千六百三十七話 魔命の勾玉メンノアの使命
薄暗い部屋の中の中央にいるメンノアの霧状の体から漏れる微かな光が周囲の空気を神秘的に照らしていた。
時折、その光が揺らめく度に、壁に映る影が不思議な模様を描き出す。
皆は、そのメンノアを取り囲むように半円を描くような位置に居る。
『驚いた、魔命を司るメリアディの眷族であり、器の眷族でもあるということか』
『またも共同眷族の誕生ですね』
『ふふ、はい!』
左の掌にある運命線のような傷の中に棲まう<神剣・三叉法具サラテン>の沙・羅・貂たちの念話に頷いた。
そして、霧の女性は魔命の勾玉ことメンノアか。
すると、右にいた黒猫が興味深げに前に出る。
漆黒の毛並みがわずかに煌めきながら、礼儀正しく前足を上げ「にゃお~」と柔らかな声で鳴いた。神獣の本能が反応したのか、その仕草には普段見せない格式ばった雰囲気が漂っていた。
メンノアは、黒猫の挨拶を見て、優しそうに微笑む。
最前列には俺とアドゥムブラリ、その両脇にヴィーネとユイが位置する。
二人の後ろにはエヴァとレベッカたちが控えめな距離を保ちながら立っていた。
クレインは魔酒の杯を手に、部屋の右手でハンカイと共に状況を見守り、ルビアは少し離れた位置からメンノアの魔力を観察していた。
そのアドゥムブラリが、
「……霧の体とはな、【紅光の霧】の魔族たちが崇めていた魔命の霧精霊メンタノエルと関係している? または、アムシャビス族の<空の篝火>のような特有能力もありそうだ」
と、アドゥムブラリが発言。
霧の女性メンノアは、そのアドゥムブラリを見やりつつ「ふふ、それらも関係があります」と発言。
<空の篝火>か、俺もそれ関連で、<勁力槍>を得た。
アドゥムブラリは昔、
『<武装紅玉・アムシャビス>の指輪があれば俺と思念で会話が可能。<早口>は言語魔法の詠唱が素早くなる。主は水属性の魔法の無詠唱が可能だから、あまり必須ではないな。<空の篝火>は、小さいが<アムシャビスの紅光>と似た領域を空に現す印を生み出せるスキルだ。要するに主と俺はアムシャビスでもあるってことだ。<武装魔霊・煉極レグサール>は、俺が愛用している赤い魔剣だ。短剣、長剣、大剣に変化が可能。昔、レグサールという名の諸侯がいた。レグサールは愛する嫁に裏切られて武装魔霊になってしまったという逸話があるが、まぁ気にするな。で、<煉極短剣陣>は無数の煉極短剣レグサールを繰り出せる飛び道具の一種だ。主には、<朱雀閃刹>や<仙玄樹・紅霞月>に<鎖>、魔法もあるからそこまで必須ではないが、ま、選択肢が増えるのはいいことだからな』
と語っていた。
しかし、メンノアか、まだ霧状の体で、顔だから不思議だ。
額と両手に嵌まっていた三つの勾玉は眼球をモチーフとしている。
双眸は、霧状の陰影で再現されていた。
そのメンノアに、
「よろしく頼む、俺の名はシュウヤ、右に居るのは黒猫の名は神獣ロロディーヌ。愛称はロロ。そして、黒髪で魔刀を持つ女性の名はユイ、銀髪で赤い鱗の剣を腰に下げながら右手に魔槍斗宿ラキースを持つ女性の名はヴィーネ、魔槍を持つ白絹のような美しい髪を持つ女性がキサラ、斧を持つドワーフの男がハンカイだ、金髪の男はアドゥムブラリ、黒髪の女性でヌベファ金剛トンファーを持つのはエヴァ、その隣の魔酒を片手に持つ女性がクレイン、蒼炎に体が包まれている女性はレベッカ、<魔命ノ三眼癒>にベウガとウルウに二剣流のルビア、【鴇の宝玉】を得たフーと、血の剣に乗っている〝血宝具カラマルトラ〟を装備中のヴェロニカとメルも居る、皆、俺の眷族だ、ファーミリアとシキはまだ眷族ではないが仲間だ。ホフマンとアルナードも吸血鬼だが、仲間、黄金の仮面を装着しているアドリアンヌも居る」
簡単にささっと早口で、皆の紹介をした。
霧状のメンノアは頷きながら皆を見るように頭部を動かし、
「……はい、主様の眷族様たちですね、主様と魔命を司るメリアディ様の魔力を元にしているので、皆様のことは知っている」
と、返事をしつつ少し浮遊した。
霧状の体は薄く渦を巻き、周囲の空気をかき乱しながら揺らめいていた。
その姿は幽玄な美しさを湛え、神秘的な雰囲気を醸し出している。
メンノアの、俺たちを知っているの範疇がどの程度が分からないが、〝知記憶の王樹の器〟の、俺の記憶入りの神秘的な液体は必要ないかな。
その霧状の魔命の勾玉メンノアは人型を保っているが足下は幽霊のように消える時がある。
すると、浮いていた〝メリアディの三眼鏡〟がメンノアの近くに移動すると、霧状のメンノアの上半身に血の<血魔力>が炎が発生し、その炎が体の内部で蠢く。
血の炎が魔命を意味するように、見たことのない血管や内臓を浮き上がらせる。 血の魔力が流れ込む様子は、まるで命そのものが形を成していく瞬間を目の当たりにしているようだった。周囲の空気が震え、神秘的な鼓動が響き渡る。
不思議なメンノアの体の中心にアムシャビス族が持つ車軸のような印が出現。
続けて、血の炎から銀色と紫色の炎のような魔力も発生し、霧の体が色付くように半透明な体を構成させていく。
同時に、銀色と紫色の炎のような魔力はメンノアの霧状の体を縁取る。
霧の縁だけを塗り潰すように女性としての輪郭を強めた。
そのメンノアは、右手にメリアディの三眼鏡を掴む。
途端に、両手の位置の二つの勾玉が、額の勾玉へと移動し、双眸の位置に止まる。
その二つの勾玉が霧状の魔力ではない眼球に変化を遂げた。
額の勾玉も第三の目が開くように眼球と化した。
徐々に霧から女性としての体が造られていく。
長い銀髪が露わになり靡く。紫色も少し混じるか。
古代の巫女を思わせる白と紫の装束を身に纏い、その裾には古代の魔界の文字で、金糸で織り込まれていた。三つの眼は銀と血に輝き、銀と紫が混ざり合う長い髪は風もないのに静かに揺れている。
窓から差し込む陽が、そのメンノアの銀と紫が混ざり合う長い髪を優しく照らしていた。
魔命を司るメリアディ様と少し似ていた。
特に眼差しの優しさと、立ち居振る舞いの気品は確かに魔界の一柱、女神の魔命を司るメリアディ様の血を引いているのだと感じさせる。
綺麗だ。
「皆様、気軽にメンノアとお呼びくださいませ」
霧のように柔らかでありながら、芯の通った声……。
「……了解、メンノア。魔命を司るメリアディ様は、君が俺を魔界セブドラの【魔命を司るメリアディの地】、【メリアディの書網零閣】、【グルガンヌ大亀亀裂地帯】に誘うと発言していたんだが」
と、聞くと、メンノアの三眼が俺をジッと見て、
「……はい、魔命を司るメリアディ様も魔界セブドラでは様々な勢力に押されている状況です。メリアディ様と絆が深いアムシャビス族なども登場する〝夜の歌〟に記述があるのでご存知かと思いますが、現在、メリアディ様の母君であった天魔帝メリディア様と、その一派も辛うじて生き残っていますが……大昔に天魔帝だったメリディア様は、破壊の王ラシーンズ・レビオダに体を破壊された。そして、精神がわずか残った秘宝の欠片を、その一派が持つだけとなっている現状です。その一派は、魔命を司るメリアディ様とあまり連携を取ろうとしませんので……中々に状況が厳しい」
と、母君であった天魔帝メリディア様とか……重要な情報だ。
「……聞く限りでは、天魔帝メリディア様の一派と、魔命を司るメリアディ様の勢力が連携すればいいと思うが……そして、すまんが俺は〝夜の歌〟をあまり知らない。ヴィーネたちは知っているかな」
と、ヴィーネに聞くと、ヴィーネは会釈し、銀色の虹彩を輝かせるように、
「――はい、わたしはある程度、夜の歌自体が貴重な書物です。ただ、アイディアの剽窃を受けた偽書と改訳が沢山存在します」
と答えてくれた。
聡明なヴィーネは素敵だ。
そして、銀色の眼は蠱惑的、俺の視線に氣付いたヴィーネは少し寄って微笑んでくれた。ずっと見ていられる……。
と、いかん、のろけず。メンノアを見ながら周囲を見て、クナとクレインとファーミリアとシキも頷いていた。
取りあえずメンノアに、
「……天魔帝メリディア様の一派と魔命を司るメリアディ様は仲違いの理由は?」
「天魔帝メリディア様の大眷属クーフーリン。翅を持つ希少な妖精族、魔王~魔皇級の実力者、四腕で凄腕の魔槍使いでもある。プライドが非常に高いのです。そして、その一派は生きているように負けていないのも事実、メリディア様の欠片を胸に抱き魔槍使いクーフーリン、魔皇馬ハーフニルに騎乗し一人戦場を駆ける。その名は周囲の戦場では轟いています。それほどの強者です」
腕を組んで考え込むように『へぇ』と考えながら頷いた。
名前からして、かなり格好良さそうで強そうだ。
「にゃご」
と、黒猫がメンノアに影響されて黒豹に変化した。
黒馬状態の相棒に騎乗して邪界ヘルローネの戦場を一騎で駆け、無双を行ったことを思い出す。
邪騎士デグとの戦いと、他にも戦いがあったな。
思わずアドゥムブラリを見ると、頷いた。
魔命を司るメリアディ様の母、元天魔帝メリディア様の大眷属クーフーリンのことは知っているか。
そう考えてから、メンノアに、
「……どうして、強者の大眷属がいながら、破壊の王ラシーンズ・レビオダと憤怒のゼアに倒されたんだろうか、アドゥムブラリたちも襲われた理由と重なっている夜の歌に記された内容を教えてくれ」
と、魔命の勾玉メンノアに聞いた。
メンノアは、頷き、
「はい……局地戦でいくら勝利を重ねても大局では負けては意味がない」
ありがちだ。
「……なるほど、戦ではよくあることだな」
「はい」
「もう少し詳しく、最初の根本から説明を」
メンノアは、頷き、
「……遙か昔、別の宇宙次元の大本だった天帝フィフィンド・アブラナム・ハルモデラと右帝アラモと左帝ホウオウ。それらと世界の理と……魔界セブドラで唯一繋がりを持っていたのは、天魔帝メリディア様だからです……その結果……三者の魂と魔力を受け続いている子供たちが生まれた、その一つが魔命を司るメリアディ様なのです。しかし、荒神大戦の影響で、別の宇宙次元の天帝の力が消失し、ハルモデラの次元軸と、その狭間が崩壊したせいで、魔界と神界とエセルと獄界に冥界など無数の宇宙次元が重なった……。それらを支配する神々の争いと世界と世界の衝突で、魔界にも様々な変化と混沌が起きた……それら混沌を生み出し次元の重なりを招いたのは、天魔帝メリディア様と魔命を司るメリアディ様だと、強く勘違いしているのが、破壊の王ラシーンズ・レビオダと憤怒のゼアと、一部の諸侯たち……関係がないのにです。また、それは建前、どうでもよく、当時魔界で唯一魔皇よりも上の天魔帝の称号を持っていたメリディア様への羨望、やっかみと嫉妬と……命を大事にする神界セウロス側の神々と近い信条を持つ精神性が氣に食わないなどが主な原因と推測しています……更に言えば、荒神大戦から連続して続いた魔界大戦の影響も破壊の王ラシーンズ・レビオダと憤怒のゼアと、狂剣タークマリアなど諸侯たちには、絶好の機会となった……そうしたことで、敗れたメリディア様は力を大きく失った。天魔帝の称号も消えました。一方で、皆様と接触できているように魔命を司るメリアディ様は勝利を重ねている。神格を保ち、魔界セブドラでは一大勢力は誇っています。ただ先程も言いましたが、様々な勢力に押されている」
その言葉を噛み締めるように、しばし、黙った。
そして、「そういうことか」と、静かに呟く。
……皆も神妙な表情を浮かべて頷いていた。
アドゥムブラリは無意識のうちに一歩前に出ていた。
より近くでメンノアの話を聞きたいからだろう。
ヴィーネとレベッカとエヴァとユイが俺に寄る。
皆、その可愛い仕草とは対照的に神妙な表情を浮かべている、メンノアの語る物語の重大さを感じ取ったようだな。
メンノアに、
「……様々な勢力の争いか、今ここには元アムシャビス族のアドゥムブラリが居る。セラでは魔命を司るメリアディ様から、神の子として育ち見守れていたルビアも居る。二人は奇しくも俺の最高の眷族、<筆頭従者長>となった」
と告げた。
メンノアは頷き、満足そうに笑顔を見せるが、直ぐに表情を暗くした。
一度目を閉じ、静かに息を吐いてから、
「……はい、アドゥムブラリと魔命を司るメリアディ様から見守れていたルビアのことは知っています」
そこで、
「アドゥムブラリ、少し過去を知るがいいか?」
と、聞くと、アドゥムブラリは俺をジッと見る。
紺碧の眼は少し揺れていた。
「……あぁ、いいさ、メンノア、皆に聞かせてあげてくれ、俺と、アムシャビス族がどうなったかを……」
と発言した。
メンノアはかすかに頷いてから、
「はい、嘗て【魔命を司るメリアディの地】の領域だった火山地帯と深淵域と繋がっている【無限地獄】の山々の一つ【地獄火山デス・ロウ】を支配し、魔命を司るメリアディ様を信奉していた最大勢力だった魔公爵一家。そのアムシャビス族は空の王者とも呼ばれていた。その長男がアドゥムブラリ……」
アドゥムブラリは右腕をバシッと右に伸ばし、金髪を靡かせる。
背の黒い翼を拡がっているし、貴族服のような戦闘装束だから凄く格好良い。
メンノアは、頷いて、
「……近隣の山脈に棲まう魔大竜ザイムと契約を果たしたアドゥムブラリは、数々の戦で勝利を収めた……なかでも……」
と、アドゥムブラリの歴史を語っていく。
窓から差し込む光と影が、床に斜めの帯を作り出している。その光の帯をメンノアの霧状の体が横切る度に不思議な干渉が起きて虹色の輪が広がった。
そのアドゥムブラリはメンノアの語りと共に何度も<血魔力>を放出し、手元に偽魔皇の擬三日月の召喚を繰り返す。
背の黒い翼を数度羽ばたかせて、金髪を靡かせていた。
アドゥムブラリは強く握って拳を造る。
メンノアの語りが続く中、窓の外では陽が雲に隠れた。
部屋の明かりが僅かに暗くなった。
その暗がりの中で、メンノアの体から漏れる光がより一層神秘的な輝きを放ちながら話を続け、
「しかし、破壊の王ラシーンズ・レビオダと憤怒のゼアに敗れた、その領域は大規模に破壊され、次元の闇渦と化した……魔命を司るメリアディ様の<是光ノアムシャビス>も間に合わず……」
メンノアが天魔帝メリディアの話をするたびに、アドゥムブラリの表情には過去の記憶が呼び覚まされる苦痛が浮かんでいた。
と、拳から力が抜けて、指先が小刻みに震えていた。
ヴィーネは物語の節目で、時折俺の表情を窺うように横目で見ている。
エヴァとルビアは互いに視線を交わし、かすかに頷き合った。
アドゥムブラリは、己の弱さを弾くように、拳で作り直す、そのまま思い出すように己の胸を強く、その拳で叩き、掌を広げた、手の甲に薄らと闇炎が浮かぶ。
その闇炎から龍の鱗の魔力が散っていた。
アドゥムブラリの傷ましい過去が、そんなアドゥムブラリの体から滲み出ているように感じた。
同時に翼の影が床に落ちる光の帯を遮っているのも、なんかな……過去の暗い記憶が現在に滲み出てくるかのような陰影に見えてしまった。
メンノアは、
「……破壊を免れた土地にいた門閥貴族レサンビストの一族たちは奮闘しましたが……あえなく散った。そのまま深淵域と連なった【無間地獄】の山々の一つ【地獄火山デス・ロウ】は破壊された領域を含めて憤怒のゼアと、その大眷属と眷族たちの軍に占拠されたのです」
アドゥムブラリは、
「母たちの一族だ……俺が倒れたから、俺が負けたからだ、クソッ……あぁ、幼馴染みも……」
アドゥムブラリは少し泣きそうになっていた。
そして、アドゥムブラリの拳が震えるたび、その背後の影が壁で波打つように揺れている。皆の緊張が目に見える形となって現れているかのようだ。
エトアとルビアとエヴァたちが声を掛けている。
アドゥムブラリは頷いて笑顔を見せているが、少し辛そうだ。
メンノアは、
「当時、魔侯爵一派はメリアディ様の重要な戦力でしたが、アドゥムブラリたちが負けても、争いはまだまだ続きました。他の神々、幻魔ライゼンと反逆の傀儡使いグンナリなどの諸侯たちが憤怒のゼアや破壊の王ラシーンズ・レビオダなどと争い続けた、長い戦乱の時代となりました。そうした長い間に……古代遺跡と化した【破壊されたアムシャビス族の地】と【アムシャビスの紅玉環】……霧の領域の【紅光の霧】と山岳地帯の【怒りの憤雀馬岩連山】と、古代からの秘術が眠っているとされる【メリアディの命魔逆塔】などの地域すべてが、敵対勢力の主力と呼べる破壊の王ラシーンズ・レビオダや憤怒のゼアの大領域となったのです……」
アドゥムブラリが語った瞬間、エヴァとレベッカが同時に息を呑み、ルビアの双眸が強く輝きを放つ。
腕を組んで考え込むように頷いた。
天魔帝の没落の物語でもあるか。
何か、部屋の空気が一瞬淀んだように感じられた。
誰もが息を潜めて、今も、重い言葉に耳を傾けている。
しかし、魔界セブドラの歴史は様々なところで凄い話だ……。
アドゥムブラリは頷いている。
「破壊の王ラシーンズ・レビオダと憤怒のゼアの軍は強いと分かるが、一例を教えてくれ」
と、俺が聞くと、メンノアは、
「はい、憤怒ゼアと、憤怒軍の憤怒のゼアの大眷属の炎怒のババラートスは、その憤怒の名の通り猛々しい戦いぶりで知られ、特に【無間地獄】の山々を巡る戦いでは、一撃の拳で山を削るほどの威力を見せつけ、圧倒的な力を見せていました」
「……あいつか……」
アドゥムブラリは知っていた。
メンノアの声とアドゥムブラリの含まれる感情が空間を交差している。
何か、空気が重くなった感がある。
隅々まで張り詰めたような緊張感が漂った。
メルとキサラとヴェロニカとエヴァとヴィーネと目を合わせてから、頷いて、
「……なるほど、ババラートスは強そうだな、魔命を司るメリアディ様の戦力は、現状押されていると言っていたが、戦力を保ち、一大勢力のままなら魔命を司るメリアディ様にも大眷属や眷族はいて、軍はあるんだろう」
「はい、勿論、代表格、中心は、魔命精霊牙のミラガ・ママラ様……全般的に強いですね。指揮も得意です、次点で魔命ノ拳ポポラと魔命の剣師アカサスの魔命の将軍が強い、そして魔命の弓兵ラメランもいる。彼は一兵卒から万隊長に実力でのし上がった」
「「おぉ」」
と、ハンカイと俺はハモったように声を発した。
エトアは「わぁ~」と感心するように声を発し、イモリザが「強そうです~」と発言、ルビアも「はい」と頷いていた。
エトアの感嘆の声とイモリザの元気な声は部屋の重苦しい空気をわずかに和らげる効果があるように、皆が微笑む。
ユイたちは頷くのみ。
アドゥムブラリは納得顔となって、
「……四眼四腕に漆黒の四枚翼のアムシャビス族のエリートと呼ばれた魔命精霊牙のミラガ・ママラ様は生きていたのか……バーヴァイ地方では、まったく情報が伝わっていなかったぞ」
「それは、はい、【魔命を司るメリアディの地】はバーヴァイ地方のはるか北ですからね」
「その方々は元天魔帝メリディア様の大眷属クーフーリンと共闘しないのか」
「狙っていますが、中々に敵も巧みで数も多い上に……本人が武芸者気質で性格に難がある」
なるほど。
アドゥムブラリは、
「破壊の王ラシーンズ・レビオダと憤怒のゼアの勢力だけではないからだろうな」
と発言していた。
魔命の勾玉メンノアは、
「そして、【無間地獄】と繋がる山の一つ【地獄火山デス・ロウ】の空域と地下には、アムシャビス族の紅光の源があります。嘗て、元天魔帝メリディア様と、魔命を司るメリアディ様が、魔力の源泉として利用していましたが……」
と、語る。
時折三つ目を閉じては開き、霧のような体が揺らめきながら語る。
少し間をあけていた。
そして、メンノアの視線には、アドゥムブラリとルビアに向けられることが多い。 二人の存在が、この場にいる眷族たちの中でも特別な意味を持っているのは明らかか。
アドゥムブラリは、
「あぁ、そうだ、次元の闇渦となってそれも消失したはず」
「……はい、一部は破壊の王ラシーンズ・レビオダに奪取され、利用されている。それは魔命を司るメリアディ様にとっても好都合でしたが、破壊の王ラシーンズ・レビオダや憤怒のゼアには、どうでも良いほどの影響ですからね」
「なんだと……」
アドゥムブラリは愕然としていた。
機密に近い情報か。
「では、現在の押されている状況を」
「……はい、破壊の王ラシーンズ・レビオダは、【アムシャビスの紅玉環】での魔力の蓄積が一月以内に完了すると見られます」
と、語っているメンノアの三つの目が不安げに揺らめく。
部屋の空気が一瞬凍りつくような緊張感に包まれた。
アドゥムブラリの翼が小刻みに震えた。
その動きが作り出す影が壁で波打っている。
ヴィーネは銀色の虹彩を輝かせながら俺の表情を窺い、エヴァとルビアは互いに視線を交わして無言で頷き合う。クレインは持っていた魔酒を反対の手に持ち替えてたが、緊張で小刻みに揺れていた。その影がメンノアの霧状の体に重なっていた。
ハンカイは無意識に斧を握り締めていた。
キサラは俺の左肩におっぱい当てるように寄り添ってくれたが、左腕を強く握ってくる。その仕草は不安と覚悟が混ざり合ったものに感じた。
メンノアは、一度深く息を吐いて、
「……優秀な魔王級を超えていると言われている魔永破壊のバレライン、魔破霊メティクスハイマなどがいますからね。蓄積が完了すれば【メリアディの命魔逆塔】に移動し、そこで眠る古代の魔法陣を利用して、元天魔帝メリディア様の意識が残る秘宝の欠片を完全に消滅させようとしているはずです」
魔永破壊のバレライン、魔破霊メティクスハイマか。
アドゥムブラリは、顔が強ばっている。
黒い翼が小刻みに震え、その動きが部屋の影を造り出していた。
意味深げに顎に手を当て、メンノアに、
「完全に消滅? 元天魔帝メリディア様の一派はまだ無事なのだよな? 魔命を司るメリアディ様も許さないと思うが、あ、仲違いしているのだったか」
と、聞くと、
「はい、ですからメリディア様の一派が襲われ秘宝の欠片が奪われる前提の予想です。現在はそれが完遂されている可能性もあります。そして、嘗ての天魔帝だったメリディア様の意識が完全に消えると、アムシャビス族の紅光の力も弱まり、【グルガンヌ大亀亀裂地帯】は地下に眠る天魔帝メリディア様が押さえていたとされる噂される〝古代骨沸魔神グルガンヌ〟が復活、または、その力と破壊の王ラシーンズ・レビオダと憤怒のゼアが共鳴を起こし、魔界セブドラの、【魔命を司るメリアディの地】や【グルガンヌ大亀亀裂地帯】に大規模な次元の歪みを引き起こす可能性が……」
と、深刻な状況を説明してくれた。
その姿からは、故郷を想う切実な思いが伝わってきた。
説明を聞いていたユイとヴィーネが顔を見合わせ、アドゥムブラリは腕を組んで考え込む。状況の深刻さは、皆の表情からも読み取れた。
「あまり時間がないということか」
「はい。そして憤怒のゼアは、破壊の王ラシーンズ・レビオダの行動に合わせて、【無間地獄】に集結させた十万の軍勢を、グルガンヌの東南地方を支配する魔公アリゾンと、魔公爵ゼン、魔界騎士ホルレインなど諸勢力と連携し、【グルガンヌ大亀亀裂地帯】の魔命を司るメリアディ様のメリアディ要塞に向け進軍させようとしています。恐らく混乱に乗じての進軍でしょう」
メンノアの言葉が途切れる度に、部屋の空気が重く澱んでいく。
それは単なる静寂ではない、これから起こるであろう出来事への予感もある。
皆の表情は引き締まっている。
そこで、〝列強魔軍地図〟を思い出すように目の前に展開させた。
悪夢の女神ヴァーミナ様の支配領域、魔界騎士ホルレインの支配領域、狩魔の王ボーフーンの支配領域、【陰蛾平原】、【業魔雷平原】、【魔神血沼】、【血沼地下祭壇】、【ライランの血沼城】、【大いなる滅牙谷】、【リルドバルグの窪地】、闇神リヴォグラフの闇渦の領域、魔公アリゾンの支配領域、吸血神ルグナド様の支配領域、魔毒の女神ミセア様の支配領域など注目するように皆に見せる。
「……そういうことか、しかし、ここにきてグルガンヌ地方に注目が集まるとは、思わなかったぜ」
ハンカイの言葉に皆が頷いた。
【グルガンヌ大亀亀裂地帯】なら、俺との闇の獄骨騎で繋がりを持つ、光魔沸夜叉将軍に成長したゼメタスとアドモスが戦っている地域だから連携はできるか。
大厖魔街異獣ボベルファの数千人規模の鬼魔人&仙妖魔の軍隊は、バーヴァイ地方に移動中だから、北の【グルガンヌ大亀亀裂地帯】に移動は難しいかな。
そして、魔命を司るメリアディ様の状況を打開するには、俺らの戦力と戦略が必要ということか。闇遊の姫魔鬼メファーラ様や吸血神ルグナド様に悪夢の女神ヴァーミナ様との繋がりも重要視しているかもだ。
恐王ノクターと取り引きをして、大きな戦いを避けたことも大きいかもしれない。
魔命を司るメリアディ様は、ルビア越しに〝知記憶の王樹の器〟の俺の記憶入りの液体を飲んでいるからこその期待がありそうだな。
ヴィーネが、
「ご主人様の大眷族、光魔沸夜叉将軍ゼメタスとアドモスなら……【グルガンヌ大亀亀裂地帯】で結果を残しているので、魔公アリゾンと魔界騎士ホルレインを倒せるかもです。また、悪夢の女神ヴァーミナ様の領域とも近いので、状況次第では連携が可能。ただ悪夢の女神ヴァーミナ様も悪神デサロビアや闇神リヴォグラフなどと戦っている状況でしょうからスムーズな連携は難しいかもですね」
その意見に皆が頷いた。
ユイがイギル・ヴァイスナーの双剣ではなく神鬼・霊風を右手に出して、頷いて、「戦いなら貢献できる……」と、発言。
クレインは魔酒の杯を握る手に力を入れ、その眼差しには深い思索の色が宿っている。
と、クレインが握る魔酒の杯から、僅かに液体が揺れる音が聞こえた。
彼女の指先に力が入っているのが分かる。
その横でエヴァは無意識にヌベファ金剛トンファーを出したが、直ぐに仕舞った。
ルビアは状況を観察しながら、時折メンノアの霧状の体から漏れる魔力の性質を確認するように目を凝らしている。
魔命の勾玉メンノアに、
「魔命を司るメリアディ様から切羽詰まった状況は感じられなかったが……」
「はい、魔命を司るメリアディ様は私をここに寄越すように促したように、己の死を見据えての行動です。魔命を司るように、ルビア様と私がいることで、魔命を司るメリアディ様は、魔界側では復活は比較的簡単にできる。また、シュウヤ様が傍に居るならば、安心できるとの想いが強かったと思います。それにまだ戦いは続いている、負けていません。そして……シュウヤ様が、加勢したら……」
と、語ると衣が隠していない霧状の体が揺らめく。
かすかに<血魔力>を発し、三眼を光らせる。
そのメンノアから、風鈴のような澄んだ音が響く。
その音色は不思議と心を落ち着かせる効果があるように思えた。
血の魔力が立ち込める中、微かに花の香りのような甘い芳香が漂ってきた。
もしかしたら、匂いと音は、魔命の象徴なのかもしれない。
「……なるほど、状況は一変する可能性を秘めている」
「はい……シュウヤ様の誘導は私の使命と考えています」
と、語った魔命の勾玉メンノアは俺をジッと見てくる。
その双眸にはかすかな血の炎が宿っていたが、俺に希望を見出していると分かる。
……魔命の勾玉メンノアの使命か。
そこで、深く頷いてから、皆を見た。
アドゥムブラリと目が合った。
その紺碧の瞳はかすかに揺れている。
そこに宿る感情には、悲しみや怒りだけではなく、失われた故郷への深い愛着と、新たな絆への希望が交錯しているように感じられた。
続きは明日。HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻ー20巻」発売中。
コミックス1巻~3巻発売中。




