百七十一話 選ばれし眷属たち
2021/02/24 19:04 修正。
夜半過ぎ、レベッカと共に荷物を載せた辻馬車が屋敷に到着。
大門は開放。通りに幾つか篝火を焚かせて明るくしておいた。
「この机を運んでちょうだい。あ、そこのティーポットはわたしが運ぶから、植木を運んでくれる? わたしはアイテムボックスに入れたのを出して置いてくるから頼むわね~」
レベッカは使用人たちの主人にでもなったかのように指示を出している。
馬車から大量に荷物が出る。
彼女が選んだ部屋へと、大きな荷物の運搬作業が始まった。
続いて、エヴァの馬車が到着。
「――ただいま」
魔導車椅子ごと紫色の魔力が体を包んだ状態で、下へと降りてくる。
着地時に、その魔力で魔導車椅子の車輪に受ける衝撃を殺していた。
「……おかえり、少し遅くなったな」
「ん、リリィが泣いてしまった……」
エヴァは顔に翳りを見せる。
やはり……。
「それで、どうなったんだ?」
「ディーが、〝リリィには食事調達をしている冒険者仲間がいる。我儘は駄目だ、これはお嬢様の旅立ちでもあるのだぞ?〟と、強い口調で説得してくれた。リリィはまだグズっていたけど、お店の維持に必要だからと、わたしと永遠に離れるわけじゃない。と、彼女を抱きしめて優しく説明を繰り返したら、了承してくれた」
一応、説得は成功したようだ。
でもリリィは俺のことで怒っているかもなぁ。
「……店に支障がなければ、リリィもディーさんもこの家に来てもらっても構わないけどね」
「ん、嬉しい……でも、店は動かせないから、リリィもリリィで、色々と向こうに繋がりがある。ディーも向こうで頑張る」
「そっか。分かった。それと、もうレベッカの積み込み作業は始まっているぞ」
「……わたしはそんなに荷物はない。金属のほうが多い。アイテムボックスに入っているのも金属ばかり」
両腕を上げてアイテムボックスの箱を見せるエヴァ。
「エヴァは鋼魔士だったけ、金属が扱えるなら、中庭にある鍛冶道具とか使う?」
「ううん、必要ないの。鉱石と骨足があれば精錬できちゃうから」
なるほど、エヴァが迷宮鉱山で骨足を使っていた光景が、目に浮かぶ。
「――あ、エヴァも来たのね」
レベッカだ。部屋に荷物を置き終えたらしい。
本館の玄関テラスの下にある小さい階段を下りながら、駆け足で近付いてくる。
「荷物の整理は終えたのか?」
「ううん、家具の配置はある程度終えたけど、服とかお茶っ葉の整理が残っているわ……でも、エヴァの荷物は随分と少ないわね……」
レベッカはエヴァの馬車から降ろされている少ない家具と荷物を指摘していた。
「ん、レベッカのは服が多すぎ……」
「え、そ、そうかなぁ? ……シュウヤ、別に大丈夫よね?」
レベッカは視線を泳がせてから、相槌を求めるように、俺に話を振ってくる。
「自分の部屋内だけに納めてくれれば文句は言わないさ」
「ほ、ほら~、エヴァのは少なすぎるのよ。この間儲けたお金で、また新しい服を買うんだからっ」
まだ、増やすのか。
「……シュウヤ、覚悟しといたほうがいいかも」
「えっ、なんの覚悟?」
「ん、洋服の山に埋もれて動けなくなるレベッカ……」
「う、多少は散らかってしまうかもしれないけど……」
今、許しを乞うように、一瞬、チラッと俺を見た。
「レベッカ、ほどほどにな?」
「う、うん」
こうして、レベッカとエヴァはアイテムボックスに荷物を入れたり、手に持ったりと、自分なりのペースで荷物を運び入れていく。
俺とヴィーネも彼女たちの作業を手伝った。
すると、開かれていた大門から、見知らぬ人たちが現れる。
体格が大きくて、一際、存在感があった……。
そんな彼らが、俺に近寄ってくる。
少し、緊張した。
「……どうも、わたしはレーヴェ・クゼガイル。貴方が裏社会で有名な〝魔槍使い〟と呼ばれている、ここの屋敷をお買いになられた方ですかな?」
大柄の猫獣人。
目が三つあるのは、この種族特有だろう。
声質がダンディだ。
背中の肩口から剣柄を覗かせている。
腰にも紐で結ばれた剣と短剣を差していた。
どれもマジックアイテムだ。
着ているのは黒と灰色のフロックコート系の防護服。
鎧でもある服と言えるか。
皮膚の毛も灰色系。
魔闘術の操作も自然体。
行雲流水の如く……。
何気ない歩きだが、独特な歩法の流れがあった。
こりゃ、確実に凄腕。
猫獣人に視線を集中させていると、
「……わたしは、向かいに住む、トマス・イワノヴィッチという者です」
トマスと名乗ったのは人族の男。
この方も大柄だ。黒褐色。
スキンヘッドの頭には魔力を漂わせる熊の入れ墨が刻まれていた。
深い眼窩を持ち鋭い眼光の持ち主で、ワイルドな顎鬚を生やしている。
ツーハンデッドソード系の立派な柄が肩口から覗く。
胸の幅が厚く筋骨隆々。
たくましさをアピールするかのように心臓を隠す鋼の鎧を着ている。
六つ以上に割れた腹筋は、何重とグーパンチを喰らっても、余裕で耐えそうな筋肉に見えた。
彼もまた魔闘術による体内強化がスムーズ。
凄腕の武芸者だろう。
さすがは武術街に住む強者たち。
彼らの立ち姿から近寄り難い雰囲気を感じさせた。
「……えぇ、はい。その槍使いで間違いないですね。最近、引っ越してきたシュウヤ・カガリと言います。お二人とも、先日は留守の間に屋敷にご訪問して頂いたとか」
「そうです。武術街互助会に入って頂こうかと思いまして」
トマス氏は見た目のゴツさからは、かけ離れた柔らかい口調で語る。
「わたしは、昔の知り合いの屋敷を買った、魔槍使いと話をしたく……その実力を見たくてね」
獣人レーヴェ氏は何処となく厳しい口調だ。
前に住んでいた人物か、特に俺には関係ないような気がするが。
「その、武術街互助会とは何なのです?」
「薬の売人、泥棒、闇社会の手合いの者たちから、我々の街を互いに協力して守るということです……勿論、魔槍使いシュウヤさん。貴方が、闇ギルドに関わっている噂を聞いたうえでのお話となります」
しかし、俺はその闇ギルド【月の残骸】の総長なんだけど。
勿論、そんなことは彼には言えないので、笑顔を浮かべながら聞いていた。
「街を守るのはいいですね」
「はい、そして、我々は力を持った闘技者でもあり、金には困っていないのでこの街に住まう貧しい人々へ援助を行っているんですよ。互助会はそれが主な活動となります」
トマス・イワノヴィッチ氏は優しく語った。
彼が話す、力を持った闘技者……イメージ的にあのコロッセオのような闘技場で戦う人たちのことか。
「……貧しい人々に援助ですか。素晴らしい考えですね。互助会なら入ってもいいですが、俺は冒険者なので、この街にはいないことが多いと思われますが、それでもいいのでしょうか」
「冒険者が、この屋敷を……」
猫獣人のレーヴェ氏は三つの眼球を目まぐるしく動かして、そんなことを呟く。
「それは構わないです。別段書類とか規則があるわけじゃないので、月に数回、わたしの屋敷で門弟たちと共に、貧しい人々へ施しをやっているだけなので、その際に、色々とご協力頂ければ……と考えています」
なるほど……闘技者であり慈善家か。教会の司祭みたいな人だな……。
ワイルドだし、好感度あがるね、イワノヴィッチ氏。
「……分かりました。もし、日にちが合えば協力致しましょう」
「はい。よかったです。では、わたしはこれで……」
スキンヘッドのトマス・イワノヴィッチ氏は、隣にいるレーヴェ氏へ軽く頭を下げる。
そして、背中の両手剣を見せびらかすように踵を返し大門へ歩き去っていく。
イワノヴィッチ氏とレーヴェ氏は、別段、仲が良いわけではないようだ。
帰る姿のスキンヘッドを見ていると、レーヴェ氏が口を動かす。
「シュウヤさん、冒険者とお話をされていましたが……この街に住まわれるからには闘技大会に出場、あるいは武術街の戦武会議トーナメント、または、武術連盟に加入、神王位の地位を狙っているのですかな?」
この猫獣人レーヴェ氏は、また意味不明なことを語る。
そこで、ヴィーネが荷物運びの手伝いを止めて、俺の傍に歩いてきたので、助けを求めるように彼女へ視線を向けた。
「――失礼します、ご主人様は冒険者です。闘技大会には出場したこともありませんし、戦武会議にも、武術連盟にも加入していません。そして、神王位なぞ、なくても、この地上に住まう最強、唯一無二の魔槍使いであり、皆が平伏すべき存在でもあります……」
ヴィーネは言葉の途中から熱を帯びた視線で俺を見つめながら口調を荒らげて語っていた……血を分けてから一層と俺に対する思いがヤヴァクなってきているような気がする。
血は水よりも濃いか。
「かっかっかっか――、これは手厳しい」
「すみません、レーヴェさん。彼女は俺の<筆頭従者長>、名はヴィーネです」
ヴィーネは俺が紹介すると、「レーヴェ……?」と短く呟きながら、長い銀髪を横に垂らして、丁寧にお辞儀をする。
「そして、彼女が話した通り、闘技やら何やらは知りません……ですが、異名通り、槍には自信がありますがね」
うっすらと口角を上げて、独特の笑みを浮かべながら語った。
レーヴェも俺の笑みに答えるように、頬を吊り上げながら口を動かす。
「……槍使いと、黒猫。または、魔槍使い、紫の死神、股間潰しの槍使い、槍使いと守護獣使い。とも聞き及んでいますよ」
なんだそりゃ、初めて聞く渾名だな。
「はは、そんな噂の名前もあるんですね」
「……噂通りの実力か、試したいですな……」
レーヴェは三つの目を鋭くさせて、魔力を目に集中させている。
俺の魔力を観察してきた。
「ご主人様、わたしが相手をしましょうか?」
ヴィーネは弓は使わず、居合いの技でも使うかのように腰に差す黒鱗の刀剣鞘、鯉口辺りに細い指先を当てながら、一歩前に出る。
黒蛇の刀剣をすぐに抜きそうだ。
「ふっ、神王位第三位のわたしを馬鹿にした、珍しき種族の女か。果たして……わたしの相手が務まるかな?」
レーヴェも剣呑なる雰囲気で語る。
指を肩口から出た柄頭へと伸ばし、下腕の指先は腰の剣の柄に触れていた。
左下腕だけが異常に太い。
他の腕もそれなりに太いが、下腕の左腕一本だけ太いのは何故だろう。
「……待った、ヴィーネ。お前が戦う理由はない。そして、俺にも戦う理由はないのだが」
「はい、わかりました」
ヴィーネはその言葉を聞くと、素直に腰を引いて俺の斜め後ろへ戻る。
「……戦う理由か。強者なら、わたしの気持ちも分かると思っていたが」
この神王位三位と名乗る獣人さんは、戦闘狂気味か。
「……少しは分かる。だが、今の時間もそうだけど、この状況が見えないほど、馬鹿じゃあるまい?」
視線を回りに向け、使用人たちが荷物を運んでいる作業中の様子を見ていく。
「……確かに、忙しそうだ。それにもう夜……調子に乗り失礼した。また後日、お相手をしてもらいたい」
「後日ね、都合が合えばいいよ」
「了解した。では」
レーヴェは三つの目で一瞥してから、踵を返し、大門へ帰っていく。
「……あれが神王位第三位四剣レーヴェ・クゼガイルですか」
「ヴィーネは知っているのか?」
「はい、闘技大会において何回か優勝をさらっている四剣のレーヴェ。かなり有名です。武術街に住んでいると聞いていましたが、まさか本人だとは、最初は気付きませんでした」
「なるほど、闘技大会とは、近くにある大きい闘技場で行われていたりする?」
少し興味はあるな。
スパルタクスのようなカッコイイ剣闘士は見たいかも。
「はい。戦闘奴隷同士の闘技もあれば、戦武会議と言われるトーナメント戦、王国主催の天下一武道会、槍、剣、の神王位の三百位から上位までを巡る特別な個人戦が行われていたり、様々な戦い、武を競う場所でもあります」
神王位とは三百位まであるのか。
だが名前的に、天下一武道会のほうが気になる。
これはあれか、背中に亀マークの刺繍を入れた胴衣を作れということか?
でも、わざわざ出場はしたくないな。
見学、デートを兼ねた観客としてなら見に行ってもいいかも。
だが、邪神シテアトップとの約束に、他にもやることがあるし後回しだ。
「……そっか、今度、暇な時にでも、皆を連れて見学に行ってみる?」
「いいですね……しかし見学だけですか?」
ヴィーネは笑みを浮かべる。
銀色のフェイスガードと銀色の横髪を長耳の裏側に回していた。
長耳の少しだけ膨らんだ耳朶が可愛らしい。
が、そんなことは告げず、
「ヴィーネは、神王位がなくてもいいとか、語っていたが、俺に出場してほしいのか?」
「……はい。神王位はどうでもいいのですが、偉大な雄たるご主人様が圧倒的な強さで栄光を勝ち取る姿は見たいのです。きっと、精霊様も賛成してくださるでしょう」
彼女は真剣な眼差しだ。
「正直、俺も神王位には興味がないが、美人なヴィーネにそう言われたら、少しだけ出場することを考えるかな?」
「嬉しいですっ――あっ」
微笑むヴィーネの姿を見て、愛おしくなったので、また抱き寄せて視線を合わせる。
「……」
彼女は自然と目を瞑る。
かわいい。
そのまま小ぶりの紫色の唇を奪い、ディープキスを行う。
舌と舌を絡めて、吐息と唾液を交換、そして、ヴァンパイアらしく、互いに血を交換して飲みあった。
「あぁぁぁーーなにやってんのーーーー」
後ろからレベッカの悲鳴が聞こえる。
俺とヴィーネは微笑んでから、急ぎ離れた。
「ん、暗かったけど――今、キスしてたっ!」
レベッカの隣にいたエヴァも大声で話している。
「や、やぁ、おはよう」
「それはさっき言ってたでしょ! 重ねて誤魔化そうとしても無駄よ! それに今、夜だし、ボケてるつもりなの? まったく、こっちが荷物を置き終えて、大事な話があるっていうから身構えていたのにっ……ヴィーネと、ヴィーネと、口の、き、きっすをしているなんてっ!」
レベッカは綺麗な蒼目だが、眉間に皺が寄るように険しい顔色となっている。
「――ずるいっ、ん、まだ唇と唇を合わせるキスをしたことがないっ!」
エヴァも全身から紫魔力を漂わせて、車椅子が少し浮いている。
薄青い小さい薔薇模様のスカートが捲れて、金属足の上にある白い太ももが見えていた。
確実におこだ。
白い太ももに視線がいくが、怖い顔に注目してしまう。
いつもの、天使の顔ではなく、死神の怒り顔といえた……。
彼女たちが怒り、叱咤が飛んでくるのは仕方がないが、俺は態度を変えるつもりはない。
「……悪かった、とは……言わないぞ。俺は俺だ。これからもやりたいことはやる。レベッカとエヴァにも沢山、“口と口”のキスをしたいからな」
「えっ、口と口……したいから……」
「ん、ん……する」
その言葉に、二人の怒りゲージは一瞬で収まってくれたようで、顔色を赤くしながらも彼女たちは、ぶつぶつ、独り言を言っている。
「それじゃ二人とも、本館に戻ろう」
「……キス、あ、うん」
「ん」
ヴィーネを含めた彼女たちを連れて本館の玄関扉を潜り中に入っていく。
リビングの左端では相変わらず、常闇の水精霊ヘルメが瞑想中だった。
その近くで黒猫も丸くなって寝ている。
「あっ、閣下、お帰りなさいです。目に戻りますか?」
「いや、そのままでいいよ」
「畏まりました」
ヘルメはそう言うと、また水晶を抱くように瞑想を始める。
たゆたう煙のような水煙を全身から放出していた。
「にゃおん」
黒猫も俺の声に気付いたのか、顔をむくっと上げて、欠伸をした後、足もとに走り寄ってくる。
何回も頭を脛にこすりつけてから、レベッカの足にも擦りに向かい、最後にはエヴァの車椅子の膝の上に跳躍。
「あっ、エヴァのとこ行っちゃった」
つぶらな紅瞳をエヴァに向けて、片足をエヴァの胸にタッチしていた。
肉球でおっぱいにタッチとはやりおる。
肉球とおっぱい……。
この響きに、何か哲学を感じる。
おっぱい委員会の大統領たる俺には、何か、こう、感じ入るものがあった。
不思議な感覚だ。肉球とおっぱい……。
「ふふっ、ロロちゃん、可愛い~」
エヴァは黒猫の頭から背中、尻尾まで一気に撫でてあげていた。
黒猫は瞼を閉じて開いてのリラックスメッセージを送り、返事のゴロゴロ音を鳴らしている。
「ご主人様、お食事はどうしますか?」
おっぱいと肉球について思考を巡らせていたら、近くにいたメイド長イザベルが話しかけてきた。
そういえば、エヴァたちもまだ食事をしていないはず……。
「なぁ、話の前に軽く食べていくか?」
「ん、賛成」
「そうね、家に帰ったとき軽くつまんだけど、ちゃんとしたのは食べてない」
「わたしもお腹が空きました」
彼女たちも腹が減ったようだ。
「わかった、食べよう、イザベル、用意をお願い」
「はっ、畏まりました」
メイド長はすぐに控えていた使用人たちへ指示を出す。
彼女たちは慌ててキッチンルームに走ると、すぐに料理が盛られた皿を持ちリビングルームへ運び机の上へ配膳を行っていた。
香りの良いうがい茶碗が乗せられたサイドテーブルも、皆、各自の横につく。
「にゃお」
エヴァから離れて、サイドテーブルにじゃれつく黒猫さん。
使用人たちはそんな黒猫に微笑みながら、あっという間に前菜のスープ、野菜が豊富に入ってそうなグラタン料理とニシンの魚料理と思われる煮物、卵焼きが並べられていった。
「すごいわ。わたしたち、お話にでてくる貴族たちのようね」
使用人たちがてきぱきと食事を用意していく姿にレベッカが柏手を打ち、感心しながらそう話す。
確かに貴族の食卓もこんな感じなのだろうか。
小道具的な品物も増えてきているし、このサイドテーブルに置かれたうがい茶碗といい、机の中央には燭台が置かれ聖像と花飾りやら、リビングが華やかになっていた。
このメイドたちの仕事は素晴らしい。
「……ん、昔を思い出す……」
一方でエヴァは顔に翳りを見せた。
貴族の頃を思い出しているのだろうか。
「昔?」
「ん、忘れて、ほら、もう食事」
エヴァは取り繕って食事を勧める。
「うん、変なの」
レベッカはそんなエヴァの顔を見て少し笑うと、美味しそうな食事の方へ視線を向けていた。
「それじゃ、食べよう」
「ん」
「いただきまーす」
「はい」
エヴァ、レベッカ、ヴィーネはグラタン、パン、野菜を口へ運ぶ。
黒猫にも特別な焼き魚が用意されていた。
しかも専用の小さい机らしき物がセッティングされている。
「にゃんお~」
間の抜けた声だ。
満足しているらしい。
さて、俺もちゃんと食おう……。
まずは野菜から、オリーブオイル系のドレッシングが掛かっていて、香ばしくしゃきしゃきと新鮮だ。美味しい。
ニシン系の魚と思われる料理も、白身に下味がちゃんと染み野菜と合うので、あっという間に食べつくし骨だけになっていた。
「閣下、その食事はそんなに美味しいのでしょうか?」
瞑想していたヘルメが聞いてきた。
「あぁ、美味しかったよ。ヘルメもこの野菜を食べるか?」
「いえ……いいです」
彼女は少し興味を持ったみたいだが、食べなかった。
「精霊様、この食事美味しいのにっ、わたしは満足っ」
「わたしも」
「美味しかったです」
美味しかった食事後は口をすすぐ。
皆で談笑しながら黒猫弄りタイム。
あとで処女刃を使う予定。
メイド長イザベルに使用人たちが二階には上がらないように命令しといた。
洗面所で歯を磨いてから寝室へ向かう。
そして、厠にいったり、歯磨き、顔を洗ったり、忙しくしている彼女たちに、部屋へ集まってもらった。
レベッカはそわそわしながら部屋に入ってくる。
そんなレベッカを見上げている黒猫さんもいる。
彼女はシンプルな白い薄絹の寝間着だ。
レベッカの足には小さいフリルがつく。
黒猫も気に入ったようだ。
猫パンチを、そのレベッカの小さいフリルに猫パンチ。
エヴァの車椅子は変わらないが、薄紫色のネグリジェを着て登場。
彼女は寝台の端に車椅子を寄せる。
紫魔力を発した体を少し浮かせると、空中を漂う。
車椅子から離れて寝台の上に移動していた。
腰を寝台に落として静かに座った。
レベッカは黒猫を胸に抱いてエヴァの隣に座る。
彼女は黒猫の頭後ろにキスをしつつ両足を握る。
モミモミと肉球マッサージを行っていた。
くぅ……カワイイ……。
まったく、こっちは真面目に告白しようとしているんだが……。
あの肉球モミモミ会に俺も参加を……。
肉球審査委員長として実力を活かしたい。
ヘルメとヴィーネは俺の隣で秘書のように恭しく佇んでいる。
さて、肉球冗談はおいといて……。
血か、鏡か、どっちから話すか……。
やはり、血だな。
「……大事な話とは、血に関することだ」
「血?」
「ん、血……」
勇気を出す。
「まずは俺の種族名から話そう。気付いていると思うが、俺は普通の人族ではない。光魔ルシヴァルという新種だ。血を好む、魔族ヴァンパイア系の化け物でもある……」
「閣下は最高なる種、至高なる恩方……」
「ご主人様は化け物ではございません。わたしの愛しき偉大なる雄……」
隣にいたヘルメとヴィーネが片膝を床に突け、頭を下げていた。
「えっと……ヴァンパイア系で、人族じゃないのね」
「ん、新種。凄い……」
「ンン、にゃお」
二人とも、精霊ヘルメとヴィーネの行動に少し面食らっていたが、俺の告白には、さほど驚いていないようだ。
黒猫の行動については省略。
「驚かないのか?」
「ん、普通じゃないだろうと思ってた」
「うん」
「にゃあぁ」
黒猫がレベッカの手から離れた前足を使い、短く喋ったレベッカの胸あたりに肉球タッチを行っていた。
「ぁぅ、ロロちゃん、今は駄目……」
乳首あたりを突いたらしい、全くエロ雌猫め……。
レベッカはイヤラシイ、タッチをしてきた黒猫をベッドの下に降ろしてから、
「……わたしだって、異常と言えるハイエルフだし」
「ん、わたしも魔族の血か分からないけど生まれた時から異常な骨足を持つ。骨足で育った」
彼女たちはあっけらかんとしている。
くぅ、俺の苦悩はいったい……。
「そっか……」
「もう、そんなことで悩んでたの?」
「ん、シュウヤ可愛いとこある」
「ははは、そうね」
「うん、ふふっ」
隣同士で座るレベッカとエヴァは互いに頷いて明るく笑っていた。
「ご主人様、だから言ったでしょう。大丈夫ですと」
ヴィーネに軽く諭された。
「あぁ、そうだな」
「閣下の良いところでもあります」
ヘルメも満足そうに微笑む。
なら、もう一段階……踏み込む。
「それでだな、その血に関することなんだけど」
「わたしの血を飲みたいのね……」
「シュウヤならいい、血を飲んで」
レベッカとエヴァは真面目な表情だ。
自らの首を差し出すように斜めに顔を逸らして……。
綺麗な鎖骨を見せてきた。
俺は思わず、ヴィーネへ視線を向けた。
彼女は微笑をたたえた。
銀色の瞳で、俺の顔をまっすぐと見る。
ヴィーネは頷いた。
俺も頷いてから、
「まぁ血は飲みたいが、今、話をしているのは、実は逆なんだ。エヴァとレベッカ、俺の血を飲まないか?」
「えぇ? 血を飲む?」
「……血には興味ない」
そのタイミングで……。
落ち着いて<大真祖の宗系譜者>に関する話をした。
ヴィーネはもう既に<筆頭従者長>に成っていること。
エヴァとレベッカが、俺の血を受け継げば、新たな<筆頭従者長>か<従者長>になると。
今回は<筆頭従者長>にするつもりだとも
更に、種族も光魔ルシヴァルの系譜を受け継ぐ新種へ変わることを説明。
ヘルメとヴィーネも補足してくれた。
「光魔ルシヴァルの眷属となれば、皆、永遠なる家族となるのです。わたしは歓迎しますよ。閣下を支える貴重なる、選ばれし眷属たち……」
ヘルメの目は潤んでいる。
母親の気分なのだろうか?
続いて、胸元に手を当てたヴィーネが、
「性格は変わりません。昼間も歩けます。ご主人様に対する愛が深まり、愛しく思えることが増えて、偉大なる雄を深く感じることができるようになります。更に、至高の雄のご主人様と永遠に一緒に過ごすことができる……これに勝ることが、他にありますか?」
「ん、にゃおん、にゃ~」
黒猫が『そうだにゃ~』とでも言うように、ヴィーネの足へ尻尾を絡ませながら鳴いていた。
レベッカとエヴァは大きく頷いた。
納得した様子を見せる。
「……分かった。〝先に〟ヴィーネが<筆頭従者長>に成ったことが気に食わない。けど……わたしも一緒にいたいし……シュウヤが好きなのっ」
「ん、わたしもシュウヤが大好きっ、眷属になる! 光魔の血を受け継いで強くなって、シュウヤに抱きしめてほしい」
二人からの改めての告白だ。
嬉しくて、自然と――、
「――俺も二人が好きだ」
「「――シュウヤッ」」
膝を折って、寝台に座る二人を抱きしめた。
心と体が二人の肉体を通して、繋がったような心地よさを感じた。
「にゃお~ん」
黒猫も俺たちに体を擦りつけてくる。
相棒も血の気配と雰囲気から感じ取ったようだ。
二人の温もりを感じてから離れた。
「それじゃ、二人とも俺の血を飲んでもらうとして……」
ヘルメとヴィーネを見る。
「閣下、外に出ています」
「おう」
ヘルメは部屋から離れてリビングへ向かう。
「ご主人様、わたしも外に、さぁロロ様いきますよ――」
ヴィーネも黒猫を抱くと部屋の外に出た。
エヴァとレベッカを見据えた。
「ん、きて」
「……いいわ」
二人は覚悟を決めたような表情だ。準備はできている。
「これからルシヴァルの血をレベッカとエヴァに分け与える。同時に俺の永遠の恋人になる。愛する家族になるんだ。永遠の眷属になるんだ、エヴァとレベッカ!」
「ん」
「うん!」
二人は頷く。
暫しの間のあと<大真祖の宗系譜者>を発動させた。
刹那、視界が闇に染まる。
前回と同じく闇の世界が目の前の二人を包んだ。
同時に俺の体の魔力と血が沸騰する勢いで暴れ狂った。
血が――ぐおぉぉっ、やべぇ、二人分だから……。
体中が痛い、心も痛い……。
血、血、血、血、血と――。
光魔ルシヴァルの血という血が俺の体から跳ね上がって脈という脈を突き破っている……。
――血の躍動が激しい。
魔力消費も大きい……ぐおおおおっ――。
ガシッと歯と歯を噛む。
歯軋り音がするぐらい歯が削れる。
歯をぶつけ合わせて、食いしばった。
痛いし、苦しい。
動悸が激しいどころじゃねぇ……。
ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッと、心臓が銅鑼を叩くリズムで蠢く。
心肺が裂け、劈く、といった感覚を味わった瞬間――。
熱い血潮の竜巻が俺の全身から四方八方へ飛び出していた。
特別なジュースの血。
前と同じく、闇の世界の中が血に染まる。
彼女たちを<筆頭従者長>へするべく、意識を強めた。
レベッカとエヴァへ俺の力を分けていく。
二人の足下が血に染まる。
俺の血が二人の体を這い上がった。
そんな状況でも、俺のことを二人は信頼するように一心に見てくれていた。
血の子宮のように特別なジュースに包まれた二人は宙に浮かぶ。
やがて、その血は、大きな樹に変わった。
ルシヴァルの紋章樹か。
前回と同様に太い幹の表面には、十個の大きな円が刻まれた。
無数に伸びた枝の表面にも、二十五個の小さい円が刻まれている。
大きな円の一つにはヴィーネの古代文字が刻まれてある。
それらの大きな円と小さい円を刻むルシヴァルの紋章樹が、エヴァとレベッカと重なった瞬間――眩い光の筋が彼女たちの胸から全身へと行き渡る。
体から眩しい光の粒子と血の粒子が宙へと弧を描くように放たれた。
血と光は、渦をなす。
それは、陽と陰のマークか。
血は陽と陰を意味するように、銀河的な渦となって、混ざり合う。
血と光は凄まじい速度で螺旋しながら二人の体の中へと取り込まれた。
エヴァとレベッカは切なく苦しげだ。
好きな女たちのこの顔はあまり見たくない。
<大真祖の宗系譜者>としての力と知っているが……目を逸らしたくなる。
しかし、この目でしかと見届けなければならない、制約の一つ。
二人とルシヴァルの紋章樹が重なった。
同時にルシヴァルの紋章樹の幹に印された大きな円の一つにエヴァの名前が刻まれた。
もう一つの大きな円の中にも、レベッカの名前が古代文字で刻まれた。
――選ばれし眷属たち。
――<筆頭従者長>の誕生だ。
彼女たちは闇の空間に倒れた。闇の空間は除々に消える。
血の受け継ぎが無事に終了したと安堵した。
だが、急に、視界が――。
HJノベルス様「槍使いと、黒猫。」11巻が2020年6月22日に発売予定。
コミックファイア様から「槍使いと、黒猫。」2巻が2020年6月27日に発売予定。
最新刊、13巻発売中。




