千七百十九話 談笑からの奇襲
メリディア様の三眼が、虚空に浮かぶ魔法の枠へと向けられる。
その瞳には、天魔帝時代の記憶が古の宝石のように深く輝いていた。
枠の中に映る光景は異界の窓のように鮮明だ。
【メリアディの命魔逆塔】の外では、【血星海月雷吸宵闇・大連盟】の戦士たちが、夕闇に染まる荒地に陣を敷いている。
彼らの放つ<血魔力>は、大地に根を張る命の樹のように、広く深く地面に浸透していった。
光魔魔沸骸骨騎王のゼメタスとアドモスの漆黒の鎧からは、紅蓮の炎が立ち昇り、生きた松明のように周囲を照らしている。
その下で整然と並ぶ沸騎士軍団の姿は、古の戦記に描かれた伝説の軍勢を思わせた。メルたちの緊張した表情には、次なる戦いへの覚悟と、勝利の余韻が交錯している。
メリディア様の金色の髪が、かすかな魔力の気流に揺れる。
その仕草には、かつて魔界の頂点に君臨した天魔帝としての威厳が宿っていた。同時に、その眼差しの奥底には、今は失われた力を想う切なさが、深い井戸の底に沈む月影のように揺らめいている。
紅玉色の魔力が、その感情に呼応するようにメリディア様の周囲でかすかな波紋を描いていた。
「……<座標転移>を用いた移動ですが――」
メリディア様の声が静かに響く。
その一言一言に古の魔法文明の重みが宿っているかのようだ。
「外にいる悪夢の女神ヴァーミナには許可が必要ですが、二体の魔街異獣ごと全員も【メリアディの命魔逆塔】と共に<座標転移>を行えます」
研究所内に言葉が響き渡ると、空気が一瞬凍りついたかのような静寂が訪れる。皆の表情が一斉に驚愕の色に染まっていく。
「「「え?」」」
驚きの声が重なり合う中、研究所内の古代の魔法陣が一斉に微かな輝きを放ち始めた。それはメリディア様の言葉の真実性を証明するかのように。
「「「おぉ」」」
歓声と共に、クリスタルの幻影が一層強く明滅を始める。
その光は皆の驚きの表情を幻想的に照らし出していた。
「ん、驚き」
エヴァの紫の瞳が大きく見開かれ、小鼻の孔がわずかに震えている。
「不可視と転移って、【メリアディの命魔逆塔】ってとんでもないわね~」
ヴェロニカの言葉に、古代の魔法陣が呼応するように脈動し、その真実を物語っているかのようだった。
そのヴェロニカは沈黙が多いが、ゴシック系の戦闘服に付ける〝光陣の宝珠〟の位置を何度も変えては、ミスティとレベッカに、その衣装がどう見えるか評価を聞いては、何度も<血魔力>を纏い衣装のスタイルを変化させている。
「「はい」」
皆も驚く、
「悪夢の女神ヴァーミナ様と大眷属シャイサードにも、勝利の報告をしておきたいところですが、<座標転移>をお願いするとして、どこに【メリアディの命魔逆塔】を転移させるのでしょうか」
メリディア様は俺の問いに優しげに微笑み、
「【魔命を司るメリアディの地】と【グルガンヌ大亀亀裂地帯】ならどこにでも転移可能です」
「「おぉ」」
「どこでも!」
「二つの大領域を自由に移動ができるってことか、驚いた」
「「はい!」」
「さきほどから驚きの連続です」
ヴィーネと目が合いながら頷いた。
エラリエースが、
「この地下層ごとなのですよね」
「はい、勿論、アムシャビス族の秘密研究所ごとです」
「おぉ、それは便利です!」
「うむ【メリアディの命魔逆塔】が移動要塞のように転移が可能とは……」
エラリエースとメイラも驚いている。
「二つの広大な領域に、あ、では【メリアディ要塞】にも転移が可能となった?」
「はい、可能、クーフーリンがいる【エルフィンベイル魔命の妖城】の庭と外と城下町にも転移が可能です」
「「おぉ」」
「ん、凄い、当然【アムシャビスの紅玉環】にも?」
「はい」
「ん! まだ生きているアムシャビス族たちもメリディア様なら救える!」
「うん!」
エヴァとレベッカはハイタッチ。
【エルフィンベイル魔命の妖城】には大眷属クーフーリンがいた。
失策をしたから落ち込んでいそうだが、メリディア様の復活を知ったらヤバイテンションになりそうだ。あ、なら、ユイの死神ベイカラ様の遺跡か祭壇があるかも知れない【エルフィンベイル魔命の妖城】を調べに、そこに転移して向かうのはありか。
死神ベイカラの魔族側の教団とか隠れながら住んでいるとかあるかもな。
すると、アドゥムブラリが、
「俺たちも知らなかったから驚きだ」
「私もです。【メリアディの命魔逆塔】は長い間埋もれていて、まさか、転移が可能とは、驚きです」
アドゥムブラリの幼馴染みのベキアさんが語る。
ハンカイも、
「……この情報を知っているのか不明だが、アムシャビス族の秘密研究所を有した【メリアディの命魔逆塔】を狙う魔神に諸侯たちが多いのは頷ける」
相棒の近くを浮遊しているラホームドが、
「我もハルモデラの次元軸のことは知っていた。ですから、転移については知りませんでしたが、ある程度の情報は伝わっているはずですぞ」
その発言に皆が頷いた。
相棒も見上げ「にゃ~」と鳴いている。
ラホームドは相棒に期待の眼差しを向け、首を差し向けるが、黒猫は尻尾を上げながら、メリディア様へとトコトコと近づいて、頭をメリディア様の足にこすり付けていた。
「ンン」
ラホームドは「……」淋しそうな視線を黒猫に向けながら宙空を進み相棒の後を空中から付けている。
そんなラホームドの背後には、黄黒猫が付いていた。
ラホームドの首に発生している<血魔力>の魔法陣を見ている。
黒猫とラホームドと黄黒猫の構図が、なんか面白い。黄黒猫的にじゃれたいか、首の匂いを嗅ぎたいんだろうな、ずっと浮遊しているラホームドには甘えることはできないから氣になっているんだろう。
すると、キサラが、
「はい、ですから、【アムシャビスの紅玉環】でメリディア様の秘石も取り返せて本当に良かったですね……」
皆が笑顔で頷き合った。
「そして、今さらですが、憤怒のゼア、破壊の王ラシーンズ・レビオダ、十層地獄の王トトグディウス、魔滅皇ラホームド、魔術王ゲーベルベット、レムファルト、魔公アリゾン、魔公爵ゼン、魔界騎士ホルレインなどの諸勢力を撃破したことになります。シュウヤ様は凄いことをやってのけた」
「「「はい」」」
「ん、最後の戦いで、シュウヤが神様になるのも頷ける」
「うん、最後の魔槍杖バルドークの<血霊魔槍バルドーク>かな、それを使った時に綺麗な蒼い髪の女性が見えたんだけど、シュウヤ、説明は、あ、今度か」
最後のレベッカの言葉に皆が頷いた。
魔界騎士ハープネス・ウィドウも報酬のアイテムを装備しているが、俺を凝視している。ユイが、
「それは氣になるわね」
と発言。
魔槍杖バルドークの進化は皆も氣になると思うが、
「そうだな、〝知記憶の王樹の器〟を共有すればすぐだが、あっさりと説明しとくと、新しい魔神の女神が魔槍杖バルドークに宿る形で生まれた。称号も、称号:炎ノ最上級魔神ヲ討伐セシ者、称号:神魔ノ女神ヲ産ミ落トセシ者を得ている。融合してないから、かなりレアだろうな」
「「「……」」」
皆が驚きのまま沈黙している。
「……」
『ふむ、主の神座と神魔の女神の称号を得た直後を、傍で体感していたのは我と水霊ミラシャンだけか? ふっ、実に氣分がいい』
と、シュレが自慢げに念話を送ってきた。
水霊ミラシャンはヘルメたちに魔槍杖バルドークのことを伝えている。
ヘルメは体から水飛沫を発して喜びながら浮遊しつつ、こちらにやってくる。
すると、ヴィーネが、
「魔槍杖バルドークが女神とは……様々な魔力を吸収していた魔竜王バルドークですが、実は雌だった?」
「ん、納得」
「そうね、魔竜王バルドークの蒼眼もハルちゃんが食べているし、シュウヤが取り込んだのと同じ」
「魔槍杖バルドークの<紅蓮嵐穿>ですが、使用時に、肩の竜頭装甲が魔力嵐を吸い取っている時がありましたからね」
ヴィーネの言葉に皆が頷く。
ミスティが、
「神魔の女神とは、マスターらしいわね、
名前は、バルドークちゃん?」
「名前はまだ決めてないが……今度魔槍杖バルドークを使ったら名乗ってくるかも知れない」
「へぇ」
「では、バル子?」
「ん、バルミントとかぶるから、違う名前にしよう」
「うーん、では、蒼き女神ランサーは?」
「ん、かっこいい」
レベッカの案もシンプルで良い。
「はい、蒼き神魔神スピアーはどうでしょう」
ヴィーネの案も良い。
「皆、蒼き女神クドルバはどう?」
ミスティのバルドークを反対読みか。
「神魔の女神とは、まさに閣下の面目躍如。その御名は、バハホンク! を提案します」
ヘルメのアイディアはバハホンクか。バルドーグとハルホンクを合わせたな。ハルホンクはとくに反応せず。
「まぁ、神魔の女神の名前は、今度な、で、話を切り替えるようか。外にはまだ、淫魔の王女ディペリル、十層地獄の王トトグディウス、魔翼の花嫁レンシサが潜んでいるかも知れない」
皆が魔法の枠に映っている【メリアディの命魔逆塔】の周囲の様子を見てから、
「そうね、淫魔の王女ディペリルたちは、遠くから、わたしたちを見ているかな、<隠身>系スキルも多種多様だからね」
「「あぁ」」
「そのはず、【魔命を司るメリアディの地】の何処かの地に潜んで、【メリアディの命魔逆塔】の奪取を狙っているかも」
レベッカの言葉にエトアたちも頷いた。
アドゥムブラリが、
「戦いが止んで、氣が緩んだところを狙う作戦は十分にありえるな」
たしかに十分ありえる。
キサラは、
「魔界奇人レドアインもいると淫魔の王女ディペリルが叫んでいましたが、皆さんは……見ました?」
「知らんな、だいたい、どのような姿をしているか分からない」
ハンカイの言葉はごもっとも、俺も知らん、聞いたことがある程度。
皆が頷く。そこで、魔界騎士ハープネス・ウィドウに視線を向けた。
ハープネスはメリディア様が出現させた椅子に座りつつ、魔法の枠の中に映っている魔竜ハドベルトの様子を見ていた。
そして、俺の視線に気付いてから、机に両肘をかけ、手を柔らかく組みつつ片目をキラリと光らせ、
「……レドアインか。魔街異獣を数匹持ち、奇怪な集団を引き連れているぜ、三度ほど戦ったことがある。変幻自在に姿を変化し魔剣を扱う、十合ほど打ち合ったが、かなり強い。人型の頭部を蒐集し、その人型の頭部を己の新しい頭にすることがある……」
と、渋く発言した。
「「……」」
「頭部を蒐集って、ハープネスも、首を狙われたの?」
レベッカが己の首にチョップしつつハープネスに聞いていた。
「ああ、奴は口の端から蠅と蜥蜴を放ち、その姿は見るに堪えぬほどの強者だった」
「「……」」
「道化役者のような魔神か諸侯が魔界奇人レドアインか」
ハープネスは頷いて、
「あぁ、異質な即興喜劇を好み、美食家でもあるという噂だ」
「美食家……赤霊ベゲドアードのような一面もあるの?」
「……さあな、俺は好まないが、魔族喰いの文化は結構あるぜ」
カニバリズムは勘弁すぎる。
キサラも、
「そう考えると、ガラディッカと魔翼の花嫁レンシサに淫魔の王女ディペリルたちがマシに思えてきますが、それは言い過ぎですね、失礼、ふふ」
「うん、ふふ、グリダマにガラディッカにレンシサも、シュウヤの堕天の十字架の鑑定結果からしても、相当にヤヴァいわよ」
レベッカの言葉とニュアンスと両手のボディランゲージが少し笑うが、皆が頷いた。
「ん、魔界も様々、心配だからサシィと、アチと、ラムラントと、チチルと、ソフィーとノノに血文字で連絡しとく」
エヴァは血文字で<従者長>アチに連絡を取っていた。
すると、エトアが、
「情報収集をしていた闇神リヴォグラフの眷族が倒れたところは見ました」
「倒れたなら一先ずは安心?」
「ん、一先ずはだけ」
「そうね、途中までの情報はリアルタイムで闇神リヴォグラフ側に伝わってしまった」
「闇神リヴォグラフ側の偵察要員は多いだろうからな」
皆の言葉に頷いた。
キサラとヴェロニカとエヴァとヴィーネとミスティは頷き合う。
そこで、皆に、
「そうだな、俺たちはオセべリア王国を救い【闇の教団ハデス】を取り込み、魔命を司るメリアディ様側の一大戦力として活動し、二つの魔神を撃破、そんな俺たちを闇神リヴォグラフが注視し、狙うのは必然。そして、そんな闇神リヴォグラフ側の情報収集の邪魔ができたってだけでも良しとしようか」
「はい!」
「うん、それはそうだけど、【闇の教団ハデス】のキュベラスたちがこちら側に付いたことは筒抜けよ」
レベッカの言葉に頷き、
「確定情報で魔界側にも伝わっただろう」
ハンカイが、
「戦場ではシキたちやファーミリアたちの働きもあったが、【闇の教団ハデス】も大所帯だからな」
頷いた。
炎極ベルハラディ、豪脚剣デル、飛影ラヒオク、闇速レスールなどもいる。
アドゥムブラリは、
「たしかに、キュベラス以上に、ドマダイという名の頭部が異様に大きい魔族は目立っていた」
その隣にいるベキアは『そうなの?』という顔付きで、アドゥムブラリを見ていた。アドゥムブラリはベキアを見て頷く。ベキアは微笑んで頷いた。
エラリエースが、
「はい、闇鯨ロターゼのような戦い方をしながら、時折、戦場の中心だったビュシエ様たちと連携していました」
「うん、あのドマダイはタフだったし、結構頼りがいがあった。だから、ゼクスで背中を守ってあげたことが数回ある」
ミスティの言葉だ。
近くにいるクナが、
「そうですわね、リサナさんのように盾になるところは数度見ましたわ、<血霊月ノ梔子>の守りが必要ではないほどに硬い顔、ふふ。三度ぐらい、ドマダイのお陰で、<魔吸大法>を楽に使って、敵の魔力を吸いつつ、月霊樹の大杖から<魔樹刃>などを繰り出せていましたわ」
へぇと、頷いた。
「闇神リヴォグラフの斥候の話に戻すけど、【魔命を司るメリアディの地】のどこかに潜入しているだろう闇神リヴォグラフの大眷属か眷族チームを倒せると、随分と違うと思う」
それはあるが……。
「潜んでいる連中を炙り出すのは、先程までの大規模な戦いだからこそだからな、アンダーカバーを根底からひっくり返すのは、相当に難しいぜ?」
アドゥムブラリの言葉に頷いた。
「<隠身>に<無影歩>や<隠蔽術>のようなスキルは敵も使いますからね」
「うん」
「にゃごぉ~」
ヴィーネとレベッカの言葉に頷いた。
黒猫は話を聞いていたのか、エヴァたちに、神獣猫仮面を装備しながらドヤ顔を示す。
「ん、ロロちゃん、怪しい敵を見つけて、食べちゃってね!」
「にゃ」
「ふふ、可愛い」
猫がサングラスを装備しているように見える。
と、和んだところで、メリディア様が、
「では、<座標転移>を使用しますか?」
「お待ちを、外に出て【魔命を司るメリアディの地】の地表に〝レドミヤの魔法鏡〟を使い転移地点を一つ増やしておきます。そして、沸騎士軍団を古の魔甲大亀グルガンヌに回収し、ヴァーミナ様にも連絡を取ってから、ここに戻ってきます」
「はい、悪夢の女神ヴァーミナにも礼を言わねばなりませんから、もし望むなら連れてきてくださいな」
「はい」
メリディア様は、娘の魔命を司るメリアディ様に会いたいと思うが、もう少し待ってもらうか。
すると、そのメリディア様が、
「ふふ、では、一時的に<不可視の術式>を解きますね」
「はい、よろしく、では、俺は外に、ヴィーネたちはどうする?」
「〝光紋の腕輪〟を配りたいので付いていきます」
「うん、わたしも行こう、すぐにここに〝レドミヤの魔法鏡〟で転移するんでしょ?」
「そうなる」
「了解」
「ンンン――」
黒猫が走って秘密研究所の出入り口に向かった。
メリディア様が、
「先程も言いましたが、光魔ルシヴァルの皆さんは秘密研究所の封印扉は簡単に開きますからね」
「はい――」
と、ヴィーネとミスティを連れて外に向かう。
すると、少し振動が起きた。<不可視の術式>を解いたようだな。
俺たちの歩調にハープの音楽が少し変化していた。
封印扉は自然と開き、地下層に出ると、「ンン――」黒猫は一瞬で、大きい黒虎に変化し、皆を背に乗せてくる。
俺も触手を掴みながら黒虎と共に駆けた。
「相棒、競争だ」
「にゃごぉ~」
そのまま憤怒のゼアと戦った【メリアディの命魔逆塔】の地下層を駆け抜け出入り口から地下通路を進む。
外に出ると、光魔魔沸骸骨騎王のゼメタスとアドモスが、
「「閣下ァァ」」
と体から漆黒と紅蓮の炎を発しながら出迎えてくれた。
「盟主、憤怒のゼア撃破おめでとう!」
「総長、お帰りなさい!」
クレインとメルの言葉に、
「「「「おめでとうございます」」」」
「「お帰りなさいませ!」」
アドリアンヌと沸騎士長ゼアガンヌとラシーヌと魔界沸騎士長たちと、沸騎士軍団が歓声を発した。
キッカとサザーとママニとキュベラスたちとシキたちとブッチとサラとキスマリも近くにいて、神界騎士団の光神教徒ディスオルテと目される光の騎士に、仙女のような女性たち、メイラとエラリエース側に付いた神界騎士団たちとは、少し距離が離れているが、いがみ合いはないように見えた。
ルシェルとベリーズは右のほうか、ビュシエが造り上げた<血道・石棺砦>の簡易的な砦の近くを浮遊している。
ファーミリアたちはその奥の古の魔甲大亀グルガンヌと骨鰐魔神ベマドーラーの近くだ。
「おう、早速だが――」
〝レドミヤの魔法鏡〟を取り出すと表面が静かに波打ち始める。
古の魔法文明が紡ぎ出した鏡は生きた水銀のように指先に反応し、かすかな温もりを伝えてくる。
<血魔力>を注ぎ込むと、鏡面が深い紅に染まる。
その色は血管を流れる血のように脈動を始めた。
魔力は渦を巻きながら鏡の中心へと収束し強い光となって床へと降り注いだ。その光は古代の魔法陣を描き出すかのように、複雑な幾何学模様を床に浮かび上がらせる。
瞬時に鏡面が明滅し、【魔命を司るメリアディの地】の姿を映し出した。戦場の跡地には、まだ魔力の残滓が靄のように漂い、その光景は遠い過去の記憶が具現化したかのような幻想的な雰囲気を醸し出していた。
続いて、【メリアディの命魔逆塔】のアムシャビス族の秘密研究所の映像が重なるように浮かび上がる。
その瞬間、鏡面に刻まれた古代の文字が輝きを放ち、新たな座標が魔法鏡の記憶に刻み込まれていくのを感じた。
〝レドミヤの魔法鏡〟の転移可能な場所は合計二十八カ所。
【メリアディの書網零閣】
【ルグファント森林】
【ヴァルマスクの大街】
【アムシャビス族の秘密研究所の内部】
new【メリアディの荒廃した地】
「記憶できましたね」
「あぁ」
〝レドミヤの魔法鏡〟に新たな転移地点が記録された直後、虚空が震えるような波動が走った。
『主、禍々しい気配です』
シュレから警告が響く。
夕闇を裂くように十数の影が浮かび上がる。
漆黒と白い装束に身を包んだ魔剣師と魔剣型モンスターか?
魔剣師が手にした魔刃は、古の神々の血が染み込んだかのような不吉な輝きを放っていた。足下は雲のような魔力が発生していた。
「にゃごぉぉ!」
相棒が警戒の咆哮を上げる。
光魔魔沸骸骨騎王のゼメタスとアドモスが即座に前に出て、漆黒の炎を纏いながら陣形を作る。
「総長、私たちも!」
「おう」
メルが声を上げ、沸騎士軍団が素早く展開していく。
神界騎士団の光神教徒ディスオルテたちも、仙女のような女性たちと共に防衛態勢を取った。
『シュウヤ様、魔剣型モンスターたちを生み出していた親玉でしょうか』
古の水霊ミラシャンの念話に頷いた。
その瞬間、魔剣師たちの周囲から異様な死の気配が立ち昇る。
メルは、
「奇襲とは、魔剣師たちは見るからに普通ではないですね」
「あぁ」
「ご主人様。先制攻撃を行いますか? 翡翠の蛇弓で射貫きます」
「出方を待とう」
「マスター、ゼクスはすぐに突進できる」
ラホームドが、
「死者の魔剣を操る術式。が、通常の<死霊術>とは異なる」
魔剣師たちの放つ魔力は、生と死の境界すら越えた狂気を帯びていた。
「はい、<狂魔気>ですから……ひょっとして」
アドリアンヌの指摘に数人が頷いた。
魔刃から零れ落ちる闇の魔力は、古代の呪いのように地面を這いずり回る。
アドリアンヌの背後から、キュベラスたちが寄ってきた。
そのキュベラスが、
「シュウヤ様、そいつらは、たぶん、死魔剣教団か。狂気の王シャキダオスの眷族か、信奉する魔族集団でしょう。セラでは、異端とされますが、魔界では魔傭兵としての名はそれなりに響いている」
「あぁ、あの死狂の剣師と剣士たち……ですわね」
アドリアンヌの言葉にキュベラスは頷いた。
そのキュベラスの表情には、忌まわしい記憶を想起させられたような影が差している。
「……死者の魂を束ねて作られた魔剣を操る者、私の配下にも、かつて数名がいましたが、皆、正気を失って……」
キュベラスはそう発言すると、宙空に浮いていた魔剣師たちが、一斉に光魔魔沸骸骨騎王のゼメタスとアドモスたちに斬り掛かっていく。
続きは、明日、HJノベルス様から「槍使いと、黒猫。1巻~20巻」発売中。
コミック版発売中。




