千六百九十四話 幻瞑暗黒回廊から現れた<パディラの証し>を知る女性
【幻瞑暗黒回廊】に張られた膜が煌めく。
膜が波打つたび、冷たい風が吹き出し、異質な匂いが鼻を突く。
漆黒と宇宙的な星々の輝きを見せつつ、無数の振動を起こしているように膨らみ縮むを繰り返しブレまくると、次第にゆっくりとした前後の揺らぎに変化し、膜は波打ち、歪み、万華鏡のように様々な形を映し出していたが、元の輝きを取り戻した。
と、再び、カラビ=ヤウ多様体のような超楕円曲面が幾つも無限に現れ消えながら膜に戻る、宇宙的な輝きを表に表す魔法の膜に様変わり。
鬼魔人傷場の傷場のゲートと【幻瞑暗黒回廊】は似ている面がある。
そこから新手は現れないが、いつ何時現れるか。
「ンンン――」
黒虎の喉声が斜め上方から響く。
その黒虎は体から無数の触手骨剣を、大きい魔塔の裏側にいるだろう、精霊たちか、他の敵に繰り出していた。血文字で、皆に、
『戦闘中に悪いが、報告を入れるぞ、近くにいる眷族たちは知っていると思うが、大精霊使いレムファルトを倒した。星詠み崩しの陣形も崩れている。【幻瞑暗黒回廊】を見つけて、見知らぬだれかがそこから転がりながらやってきた。で、各自、【力と魔命の魔塔】と【魔連結塔】の魔塔を潰して、戦線の押し上げに協力し、古の魔甲大亀グルガンヌと骨鰐魔神ベマドーラーの前にいるだろうゼメタスとアドモスが率いる光魔ルシヴァル軍の支援を頼む。また、【メリアディの命魔逆塔】の道なりにいる敵の撃破もしていいが、無理はするな。憤怒のゼアの戦略級攻撃を警戒して動け』
『『了解』』
『――はい』
『うん、動きが楽になった』
『――【魔連結塔】に憤怒のゼアの大眷属四人と、眷族衆が数千といましたが、ベリーズとフーとメルとベネットが熔解した体を活かして戦ってくる三人の大眷属の牽制をしている間に、ユイが一人の大眷属を素早く片付け、魔界沸騎士長ボラニウスとラメガノンが率いる千名の沸騎士と骨騎士部隊と、銀灰虎と銀白狼とハンカイとわたしとアドゥムブラリとルマルディとアルルカンの把神書と闇鯨ロターゼが眷族衆を倒しまくり、敵は撤退を開始しています』
『了解した』
シュリ師匠は、
「他も激戦のようだねえ。そして、ここの【力と魔命の魔塔】の一角は完全に潰したと思うから、光魔魔沸骸骨騎王ゼメタスとアドモスたちの軍の押し上げげも楽になる」
「はい」
「そして、ヘルメ様たちが戦っている精霊も大精霊使いレムファルトを倒したから暴走しているかもね。そろそろ勝負ありかな」
「はい、常闇の水精霊ヘルメと闇雷精霊グィヴァに古の水霊ミラシャンですから勝てます」
「うん、言い方は悪いけど蛇の道は蛇ってやつね。あ、そこの人型は氣を失ったままか、お弟子ちゃん的に助けるのよね」
シュリ師匠の言葉に頷いた。
「はい、たぶん」
俺がそう言うとシュリ師匠は頷いて、
「【幻瞑暗黒回廊】は謎だらけ、なにがでるやら警戒は必要よ? 異界の生命体がドバッと体からあふれ出てくるかも……」
「たしかに……」
ホラー映画にありそうだ。
「うふ、それより、そのお弟子ちゃんの新装備が渋くて素敵すぎるんだけど!」
シュリ師匠の両目がハートに見えた。
シュリ師匠に見せるように、
「はい、<血霊魔槍バルドーク>と共鳴するように」
と言いながら両手を広げた。
装甲の表面で漆黒と紅蓮の光が拡がる。
「先程新しい<魔闘術>系統の<覇霊血武>を覚え使用した結果です。皮膚装甲の鎧ですね、胸甲と鈴懸などは<血道第五・開門>の<血霊兵装隊杖>で、<血鎖の饗宴>の血鎖鎧にも少しだけ似ている」
装甲の表面では、筋肉の起伏に沿うように鋼の筋が浮き上がっており、それが古の戦士の肉体を思わせる威容を放っている。
時折、装甲の継ぎ目から漏れ出る魔力が、血管を流れる血のように脈打っていた。
『――古の魔竜を思わせる気高さがあるのう、カカカッ』
『そうだな。<魔界九槍卿>、<夜行光鬼槍卿>、<闇の獄骨騎王>――その称号たちが相応しい威厳を纏っている』
飛怪槍のグラド師匠と獄魔槍のグルド師匠の念話に同意する。
と、装備自体が魔軍夜行ノ槍業に棲まう師匠たちの念話に反応したかのように装甲全体が煌めきを放った。
シュリ師匠は、近づいて、「今、光ったし、少し触っていい?」と告げてきた。
「はい」
「うふふ~」
シュリ師匠は目を細め、「まるで生きているみたいね」と呟きながら、装甲の表面を軽く指でなぞった。触れた箇所から、かすかな紅い光が広がっていく。
皮膚としての感覚があるから不思議だ。
シュリ師匠は、鼻息を少し荒しつつ、
「……へぇ、様々な効果、お弟子ちゃんのハルホンクも関係してそうな、新甲冑、新装備でありながら<魔闘術>系統でもあるのが、<覇霊血武>なのね」
と発言。頷いて、
「はい、肩の竜頭装甲と魔槍杖バルドークが連動しましたから、様々にプラス効果がありそうです」
シュリ師匠は頷いてから、
「闇と光の運び手装備も取り込んでいるようにも見えるし、結構魔力などを消費しそうだけど、あ、わたしも外に出しっぱだし、平気?」
「はい、まだ大丈夫。魔槍杖バルドークが出現させていた場合は、持続性は非常に高まります。しかし、魔力に精神力の消費は高いです、ですから――」
と、魔槍杖バルドークを浮かせ、両腕を下にクロスし押忍というポーズを行うように消費の大きい<覇霊血武>を終わらせた。
新しい装甲の節々と体から魔竜王バルドーク、覇王ハルホンク、魔沸骸骨騎王グルガンヌの他に魔槍杖バルドークが吸い取ってきた様々な魔力が蒸気のように噴出した。
魔軍夜行ノ槍業が蒸気的な魔力に触れて影響を受けたように奮える。
その魔力の一部が魔槍杖バルドークに吸い込まれ消えた。
「おぉ~」
と、シュリ師匠は得物を持ちながら拍手。
その仕種が可愛い。
そして、自然と闇と光の運び手装備と〝霊湖水晶の外套〟が全身に装着された。
肩には肩の竜頭装甲は出現していない。
<闘気玄装>を残し他の<魔闘術>系統をすべて消した。
そこに、右と左に背後からも連続的に爆発音が轟く。
右斜め前方の巨大な魔塔の一つが崩れ、大粉塵が発生した。
「うはっ」
シュリ師匠は驚きながら振り向く。
雷炎槍エフィルマゾルを掲げながらバックステップ、後退し、背後にくる。
少し前に出て、転がっている人型の方も粉塵から守るように<超能力精神>を実行――。
<超能力精神>の衝撃波で、斜め前方から飛来してきた粉塵を吹き飛ばすが一部の粉塵は【幻瞑暗黒回廊】に降りかかってしまう。
が、シュリ師匠と【幻瞑暗黒回廊】から出てきた人型の生命体を守ることができた。
すると、吹き飛ばした粉塵の更に上方の大粉塵の一部からヘルメたちが抜けて現れた。そのヘルメとグィヴァとミラシャンが粉塵を消し飛ばすように宙空を舞っていく。
精霊たちと旧神との激戦に勝利したか。
<珠瑠の花>がヘルメから伸びている先が氣になるが、三人は、立体的なスケートを行うように同時に反転し、身を捻りつつ、レイバックイナバウアーと似ているが、見たことのない機動のダンススケートを行い――。
左から右へと移動する三人の精霊たちの姿は天空の舞台で舞う妖精のようだった。
ヘルメが先導するように水の波紋を描きながら舞い上がる。
と、グィヴァの体から放たれる雷光が、その波紋に沿って螺旋を描く。
ミラシャンは水晶の光を纏いながら、二人の動きに呼応するように優雅な円弧を描いていく。
三人が高速で両手を合わせ、千の手を持つ観音が舞っているかのような幻想的な光景が広がった。
水飛沫と雷光と水晶の輝きが交錯する中、精霊たちの半透明な衣装が魔力に反応して光の花びらのように揺らめいていく。
グィヴァの雷が描く軌跡に沿って、ヘルメの水の帯が絡みつき、その間をミラシャンの放つ水晶の光が縫うように通り抜けていく。
三人の動きが一体となった時、空間そのものが共鳴するかのような波動が広がった。
優美な連続スピンの中で、両足を付け合い、回転しては元の位置に戻りつつ、三人の体から放たれる魔力が混ざり合い新たな光彩を放つ。
喜びに満ち溢れていた表情だから、俺もテンションが上がる。
その姿は神々の舞踏を思わせるほどの荘厳さを湛えていた。両足を揃えて静止した瞬間、周囲に広がっていた魔力が一斉に収束し、まるで万華鏡のような幻想的な光景を描き出した。
おお? 芸術性の高い踊りでとにかく圧倒された。
三人の美女精霊たちからヘルメが抜けて此方に飛来してくる。
そのヘルメは俺たちを見ながら長く伸びていた<珠瑠の花>を引き戻す。
指先の球根に輝く紐を収斂されていく。
と、右の方から輝く紐が体中に絡まり拘束されている闇雷精霊トムムの姿が現れる。
更に、シュレゴス・ロードも現れた。
シュレの片眼鏡がキラリと輝くと、片腕を胸に当て会釈していた。
もう片方の腕の掌の上には、何かが浮いている。
そのシュレたちが近づいてくると、シュレの掌に浮いている存在が見えた。
蓮の花を連想させるような半透明の蛸足集合体の真上に、複眼の一つが浮いていた。旧神を倒した証拠かな、それとも弱らせて戦利品にしたか。
ヘルメたちが着地。
「ンン――」
黒虎も空からやってきた。
「閣下、風と土の精霊の名はアバタル。そのアバタルを倒したところ、このような極大魔石風の乾坤霊玉を得ました、閣下に――」
と、風と土の粒を放出させている勾玉を受け取る。
風と土の極大魔石と似た印象を抱く。
結構な魔力が内包されていた。
表面には風と土を意味する魔印が刻まれている。
ミラシャンが、
「レムファルトは精霊に魔法生命体、旧神などモンスターにそれを投げつけて、一時的に拘束するのに使ってました」
「へぇ、アイテムボックスに入れとくとしよう」
と、戦闘型デバイス型のアイテムボックスに入れた。
そして、
「シュレ、その複眼は、先ほどの複眼の塊、旧神か?」
「はい、名は旧神バヨバヨと名乗って、我ごと内部の異世界に引き込もうとしましたが、<旧神ノ暁闇>を間近で浴びると破裂し、その内部の異世界に飲み込まれるように倒れた後、その内部から違った魑魅魍魎が溢れ出てきましたが、グィヴァ様の<雷雨剣>とミラシャン様の<水晶魔術>で倒しきると、最後に、この旧神バヨバヨの複眼の一つが出現し、抵抗しなかったので、確保し、連れてきました」
「旧神バヨバヨの複眼か。その根元には触手が蠢いているが、大丈夫なのか」
「はい、主に献上しまする」
「ありがたいが……シュレにあげよう」
「ありがとうございます。では――」
と、シュレは、その旧神バヨバヨの複眼を吸い込む。
喉を一瞬膨らませて平らげた。長い舌が唇を撫でていた。
クリスタル風の髪先の蛸の吸盤が輝きを強めると、シュレゴス・ロードの片眼鏡が少し煌めく。やや遅れてイヤーカフも輝くと、片眼鏡に複眼の飾りが加わり、イヤーカフにも複眼の飾りが出現していた。
クリスタル風は蛸の吸盤のみで、変化はない。
眉毛と顎髭も前と同じく渋いまま。
「おぉ、取り込んだか」
「にゃお~」
黒虎が黒猫に戻りつつ、シュレを見上げて、鳴いていた。
「はい、旧神バヨバヨの能力を一部受け継ぎ、我は強化されました」
「おぉ、おめでとう」
「にゃ~」
<珠瑠の花>で捕らえている爺さん精霊が氣になるが、
「はい! ありがとうございます。神獣様もありがとうございます……ところで、その人型の存在は……【幻瞑暗黒回廊】もあるのですな」
と、その進化したシュレゴス・ロードが指摘。
頷いて、
「そうなんだ。レムファルトと戦いながら、ここに着くと、その【幻瞑暗黒回廊】から人型が転がってきた。氣を失っている」
「なるほど」
ヘルメが、その【幻瞑暗黒回廊】に近寄り、
「ビーサのような器官は頭部にはないので、人族型の宇宙海賊【八皇】の一人の艦長ハートミットのような方でしょうか」
その指摘に頷いた。
すると、シュリ師匠が、
「触ると爆発する魔族か、種族かもしれないよ? 人族風の見た目でも、その頭部を覆っている兜を取れば、実は、闇神リヴォグラフ側の眷族かも知れない」
そう指摘すると、シュレゴス・ロードとグィヴァが腕先を武器に変化させる。
「そのような魔族、種族と遭遇経験が?」
「あるわ、【ルグファント平原】の【ヒメリウスの魔岩街】と【煉獄星ノ魔塔】には【幻瞑暗黒回廊】がある、そこから現れている魔族たち、種族にね」
「へぇ」
シュリ師匠は話を続けて、
「顔を自由に変化できる人型種族と、奇怪な液体状の体を持つ連中」
皆が感心したように頷く。
ヘルメは、
「【幻瞑暗黒回廊】は、ありとあらゆる場所に繋がっていますからね」
「あぁ」
「だから助けるなら、氣を付けて……」
「はい」
緊張感を保ちながら、黒猫と共に倒れている人影へと慎重に近づいた。
月明かりのような紅い波動の下で、その姿がより鮮明に見えてくる。
頭部はガスマスクを思わせるブリーザが一体化したヘルメットに覆われ、体には宇宙空間での活動を想起させる特殊な装備を身に纏っていた。
ヘルメットは、ガスマスクというよりは、高度な生命維持装置のようだ。
微かに脈動するチューブや、時折発光するレンズは、単なる防具というより、何らかの実験装置の一部に見える。
二本の腕と二本の足を持つ人型の体格から、人族か高位の魔族の可能性が高い。
すると、倒れていた体が微かに震え一瞬の静寂の後、バネが弾けるように素早く立ち上がってきた。
その動きには戦闘経験者特有の無駄のなさがあった。
相棒の尻尾が警戒し、逆立つ。
ヘルメットの双眸の位置の硝子面越しに双眸が確認できる。
その肩は、右手に魔杖を召喚し、その魔力を通し、放射口からは血のように赤い魔刃が伸び、その切っ先を俺たちに向けてきた。
装備の特徴と魔杖の扱いの洗練された様子から、この人物が闇騎士だろうとは思うが……。
佇まいには見慣れない異質さも感じられた。
ならば……肩の竜頭装甲と戦闘型デバイスを意識。
「ングゥゥィィ」
「……」
素早く〝霊湖水晶の外套〟を消し、闇と光の運び手装備を消して、ハルホンクが元氣に発言すると、ゴルゴダの革鎧服の上下に胸元に魔竜王の装甲が胸に付いた。腰ベルトには剣帯を複数設置されている。
魔杖レイズ、魔杖ハキアヌス、鋼の柄巻、ル・クルンの魔杖、魔杖ラベゼン、魔杖キュレイサーを装備した。
肩の竜頭装甲はすぐに肩に仕舞う。
胸元に<パディラの証し>の〝闇に輝く紋章入りのバッジ〟を装着させ、そのままアイムフレンドリーを意識し、
「どうも、言葉が通じますか? 俺の名はシュウヤ、足下にいる黒猫の名はロロディーヌ、愛称はロロです」
「……通じている。私の名はレガナ、ここは……どこなのだ」
「……魔界セブドラの憤怒のゼアが支配している【魔命を司るメリアディの地】の【メリアディの命魔逆塔】の間近です」
「……ま、魔界……神々の、では、破壊の王ラシーンズ・レビオダ様は……そして、そのバッジは……<パディラの証し>、では私と同じ……」
と、レガナさんは、左の前腕に嵌まる戦闘型デバイスのようなアイテムボックスを見た。俺の戦闘型デバイスとは異なるガジェットだ。
そのガジェットは見たことのない素材で構成されている。
回路の表面にレーザーが幾重も重なり発光している。
ナ・パーム統合軍惑星同盟の技術ではない、帝国由来の技術か。
アクセルマギナかビーサがここにいれば分析は可能だが……。
そのガジェットからディスプレイが浮かぶ。
大気の組成の数値などが表示されている。
立体的な簡易地図も出ていた。
続きは、明日を予定、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻~20巻」発売中。
コミック版発売中