千六百八十八話 メリディア様が宿る秘石と記憶の共有
ネックレスの瓊玉と似た秘宝の欠片が俺から離れた瞬間、空間そのものが息を呑むように静まり返る。
その静寂を破るように、アムシャビス族の音楽家たちの幻影が一斉に動き出す。彼らの奏でる調べには、古の祝福が込められ、その音色は空間そのものを浄化するかのように響き渡っていった。
メリディア様への讃歌か。
メリディア様の意識が宿る秘石は、皆に語りかけるように、ゆっくりと舞いながら動いていく。
と、ルビアが、
「え! 凄い、レビオダにお婆様は取り込まれ、魔槍杖バルドークが、その神意力を吸い取った結果だと思ってましたが!!」
メリディア様の秘石から紅の閃光がルビアに当たる。
「お婆様、大丈夫なのですね?」
「……」
秘宝の欠片のメリディア様は、お婆様と言われ、暫し、動きを止めるが、すぐに、上下し、ルビアに向けに天滅するように光を調整していく。チェーンが優しげにルビアの髪に触れて撫でてあげていた。
その仕草には数千年の時を超えた慈愛が滲んでいた。
お婆ちゃんが孫を労るような優しさもある。
ルビアは「わぁ~」と声を発して、メリディア様の秘宝の欠片に指を伸ばすと、そのルビアの指にも優しげに触れていくメリディア様な魔石の秘宝の欠片こと、略して秘石。
その秘石から天魔帝メリディアの優しそうな表情を浮かべている幻影が見えたような氣がした。
……助けられて本当に良かったと思える瞬間だ。
『ふふ、とても幸せな気分です』
『はい、とても……』
同感と言うように常闇の水精霊ヘルメと闇雷精霊グィヴァが念話で頷いていた。
同時に【メリアディの命魔逆塔】で、メリディア様の体の復活をさせてあげたい気持ちが高まった。娘の魔命を司るメリアディ様もとても喜ぶだろうな。
あ、【メリアディの命魔逆塔】を取り戻し、メリディア様が復活できたら、アドゥムブラリの幼馴染みの復活も可能かもしれない。
そのメリディア様の意識の欠片を内包した瓊玉のような秘宝の欠片は、ルビアから離れ、魔命の勾玉メンノアとアドゥムブラリにも何かを伝えるように、優しげな紅色の光を照射していた。
その自分の気持ちを一生懸命に伝えようとしている動きが、感謝の気持ちに溢れている。
メリディア様の秘石は横回転しながら空中を舞う。
秘宝の欠片に付いているチェーンも遠心力に合わせ、回転の中心から外向きに伸びて煌めいていた。
その先端から放たれる紅の光が空間を彩っていく。
それは、天上の舞踏のような、優美な動き。
秘石は宙を優雅に漂いながら、一人一人にお礼の挨拶をするように周りを巡っていく。
先程の口調といいメリディア様は腰が低い印象だ。
天魔帝という称号が消えて数千年か幾星霜と経っているんだから、その気持ちも当然か。
三つの眼で涙を流していた魔命の勾玉メンノアに、
「メンノア、メリディア様から伝言がある。俺を連れてきてくれて〝感謝している〟とな」
魔命の勾玉メンノアは「……ぁ……はぃ……」と口元に両手を当てて、瞳を震わせながら泣いていく。
同じように感激して涙ぐむルビアとアドゥムブラリに、エヴァたちは、そのメンノアに身を寄せて背を撫でてあげていた。
すると、皆が、メリディア様の魂の破片が入っているネックレスを見上げながら、
「「「「「おぉ」」」」」
「元天魔帝は破壊されていなかった! すげぇぇ!!」
「閣下は、もしかすると、と語っていましたが、こういうことでしたか!!」
「「「天魔帝メリディア様!!」」」
「俺も近くで見てぇぇぇ!」
と、歓声を発していた。
アルルカンの把神書は宙空でコミカルに動いては本を開く。
頁を自動的に捲らせ、その捲らせたところから、ハートマークと星に三眼と四眼のアムシャビス族の方々の幻影を照射し、勝利を記念するようなアニメーションを展開させている。
面白い。
メリディア様の意識の欠片が宿る秘石は、アルルカンの把神書の行為を褒めるように紅色の閃光を放つ。
アルルカンの把神書は照れたように本を閉じ、背と背文字を見せるように己の姿を前後させていた。
秘石は、皆にも向かう。
眷族たちとアルルカンの把神書に向かい、次いでゼメタスとアドモスに沸騎士と上等戦士軍団の一部へと移る。
続いて、シキたち、アドリアンヌたち、ファーミリアのヴァルマスク家たち、【闇の教団ハデス】のキュベラスたちにも紅色の閃光を向ける。
最後に、骨鰐魔神ベマドーラーに乗ってやってきた神界の明櫂戦仙女ニナとシュアノ神界側の南華仙院の戦士団、そして巧手四櫂のイズチ、インミミ、ゾウバチ、ズィルに魔犀花流派の一団の皆にも、お礼の光を届けていった。
当初は、【レン・サキナガの峰閣砦】の周囲の防衛に残すつもりだったが、大規模な空中戦には、骨鰐魔神ベマドーラーと、明櫂戦仙女と〝巧手四櫂〟たちの強さが必要だった。
『ふふ、凄惨な戦争が続いていましたが、これからのアムシャビス族の未来を思うと、良かったと思います』
『あぁ、そうだな』
「おぃぃぃ、勝利の立役者はここにもいるんだぞ~」
と、闇鯨ロターゼの声が【アムシャビスの紅玉環】の内部に谺する。
柱と柱の間に挟まるように、そこにいた。
【アムシャビスの紅玉環】の上下は巨大な孔だが、<超神魔力>が噴出しているから、さすがにそこは入ることはしなかったようだな。
メリディア様の意識の欠片が内包した瓊玉のような石の欠片は、そのロターゼにも近づいて、紅の閃光を照射していた。
ロターゼの頭頂部が紅くなっていく。
なんか面白くて「はは」と笑っていた。
「「ふふ」」
ヴィーネとキサラも笑顔となっている。
すると黒猫が、「ンン」と喉音を響かせつつ銀灰猫たちに寄る。
銀灰猫たちは、
「にゃァ」
「ニャァ」
「ニャォ」
「ワンッ」
「グモゥ~」
と皆が鳴いて返事をしていた。
黒猫は体から橙と漆黒と紅蓮の魔力に加え、紅色の魔力も噴出させ「にゃ、にゃぉ、にゃ~、にゃぉぉ~」と説明するように喋っていた。
黒猫も俺と同じように<超神魔力>を一部吸収したことなどを説明しているんだろう。
アドゥムブラリは、皆とのハグを終えると、背の翼を広げながら駆けよってきた。紺碧と蒼が混じる瞳は少し揺れている。
高い鼻に細い唇にしっかりとした顎骨の端正な顔を持つアドゥムブラリは、素直に格好いい。
そのアドゥムブラリは腕を上げてくる――。
俺も右腕を上げ、
「――主は、魔命を司るメリアディ様に続いて、母君のメリディア様も救ったんだな!」
「おう――」
アドゥムブラリとハイタッチを交わし、続けて下方でのロータッチ。互いに素早く拳を合わせると、「「――ハッ」」と息を弾ませるような笑みを浮かべ、最後はハグで喜びを分かち合った。
「魔霧の渦森でメンノアを得てから、長いようで短いが、本当に凄いことをやり遂げたな!」
「あぁ、まだ――」
「はは~ひゃっほ~」
と、よほど嬉しいのか、アドゥムブラリは笑いながら離れ――「きゃ」と、俺の近くに寄っていたルビアを抱き上げて一回転、ルビアを離したアドゥムブラリは、ヴィーネたちとハイタッチを行う。
【メリアディの命魔逆塔】に憤怒のゼアのことを告げようとしたが、それは〝知記憶の王樹の器〟の神秘的な液体に任せよう。
ルビアは少し頬を朱に染めて「ふふ」と笑みを浮かべつつ飛行術を行い、俺の頭上に戻っていた瓊玉のような秘宝の欠片を凝視。
「シュウヤ様、お婆様の、メリディア様の意識は欠片だけと聞いていましたが、【アムシャビスの紅玉環】の影響で強まっているのでしょうか」
頷いて、
「メリディア様の魂の欠片は、背後の<超神魔力>の奔流の中では会話も可能だった。外に出ると会話は無理のようだな」
「そうだったのですね」
そこで皆を見て、
「さっそくだが皆、記憶の共有だ――」
「「はい!」」
「ん!」
〝知記憶の王樹の器〟を取り出し、<血魔力>を送る。
器に滲み出た神秘的な液体に指を入れ、<血魔力>を送り、神秘的な液体の中にできた小宇宙を思わせる螺旋模様を意識し、サクッと、己の記憶の操作を行った。
そうして、器に溜まった神秘的な液体を皆に飲んでもらった。
◇◇◇◇
すべてを知った皆と憤怒のゼアの懸念を共有。
戦いに備えて、ゼメタスとアドモスと沸騎士長ゼアガンヌとラシーヌたちは古の魔甲大亀グルガンヌに戻る。
巧手四櫂のイズチ、インミミ、ゾウバチ、ズィルに魔犀花流派の一団はかなり優れた戦闘集団だ。明櫂戦仙女ニナとシュアノと神界側の南華仙院も骨鰐魔神ベマドーラーに戻った。
ファーミリアたちにも個別に丁寧に説明をしてから、
「――では、行こうか、【メリアディの命魔逆塔】への案内はアドゥムブラリたちに――」
と、メリディア様の秘石が俺に何かを語るように紅色の閃光を放ち、先を浮遊していく。
「ふふ、メリディア様は元気そう、行こう」
ユイの言葉に頷いた。
「おう、ユイ、悪いが【エルフィンベイル魔命の妖城】を調べるのは後となる」
「あ、うん、いいのよ、今は【魔命を司るメリアディの地】を安定させることが先決」
「あぁ」
「「はい」」
と、皆で、「グォォォォォォォォォン」と円環の【アムシャビスの紅玉環】の外で鳴き声を発している古の魔甲大亀グルガンヌに向かった。
続きは明日、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻~20巻」発売中。
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