千七百三十五話 転移門の黄昏、白銀湖への帰還
ヴィーネの細い指が俺の手の中で微かに震えている。
〝レドミヤの魔法鏡〟が開いた転移門を抜けると、【メリアディの命魔逆塔】の内部に一瞬で身を置いていた。
耳に心地よく響くハープの音色が俺たちの帰還を歓迎するかのように強まっていく。アムシャビス族の古の魔法が紡ぎ出す調べは疲れた体を優しく包み込んでいった。ハープの音色が強まった。
宙空に浮かぶクリスタル状の幻影が次々と生まれては消え、その光は七色の虹を思わせる美しさだった。
「ンンン――」
「にゃごぉ~」
「にゃァ~」
「ニャォ~」
「ワンワンッ」
「グモゥ~」
相棒たちの声が研究所に響き渡る。
その鳴き声には喜びが溢れていた。
黒猫は、跳躍、クリスタル状の幻影の光源に飛び掛かり、フックの肉球パンチをクリスタル状の幻影に喰らわせようとするが、華麗にスカり、着地。
誤魔化すような鳴き声を発して、研究所内を駆けていく。
転移門の縁を振り返ると、通り抜けた空間の向こうには【メリアディ要塞】の大広間がまだ広がっていた。
クーフーリンの四つの瞳が深い感動を湛え、魔命を司るメリアディ様の金髪がキラキラと輝いている。
アムシャビス族の将校たちは、この歴史的な瞬間を見届けようと息を呑んで見守っていた。その表情から、新たな時代の幕開けを予感させるような期待と決意が混ざり合っていると感じた。
そのアムシャビス族たちがいる空間は一瞬で〝レドミヤの魔法鏡〟の中に吸い込まれるように消える。
【メリアディの命魔逆塔】の最下層の秘密研究所の内部となった。
すぐに〝レドミヤの魔法鏡〟を回収。
振り返り、皆を見た。
近くにいるヴィーネは、
「〝レドミヤの魔法鏡〟は便利ですね」
「あぁ」
ヘルメは、
「閣下、【レン・サキナガの峰閣砦】に向かい、〝レドミヤの魔法鏡〟で、【レン・サキナガの峰閣砦】を記憶した後、二十四面体の十六面とゴウール・ソウル・デルメンデスの鏡を回収しておくのも手ですね」
「そうだな、俺も同じこと先程考えていた」
「はい」
「うん、一気に行ける範囲は広くなった」
「【グルガンヌ大亀亀裂地帯】と【魔命を司るメリアディの地】も広いからね、途方もないことよ」
皆の言葉に頷いた。
常闇の水精霊ヘルメが、
「【バードイン城】、【バーヴァイ城】、【ケーゼンベルスの魔樹海】、【バリィアンの堡砦】、【レイブルハースの霊湖】などに移動し、〝レドミヤの魔法鏡〟に記憶させておけば素早い移動が可能になりますね」
「あぁ」
「はい、二十八カ所記憶できるようですから、バーヴァイ城の近くですが、【ケーゼンベルスの魔樹海】の場所を記憶しておくはアリですね」
キサラの言葉に頷いた。
「そうだな」
極大魔石を結構集めて戦闘型デバイスやバーヴァイ城にも保管してある。すると、アドゥムブラリが、
「ペミュラスのこともあるぜ」
「ふむ」
ハンカイたちも頷いた。
「そうだな、百足魔族デアンホザーたち同胞の平和を願う気持ちは重要だから、【デアンホザーの地】と【デアンホザーの百足宮殿】と【テーバロンテの王婆旧宮】に向かうのもありだが……」
「あぁだが、バーソロンたちから百足魔族デアンホザーや蜘蛛魔族ベサンの軍事行動は特に聞いていないぜ、交渉するにしても、まだ時間的余裕はあるだろう」
「「はい」」
「そうですね、【マセグド大平原】の争いがある恐王ノクターも魔商人ベクターとしての活動を優先し、ご主人様と争いを避けた。そして、戦争の後始末という形ですが、闘霊本尊界レグィレスのネックレスをご主人様にプレゼントしています」
「たしかに」
メルが、
「はい、今のところは、恐王ノクターは心配は要らないでしょう。総長と吸血神ルグナド様との繋がりも、察知していると思いますからね」
頷いた。そのメルは、
「バーソロンの暗殺を試みたであろう連中も目立った活動はしていない。血文字でバーソロンから、【サネハダ街道街】と【ケイン街道】と【メイジナ大街道】では賭博や魔商絡みで、小規模な争いがある程度と聞いています」
頷いた。
「いつか、その街も〝レドミヤの魔法鏡〟で記憶をする?」
「あぁ、余裕があれば、【レン・サキナガの峰閣砦】と【源左サシィの槍斧ヶ丘】はしておくつもりだ」
エヴァは頷いて、
「ん、今後のバーヴァイ地方と【メイジナ大平原】の安定に向けテーバロンテの親族と交渉をするのも手、でもメファーラ様との約束もあるからそっちが優先?」
「そうだな」
「そのメファーラ様だけど、魔皇メイジナ様と一緒に活動しているのかな」
「ん、さすがに時間が経っているからギュラゼルバン城の地下を調べ終わっているかも」
「あぁ、闇遊の姫魔鬼メファーラ様と行動を共に、【グィリーフィル地方】の切り取りに参加しているかもな」
「ん」
すると、ヴァーミナ様は俺たちを見て、
「……ふむ、槍使いは、闇遊の姫魔鬼メファーラとも繋がりがあるのだったな」
と発言。頷いて「はい」と返事をすると、ヴァーミナ様は瞳を少し潤ませ、頷いた。
そこにメリディア様が、
「では、そろそろ【グルガンヌ大亀亀裂地帯】の西の先端、【白銀の魔湖ハイ・グラシャラス】の間近へと<座標転移>を行います。宜しいでしょうか」
【メリアディの命魔逆塔】が【メリアディ要塞】から浮上していく。
夜雷光虫の光景は、いつにも増して綺麗だった。
「ふむ、よろしく頼む」
「はい、お願いします」
「「はい」」
「分かりました」
メリディア様は体から魔力を発した。
細い両腕を拡げ、背に金髪が靡く。
指先で、空間を触るような仕種をした刹那、空間が歪んだ。
研究所の中央に配置された光と闇の柱が強く輝く。
他の柱と床と天井からも光が放たれていく。
歪みは鏡の表面が波打つように現実の空間をゆらゆらと揺らしていくと床と天井から目映い光が発生し、研究所内を輝かせた。
研究所に満ちていた光が煌めきながら中央の光の柱へと収束していく。
周囲の魔法の枠に移る景色が、森林と土のエリアで、左のほうに【白銀の魔湖ハイ・グラシャラス】の端のほう地形と分かる湿地帯が広がっていた。
「到着です。すぐに降下します――」
と、魔法の枠に移る光景が真下の森林地帯に降下。
円系状に床が沈んで階段が生成され、出入り口が開く。
「にゃお~」
「ンン、にゃァ~」
相棒たちが先に階段を下りた。
悪夢の女神ヴァーミナ様と共に階段を下りていった。
地上に足を踏み出すと魔界の涼しい風が頬を撫でる。
悪夢の女神ヴァーミナ様の長い衣が風に揺れていた。
左に目を向けると、角を生やした羊の形をしたモンスターの群れが、俺たちの気配を察知したのか一斉に進路を変えて逃げていく。その様子は、この地の主が帰還したことを示すかのようだった。
「皆、妾の領域はこちら――」
と腕先を湿地帯のほうに向けた。
「はい、手前は【グルガンヌ大亀亀裂地帯】ですが、もう、その先は、【白銀の魔湖ハイ・グラシャラス】」
「ふむ」
途端に、湿地帯のほうに、巨大な、樹、七重宝樹の幻影と黒兎シャイサードの分身体が現れる。
七重宝樹の幻影が月光のように輝きを放ち、黒兎シャイサードの分身体と共に静かに消えていく。
と、真下に広がる湿地が魔力で脈打つように震え、無数の魔法陣が紫の光を放ちながら浮かび上がった。
魔法陣が光の粒子となって消えると同時に闇の子鬼の部隊が整然と出現。その背後には二眼四腕の魔族たちが白濁した液体を纏いながらローブを翻して姿を現した。
彼らの放つ威圧感は、悪夢の女神の軍勢に相応しい迫力を帯びていた。
やや遅れて、伎楽面の魔族たちが出現してくる。
「あれは妾の兵だ、では妾はここまで。そして、槍使いとメリディア、〝三玉誓約ノ仮面〟の絆を忘れるではないぞ」
「はい」
「ふふ、はい」
「ふっ――」
悪夢の女神ヴァーミナ様は漆黒の衣を翻し、湿地帯へと優雅に浮遊していく。その姿は深淵の女王そのものだった。
足下からは白濁とした液体が湧き出るように生まれ、その一滴一滴が月光に輝く白銀の魔力粒子となって空間を彩っていく。
天空の星々が舞い降りたかのような幻想的な光景を作り出していた。
「皆、今から妾が使う<白銀湖の大門>も友好の印と思え――」
その声が虚空に響き渡った瞬間、【白銀の魔湖ハイ・グラシャラス】側の湿地から轟音が鳴り響く。大地が震えるように白銀の液体が奔流となって湧き出し、その量は瞬く間に滝のような規模となった。
液体は加速しながら渦を巻く。
生命を宿したかのように形を次々に変化させながら、巨大な水門へと姿を変化させた。
悪夢の女神の帰還を祝福するかのように神々しい輝きを放つ。
水門は深い慈愛を湛えた母なる大地のようにヴァーミナ様と配下の者たちを静かに包み込んでいく。
と、儀式が完了したかのように光となって消え去った。
残されたのは、新たな同盟の誕生を告げる白銀の粒子が夜風に乗って舞い散る光景だけだった。
続きは、明日、HJノベルス様から「槍使いと、黒猫。」1巻~20巻発売中。
コミック版発売中。




