千七百九話 死海騎士ヘーゼファンとの共闘宣言書
<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>が業火の炎を浴び輝きを放つ。
業火の炎は、憤怒のゼアの意思を持つように<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>を越え、こちらの廊下側の出入り口の四方を這うように、ぼうぼうと進んでくるとフラッシュオーバーが起きたように、パッと業火の炎が広がる。
出入り口の横幅は百メートルはあるが、そのすべてを飲み込みながら進出してきた。続いて、天井と横壁と床から、憤怒のゼアの眷族たちが、わらわらと生み出されていく。
「にゃご」
「相棒に皆、待った」
俄に衝撃波の<超能力精神>――。
「「「「「――ギャァァァ」」」」」
スライム状の憤怒のゼアの眷族たちを業火の炎の中へと吹き飛ばし、迫ってくる業火の炎も<超能力精神>で押し戻した。ゼロコンマ数秒遅れながら<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>を吹き飛ばさず、掴むことを念じていく。
<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>は<超能力精神>の影響を受け押し出されていたが、すぐに戻り――。
憤怒のゼアの眷族たちと衝突。塊は潰れ蒼い塵と化し、人型の上半身は折れ曲がり、一部は切断され蒼白い炎を発し消えていた。
業火の炎の中にいた<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>が手元に戻ってきた。
裏側から無数の魔線が迸り、俺の体と繋がって膨大な魔力を得ると胸のネックレス、メリディアの秘石が振動し揺れる。すぐそこがアムシャビス族の秘密研究所の地下層だからな。
そのまま<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>を出入り口に置く、
「……にゃご」
「大主様の紅蓮の炎ならば憤怒のゼアの炎を押し返し、ダメージを与えられるはずですぞ」
「にゃ~」
黒狼馬ロロディーヌは首下のラホームドを大きい桃色の舌で舐めていた。
「……おぉ……ぉぉぉ……」
その相棒はラホームドを舐めながら<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>の右横に移動して、ラホームドを舐めるのを止めると、右の壁沿いから憤怒のゼアのいる広間を見る、前に出ていない。
「ロロちゃん、今はシュウヤの<超能力精神>で憤怒のゼアの炎を押さえてくれている。炎の力は温存してね」
「にゃ」
ユイの言葉に返事をしつつ尻尾を上げて下ろし、ユイの体を撫でていく。
「あ、ふふ」
相棒の尻尾の毛が、ユイが持つイギル・ヴァイスナーの双剣に当たって切断される。
ユイはイギル・ヴァイスナーの双剣を一時的に消し、両手で、相棒の尻尾の毛を一つに纏めるように抱きついてから、モフモフを堪能後、素早く横回転し、ロロディーヌの左後方の太股の毛も右手で撫でながら前方の広間を見た。
メンノアは俺の左前で浮遊中、前には出てない。
広場からこちら側に転がってきた魔界騎士は下半身が消えているが、まだ生きていた。メンノアの少し先にいる。
すると、レベッカとエヴァとヴィーネと魔界騎士ハープネス・ウィドウたちが背後からやってきた。その背後からメイラとエラリエースとヘルメとグィヴァにヴェロニカとミスティの気配を感じ取る。
蒼い瞳を輝かせてたレベッカが、俺の奥、広場の先を見て目を見開きながら、
「ちょっ、シュウヤの先がすごいことに」
「ん、すごい威力の炎、もしかして秘密研究所の封印扉は憤怒のゼアに破られちゃった?」
「ご主人様、左の魔界騎士風は、まだ生きてますね」
エヴァとレベッカとヴィーネの言葉に頷いた。
ミスティも驚いていたが、すぐに、足下の床の素材を調べている。
そのミスティの髪を見ながら、
「どうだろうか、その可能性もある。魔界騎士は回復が早そうだが、状況的に味方になるかどうか」
「味方になると思うぜ、しかし、その憤怒のゼアの炎を防いでいるのは<仙魔術>系の魔法防御か?」
魔界騎士ハープネス・ウィドウの疑問に、
「魔法防御にもなる<超能力精神>だ。後少ししたら解除する。その後、憤怒のゼアへと突っ込む予定だ。その用意をしておいてもらうが、準備は完了か?」
「ほぉ、あ、おう、放浪の魔界騎士の名にかけて、了解だ」
魔界騎士ハープネス・ウィドウは笑顔を見せる。
右手に持つ魔槍を少し傾け、手放し、宙に浮かせたまま、右手で左手首の甲を触る。
甲はドラゴンを爪を連想させる作り。
右手で触ると、甲の鱗が成長したように拡がり、刃状の礫が無数に現れ左腕全体を覆うように展開されると、頷いて、魔槍を掴み直し、前方の出入り口ごと、<超能力精神>を越えてきそうな勢いの業火の炎を見やる。
そして、左の床に倒れている魔界騎士を見て、
「そこの魔界騎士だが、死海の紋章がある。やはり淫魔の王女ディペリルが色々と大声で喋っていたように死海騎士の一角で間違いないだろう」
「死海騎士か、その名は数名聞いたことがある」
ハープネスは頷き、
「あぁ、魔界では、そんじょそこらの諸侯より名が売れているからな」
と発言。倒れている魔界騎士らしき男を見る。
傍に漂う魔槍の柄からは暗青色の海の液体を思わせる魔力が勢いよく放出されていた。
その魔力の影響で魔界騎士風の男は暗青色に液体の膜に覆われていた。体は濡れているように見える。
ヘルメの《水幕》に洗浄を受けているような印象だ。
体の一部が蒸発したように消えていたが、両手と両足は生えて回復していた。
「シュウヤ、魔力を得続けているようだけど、一応<血魔力>を送っとく」
<筆頭従者長>のレベッカが俺の背に手を当てて、<血魔力>を伝搬させてくれた。
「ありがとう――消費も回復もしているが、若干消費感が強かった」
礼を言いながらレベッカの右手を掴む。
「うん、ふふ」
レベッカの細い手をギュッとしてから、離す。
ユイはイギル・ヴァイスナーの双剣の切っ先を倒れている魔界騎士に向け、
「シュウヤ、そこの死海騎士だけど、どうするの?」
「ん、ハープネスさんと同じく仲間にしよう!」
エヴァの前向きな意見にレベッカは頷く。ユイも頷いた。
エヴァは魔導車椅子に座りながらも前屈みになっている。
「閣下、ハープネスと同じようですが……」
魔命の勾玉メンノアは額の目を光らせつつ両手に薙刀系の短槍を召喚した。
古代の巫女を思わせる白と紫の装束に合う装備だ。
ヴィーネは翡翠の蛇弓を出入り口に向けながらも、
「暴虐の王ボシアドの配下が仲間になれば戦力になります。しかし、ハープネスもですが、信用はできません……」
「銀髪の姉ちゃんは手厳しい、まぁ一理あるか。だが、俺は地上で戦っていた連中とは違うぜ? 一環して憤怒のゼア側を倒し続けている、しかもだ、魔術王ゲーベルベットにも攻撃を受けている」
「それは分かっているから、今があることを知れ」
「おうおう、氣がつえぇなぁ、だが、多少の信は、得たと考えていいんだな」
「……信だと? うるさい、だいたい翡翠の蛇弓の反応からして、怪しいのだ」
とヴィーネの言葉に、ハープネスは俺を見ながら両手を拡げるジェチャーを取る。
無言を通したが、まだ、なんとも言えないからな。
ハープネスは『お前もかい』と言ったような陽気な顔付きとなって、ヴィーネが持つ翡翠の蛇弓をチラッと見てから、
「……魔毒の女神ミセアとは争った経験があるだけだ。放浪の魔界騎士の名にかけて、今はお前たちと敵対しないことを誓おう」
ヴィーネはハープネスを見てから、
「放浪の魔界騎士の名を侮辱するつもりはないが、ここでは、無意味。ただ仲間として戦うなら、ご主人様の戦いの邪魔はするな。それが徹底されていれば翡翠の蛇弓の光線が、お前に絡み付くことはないだろう」
冷然とすらすらと語る。
少し怖いが、ダークエルフ社会で過ごしたヴィーネの感情が出ている本音だ。
ハープネスは、すぐに地下の広場に広がっている業火の炎を見てから俺を見て、頷き、
「……了解、シュウヤは良い部下を持っている」
「おう、ヴィーネは最初の<筆頭従者長>だ」
自慢のヴィーネの想いで語るとヴィーネは途端に表情が変化し「ご主人様……」と熱い視線で俺を見てきた。
あまりの落差にハープネスは目が点となっている。
「……」
すると、背後からヘルメとエラリエースたちが現れた。
ミスティの魔導人形を跳び越えたヘルメとグィヴァに
「ちょうどいいところに来た、地下層の広場は業火の炎に呑まれているが、直に収まるはず。どちらにせよ、<超能力精神>での消費も中々だから、強引に中に押し入るつもりだ。そして、憤怒のゼアとの戦いの想定だが、ヘルメとグィヴァに俺の爪にいるミラシャンに、掌にいるシュレにも伝えておくが、相棒なみの紅蓮の炎と戦うつもりで挑んでもらう」
「「「はい」」」
『主、旧神バヨバヨを取り込んで、<鬼塊>などを得ている。我は成長している』
『おう、<鬼塊>はどんなスキルなんだ』
『旧神バヨバヨの異空世界の生命体の鬼塊、魔力や体力を吸収し、敵に向け突進後爆発する。また我らのエネルギー源として宙空に止まらせることも可能。憤怒のゼアの炎の魔力も吸収できるだろう』
『了解した、布石の一つに使えそうな能力だ』
『うむ、主と我の契約印、<シュレゴス・ロードの魔印>から直に<鬼塊>を生み出し、射出も可能だ』
※シュレゴス・ロードの魔印※ ※魔印を有した血肉者と法具体現者を条件にシュレゴス・ロードを呼び出せる※
『おぉ、それは良い!』
「閣下、その<超能力精神>の代わりに、《水幕》を前面に押し出しますか、それとも、左目に入りますか?」
ヘルメの言葉に少し迷いが出るが、エラリエースとメイラを見て、
「ヘルメとグィヴァはそのまま、憤怒のゼアの炎が怖いと思うが、皆の守りを頼む」
「分かりました。《水幕》の強度を高めることを意識し、<大氷壁圧>も使います」
「はい、<闇雷蓮極浄花>を使うか相殺狙いの<雷裳陣>を行いましょう」
「おう、頼む」
「……」
ハープネスは驚いてヘルメとグィヴァを見ている。
人型を保ち思考している精霊は、放浪の魔界騎士も驚くべき存在か。
『シュウヤ様、炎にならば<水晶魔術>にも相性が良いはず。飛び出して、<水晶大盾>の防御と<古の水霊波>も攻撃に使えます』
『了解した』
すると、メンノアの前にいる死海騎士が立ち上がった。
右手で浮かんでいた魔槍を掴むと体から暗青色の魔力を放出させる。そのまま怒りの形相を浮かべた。
目の色は黄色で、鼻が高く、彫りが深い。
ハープネスとは毛色が異なる眉目秀麗な男性だ。
顎の骨は左右には割れていないが、首の筋肉が太い。
その男は、憤怒のゼアがいる広間を見てから俺たちを見て、
「お前たちは?」
と聞いてきた。
黒狼馬ロロディーヌが、「にゃご」と挨拶。
「その紋様に鎧と魔槍からして死海騎士ヘーゼファン・ロズナルド殿ですな、我の名は、ラホームド」
と、相棒の首下にいる頭部だけのラホームドが名乗る。
相棒の触手骨剣が抜けたラホームドは、俺の後方の宙空に移動してきた。
死海騎士の男性は、
「俺の名を……」
と呟きながら、ラホームドから俺を見る。
「俺の名はシュウヤ、大きい黒い馬と狼のような姿の獣は、神獣ロロディーヌ。愛称はロロだ。近くにいるのはメンノア。右がユイ、ヴィーネ、エヴァ、レベッカ、ヘルメとグィヴァだ。背後で床に、今は天井か、その素材を調べているのがミスティ。そして、魔界騎士ハープネス・ウィドウも仲間となった」
「おう」
ハープネスが魔槍を上げる。
魔槍もかなりの魔力を内包しているから、相当な代物か。
ヘーゼファンは、
「放浪の魔界騎士が仲間か……俺は、そこの魔滅皇ラホームドらしき生きた頭部が言ったように、死海騎士ヘーゼファン・ロズナルドだ。そして、単刀直入に、お前たちも憤怒のゼアの討伐が目的なら協力して倒してもらおう」
「共闘は嬉しい申し出です。しかし、憤怒のゼアを倒したら?」
「それができたら俺は立ち去る……が……」
死海騎士ヘーゼファン・ロズナルドは語りながら、俺の右腕を見てきた。
戦闘型デバイスが氣になるか?
一方、ハープネスに視線が集まると、そのハープネスは、
「シュウヤ、憤怒のゼアを倒すことを前提に言うのもあれだが、秘密研究所の封印扉は、開けるんだろ?」
「無論だ」
「ならば、俺も中に入らせてもらうぜ?」
ハープネスの発言にヴィーネとユイが反応し、得物の先端をハープネスにさし向ける。
その二人に神槍ガンジスを上げて、
「ヴィーネとユイ、大丈夫だ」
「……」
「はい」
「綺麗な姉ちゃん方、疑いすぎるのもアレだぜ? 俺は共闘を宣言し、名に誓ったんだからな。それに褒美を一つか二つぐらい、もらっていいだろうのに」
ハープネスの発言に、
「「……」」
ユイとヴィーネは無言のまま俺を見た。
レベッカは人差し指を顎に当て、少し頷いている。
エヴァは素直に
「ん、いい、臨時でイノセントアームズの仲間に」
と発言。
「イノセントなんとかが分からんが、黒髪の別嬪ちゃんはいいねぇ、仲間だ、よろしく」
「ん」
エヴァとハープネスは頷き合う。
ヘルメとグィヴァとメンノアは沈黙。ミスティは氣にしてない。
ヘルメはヘーゼファンと、魔槍のほうが氣になるようだ。
相棒は、ヘーゼファンの匂いを嗅いでいたが、途中から、憤怒のゼアの業火の炎を防ぎ続けている<超能力精神>の内側に視線を向けていた。
ラホームドは俺から離れて、そんな相棒の傍に寄り頭部の上に乗っていた。
相棒の大きい耳の片方が降り、
「おぉぉ」
と、ラホームドを隠すような遊びを始めていた。
「これは大主様の秘策、ラホームド専用シールドですな! ふぉふぉふぉ」
陽気な声が響いて皆が笑っていた。
憤怒のゼアが目の前にいるってのに緊張と緩和がタマランな。
死海騎士ヘーゼファン・ロズナルドは、この空気になれていないのか、しばし呆気にとられたように、魔槍から手を離して、こちらを見ていた。
魔槍は暗青色の海のような魔力に覆われたまま浮いている。
そのヘーゼファンに、俺が持つ神話級アイテムの〝ボシアドの恩讐〟の名が付く暴虐の王ボシアドの祝福が隠った魔黒檀の金床を見せたらどんな反応となるか……。
ザガとボンが使えば、結構な品を生み出せるかも知れないが、ここで返すのはありか?
「ヘーゼファンさん、過去、魔界王子テーバロンテの部下を【バードイン迷宮】で倒したのですが、その中で――」
と、アイテムボックスから〝ボシアドの恩讐〟を取り出した。
その魔黒檀の金床をヘーゼファンの足下に置いた。
「おぉ!」
「これを入手し持ったままでした。折角ですから、貴方の主、暴虐の王ボシアド様にお返ししましょう」
「……見返りは?」
「今日の共闘に、これからの光魔ルシヴァル側とはなるべく争わない方向ができれば良いかと」
「分かった、共闘は絶対として、今日、生き残ることができたならば、光魔ルシヴァル側との会談の場を主に提案しよう」
「よかった。では、どうぞ受け取ってください」
「了解した――」
ヘーゼファンは〝ボシアドの恩讐〟を受け取る。
ハープネスは、
「驚きだが……」
「ハッ、放浪の魔界騎士、ご主人様は先を見据えているだけのこと。それに闇神アーディーンと同じく、槍神と呼べる存在が暴虐の王ボシアド様だ。ご主人様には深い考えがあるはず」
「……」
ハープネスは俺をマジマジと見てきた。
構わずヘーゼファンに、
「では、俺たち光魔ルシヴァルと死海騎士ヘーゼファンさんとの共闘は成ったと考えてよろしいか」
「勿論です! 心強い味方を得た! シュウヤ殿と皆様方、よろしくお願いしまする。そして、死海騎士ヘーゼファン・ロズナルドの名とこの死海魔槍レゼラフィにかけて、光魔ルシヴァルの味方をしようと誓う!」
ヘーゼファンは魔槍に魔力を込める。
暗青色の魔力が揺らめき、ヘーゼファンが取り出した魔法紋の証書に文字が刻まれる。
□■□■
共闘宣言書
余、死海騎士ヘーゼファン・ロズナルドは、
死海魔槍レゼラフィの加護と、
暴虐の王ボシアド様の名において誓約す。
光魔ルシヴァルの宗主シュウヤ殿と、
その眷族たちとの共闘を、
死海の深淵より立ち昇る誓いの言霊をもって約す。
憤怒のゼアの討伐を第一義とし、
その目的の完遂まで、背信行為なきことを、
我が魔槍の刃に誓う。
また、本戦の後、
暴虐の王ボシアド様との会談の機会を設けることを、
死海の古き契りにかけて約束する。
この誓約に違えし者あらば、
死海の深淵より呼び覚まされし魔力の波動が、
その身を永劫の闇へと沈めんことを。
死海騎士 ヘーゼファン・ロズナルド 血印
光魔ルシヴァル宗主 シュウヤ 血印
魔界暴虐ノ新暦 那由他永劫231253157年
紅玉環魔法陣輝きし日
メリアディの命魔逆塔の戦いにおいて
□■□■
「これが証拠となりましょう。もし、今日生き残れたら、暴虐の王ボシアド様との会談が現実になるよう動くと誓約したのでご安心を、また、主が過去の魔界王子テーバロンテの戦いで、失った品ですから喜ぶはずです。シュウヤ殿、その魔法紋に魔力を送ってください」
「分かりました」
魔力を送ると一枚の魔法紋の共闘宣言書が二枚に分裂し、俺とヘーゼファンに飛来した。
その魔法紋を掴む。血印のところに俺の光魔ルシヴァルの紋章樹を背景にした家紋のような印が刻まれていた。
「これで正式に契約の約定は成った」
魔法紋を仕舞うヘーゼファンの動作には複雑な感情が滲んでいたが、戦士としての誇りと覚悟が感じられた。俺たちは、敵にも成り得る相手と認識しているからだろうな。
「はい」
「ヘーゼファンは、主の命令で、ここに?」
「はい、どのような手段でも構わぬと。そして、倒した後も想定した命令を受けています」
「それは?」
「はい、暴虐の王ボシアド様が支配している天魔鏡の大墓場と真向かいの霊魔愚大火山などに他の炎を扱う魔神たちが憤怒のゼアと関連した火脈を巡り、集結しているので、すぐに向かわないといけないのです」
「そうでしたか。納得です」
すると、広間の業火の炎が急激に収まった。
「シュウヤ、誘導されているような氣がするけど乗り込む?」
ユイの言葉に頷いた。
「乗り込む。では<超能力精神>は一度消す。そして、<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>を直進させながら突っ込むとしようか」
「「はい」」
「ん」
「はい、準備はできている」
「にゃごぉぉ」
「後衛は任せて」
「「がんばります」」
エラリエースとメイラを見て、
「エラリエースとメイラさんは無理をせず、後衛を頼みます」
「はい」
「シュウヤ様を信じます」
すると、ハープネスは、
「了解したぜ、<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>は平たいが、角が角張った大きい盾だな、魔力も吸収可能な優秀な盾か」
その言葉に頷いた。
ヘーゼファンは瓶を囓るように中身の液体を飲み込む。
消耗していた様々なモノが回復していると分かる。
ヘルメは、まだヘーゼファンの得物の魔槍を観ていた。
魔槍から出ている魔力は暗青色の海のような液体の魔力だからな
常闇の水精霊ヘルメとしては氣になりまくりか。
すると、魔命の勾玉メンノアが、俺に、
「閣下、戦いの場となる秘密研究所の地下層ですが、まだ<翼紋結界>が生きているのなら、私に考えがあります」
そのメンノアの言葉にメリディア様の秘石が振動で応えた。
「了解した。戦いの場に入ったらメンノアの判断で、実行してくれていい」
「はい」
メンノアの三眼は煌めいている。
結構な秘策か。ヘルメにヴィーネたちを見て、
「では、ヴィーネ、ユイ、エヴァ、レベッカに、ヘルメにグィヴァに相棒、俺が最初に出るからな? では……行こうか、ついてこい――」
と、<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>を押し出した。
そのまま前方の空間を突っ切るように<武行氣>で飛翔を開始――。
古代の魔法陣が共鳴したように、地下層そのものが脈動する――。
憤怒のゼアの魔力なのか、アムシャビス族の遺した紅玉環が反応しているのか。
「ンンン――」
背後から相棒が喉声を響かせてきた。
隣に並ぶ黒狼馬ロロディーヌは体を大きくさせた。
その頭部には、ヴィーネとユイとエヴァが跳び乗っていく。
橙色の魔力が噴出し、地下層の空間を守護するように広がっていく。触手を四方に展開させた。一部の触手で、エラリエースたちを背後に押し込める。
ヘーゼファンとハープネスは俺の左側から付いてきた。
刹那、胸のメリディア様の秘石が上向いた。
魔線が少し出て、中央の奥に向かう。そこには、憤怒のゼアがいた。更にその奥には、秘密研究所の封印扉と目される巨大で分厚い扉が見えた。
憤怒のゼアは、
「フハハ、待っていたぞ、光魔ルシヴァル!」
と叫び、地下層に響き渡る。
大柄な二眼四腕の人型の魔神が憤怒のゼアか。 四本の炎槍から放たれる業火が獣のように唸りを上げ、周囲の空気を歪ませていく。紅蓮のグラデーションを描く長髪が魔力の渦に靡き、その瞳には制御不能な狂気を感じた。
「閣下、まずは!」
魔命の勾玉メンノアの展開した白と紫の魔法の網が、古代アムシャビス族の遺した結界と共鳴し始める。
天井から床まで、幾何学的な紋様が幾重にも重なり合うと、生命を持つ魔法生物のように脈動を始めた。
メリディア様の秘石から伸びる魔線は古代の神々の血脈を思わせる輝きを放ち、その紋様の節目を悉く繋ぎ合わせ、完全なる封印の輪を形作っていく。
「やりました! 秘密研究所の<翼紋結界>が作動!」
「おう、よくやった!」
半身となってメンノアを見ると、相棒から離れた後方で、魔力を展開し始めている。
キラキラ光るのは翼紋結界か――。
「なんだァ?」
憤怒のゼアが足下と天井を見た。
憤怒のゼアは、「今更、何をしようが、槍使い、お前を捕らえたら、すべての問題は解決するのだ!」
と、発言しては端正な顔に嘲りの笑みを浮かべ、炎槍を構えた瞬間、首元のメリディア様の秘石が律動を刻み始める――。
憤怒のゼアの膨大な炎の魔力に反応するように、胸の<光の授印>が共鳴を始めた。
メリディア様の秘石も次元を超えた律動を刻んでいた。
「憤怒のゼア、アムシャビス族の封印を開くことは不可能だ」
その言葉を口にしながら、己の戦力と敵の特性を瞬時に計算していく。憤怒のゼアの炎は強大だが、それは逆に言えば予測可能な攻撃パターンを持つということ。相棒の紅蓮の炎、メンノアの結界術、そしてヴィーネたちの連携。これらを組み合わせれば、必ずや活路は開けるはずだ。
<握吸>を再発動させて神槍ガンジスを握り締めた。
古代の魔法回路から漏れ出す紅玉色の魔力が、槍の表面を這うように輝きを放つ。
「ハッ、塔の心臓部に辿り着く前に、先の死海騎士のように焼き尽くしてくれよう!」
憤怒のゼアは四本の炎槍を掲げ、各々の槍から放たれる業火は意思を持つように螺旋を描きながら上昇し、魔力に満ちた地下層の空気が歪み、その歪みが光を屈折させ、幻想的な紅蓮の光景が作り出されていた。背後の空間そのものが熱波で揺らぐ中、炎の翼が大きく展開され、業火の熱波が空間を歪ませる。
それを見ただけ萎縮するような感覚に襲われた。
『シュウヤ様、私は守りだけでなく攻撃の<水晶銀閃短剣>などがありますから』
『了解した』
ミラシャンと念話のやりとりをしていると、
「にゃごぉぉぉ!」
相棒が咆哮と共に触手を展開。
その先端から紅蓮の炎を放つ。
憤怒のゼアは右上腕の炎槍一振り、紅蓮の炎と衝突、相棒の紅蓮の炎を押していく。
炎槍一振りには衝撃波のような威力も加わっている。
憤怒のゼアは更に炎の槍を無数に生み出して飛ばしてきた。
皆、散って炎の槍を避けていく。
俺は<武行氣>を強めて<血道第三・開門>までを連鎖的に発動させた。
――魔力経路が一斉に目覚めた感覚――。
体中の魔力が沸騰したように魔点穴から魔力が噴き上がる。
胸元のメリディア様の秘石も連動し振動を強めた。
地下のあちらこちらの表面も輝きを強めた。アムシャビス族の秘密研究所に伝わる古の魔法陣が同調現象が起きたように強い明かりが発生。メリディア様の秘石は、元とはいえ、天魔帝様だからな、この現象にも納得がいく――。
「その程度の魔力では我の炎は――」
憤怒のゼアの言葉と共に、業火の炎が、相棒の炎をどんどん押し返していく。
が、「ンンン」相棒は喉声を響かせる。
それは神獣としての威圧もあった。
同時に首に付くラホームドからも<大脳血霊坤業>の魔力が漏れ出し、地下層の空気が一瞬凍り付く。
「――主よ、この憤怒のゼアならば、主の<光魔血仙経>と<覇霊血武>の連携が効果的!」
ラホームドの進言を耳にしながら――。
憤怒のゼアが寄越す炎の槍を避けた――炎の槍がヴィーネ、ミスティ、ユイの間を通り抜けていくを確認しながら神槍ガンジスに<血魔力>を纏わせる。
先程から続いてメリディア様の秘石が振動すると、古の魔法文明の力が漏れ出すように感じた。
そして、巨大な黒狼馬ロロディーヌを見て、
「相棒、一気に決めるぞ!」
「にゃお!」
黒狼馬ロロディーヌの体から放たれる橙色の魔力が神獣の本質的な力を具現化させていく。憤怒のゼアの四本の炎槍が、業火の渦となって襲い掛かってきた――。
地下層の空間が業火と神獣の魔力の衝突で歪む中、四本の炎槍の軌跡が光芒を描く。翼紋結界が共鳴し、古代の魔法陣が次々と活性化していく。
「ハッ、近づいたところでな、『業火の深淵より立ち昇りし破壊の炎よ、我が槍となりて敵を滅ぼせ』<炎槍・炎破壊神贄>――」
憤怒のゼアの詠唱が響き渡る瞬間、四本の炎槍が溶け合うように交わり、巨大な炎の渦を形成。その業火は単なる炎ではない。火脈を支配する魔神の本質が具現化した破滅の炎に見えた。
「にゃごぉぉ!」
威厳に満ちた黒狼馬ロロディーヌの咆哮に、口から放たれていく紅蓮の炎から、古の神獣たちの血脈を感じた。その体から放たれる橙色の魔力は純粋な神性の具現と言うべき輝きを帯びている。魔神の業火さえも浄化せんとする神獣本来の力を示していた。その相棒が放つ本気の紅蓮の炎が憤怒のゼアの業火の<炎槍・炎魔神贄>と激突――。
凄まじい気流が発生した。
神獣の純粋な紅蓮の炎と憤怒と破壊の業火の炎が押し合うように周囲の巨大な柱を吹き飛ばしていく。
続きは明日、HJノベルス様から「槍使いと、黒猫。1巻~20巻」発売中。
コミック版発売中。




