千七百十八話 拈華微笑
メリディア様の言葉が虚空に響き渡るや否や、光と闇の柱から放たれる魔力が研究所の心臓のように脈動を始めると、魔法陣が至るところに出現し、魔法の波が発生。
魔法の波は、俺の闇の獄骨騎が共鳴すると、微風が起きる。
同時に、紅玉色の魔力が織りなす光条が螺旋が発生した。
その微風は、<砂漠風皇ゴルディクス・イーフォスの縁>を通して感じ取れる風で、神秘的な調べを帯びていた。意志を持つかのように周りを舞い、その存在を主張していく。
相棒も、風が目に見えるかのように、その神聖な気流に導かれるように体が自然と浮き上がっていく。宙空に黒猫が浮いて歩く姿が可愛い。
メリディア様は、
「皆様、<不可視の術式>を開始します。改めて構築を最初に行うので、シュウヤ様とメンノアはその場で構いません。アドゥムブラリとベキアは――光の柱の前に、ルビアは闇の柱の前に――」
アドゥムブラリとベキアは互いの顔を見合わせ、小さく頷き合った。
その仕草には幼馴染みならではの深い信頼が滲んでいた。ルビアも黙って闇の柱に近づく。
その歩みには、アムシャビス族の血を引く者としての誇りと覚悟が感じられた。
すると、ナイアが、
「風属性の魔力に時空属性の魔力もあるような……あ、魔法陣には風の器を意味する物がありますが、これはメリディア様、わたしも協力が可能?」
「ふふ、その通り、ナイア、他の精霊たちにクナさんも、協力してくれて結構ですよ。それだけ、<不可視の術式>や、<座標転移>の魔法力が溜まります」
「はい!」
「ふふ、では――」
「では、協力しましょう」
「「「はい」」」
風の精霊ナイアとクナと常闇の水精霊ヘルメと闇雷精霊グィヴァと古の水霊ミラシャンと水精霊マモルルと地精霊バフーンが一斉に、魔力を宙空に発生している魔法陣に送る。魔法陣と魔線で繋がっていたクリスタル状の幻影がエネルギーを徐々に得ているように美しく煌めいていく。
その時、闇の獄骨騎が精霊たちの魔力に呼応するように震える。この反応は通常の魔力への共鳴とは異質だった。
太古の記憶が呼び覚まされたかのような、より深い次元での反応を感じる。
元天魔帝だから当たり前だが、メリディア様の魔法力の高さが分かる。というか、俺はとんでもない方を蘇らせたのか。
助ける一心での行動だったが、少し怖くなってきた。
一部の無数の魔法陣は重なり合い積層型の魔法陣と成っては天井に衝突し、火花を散らして消える。
上下に微風と煌めきが発生。
煌めきは、夜空の星々が地上に降り立ったかのように幻想的だった。厳かな雰囲気が強まる。
「皆、魔力は放出するだけで大丈夫です。そのまま研究所に体を預ける、否、私に預ける気持ちのまま体を楽にして……そう、そのまま魔力を……ふふ……」
メリディア様の声が優しい。
「「「はい」」」
皆の掛け声と共にメリディア様の両手から紡ぎ出された魔力の糸が、紅玉色の光を放ちながら空間に広がった。
魔力の糸は光と闇の二つの柱とも繋がり絡み付くと、その光と闇の柱は、更に、強い光を発した。
メリディア様の胸元も目映く光る。
「ふふ、イイ感じです。このままイキましょう!」
メリディア様の背から迸る魔力は、かつての『黒紅翼王位』の威光を思わせる荘厳な翼となって空間を支配していく。漆黒と紅蓮が交錯する魔力の羽は、一枚一枚が古の血脈を宿した生命体のように脈動しながら、研究所の大気を神聖な光で満たしていった。
その姿は天魔帝としての威厳と優美さの究極的な具現であった。
キルリアン写真のリヒテンベルグの放電像に似ているか。
メリディア様は、「アァ……ン」と背筋を伸ばす仕種を取り色っぽい声を発して、
「……懐かしい感覚です。『黒紅翼王位』など、光を有した無数の翼は失いましたが……ふふ、これもシュウヤ様の強い雄の<光闇の奔流>と<血魔力>の膨大な魔力に内包された、古の漆黒と紅蓮の炎、骨の王、骨沸魔神グルガンヌの魔力のお陰です……」
と語る。メリディア様は俺に頭を下げてきた。
メリディア様はかすかに頷き微笑。
ドクンと、胸の奥、魂が揺れたような氣が……体内を巡る血魔力が呼応するように脈動する。
自然と<沸ノ根源グルガンヌ>が発動。闇の獄骨騎が揺れる。
闇の獄骨騎の振動が俺の魂を突き動かし、肉体そのものが古の血脈を呼び覚ましたかのような熱を帯びていく。
体と、その闇の獄骨騎から<血魔力>を有した漆黒と紅蓮の炎が少しだけ放出された。
魔沸骸骨騎王グルガンヌの力が内から目覚めていく感がある。
体の奥深くから沸き立つ血の熱は、魔力の道筋を赤く染め上げ、神座の力までもが共鳴を始め古の血脈と新たな力が交錯していく。
メリディア様の仕草には、この変化を感じ取っているような微かな笑みが浮かんでいた。
闇の獄骨騎が、天魔帝の威光を認めるかのように、より強く共鳴を始める。その振動は俺の魔力経路にも伝わり、体内の魔力の流れが自然と『黒紅翼王位』の律動に同調していく。
そのメリディア様の微笑と神秘的な仕種から――。
俺が取り込めた魔沸骸骨騎王グルガンヌと古代骨沸魔神グルガンヌと、メリディア様が遠感を行ったと、かすかに理解できた、まさに、拈華微笑か。
そのメリディア様は両腕を拡げた。
金色の髪が天空の光輪のように背上に舞い上がると、天井付近に瞬く無数のクリスタルの幻影が綺羅星の如くの煌めきを放つ。そのまま固有の律動を古の宝玉のように輝き示しながら広がり、一気に研究所の隅々にまで光を行き渡っていく。
そのクリスタルの織りなす光の交響曲は、古代アムシャビス族の至高の魔術を具現化したかのような壮麗さを見せていた。
床と壁と柱と古代の魔法陣が一斉に活性化。
「おっ」
「わっ」
「綺麗~」
「はい――」
アドゥムブラリたちが少し浮遊。
エトアたちもスキップ。
メリディア様の胸に嵌まる紅玉から放たれてくる光のグラデーションが非常に美しい。
同時に半透明な衣服の表面に紅の魔力が内からマンデルブロー集合を起こしているように滲み現れていく。それが、また非常に美しかった。
衣服の生地が和服を連想させる部分があるだけに余計綺麗に見えた。血の<血魔力>も溢れ出ていく。
そのメリディア様と光と闇の柱からは、目映い輝きを有した魔力と微風が放たれて続けていた。
「……美しい、メリディア様も<血魔力>を扱うのですね。そして、周囲のクリスタルの幻影が、ブラッドクリスタルにも見えます」
「うん、美しい。光神や戦神の女神に見えます」
メイラとエラリエースの言葉に頷いた。
すると、研究所内の床から魔法の文字が浮かぶ。
床に刻まれていた文字か。
一部の文字は、紅色の翼の模様に変化をした。
他の文字は、クリスタルの幻影の中に吸い込まれ、紅の閃光となって消えていくのもあった。
他の一部の魔法の文字は、文字と文字が融合し閃光を発しながら微風に変化している。
紅色の翼に変化をしない魔法の文字は、そのまま文字として微風に乗って揺らぎつつ研究所内を行き交っていく。
音符が刻まれた楽譜が宙を泳ぐようにも見えてくる。
やがて、揺蜃気楼的な温度の差による大気の揺れのような物も感じた。大気の揺れ、空間の揺れか……研究所そのものが呼吸を始めたような錯覚すら覚えた。
先程のハルモデラの次元軸の宇宙魔力を利用しているのだろうか。
<闇透纏視>で魔力の流れは追えるが……分析はできない。
俺も<古代魔法>に<召喚魔法>と<精霊使役>があるが、メリディア様を中心に行われている、この<紅光魔法>と目される大規模魔法は高度すぎる。
「また揺れました。不思議ですね」
「あぁ、まだ、不可視の術式の途中か……」
ハンカイの言葉に皆が頷く、皆の顔色は様々だ。
ハープネスも少し怯えながらも厳しい表情を浮かべている。
陽気な印象だったが、あの顔色を見るに、やはり、魔界騎士だな。そして、槍勝負がしたくなるほどの槍使いだから、戦ってみたいと思ってしまう。
「そろそろです」
メリディア様が発言。
途端に、アドゥムブラリとベキアが光の柱の前で手を取り合うと、その周囲に純白の光の渦が巻き起こる。
闇の柱の前に立つルビアの周りには、漆黒の闇が静かに立ち昇っていく。
「シュウヤ様、神座:神眷の寵児の意識をして、周囲の魔法陣、どこで良いので、魔力を送ってください。私に下さっても良いです。メンノアも三つ目から魔力を放出を、強めに」
「了解した――」
メリディア様の指示に従い、神座の力を意識し、魔法陣に普通の魔力と<血魔力>を送り、
「分かりました」
<魔闘術の仙極>と<滔天仙正理大綱>に<滔天魔経>と<血道・魔脈>などを連続的に発動させ、俺の体の内を巡る魔脈を強めていく。先程から使用している<経脈自在>を活かしつつ、人族とは異なる光魔ルシヴァルの正経、魔脈、経脈を活性化させてから、メリディア様へと強い<血魔力>を魔力を送る。
メリディア様の体がブルッと震えて、「ぁん」と感じた声が響いた。
「ちょっ、シュウヤ、えっちな魔力と氣をおくりすぎ」
「はい、ご主人様は冷静に」
「ん、えっちんぐ魔力で大事な儀式を邪魔しちゃだめ」
「マスターは真面目でエロだから氣をつけないと」
「ふふ」
「シュウヤ様、その魔力を私にも……」
「はは、普通に送っているだけだってのに、そりゃないだろ」
「「「はは」」」
皆、冗談を言い合いながらも、表情は真面目だ。
体内を巡る魔力が一気に高まり、古代の魔法陣との共鳴を感じ取れた。
メンノアの三つ目からも深い紫の光が放たれ、その光は空間に溶け込むように広がっていく。
メリディア様は、
「ふふ、シュウヤ様の神意力を受け取りました……大成功するはず。そして、この術式は、光と闇と紅玉の力を結び合わせ、この場所を異界の狭間へと隠すもの。アムシャビス族の遺した最後の秘術とも言えましょう、そろそろ終了です!」
メリディア様の口から紡ぎ出される言葉には、天魔帝としての威厳と共に、深い感傷が滲んでいた。その声に導かれるように、光と闇の二つの柱から放たれる力が交差し始める。
純白の光と漆黒の闇が織りなす模様は、まるで巨大な万華鏡のように、絶え間なく形を変えながら空間を彩っていく。その中心で輝く紅玉の光が、研究所全体を包み込むように広がっていった。
『「<異界の狭間>へと……この場所を隠す……!」』
メリディア様の詠唱が高らかに響き渡る。
同時に【メリアディの命魔逆塔】の外の様子を映す魔法の枠がいたるところに出現した。
それは俺の<闇透纏視>で見える魔力の流れとは異質な、より深い次元からの視界だった。
メリディア様の三眼から放たれる空間の歪みは、太古の魔法文明の扉が開かれたかのように、次元の境界そのものを震わせながら拡がっていく。
その歪みは、現世と異界の狭間を溶解させていくかのような荘厳な威力を帯びていた。
やがて、その歪みは虚空を貫く渦となって研究所全体を包み込み、現実の裏側へと浸透していく。
時空の深淵そのものが降り立ったかのような圧倒的な存在感を示しながら、異界への道筋を紡ぎ出していった。
おぉ――。
現実の裏側に新たな層を作り出すかのような感覚――。
光と闇が交錯する境界線上に、紅玉の力が浸透していく。
と、何かに包まれるような感覚を受けた。闇の獄骨騎も、この術式の深さを感じ取ったかのように静かに震えている。その振動は次第に強まり、全身を巡る血魔力の流れと完全に同調していく。
神座の力も目覚めたように脈動し、体内の魔力経路という魔力経路が全て活性化。
光魔ルシヴァルの正経と魔脈が古代の術式に呼応するように輝きを放つ。
アドゥムブラリとベキアの放つ光の力、ルビアの操る闇の力、そしてメンノアの三つ目から放たれる魔力が、完璧な調和を見せながら融合していく。
凄い、この<不可視の術式>はアムシャビス族の叡智の結晶の大魔法だな――。
すべての力が交わり、溶け合い、調和していく感覚。
これが天魔帝の術式、アムシャビス族の至高魔術か――。
視界は元通り。
魔法の枠に映る【メリアディの命魔逆塔】が消えていた。
すぐに、
『メル、俺たちがいた【メリアディの命魔逆塔】はどうなった』
『え、あ、はい、消えてますが、総長たち、今はそこなんですよね』
『おう、メリディア様に不可視の魔法を使ってもらった』
『そうでしたか』
『宗主!? 【メリアディの命魔逆塔】が消えましたよ!』
『『シュウヤ様、【メリアディの命魔逆塔】が消えました!』』
『『『ご主人様、大丈夫なのですか』』』
ルマルディにキッカとビュシエにフーたちから続けて血文字が入る。皆に、『おう、大丈夫だ。俺の<無影歩>を【メリアディの命魔逆塔】が使ったと考えてくれ』と血文字で送りながら、
「メリディア様、<不可視の術式>の解除はすぐに可能なのですか、また、すぐに再発動などは可能なのでしょうか」
「すぐに解除可能。インターバルはありません。最初のみ、皆様の魔力で今は十分です。そうですね……数では言えば……」
と、メリディア様は光と闇の柱と近くの魔機械に浮かぶ魔力のメーターを見て、指先を紅玉のドラゴン像をモチーフとした魔機械を見て、数回頷いてから、
「ふふ、この紅皇魔竜ドスバラガンの〝紅翼結晶〟数ですし……この〝光紋機関〟も絶好調……」
と呟く。そして、
「後、数万回は消えたり現したりできますわね。ふふ、連続使用による巨大な『翼紋照明』として、〝翼紋絵画〟の芸術を数千年に亘り、街中に展開できますし、〝光紋覚醒祭〟も派手に行えます、アムシャビス族の若手と民たちも大変に喜ぶほどですね」
「ふふ、はい、メリディア様、他にも魔命を司るメリアディ様の〝翼光奉献祭〟でも、活用できます」
「あぁ、そうでした、昔を思い出します、紅光のグレイハウラスたちの踊りに【カルタサーカス団】に【駈火舞楽魔団】や【旅芸人一座・稀人】などの演目はとても良かったことは覚えています」
「はい」
「昔のような繁栄は難しいとは思いますが、娘の下で、復興の努力をすれば、いずれは……」
「はい」
と、メリディア様とメンノアが語る。
【旅芸人一座・稀人】が氣になった。
セラのレフテンで、同じ名前の一座の劇を見た覚えがあるぞ……まさかな。
そのメリディア様は、
「次は、<座標転移>を行いますか?」
「少しお待ちを、皆に連絡してから、そして、その<座標転移>ですが、連続して行えて、また、この【魔命を司るメリアディの地】の同じ場所に戻って来られるのですか?」
「可能です。先程言いましたが、もう、魔力補填はいらないほど充盈していますわ」
「分かりました」
『皆、【メリアディの命魔逆塔】は転移も可能だから、少し転移して、また直ぐにここに戻ってくるから、古の魔甲大亀グルガンヌと骨鰐魔神ベマドーラーの守りを頼む。メルとベネットたちは光魔魔沸骸骨騎王のゼメタスとアドモスにも連絡を』
『はい』
『了解したさ』
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