千六百五十七話 ゼアガンヌとラシーヌと古の魔甲大亀グルガンヌ
相棒のロロディーヌの触手に捕まっている上等戦士の骨戦士たちは数百はいるから結構な迫力だ。戦場に漂う生臭い血の香りと魔力の残滓が混ざり合い、独特の空気が漂っている。漆黒の魔夜世界に、【メリアディ要塞】の方から<空の篝火>か<アムシャビスの紅光>の紅が基調なグラデーションが綺麗な明かりが降り注ぐように【グルガンヌ大亀亀裂地帯】に不可思議に浸透している。そして、戦いの痕跡か、所々で紫がかった雲が渦を巻いていた。
とりあえず、沸騎士長ゼアガンヌと蒼い髪のラシーヌに、
「「「「「「「おぉ~」」」」」」」
「「「「大閣下と精霊様だ!」」」」
と、挨拶しようとしたが、皆が当然騒ぐか。
すると沸騎士長ゼアガンヌが、
「お前たち、ゼメタスとアドモス様ならまだしも、大閣下様と、あの精霊様、常闇の水精霊ヘルメ様なのだぞ、気持ちは分かるが、静まるのだ!」
「「「「ハッ、大軍曹殿!」」」」
「「「「「「「承知!!」」」」」」」
ゼアガンヌは大軍曹と呼ばれているんだな。
スケルトン兵士たちから親しみを感じた。
「おう、魔公アリゾンと魔界騎士ホルレインは俺が仕留めた。状況的に、魔公爵ゼンの部隊は見ていないが、【アリゾン平原】や【グルガンヌ山脈】が【アリゾン平原】と、【ホルレイン平原】に【グルガンヌの森】における重要な初戦は俺たちの勝利で確定だろう」
「……おぉ……」
沸騎士長ゼアガンヌは体が奮えていく。興奮と喜びと誇りが混ざった感情が、骨の体から溢れ出るように震えている。月がモチーフだと思う前立てが輝きを放ち、甲冑の溝に覗かせている鋼の繊維のような物が鈍い色合いの光が行き交う。
<魔闘術>系統の一部の効果だろう。
ゼメタスとアドモスもだが、彼ら独自の<魔闘術>全般の能力の差異だろう。
「やりました! 嬉しい!!」
「おう、上の魔街異獣は、過去に魔沸骸骨騎王グルガンヌが使役していた古の魔甲大亀グルガンヌだ」
「す、凄いです……空を飛ぶ魔街異獣……しかも古代骨沸魔神グルガンヌ様の化身と呼ばれていた伝説の……」
ラシーヌは知らない情報を教えてくれた。
そもそもラシーヌはどうしてゼメタスとアドモスを……彼女の歴史は興味深いが後だな。ラシーヌを見ていると、彼女は微笑んでから少し視線を逸らし、また視線を戻してから頬を赤らめてから、ハッとしてから丁寧に頭をさげていた。
その仕草には、上官への敬意と、新しい指揮官への期待が混ざっているようだ。
可愛い。
すると、体が奮えていた沸騎士長ゼアガンヌが「大閣下ァァ――」と喜びのまま叫ぶ。
体から漆黒と紅蓮の蒸気のような魔力を噴出させ、口元に亀裂を入れながら黒虎から飛び降りた。
片足の頭で盛大に地面を突くと地面が陥没していた。頭蓋骨兜が煌めく。
「大勝利、おめでとうございます!」
「あ、おめでとうございます!」
と、二人は改めて喜ぶ。ラシーヌは良い笑顔だ。
ゼアガンヌのほうは、眼窩の炎から無数の細かな火花放電が起きては、提灯花火のような火の玉の幻影を発して儚く大気に消えていた。涙的な意味かな?
ゼメタスとアドモスにない沸騎士の新しい反応だ。
胸元の筋肉甲冑も血管のような筋を擁したルシヴァルの紋章樹のような模様が発生しているし、非常に面白い。
自然に、
「おう、俺たちのこともよろしく頼む」
「ンン」
と、黒虎と一緒に挨拶をした。
沸騎士長ゼアガンヌは、
「こちらこそ、よろしくお願い致しまする……」
「はい、こちらこそです」
頷いた。
「……【グルガンヌの森】を守ってくれてありがとう……」
「何度でも救えるなら行動を起こすさ。が、まだ【メリアディ要塞】を巡る戦いがある」
「ハイッ!」
「はい、【メリアディ要塞】は重要です。そこさえ維持できれば……魔公アリゾンと魔界騎士ホルレインが消えた今の【グルガンヌ大亀亀裂地帯】なら、私たちは安寧ができる」
頷く。
その言葉に安心感を覚えるし、好感を抱く。そう考えつつ、
「そうだな、一先ずは良かった」
すると、
「ンン、にゃ」
と鳴いた黒虎は古の魔甲大亀グルガンヌを見やる。
【グルガンヌ大亀亀裂地帯】の上空には、無数の夜雷光虫が星のように瞬いている。その光は時に<空の篝火>と混ざり合い、幻想的な光景を作り出していた。
それらを追うモンスターたちの影が、月光に照らされて地上に落ち、戦場に不思議な陰影を投げかけている。と、綺麗な夜空の前に、相棒に、
「魔公アリゾンとの戦いでは途中離脱したが、ラシーヌとゼアガンヌに上等戦士軍団を助けたのかな」
「ンン、にゃぁ、にゃお~」
と、鳴いた黒虎は触手を俺の頬に付け、
『あいぼう』、『だいすき』、『ぜめ』、『あど』、『ほねほね』、『まもった』
と、健気な気持ちを伝えてくれた。
優しい黒虎の瞳は丸いまま、ジッと俺を見ている。
その黒虎に近付いて、「偉いぞ、ロロ――」とヘルメの横から抱きしめた。
ゴロゴロと喉音を響かせてくる。
「ンン、にゃぉぉ~」
と、黒虎に耳元から髪を舐められ、「……」フガフガと髪を噛まれてしまう。
「ロロさんよ、俺の髪は食うなや――」
と、黒虎から逃げたが、「ンンン」と喉声を発した黒虎の両前足に押さえられるようにのし掛かってきたから<闘気玄装>と<血液加速>を発動し、黒虎を避けた。
すると、沸騎士長ゼアガンヌが、
「ロロ殿様に助けられましたぞ、まさに、聞きしに勝る大神獣様です!」
「「「はい!!」」」
「大神獣様に助けられました!」
「我も触手骨剣が二眼四腕の魔族の胸を貫いてくれたお陰で、三十五度目の死から復活をせずにすみもうした!」
「「俺もです!」」
「おう、私は五十八度目の死から復活となるところでしたが、救われましたぞ!」
と、骨戦士、上等戦士軍団が口々に叫ぶ。
古の魔甲大亀グルガンヌの上に居る数千名の沸騎士軍団とは、見た目が異なる。
骨の鎧も簡素な部分が多いし、やはり、数段階戦力が落ちると分かる。
が、数人の骨戦士の装甲が厚いし、骨騎士のような方もいた。
上等戦士の範疇でも、骨騎士に骨戦士のような、スケルトンソルジャーや、スケルトングレートソルジャーのような細かい位のような物があるのかも知れないな。
そして、上等戦士軍団を見守るリーダー格の沸騎士長ゼアガンヌも皆と骨戦士たちと一緒に共に体から、漆黒と紅蓮の魔力を放出させていく。
一瞬、過去のゼメタスとアドモスに見えた。
それほどまでに漆黒と紅蓮の蒸気のような霧か粉か、そのような魔力の噴出具合が似ていた。
……魔界沸騎士長だったゼメタスとアドモスがアニメイテッド・ボーンズなどを使い実際に産み落とした眷族が、沸騎士長ゼアガンヌだから当然か。
そして、ラシーヌを見やる。
彼女は蒼い眉毛は細く薄緑色の瞳。
鼻は少し高く、小さい唇に顎も細い。
エルフのようなEラインがしっかりしている。
デコルテが見えているがインナーは鎖帷子か。
羽織っている防護服は漆黒の魔獣の革かな、ジャケット的で防御は硬そうだ。
乳房の膨らみと引き締まった腰は、女性の美を現している。
太股が透けた魔法のタイツも魅惑的だ。
胸と腰のベルトが防護服と繋がっている、
背に魔弓と細長い魔剣と魔杖が腰に差してあるし、右手と左手に嵌めている指貫のオペラグローブの甲から魔印が浮かび、その魔印と防護服の至る所に魔線が繋がっていて、魔線の周囲には輪状の魔力粒子が多重に連結していた。
どのような効果をもたらすのか、興味深い。
ラシーヌもかなりの強者か。
「……その魔公爵ゼンの部隊だが、【メリアディ要塞】を攻めている可能性がある。もしくは破壊の王ラシーンズ・レビオダの十万の軍勢と合流か……山越えの行軍も魔族の兵士なら余裕だろうからな。転移陣か、転移の魔法もあるなら余裕だろう」
「はい」
「そうですね……」
沸騎士長ゼアガンヌとラシーヌになり予測はあると思うが、まだ遠慮しているようだ。
それにゼメタスとアドモスの部下だから恐縮してしまっているかな。
ラシーヌは美人さんだからもっと仲良くしたいが、今はそれどころではないか。
二人は、氷竜のフィギュア、ドラゴンが氣になるようで、ちょくちょく俺が持っている氷竜のフィギュアを注視している。
「では、上の古の魔甲大亀グルガンヌに戻ろうか、ロロ、皆をそのまま運んであげてくれ」
「「はい」」
「にゃお~」
ゼアガンヌを強引に乗せた黒虎はラシーヌも背に乗せたまま跳躍し飛翔していく。大気を切り裂く風の音と共に、これからの戦いへの緊張と期待が胸の中で渦巻いていた。
俺もヘルメと共に古の魔甲大亀グルガンヌに向かう道すがら――。
戦場に落ちる<空の篝火>か<アムシャビスの紅光>の明かりが、魔力の差異か屈折で血のように赤く染まって見える時があった。
と、上昇していく途中、【メリアディ要塞】周辺の空間が遠くに見えた。
霧が此方のほうまで伸びている。古の魔甲大亀グルガンヌを迂回しているようにも見えて不思議な霧だ。
「霧は、水精霊マモルルと地精霊バフーンちゃんの影響ですね、温度差があるようです」
「へぇ、水精霊マモモルと地精霊バフーンの影響か――」
極端な湿度さの影響で魔力の霧となって層を成していた。その霧を通り抜けるたび、かつての戦いの残響が断片的に見えるような錯覚を覚える。
それは過去の沸騎士たちの記憶が、この空間に封じ込められているかのようだった。
古の魔甲大亀グルガンヌの近くにいた夜雷光虫と、魔力が交錯していた。
その空間では、時折、次元の境界線が可視化されたような光の帯が浮かび上がっている。その光の帯は、この地が持つ特異な性質を象徴している?
虹色に輝きながら揺らめいていた。と、グルガンヌは俺たちに合わせ、漆黒と紅蓮の炎を放出した。その勢いから、かつての魔沸骸骨騎王グルガンヌの時代を彷彿とさせるような威厳が感じられた。
と、その漆黒と紅蓮の炎は、単なる魔力の放出ではないようだ――。
太古の意思そのものが形を成したかのように、時折、火の玉のような形を作ると、ゆらゆらと、魔力の糸を引き連れて移動し、宙空で沸騰し、魂の在り処を示すかのように明滅し彷徨う……。
同時に、髑髏の指輪からゼメタスとアドモスを生み出した日の記憶をまたも思い出す……魔力の糸が地面に付き、その地面が沸騰しては、漆黒と紅蓮の魔力を噴出させていた。それが、今や巨大な古の魔甲大亀グルガンヌだからな……。
時の流れと共に育まれてきた絆が、この瞬間に結実したような感覚に胸が熱くなる。
グルガンヌの体表から立ち昇る魔力の渦は、この地の魔力脈と共鳴し、独特の律動を生み出していた。
と、グルガンヌ自体が空間を歪ませ、周囲の魔力の流れを変えていく。
魔力脈と地脈が交差する【グルガンヌ大亀亀裂地帯】では、そのグルガンヌの影響がより顕著に現れている?
肌が時折、ぴりぴりと痺れるし、迫力で時空間そのものが揺らいでいるように感じた。
更に俺たちの近づきに合わせたのか、古の魔甲大亀グルガンヌは漆黒と紅蓮の炎を薄くしつつ道のようなモノを宙空に創り出す。
面白い!
すると、古の魔甲大亀グルガンヌの後方では、戦いの余波で生まれた魔力の渦が幾重にも重なっているようで、その渦が時折、紫電のように閃き、大地に落ちて、新たな魔力の水性の花のようなモノを咲かせていた。その光景は美しくも不気味で、戦場の異様さを際立たせていた。




