千七百六話 魔術王ゲーベルベットとの戦いにラホームドの願い
魔界騎士ハープネス・ウィドウは、俺たちを見てから半身になり、
「許せねぇ、ゲッヒマルト様とババラセル様の仇!」
「憤怒のゼア様の下には行かせない――」
背後から憤怒のゼアの眷族たちが追撃に出たのを見たハープネスは、
「しつこいな、大人しく出入り口で増殖してろ――」
前進、足下に蜃気楼を纏ったようにブレたまま憤怒のゼアの眷族との間合いを潰し、魔槍を迅速に振るった。左の憤怒のゼアの眷族の体に十文字の穂先がめり込むと、体がくの字になったまま腹が上下に捻れて切断される。
突き抜けた血濡れたハープネスの十文字槍の穂先が煌めつつ、右の憤怒のゼアの眷族の腹にも衝突し、そのまま魔槍を振るい抜き、その腹を裂き両断していた。
その魔槍を右手から左手に移し替えながら横回転を続け、背後の腰に回した魔槍を左腕で包む姿勢となって動きを止める。
他の憤怒のゼアの眷族たちは、
「「「我らは死なず――」」」
「「――おう! こいつだけでも我らが止めれば憤怒のゼア様は必ずやり遂げる!!」」
そこに魔竜が「グオァァァ」と咆哮を発し、咆哮の衝撃波をゼアの眷族たちに浴びせて倒すと、両翼を畳ませ、急降下を行う、古の竜が描いた軌跡が優美さを以て空から地を切り裂いた。四肢から放たれる鉤爪は月光を帯びた死神の大鎌のように煌めき、先頭のゼアの眷族の体を両断する瞬間、次元属性の魔力が虚空に紋様を描き出す。
――振動がかすかに肌に感じるほどの威力か。
背後の憤怒のゼアの眷族たちの体が次々と裂かれていく様は、運命の糸を断ち切る縫霊のようだった。魔竜の放つ咆哮は単なる音ではなく、古の竜たちの意志そのものが具現化したかのような威厳を帯び、空間そのものを支配していく。
白銀の歯牙と桃色の歯茎が露わになるたび、そこには太古の支配者としての威厳が漂う。ハドベルトの動きには本能的な野性味と、魔界騎士の従者としての気品が同居しているように思えた。
「グォァァァァァ――」
叫び声を響かせ、白銀の歯牙と桃色の歯茎を見せていた。
ハープネスは、「ハドベルト、そのまま俺の背後を頼むぜ」と発言し、残りの憤怒のゼアの眷族たちが【メリアディの命魔逆塔】の出入り口で固まるように集結しているのを見てから魔槍を振るい、『やれやれだぜ』と言うような印象のまま、
「また振り出しにも、見えるが、確実に数は減ったな」
と、発言し此方を見た。
黒に蒼が混じる瞳は鋭い。鼻も高く、骨も分厚い。
輪郭も人族や魔族に見える。総じて、端正な顔立ちの男だ。
ドラゴンの頭部と似た兜で、闇と光の運び手装備の砂漠烏ノ型の兜と少し似ている。首のインナー防具から炎を有したブローチが見える。
鎧も闇と光の運び手装備と似た漆黒の鎧だが、関節には鎧はない動き易そうな印象だ。海竜とウェスタンブーツを連想させる装甲が付いたブーツを履いている。兜の横と後頭部から出た黒髪が銀に輝きながら両肩の真上に靡いていた。
ハープネスは魔槍を石突で地面を叩き置く。と、硝子面のような床が石突で少し窪む。その佇まいは魔神と魔皇の間で魔界界隈を放浪している伝説の竜騎士に見える。
貫禄十分だ。
渋いハープネスは、
「……よう、挨拶が遅れたが、俺はハープネス・ウィドウ。放浪の魔界騎士と呼ばれている。魔族としての名はガプレスファ。黄金貝魔海の西方の竜牙島の一つ生まれ育った。で、そこの爺、魔滅皇ラホームドは、頭部だけで生きているのか……倒した様に見えたが、本当に生きているのか?」
と、ちゃんと挨拶してくれた。
これには皆も意外だったようで、少し空気が緩む。
俺の右前に浮いているラホームドは、
「生きているぞ、ハープネス」
と発言し、首下から<血魔力>を有した小形の魔法陣を発生させている。頭部だけでシュールだが、これはこれで渋さがある。
「……短い間に、<血魔力>で何かをしていたが……そこの黒髪の槍使いと神獣に、お前たちは何者だ?」
と聞いてきた。
黒狼馬ロロディーヌは少し前に出て、
「にゃ」
「俺の名はシュウヤ、今鳴いたのは神獣ロロディーヌ。愛称はロロ。種族は光魔ルシヴァルだ、【メリアディの命魔逆塔】でも用があるが、憤怒のゼアの野望を止めることが目的だ」
「俺もだ。で、そこの銀髪の手に持つのは……」
右手に持った翡翠の蛇弓から、ハープネスに魔線が伸びかけている、繋がってはいない。
「魔毒の女神ミセア様から頂いた物」
「……では黒髪と神獣、ん? 魔毒の女神ミセアが神界に通じた物に、ますます分からねぇが……」
「魔界と神界に通じているのが俺たちだ。で、戦うなら俺とロロが相手をすることになる」
と、堕天の十字架を左手に持ち替え、右手に魔槍杖バルドークを召喚した。
体内を巡る<血魔力>が自然と高まるのを感じた。
光と闇の境界を歩む者としての自覚が、魂の深層で共鳴したように二つの槍から放たれる魔力が交錯し、独特の波動となって空間を震わせる。
「二槍流、ひゅぅ~。いいねぇ、実にいい気概だ……」
ハープネスの言葉には、戦いを心得た者特有の理解が込められていると分かる。
「……何も無ければ思う存分、槍を打ち合えそうだが……今は共闘をいこうか?」
「共闘とは、憤怒のゼアの打倒までか?」
「その通り。シュウヤは幻魔ライゼンを持つんだろう?」
「あぁ……」
「ハッ、そう訝しむな、憤怒のゼアの大眷属だが、先程倒したゲッヒマルトとババラセル以外にも絡みがあったのさ、其奴らの絡みは、この地方に近づいてからの突然だったが、まぁ、そのお陰で、色々とな」
「アイテムかスキルでの、魂を持つか否かの探知か?」
と、皆に聞くように視線を巡らせる。
ヴィーネたちは頷いて、近くにいるラホームドも頷き
「魂の探知、アイテムやスキル、魔法にも様々な方法がある。スキルだけでも<風魂探知>、<土蜘蛛魂魄探知>、<竜脈魂魄探>などがあるのじゃ」
と教えてくれた。
魔界騎士ハープネスは魔槍を肩に担ぎ、頭部だけのラホームドを見やり、
「その通り、俺もそれなりに用意はしているが、魔滅皇ラホームドは、シュウヤの眷族に成ったのか?」
「そうだ、我は敗れ散るしかない状況だったが、シュウヤ様とロロディーヌ様と十字架の武器と精霊様と血継武装魔霊ペルソナ様とエラリエース様たちに救われた」
「ほぉ……」
と、感心したように頷いた。
そこに突如、空気が凍てつくような寒気を帯び、氷の結晶が舞い始め、無数の氷の刃が飛来、魔界騎士ハープネス・ウィドウにも大量に降りかかる。
魔槍杖バルドークと堕天の十字架を振るい回して、氷の刃を弾いていると、氷の結晶の塊が近づいてきた。
「……ラホームドなのか、首だけで生きていたのか」
氷の結晶の塊からか?
低く響く声に、ラホームドの生首が反応。
首から血を零しながら、恨みがましい視線を氷の結晶の塊に向けた。
「ゲーベルベット……」
その声には長年の怨念が滲む。
途端に、氷の結晶の中から、高位な魔術師を思わせる老魔術師が姿を現した。
周囲の温度が一気に下がり、呼吸が白い霧となって立ち込める。
アドゥムブラリとハンカイとユイたちが、憤怒のゼアの眷族とモンスター兵士の囲いを破り、ゲーベルベットが生み出していたあろう氷の人形兵を倒しながら、やってくる。
続いて、メルとベリーズ、ママニとアクセルマギナもゲーベルベットの背後に回り込む。
その背後の戦場では、魔翼の花嫁レンシサ側の二人の強者と、十層地獄の王トトグディウスの大眷属ガラディッカと、憤怒のゼアの眷族とモンスター兵士側と、光神教徒ディスオルテが率いる神界騎士団の方々と連携を取るフーとサザーとクレインとビュシエとヘルメとグィヴァに沙・羅・貂たちが激しい戦いを繰り広げている。
光魔魔沸骸骨騎王のゼメタスとアドモスの沸騎士軍団が、憤怒のゼアの眷族とモンスター兵士を屠りながら前進を続けているから戦場が少し狭まった印象を覚えるが、左右の魔塔は倒されまくっているので、瓦礫を有した広間の戦いは続いている。
淫魔の王女ディペリルは消えたように姿が見えない。
爆発音と魔力の閃光が絶え間なく響き渡る中、ゲーベルベットは、
「その首を、もらおうか。まだ実験の余地があるようだ」
その言葉にラホームドが、
「貴様ぁ! リーシャたちを、あの時……」
「おや、まだそんなことを覚えていたのか。実験体如きが」
その冷酷な言葉に黒狼馬ロロディーヌが「ガルルゥ」と低く唸り声を上げた。俺も堕天の十字架を構える。
ラホームドの妹たちのことを思えば、怒りが湧いてくる。
堕天の十字架から<血魔力>が放出されていく。
ゲーベルベットは氷の魔術を展開し、俺と相棒たちに氷の礫と氷剣と氷槍を次々と繰り出していった。
ヴィーネとエヴァとレベッカを守るように前に出て、<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>を目の前に召喚し前進させ、氷剣と氷槍を弾きつつゲーベルベットに直進させる。
ヴェロニカとメルにエラリエースとメイラも左右に後退、
すると、エラリエースが、
「光神教徒ペルソナ様、混沌の道標と成る如く、ここに新たなる<光ノ血道>を皆に示し給え――」
神剣ピナ・ナブリナの周囲に浮いていたブラッドクリスタルが礫としてゲーベルベットに向かう。
ゲーベルベットの氷の盾を溶かし、突き抜けたブラッドクリスタルの礫は、ゲーベルベットの体を突き抜けていた。
「げぇ、先程の血剣を扱う少女といい、お前もか!」
ゲーベルベットは怒りつつもヴェロニカとメルが繰り出した<バーヴァイの魔刃>を避けている。
回復は速いか。
ゲーベルベットは後退していく。
「エラリエース、ナイスだ」
「はい!」
その間に、ラホームドは黒狼馬ロロディーヌの頭部に移動していた。その相棒は「ンンン――」と喉声を響かせながら宙空を上昇しているゲーベルベットを追うが、ゲーベルベットは突如、俺たちの近くに転移――。
すぐに<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>を消し、<血道第三・開門>、<血液加速>を発動、近くにいるゲーベルベットに近づく――。
ゲーベルベットは巨大な氷の塊を俺の前に生み出し、
「――どけ。実験体の回収に来たのだ」
それを、堕天の十字架の<豪閃>でぶっ叩いて弾き飛ばし、ゲーベルベットに近づいた。
「――実験体? ラホームドは俺たちの仲間だ。手は出させない」
「ハッ、甘い言葉だ、笑わせる――」
ゲーベルベットは後退し上昇。
ローブの内側が風を孕んで持ち上がる。
魔法のブーツが見えた。
右腕を上げ、空間が歪むような魔力を展開させる。
周囲の温度が急激に低下し、地面に霜が広がって、相棒たちを近づけさせない。
が、その霜を破壊してゲーベルベットに近づいたのは、魔界騎士ハープネス・ウィドウ。
ゲーベルベットの真横から魔槍を振るうが、ゲーベルベットは氷の盾を左の腹の前に生み出し、魔槍の一閃を防ぎつつ後退――ゲーベルベットの横を抜けていた魔界騎士ハープネス・ウィドウは振り返り、
「おい、いきなりの攻撃はねえだろうが――」
と、迅速にゲーベルベットの横から間合いを再度詰め魔槍を振るい、ゲーベルベットの足を狙った。
ゲーベルベットは緑の眼を輝かせ、
「魔界騎士が、戦場での礼儀の伊呂波を語るか」
馬鹿にしたように語り、後退、浮遊し難なく魔槍を避けながら魔界騎士ハープネス・ウィドウへと氷の礫を連射していく。
「チッ、寒いのは嫌いなんだよ――」
と、ハープネスは両手持ちの魔槍を胸元で円を模るように回転、回しながら後退、両手に魔槍を握り締めているハープネスの動きには、古の魔界騎士たちの記憶が宿っているかのような重みがある。胸元で描く円は単なる防御の型ではなく、魔槍そのものが意思を持ったように空間を切り分けていく。
ゲーベルベットの氷の礫を魔槍の柄で四方に弾き続けて、斜め前に跳ぶ、ハープネスの跳躍は重力すら無視するかのように優美だ。また宙空に足場があるように、二段ジャンプ――。
魔塔の天辺への着地は風を切り裂くように鋭い。魔槍から漏れ出る魔力は、古の竜たちの血脈を想起させるような荘厳さを帯びていた。大通りの端の魔塔の天辺に着地していた。
ハンカイが、
「シュウヤ、魔界騎士とは手を結んだんだな」
「あぁ、口約束的な感じだが、たぶん、俺と似た気質かもだ」
「ハッ、了解した、で、もう一人の氷の大魔術師のほうだが、あやつは、氷の人形兵だけでない、大小様々な氷の魔刃を扱う、様々な水属性を扱うから氣を付けろ」
「うん、それと意外に素早い、転移も多い」
ユイも忠告してくれた。
「了解した」
「先程の<血魔力>を扱う者たち! 他の魔界の者たちと争っておけば良いものを……実験体の回収を邪魔するとは、お前たちも実験台になりたいようだな」
ゲーベルベットは氷の杖から氷の礫を、ハンカイとユイたちに繰り出していく。
ハンカイは湾曲した斧大剣の新・金剛樹の斧で氷の礫を防ぐ。
ヴィーネが光線の矢をゲーベルベットに射出し、アドゥムブラリが<魔弓魔霊・レポンヌクス>から<魔矢魔霊・レームル>の魔矢を連続的に射出していくが、ゲーベルベットは上下左右に避けながら氷の盾を随所に召喚し、皆の遠距離攻撃を避けては、俺と、頭部だけの眷族と成ったばかりのラホームドを見やる。
ハンカイは、
「実験台とは奇怪な……ぬぅ、先程の氷の人形兵は妙に生々しい動きがあったが……もしや……」
「その通り、我の実験体たちだ」
「反吐が出る――」
ユイがイギル・ヴァイスナーの双剣を手に前に出てゲーベルベットに斬り掛かる。
ゲーベルベットは氷の魔力を周囲に発し、上に転移した。
同時に、ユイの真上に巨大な氷の塊も誕生させる。
即座に<鎖>を射出し、その巨大な氷をぶち抜いた。
ユイは右に移動して無事、そこから<バーヴァイの魔刃>をゲーベルベットに繰り出す。
ゲーベルベットは「ハハハ――」と嗤い声を響かせながら、飛来してくる<バーヴァイの魔刃>を氷の杖を振るい、そこから生やした巨大な鎌刃で両断しまくった。
接近戦もいける口か。
『主よ、聞こえるか』
と、俺の近くを浮遊して付いてきているラホームドの頭部から思念が届いた。
『ラホームドか、聞こえるぞ。念話を使えるなら便利だな』
『ふむ、魔術王ゲーベルベットの情報がある』
『聞こう』
『あやつは、魔術の探求のためなら手段を選ばぬ危険な男だ。より強大な魔力を欲し、魔界中の優秀な魔術師たちを捕らえ、実験台にしてきた。そして、その魔力は底が見えない。奴に対抗するには、強力な魔術攻撃への対策が必要、それは大主様に任せるとして……我には、願いがある……』
『なんだ』
『上手く行けば、〝神魔の魂図鑑〟に我の妹たちの魂を取り返せるかもしれぬ』
『おぉ、マジか、<大脳血霊坤業>と<不死乾坤術>を使うのか』
『……マジで、その通りである』
ラホームドの双眸がキラッと煌めいた。
『その〝神魔の魂図鑑〟だが、図鑑に納まっている魂を、元の体へと送り返すぐらいしか分からなかったんだが、魂を吸収するように、〝神魔の魂図鑑〟に魂を納める方法も当然存在するってことだな』
『その通り、我単体では無理だったが、主との繋がりが可能とすると分かる』
『では、どうすればいい、〝神魔の魂図鑑〟を出して魔力を込めるだけか?』
『基本はそうだ。タイミングだが、我がわざとゲーベルベットに誘いを掛ける。ゲーベルベットは、その性格からして余裕を見せ、我を嘲笑するように氷の人形兵の妹たちを出すはず……その時に本物かを<月夜霊>で確認後、我が、『主と大主と叫ぶ――』、その瞬間に〝神魔の魂図鑑〟を我の首目掛けて放るか、付けてくだされ! 後は我が行う、無事に妹を納めたら、主が〝神魔の魂図鑑〟を仕舞ってくれていい』
『了解した、氷の人形兵に妹たちの魂が入っている場合と入っていない場合があるんだな?』
『その通り』
『その後、ゲーベルベットを普通に倒しても、妹さんたちの魂は大丈夫なのか? 不浄の魂の場合とかありそうだが』
『大丈夫だ。不浄な魂は闇の力に汚染されているが、その闇の力も、元を辿れば純粋な魂のエネルギーから生まれたもの。<至尊・大脳死霊魂業>から成長した<大脳血霊坤業>の応用で、魂の奥底に眠る本来の輝きを取り戻せる可能性がある。わしの<月夜霊>で魂の深層を観測し、光魔ルシヴァルの浄化の力で闇を祓えば、健全な状態に戻せるかもしれぬ』
『おぉ、それって〝神魔の魂図鑑〟の不浄な魂も健全に戻せるということか』
『ふむ、あくまでも可能の段階、主の魔眼、我の<月夜霊>で不浄な魂の状態を把握してからとなる。浄化に失敗しても、不浄な魂を、特殊な区間、我の魂魄異空間に隔離する方法もあるのだ。また<大脳血霊坤業>を応用し、魂の修復や再構成を補助も可能のはず、また浄化された魂を新たな魔導体、ホムンクルス、魔造生物の動力源として利用できよう。完全に浄化できた場合、元の肉体があれば、主が元に戻したように、戻すこともできる。また、転生も器、体次第で可能となるが、これは体の保管方法、技術、体の錬成など<錬金術>に他の技術も必要になるから、わしも完璧ではない、そして、デメリットもある、浄化の成功率は未知数、失敗すれば魂が完全に消滅するリスクがある。浄化された魂が、元の人物の人格や記憶を保てる保証はない、他にも――』
と、そこに、ゲーベルベットから氷の礫がラホームドに飛来、ラホームドは上下に移動に専念し、避けていく。
そこに元虎獣人、<従者長>ママニが「ご主人様の敵はわたしたちの敵――」と発言しながらクォータスローで大型円盤武器アシュラムを<投擲>した。
ゲーベルベットの正面に大型円盤武器アシュラムが衝突したかに見えたが、ゲーベルベットは分身を創り出す。
ママニの横に転移し、氷の杖ではない左手で衝撃波を出し、「なっ!?」とママニを吹き飛ばしていた。
ゲーベルベットの横と背後にユイとハンカイとメルが寄るがゲーベルベットは俺たちの近くに転移し、無数の氷の人形兵が出現させながら急上昇し、氷の杖から氷の刃を伸ばしてきた。
それを横に移動し避ける。
氷の人形兵は青白い光を放ちながら、まるで生きているかのように動き出す。
頭部のラホームドは、
「貴様の氷の実験体など……」
ラホームドの生首から<血魔力>が迸る。
<大脳血霊坤業>の効果か、その魔力は光と闇が交錯する独特の波動を帯びていた。
『主、今の氷の人形兵はリーシャたちではない、倒してくれていい』
『了解した』
「ンン――」
黒狼馬ロロディーヌもゲーベルベットに向かう。
その黒狼馬ロロディーヌに跳び乗ると、相棒の触手が首に付着した。神獣との魂の共鳴を通じて思念が流れる。その繋がりは言葉以上の意味を持ち、二つの存在が一つの意志となって融合するかのような深い理解を生む。
『あまり暴れず、俺たちに合わせろ』
「にゃご」
返答は簡潔だが、喉から漏れる声には古の神獣たちの誇りと、俺への深い信頼が込められていると分かる。
体、背の毛から溢れ出る橙色の魔力は、俺との絆を視覚化したかのように美しく脈動すると、触手骨剣をゲーベルベットではなくラホームドへと向かわせる。
その相棒の触手骨剣がラホームドの首に触れた瞬間、胸元のメリディア様の秘石から不思議な波動が伝わって、魂の深層に眠る記憶が目覚めるような……触手骨剣を通じて、相棒の魔力がラホームドの魂に触れていく様子が手に取るように分かる。神獣の持つ浄化の力はラホームドの内に眠る長年の怨念を包み込み、その暗闇の中に新たな光を灯していくようだった。
「あひゃぁ」
ラホームドからの変な声だが、意味がある?
<闇透纏視>でラホームドを見つめると、双眸が月光を閉じ込めた琥珀のように輝きを増していく。
その中で<月夜霊>が捉え、見えているだろう無数の魂の残響のようなモノ、それが万華鏡のように美しく揺らめいているのが見えた。
途端に、堕天の十字架が共鳴するように振動。
光精霊ミューロランの残響が波紋となって広がった。
ラホームドの魂が実験体としての呪縛から解き放たれ、新たな絆を得た喜びに震えているのを感じ取れた。
双眸がぐるぐる回っているラホームドは、
『主、大主様の言葉が、伝わってまいりましたぞ――』
ラホームドの内なる変容を鮮明に感じ取れた。
老練な魔術師としての威厳と、救われた魂の安堵が交錯している感情が実体を持つかのように魂の次元で伝わってきた。と、真面目に考えたが、ラホームドの顔が面白い、笑ってはいけないとは思うが、つい笑ってしまう。
『おう、相棒とコミュニケーションは取れたか』
『ひゃい――』
と、ラホームドの変な念話にまた吹くように笑った。
「にゃはは、にゃごぁ――」
宙空を駆けている黒狼馬ロロディーヌも少し笑ったように声を発し、ゲーベルベットに紅蓮の炎を吐いた。直進する紅蓮の炎はビーム状――そのビーム状の紅蓮の炎と衝突した氷の人形兵は瞬時に溶けた。次の氷の人形兵も紅蓮の炎が触れる直前から溶けていく。次々と氷の人形兵を薙ぎ払うように紅蓮の炎は突き抜けて、ゲーベルベットに当たるかと思いきや、ゲーベルベットは体勢を屈めながら避けた。
そのまま<魔闘術>系統を強めたゲーベルベットは、皆の遠距離攻撃を避けまくり距離を取る。
その間に周囲を見た――。
魔界騎士ハープネス・ウィドウは、【メリアディの命魔逆塔】の左に戻っている。
憤怒のゼアの眷族たちと戦いを始めていた。憤怒のゼアの眷族たちは、出入り口を埋め尽くす勢いだ。
魔竜ハドベルトは【メリアディの命魔逆塔】の下部、鉄塔のように鉄棒が幾重にも組まれているところの一角を掴みながら、そこにぶら下がっていた。
その魔竜は真下の出入り口から憤怒のゼアの眷族たちに向け前足と翼を振るう。
猫パンチにも見えるが、強烈な一撃で、憤怒のゼアの眷族の一体は地面に陥没し、燃焼した。
更に、次の憤怒のゼアの眷族には頭部を突き出して、噛み付いていた。まさにマル囓り、反応速度が速い。
――あの出入り口の地下でも戦闘は起きていると思うが、途中に憤怒のゼアの眷族たちが誕生できる間があるということか。
そう分析しながら、ゲーベルベットに近づき――魔槍杖バルドークを振るう<龍豪閃>――。
ゲーベルベットはかすかに後退し、氷の杖から鎌刃を出して<龍豪閃>を防ごうとしたが、紅斧刃が、鎌刃を破壊した。
「チッ」
と舌打ちしたゲーベルベットは後退。
そこにユイとヴェロニカの<バーヴァイの魔刃>がゲーベルベットに向かう。
ゲーベルベットは氷の結晶を周囲に生み出すと、俺を乗せている黒狼馬ロロディーヌの背後に転移。
「実験体の首に骨剣を刺したままとは、不思議な奴ら、ますます氣になるな――」
ゲーベルベットは片腕の前方に《氷槍》のような魔法を生み出し、それを飛ばしてきた――相棒は加速し、旋回機動を取り、その《氷槍》を難なく避ける。
その相棒から跳んで離れた。
同時に、ラホームドも離れて、首から煌びやかな<血魔力>を発生させる。
ゲーベルベットはラホームドを見ながらも、俺に向け氷の礫を繰り出してきた。
その礫を堕天の十字架で払い、<水神の呼び声>と<闘気玄装>と<滔天仙正理大綱>と<滔天神働術>と<血道・魔脈>と<血液加速>を維持し続けながら<水月血闘法>と<仙魔・暈繝飛動>を発動したまま<ルシヴァル紋章樹ノ纏>を発動――。
加速しながらゲーベルベットに近づくと、ゲーベルベットは一際大きい、氷の人形兵を生み出す。
その氷の人形兵は氷の薙刀を持つが、構わず、魔槍杖バルドークで<覇霊血武>を発動。
肩の竜頭装甲ハルホンクが「ングゥゥィィ」と古代の竜の咆哮のように呼応し、魔槍杖バルドークから溢れ出る魔力が液体の鎧のように俺の体の節々を包み込み第二の皮膚のように一体化し、魂の深層で古の力と共鳴しながら堕天の十字架で、<血刃翔刹穿>を氷の人形兵に繰り出した。
堕天の十字架の穂先は薙刀ごと氷の人形兵を破壊し、氷の人形兵をぶち抜く。
そして、背後にいたゲーベルベットへと堕天の十字架から無数の血刃が迸っていくが、ゲーベルベットは分身を作りながらまたまた転移。
右上に転移していたゲーベルベット目掛け、わざと横に《闇壁》を数個作ってから王級:闇属性の《暗黒銀ノ大剣》を繰り出した。
魂の深奥から呼び覚まされたように、眼前から漆黒の魔力が渦巻く。と、巨大な黒銀の刃が浮かび上がり、冥界にあるような闇魔力を纏いながら輝き増幅させて直進していく。
ゲーベルベットは氷の盾を生み出すが、消し「チッ」舌打ちしながら、「お前は魔術師でもあるわけか――」と発言しながら飛翔し、横に逃げて行く。暗黒銀ノ大剣の刃はゲーベルベットには当たらない。が、ユイたちの<バーヴァイの魔刃>とレベッカの<光魔蒼炎・血霊玉>とヴィーネの光線の矢が逃げる方向を読んでいたように向かう。
ゲーベルベットは転移をし、頭部だけのラホームドに近づき、
「ラホームド、お前も成長したようだが、実験台として、我の糧になってもらう――」
ラホームドは「わしが、ただの頭だけだと思うか?」とラホームドから<血魔力>が合わさった<蒼紫ノ波動>と似た魔力の波動がゲーベルベットに降り注ぐ。
「なっ、こやつらと同じ――」
と、ゲーベルベットは周囲に氷の人形兵を無数に出現させて、転移を左に、右へと繰り返す。
そのゲーベルベットに皆から集中砲火が始まり、転移した先にアドリアンヌが仕込んでいただろう魔神魚が絡み付いて、動けなくなっていた。
溯源刃竜のシグマドラの刃の遠距離攻撃が、そのゲーベルベットの頭部にヒット。
ヴィーネの光線の矢とベネットもいつも間にか、参加していたのか、〝ラヴァレの魔義眼〟がヒットしていた。ヘルメのレジーの魔槍を魔改造した腕槍の<投擲>も決まる。
次の瞬間、ラホームドは、片目を煌めかせつつ、
「主と大主、今ですぞ!!」
と叫ぶ。
すぐに〝神魔の魂図鑑〟を出して<血魔力>を込めて、ラホームドに投げた。
<血魔力>の魔線がラホームドに連なって伸び、ラホームドの首から放たれる<血魔力>は魂の深層に触れるような波動となって空間を震わせつつ、その図鑑の<血魔力>と紐が螺旋状に絡まるように繋がった。〝神魔の魂図鑑〟とラホームドの首が付着すると古の魔法文字が虚空に浮かび上がり、その一文字一文字が血の色を帯びて脈動する。
「<大脳血霊坤業>――」
その詠唱と共に、ラホームドの<月夜霊>から青紫の光が迸った。
その光は氷の人形兵たちの内に閉じ込められた魂の痕跡を浮かび上がらせ、一つ一つを浄化の輝きで包み込んでいく。
「リーシャたちよ、お前たちはもう自由だ! <隆盛・大聖放還>――」
魂を解き放つ術式が完成する瞬間、ラホームドと〝神魔の魂図鑑〟から連なる魔法文字が光の雨となって降り注ぎ、氷の人形兵たちの形を溶かしていく。
そこから現れる一筋の光は、かつての妹たちの面影を映し出すように儚く、しかし確かな存在感を持って〝神魔の魂図鑑〟へと吸い込まれていった。
「主!」
〝神魔の魂図鑑〟が戻ってきた。
『成功ですぞ! リーシャとリミエッタは無事でした!!!』
『おぉ!!』
続きは明日。HJノベルス様から「槍使いと、黒猫。1巻~20巻」発売中。
コミック版発売中。




