千七百三十二話 紅玉に映る母娘
空間転移の光と魔力がメリディア様の体とクリスタル状の幻影と、光と闇の柱と、他の柱や天井と床の溝へと収束されていくさまは美しい。魔法の枠に映る外の光景は通路の一部の空間が歪み、それが水面のように揺らめくことがあった。
揺らぎが止まると宙空に浮かぶ複数の魔法の枠の中に映っていた景色が変化した。
紅の閃光が走る空は【エルフィンベイル魔命の妖城】と変わらない。しかし、この無数の夜雷光虫の群れが空を彩る、美しい景色はここだけだろうな。
その夜雷光虫を狙う黒曜石のような翼を有したモンスターたちの群れも結構美しい。
近くには古の魔甲大亀グルガンヌと骨鰐魔神ベマドーラーもいる。
【メリアディの命魔逆塔】は、二体の魔街異獣を丸ごと一緒に転移できるってのは凄い。
「にゃおぉ~」
「にゃァ」
「ワォォォン」
「ふむふむ」
相棒たちは俺たちが出入りした床の匂いを嗅いでいる。
小さい黒猫に小さい銀灰猫たちは可愛い。
ラホームドはその近くから同じく床の溝の中を行き交う紅色の魔力を見ていた。
そして、魔法の枠の中に映る光景は隘路と南側の谷間の一部が見えている。
【メリアディの命魔逆塔】がいる位置は【メリアディ要塞】の真上かな。
「着きました、娘の魔命を司るメリアディの強い魔力、ここは【メリアディ要塞】の真上のはず」
「凄い、またも一瞬で【メリアディ要塞】に!」
「ひゅ~」
クレインの口笛が響く。
「ふふ、はい、これも皆様のお陰、そして敵の手に落ちないで本当に良かった」
メリディア様の返事にメンノアたちが頷き、メンノアが、
「はい、メリディア様がこうして、復活できたことが、この【メリアディの命魔逆塔】のお陰ですからね」
俺たちがいなければ、魔界のすべてが変わっていただろうな。
「たしかに」
「「あぁ」」
「またまた、帰還~楽しみ♪」
「はい~」
エトアとイモリザも楽しそうだ。
皆、同意するような声を発しながら、魔法の枠に映っている夜雷光虫の群れが空を舞っている光景を見ている。が、キサラたちは、【メリアディ要塞】近くの嘗ての激戦区を見て、
「戦場の傷跡は生々しいです」
と、頷き「そうだな」と発言。
憤怒のゼアと破壊の王ラシーンズ・レビオダは倒れたが、その配下の魔族のすべてが一度に消えるわけではないから小規模な戦いはあちこちで起きていそうな気配はある。
俺とハンカイたちが【メリアディ要塞】の南から山を迂回した辺りの地形は変わらず。
凹凸が激しい、山を越えてきた憤怒のゼアや破壊の王ラシーンズ・レビオダの軍隊と衝突したことは今でも鮮明に覚えている。
【メリアディ要塞】の北側の平原に出る時は、『鵯越の逆落とし』の源義経の奇襲の歴史を思い出すような時間だった。
そして北側の平原では敵将の炎怒のババラートスとラマを仕留めたんだったな。
ハンカイも<筆頭従者長>としての力を示してくれた。
すると、魔法の枠の映る光景が【メリアディ要塞】の真上の光景に様変わり。
カメラ代わりの魔法の枠を映しているカメラの魔法が氣になったがアムシャビス族の<紅光照射>などの応用か。
すると、【メリアディ要塞】の天辺から無数の紅を基調とした魔線が蜷局を巻くように上昇し、俺たちがいる【メリアディの命魔逆塔】の逆三角形の頂点部と繋がった。
誘導灯にも思える魔線だ。
「娘も気付いたようです、【メリアディ要塞】の内部と【メリアディの命魔逆塔】が繋がります。少ししたら降下を始めますのでお気をつけを」
「はい」
刹那、アムシャビス族の秘密研究所の足下と床と柱の一部から紅色の閃光が走る。
同時に、またも床がアンフィテアトルの円状に段々と窪むと、階段の下に跳ね上げ式の出入り口の扉が出来上がった。
「では、降下します」
メリディア様の言葉の後、【メリアディの命魔逆塔】は一気に降下――。
ドッと重低音を響かせるとアムシャビス族の秘密研究所のすべてが閃光を発した。
【メリアディ要塞】の天辺と【メリアディの命魔逆塔】の逆ピラミッドの形状の先端が合体したかな。扉が開くと【メリアディ要塞】の内部通路の床が見えた。
魔法の枠からは【メリアディの命魔逆塔】の俺たちがいる逆三角形が【メリアディ要塞】の天辺りと融合している光景が見て取れた。
「行こうか」
「「「はい」」」
「にゃお~」
「「ンン」」
相棒たちはさすがに一番乗りはしない。
メリディア様とメンノアが先に下りて行く。
続いてヴァーミナ様とルビアとアドゥムブラリと水精霊マモモルと地精霊バフーンが階段を下りた。
その背後から付いていくように階段を下りた。
通路に到着すると、通路の左右に並んでいたアムシャビス族の兵士たちが「「「おぉ」」」と驚いている。
「グォォォォォォォン」
「ボォォォォン」
古の魔甲大亀グルガンヌと骨鰐魔神ベマドーラーも外で鳴いていた。
廊下からアムシャビス族の兵士たちが走ってきて、
「古の魔甲大亀グルガンヌ様だぞ、あ、神獣様にシュウヤ様! え、あぁあぁぁ」
と、その一人のアムシャビス族の兵士がメリディア様の姿を見て、ふらついていた。
無理もないか。
「あ、大丈夫ですか」
「ん」
メリディア様とエヴァが近づこうとしたが、その兵士は他の兵士に介抱されている。
メンノアは、
「氣にせず、行きましょう、メリディア様とヴァーミナ様こちらです」
「はい」
「ふむ」
メンノアが案内されるまま戦火の跡はだいぶ片付けられている廊下を通り、奥に進んだ。
通りにいるアムシャビス族たちは、メリディア様の歩く姿を見て氣を失う方々が続出した。
その度に、優しいメリディア様は兵士たちに身を寄せてアムシャビス族の光紋か、光翼の魔法を使用し、癒やしてあげていた。
そうして、輪特有の中央に絨毯が敷かれた大広間へと到着。
紅玉の魔力に満ちた空間は前と変わらない。
天井まで届く巨大な柱には紅玉の光が脈動のように走っている。
床から立ち上る魔力が血管のように壁を這い上がっていく。
天井の光源はシャンデリアの紅の閃光は前よりも眩しい。
複数の紅い勾玉の連なりは増えている。
それぞれが、輝翼紋様式の律動に合わせ脈打ちながら幾重にも重なりながら紅光が発生しているが、メリディア様の姿を照らしていた。
アムシャビス族の古の祝福紋は、前にも増して不思議な模様を床から宙空に描き出している。
「前よりも輝きが増しています」
メンノアの言葉に頷いた。
シャンデリアの明かりと、エアロゲルのような物質などが連携した光の帳は、メリディア様とルビアとメンノアを淡く照らす。
高度な魔法だと思われる光紅翼階式を象徴する神聖文字のような魔法の文字も現れ消えていた。
先を歩くメリディア様が目映い。
アドゥムブラリは黒い翼を拡げ縮めながら、歩く速度を速めていた。
ドラゴンを従えているアドゥムブラリの家族たちの彫像からも紅の閃光が発生し、アドゥムブラリを照らしていた。それは、アドゥムブラリの帰還を歓迎するように思えた。
メリディア様の登場に【メリアディ要塞】の大広間にいるアムシャビス族の将校たちはざわつきを始める。その中心に魔命を司るメリアディ様はいた。
背後の巨大な背もたれ椅子には座っていない。
その立派な椅子の背後からは、光背のような、アムシャビス族の魔法の結界が水面の波紋のように広がっていたがメリディア様の登場に、その波紋も驚いているように振動が激しい。
天井から降り注ぐ光の粒子も、魔命を司るメリアディ様と、その母の元天魔帝メリディア様に多く当たり続けている。
紅玉色の星屑となって宙を舞いながら、魔命を司るメリアディ様の周囲に多く舞っているが、その一部が、メリディア様にも向かっていた。
その魔命を司るメリアディ様が、足早に、
「――おかえりなさい、お母様」
その一言が、大広間の空気を震わせた。長年の別れを経て、ようやく紡がれた言葉には、娘としての想いと、魔命を司る者としての威厳が溶け合っていた。
「「「メリディア様ァァァ!!」」」
大広間に集まっていた眷族たちの声が轟く。
その歓声は【メリアディ要塞】の石壁を揺るがし、塔の頂から最下層まで響き渡った。
要塞そのものが、主の帰還を喜び叫んでいるかのようだ。
アムシャビス族の将校たちは、感極まった涙を止めることもできず、一斉に片膝をつく。
その背から広がる白い翼が光の帳のように大広間を彩った。
翼の一枚一枚が母娘の再会を祝福するかのように、かすかな輝きを放っている。
娘の魔命を司るメリアディ様の長い金髪が、目に見えない風に導かれるように静かに揺れた。
その髪は溶けた金のように煌めき、母の姿を映す瞳には深い慈愛の色が滲んでいる。
幼い頃から胸に秘めてきた想いを感じられた。
メリディア様の体から静かに魔力が溢れ出す。
その流れは優美な光の帯となって空間を彩り、娘の放つ魔力と交錯していく。
母と娘の血脈が呼応し、二つの魔力は螺旋を描くように絡み合い、深い紅の光となって広がっていった。その瞬間、大広間に嵌め込まれた無数の紅玉が一斉に輝きを増し、星々が降り立ったかのような神々しい光景が広がった。
黒猫は母娘の間に静かに歩み寄り、黒豹と化した。
黒豹のまま優雅にトコトコと歩きつつ、両者の足に頭部を寄せる。
深い喉声を「ゴロゴロ」と鳴らすと、その音色は古の神獣の祝福の調べのように澄んだ空気に響いた。やがてエジプト座りを行った。その可愛らしさと気品を併せ持つ相棒の仕種から、この歴史的瞬間の証人として相応しい立ち振る舞いに思えた。
母娘の絆を見守る証人のつもりかな?
法魔ルピナスとヒューイは大広間の宙を舞い、歓喜の声を上げる。
魔皇馬ハーフニルは首を深々と下げ、その瞳には限りない感動の色が浮かんでいた。
長年の主への忠誠と、この瞬間を待ち望んできた想いが、その仕草の一つ一つに滲み出ている。
「ふふ、立派になりましたね」
メリディア様の声は清らかな鐘の音のように響き渡る。
その声音には、無限の誇らしさが滲んでいた。
深い慈愛に満ちた微笑みの中に、かつて天魔帝として君臨した者の威厳が垣間見える。
それは母としての優しさと、支配者としての凛とした厳しさが見事に調和した表情だった。
魔命を司るメリアディ様は、
「はい、お母様の遺志を継いで……」
感情が溢れすぎたように、途切れがちに紡がれた。
その声と表情から、長年の孤独と戦いの中で育んできた強さと、今この瞬間に再会を果たせた喜びが交錯していると分かる。二人は強く抱き合う。
と、大広間全体が永い時を経て待ち望んだ再会を祝福するように紅玉の輝きと共に眩い光に包まれた。
「「「「「おぉ」」」」」
皆が拍手喝采。
古のアムシャビス族の歴史そのものが、この再会を祝福していると実感できた。
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