百六十三話 始まりの夕闇
神獣ロロディーヌに乗って空を飛ぶように移動。
あっという間に【迷宮の宿り月】に到着。
もう夜だ。
宿り月の手前にあるオブジェはいい感じ。
淡い光の点滅が軒と壁を射す。
その淡い光は、丸い月を象った影を通りに伸ばし、その影の上で走る野良猫たちが愉しげな影絵を展開するように走る。
影と宿屋の外観は、お洒落だ。
ランタンのオブジェは、独特で誘蛾灯のようにも感じた。
すると、蝉の鳴き声が響いてきた。
ゼッタの蝉かな?
風情を感じながら神獣ロロディーヌから飛ぶように降りた。
ヴィーネも降りてよろけたが体勢を整えている。
馬獅子型から黒猫に姿を戻した黒猫はいつもの肩に納まった。
宿り月の玄関扉を開けて中へ入ると……。
聞き覚えのある癒しの歌声が聞こえた。
シャナの歌声だ。
相変わらず素晴らしい声。
耳から大脳を声で優しく撫でられているような……。
凄まじい癒しの効果。
歌声に誘われて食堂へ向かう。
やはり、ステージの上でシャナが歌っていた。
シャナは腕を広げるポーズを取りながら、声を高める。
いい感じにボルテージが上がった。
美人の歌手さんがシャナだ。
すると、シャナは新しく入ってきた俺たちを見て、
『あ、発見』というように頭部を僅かに傾ける。
可愛くウィンクを繰り出してきた。
周りの客がざわついた。
「今、おれにウィンクした」
「いや、俺だ」
「俺だ、俺だ」
「かわいい、あの目はわたしに向けられたのよっ」
「違うわ、わたしよっ」
騒ぎになったが自然と客たちは歌声に魅了されたように、静かになる。歌い手のシャナへ集中していく。
さて、メルはどこかな……と、視線を巡らせると、
「ああ、シュウヤさんっ、よかった。急いでこっちに来てください」
メルだ、扉の前にいる。
表情は険しい。
ヴィーネとアイコンタクト。
頷いてから、メルのもとへ急いだ。
「すみません、こっちです」
前と同じく扉の先にある螺旋階段を下る。
地下の大部屋の前に到着。
その扉を潜り冷んやりとした空間に入った。
会議室でもある地下空間。中央の地面は陥没している。
「それで、何かあったのか?」
「はい。あの、ですね……今、戦争中なのです」
いつものメルらしくない。
言いにくそうに戦争中と話していた。
「……戦争? 闇ギルド同士のか?」
「ええ、勿論……三つの組織から喧嘩を売られている状態なのです」
「なるほど。で、カザネの件はどうなった? 俺はそれで来たんだが」
敢えて戦争の話題はスルーした。
「一度、向こう側にシュウヤさんのメッセージは伝えました。ですが、現時点では、戦争中なので連絡が取れていないのです」
返事がまだかよ。
「……そんな顔をしないでください。シュウヤさんが関わりたくないのは分かります。しかし、ヴェロニカが天敵との戦いに敗れて大怪我を負っちゃったの……」
何だって? ヴェロニカが敗れたのか。
「ポルセンとアンジェも狂騎士相手では分が悪くて、今は〝食味街〟をなんとか守っている状況なのです。ここにも敵が押し寄せてくるかもしれない。マギットがいるので大丈夫だと思われますが、とにかく、戦況が芳しくないです。今は少しでも戦力が欲しい――シュウヤさん、厚かましいお願いですが、わたしたちを助けてください。お願いします」
メルは喋りの途中で、勢いよく頭を下げて両膝を床に突けた。
土下座ではないが、まるで神にでも祈るかのように、俺を見上げてくる。
参ったな。団長としてのプライドを捨て、しかも美人にここまで頼まれたとなると……。
ヴィーネは冷然とした表情でメルを見つめていた。
しかし、メルがさりげなく話をしていたマギットはここを守る秘密兵器か。
あの首輪にある魔宝石のようなアイテムが関係している?
ま、そんなことより、どうするか。
今までの誼で助けてやってもいいが……。
そうだ……思いついた。
「……助けてやってもいい。しかし、条件がある」
「な、なんですか?」
そのタイミングで、ヴァンパイア系らしく……。
目に力を入れる。
「……俺の軍門に下れ」
「……な、いきなりですね。シュウヤさんに忠誠を誓えと? 貴方が【月の残骸】の総長に?」
メルは、じっと俺の双眸を見つめてきた。
暫くしてから、少し顔を逸らして逡巡している。
蜂蜜色の髪が揺れていた。
顔色からして、動揺しているはず。
『閣下、素晴らしいお考えです。やはり、軍勢を作る気なのですね』
『少し違うが、まぁいい』
「……勿論、忠誠は全員に誓ってもらう。が、【月の残骸】のリーダーはあくまで、メルさん、貴女だ」
彼女的には毒を以て毒を制する。
的な展開を狙っているんだろう。
んだが、俺を利用するつもりなら、お前らも利用させてもらうという皮肉も込めたつもりだ。
それに、支配下に置けば、エヴァ、レベッカにも陰ながら守りの人員を配置しておける。
エヴァには必要ないかもだが。
「それはどういう……」
メルの真剣な眼差しが、俺の闇を貫く。
真意を見定めようとしているのだろう。
「どうもこうもない、【月の残骸】のすべてを俺が貰う。しかし、実際に俺の手足となって動くのは貴女だ、ということだよ」
……俺の種族は光魔ルシヴァル。闇側でもある悪人だ。
でも、わくわくしている闇側の自分がいる。
「……本当に【月の残骸】を救ってくださるのですね?」
問うように聞いてくるが、メルの茶色の瞳は揺れて、まだ迷いの色が見えていた。
少し涙目になっている。
「あぁ、手出しする奴は根絶やしにしてやる。ヴィーネもついてくるよな?」
「無論です。至高なるご主人様。敵対する闇ギルドを根絶やしにしましょう」
なんか、ヘルメの口調に似ている。真似したのかな。
『閣下、ヴィーネは見所があります。それと、戦いに赴かれた際には、わたしもお使いくださいね』
視界に登場する精霊ヘルメさん。
『わかった。使わないかもしれないけど、使うときになったら念話するから、消えていいぞ』
『はいっ』
小型ヘルメはその場でくるくる踊るように回って消えていく。
「……解りました。ですが、返事は結果をみさせてもらってからでも宜しいですか?」
曖昧だな。俺がすべてを片付けたあと、掌を返す可能性もありか。
だが、今までの付き合いからそれはないと思う。
「いいだろう。前線の食味街に向かうとして、戦っている相手の組織名は?」
「【覇紅の舞】、【夕闇の目】、【黒の手袋】の三つの組織」
【夕闇の目】の狂騎士なら一度、相対したことがある。
「この間、話をしていたカザネのグループとは関係がないのか?」
「はい。アシュラー教団は基本中立の立場。各地に宗教組織としての影響力を持ちますが、縄張りは極小さい範囲ですし、【星の集い】の配下ではありますが、あくまで、八頭輝という名目を守り、年末のオークションを円滑に進めるためだけのボディーガードの集団です」
「分かった。食味街に行こうか」
「はい。では少々お待ちを」
メルは通路の一室に駆け込む。
急いで装備を整えたのか、若干息を荒らげながら地下の会議室に戻ってきた。
胸ベルトに短剣類を装着。
腰のベルトには長剣と短剣がぶら下がる。
靴も戦闘用かな。
魔力が漂うグリーブ系の戦闘靴を履く。
足が長く綺麗だ。筋肉質だし、無駄がない。
メルは俺に足をわざと見せてくる。
踵から足首にかけて、どういう訳か、大きな穴が空いていた。
影技的なものを使いそうだ。
「――行きましょう、こっちです」
メルに案内されたのは……。
俺たちが降りてきた螺旋階段ではなく、会議室から岩の階段を上がった先にある通路だった。
ランタンで灯された地下通路は横道が沢山ある。
これ、街の各所へ繋がっていそうだ……。
やがて、行き止まりの梯子があるところへ出た。
その梯子をメルは上がっていく。
勿論、揺れる太ももとお尻と黒パンティは拝見した。
上にはロープと繋がったマンホール的な木製の蓋があった。
メルがロープで、その蓋を引っ張る。
と、頭上の蓋が左右にパカッと開いた。
「地上に出ます」
メルは、梯子を上がり地上に出る。
俺とヴィーネも続いて地上へ出た。
「ここは宿り月の南東、食味街は東の第二の円卓通りの近くです」
「了解、案内してくれ、ロロ」
「にゃ」
黒猫は黒馬ロロディーヌへと変身。
「こ、これは……きゃっ」
ロロディーヌは六本の触手で俺たちを捕まえる。
ヴィーネとメルを自らの背中に乗せた。
メルの巨乳が背中にフィット。
前門の青白巨乳、後門の白巨乳。
素晴らしい。巨乳サンドイッチだ。
「……俺の部下になるのなら、こんな程度で驚いていては務まらんぞ」
鼻の下を伸ばしながら、偉そうに語ってみた。
「そうですよ」
真正面から、俺を抱くヴィーネさん。
自慢気に喋っていた。
バニラ系の香りが漂う。
女としての色気がダイレクトに俺の股間を刺激する。
若干反応してしまう……。
んだが、これは男としてしょうがないのだ!
「そのようですね……はぁ」
メルの呆れるような声だったが、少しビクッと反応してしまった。
「溜め息ついてるとこ悪いが、場所を指示してくれ」
「あ、はい、このまま東へ真っ直ぐに、お願いします」
「ロロ、全速力じゃなくて速歩程度でいいからな」
黒毛を優しく撫でながら、ロロに指示を出す。
「にゃおん」
といっても、速いんだけどな。
メルはあまりにも速い速度に驚いたのか、後ろから強く俺の腰に抱きついてくる。
東に到着。速度が遅くなった。
「……で、ここからどの程度だ」
「……は、はひゃい、ですね。……もう近くです。あそこの通りを右に行ったところが食味街となります。もう戦場の近くなので敵の構成員がいるかもしれません」
ろれつが回らないメル。
……俺もろれつが回っていない。
冗談はさておき……確かに、魔素の気配がいたるところにある。
「激戦区はどこだ」
「あそこの上です」
メルが指を伸ばした先を見る。
建物の屋上で多数の人影が舞う。
<夜目>を発動。
戦いの姿をはっきりと視認。
刀と刀の衝突。
鍔迫り合いを制した人物が相手を蹴り倒し、頭部に刀を突きさし止めを刺すが、胸元に刃が生えた。
背後から他の者から攻撃を受けたか。
「本当だ。降りるぞ」
「はい」
メルは降りたが腰を抜かしたように倒れてしまった。
まぁ分かる。
相棒の機動に少しは慣れているヴィーネも、よたよたしているし。
「戦いに加わるとして、目印、仲間の兵士だと分かる物は?」
「……あります。二つの月マークが描かれた布輪の腕章、マフラー、ワッペン、です。それ以外は敵となります」
メルはよろよろと、なんとか立ち上がってから説明していく。
「了解した。俺、それを身に着けていないが……」
「どうぞ、三つ、布輪がありますので」
メルは準備していたようだ。
俺とヴィーネは腕章を腕に巻きつけた。
ロロディーヌには中型の黒豹になってもらう。
首輪代わりに布輪をくくりつけた。
「混ざるか」
「はい」
「ベネットがいると思うので、わたしもいきます」
「おう、夜だから、間違えて仲間の兵士をやったらごめんな」
「……間違えないように、お願いします」
メルは俺のふざけた口調が気に食わないのか、視線を鋭くさせる。
怖い、あの視線だ。
冗談ではなく、本当に気をつけないとな。
「屋上へ向かうぞ、ヴィーネ、こいっ」
「はっ」
外套を開いてヴィーネを抱き寄せつつ左右の手首から<鎖>を射出。
建物の屋根と反対側の上部の建物に<鎖>を突き刺した。
その<鎖>を収斂させつつ素早く上昇。
「あっ」
メルは置いていく。
ロロディーヌも建物へ触手を突き刺しながら俺を追い抜く勢いで屋上に上がる。
屋根上で戦っている連中は、突然の闖入者である俺たちを見て、動きを止めていた。
その間に【月の残骸】以外の敵の姿を確認。
黒い装束と鉢巻を頭に装着している集団。
派手な銅鎧と赤帽子を被る集団。
敵はこいつらか。魔闘術を駆使している手練れはなし。
俺は左右の手を真横へ伸ばすと、右手に魔槍杖を召喚。
左手に魔剣ビートゥを召喚。
「やるぞ、ヴィーネ、ロロ」
「はっ」
「にゃおあ」
俺たちは一斉に月のマークがない敵の兵士たちへ襲い掛かった。
魔槍杖バルドークを捻りながら伸ばす――。
近くの黒装束男の胴体を紅矛で突き刺してから、魔槍杖を引いて紅斧刃で周りの腸ごと引き抜く。
「ぐええっ」
右手に握る魔槍杖を引き抜きながら、左にいた銅鎧を身に着けている男の鳩尾辺りを、魔剣ビートゥで真横から薙ぎ払う。
鎧ごと真っ二つにした。
「ゲェ――」
臓物と血飛沫が舞った。
魔剣は切れ味が凄い。バターでも切るような感触。
剣術はまったく関係ない。
今のは完全に魔剣と俺の種族が持つ力だけでの切れ味だ。
「なんだこいつらは! シャヒア、ラゾン、新手に集中しろッ」
「おう、喰らえやぁぁ」
「急に、なんなのよ!」
反撃しようと集まってくる敵さんたちが剣を振り上げてきた。
爪先を軸に身体を回転。
足場が悪い屋根上だろうが、どこだろうが、俺には関係ない。
左右から首と肩口を狙う袈裟斬りだ――。
その切っ先を見ながら身体を回転させて、剣を躱す。
そして、避けていく回転の勢いを乗せた魔槍杖を、斜めの位置から剣を振るってきた黒装束男の頸へ衝突させる。
――首ちょんぱ。
「あっ」と、飛んだ首が喋るが、無視。
流動を意識するように、身体の回転は維持。
そのまま斜め上から魔剣ビートゥを斜め下へ振り下ろし、鉢巻を装着する敵の眉間へ魔剣の刃をぶち当てる。
「ぎぇ」
顔に斜めの紅色の線が入ると、その線に沿うように片方の頭部が斜め下へずれ落ちていく。
「お、おまえはぁぁ、なんなんだぁぁぁ」
「五月蝿いっ」
指示を出していた黒装束男へ、左右の手から<鎖>を射出。
同時に中級:水属性の《氷矢》を念じる。
銃弾のような速さで突き進む<鎖>は、黒装束男の胴体と足を突き抜けていた。
ねじれたように倒れていく男の顔面には、遅れて《氷矢》が突き刺さっている。
「――サブリーダーが倒されたぞっ、新手に集中しろ」
「おう!」
「チッ、手練れだぞ」
「強者か?」
黒装束を着た奴と赤帽子をかぶる敵、三人が向かってくる。
迎え撃つのではなく、逆に打って出た。
走りながら左手に握る魔剣を消し、魔槍杖を屋根に突き刺す。
棒高跳びの要領で、魔槍杖を握る片手で身体を支えながらの飛び蹴りを、真正面から突っ込んできた黒装束男の胸を潰すように喰らわせた。
「――ぐあッ」
「糞ッ、サッシュ! だが、今だ、狙えぇぇ」
「おらぁぁ」
敵は俺の蹴り終わりの隙を狙って、左右から剣突を伸ばしてくる。
着地後、支えていた魔槍杖でドライブスイングを行うように素早く振るう。
下から斜め上に向かう紅炎。
「なんだこりゃ、炎の門だぁ」
魔槍杖バルドークの穂先である紅色の矛と紅斧刃が暗闇を移動すると、屋根上に炎で彩る扇状の門が誕生して見えたらしい。
続いて、叫ぶ左右の男たちに魔槍杖を振るい下げた。
百八十度の扇状に振り抜いた紅斧刃の軌道が、その男たちの下腹部を捉え、一気に両断。
鎧なぞ最初から無かったようにぱっくりと下腹部が裂けて臓物が散っていた。
彼らは仰け反りながら倒れて転がっていく。
「ぎぇ」
「ごぉ」
二人の剣突は、俺には届かず……。
迸った返り血を飲みながら、周囲を確認。
もう、俺の近くには敵はいない。
ぺろっと血を拝借しながら、ヴィーネと黒猫の姿を確認。
銀髪を揺らしながら接近戦で戦うヴィーネの姿が見えた。
翡翠の蛇弓は使わずに、蛇剣を使い赤帽子をかぶる敵を切り伏せている。
地面に転がっているのは二人だから、あれで三人目のようだ。
黒猫も最後の赤帽子を被る男の首に噛み付いて倒していた。
地面に転がっているのは五人、全員が喉と頭を触手骨剣で貫かれている。
この屋根における戦闘は終結していた。
【月の残骸】の生き残っていた兵士たちは茫然自失といった表情で俺たちを見ている。
その中に見知った四角い顔が混ざっていた。
「……あたいは吃驚だよ。今の動き……凄すぎだ」
「おっ、ベネットか」
「……そうだよぉ。そのマーク、あたいたちに加勢してくれたんだね。助けてくれてありがとう」
よく見たら、ベネットは両足から血が流れて、肩口からは、剣で切られた傷が見えていた。
「ぐっ、手練れの姉妹にやられて撤退したところに……多勢に無勢で、この通りさ……」
「ほら――」
俺は回復薬ポーションを投げてベネットの身体にぶちまけてあげた。
「ありがたい、切らしていたとこだ」
彼女の傷が癒えていく。
「もっとあるから、持っとけ」
「ありがとう、恩にきる」
予備のポーションを数個ベネットに渡してあげた。
「――ベネットォォォ」
メルの声だ。
「あ、メル」
「はぁはぁはぁ、あれぇ、もう終わっている?」
「そそ、シュウヤと銀髪女、そこの黒猫がここの敵を皆殺しにしちゃったわよ」
ベネットが説明してくれた。
「……そう、ですか。さすがは、シュウヤ様ですね」
メルは死屍累々となっている屋根上を見渡して、話している。
「様? なにやら、訳がありそうだねぇ、メル?」
「あ、う、うん。それより、ヴェロニカの怪我はどうなの?」
「双月店の地下で休んでる。ただ、棺桶に入ってもう二日は寝てないと駄目らしい。だから、ここより左の方が押されている状況さ。カズン、ポルセン、アンジェ、ゼッタたちが【夕闇の目】の狂騎士、赤帽子を被る【覇紅の舞】の惨殺姉妹、【黒の手袋】からは名前の知れない流れの傭兵を相手に頑張っている」
ベネットは俺にも分かるように説明してくれた。
「そこに案内してくれ」
「分かった、こっち」
ベネットは走り出す。
俺たちは彼女の背後からついていった。
パルクールを使うように屋根上を跳躍しながら走る彼女の姿を見て、斥候が得意なエルフなのだと改めて感心。
「ここ、そこの通りの下が戦場になってる」
ベネットは屋根上からそっと顔を出して通りを確認していた。
俺、ヴィーネ、メル、黒猫も顔を出して下を覗いた。
店の前には樽が壁のように築かれて、怪我をしているカズン、ポルセン、アンジェが、狂騎士、黒髪の長剣持ちと三対二の対決、鱗顔のゼッタが蟲を操って、二人の綺麗な女性と戦っている。
というか、皆、ごちゃまぜに戦っているな。
幹部同士が戦っている背後では【月の残骸】の兵士たちと【夕闇の目】の教会崩れらしいヘスリファートの紋様が入った騎士、【覇紅の舞】の赤帽子と銅鎧を着る兵士、【黒の手袋】と思われる黒装束と鉢巻を被る兵士たちが戦っていた。
「メル、あそこで戦っている、兵士たちを退かせることはできるか?」
「はい、できますが……」
「それじゃ、幹部以外の兵士たちを撤退させてくれ」
「なにを――」
俺はメルへ闇の視線を向ける。
「邪魔なんだよ。あいつらごと纏めて屠ってもいいのか?」
「わ、わかりました」
「シュウヤ、なにをするんだい? その血が浮かんだ目、仲間に手を出す気なら承知しないよっ」
四角い顔のベネットが俺を諌めようと言ってくる。
「黙りなさい! 顎えらエルフ、ご主人様の指示に従うべきです」
俺の横にいるヴィーネが冷然とした顔を浮かべながら、ベネットに忠告していた。
「なっ、銀髪女、あたいにそんな口をっ」
「いいから、黙れ。メル、兵士を退かせろ」
俺はメルの顔を突き刺すように、視線を向ける。
「承知しました――」
メルは懐からスクロールを取り出す。
そのスクロールへ魔力を込めた瞬間、スクロールを下の激戦区に投げていた。
ピカッと閃光弾のような光が生まれた。
その瞬間、
「撤退っ」
「合図だ、撤退っ」
「おう、退けっ」
【月の残骸】の兵士たちだけが退いていく。
通りには勝ち鬨らしき声を挙げている敵の兵士のみ。
「ヴィーネ、ロロ、俺が指示するまで通りには下りるな」
「はっ」
「にゃ」
「敵を殲滅する。メル、これを見るからには覚悟を決めろよ――」
「えっ?」
そう言い残して、屋根上から通りへ向けて飛び降りた。
――血魔力<血道第三・開門>。
<始まりの夕闇>を発動。
一瞬にして、闇が生まれ出る。
閃光弾は弾けるように消えて、通りを闇が侵食した。
「なんだぁ?」
「突然、真っ暗だぞ」
「月明かりもねぇ、特殊な魔法か?」
「ハハハハ、なんだこれは、まさか、魔界と繋がったのか?」
「ヒャヒャッ、オカシイッ」
「……教会騎士の霊装で弾いてくれるっ」
「なんだ、なんだ、正気を保てっ。皆、動くな、同士討ちに遭う!」
「団長の指示があるまで、待機だ」
「あぁぁ、なんなんだ、くるなぁぁ」
「げぇぇ」
「おまえがかいぶつぅぅぅぅぅぅ」
敵の騎士、兵士たちは除々に精神が侵され精神汚染が始まっていた。
同士討ちを始めている。
そんな通りの闇、狂気の世界へ着地した。
――じゃあな。
と、狂い咲く敵さんたちへ邪悪な笑みをプレゼント。
<闇の次元血鎖>を発動した。
俺の意識とリンクした闇世界から紅い流星たる血鎖が無限に発生。
虚空に現れた血鎖の群れが、闇の世界を貫くように引き裂き、闇に侵食された敵も引き裂かれては消えていく。
鏡が割れる音を響かせながら、通りにいた敵の兵士たちは姿を消した。
数本の武器類だけが、カランッと乾いた音を立て、その音が深夜の通りに虚しく響く……。
『素晴らしい……闇の帝王たる御業……痺れて魔力が減退してしまいました……』
ヘルメは戦闘に使わずにいたことに不満をいうかと思ったら、そんなことを言ってるし。
「……おーい、降りてきていいぞ。後は店の入り口で戦ってる強い奴だけだ」
屋根上にいる、皆に呼びかけた。
「はいっ。キャッ」
「にゃおん――」
黒猫は一瞬で黒獅子のような立派な神獣の姿に変身。
触手をヴィーネの腰に巻きつけて無理やり背中に乗せてから、素早く駆け下りてくる。
俺の隣に戻ってきた。
そのヴィーネが、
「……ご主人様、さっきのはわたしも初めて見ました」
「そうか? 一度、金箱の守護者級と対決したときに使ったんだけどな。見てなかったか」
「はい、凄まじいですね。敵が全員、消えてしまいました……」
その声の音とヴィーネの銀仮面越しに俯いた表情から、恐怖を感じていると分かる。
青白い皮膚だが、青ざめて見えた。
遅れて、メルとベネットが率いる【月の残骸】の兵士たちが集まってきた。
「シュウヤ様、さっきの言葉の意味は分かりましたよ……」
「あんた、闇は闇でも、何者なん――」
「ベネット、今は黙って」
メルが手を出してベネットの口を封じる。
「それよりあそこの激闘……まだ続いてるけど、助けないでいいのか?」
「あ、はい、行きましょう」
「そうだっ、あの糞姉妹、ぶっ殺す!」
ベネットが意気込んで樽が詰まれた店の前に走っていく。
俺たちも続いて店前の激闘に乱入した。