千六百五十三話 悪夢の女神ヴァーミナ様と魔公アリゾン
ゼメタスとアドモスも魔公アリゾンを仕留めたいと思っているんだろう。だが、悪夢の女神ヴァーミナ様とサシで戦える存在だ、いつものように先陣を! とは言ってこない。
俺と相棒の性格を知っているから見守っているだけかもだが。
そこで四角形の骨の枠の膜のようなディスプレイを消そうと意識した。 途端に、膜状のディスプレイに毛細血管のような物が現れ、拡がってから膜が消えた。骨の枠は古の魔甲大亀グルガンヌの中へと吸い込まれるように消失する。
古の魔甲大亀グルガンヌの双眸との繋がりも消えると俺の左目の内部に棲まう常闇の水精霊ヘルメが、
『閣下、左目から、古の魔甲大亀グルガンヌちゃんと、閣下の繋がりを体感していましたが、非常に面白かったです! 大厖魔街異獣ボベルファの使役を得た時の記憶とは大きく異なります』
『魔街異獣も様々、太古の知識を持つ〝古の魔甲大亀グルガンヌ〟の眼と一体化。大亀の網膜と錐体から垣間見る魔界セブドラの景色は、かなり違って見えたよ、精霊眼のようにな』
『はい……一人一人が違う宇宙を見て、波動を脳と目が、今の世界を分かりやすく処理しているに過ぎないと前に哲学を交えた宇宙観を語っておいででしたが、それですね』
『おう』
『そして、古代の力と閣下は随分と昔から繋がりがあり、ゼメタスとアドモスを育ててきたからこその、この結実』
『そうだな、当初の闇の獄骨騎への変化にも納得していたんだ』
『はい、魔霧の渦森で閣下は魔具の髑髏の指輪に魔力を込めて骨騎士の二人にゼメタスとアドモスを名付け、正式に沸騎士としてスタートした。その時点で、楔が魔界セブドラに打ち込まれた。そして、その楔の大本が実は……グルガンヌ。その魂を起点に小さいながらにグルガンヌの滝壺に領域を得ていた理由にも納得です!』
ヘルメとグィヴァに沙・羅・貂たちも黙っていたが、皆、感動していたんだな。
『ゼメタスとアドモスと閣下は本当に凄いと思います』
『ありがとうヘルメも繋がりで言ったら、相当だぞ、長い間、俺の尻に居たんだからな』
『ふふ、あはは、はい!』
小型のヘルメは呵々大笑。
その笑う仕草が可愛らしくて面白かった。
『まさに太古の知識の一端』
『あぁ』
すると、右目に棲まう闇雷精霊グィヴァが、
『今までにない視力、スキャン能力でした。少々、圧倒されてしまいました』
思念を寄越す。すると、エヴァが、
「ん、前方を映していた映像が消えた」
「今のディスプレイは<古の魔甲大亀グルガンヌ使役>の効果の範疇だ。コントロールユニットの一部で古の魔甲大亀グルガンヌの偵察能力でもある」
「ん」
「「はい」」
立ち上がり巨大な骨の玉座から離れると前方にいる黒虎が姿勢を低くした。
その相棒を見てから皆に、
「魔公アリゾンには俺と相棒が突っ込む。フォローは臨機応変に頼むかな」
「はい、翡翠の蛇弓か陽迅弓ヘイズで、遠目からになりそうです」
「フォローは臨機応変となりそうです」
「了解した、魔公アリゾンたちがいる場所には、上等戦士軍団はいないから、主も派手に暴れることができる」
アドゥムブラリの言葉に頷いた。
闇鯨ロターゼも、
「主はタイマンを好むからな」
と発言。相棒に噛みつかれずに済んでいたアルルカンの把神書は、
「悪夢の女神ヴァーミナ様と戦える魔公アリゾンだ。範囲攻撃を避けながらとなると、俺たちを守ることで主の負担が増える。ヴィーネが言ったように俺たちは俺たちができることをしようか」
アルルカンの把神書の語りに皆が頷いた。
そして、
「それで十分だ。戦いに関しては皆も経験が豊富。その判断は各々に任せよう。そして、悪夢の女神ヴァーミナ様と戦っている魔公アリゾンを見るに中々手強そうだが、幸いに疲弊している。一気に仕留めるつもりだ」
「「ふっ」」
「「おう」」
「「はい!」」
魔公アリゾンは<導想魔手>系のスキルを発動している。
複数の巨大な魔力の手には、武器も召喚可能で、指先も刃に変化させることも可能のようだ。
悪夢の女神ヴァーミナ様の糸状の魔刃の連なりと複数の魔法陣を潰しながら黒兎シャイサードに近付くと、その本体と分身を同時に弾き飛ばしていた。
<超能力精神>や<神聖・光雷衝>のようなスキルも使うか。
「かなり強そうです。広範囲の及ぶ攻撃に接近戦でシャイサードを圧倒している」
キサラの言葉に、皆が頷く、神妙な顔付きとなっていた。
魔公アリゾンは多彩な魔剣師でもあるようだな。
そして、逃げていた先程とは打って変わり、本格的に戦いを始めた魔公アリゾン。
逃げられないと悟ったか?
太いフランベルジュの魔刃を連続的に地面から発生させて悪夢の女神ヴァーミナ様を攻撃している。
悪夢の女神ヴァーミナ様は足下から大量の白濁とした液体を垂らすと、その太いフランベルジュを溶かすように対処していた。
「地形が変化するような戦いか……」
ハンカイの言葉だ。
すると、左と右の空からレベッカ、クレイン、キスマリ、メル、ベネットが飛翔しながら古の魔甲大亀グルガンヌの頭部に乗ってきた。
クレインが、
「撤退している魔公アリゾンの軍は【メリアディ要塞】側に逃げているのが多いさね」
メルも、
「はい、しかも、総長が〝列強魔軍地図〟を見ながら、伏兵をここに用意したら、【メリアディ要塞】の魔命を司るメリアディ様の軍と挟み撃ちにできると指摘をしていたあたりです」
重要な報告をしてくれた。
俺が考えつくようなことは魔公アリゾンも考えるか。
クレインは得物の金火鳥天刺と銀火鳥覇刺のトンファーを消しつつ、
「予想だが、魔公爵ゼンの部隊と合流し、要塞攻めを避けるかもしれない。破壊の王ラシーンズ・レビオダの十万の軍と連携を図るかもだ。実際、わたしが同じ立場なら、ラシーンズ・レビオダ側の諸将と連絡を取るさね」
と予想する。皆が頷いた。
レベッカは、
「魔界騎士ホルレインの残党も魔公アリゾンの撤退する軍と合流しているし、魔公爵ゼンの軍隊との待ち合わせ場所が予め決められていたのかも」
「はい、わたしたちが最初に会議を行ったようなことは向こう側も当然に用意はしている」
キサラの言葉に頷いた。
そこで近場の戦場で戦っているヴェロニカたちを見てから【アリゾン平原】と【グルガンヌの大草原】と【メリアディ要塞】と【グルガンヌ山脈】などに視線を向け、
「ヴェロニカとミスティたちが次々と仕留めている相手は、先程とは異なる軍旗だが、二眼四腕と二眼二腕の魔族の魔傭兵集団か、あれは新手かな」
メルが、
「はい、ミスティから、マスターは血文字は忙しそうだから送ってないけど、会ったら、ここはわたしたちに任せて、本命をぶっ叩いて、戦いを早く終わらせて。と、血文字は受けています」
その言葉に頷く。
「了解した。では、魔公アリゾンの裏を狙うとしよう」
「うん、悪夢の女神ヴァーミナ様のお陰で、魔公アリゾンは手の内をわたしたちに見せまくりだし、シュウヤなら楽に仕留められそうね。フォローも考えるけど、このメンバーだから、余計なことはせず、素直に残党狩りに参加する。で、すぐに古の魔甲大亀グルガンヌに戻ってくるから」
レベッカも冷静に見ている語りだ。皆、頷いている。
「ん、わたしもシュウヤと一緒に行くとおもったけど、【メリアディ要塞】のほうに伏兵がいるなら、対策を練ったほうがいい」
「そうだな」
悪夢の女神ヴァーミナ様の戦っている様子からして、下手に近づけば、悪夢の女神ヴァーミナ様の邪魔をしてしまうという考えもあるだろう。
「では、レベッカとエヴァが言ったように、魔界騎士ホルレインの軍と魔公アリゾンの残党を始末しながら、沸騎士長ゼアガンヌとラシーヌさんを見つけたら強引にでもいいから、この古の魔甲大亀グルガンヌに、回収をして、上等戦士軍団を集めておいてくれ」
「「「「了解!」」」」
「「「はい」」」
「「承知!」」
多士済々の眷族たちの様子を見て、頼もしさを得ながら相棒に跨がった。
モフモフの黒い毛の背に自然と股間がジャストフィット。
長年の信頼関係が生んだ完璧な一体感を齎せる、相棒と俺の気持ちが共有可能となる<神獣止水・翔>のスキルのお陰でもあるだろう。
背中越しに伝わる相棒の息遣いで、次の動きが読めた。
黒虎ロロディーヌの体から出た複数の触手が両足に少し絡んでくる。
長年の戦いで培った信頼関係は言葉すら必要としない。
「ンンン――」
右手に魔槍杖バルドークを再召喚。
<始祖古血闘術>を最初から使う。
<闘気玄装>と<無方南華>と<魔闘術の仙極>を発動。
<メファーラの武闘血>も発動し、光と闇の運び手の装備を身に纏い、風を感じるように<砂漠風皇ゴルディクス・イーフォスの縁>を意識する――。
そのまま俺を乗せた黒虎ロロディーヌは古の魔甲大亀グルガンヌの頭部を駆けた。
振動と共に地面を蹴って端から高々と跳躍した黒虎ロロディーヌは加速し飛翔しながら魔公アリゾンの背後へと直進した。その加速は一瞬で音速を越えた感がある――。
魔公アリゾンは、両腕の先に複数の魔力の歪な腕を生み出し、その指先を刃状に変化させている。
<導想魔手>的な能力か。
悪夢の女神ヴァーミナ様は両腕の包帯防具から無数の糸のような物を刃に変え、それで魔公アリゾンを攻撃しているが、魔公アリゾンは、魔力の手の指から伸びる刃を活かすように、ヴァーミナ様の刃を斬り裂くように防いでいた。
斬るたび衝撃波が周囲に走り、空気を震わせていた。
その魔公アリゾンはバセトニアルの頭蓋骨の戦兜を煌めかせていた。
「きたか――」
と、背中に眼があるように巨大な魔力の腕を背後に生み出すと、それを寄越してきた。
バセトニアルの頭蓋骨の戦兜からは妖しい光が漏れ、朱色の魔力が前立ての形を変えながら蠢いていた。
「『――ウハハ、槍使い! きたな!』」
と、この神意力と魔声は、悪夢の女神ヴァーミナ様。
魔公アリゾンと対峙する悪夢の女神ヴァーミナ様は、己の首の傷から紫がかった黒い血飛沫を迸らせ、それを刃に変えていく。辺りに広がる血の香りと共に、魔力の衝突音が轟く。空気が重く歪み、地面が震える中、魔公アリゾンは横移動でそれを躱していた。
血の刃を避けられた悪夢の女神ヴァーミナ様は、魔公アリゾンの向こう側で颯爽と舞うように横移動し、魔公アリゾンを追う。
魔公アリゾンは振り向きざまに、複数の魔力の腕を振るう。その指先が割れて複数の魔刃としてヴァーミナ様へと伸びていく。
悪夢の女神ヴァーミナ様は体を上下に分割させるような分身術で、その魔刃を躱し、避けながら反撃に糸状の無数の魔刃を繰り出していた。
距離的に魔槍杖バルドークの<魔狂吼閃>を考えていたが使うのを取りやめる――。
使えば、悪夢の女神ヴァーミナ様に当たる――。
迅速な動きを可能とする距離を取るため、
「相棒、離れるぞ」
「にゃご」
黒虎ロロディーヌから飛ぶように離れつつ右前で戦っている魔公アリゾンと悪夢の女神ヴァーミナ様を見ながら上昇飛翔していく。
背筋に走る殺気を感じながら、戦いへの昂ぶりを抑え込む。
血の鼓動が全身を駆け巡るのを加速させるように体から<血道第一・開門>で<血魔力>を 大量に放出させながら、魔槍杖バルドークに<血魔力>を込めつつ<握吸>を発動させ、そのままサイドスローで魔槍杖バルドークを<投擲>――。
宙を直進していく魔槍杖バルドークが真紅の軌跡を描き、空気を切り裂く鋭い音を轟かせつつ直進――
魔公アリゾンが、俺に放った魔力の腕と指先の魔刃ごと嵐雲の穂先が貫いた。そのまま魔公アリゾンに向かう魔槍杖バルドーク。
魔公アリゾンは反応できず、嵐雲の穂先がマントに触れ、否、魔公アリゾンは右に体がブレる残像を生むと、俺の右に転移しつつ左下腕が持つ魔剣を突き出しながら加速し、俺に突撃してくる。
その魔公アリゾンから放れていく魔力の波動と質を見て、強さを直感的に理解できた。
<握吸>を意識し、<投擲>したばかりの魔槍杖バルドークを右手に戻す。
空気が重く軋む、この刹那、静寂が――。
次の瞬間の激しい衝突を予感させる。
<闇透纏視>で、魔公アリゾンの魔力の流れと移動速度を把握しつつ――。
<経脈自在>と<沸の根源グルガンヌ>と<滔天仙正理大綱>と<水月血闘法>と<滔天神働術>と<滔天魔経>を連続的に発動。
<経脈自在>で全身の魔力経路を開放し、<沸の根源グルガンヌ>の太古の力が血脈を通じ全身を巡る。その原初の力を土台に水神由来の<滔天仙正理大綱>が魔力を昇華させ、光魔ルシヴァル独自の<水月血闘法>で血と魔力をより高密度に一体化。水神由来の<滔天神働術>と<滔天魔経>によって、それらの魔力を更なる高みへと昇華させ、体中の細胞と筋肉が共鳴するように馴染ませていく。
体から噴き上がる漆黒と紅蓮の炎が混じる魔力と<血魔力>は、周囲の空気を焼き尽くすような熱を放ち、大気そのものを歪ませていく。
放出された血は蒸発し、渦を巻きながら上昇、その血の蒸気は周囲の景色を深紅に染め上げていった。その深紅の世界に魔公アリゾンの姿が浮かび上がる――。
その瞳に映る殺気と共に――。
続きは明日。HJノベルス様から「槍使いと、黒猫。1巻~20巻」発売中。
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