千六百九十五話 レガナ
しかし、破壊の王ラシーンズ・レビオダ様か。
信奉者だとしたら、レビオダは俺たちが倒したばかり。
ヘルメたちもそれは重に知る、警戒を強めた。
が、交渉は維持だ。
そして、<珠瑠の花>に拘束されている闇雷精霊トムムが、変な表情を浮かべて床に転がっている。それは置いとこう。ヘルメはレムファルトのアンクルを拾っていた。
レガナさんは魔機械のガジェットから簡易地図に映る情報を見て、落ち着いたように少し体が弛緩した。
体の装備とチューブの一部が外れて、そこから蒸気と魔力の細氷のような魔力が零れていく。そのレガナさんは、
「シュウヤ殿、偵察用ドローンを出させてもらう」
ガジェットの端と中央部から小形の魔機械マシーンを数種類放出させた。
形は蜂ではなく竹蜻蛉のT型と小型ロボット。
「はい、しかし、ここは戦場です。魔神の一柱の憤怒のゼア側の勢力に見つかれば、必ず攻撃を受けるはず。先程、魔弾を射出してきた腕が魔銃の炎の蛙魔族がいました。因みに、それらと戦っているのは俺たちの勢力です」
「……憤怒のゼアか……が、このまま調べさせてもらうぞ」
「それは構いません。余計な世話ですが、未知の世界に興味を抱く気持ちは分かりますが、背後の【幻瞑暗黒回廊】を自由に移動できるなら元の場所に戻ったほうが賢明です」
【幻瞑暗黒回廊】を使い故郷に帰ることを勧めた。
「…………【幻瞑暗黒回廊】は……あ、腕が銃の魔族がいた。え、速い! ……なるほど……本当だ。次々に私の偵察用ドローンが撃ち落とされていく、あぁ、炎の頭が無数に生えている大型の馬型魔獣もいる……しかし、銀髪の美しい女性が放っている光線銃、否、光の矢を次々に喰らって、おぉぉ、矢を喰らったところから緑の蛇が無数に飛び出てて内部から大爆発を引き起こすとは……魔毒の女神ミセアの力か? 凄まじい。炎系の種族と戦っているシュウヤ側の人材は優秀だ。しかも、私の偵察用ドローンを撃ち落としてこない……シュウヤ殿の言葉は本当なのだな」
「はい」
「……粒子反応は似ているが、衛星とコムリンクと船体反応もないか。そして見知らぬ地形に、高さが百メートルを超えた塔が連結している地形……使える施設もあるように見えるが、総じて古いのか、廃墟が多い。否、内部は魔力が張り巡らされている。地雷のような仕掛けも見受けた。遠くには、超大型の亀と骨の鰐の浮遊し、体からミサイルのような物を飛ばしていた……」
「古の魔甲大亀グルガンヌと骨鰐魔神ベマドーラーですね、味方です。ミサイルは魔弓兵の連弩のような武器から射出されている太い魔矢の遠距離攻撃だと思います」
「……そ、そうなのか」
と、少し驚いたようなニュアンスで語ると半身で【幻瞑暗黒回廊】を見る。
人工的なボイスだが、若干の起伏の違いでかすかな感情の色は感じ取れた。
「あっ、偵察用ドローンがすべて撃墜された……」
「憤怒のゼアの軍でしょう。そして、先程【幻瞑暗黒回廊】と言いかけましたが、もしかして、【幻瞑暗黒回廊】に入っても故郷に戻れないのでしょうか」
と、聞くと、ガッとした勢いで、俺を見てくる。
勿論、顔はヘルメットで覆われているから見えない。
そのレガナさんは、前腕のガジェットのディメンションスキャンを消した。
ヘルメット越しの表情は分からないが、何かを伝えたい気持ちは伝わってくる。
そのレガナさんは、
「その通り、もう入っても同じルートを辿れないだろう。元の惑星ラシーンズには戻れないはずだ」
え? 惑星ラシーンズ? 破壊の王ラシーンズ・レビオダと合う名だ。
惑星セラ側の遠い宇宙には、神々の名が付いた惑星や星雲、星系があるのは知っているが、まさか俺が破壊の王ラシーンズ・レビオダを倒したことで、その惑星の環境に変化が?
その惑星のことが氣になるが、
「……そうでしたか、では、ここに辿り着いたのは偶然なのですか?」
「偶然だ、【幻瞑暗黒回廊】の利用経験はあったが、いつもと異なる【幻瞑暗黒回廊】となって、中を移動している最中に氣を失った。狭間の穴へと転移することもあると、そのような高いリスクが【幻瞑暗黒回廊】には存在していることは知っていたのだが、飛び込むしかない状況だったのだ」
「追い詰められていた?」
「……そうだ、新銀河騎士のルーリに仲間が殺されて戦っていたんだ。脇も斬られた」
腹に斬られた痕があった。
新銀河騎士のルーリか。
選ばれし銀河騎士と似たような組織。ナ・パーム統合軍惑星同盟は形骸化したとビーサは語っていたが、ナ・パーム統合軍惑星同盟側に、新しい支配機構が誕生しているのか。
「惑星ラシーンズの利権を巡る戦いでしょうか」
「そうだ。レビオダ山では宇宙でも貴重なナノスパイス〝レビオダ〟を産出する地層があり、宇宙港とレビオダ要塞と【幻瞑暗黒回廊】もある。すべてが帝国側だ。しかし、〝レビオダ〟の鉱床は同盟側のルーリに破壊された……破壊の王ラシーンズ・レビオダ様の彫像もあいつが消したのかもしれない」
と憎しみを込めて語った。
機械的な音声だが、ルーリへの怒りと憎しみは理解できた。
「理解できました」
「良かった。【幻瞑暗黒回廊】だが、元に戻れることもあるとは聞いていたのだ。大抵は、近くの惑星の【幻瞑暗黒回廊】か、遠くて【星雲アロトシュ群】や【ギャラット双雲】に【テンラムルゼルフ嵐星雲】に【デスマリア星系】に【メアカル星雲】などの星系内の惑星か、小惑星の【幻瞑暗黒回廊】から出ることが多いとされていた。魔界セブドラ側に直に出る場合は、【破壊の王の槌墓場】の魔塔か地下、次点で【大平原コバトトアル】の魔塔ゼヴァニウレの内部、【トークマダルクの大魔塔】の内部か、【霊堕サーチモルの旧宮】の地下洞窟にある【幻瞑暗黒回廊】の出入り口から外に出ると言われていた」
「なるほど……」
ヘルメたちも納得しているような表情を浮かべている。
すると、レガナさんが、
「……失礼した、この対宇宙装備用ブリーザーを内包した魔神経リラヘルメットは真空の宇宙空間用装備でもある。解除しよう――」
ヘルメット型の装備が光を帯びて消えるように喉元と耳下の金具に消える。
ミディアムの白みを帯びた金髪は清潔感があった。
片方の耳の上に編み込みされている一房が魅力的だ。
色白に瞳は薄緑系、やや蒼が混じっている。
頬にはカレウドスコープらしき金属の素子がある。
ハートミットは遺産神経を注入されていたから、このレガナも遺産神経を目と脳の神経に加えているかもな。
俺は遺産高神経となっているが……。
とりあえず、そのバイオウェアラブルコンピューター系は置いといて……。
北欧かロシアにいるような美女を思わせた。
そのレガナさんは、
「本当なら小形宇宙船を用意したかった。が、先程もいったように、ルーリに殺されるか、否……捕まり、洗脳か矯正施設入りもありえたか、とにかく、逃げるしかなかった。ルーリは悔しいが強かったこともある」
「なるほど、ルーリは知りません。この場にいる皆も知らないかと、ただ、ビーサやアクセルマギナなら知っているかもです」
レガナさんは、俺をジッと見てから、己の<パディラの証し>に魔力を込めた。すると、俺の<パディラの証し>と魔線が繋がる。
レガナさんは納得するように頷いてから、
「……その<パディラの証し>は本物と分かる、闇騎士と分かる。だが、惑星ラシーンズは勿論各星系に広大なバースライル銀雷雲において……そのシュウヤの名を聞いたことがない……そして、師匠はどなたなのだろうか……師匠のダーク・アバラティア様もそのような存在のことは語ったことが一度もない。外宇宙のことは少しだけ語ったが……」
レガナさんに、
「ここは魔界セブドラですが、惑星セラにも通じる傷場などがあるんですよ。惑星セラは、レガナさんが過ごした星系からは、外宇宙ですね。【八皇】の一人の言葉ですが、『……【星雲アロトシュ群】、【ギャラット双雲】、【テンラムルゼルフ嵐星雲】、【ロルウルフ星峡】、【星屑ガイア】のずっと先の先。しかもナパーム星系の端にある〝ラーズマスリレイ〟を用いた超亜空間ワープを利用して到達できる【ヴォイドの闇】の領域を突破した先なのよ? ま、【辺境】の一言で済むけど【ヴォイドの闇】から外を浴に【深宇宙の領域】と呼ぶこともある』と、惑星セラがあるナパーム統合軍惑星同盟の星系のことを語っていました」
レガナさんは俺の右腕を先程から凝視している。
片方の眼球には、人工網膜が嵌め込まれているように、虹彩が少し変化していた。やはり、遺産神経は得ているか。
レガナさんは、
「……宇宙海賊の【八皇】か……なるほど、だから深宇宙の領域か。同盟と帝国と中立勢力は、広範囲バイコマスリレイを使い、ミホザの遊星が残した遺跡、他の第一世代が残した遺跡を探索し、占有しては技術力を高めて、互いに争っている。その噂は第一世代の技術を活かした様々な兵器と共に、聞いたことがあった。しかし、そんな辺境にナ・パーム統合軍惑星同盟の星系があるとは知らなかった……」
「はい、俺はその惑星セラを主に活動している。この戦闘型デバイスもそうです」
と、見せるように右腕をあげる。
「やはり、それは戦闘型デバイスか」
頷いた。
正直に語るかどうするか。
破壊の王ラシーンズ・レビオダを倒してしまったし、彼女にはダーク・アバラティアという名の師匠がいるんだよな。その方も破壊の王ラシーンズ・レビオダを信奉していたら……。
が、俺は俺の流儀でいこうか。
皆とアイコンタクト。
黒猫は「ンン、にゃ~」と鳴いて姿を大きくさせていない。
「……これは、ナ・パーム統合軍惑星同盟製の戦闘型デバイスと後で知りました。銀河騎士のことも知っています、そして、これも持つ――」
鋼の柄巻のムラサメブレード・改を見せた。
そして、同時に魔杖ハキアヌスを右手で引き抜き、同時に魔力を込めた。
ムラサメブレード・改から青緑の魔刃が迸り、魔杖ハキアヌスから赤い魔刃が迸った。
目を見張るレガナさん。
「……ほぉ……ソレは、銀河騎士から奪ったか」
「いえ、その銀河騎士を受け継いでいる。
『須く弱き者を尊ぶ、かの者たちの守護者の証し』の<銀河騎士の絆>を持つ」
「な!?」
レガナさんは、驚天動地といえるか、
が、正直に語るとしよう。
「……正確に言えば、俺は選ばれしの銀河騎士です。同時に<パディラの証し>を持つ闇の騎士でもあり、<銀河闇騎士の絆>の恒久スキルも得ている」
「……え……えぇ……な」
と、動揺が激しいか。瞳が震えて体が少しビクビクしている。
「俺の種族は光魔ルシヴァル、昔から<光闇の奔流>を持つ。そんな俺を時魔神パルパディ様は、強い闇と光の黄金比を持つ者と言っていた。そして、アオロ・トルーマーさんは、銀河に黄金比を伝える役目を持つ選ばれし銀河騎士が俺だと」
「……選ばれし銀河騎士……黄金比を齎す……」
頷いて、
「時魔神パルパディ様と邂逅した時のことを正確に言います……『――我の恩寵を得ていたルキヴェロススを倒し者よ、そなたから強い闇と光の黄金比と……強い時空属性、バイコマイル胞子を感じるぞ……更に、とても強い、生きたマインドの持ち主か……そして、光を知るお前ならば……、我の真の<時闇ノ魔術>を学びきれるかもしれぬ……学びきれば、我の闇の深淵と時空の銀河闇騎士となり得よう……さすれば【時空の鷹】や【エレニウム調査銀河連盟】にて結集しつつある他の銀河騎士マスターたちや神界の者たちを容易く屠れようぞ……では、これを受け取れ、銀河に闇と混沌と秩序を齎せる<パディラの証し>を授ける――。そしてルキヴェロススが使っていた魔杖レイズと魔杖ハキアヌスは、そなたにこそ相応しい――』と語っていた」
暫し、沈黙したレガナさん。
「【時空の鷹】を知る……まさに、<パディラの証し>……」
少し呆然とて語るレガナさんに、更なる真実を、
「そして、破壊の王ラシーンズ・レビオダは、俺たちが倒したばかりです」
「……なんだと、魔界セブドラの魔神の一柱を倒した……?」
レガナさんの全身が強張る。
そして、唖然としたまま、「……嘘だ」と呟いた。
が、顔色には何か思い当たるような表情を浮かべていく。
そのレガナさんに、
「真実です。憤怒のゼア側と俺の眷族と軍隊が戦っている現状は見ているはず」
「……破壊の王ラシーンズ・レビオダ様を……貴様が! 何故だ!」
レガナさんの右手の魔杖に、血のように赤い魔刃を伸ばした。
魔杖の切っ先を向けてくる。周囲の空気が一変し、殺気が満ちていく。
胸元のメリディアの秘石が鼓動を刻むように震え始めると、そこから、柔らかな紅の光が発生しレガナさんに照射された。それは夕陽の残光を思わせる。
メリディア様の慈愛のような温かさを感じた。
まさに、魔命を司るメリアディ様の母だと分かる温かさだ。
レガナさんの魔杖から立ち上る血のような赤い魔刃さえも、優しく撫でるように触れていくと、レガナさんは、少し恍惚の表情を浮かべて、
「……ぇ、……あぁ……」
と、何かを片言の言葉を語る。
メリディア様は、何かを伝えたようだな。
レガナさんの魔杖が地面に落ちたが、すぐに、
「く、このような<幻惑>なぞ――」
と、<超能力精神>を発動しながら間合いを取り、落ちた魔杖を引き寄せた。
「……破壊の王ラシーンズ・レビオダ様の彫像などが消えた原因は、貴様のせいなのか」
「そうかもしれない」
「……選ばれし銀河騎士と闇騎士、どれほどのものか――」
レガナさんは魔杖の魔刃を此方に向け、<超能力精神>を発動。
否、そのスキルと似た波動のような魔力を発動してきた。
精神の力が渦を巻くように周囲に広がり、光と闇が織りなす黄金比を探るように近づいてくる。
俺も合わせるように<超能力精神>を発動し、レガナさんの波動の<超能力精神>と衝突した。
刹那、レガナさんの過去が鮮明に見えた。
惑星ラシーンズで暮らす以前、銀河帝国の【古の闇長老】ダーク・アバラティアの一団に命を救われた日のことが蘇る。そしてその更に前──。
植民惑星ビラマイルでの悲劇が……映像のように脳裏に浮かぶ。
ナ・パーム統合軍惑星同盟に所属し、平和な日々を紡いでいた一族たちの姿か。
ルーリとは親友だったか、が、その穏やかな暮らしは、一人の管理者によって打ち砕かれていった。
表向きはナ・パーム統合軍惑星同盟側の人物でありながら、その管理者は帝国や海賊、更に犯罪組織とも繋がりを持ち、巧みに立場を渡り歩いていた。
市民からの搾取は日に日に増していった。
法外な税金の取り立ては序の口に過ぎなかった。そしてレガナの姉妹たちの身に起きた出来事――その記憶が生々しい、胸が締め付けられた。
同情を超えて、魂の傷を癒やしたいという強い想いが湧き上がる。
レガナさんの強いマインドの声を全身で感じ取った。
レガナさんは、双眸から涙が零れ落ちる。
その精神は、俺の内に宿る光と闇の調和に触れ、その力の在り方に深い戸惑いを覚えているようだった。魔刃を向けていた手が、かすかに震えている。
「この光と闇の均衡は……どうして、貴方のような者が破壊の王ラシーンズ・レビオダ様を……」
レガナの表情と語りから、戦う氣力は失せていると分かる。
ここからは普通に語るか……。
「俺には魔命の勾玉メンノアとルビアとアドゥムブラリが眷族にいるんだ。破壊の王ラシーンズ・レビオダが潰そうとした魔命を司るメリアディ様の眷族が魔命の勾玉メンノアだ。ルビアはセラ側で生まれた娘。そして、このネックレスは元天魔帝メリディア様の欠片。魔命を司るメリアディ様の母だ。破壊の王ラシーンズ・レビオダは、このメリディア様の秘石、欠片の破壊を狙ったんだ、それの阻止を狙って戦いとなった」
「……」
レガナは魔杖を消した。
続きは明日を予定。HJノベルス様から「槍使いと、黒猫。1巻~20巻」発売中。
コミック版も発売中。




