千六百四十八話 戦場の共鳴
左手に神槍ガンジスを召喚し<握吸>で握り直し、握る手に力が集中し、槍から魔力が逆流するような感覚が走る。
魔槍杖バルドークの柄を握る右手も同様に<握吸>を強める。両手に持つ武器が、まるで主の意思を感じ取るかのように微かに震えた。
<血脈冥想>を維持しつつ<血道第三・開門>――。
<血液加速>。
体内を駆け巡る血流が一瞬にして加速する。
更なる高みへ――<血道第四・開門>。
全身の血管が浮き上がり、脈動が目に見えるほどに。
<霊血装・ルシヴァル>発動と共に、ルシヴァル宗主専用吸血鬼武装の面頬が漆黒の霧から形作られるように具現化していく。
ハルホンクを意識し、闇と光の運び手装備を展開させた。
闇の獄骨騎との共鳴なのか、装備全体が生命を持ったように脈打っている。
「ングゥゥィィ」
肩の竜頭装甲が低く唸り、警戒を示す。その振動が全身を伝わり、戦いへの準備を促す。
更なる力の解放へ――<根源ノ魔泉>から<仙魔奇道の心得>、<闘気玄装>に<無方南華>を重ねていく。魔力の階段を一段ずつ上るように、体内の魔力の流れがあらゆる五臓六腑を魔点穴の経脈と普通の血管を行き交いながら積み重なっていく。
続いて呼吸を乱さず、<血道・魔脈>を意識下に置き、発動させて、<魔闘術>系統の<滔天仙正理大綱>と<黒呪強瞑>と<水月血闘法>と<滔天神働術>と<滔天魔経>なども発動、それぞれが解き放たれる度に、体内の魔力が渦を巻いて増幅されていく。
制御不能なほどに噴き上がる魔力を、<経脈自在>と<血脈冥想>で抑え込む。眉間に浮かぶ仙魔奇道の魔印が青白い光を放ち、その輝きが周囲の空気すら歪ませる。
増加しているだろう脳幹と大脳の神経網が熱を帯びた。
全身を巡る血流と魔力の流れが凄まじい。
術式が重なるたびに魔力の渦が生まれる。
体中の血道・魔脈と連結している魔点穴が光を帯び、無数の開いた毛穴から<血魔力>が溢れ出て、深紅の霧となって周囲を包み込んでいく。
普通の肉体なら、この重圧に耐え切れず破裂するところだった。光魔ルシヴァルの血を引く不死の肉体は、むしろ歓びに震えている。
<血脈冥想>で抑制が効いているが、<血道・魔脈>の恒久スキルの効果が大きいか。
光魔ルシヴァルの不死系の種族の体に存在しうる独自の経脈を<経脈自在>で活かせるようになった。
魔力のうねりを全身に感じるまま<闇透纏視>を発動し、見上げた。
魔界騎士ホルレインと大型の魔馬を凝視。
その魔界騎士ホルレインが乗る大型の魔馬は相棒の黒馬の大きさよりも大きい。
<闇透纏視>で、相手の魔力の流れはある程度見えるが、弾かれることが多い。
その魔界騎士ホルレインは、
「――一瞬でこれほどまで魔力が高まるとはな……」
ホルレインの声にはわずかな驚きが混じっている。
「戦闘力も自由に操作できるのか。そして、その指輪から漏れ出ている紅蓮と漆黒の魔力は……ゼメタスとアドモスと同じ根源とみた」
「あぁ、狂剣タークマリアもそんなことを言っていたな」
「道理で納得だ。そして、ゼメタスとアドモスが何度も何度も蘇る理由だな……その魔具には、永続的な<魔魂回生>の効果があるのだろう!」
と、いきなり魔剣を<投擲>してくる――。
魔界騎士ホルレインとの一撃の交錯――。
閃光のような魔剣が空を切り裂き、瞬時の判断で横に身を躍らせる。しかしそれは囮――。
轟音と共に急降下してきた大型の魔馬の蹄が、大気を引き裂くような威圧と共に襲来。
紅の斧刃で受け止めた瞬間、右腕を痺れが走り、地面を削りながらの後退を強いられる。追撃の魔槍の石突が、眼前に迫る。凄まじい速度――魔槍杖バルドークの紅斧刃で再び受け止めた。
そこに頭上から魔剣の斬撃が振り降ろされてきた。神槍ガンジスを横に構え、金属と金属が激突する轟音と共に火花が散る。その衝撃で大気が振動し、周囲の空気が渦を巻く。
続いて、<魔闘術>系統を強めた魔槍から紫と赤の魔線が吹き荒れると迅速な突き技を繰り出してきた。
ホルレインの魔槍の大笹穂槍が煌めく。
風槍流『上段受け』の魔槍杖バルドークで受けた。
これまた重い――。
――魔槍杖バルドークが振動し右腕が連続して痺れた。正確無比な突きの雨を降らせるように連続攻撃か――そのまま衝撃を喰らいながら地面を削るように魔界騎士ホルレインから遠ざかった。
すると、吹き飛ばされていたゼメタスとアドモスが漆黒と紅蓮の魔力を噴出させ、
「貴様! 閣下と話をしながら、いきなり襲うとは!」
「魔界騎士ホルレイン、次こそ斬るぞ、ゼメタス、征くぞ!」
「おう!」
と、光魔沸夜叉将軍ゼメタスとアドモスは叫びながら魔界騎士ホルレインへと突進。
ゼメタスは名剣・光魔黒骨清濁牙と愛盾・光魔黒魂塊を前方に出した。
アドモスは名剣・光魔赤骨清濁牙と愛盾・光魔赤魂塊を掲げながら前進。
大型の魔馬に騎乗している魔界騎士ホルレインはゼメタスとアドモスを見ようとしない。
ホルレインの右腕に嵌まっている骨状の防具が輝きを帯びると、口から赤と紫の魔息が溢れ、
「<古の魔皇ビヴァルの紫壇ノ結界>――」
「ヒヒィィン――」
大型の魔馬も嘶きながら赤と紫の魔息を吐きだした。
魔界騎士ホルレインと大型の魔馬が吐いた赤と紫の魔息が溶け合い半円形の壁となって立ち上る。
生温かい空気に、古の魔皇の威光が混ざっているようだ。生温かいが、結界か?
――魔界騎士ホルレインを乗せている大型の魔馬は直進し、ホルレインは右手に召喚し直した魔剣を振るってきた。その払いを神槍ガンジスの柄で弾く――。
ホルレインは続けざまに魔槍を突き出してきた。
魔槍杖バルドークの柄でホルレインの魔槍の突きを防ぐ――。
更に大型の魔馬が「ブルルルゥ」と荒ぶる魔息を吐きながら前蹴りを繰り出してきた。
神槍ガンジスと魔槍杖バルドークをクロスさせて螻蛄首と柄で巨大な蹄の蹴りを受け止める。
――巨大な蹄の突きは威力が凄まじい、両腕で殺せないまま背後に運ばれた。
魔界騎士ホルレインは、
「強いな……<古の魔皇ビヴァルの紫壇ノ結界>を用いた魔馬バルンドドアとの連携攻撃<紫檀ノ嘶き>を初見で受けきるとは……」
「当たり前だ! が、これはなんだ、閣下と一騎打ちでもするつもりか! 魔界騎士ホルレイン!」
「これを退かせ!」
光魔沸夜叉将軍ゼメタスとアドモスは体中から漆黒と紅蓮の魔力を噴出させながら、魔界騎士ホルレインが発生させた赤と紫の分厚い魔力層を外から斬りつけてはシールドバッシュを衝突させているが、赤と紫の分厚い魔力層は傷一つ付かない。
俺と魔界騎士ホルレインを半円形で囲う赤と紫の分厚い魔力層が、<古の魔皇ビヴァルの紫壇ノ結界>か。
魔界騎士ホルレインはゼメタスとアドモスを見て、
「ハッ、退かすわけがないだろう、タフなゼメタスとアドモスよ、お前たちが口々にいつも語っていた、閣下が、この槍使いなのだな? そして、お前たちが信奉している閣下とやらが……ここで倒されるのを、そこでよく見ておくがいい……フハハハハ――」
魔界騎士ホルレインは嗤いながら魔槍を突き出してきた。
その魔槍の一撃を神槍ガンジスで受けながら隙を狙う――斜め前に出ながら跳躍し<杖楽昇堕閃>――。
俺と共に上昇する魔槍杖バルドークの描く紅斧の軌跡が、大型の魔馬の左足へと伸びたが、ホルレインは魔槍を下に構え、一撃目を防いでくる。
二撃目の竜魔石の突き出しに近い薙ぎ払いも、少し引いた魔槍の柄で受け止めて防いできた。
構わず、宙空から<血魔力>を込めた神槍ガンジスの<刃翔鐘撃>を繰り出した――。
魔界騎士ホルレインは「ぬっ――」と反応し、魔剣を眼前に突き出し、盾代わりに方天画戟と似た双月刃の穂先を受け持つが、<刃翔鐘撃>は重い。魔界騎士ホルレインが握る魔剣が振動し、横にズレていた。
すかさず<水極・魔疾連穿>を繰り出した。
神槍ガンジスの突きと魔槍杖バルドークの突きは魔槍で防がれる。
次の<刺突>を超える連続突きには「ぐっ」と痛がる声を発したように、魔剣と魔槍で防げずに、左腕と脇腹に傷を受けている、大型の魔馬の馬鎧も削りに削る。
が、「ちょこざいな――」と<魔闘術>系統を強めたホルレインは、魔槍と魔剣を振るい回し、<水極・魔疾連穿>を防ぎ始めた途端「ギャガァァァ――」と口から赤と紫の炎を吐いてきた。
『――閣下! <精霊珠想>――』
即座に<精霊珠想>の常闇の水精霊ヘルメの液体が左目から扇状に飛び出て、赤と紫の炎の直撃を防いでくれた。
『ナイスだ、ヘルメ!』
「驚きだ、左目にそのような魔法生命体を棲まわせていようとは……だが!」
「ブルルゥ……」
魔界騎士ホルレインと大型の魔馬バルンドドアは驚くように兜の庇から覗かせるギラついた視線を強めた。
すると、周囲に展開させていた<古の魔皇ビヴァルの紫壇ノ結界>の赤と紫の魔力の一部が粒子状に魔界騎士ホルレインに付着していく。
常闇の水精霊ヘルメは<精霊珠想>を使い液体と化していた体の一部を、俺の左目の中に戻し、
『閣下、この結界には魔力を増幅する効果があるようです、警戒を』
ヘルメの警告が響く中、魔界騎士ホルレインの姿が紫の魔気に包まれていく。
「見せてやろう、古の魔皇より伝わる奥義を……」
魔馬バルンドドアの瞳が赤く輝き、彼の足下と上空の空間そのものが歪み始めた。
刹那――魔界騎士ホルレインを乗せた魔馬バルンドドアが消える。
次の瞬間、斜め上空で空間が裂け、そこから魔槍と魔剣の双刃が襲来。
その不意打ちを魔槍杖バルドークと神槍ガンジスの螻蛄首で受け持つ――。
両腕に伝わる衝撃が、技の重みを物語っていた。
魔界騎士ホルレインはまたも驚いたように、
「――我の<空間跳躍>による<魔皇・二穿刹>をも対処するとは!」
「あぁ、不意打ちには慣れている」
「なるほど……ならば――」
魔界騎士ホルレインの声が響く。
赤と紫の結界が収縮し始め、その魔力が彼の体へと流れ込んでいく。
『閣下、警戒を! 魔力の密度が急激に上昇しています!』
ヘルメの声に呼応するように、魔馬バルンドドアの馬鎧の節々と体の一部から禍々しい紋様が浮かび上がり始めた。
すると、魔界騎士ホルレインは右腕を掲げ、
「我に呼応せよ、<ギィルセルの戦骨腕>!」
刹那、振動の鼓動音が響く。
彼の嵌めている骨の腕防具が赤と紫の魔力を喰らうように伸縮すると、赤と紫の魔力が構成する強化外骨格の戦鎧を着た存在が、魔界騎士ホルレインの背後に取り憑くように現れる。
背後に現れた強化外骨格の存在は、魔界騎士ホルレインの動きに呼応するように揺らめく。
『閣下、あれは……古の魔皇の腕骨から作られた魔装具のようです! あ、【魔沸骸骨騎王グルガンヌ古墳】と関係が!?』
「よく見ておけ……<古の魔皇ビヴァルの紫壇ノ結界>と<ギィルセルの戦骨腕>の共鳴――」
魔界騎士ホルレインの魔声が戦場に轟いた。
魔声は周囲の赤と紫の魔力の一部を不可解な形に変化させると、一部の結界の魔力が戦骨腕へと吸収されていく、そのたびに、背後の存在が実体化していく。
戦場と大地が共鳴しているように震動が強まった。
同時に闇の獄骨騎の指輪から漏れる漆黒と紅蓮も強く離れて地面に吸い込まれていった。
刹那、空間が歪む。
今度は一箇所ではない。
結界の内側に無数の空間の歪みが生まれ、それぞれが魔力を帯びて輝きを放っている。
「これが、<魔皇・千界葬>」
空間の歪みの一つ一つが転移点となり、そこから魔槍と魔剣の斬撃が降り注ぐ。
全方位からの攻撃に、神槍ガンジスと魔槍杖バルドークが唸りを上げる。
続きは明日、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻~20巻」発売中。
コミックス1巻~3巻発売中。




