヴェリンガー、融通無碍の水帝フィルラーム、流れを汲みて源を知る氷皇アモダルガ、魂と方樹を嗜む氷竜レバへイム、白蛇竜小神ゲン、八大龍王トンヘルガババン――――霄壌の水の大眷属たち、知者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむ。水垢離の清浄と栄光は水の理を知る。が、大眷属の霊位たちは、白砂と白銀の極まる幽邃の地に、魔界のガ……封印された。その一端を知ることになれば、火影が震えし水の万丈としての墳墓の一端が現世に現れようぞ。が、雀躍となりても、その心は浮雲と常住坐臥だ。魔界セブドラも神界セウロスもある意味で表裏一体と知れ……何事も白刃踏むべし』
前と同じく、それらの魔法の文字が白紙に描かれると、その魔法の文字が一字ずつ紙から剥がれて、蝶々のようにヒラヒラと舞い上がった。
「「おぉ」」
その王氷墓葎の書物から無数の魔線が幻想的な天の川のように変化し、浮かんでいた魔法の文字を包み込みながら上空に向かい、宙空で列となっている小精霊たちと重なった。
小精霊たちは各自、色とりどりの衣装を纏い、その光が強めながら窓から外に出ていった。
王氷墓葎の書物から放たれた魔線の一部が宙空に幻影を描き出す。吹雪が荒れ狂う山頂、氷の花が咲く不思議な樹々深い氷の洞窟——神秘的な光景が目の前に広がった。
マホロバ様は幻影を見つめ、
「これは、南華大山の氷霜花樹に万丈氷墳墓か」
「はい、桟道もあります」
「まさか封印している山頂部を映し出すとは……」
マホロバ様と三人の大仙人が語る。
では南華大山に、このような吹雪と氷の花を咲かせている樹があるのか。
先程外から見た範囲では白銀の滝と山のしか見えなかったが、強力な封印によって隠されていたのだろう。
相棒たちは吹雪の中に突入はしてないと思うが、少し心配だ。
すると、頂上の景色は消える。
幻影が消えると、〝善美なる氷王ヴェリンガー〟の文字だけが点滅し残った。
その文字が小精霊たちの列に並び始める。
王氷墓葎の書物は自然と閉じたが、魔線は窓の外へと続いていた。
「氷王ヴェリンガーか……」
と呟いて、レンたちを見る。
『大丈夫』と言うように頷いた。
薄紫色の瞳が綺麗だ。
ヴィーネが声を潜め、
「ご主人様、では、この小精霊たちは氷王ヴェリンガーの反応を示している場所へと導いているのですね」
「そうだろうな」
霊槍ハヴィスのような貴重なアイテムが、どこかに眠っているに違いない。
戦神マホロバ様は少年の顔に神の威厳を湛えながら、
「欲しい物とは、水神アクレシス様の大眷属と縁がある品だな?」
「はい、反応するかどうかは分かりませんでしたが、神界セウロスの気配が濃厚なので、試した次第です」
戦神マホロバ様と三人の大仙人は意味深く頷き、
「よかろう、南華大山の宝物庫にも貴重な物はあるが、その王氷墓葎の反応が示した先の品はシュウヤの物だ」
その言葉には絶対の権威が宿っていた。
神の恩恵に感謝の意を示すように、
「ありがとうございます、では、この反応に行きたいと思います」
「うむ、我が案内しよう。しかし、 〝善美なる氷王ヴェリンガー〟の名は、聴いたことがある程度だ。あまり面識がない……」
「はい、では、随分と昔の水神アクレシス様の大眷属なのかもですね」
「そうだろう。水神アクレシスのスキルもあるのなら、後ほど使うがいい。では、南華大山の氷霜花樹に万丈氷墳墓に向かおう。我がいないと開けられないからな」
「分かりました、お願いいたします」
「うむ、こっちだ――」
戦神マホロバ様は右腕を一閃させると部屋の一部の扉が現れると、主の意志を察したかのように扉が開いた。
戦神マホロバ様は威厳に満ちた仕草で両手を背に回し浮遊しながら、その開いた扉から外に出た。
ジュラン、ミィンア、キメラルカも礼儀正しく距離を保ちながら続く。
俺たちも外に出た。
南華大山の外気は清らかで、神界と魔界の境目を思わせる不思議な匂いが漂っていた。
泥濘みに猫たちの足跡が付いている。
野良猫もいるが俺たちには寄って来なかった。
戦神マホロバ様は山道を浮遊しながら先を行く。
王氷墓葎の書物から出ている魔線が示す方向に戦神マホロバ様たちは向かう。魔線は透き通った光の帯となって、道標のように前方を照らしていた。
エヴァたちを見るとエヴァが慈しむようにシャナを<念導力>の紫の魔力で包んでいる。
「では、皆、付いていこう」
「ん」
「「「はい」」」
先にキサラとヴィーネが華麗に身を翻し飛翔していく。ハンカイとクレインも跳躍し浮遊していった。
レベッカとメルたちと一緒に跳躍した。
<武行氣>を意識し、体から魔力を噴出させた。
<砂漠風皇ゴルディクス・イーフォスの縁>により、風を切る感覚、魔力が全身を包む高揚感を得る。
王氷墓葎の書物から出ている魔線はキラキラと光っている。
先頭を行く戦神マホロバ様の依代は少年だが、驚くべき身のこなしで加速しながら樹の幹や枝を片足の裏で蹴って、上昇していった。途中で身を捻って、無数の枝葉を手刀で遊ぶように切っては、棒きれを作り、それを掴んでは、振り回している。
一見すれば子供のような遊びだが、その動きの一つ一つには神の力が宿っている。
単なる子供の戯れとは明らかに違う。
そのすぐ背後から、大仙人たちも、それぞれ軽やかに舞うように南華魔仙樹の枝を蹴って進む。
戦神マホロバ様の挙動に合わせ、南華魔仙樹と推測できる魔樹の形が意思を持つかのように変化していた。
時折、マホロバ様の背から神々しい輝きを帯びた戦神マホロバ様の幻影が生まれては消えていく。
南華大山を登るたびに、霧が増えてきた。
小精霊たちの幻影は銀色の光を放ちながら霧を進み、霧が少し消えていた。
その降下の道標に合わせて、俺たちも降下――。
山頂付近か?
白く濃密な霧が立ちこめているが、その手前の神秘的な大理石っぽい石材で造られた幅広い階段先にの広場に相棒たちもいた。
黒豹は寝転がっている。
黒豹に体を変化させたようだな。
戦神マホロバ様たちがそこに優雅に舞い降りるように降下――。
俺たちも軽やかに着地した。
緑と銀に輝く注連縄が巻かれている大きい樹と樹の間から、険しい神聖な気配を放つ山頂部はここからでも見えていた。
その注連縄に一部の小精霊たちは光の粒子となって吸収されるように消えている。
一部の小精霊は列を成して樹の間の坂道を進んでいた。
黒豹たちが目を輝かせながら走り寄ってきた。
「ンン――」
「ロロ、そこから先は結界があるのかな」
「にゃぉ~」
すると、戦神マホロバ様の少年の口から、
「その南華魔仙大樹と北華魔仙大樹の間から氷霜花樹が生えている山頂部に進むことができる」
神意力はあまり感じない声だが、神の声のような雰囲気を感じさせた。
古の神々の声のように深く響く言葉だ。
「なるほど、氷霜花樹の秘密で、万丈氷墳墓への道ですね」
「そして、定命の者が入れば、体が凍りつくが……眷族ではない者はここで待っていたほうがよいだろう」
戦神マホロバ様は、慈愛と警告が混ざった眼差しでシャナを見て語る。
「シャナ、悪いが、ここで待機しててくれるか?」
「はい」
シャナは小さく頷く。
覚悟を決めたような表情を浮かべた。
彼女の瞳には少しの不安と、それを超える信頼の色が浮かんでいた。
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