千七百四十四話 ここが【マホロバの地】か
神魔の女神バルドークは、ローブを月光のように輝かせながら魔槍杖バルドークを見つめた。その姿には、より深い威厳が宿っていた。
「主、魔槍杖バルドークに戻ります」
その声には、新たな力を得た確信が滲んでいた。
蒼い髪が風もないのに靡き、白磁器のような肌が内側から光を放つように輝きを増していく。
『ふふ、神魔の女神バルドークも、閣下の左目にいることが良いように、魔槍杖バルドークの中のほうが居心地が良いのかもですね』
ヘルメの念話には、理解と共感が込められていた。
『あぁ』
「おう、戻ってこい」
神魔の女神バルドークは微笑むと、
「はい――」
神魔の女神バルドークの姿が変容を始める。
体が蒼色と紅色と紫色の魔力粒子へと分解されていく様は、星々が舞い散るかのようだ。その粒子の一つ一つが息づくように動きながら魔槍杖バルドークへと吸収されていくと魔槍杖バルドークは共鳴するように振動し、紅矛と紅斧刃に神秘的な波紋が走る。その紫の柄には『神魔の女神』という文字が浮かび上がった。その魔法文字と紫と紅が基調の色から、魔槍杖バルドークから、より深い力の目覚めが告げられていると理解できた。
「では、古の義遊暗行師ミルヴァのセット装備と〝覇霊魔牛次元魂石〟の効果も氣になるが――」
〝レドミヤの魔法鏡〟を取り出し設置し魔力を注ぐと鏡の中に、
【メリアディの書網零閣】
【ルグファント森林】
【ヴァルマスクの大街】
【アムシャビス族の秘密研究所の内部】
【メリアディの荒廃した地】
【エルフィンベイル魔命の妖城の冥界の庭】
【メリアディ要塞の大広間】
【レン・サキナガの峰閣砦】
【骨鰐魔神ベマドーラーの内部】
これらの土地の光景と文字が浮かび上がった。
【レン・サキナガの峰閣砦】を選択すると、〝レドミヤの魔法鏡〟から魔力が噴出し、その噴出した魔力は、〝レドミヤの魔法鏡〟の後方の遺跡の空間に浸透すると、鏡面に映し出されていた【峰閣砦】の映像が、背後の遺跡の空間を映し取ったように、一瞬で、【峰閣砦】の大楼閣の一部の光景に変化を遂げる。
天守閣の中にいる峰閣守衛隊たちの姿が見えた。
魔傭兵ドムラチュアのギリアムとミツラガたちもいる。
端から見たら、切り取られた【峰閣砦】の大楼閣の一部が、この荒神イギラムアの魔精地下堂の遺跡に突如出現したように見えるだろう。
遺跡と大楼閣の境目の空間は異なる世界が混ざり合うかのように、わずかに揺らめいていた。
「おぉ」
「おぉ、鏡のアイテムで、ここまで簡単な転移方法があるとは驚きです」
「はい、古代アムシャビス族の秘宝に、紋翼賢者と呼ばれている魔術師や錬金術師たちの魔法技術力の高さが分かりますね」
黒狼隊で<従者長>となったばかりのリューリュ、ツィクハル、パパスたちの言葉に頷いた。
「おう、皆、大楼閣に戻ろう」
「にゃぁ、にゃ」
「にゃァ」
「ニャァ」
「ニャォ~」
「「「はい」」」
「おう」
「戻ろう♪」
「ハッ」
「ん」
「行きましょう」
皆で〝レドミヤの魔法鏡〟を潜るように【峰閣砦】の大楼閣に戻った。
黒猫たちが楽しそうに先に駆けてから、尻尾を上げながら、侍の格好の峰閣守衛隊の方々の足に頭部をぶつけていく。
「「ロロ様ァァ」」
一部の猛者たちが、任務を放棄し、興奮したような声を発しているのが面白かった。
レンたちもそれを見て笑っていた。
そこで振り返ると、俺たちがいた荒神イギラムアの魔精地下堂の遺跡が大楼閣の中にある〝レドミヤの魔法鏡〟の中に吸い込まれたように、すべてが大楼閣の光景に変化した。
残るのは〝レドミヤの魔法鏡〟のみ。
その鏡を戦闘型デバイスに仕舞う。
そこでレンとアキサダを見て、
「アキサダの処遇だが」
「はい」
キスマリが四つの魔剣を手に召喚しアキサダに寄る。アキサダは、満足したように頷いて、
「……私は、否……わしは用済みか」
諦めているような語りと態度。
パンには悪いとは思うが、俺は、もうアキサダの命は奪うつもりはないが、レンに託しているからな。
レンは顔色を厳しくして、
「謀反に二刻爆薬ポーションの事件に、パンの商会への殺人行為に魔薬バリードの売りといい、用済みでは、生ぬるい」
「……ふむ」
魔傭兵ドムラチュアのギリアムとミツラガたちも、凝視している。レンは、
「しかし……それらの後始末には、お前の情報網が大変役立った。そして、上笠連長首座の直下の組織、黒羽衣会、黒海覇王会などに〝馬獣帝金絶比札〟に資産は、すべて私が得た、パンの商会にも寄付が決まっている」
「うむ」
「そして、お前が人生をかけて集めた貴重なアイテムもすべてシュウヤ様たちに譲った。更に、紅奠一族たちのこともある。だから、お前の命は取らない」
「おぉ……」
アキサダは歓喜している。
キスマリの六眼は睨みを強めた。
が、すぐに俺を見て微笑むとアキサダから離れた。
レンは、
「だが、追放処分は正式決定だ。そして、二度とアキサダの名で、【峰閣砦】と【メイジナ大街道】と【サネハダ街道街】と【ケイン街道】の地に足を踏み込むことを禁じ……私たちと源左とデラバイン族に害となるような行為を禁じる。もし、禁を破れば遠からず、お前に死が訪れることになるだろう」
レンの語りの後、沈黙が流れた。
アキサダは両手で拱手し、アキサダは両膝の頭で地面を突き、深々と頭を垂れた。その姿には、生きながらえることへの安堵と、新たな人生を歩む決意が滲んでいた。
「わしの命を取らない選択はレン様の判断もあるかと思いますが、シュウヤ様の気持ちが反映されていると理解しておりまする」
その声には、かつての上草連長首座としての威厳は消え、純粋な感謝だけが残っていた。
「おう、立ってくれ」
「ハッ……ではエヴァ殿、この手を触り、わしの真実を」
と、エヴァに手を差し出した。
エヴァは、「ん、もう大丈夫、信じている」
エヴァはアキサダを触ろうとしない。
言葉通り、信じたんだろう。皆、頷いていた。
「あぁ、はい……ありがとう……エヴァ殿……」
アキサダは泣きそうだ。
「約束を守るんだぞ」
「はい、このアキサダ……否、ありがとうございました。約定は守ります」
アキサダの表情には、もはや策謀の影は見えない。ただ、静かな諦観と新たな道を歩む覚悟だけが浮かんでいた。
ヴィーネたちを見る。
温情でアキサダを生かしたと噂は伝わるだろうな。
それで、懐深いと民たちからレンたちの評判が上がるだろう。
紅奠一族の〝陰蜘蛛司〟が、どの程度の隠密の立場なのか分からないが上草影衆に組み込まれるなら【メイジナの大街】や【メイジナ大街道】と【サネハダ街道街】と【ケイン街道】の治安の維持に大きく貢献できるだろう。
紅奠一族の裏切る可能性に関してもレンの判断を信用しよう。
レンは、ソウゲン隊長たちや、ユイとメルにヴェロニカやヴィーネとキサラとベネットを順繰りに見ていく。
各自、納得するような表情を浮かべていた。
皆の顔色から、アキサダへの処遇は皆で相談していたと理解した。
ユイは頷くと神鬼・霊風を消す。
そして<ベイカラの瞳>を発動させるアキサダを少し凝視してから俺を見た。
そのユイの瞳からは厳しさはあまり感じない。
ふと死神ベイカラ様の優しそうな表情を思い浮かべた。
レンは「……」アキサダの片方の手首に繋がっていた魔法の縄を消して、
「ルミコの部下たちが、お前をメイジナ海の港まで送ることになる。船も用意した」
アキサダはレンの言葉に頷いた。
レンは、部下たちに目配せを行う。
その魔技班の部下たちが、アキサダの左右を囲むように移動した。各自拘束具を用意している。
アキサダは両手を上げ、
「今更だ、拘束は要らん。約定通り大人しく付いて行く」
と、発言し、レンを見た。
レンは頷き、魔技班の顔を布で隠している班員たちを見てから頭部を左右振るう。『拘束は必要ないわ』とは言っていないが、そのようなニュアンスだ。
魔技班たちは、かすかに頷いて拘束具を消すと、アキサダを誘導するように階段に向かう。
アキサダは階段付近でこちらを見た。
最後に一礼し、魔技班に囲まれながら階段を下りていく背中は、少し寂しげでありながらも、確かな決意を感じさせるものだった。
少し哀愁があるが、命があるだけマシだろう。
上草連長首座の最後。
その姿を見送る眷族たちの間には、清々しい空気が流れる。温情という剣の切っ先は、時として最も鋭い刃物となり得ることを、皆が実感しているような瞬間か。
さて、
「では、外で待っている神界側の南華仙院の戦士団たちと合流しようか」
「はい」
「シュウヤ、【マホロバの地】まではロロちゃんに案内を頼むの?」
レベッカの言葉に山猫の姿の黒猫が振り向き、頭部を傾け「にゃ?」と疑問げに鳴いた。
可愛い。
「……その予定もあるが、それか骨鰐魔神ベマドーラーを使って転移ができるかな? と、考えていた。更に、明櫂戦仙女ニナとシュアノに戦士団の方々と南華魔仙樹も出して、骨鰐魔神ベマドーラーに反応させて見るのも、早いかも? とは考えていた」
「あ、なるほど~」
「はい、それならすぐかもですね」
「ん、樹に反応、骨鰐魔神ベマドーラーに、そんなことが可能なの?」
「分からんからお試しもある」
「ん」
「骨鰐魔神ベマドーラーのコントロール方法を外から見る分には、ありえる方法に思えます」
「はい、脳髄から魔線が出て、シュウヤ様と繋がっていました」
「うん、シュウヤは、脳と直結したブレインマシーンインターフェースとか、生体磁石の磁鉄鉱のマグネタイトに磁氣コンパスが、なんちゃらと、小難しいこと語っていたけど……」
「骨鰐魔神の脳と繋がりですね」
レベッカの記憶の良さに感心。
相棒たちも、
「にゃ~」
「ンン」
「にゃァ」
「ニャォ」
と語りかけている。
「マホロバの地って案外近いと思うけどね」
「ん、神界側の飛び地の【マホロバの地】は【メイジナ大平原】の南方か、【グルガンヌ大亀亀裂地帯】や【魔命を司るメリアディの地】のようには離れていないはず」
「はい、ガンゾウの魔神コナツナの丘墳は、【メイジナ大平原】にありました」
皆の言葉に頷いた。
「では、〝レドミヤの魔法鏡〟でも骨鰐魔神ベマドーラーに行けるが、外に出ようか」
「「「はい」」」
「了解」
「ん」
「俺も付いていくぜ」
「「行きましょう~」」
「「「「ンンン――」」」」
「シュウヤ様、私もお供したい」
「おう、では、レンも一緒に」
「はい!」
皆で、大楼閣の階段を下りて、昇降台が並ぶ巨大な踊り場に移動。
すぐに外に浮かんでいる骨鰐魔神ベマドーラーが見えた。
「ボォォォォォン」
骨鰐魔神ベマドーラーの鳴き声だ。
俺に反応したかな。見た目はゴツい骨のワニだが、鳴き声は結構可愛い。
その近くに明櫂戦仙女ニナとシュアノと神界側の南華仙院の戦士団たちが飛翔している。
南華仙院の戦士団は、破壊の王ラシーンズ・レビオダと憤怒のゼアの戦いでは貢献してくれた。
マズナラとキヨハベの姿もある、皆に、感謝だ。
踊り場にいた眷族たちを見て、
「……では、皆、ニナたちと合流し骨鰐魔神ベマドーラーの内部に乗り込もうか」
「うん」
「はい」
「ん」
「了解」
「にゃ~」
「にゃァ」
「ニャオ~」
「ニャァ~」
踊り場を相棒たちよりも先に駆けて、跳んだ。
<武行氣>を使い浮上するように飛翔し、明櫂戦仙女ニナとシュアノの目の前に移動し、
「二人とも待たせた、【マホロバの地】に向かおう」
「あ、とんでもない、です!」
「はい、行きましょう」
「おう、では、【グルガンヌ大亀亀裂地帯】からここまで転移してきたように骨鰐魔神ベマドーラーの内部に移動してくれ。相棒を利用した移動のほうが速いかもしれないが、骨鰐魔神ベマドーラーの転移で、【マホロバの地】に一発で到着するかもしれないからな」
「はい、では早速、皆を呼んで、ベマドーラーの中に向かいます」
「了解」
明櫂戦仙女シュアノが身を翻し、飛翔しながら「皆、シュウヤ様たちが【マホロバの地】まで送ってくださるそうです~」
と、発言しながら離れていく。
明櫂戦仙女ニナは、
「シュウヤ様は<骨鰐魔神ベマドーラーの担い手>として、旧神たちなどの次元魔力を好む骨鰐魔神ベマドーラーを使いこなせるのですね」
「あぁ、神座:神眷の寵児を得たお陰もある。だが、まだまだ感覚のほうが強いかな。では行こう」
「はい」
ヴィーネとキサラが立つ骨鰐魔神ベマドーラーの頭部に近づいた。
鰐の巨大な頭蓋骨の眼窩には赤黒い炎が宿る。
背中側の幅広い剣刃は、キラキラと輝いている。
ベターン大公にミュラン公と戦った頃のようなボロボロではない。
飛翔しているシュールな黒猫と銀灰猫とラホームドを見ながら、ニナたちと骨鰐魔神ベマドーラーの頭部に着地した。
魔界騎士ハープネス・ウィドウと魔竜ハドベルトも近くに着地し、
「シュウヤ殿、エネルギー源の旧神だが、その左手か?」
「シュレも多少消費していると思うが、俺の神座:神眷の寵児がエネルギー源だと思う、それに旧神エフナドの魔力も随分と昔に得ているからな」
「あぁ~そういうことか」
ハープネスは納得、という表情で両手を叩く。
頷いた。
そのまますぐに頭蓋骨は窪んで一気に内部に直行――。
皆も、着地。
「跳躍!」
「いつきても不思議な場所」
「はい」
「「――ンン」」
「にゃァ」
「ひゅぅ~」
「足下が透明になるのが楽しいのでワクワクです♪」
「ニャォ」
相棒とイモリザたちは走り回っていく。
俺の前に半透明なディスプレイが数個浮かぶ。
中央には脳髄のようなモノが出現。
五次元超立方体のような不可思議な模様も浮かぶ。
南華仙院の戦士団とシュアノも着地した。
「シュウヤ様、南華仙院のすべてが揃いました。いつでも転移して頂いて結構です!」
「了解」
頷くと、五次元超立方体の中心に脳髄の本物と幻影が現れ消えて、ディスプレイから何本もの魔線がこちらに伸びてくる。
脳髄の幻影と本物がまた五次元超立方体の中心に出現し、ディスプレイと脳髄から出ている複数の魔線が俺の体に付着した。
骨鰐魔神ベマドーラーの脳髄と神経が繋がる感覚を得て、骨鰐魔神ベマドーラーの精神波とシンクロを果たす。
脳髄の表面から魔線が上下左右に広がった。
大脳の神経網のような模様となって、神経細胞体と樹状突起と軸索のニューロンが数珠つなぎのように連なっては、それが広大な銀河系の地図にも見えた刹那――脳髄の一部の幻影が消える。
代わりに俺たちが立っている床面の一部と天井の一部は、頭蓋骨の内部のままで、他の頭蓋骨の内側は外の光景を映し出している。
「「おぉ」」
「ん、かっこいい」
「はい」
<幻甲犀魔獣召喚術>を意識せずとも使えるが、一応、意識し、魔杖槍犀花から犀花を召喚。
続いて恒久スキルの<南華魔仙樹>を意識し、発動させ、瞬時に南華魔仙樹の魔杖槍南華を作った。
「ボォォォォォン」
骨鰐魔神ベマドーラーが、鳴いて反応し、南華魔仙樹の魔杖槍南華に魔線が付着した。
幻甲犀魔獣の犀花はエメラルドグリーンの瞳を輝かせながら、少し頭部を上げる。
「オグォ~ン」
と鳴き声を発していた。
その犀花にも魔線が付着。
「よう、犀花」
「オグォ~」
サイファの角の根元の頭蓋骨と上顎骨は馬の輪郭に近い。
桃色の鼻と口は虎に近い。
歯牙はサーベルタイガーを思わせる。
頭骨後部が襟状はない。
トリケラトプスと少しだけ似ている印象。
前と同じく、体毛と装甲板のような上顎骨の影響で咬筋と鼻唇挙筋は見えないが、インナーマッスルは、相当に、発達しているようで盛り上がっている。
褐色と紫色が主な毛の色。
節は白色の毛で、幻想的な動物だ。
相棒が、「にゃ~」と鳴いて、その犀花に挨拶するように犀花の馬のような後ろ脚に頭を寄せていた。
「では、明櫂戦仙女ニナとシュアノも前に出てくれ」
「「はい」」
<骨鰐魔神ベマドーラーの担い手>を発動させて、二人と骨鰐魔神ベマドーラーが繋がるように意識すると、すぐに脳髄と半透明なディスプレイから魔線が放出されて、ニナたちとくっついた。
「骨鰐魔神ベマドーラー、明櫂戦仙女たちの記憶を読み取り、【マホロバの地】へと導いてくれ。そして、魔杖槍南華から、同じ南華魔仙樹の樹が集積しているような土地が【マホロバの地】だと思うから、そこに転移してくれ、ここから案外近い場所だと思う」
「ボォォォォォン」
<骨鰐魔神ベマドーラーの担い手>が強く反応したような感覚を受けた。
「――ボォォォォォン、ボボボッ、ボボッ」
不思議な鳴き声と共に転移を行った。
骨鰐魔神ベマドーラーにかなり魔力を吸われたが、無事に転移は完了。
またも、骨鰐魔神ベマドーラーの轟音が響き渡る。
と、ディスプレイ越しに広がる光景は、神界と魔界の境界そのものを思わせる壮大なものだった。
巨大な白銀の滝が天空から注ぎ込むように百メートルを超える高さから轟音を立てて落下している。
その水煙は虹を作り出し、神々しい光景を演出していた。滝壺から立ち昇る霧は、周囲の古木の森を神秘的なベールで包み込んでいた。
南華仙院は、その滝を背にするように建っていた。白亜の建物群は天界の一角が地上に降り立ったかのような荘厳さを湛えている。
その周囲には南華魔仙樹が林立し、枝葉から放たれる光が結界のように仙院を守護していた。
しかし、その神聖な領域のすぐ外側では、魔界セブドラの混沌が渦巻いていた。
六眼六腕の魔族の群れが、巨大な翼を羽ばたかせながら空を飛び交う。
地上では人の背丈を優に超える巨大な魔獣たちが咆哮を上げながら跳梁跋扈していた。鋭い角と牙を持つ魔物たちは、互いに牽制し合いながら、この地の覇権を争っているかのようだ。
時折、魔族たちの群れが南華仙院に近づこうとするが、南華魔仙樹の放つ光の前で立ち止まっては退散していく。その光は、神界の加護そのものを具現化したかのような威厳を帯びていた。
「ここが【マホロバの地】か……魔界セブドラにある神界側の飛び地か」
「ん、シュウヤの記憶にあった玄智の森と少し似ている」
「うん」
皆が頷いた。
レンたちとは、まだ記憶の共有をしていないから、しとくかな。
しかし、目の前に広がる光景は、まさに二つの世界の均衡を象徴するものだ。
滝の轟音が、その厳かな空気を更に引き立てる。
続きは明日、HJノベルス様から「槍使いと、黒猫。1巻~20巻」発売中。
コミック版発売中。




