千七百二十九話 冥業ザレ、襲来、冥界シャロアルの守護者
死神ベイカラの双眸は氷雪のような輝きを放つ。
その白銀の光は運命の鏡写しのようにユイの瞳と見紛うほどに酷似していた。
漆黒と純白が交錯する神々しい仮面には、かつて闇の暗殺者として生きたユイの過去が映し出されているかのようだ。
その面影は、ユイが纏っていた仮面と重なり、因果の糸で結ばれているかのような深い共鳴を感じさせた。
俺が手に持つ【闇の教団ハデス】の定紋と闇神ハデスのステッキが振動し、魔力が零れては、欠けた彫像に近づいているが、途中の宙空で止まっている。
すると、ユイが、
「<ベイカラの瞳>の魔力に導かれ、この地に辿り着きましたが……」
ユイの声は静かに震えていた。
「まさか、死神ベイカラ様がわたしとシュウヤを待っていたとは……」
「『ユイよ、自覚はあるはずです。貴女は私が選び、認めた神子の一人。<ベイカラの瞳>の真の使い手として』」
死神ベイカラの声は、大広間に清らかな鐘の音のように響き渡る。
一瞬の沈黙の後、
「『そして、シュウヤは貴女を深く愛し、己の眷族として迎え入れ、常に守り続けた。魔界に足を踏み入れてからも、私は貴女の<ベイカラの瞳>を通じて、ずっと見守っていたのです』」
その声から温かみを感じた。
「だから幻影が出現をしていたのですね。しかしベイカラ教団とは距離を取り続けてましたが……」
ユイの言葉に、死神ベイカラは、
「ユイ、警戒は不要です、これで落ち着きましたか?」
死神ベイカラは神意力を止めて、普通に言葉を話した。
「はい、楽になりました」
「良かった。ベイカラ教団との繋がりは別段に求めていないのです。正直言えば求めてはほしい部分はありますが……」
その死神ベイカラの言葉にユイは、
「……惑星セラでは、関係者から何回か接触を受けましたが、なんの接点も興味もありません」
「……ふふ、それでいいんです。ユイが関係を得たら教団にはセラ側にも恩恵を与えていますから狭間を越えられる範囲に、ユイも得をすることが多かったと思いますが……強制では意味がない。そして、その考えを持つユイの意思こそが肝要なのです。ユイの固有意識が行う<ベイカラの瞳>だからこそ、<神力>、<神子>、に属するエクストラスキルの効力が発揮される」
その死神ベイカラの言葉に、眷族たちがざわついた。
エクストラスキルは皆も結構持っている。
「……わたしの<ベイカラの瞳>の効力……」
「はい、自由意志と殺意、そのユイが意識し、使用することが私にとっても重要なのです。その<ベイカラの瞳>は、標的を縁取り、縁取った相手に使えば使うほど効果が高まり、すべての能力が上昇するはずです」
「はい、身体能力などあらゆるものが上昇します。そして、死神ベイカラ様にも、私の双眸のベイカラの瞳>が重要なのですか?」
「はい、言わば、そのユイの目は、私の目――」
死神ベイカラの双眸は白銀を強める。
一瞬で、普通の日本人風の眼に変化し、また、その眼に粉雪が降り積もるように光芒が変化をした。
その死神ベイカラが、
「ユイが倒し続けてきた存在の魂に魔力は私にも恩恵を齎す。勿論、狭間があるので大半は弾かれますが、しかし、ユイが魔界セブドラに入ってからは、かなりの魔力を得られていましたよ……今があるのは、そのお陰、助かっています。ただし、光側の聖戦士装備は少し氣に入りませんが、ふふ……」
死神ベイカラは俺を見るように頭部を向けてきた。
白、白銀に近い双眸の表面に薄らとした魔法の布がかかる時がある。恐王ノクターのように眼帯の布を装着しているわけではないが、そんな印象を抱かせた。
ユイは、
「はい……では、この場にわたしが導かれた理由はどのようなことでしょうか」
「説明します、この先に壁の右には、【幻瞑暗黒回廊】がありますが、そうではなく、すぐ、手前――」
死神ベイカラは腕先を伸ばした。
【闇の教団ハデス】の定紋が少し振動する。
死神ベイカラの腕先から伸びた白のグラデーションが綺麗な魔力が触れた壁の表面が左右に開くように動くと、そこに紫と漆黒の魔力が噴出し、魔力が薄く引くと、そこに液体の膜が広がった。
「「おぉ」」
「ん、冥界シャロアルの出入り口」
「ふむ、シュウヤの記憶にある冥界の出入り口と同じだな」
「はい」
「あの液体のようで液体ではない滑りのある異世界だな」
皆の言葉に頷いた。
死神ベイカラは、
「はい、そこから侵入できる冥界シャロアルに近い場所にて、魔法陣と冥界ゲガラマテ獣枷に咥えられたままの私の半身が捕らわれている、それを破壊し、私の分身体を解放してほしいのです。その際、冥業ザレか、冥界の神ペナラリウラか、獅子冥王ラハグカーンが絡んでくるかもですが……もし、分身体の解放ができたならば、魔界セブドラの各地に存在している冥界シャロアルの出入り口を見張る役割を持つ死神ベイカラの神殿に力が戻ることになり……本神殿にいる私の本体も復活できる。同時にそれはユイの<ベイカラの瞳>の強化に繋がり、更なる恩恵を齎すことになるでしょう。神格を得た光魔ルシヴァルとなってもそれは変わらない」
「私の、恩恵……」
ユイは呟きながらの己の双眸を触るように指を近づけている。
死神ベイカラは俺を見て、
「はい、ですから、シュウヤも協力してほしい……お願いできますか、光魔ルシヴァルの神よ」
頷いて、
「分身体が冥界ゲガラマテ獣枷に囚われているという場所ですが、近いと仰いましたが、本当にすぐそこなのでしょうか」
死神ベイカラの白銀の瞳が揺らめく。
「入ってすぐ、目の前です。奥に進む必要すらない」
その声には確かな自信が滲んでいた。
「では、そもそもの疑問ですが」
そこで腕を組んで問いかけた。
「どうしてそのような状況に追い込まれたのですか」
「冥界シャロアルと魔界セブドラとセラを<死神靭影>で繋ぐことが、闇神ハデスと共に私の役目でもあったのですが、どうやら魔界進出を狙う冥界シャロアルの神々が、私の存在を疎ましく思っていたようで、冥業ザレ、冥界の神ペナラリウラ、獅子冥王ラハグカーンと戦いになり負けました。その影響で、私の半身の幾つかが魔界と冥界の出入り口付近に封じられて、冥界の様々な存在に利用され続けている」
「……では、他にも死神ベイカラの分身体があるのですね」
「はい、ですが一つでも分身体が解放できれば、私の神殿の地下に眠る本体が動けるようになる。そうなれば、後は私の本体が行います」
「なるほど、それが魔界セブドラには死神ベイカラ様の所領がない理由でもある?」
「所領は元からありません。魔力は魔神と同じく魂や殺意などの負の感情からも力を得られますが、私は死神、魔神の一柱ですが、冥界シャロアル側の神の一柱でもある」
メリディア様を見ると、
「はい、私が天魔帝だった頃では、知る限り、表舞台にはあまり立たない魔神の一柱、魔界大戦でも参加したことは極僅かのはず、ただ参加した時には、教団と関係した戦いでした」
「はい、その通り、この遺跡があるように、天魔帝が健在だったころは寛容でしたわね」
死神ベイカラの発言に、メリディア様は頷いていた。
メンノアとアドゥムブラリと<光魔王樹界ノ衛士>ルヴァロスにエトアたちも頷く。
ラホームドは時折<月夜霊>を発動しているように見えたが、首の下に<血魔力>の魔法陣を生み出し、そこに触れては浮上を繰り返している。
死神ベイカラは、
「闇神ハデスや魔皇女帝バフサルトも同じでしたが、私が、負けてからは冥界シャロアルと魔界セブドラの出入り口にも変化が起きた影響で、闇神ハデスは力を弱めたままなのです」
死神ベイカラの幻影の言葉に皆が頷いた。
キュベラスたちは思案げだ。とりあえず、死神ベイカラの幻影に、
「……では、助けに行くとして、この【闇の教団ハデス】の定紋と闇神ハデスのステッキが、反応している先の、そこの欠けた彫像が氣になります。闇神ハデス様の?」
「はい、私と同じ役回りを、そのアイテムに残る闇神ハデスの魔力が行おうとしているのでしょう」
「そうですか」
キュベラスたちは頷いた。
「では、助けるとして、冥界ゲガラマテ獣枷とは? 入ってすぐに戦闘態勢、間合いはどの程度でしょう」
「冥界ゲガラマテ獣枷とは、数十の頭部を持つ魔獣ですが、私の分身体の手首と体を咥えながら、冥界の壁のようなモノと一体化している」
「一瞬で、けりを付けないと状況は危なくなりそうですね」
「はい、そこの冥界シャロアルの出入り口ですが、他よりも小さく、一度に入れる人数が少ないです。眷族、精霊関係なく六名程度」
頷いてから、背後を見るように皆を見た。
頼りになる相棒はいないが、
「では、選抜するとしてフォローを頼む。切り札を使えばすぐだと思うが、ユイと他はどうする?」
「わたしが行きます」
「我も行こう」
「俺も行く」
「行きます」
ユイ、ヴィーネ、キスマリ、ハンカイ、キサラ。
後一人か、エヴァとレベッカは立候補をしてこないのは珍しい。
では、エトアを見て、
「エトア、頼めるか」
「はいでしゅ!」
と、驚いている。<従者長>エトアは<罠鍵解除・極>を持つからな、<脳脊魔速>で、冥界ゲガラマテ獣枷を排除できても、他にも鍵があれば、<罠鍵解除・極>で解除可能。
「では、皆、ここで待っててくれ」
「「「はい!」」」
闇神ハデスのステッキと【闇の教団ハデス】の定紋はしまった。
そこで神槍ガンジスを右手に召喚。
左手に霊槍ハヴィスを召喚した。
冥界シャロアルの出入り口に場所に近づいた。
冥界の出入り口は、魔法の液体が張ったような印象だ。
そのゲートに近づくにつれ、液体から零れ出ている魔力の影響か、空気そのものが重くなり、呼吸すら困難になるような威圧感が漂った。
表面を覆う紫と漆黒の魔力は生きた蛇のように蠢く。
境界からはプロミネンス状の漆黒の焔が立ち昇っている。
その漆黒の焔が、生きた冥界の口そのものを思わせた。
「では、俺から――」
と、入った直後、本当にすぐ近くに死神ベイカラがいた。
獣の頭部が密集する壁面から、死神ベイカラの分身体が無数の獣に噛まれた状態で壁に嵌まっている。壁の一部は湾曲して歪んでいた。
その獣頭の一つ一つが異なる表情を浮かべている。
まさに、冥界の生き物たちが集まって作られた拘束具か。
即座に、<魔仙神功>と<脳脊魔速>を発動――。
世界の動きが鈍る――前進し、捕らわれている分身体の死神ベイカラに近づいた。傷は付けないように右手の神槍ガンジスで<光穿>――。双月刃の穂先が、死神ベイカラの右首に絡み付いていた獣頭を穿つ。左手の霊槍ハヴィスで<血穿>――。
その瞬間、冥界ゲガラマテ獣枷が起きたように、他の獣頭の瞳孔が一斉に収縮し、壁から禍々しい魔力が溢れ出す。
「グォォォォ!」という轟音と共に、冥界の気配を帯びた紫の魔力が渦を巻きながら空間を歪ませ始めたが、遅い――。
<水極・魔疾連穿>を発動。
連続的に神槍ガンジスと霊槍ハヴィスを突き出し、すべての獣頭を穿ち抜いた。刹那、四角い枷と鎖と魔法陣も消える。
半透明の死神ベイカラは「……」無言でゆらりと倒れかかった。
捕まえるか不安だったが、左手の霊槍ハヴィスを消しながら左腕で、半透明の死神ベイカラの分身体を支えることができた。
すぐに後退し、<脳脊魔速>を終わらせた。
「シュウヤ、右上!」
ユイの警告が響く。視界の端に巨大な獣影が蠢き、その上に六腕の人型が降下してきた。
ユイに、
「この死神ベイカラの分身体と共に魔界に戻れ――」
「え、うん――」
ユイは死神ベイカラの分身体と共にすぐに魔界セブドラに帰還し、見えなくなった。
「ご主人様は戻らないのですか」
「あぁ、六腕の人型を倒してから帰る」
「我も主と残ろう……」
と、キスマリが前に出る。
鋭い六眼は敵たちを捉えていた、魔剣ケルと魔剣サグルーと魔剣アケナドと魔剣スクルドの魔剣から<血魔力>が溢れ出ている。
「俺もだ」
「フォローします」
キサラの<魔謳>の歌も響く。
獣影から現れたのは、冥界の気配を纏った六腕の巨躯。
その全身から紫がかった漆黒の魔力が溢れ出し、足下の地面さえもその魔力で腐食していくのが見える。
「お前たちか、冥界ゲガラマテ獣枷を……我の贄と化した死神をどうした」
「お前はだれだ?」
「……冥業ザレ、魔界からの侵入者にしては……ん? <魔闘術>か……ほぉ……楽しめそうだな」
冥業ザレは嗤う。
虚空そのものを震わせ、冥界の底から響いてくるかのような重圧を放ってきた。
続きは、明日、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻~20巻」発売中。
コミック版発売中。




