千六百四十三話 接敵とゼアガンヌにラシーヌの横顔
月光を浴びた滝壺が煌めくと、そこから骨騎士たちが大量に現れて岸に上がっては平坦な岩場で整列し始める。
光魔沸夜叉将軍ゼメタスとアドモスは、全身から黒と赤の蒸気のような魔力を噴出させながら、
「――接敵があったか!」
緊迫した面持ちでゼメタスが叫ぶ。その声には、これから始まる戦いへの覚悟が滲んでいた。
「ゼアガンヌたちはもう出撃したのだな」
とアドモスが確認した。
「「「ハイ!」」」
と骨騎士たちが応え、その中から腕を失ったままの骨騎士の一体が、
「大軍曹殿とラシーヌ殿の上等戦士軍団の歩兵部隊は【アリゾン平原】で魔公アリゾン、魔界騎士ホルレインの部隊と衝突し、一時的に勝利しました」
骨騎士は一息置いて続けた。
「しかし新手の強者、曲剣の魔剣を扱う女性魔族とその部隊と衝突し、我らは一気に瓦解しました。ただし、それも作戦の範疇です。大軍曹殿とラシーヌ殿は順調に【グルガンヌの森】に敗走しております。我らを追ってきた魔公アリゾンと魔界騎士ホルレインの手勢は、勢い良く【グルガンヌの森】に侵入してきましたが、予め用意されていた罠に次々と掛かりました。そこを伏兵による攻撃で、魔公アリゾンと魔界騎士ホルレインの手勢を追い返しました」
光魔沸夜叉将軍ゼメタスとアドモスは徐に頷き、俺を見ると、黒と赤の粉塵状の魔力が渦を巻くように発生し、
「ヒョードル――」
「ザレアド――」
と、発言した刹那――。
大型馬ドールゼリグンのヒョードルとザレアドが、【グルガンヌの森】の方面の樹をなぎ倒しながらやってくる。
馬鎧が似合う二匹は【グルガンヌの滝壺】の領域に入り、ゼメタスとアドモスの前で止まった。
そのヒョードルとザレアドにゼメタスとアドモスが華麗に跳び乗った。その動きに呼応するように相棒が「ンン」と喉声を響かせ、黒猫の姿から大型の馬のような神獣に変化を遂げる。
黒い天鵞絨を思わせる体毛が風に靡くさまは美しい。
グリフォンの輪郭も加わっているような印象だ。
そんな胴辺りの毛がモゾモゾと動くと地肌から伸びた複数の触手が俺の体に絡み付く。
そのまま体を締められるまま引っ張られた。急いで右足を上げながら黒馬ロロディーヌの背を抱くように跨がった――モッフモフの毛を体感するように抱きつく――。
いい匂いに温かい~。
相棒の背にはふさふさな毛が多いが内側はかなり筋肉質だ。ごわごわ感が半端ない。と、それは一瞬、相棒の背の筋肉と黒い体毛は俺の太股とお尻と金玉の位置に合わせたようにジャストフィットする。
体毛と触手が鐙に変化し両足に絡み付く。
触手手綱がなくともピタリと体が固定され、落ちることはない。
「――皆、眷族と仲間の位置を見ながら上等戦士軍団以外の魔族を個別に倒しに掛かるとしよう」
「「「「「はい!」」」」」
「はい、がんばりましょう」
「はい! 〝列強魔軍地図〟で地形は見てますからね」
「上等戦士軍団以外が敵ってことだ、やろうか!」
「「「「承知致しました!」」」」
銀灰猫たちもすぐに、
「ンン、にゃ~」
「ニャォ~」
「ニャァ~」
「グモゥ~」
「ワォォン!」
銀灰猫たちは次々と鳴き声を上げた。
甲高い猫の鳴き声から低く唸るような獣の咆哮まで、様々な音が重なり合う。
異界の軍事貴族の銀灰の猫のフル・メトは、銀灰の大型の虎に変化した。その上にヴィーネが乗る。
魔造虎の大型の黄黒虎のアーレイには、ハンカイが乗る。
魔造虎の大型の白黒虎のヒュレミには、ママニが乗る。
異界の軍事貴族の大型の鹿魔獣ハウレッツには、ベリーズが乗った。
滝の水飛沫を浴びていた闇鯨ロターゼとアルルカンの把神書が、
「やるぜぇぇ」
「――いきなり戦か!」
と言いながら降下。
そこの上にキサラとルビアとシャナと六眼キスマリが乗った。
<筆頭従者長>ミスティは、ロターゼの真横に浮遊している魔導人形のゼクスの肩に腰掛け、
「わたしはゼクスと共に、空からロターゼを狙う存在を逆に狙うから」
「はい、私も基本はそうしましょう、シャナさんを守ります」
と、<筆頭従者長>ルマルディもミスティに同意し、ロターゼの体に刻まれたばかりの浮き彫り状のルシヴァルの紋章樹の印に右手を当てていた。
<筆頭従者長>キサラは、
「はい、では、戦場を見据えながら連携しましょう。ロターゼはシャナを乗せた機動で守りを重視よ」
「了解した」
「皆様、わたしもがんばりますが、よろしくです!」
「うむ、可愛い人魚ちゃんよ、大船に乗った氣分でいればいい、そして、勝利した暁には、俺専用の歌を作ってくれ」
「ふふ、なにかのフラグですか?」
「ちげぇ!」
「ふふ、はい」
ロターゼとシャナの会話がレアで面白い。
「我は、強者がいる場所か、敵の密集地を狙う。ロターゼからはすぐに離れるつもりだ」
と、発言したのは<従者長>キスマリ。
ルマルディは、
「はい、お願いします」
と発言しつつ体から<血魔力>を発生させる。
ルマルディの手型が闇鯨ロターゼの皮膚に発生し、それが波紋のようにロターゼの他の皮膚へと伝搬していた。
アルルカンの把神書は、俺と相棒の下に飛来したが、「ぬぉぉ~俺ぁぁぁ~」と黒馬ロロディーヌの体から出た数本の触手に捕まってはルマルディの傍に誘導させられていた。
<筆頭従者長>のビュシエは、「シュウヤ様、<血道・石棺砦>で皆さんを運びつつ、<血道・霊動刃>か、<バーヴァイの魔刃>を使うか、白い蝙蝠に変身し、臨機応変に戦います」
「おう、<血道・血槌轟厳怒>の大技を使ってもいいから」
「はい!」
蒼い目と長い金髪が綺麗なビュシエは両手を広げつつ飛翔し、足下に<血道・石棺砦>を発動し、数個の血が滴る石棺を組み上げた。
その大きい筏にも見える石棺の上に〝血宝具カラマルトラを装備しているベネットが着地。
続いて、<筆頭従者長>アドゥムブラリと、フランベルジュのような魔剣のベイホルガの頂を右手に握っている薄着の<筆頭従者長>ヴェロニカも着地。
聖鎖騎士団団長ハミヤはダクラカンの聖剣を右手に召喚しつつ着地し、エラリエースは神剣ピナ・ナブリナをラムーに見せながら、その<従者長>ラムーも槌を召喚しつつ着地。
イモリザは<光邪ノ使徒>のピュリンに変身。
そのピュリンは右腕に骨筒の<光邪ノ尖骨筒>を用意しながらビュシエの生み出した石棺の上に着地。
<従者長>エトアも着地。
ガントレットの怪物<龕喰篭手>を出したファーミリアも着地。
続けてヴァルマスク家の<筆頭従者>アルナード、<筆頭従者>ルンス、<筆頭従者>ホフマンたちも、ビュシエの<血道・石棺砦>の上に跳び乗った。
その皆を乗せた<血道・石棺砦>の隣に、頭部を更に大きくさせたドマダイが浮遊しながら並んだ。
そのドマダイの上に、青銅の縁取りが施された巨大な芭蕉扇のような武器を右手に生み出したアドリアンヌが着地していた。
芭蕉扇のような武器の扇面には古代の魔文字が浮かび上がっている。
アドリアンヌの靴はヒール。
鋭いから、そのドマダイの頭部に突き刺さってしまった。
アドリアンヌは慌てて謝ったが、ドマダイは普段通りの無表情を崩さず、わずかに頭を傾げるだけだった。
付き合いは浅いが、たしかな信頼関係が出来上がっていると分かるから、心がすこしほっこりした。
そのまま【星の集い】の面々のホワインとファジアルも、ドマダイの上に着地。
そこに、形容しがたい頭蓋骨の群れの<溯源刃竜のシグマドラ>を生み出したシキと、漆黒アロマ、霧魔皇ロナド、骸骨の魔術師ハゼス、霊魔植物ジェヌが跳び乗っていた。
キュベラスとヒョウガと闇速レスールと炎極ベルハラディとイヒアルスも、そのドマダイの上に着地。
シキの勢力と【星の集い】と【闇の教団ハデス】組か。
そのドマダイは俺たちの真上に浮遊し、待機。
視界は暗くなった。
俺の左では銀灰虎に乗ったヴィーネ。
銀白狼に乗ったエヴァ。
黄黒虎に乗ったハンカイ。
白黒虎に乗ったママニ。
鹿魔獣に乗ったベリーズ。
クレインとレベッカとフーとユイとクナと<光魔王樹界ノ衛士>ルヴァロスとメルがいる。
メルの真上に法魔ルピナスに乗ったサザーがいた。
その法魔ルピナスの上にクナが移る。
戦場で散った上等戦士たちは【グルガンヌの滝壺】から岸に上がっているが、俺たちの姿を見て、驚いて、滝壺に戻っている上等戦士もいた。
大半の上等戦士は、歓声を発している。
上等戦士たちの様子を見つめながら、ユイたちに、
「ヴァルアの騎魔獣があるが、皆、どう思う?」
と、俺が聞くと、ユイは戦況を見極めようとする慎重な表情を浮かべ「戦場をじかに見てからと、言いたいけど、緊急時に使うにはまだまだ調整不足かな」と発言していた。
レベッカは、
「普段の移動手段として、シャナが乗る分には良いと思うけど、ユイの意見に賛成かな」
「ん、皆、普通に速いし空を飛べるから大丈夫、ヴァルアの騎魔獣もドラゴンで、六眼を持つし、異界の軍事貴族だから、タフだと思うけど、【アリゾン平原】も窪んだ地域はあるようだから、運用は難しいかも」
エヴァの言葉にユイが、
「そうね、光魔ルシヴァルの皆は単純に移動速度が速いし、わたしは<血液加速>を覚えたから、乗り物はロロちゃんのような存在ではないと逆に遅く感じちゃう」
と発言し、クレインが、
「……そうさねぇ、調整不足、ヴァルアの騎魔獣もわたしたちを乗せられるだけの乗り物だとは思うがね」
レベッカは「うん」と同意し、エヴァが、
「ん、だれかが見ておくなら出すのもありだと思う」
と発言。
「では、このままの陣形を維持しつつ、緊急時の援護用として、ヴァルアの騎魔獣を待機させよう。具体的には、ヘルメかグィヴァ、それにミレイヴァルにマルア、フィナプルスを配置しようと思う。そして、高所からの視界確保と、即座の介入が可能な位置取りを心がけてくれ」
皆が、頷いた。
そこで、俺たちを待っていた光魔沸夜叉将軍ゼメタスとアドモスに、
「ゼメタスとアドモス、【グルガンヌの森】か【アリゾン平原】に案内してもらう」
「承知、すぐですぞ――」
「此方です――」
光魔沸夜叉将軍ゼメタスとアドモスを乗せたヒョードルとザレアドは【グルガンヌの滝壺】の岩場から離れ巨大な樹と樹の間に足を踏みれた。
獣道ではない、木材と砂利が敷き詰められた道だ。
が、それは途中まで、ショートカットかな。
急激に木々が繁るエリアに突入した光魔沸夜叉将軍ゼメタスとアドモスが木々を吹き飛ばしながら【グルガンヌの森】を突き進む。
巨木が次々と薙ぎ倒され地面が抉られていく。
その破壊の轟音が森全体に木霊し、小動物たちが慌てて逃げ惑う姿も見える。
環境破壊の規模は凄まじいと、すぐ前方から土煙が濛々と立ち上るのが見えた。その中を無数の魔素が光の粒子のように乱舞していく、青や赤、紫の魔素が交錯する様子は夜空に浮かぶオーロラのようにも見えた。
右側を走る銀灰虎に乗ったヴィーネが、
「――ご主人様、敵の大将を狙いにいって構いません」
「おう、ならば、ヴィーネ、エヴァ、ハンカイ、ママニ、ベリーズは俺と共に付いてこい」
「「「「はいっ」」」」
「ん」
「ワンッ!」
「「にゃご!」」
「ニャゴォ!」
「グモゥ!」
皆を乗せている銀灰虎と銀白狼と黄黒虎と白黒虎と鹿魔獣は気合いが入っている。
そのままゼメタスとアドモスの星屑のマントが舞うのを見るように二人の背後を前進し続けて、木々の間を縫うように【グルガンヌの森】を駆け抜けた。
足音が地を震わせ、枝葉が舞い散る中、俺たちは矢のように突き進む。
ここは樹を活かした要塞が多い。
穴蔵のような地形に合わせた骨の巨大厩舎があり、そこからスケルトン軍団の上等戦士たちが出入りしている。
月明かりに照らされた上等戦士軍団のスケルトンたちは一つの意思を持つかのように息を合わせて動く。その白骨の軍団は幽玄な舞台の上で踊る影絵的――。
整然とした動きには不気味な美しさがあり、死の芸術とでも呼びたくなるような光景を作り出していた。
各部隊が互いの位置を把握し、隙のない陣形を保ちながら迅速に前進していく様は長年の訓練の賜物だろう。
と、――光魔沸夜叉将軍ゼメタスとアドモスを乗せたヒョードルとザレアドは跳躍が増えた――。
窪み、あぁ、落とし穴か。
俺を乗せた黒馬ロロディーヌも跳躍――。
前方に、また巨大な落とし穴が見えた。
落とし穴の底では、槍衾で仕留められた二眼四腕の魔族の死体が散乱している。
樹の枝から下に展開された魔法の網に引っかっている二眼四腕の魔族も増えた。
今も魔法の網を斬ろうとしている二眼四腕の魔族たち。
そんな二眼四腕の魔族に上等戦士軍団の槍部隊が槍を連続的に突き出し、二眼四腕の魔族の兵士たちを仕留めていく。
二眼四腕の魔族は吸血鬼並に回復能力を有した存在もいたが、数百を超える槍と魔矢の鏃の浴びて絶命していた。
傾斜した高台には、巨大な大木が【アリゾン平原】側へと転がり落ちた跡が生々しく残っている。木の根が地面を抉り、土砂と共に崩れ落ちた痕跡が、先ほどまでの激しい戦いを物語っていた。
光魔沸夜叉将軍ゼメタスとアドモスを乗せたヒョードルとザレアドは歩みを止めない。
と、少し先に平原地帯が見えたところで、二人を背に乗せた大型の馬のヒョードルとザレアドは急激に足を止めた。
その平原から夥しい兵士の群れが骨騎士、骨戦士の上等戦士軍団を追いかけるように此方側の【グルガンヌの森】へと押し寄せてくる。
その戦場の中央で一際大きな骨の騎士が目についた。
リーダー格と思われる魔界沸騎士長のゼメタスとアドモスと似た姿の大柄のスケルトン騎士が二眼四腕の魔族を一人、二人と魔剣のような骨剣で突き刺して倒している。
魔界沸騎士長のゼメタスとアドモスに似た威厳のある姿の骨騎士、あれが、ゼアガンヌか。
そして、そのゼアガンヌの背後には蒼い髪を有した背の高い細身の魔族女性がいた。
「――ぬおぉぉぉぉぉ! ゼアガンヌ! でかした! お前は退いて休むがいい!!!」
と、轟くような咆哮が森を震わせた。
「ここからは我らが出よう!!」
アドモスの声が続く。
両者の声が重なり合い、戦場に轟音となって響き渡った。
俺たち側の【グルガンヌの森】の木々が震え、小鳥たちが驚いて一斉に飛び立つ。
その羽音さえも戦いの前奏曲のように感じられた。
「はい、ゼメタスとアドモス様!!」
「あ、がんばってください」
戦場の喧騒の中、ラシーヌの横顔が一瞬きらめく。
薄緑の瞳には凛とした気品が宿り、その美しさは混沌とした戦場にあって一層際立っていた。
と、先を征く光魔沸夜叉将軍ゼメタスとアドモスから粉塵のような漆黒と紅蓮の魔力が渦を巻き、星屑のマントが盛大に靡く――。
魔力は生命を持つかのように蠢き、まるで二人の意志そのものが具現化したかのようだった。
その圧倒的な存在感に、敵味方問わず、一瞬の静寂が戦場を支配する。
まるで時が止まったかのような緊張が漂う中、両軍の呼吸が重なり合う。
と、すべてが動き出す――。
漆黒の不動明王の化身のごとき光魔沸夜叉将軍ゼメタス。
右手が持つ名剣・光魔黒骨清濁牙が一閃する。
一閃の光と刃を魔剣で受けたかに見えた二眼四腕の魔族の体だったが、魔剣は弾かれ、体は紙が裂かれるように斜めに両断されていた。
三本の腕が宙を舞い、血飛沫が周囲に飛び散る。
紅蓮の不動明王の化身を思わせる光魔沸夜叉将軍アドモスがにわかにブレた。斜め前に出ながら振るい上げた名剣・光魔赤骨清濁牙が突き出された魔剣を弾くまま、名剣・光魔赤骨清濁牙が二眼四腕の魔族の首に滑り込む。
そのまま二眼四腕の魔族の頭部が宙を舞った。
切断面からは赤黒い血液が噴き出し、周囲の地面を染め上げていく。
続きは明日。HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻ー20巻」発売中。
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