千七百七話 戦場で戦う皆と、リーシャとリミエッタの魂
〝神魔の魂図鑑〟を掴むと、図鑑からルシヴァルの紋章樹の幻影が立ち昇る。
それは生命を得たかのように揺らめいていた。
光と闇の<血魔力>が伝搬してくる。
古の知識の伝承を思わせる厳かな波動が体の芯に伝わってきた。
図鑑の扉が開かれる――と半透明の薄紙から生命力を帯びた葉の模様が浮かび上がった。その上に浮かび上がる文字は神仙の英知そのものが具現化したかのように輝きを放つ。
〝命の数は天によって定められ、万物の因果は巡る、が、神仙の生命の精髄は異なる〟
この啓示のような言葉は、前にも見たが、今回は魂の深層に響いているような氣がした。その真上に魂と魄を象徴する模様が現れ、健全さや不浄などの言葉が次々と出現し、美しい川の流れも魔力で形作られ、端では滝のような流れとなって水飛沫が起きて、魔力の塵となり、塵は星々の光に吸収されるように消えていく。
幻想的な光景が真上に展開された。
背景に、その幻想的な川に星々を意味するような銀河系の一部が生まれる。
川が形を変え、黒い色に輝きを発した四角い形が現れ――。
その下に、
デルミヤガラスの魂魄:欠損
パミツゲレウの魂魄:欠損
ムテンバードの魂魄:欠片
ドイラの魂魄:欠片
モモランの魂魄:欠片
オセベリアの魂魄:欠片
ハルフォニアの魂魄:欠片
サーマリアの魂魄:欠片
レドソークの魂魄:欠損
クリムの魂魄:欠片
次に丸い輝きが生まれて、その下に、
:ライゼンの魂魄:健全
:ロレファの魂魄:健全
:ハネアの魂魄:健全
:アルディットの魂魄:健全
new:リーシャの魂魄:健全
new:リミエッタの魂魄:健全
菱形の黒い輝きの下、
:スレーの魂魄:不浄
:アルグロモアの魂魄:不浄
:ディフェル魂魄:不浄
:フェルア魂魄:不浄
:コヒメリア魂魄:不浄
:ラマラ魂魄:不浄
:アマツ魂魄:不浄
と表示される。
リーシャとリミエッタの魂は本当に取り戻せた。
近くにきたラホームドの首から発生中の<大脳血霊坤業>の魔法陣からも魔線が伸びて〝神魔の魂図鑑〟と俺に繋がり〝神魔の魂図鑑〟が神々しく輝きを強める。
途端に〝神魔の魂図鑑〟の天と見返しと扉と小口から非常に小さい魔法文字が溢れ出る。その魔法文字は魔術師たちを模りながら頭に入り込んできた。
ピコーン※<神魔乾坤術>※恒久スキル※獲得。
ピコーン※<魔滅皇ラホームドノ血霊ノ使役>※恒久スキル※獲得。
ピコーン※<神魔魔造兵>※恒久スキル※獲得。
※<光魔・血霊衛士>と<魔滅皇ラホームドノ血霊ノ使役>と<神魔魔造兵>が融合します※<血道・神魔将兵>※恒久スキル獲得※
<血道・神魔将兵>は<光魔・血霊衛士>の強化版。
〝神魔の魂図鑑〟とラホームドと連携するスキルか。
健全の魂なら<血道・神魔将兵>に宿らせることが可能とも分かる。
<神魔乾坤術>は<死霊術>の遙か上位スキルであり、<召喚術>の上位でもある。
〝神魔の魂図鑑〟とラホームドの知見を共有できたようだ。
「お前たち我の実験体に何をした……」
と、皆の攻撃を受け体の一部が消えているゲーベルベットだが、体とローブを再生させる。
まだ体に絡んでいたアドリアンヌの魔神魚を凍らせ吹き飛ばすと、右に転移しながら、巨大な氷の刃を幾つもアドリアンヌだけに繰り出し、俺に氷の杖を向け、
「……幻魔ライゼンの魂に、神と魔に関係した魂に、死天使と似た不浄なる魂を感じる……その書物は、魔界四九三書か? もしくは、極門覇魔大塔グリべサルの秘鍵書、魔法都市エルンストに関わる魔法書か……否、メリアディの命魔逆塔に関わる魔界四九三書か? そのような貴重な魔法書をどこで入手し、ん……、実験体を取り込める<死霊術>や<召喚術>に<古代魔法>の魔法技術も高いからこそか……。なるほど、左の大通りの半分を占める列強な骸骨軍もお前の……古の理に基づいた上等兵以上の骸骨騎士たちか。膨大な漆黒と紅蓮の魔力で構成されている……悪神ギュラゼルバンなどが使った悪業髑髏軍礼、死吸髑髏軍礼に近い能力か」
分析してきた。
「ぺらぺらと貴重な情報もどうも、因みに悪神ギュラゼルバンは倒れているぞ?」
と〝神魔の魂図鑑〟を消す。
アドリアンヌは<導想魔手>と似たスキルを黄金仮面から生み出し、巨大な氷の刃を潰しながら後退し、十層地獄の王トトグディウスの大眷属ガラディッカが暴れるところに近づいてしまうが、ビュシエが反応、<血道・石棺砦>の石棺をアドリアンヌの背と横に送るように展開させて、アドリアンヌをこちら側に押し出していた。
アドリアンヌは礼を言うようにビュシエに手を上げる。
安心しながら、ゲーベルベットに、
「……それは知っている」
ゲーベルベットはアイテムボックスから百合の紋章が彫られた金属製の扉を召喚、魔法の網のような物も複数召喚、周囲に浮かばせつつ氷の礫を俺とラホームドに数発寄越してきた。
堕天の十字架と魔槍杖バルドークを前に放る。
飛来してきた氷の礫を二本の武器で防ぐ。
頭だけのラホームドは上下に動き、カッと見開いた双眸から<血魔力>の光線を繰り出す。光線は氷の礫を幾つか溶かすが、氷の礫は数が多い。氷の礫から逃げるように避けてから、
「――主、〝砂漠百合の紋章が彫られた金属製の扉〟は、イラガセン砂漠騎兵大隊を呼び出すことが可能な〝異界大砂漠の騎兵扉〟。魔法の網は、〝魔導捕縛網〟魔法使いや魔術師系の人型魔族を捕らえる時に使っていた。主を捕まえるつもりだろう。ゲーベルベットは主に興味を持ったようだ。更に、氷の人形兵の他にも、モンスターを召喚も可能」
と発言し、右後方に離れ、相棒の近くに移動した。
黒狼馬ロロディーヌの触手が、ラホームドの首に優しく絡みつき、触手を収斂させ、己の首の近くに引き寄せると橙と漆黒と紅蓮の魔力が慈母のような温かさでラホームドを包み込んでいく。淡く輝くラホームドの頭部はモフモフを味わえて幸せそう。そして、かつて実験体として苦しんだ魂が新たな絆の中で安らぎを得ているかのようにも見えるし、相棒の首元に揺れる新たな、神器の鈴に見えた。
その姿には、もはや実験体としての悲しみは残っていない。
代わりに眷族としての誇りが宿っている。
堕天の十字架と魔槍杖バルドークを<握吸>で引き寄せ握る。
ゲーベルベットに、ヴィーネの光線の矢と、魔命の勾玉メンノアから、銀と紫の糸のような魔刃が向かう。
レベッカの<光魔蒼炎・血霊玉>の勾玉と、エヴァの白皇鋼の金属の刃と、キュベラスが繰り出した魔刃が飛来していく。
ゲーベルベットは、〝異界大砂漠の騎兵扉〟を皆の近くへ降下させながら、氷の盾と防御型の魔法陣を無数に発生させ、それらを縦横無尽に動かし、すべての遠距離攻撃を防ぎ、弾く。
皆も移動しながら<バーヴァイの魔刃>を繰り出した。
キュベラスは魔杖から魔刃を飛ばし、シキは溯源刃竜のシグマドラの刃の遠距離攻撃を飛翔しているゲーベルベットに繰り出していく。
キュベラスの魔刃が、ゲーベルベットの魔法の網をすべて切り裂いたが、ゲーベルベット本人は<バーヴァイの魔刃>の分析を終えているのか、細氷の領域を周囲に生み出しながら、余裕の間で<バーヴァイの魔刃>を避けまくり、キュベラスの赤い魔刃も氷の魔刃で相殺し、溯源刃竜のシグマドラの刃の遠距離攻撃を見るように避け、左に旋回しながら、巨大な氷柱を皆の足下に生み出していく。
続けて、戦場に宙空に氷のカーテンを被せるように、全体的な氷の大魔法をも発動させていく。
皆、<バーヴァイの魔刃>を止め、突如足下から伸びてくる氷柱を避け、得物で氷柱を破壊しては、氷のカーテンを切り裂きつつ、宙空と地上を走っていく。
更に、右側から魔刃や爆風が飛来してくるから厄介か。
皆には当たらないが。
ゲーベルベットとの戦いの最中、一瞬の間を縫って戦場全体を見渡した。
上空は紅色の閃光で彩られ、その閃光は時折メリアディの命魔逆塔の地下から立ち昇る魔力の波動と共鳴するように明滅していた。
その中を縫うように飛び交う味方たちの姿が、閃光に照らし出されている。
前方、俺からしたら左側だが、【メリアディの命魔逆塔】の巨大な出入り口があり、その近辺で魔界騎士ハープネス・ウィドウが憤怒のゼアの眷族たちと激戦を繰り広げている。
中央の幅広い大通りには、<筆頭従者長>のビュシエの<血道・石棺砦>を中心とした拠点が築かれ、両側には古の魔塔が林立している。その大通りは激戦区。
神界騎士団の方々と連携は取れているようにも見える。
中央の幅広い大通りにビュシエが<血道・石棺砦>を築いたのは正解だな。
戦場の要となる判断だろう。両側の古の魔塔と合わせ、ここを拠点にすることで、憤怒のゼアの眷族たちの進軍を分断できる。また、沸騎士軍団の主力が活動しやすい足場にもなっている。
そこで沸騎士軍団の主力たち、光魔魔沸骸骨騎王ゼメタスとアドモスに魔界沸騎士長たちが躍動中だが、憤怒のゼアの眷族とモンスター兵の数を考えると、一気に突っ込むのは得策ではない。かといって、完全に守りに入ると反撃の機会を失う。両者のバランスを取りながらの戦いとなっているようだ。
一騎当千のキスマリやフィナプルスたちの鮮やかな剣戟が閃き、敵の数を着実に減らしていることも地味に効いている。
そして、大柄な十層地獄の王トトグディウスの大眷属ガラディッカが少し目立つか。
ガラディッカが生み出したモンスターもいる。
次点で、魔翼の花嫁レンシサたちも目立つ。
戻ったミスティとキスマリもいる。
砦を利用していたフィナプルスは翼がある分、速い。
エトアとルマルディとキッカとラムーは連携しながら、魔翼の花嫁レンシサの部下であろう大柄の魔族を攻撃し、退かせるが、すぐに憤怒のゼアのモンスター兵が左右から迫る。
ルシェルとクナの魔法が、そのモンスター兵を吹き飛ばす。
ビュシエとブッチとクレインとフーにグィヴァは、憤怒のゼアの眷族と対峙し、確実に屠る。
憤怒のゼアの眷族が分裂し、溶けても、キスマリは容赦なく魔剣ケルと魔剣サグルーと魔剣アケナドと魔剣スクルドで斬り刻む。
憤怒のゼアのモンスター兵が寄っても慌てることなく、四剣を振るう。
その魔剣が描く軌跡は、闇夜に浮かぶ三日月のように美しく冴え渡る。
六眼の瞳が冷酷に輝く中、次の憤怒のゼアの眷族との戦いに移行しても、その溶岩のような素材が構成する体を的確に捉え、容赦なく斬り刻んでいく。
キスマリの剣術は無駄な動きが一切ない。
氷の彫刻を削り出すような精緻さで敵を両断していった。
フィナプルスの黄金のレイピアが描く<奇怪・異人突き>の軌跡は、宵闇を貫く稲妻のように鋭く、憤怒のゼアの眷族の丸い塊を両断する。その一撃に呼応するように、ブッチの<血魔力>を宿した斧刃が閃く。長年の共闘者のように息の合った連携は、敵に反応の余地すら与えない。
キッカと闇雷精霊グィヴァは、それぞれ簡易砦の横に飛び出て、光魔魔沸骸骨騎王のゼメタスとアドモスたちに何かを知らせている。
グィヴァは、前後にいた、憤怒のゼアのモンスター兵の胴体を雷腕剣で裂いて倒していた。キッカは、神界騎士団のアーバーグードローブ・ブーと似た戦士から詰め寄られるが、すぐにフーたちが近寄り、何事もなくアーバーグードローブ・ブーは反転した。
戦場での、フレンドリーファイア、友軍射撃は怖い。軍事用語では『Blue on Blue』にロシア軍では『自家銃撃』(Самострел/Samostrel) が有名か。
そして、まだ正式に光神教徒ディスオルテ側とは話をしていないからな。
ゼアガンヌとラシーヌに魔界沸騎士長たちが率いる沸騎士軍団の一部が<血道・石棺砦>の簡易砦に入り出す。
魔弓兵部隊か。
<血道・石棺砦>の簡易砦の天辺に移動したルシェルが、長い魔杖ハラガソを振るい、《光の戒》を憤怒のゼアの勢力に繰り出し、巨大な魔法陣が足下に敷かれていく。
その魔法陣から真上に浮いた光の筋に捕らわれて動けないモンスター兵は、沸騎士たちに蹂躙されていく。
神界騎士団の方々は、<血道・石棺砦>の簡易的な砦にいるクナとクレインやリサナに、砦の近くに戻っていたサラと黄黒虎と白黒猫と銀白狼に、沙・羅・貂と連携行動を取ってくれているから確実に憤怒のゼアの眷族とモンスター兵士の数は減っていた。
明櫂戦仙女ニナとシュアノと南華仙院の戦士団は、まだ神界騎士団の方々と本格的に合流はしていないが、閃光のミレイヴァルと連携し、モンスター兵士を倒してくれている。
アルルカンの把神書が、ニナとシュアノとミレイヴァルをフォローするように<魔弾・把>のような魔刃を繰り出していた。ルマルディの指示だろう。
シャイサードに、魔犀花流のゾウバチ、イズチ、ズィル、インミミの〝巧手四櫂〟と魔犀花流の一門たちも、ビュシエが創り出した<血道・石棺砦>の傍で、<筆頭従者長>のキッカと共に戦うことが多い。
インミミは、華麗に魔杖槍を振るい、魔犀花流技術系統の<魔仙萼穿>を繰り出して、憤怒のゼアのモンスター兵の体に風孔を空けていた。
続いて、前に出たインミミは、魔犀花流の血筋を感じさせる優美な所作で魔杖槍を操る。
その動きは花弁が風に舞うように優雅でありながら、繰り出される<魔仙花刃>から<魔仙萼穿>の連携は、バターを斬るナイフのようで、枯れ木を貫く稲妻のように鋭利だ。
憤怒のゼアのモンスター兵の体に存在する、両断され、貫かれた風孔は古の魔法陣を刻むように整然と並んでいた。
さすがにファーミリアたちは神界騎士団の方々には近づいていない。
そのファーミリアたちがいる後方では、古の魔甲大亀グルガンヌと骨鰐魔神ベマドーラーが空を制圧。たんなる援護だけではない。ここを確保することで、いざという時の撤退路も確保できる。ファーミリアたちもその周囲で待機し、状況を見極めているようだ。
魔人レグ・ソールトとコジロウとピュリンとシャナと聖鎖騎士団団長ハミヤの姿も小さいが確認できた。
皆、古の魔甲大亀グルガンヌの回りだ。
近くではレガランターラも飛翔している。
沸騎士軍団の骨騎士軍隊もいるようだ。
ベネットをこちら側に運んだであろう闇鯨ロターゼが、その古の魔甲大亀グルガンヌと骨鰐魔神ベマドーラーに近寄るのが見える。
ベリーズが大きい鹿魔獣ハウレッツに乗りながら環双絶命弓から聖十字金属の魔矢を射出し、ガラディッカの足を射貫いていたが、ガラディッカはあまりダメージは無さそうだ。
ガラディッカは、十層地獄の炎を、何種類も使う。
六腕から様々な武器を召喚しては神界騎士団の方々を一人、また一人と屠りながら、俺たちや魔翼の花嫁レンシサの攻撃も往なしている。
かなり強い、グリダマが様呼ばわりしていた訳か。
そして、光神教徒ディスオルテと、仙女のような神界騎士団のお偉いさんとは、意思疎通はまだ取れていないが、大丈夫と思いたい。法魔ルピナスに乗ったサザーと、沙・羅・貂とミスティとキッカとルマルディは空を行き交い、神界騎士団のメイラの知り合いを助けていたことが目に入って、暗黙の協力関係が築けているのかもしれない。
今は言葉を交わす余裕はないが、これが後々の関係構築に繋がるはずだ。
淫魔の王女ディペリルともう一人の女性魔族は見当たらない。
魔界奇人レドアインがいるようだが、どこだろう。
闇神の眷族モンスターはもう倒されたようで消えている。
すると、ゲーベルベットは、
「ハッ、憤怒のゼアの眷族たちもだいぶ減ったが、貴様の味方も、疲弊しているように見えるぞ?」
嘲笑するような語りで、相棒と俺とラホームドにも氷の礫を寄越してくる――。
そのゲーベルベットは、【メリアディの命魔逆塔】の真向かいの魔塔の屋根に両足を付け着地していた。
刹那、ヘルメやメルたちの皆がいる近くで、〝異界大砂漠の騎兵扉〟が開く。
扉の先は、大砂漠のような光景が広がっていた。
そこから無数のドールゼリグンのような軍馬に騎乗した数百の騎兵隊が砂漠を伴いながら出現してきた。
驚きだ。皆は宙空に退いた。
ヘルメは<滄溟一如ノ手>を繰り出す。
<滄溟一如ノ手>から放たれる群青色の閃光は、古の水神の腕が、深海から噴き上がるように上昇してきたかのように広がった。
その先端で形作られる複数の手は、異界からの軍勢を朝露のように掻き消していく。
更に、ヘルメの両手と指から群青色の閃光が迸る。
<闇水雹累波>を繰り出したか。
群青色の液体は大海原そのものが立ち上がったかのような威容を示し、荒ぶる海の怒りの如く、砂漠の騎兵隊を呑み込んでいった。それは、自然の猛威そのものを思わせた。
<滄溟一如ノ手>の複数の腕と手で騎兵隊を吹き飛ばし捕らえ、大通りに展開していた砂漠ごと騎兵隊の多くを<闇水雹累波>の大波が飲み込む。
ヘルメの強烈な<闇水雹累波>を喰らった〝異界大砂漠の騎兵扉〟は閉じると、床に転がった。
一部の生き残った騎兵隊と将軍のような存在に、メル、ベネットとヴェロニカとユイとハンカイとアドゥムブラリとマモモルとバフーンとアクセルマギナが向かう。
ゲーベルベットは、
「驚きだ。将軍ラガセンは残ったが、ラガセン砂漠騎兵大隊は、一国の大隊を貫くと呼ばれている……それが、一瞬で倒されてしまうとは……あの大精霊は、水と闇が融合し人型を保っている……あれも使役できれば良いが……」
と呟き、俺を睨むと氷の杖から鎌のような氷刃が伸ばし、
「しかし、お前のほうが実験体としての価値は高い……その右腕のアイテムボックスもよほどの代物――」
その声からゲーベルベットの実験者としての本質が伝わってくる。
老魔術師の放つ冷徹な視線に、ラホームドの妹たちが経験した痛みを想起させる何かを感じた。
氷の杖から伸びる刃は、実験台の上で振るわれる解剖刀のように冷たく輝いている。
その一撃は俺の右腕を狙っていた。咄嗟に後退し、氷刃を避ける。ゲーベルベットは横合いから氷刃を振るってくる。その動きには研ぎ澄まされた技術者の正確さがあった。
接近戦なら好都合だ。
俄に続けて、突き出てきた氷刃を後退し避け、続けて振るわれてきた鎌のような氷刃を避けた。俺を追うように鎌のような氷刃を横から振るってくる。
<光魔血仙経>の膨大な魔力が魔点穴から迸る。
体内の<魔闘術>系統の様々のスキルの共鳴を感じながら、<経脈自在>を発動させ、<ルシヴァル紋章樹ノ纏>から<覇霊血武>まで、すべての魔力が完璧な調和を見せていく。
堕天の十字架が手の中で脈打つのを感じつつ、その堕天の十字架に<血魔力>を込めていく。柄から<血魔力>の触手が増殖し、掌と腕に絡み付いてくる。
ゲーベルベットの氷の杖から放出されている氷刃がブレながら翼の羽根の如く増殖しているが構わず、タイミングを見て、<杖楽昇堕閃>を繰り出した。
業火を纏った堕天の十字架が氷の刃を連続的に粉砕――。
左から右へと描く軌跡に血継武装魔霊ペルソナと光精霊ミューロランの意志を感じる。
堕天の十字架から放たれる触手が混じる<血魔力>は燃えながら波紋となって広がり、「!?」老練な魔術師の視界を奪ったようだ。
その隙を見逃すまいと、魔槍杖バルドークで<鳳雛ノ翔穿>を繰り出した。
ゲーベルベットの氷の盾を、紅矛と紅斧刃が貫いていく。左腕と脇腹を穿った手応えを感じた。
「げぇ――」
上半身は堕天の十字架から迸った血刃で貫かれて、孔だらけ。
まだ生きているゲーベルベットは逃げようとしているが、転移はさせない。
堕天の十字架を消し、魔槍杖バルドークを振るい、ゲーベルベットに<血龍仙閃>を繰り出した。紅斧刃が、ゲーベルベットの首を刎ねた。ゲーベルベットの頭部は「我をここまで――」と言いながら転移。ゲーベルベットの穴だらけの胴体が吹き飛んでいく。
手応えは得たが、ゲーベルベットは分身を左右に作りながら、切断された体をくっ付け、その体に頭部を付けて本体を再生させる。
普通の攻撃はあまり意味がないか。
他勢力の偵察を含めて、余り手の内は晒したくないが、
「――相棒と皆も離れていろ、範囲技を繰り出す」
「にゃご」
「主様の範囲技!」
黒狼馬ロロディーヌの傍にいるラホームドの声が遠のくを感じながら――。
<始まりの夕闇>を発動――。
ゲーベルベットの宙空ごと夕闇の異空間と変質した直後――。
「――闇の異空間か、闇と時空属性の大魔術師なら、ラデオンやグレイホーク家との戦いを思い出す」
<始まりの夕闇>に干渉するように掌を夕闇の異空間に当てているゲーベルベットを見ながら、<闇の次元血鎖>を発動。
闇世界の空間から紅い流星雨のような<闇の次元血鎖>の群れが出現――。
「なに!?」
無数の<闇の次元血鎖>が退いた多数のゲーベルベットを貫く。本体のゲーベルベットの頭部を貫き、体ごと<始まりの夕闇>を穿ち貫き裂いた。
鏡が割れるように分解されたゲーベルベットの一部が、元の世界に逃げていくが、
魔槍杖バルドークを神槍ガンジスに変化させた。
<破壊神ゲルセルクの心得>を発動。
――<握吸>と<勁力槍>を発動。
※勁力槍※
※獲得条件に<塔魂魔突>と<空の篝火>が必須※
※槍の一撃が強化される※
※<刺突>や<豪閃>に<魔槍技>にも流用可能※
※意識して<勁力槍>を使うと、より『勁』と『力』が槍の武器に宿り、強力な『一の槍』を繰り出せる※
ゲーベルベットの一部目掛け、左手の神槍ガンジスで<光穿・雷不>を繰り出した。
突き出た神槍ガンジスから不可思議な血の龍と天道虫の幻影が現れ散る。
破壊の衝動を得ているような血の龍と天道虫はブレて互いに爆発。
ゲーベルベットは体の一部が再生しかかっているが、そこに、神槍ガンジスの双月刃の穂先が突き刺さった。ゲーベルベットの一部は増殖していたが止まる。が、まだ生きている。
そこに、八支刀の光が連なるランス状の雷不が神槍ガンジスの真上に出現。
神々しい輝きを放つ八支刀の光が神罰の如く降り注ぎ、その光芒は光神ルロディスの涙が紡ぐ天命の糸となって、ゲーベルベットの存在そのものを消し去って、周囲の魔塔を穿ちまくる。
※光穿・雷不※
※光槍流技術系統:光槍奥義※
※<光穿>と<光神の導き>が必須※
※<光槍技>に分類、光神ルロディスの失われた八本の神槍が一つ、名は雷不※
※別名、光涙の八矛。光神ルロディスが光の大精霊を失ったさいに流した八つの涙が、雷を帯びつつ集結し光槍となったとされる※
「よっしゃ」
勝利の実感が込み上げる中、相棒が瓦礫の上に躍り上がる。
「にゃおぉぉぉぉ~」
黒狼馬ロロディーヌの咆哮は、勝利の凱歌となって戦場に響き渡る。
首元でラホームドが揺れながら「おぉぉ、大主様!! 揺れがァァ」と叫ぶ様子に、思わず笑みがこぼれる。この不思議な取り合わせこそが、俺たちらしい勝利の形なのかもしれない。
続きは明日、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻~20巻」発売中。
コミック版も発売中。




