千七百四十八話 南華仙院の三人の大仙人と戦神マホロバの依代
大仙人ラジュランが立ち上がると、その周囲の空気が凛と引き締まった。
白髭の端から漏れる微笑みには、数千年の歴史を見つめてきた者だけが持つ深い慈愛が滲んでいる。隣の大仙人キメラルカも立ち上がる。
太い眉の下で輝く瞳には、門弟たちへの限りない愛情と誇りが宿っていた。
最後に大仙人ミィンアが優雅に身を起こす。
三人の大仙人が並び立つ姿は南華仙院の永い歴史そのものを体現しているかのようだった。そのミィンアの前に浮いている大きな琴が、弦が揺れ音が響く。
見えない風に揺れるように自ら震え始めた。奏でられる音色は心地良い、単なる音楽ではなく神界の調べそのものを思わせる清らかさで空間を満たしていった。
音は目に見える銀の波紋となって広がり、本殿の隅々まで神聖な空気で満たす。
「美しい音色です」
「はい♪」
「はい、とても……」
音楽が得意なキサラとイモリザとシャナは、この音楽を聴いて感動しているようだ。ラジュランは、その音楽にノルわけではないと思うが、弦のリズムに合わせたように、己の白い顎髭を右手で上下に撫でながら、
「……ニナとシュアノ無事で良かった。結果はどうあれ特務部隊の任務は終了となる。今はゆっくりと休むといいじゃろう」
威厳のある声には長年の師としての慈愛が滲んでいる。
白い顎髭は見るからに大仙人だ。巨大な幻想的な聖獣を召喚しそうな印象もある。
大仙人キメラルカは、
「ガンゾウの件の委細はマホロバ様の依代から聞いている。同門の死は悲しいが、これだけの門弟の数を維持した状態で帰還を果たしたのだ。明櫂戦仙女としての仕事は果たしたといえよう」
その声には、南華仙院の戦士団たちへの深い理解に満ちていた。
シュアノとニナとバムトたちは笑顔を見せる。
「はい、ありがとうございます」
「はい!」
「「「ありがとうございます」」」
大仙人ラジュランは、ニナとシュアノに、俺たちと戦ってくれたマズナラとキヨハベなどの面々を見て、満足そうにな表情を浮かべて頷いている。
そして、キメラルカとミィンアを見て、
「皆が無事に、ここに帰ってきたことのほうが大切じゃからな」
と、聞くように発言。
すると、キメラルカが頷いて「ですな」と言い、ミィンアも「はい、本当に戦神マホロバ様から、聞いていましたが心配していました」と発言。
三人の大仙人の言葉にニナとシュアノは涙目になり、
「「お師匠様!」」
と叫ぶ。
二人の声と態度を見た大仙人たちは、微笑んだ。
温かい空気となる。
そして、大仙人キメラルカは大仙人ラジュランと大仙人ミィンアと視線を合わせて頷き合った。
大仙人同士の阿吽の呼吸が見て取れる。
すると、キメラルカとミィンアはラジュランに拱手を行う。その拱手の一挙手一投足には深い尊敬の念が込められている。
大仙人ラジュランは、キメラルカとミィンアの大師叔なのかな。
たぶんそうなんだろう。
大仙人ラジュランは『ふぉふぉ』と笑うように白髭を触っていた手を下ろし、その掌を左右に軽く動かした。
掌の周囲に、銀と水で構成しているような陰陽太極図のような印と微風が生まれている。
威厳のあるお爺ちゃんだが、ホウシン師匠のような存在感だ。稽古を付けてもらいたくなった。
中年の男性の大仙人キメラルカは『はい』と返事をするように頭を少し下げて頷き、拱手を解いてから俺をチラッと見て明櫂戦仙女のニナとシュアノを見てから、
「……では、ニナとシュアノと南華仙院の門弟たち、外の状況は見て分かると思うが色々と忙しい。だが、お前たちには特別に三日の休養を命じる。南華温泉で体を芯から温めるがいい。その後は新たな修行と修業を行いながら魔界王子イシュルーンたちとの戦いに備えて準備に入ってもらう。その際だが、特務部隊の編成は崩さないでいいだろう、詳しくは明日以降だ」
「「ハッ」」
大仙人キメラルカの言葉にニナたちは深々と頭を下げた。 その表情には新たな決意が満ちている。
大仙人ラジュランは、白髭を触りながら、
「シュウヤ殿と皆様方、戦神マホロバ様の依頼を果たしていただき、感謝申し上げます」
と頭を下げてきた。
大仙人キメラルカと大仙人ミィンアも、
「「はい、感謝しています」」
と発言し、続いて頭を下げてきた。
ヴィーネたちが、「「はい」」と返事をしていく。
沙・羅・貂たちは大人しい。
俺も、
「はい、少し時間が掛かりましたが、戦神マホロバ様の依頼ですし、恩寵のスキルを俺は得てますから、約束を守れて良かったです」
「「うむ」」
大仙人ラジュランと大仙人キメラルカは頷いた。
ラジュランのお爺ちゃんの大仙人は、長い白髭を触りつつ、
「……良きかな良きかな、依代様から、シュウヤ殿は、<戦神マホロバの恩寵>や<南華魔仙樹>を得ていると聞いておりましたのじゃ」
と喋る。証明に、スキルを見せておくかな。
<仙鳥・大鶴弦焉>も覚えているが、まだ一度も使っていない。
※仙鳥・大鶴弦焉※
※大きい仙鳥を呼び出せる楽器を生み出す※
※<魔界音楽>などと連動※
※大きい仙鳥は使い手の魔力量で、強さと種族が決まる※
<南華魔仙樹>を使うか。
「はい、証明します。<南華魔仙樹>――」
右手に魔杖槍南華を生み出した。
大仙人ラジュランは驚き、片目を大きくさせ、白髭を触っていた手を離し、右手に魔杖槍南華を作った。俺の魔杖槍南華とは少し形が異なる。
キメラルカも驚きのまま「おぉ」と数歩前に出る。
ミィンアは拍手して、
「――ふふ、戦神マホロバ様に認められ、加護を得るだけのことはありますわ。幻甲犀魔獣の犀花が懐く理由も理解できました……見事な魔杖槍南華です、同時に一流以上の槍使いと分かりますし、仙値魔力も……予想ができないほどの位とお見受けしましたわ」
と、語ってくれた。
「オグォ~ン」
大仙人キメラルカは、頷きながら近づき、
「……ふむ、見事な南華魔仙樹の魔槍……仙値魔力は一見では測れない存在がシュウヤ殿でもあるようですな……」
「ふぉふぉ……南華の教えを、身を以て体現とは畏れ入る。そして、水神アクレシス様の強い気配に、光神ルロディス様に、他の戦神様と、魔界の神々の気配も強いことが……また不思議よのぅ……魔犀花流派の総帥に成るのも納得じゃ」
お爺ちゃんの大仙人ラジュランは楽しそうに喋る。
中年の大仙人キメラルカは、こめかみに皺を寄せて、
「……」
無言のまま相貌を厳しく変化させた。
魔界側の気配と魔犀花流などは、当然、氣に喰わないと分かる。
すると、本殿の右奥の白い布扉がひらり舞いながら開いた。本殿の奥の間に満ちていたであろう銀の光が、こちら側の床を這うように漏れ出てくると、銀の光が小さい剣と小形の槍と駒と縄に凧とでんでん太鼓などの民芸玩具などの幻影に変化しながら消えていく。
剣と槍も小さいし、子供の玩具?
と、不思議な幻影は消えたが、威厳に満ちた神意力の魔力を感じられた。
黒猫も「にゃ~」と小さく鳴いて、この神聖な雰囲気を感じ取った。
三人の大仙人の気配が変化し、
大仙人ラジュランとスタスタと歩き、半身でこちらを見て、
「シュウヤ殿、奥の間に来て下され、戦神マホロバ様が依代がお呼びのようじゃ、ニナとシュアノたちは宿舎に戻るといい」
「「はい」」
「「「ハッ」」」
ニナたちは俺を見て、
「では、シュウヤ様と皆様、私たちはここで」
「はい、シュウヤ様たち今までありがとうございました――」
「「「「――ありがとうございました!」」」」
「シュウヤ殿、感謝しておりまする!」
老兵のバムトに言われると嬉しい。
「おう、皆、またどこかで」
「「「はい!」」」
ニナとシュアノはエヴァたちとハグをしてから、南華仙院の戦士団たちは身を翻していく。
俺たちと旅を共にしていた南華仙院の戦士団たちは本殿の出入り口から外に歩いて出た。
……明櫂戦仙女ニナとシュアノとの戦いは、記憶に新しい。南華仙院の門弟たちとは、離れていた期間もあるが、少し寂しさを覚える。
そして、彼女たちとの約束を果たせて良かった。
そこで大仙人ラジュランに向け、
「ラジュラン様、ここにいる皆も一緒に戦神マホロバ様の依代と会っても良いでしょうか」
「にゃ」
「にゃァ」
「ニャァ」
「ニャォ~」
「オグォ~ン」
と、黒猫たちが鳴いた。
「はい、勿論、皆様、こちらへ」
「「行きましょう」」
大仙人ラジュランとキメラルカとミィンアも、奥の間へと腕先を向けて、こちらにお辞儀を行うと、頭を上げて、奥の間へと低空を飛翔しながら向かった。
俺たちも右奥の白い布扉を潜る。
部屋の中央の寝台の上に立っているのは、少年か?
少年の背後には、男の戦神の幻影が出現している。あの幻影は前に見た。
総髪の髪形に、鉢巻きを装備。
黒髪に、瞳は黒と銀白。顔の下半分は面頬を装備している。
大仙人の三人は、
「「「戦神マホロバ様――」」」
と、片膝の頭を絨毯と床の境目に付けた。
少年の姿をした戦神マホロバ様は、静かに立ち上がると、その背後に浮かぶ戦神の幻影が一層の威厳を帯びて輝きを放つ。
「――うむ、待っていたぞ、シュウヤよ」
声には神々の力が宿り、本殿そのものが共鳴するように震えた。寝台から優雅に飛び降り、三人の大仙人の間を通って近づいてくる姿には、幼き外見からは想像もつかない古の力が漂っていた。
「戦神マホロバ様の依代とは少年なのですか」
「うむ、依代としての姿は子供なのだ。真の力を使えばこのマホロバの地の大結界も消し飛ぶ」
「なるほど、初めて邂逅を果たした際に、守るため、動けないとは仰っていた理由ですね」
「うむ。理由の一つ。それよりも約定を果たしてくれた礼がしたいのだが、何か欲しい物はあるか?」
「欲しい物……少々、お待ちを」
「ふむ」
そこでレガランターラと沙・羅・貂たちを見て、戦闘型デバイスのアイテムボックスから――神遺物の王氷墓葎の書物を取り出した。
途端に、<王氷墓葎の使い手>が反応。
王氷墓葎の書物から放たれた水飛沫は、宝石のように輝きながら空中で舞い、一つ一つが生命を宿したかのように脈動を始めながら集結し、光の粒子となって、腰に注連縄を巻く子精霊の姿を形作っていく。
その背後には無数の子精霊たちが次々と姿を現し、神聖な祝祭の列を成すかのように並んでいった。
その腰に注連縄を巻く子精霊と、無数の子精霊たち。不思議な音色を響かせる。
『ふふ、水の精霊ちゃんたちです』
『はい、不思議な形を……』
王氷墓葎の書物に魔力を込めずとも、自然に、頁が捲られていく。
腰に注連縄を巻くデボンチッチと、無数の子精霊たちが、列を成して、左右の小窓から外に飛翔していった。
続きは明日、HJノベルス様から書籍、「槍使いと、黒猫。1巻~20巻」発売中。
コミック版発売中。




