千六百三十話 エトア<従者長>となる
「ご主人様、体調は大丈夫そうですね」
「おう――」
とヴィーネを正面から抱きかかえた。
「あっ、ご主人様――」
ヴィーネも嬉しそうに両手を俺の後頭部に回して抱きついてきた。しばしヴィーネのおっぱいの柔らかさを鼻と口と頬で味わうように堪能した。
そのヴィーネを石畳に降ろす。ヴィーネは俺を見て、
「では、外でキサラたちと見守っておきます」
「了解」
「はい――」
と、ヴィーネは俺の頬に唇を当てて吸い込む。そんなヴィーネの唇を追うように顔を動かしたが、ヴィーネは妖艶な表情を浮かべながら離れた。
皆も石畳から芝生側に移る。
<筆頭従者長>に成ったばかりのクナは、メルとヴェロニカと握手をしてハグを繰り返し、ファーミリアとシキとギュルブンとアドリアンヌとブルーたちと<血魔力>の事に付いて会話をしていた。
エラリエースとラムーも候補だが一先ずはエトアだな。
石畳の訓練場からエトアと俺を残し、皆が外に出た。
そのエトアを見ながら、
「では、エトア、<従者長>でいいかな」
「はい! ボクは<従者長>になりましゅ! 光魔ルシヴァルならばなんでも!」
「了解した。<光闇の奔流>に<大真祖の宗系譜者>と<光邪ノ使徒>が融合した<光闇の奔流>を使ってエトアを眷族に迎え入れよう」
エトアは急に背筋を伸ばす。
「はいでしゅ!」
やや緊張感が増したようで、はいに〝でしゅ〟が付いていた。
そのエトアを見ながら<光魔の王笏>を発動――。
体から大量の光魔ルシヴァルの血が放出される。
◇◆◇◆
シュウヤ様の体から放出された大量の血が押し寄せてくる。
安心と覚悟を持っていたけれど、少し怖い――あぁ、血に飲まれ、泳がないと――血がボクの中に――え、でも温かくて、あぁ……血の匂いも濃いけど一気に良い匂いに成った。
血がボクの皮膚に纏わり付き、血が体の中に入り込んでくる。
……〝知記憶の王樹の器〟を飲んだ時の記憶が一気に蘇った。
シュウヤ様の優しい何かを感じ、嬉しさに溢れた……幸せ、あぁ、心が滾る……嬉しい――と――。
急に心に温かさを得た。
そして、心臓がキュッと、あんっ、と快感が……。
……無意識から、目覚めた。
不意に眩暈がして氣を失ってしまったけど、今度は苦しさが、え、息が――。
苦しい……シュウヤ様に助けてと腕を伸ばした。
あ、急に、血を得たことで呼吸が出来ている?
あぁ……口と鼻から漏れた空気とボクの魔力が外に、皆と同じ色。
ボクの普段の魔力ではないのは、体内に光魔ルシヴァルの血の、<血魔力>が入ったから? だから銀色の魔力に変化しているの? その銀色の魔力粒子は、ボクを囲うように、皆さんと同じように子宮の形を模った。
不思議だけど、シュウヤ様は、光魔ルシヴァルの母でもあるということ?
と、見ている間に<血魔力>が肺に満ちても呼吸が普通に出来ていた。
外から見ているのと体感するのとでは大違い……不思議な感覚。
クナさんとハンカイさんと同じに光魔・血霊衛士たちと、血の妖精ルッシーちゃんと小精霊たちと腰に注連縄を巻いた大柄の小精霊ちゃんが現れて躍ってくれた。
大柄の小精霊ちゃんが凄く可愛い……。
そして、ボクの仙妖闇鬼オウガと子闇精霊のアウサスの能力が呼応しているように両手から白と闇が混じる液体が滲み出てシュウヤ様の血に反応し虹色に輝いていた。
これはクナさんの時と少し似ている。
血の錫杖から凄まじい音が成って、ボクに波紋を衝突させてきた。
光魔ルシヴァルの血を得ながらも波紋を体に受けると、力に体が強化されていくと分かる。凄い……。
あ、右手の甲と左手の甲と手首を守る装備に、魔印が出た。
ボクが光魔ルシヴァルの<血魔力>を得たことで反応したのね。
薄らとベルベェースの頭部の幻影も生まれてくれた。
久しぶりに見たような氣がする。
良かった、喜んでくれている。
この腕甲と腕防具の元は、ベルベェースのドラゴン。
マバペインの丘とグラドベルスの一帯を縄張りにしていた魔界の高・古代竜の流れを組む一族の魔竜ベルベェース。
灰褐色の毛と白銀の毛に覆われた魔竜ベルベェースは強かった。
そのベルベェースは、ボクたち、仙妖闇鬼オウガ・子闇精霊のアウサスの一族を守るため囮となって、悪神デサロビアの大眷属ヒュビルラの軍隊と戦ってくれた。
悪神デサロビアの大眷属ヒュビルラは、四眼四腕と二眼四腕の魔族と黒い雌山牛と黒い蜘蛛系のモンスター軍を引き連れ【悪神デサロビア吸霊山脈】から【白銀の魔湖ハイ・グラシャラス】に乗り込んできた。
その際に【仙妖闇鬼オウガ・子闇精霊アウサス】が戦場となる。
ベルベェースは傷を受けてしまう。
軍隊とヒュビルラを追い返すことには成功したけど……ヒュビルラの大太刀から受けた傷は致命傷だった。
頭部と胴体の一部を大太刀に斬られて、その回復も間に合わず……。
ヒュビルラの気配が遠くに感じたベルベェースは<遮蔽山鱗>を使いボクを隠していたスキルを解放する。
そして、
『……エトア、我はここまでだ、最後に<魔竜・命鳴防具>を用いて、お前の腕防具として、お前のことをずっと守り続けたいと思うが……良いか』
と、ボクに聞いてきた。
切り裂かれた頭部と胴体と翼から白と闇が混じる血を流していた。
ボクは、
『だめ、死なないで、ベルベェースも旦那さんを見つける夢があったはず、それなのに……』
と……お願いをした。無理だと分かっていても家族として一緒に過ごしていたベルベェースを失いたくなかった。
ベルベェースは、
『ふっ、そんな顔をするな。お前だけでも神々の争いから守ることができた……それで満足だ、旦那の魔竜を見つけると言ったことは……冗談さ……』
と、あの時、ベルベェースは遠くを見やった。
魔竜の双眸は大きくて鼻も口も立派、歯牙も鋭くて大きいから、表情は、分かりズラいけど……ボクには淋しそうな表情だと分かった。
そして、『後は、向こう側に見える白銀に濁った【白銀の魔湖ハイ・グラシャラス】を支配する悪夢の女神ヴァーミナ様たちの眷族たちがなんとかするだろう……』
と、ベルベェースは語りながらまだ残っていた爪をボクの額に当てて、魔力を渡してくれた。ベルベェースの傷付いた体がぼんやりと光り、
『エトア……ここを離れるのだぞ』
『……』
ボクはあの時、現実を見られず頭部を左右に振っていた。
ベルベェースは、
『……悪夢の女神ヴァーミナ様たちが守る本陣とも呼べる【白銀の魔湖ハイ・グラシャラス】も安全ではないのだからな……ここの土地は緩衝地帯……戦いは激しくなるだろう、更に、我の命も残りわずかだ。もう、ここは守れない……頼むから逃げるのだエトアよ……』
『……いや、ベルベェースと離れない!!』
『……否だ、大事な故郷の【仙妖闇鬼オウガ・子闇精霊アウサス】は消えた……土地の地形も変化した、もう昔の【罠鎮守の森オウガ】もない……黄金蟲ガムルに飛蝗ペペがいた【アウサスの地】もない、マロール鰻に魔魚たちが泳ぐ【オウガの白銀川】も消えたように陥没している……』
うん、今なら分かる。
【仙妖闇鬼オウガ・子闇精霊アウサス】の地は……ベルベェースの言う通り……。
悪神デサロビアたちと悪夢の女神ヴァーミナ様、悪夢の女王ヴィナトロス様、悪夢の女王ベラホズマ様の戦いで完全に……。
あの当時は悲しくて、悲しくて、うぅ――。
山間の緑と池に川は崩れ土地に宿っていた魔力は悪神デサロビアの吸霊山脈に飲まれてしまっていた。
でも、ベルベェースは傷だらけになりながらも、ボクを元気付けようと、
『……エトア、前を見ろ、北の地には、幾つかの古戦場、【魔牛馬ラナディスの暴風】があるが、そこのマムモ街には、頭賢魔族たちなどが多く暮らす。魔傭兵も多いからそこに身を寄せろ、お前と我の友のララッタも……そこに居るかも知れぬぞ』
『ララッタ……ボクに色々と宝箱と無数の罠の秘密について教えてくれた……』
『……そうだ、大盗賊チキタタの加護を持つララッタならば、お前を活かせるだろう』
『うん』
『ふふ、その目だ、エトア』
『うん』
『それでは、エトア……お前を――』
と言って、ベルベェースは、白銀と緑の鱗の両手の防具に変化をした。
ボクを守るために、己の最期の命をかけて<魔竜・命鳴防具>を使って、ベルベェースの腕甲と腕防具に変化してくれた。
と、過去を思い出していると、キサラ様たちがまた演奏してくれている。
キサラ様とシャナさんの声が素敵。
イモリザさんの可愛い声も合う。
ルシヴァルの紋章樹が真上に発生し、ボクは、そのルシヴァルの紋章樹と魔線で繋がった。
あぁ、光魔ルシヴァルが吸血鬼と理解できる。
取り込んだ光魔ルシヴァルの血の流れが、ボクの体をオカシクするほどに駆け巡っている……。
シュウヤ様も時折、痛みに顔を歪めて、とても苦しそう……あ、目が合うと優しい微笑みを向けてくれた瞬間、あんっ、きゅんとしちゃった。己の痛みをあまり見せることをせず、優しさに溢れている。
それでいてシュウヤ様は強い……。
あぁ、シュウヤ様の血がボクを……。
ルシヴァルの紋章樹の幹と少し同化するように体が融け込むと、明るい光と暗い血の渦が周囲に拡がり、そのすべてをボクが吸収した。
すると、皆の記憶が少し流れ込んできた。
血のファミリーの意味があるのね……。
皆さんから聞いていないけど、あぁ、凄いルシヴァルの紋章樹にはこういう意味も……。
〝知記憶の王樹の器〟と関係が深いと分かる……。
光魔ルシヴァルの血を取り込み続けると、ルシヴァルの紋章樹の幻影は、本物と化したように一瞬で極彩色ゆたかに色づいた。
幹の上部と枝がまばゆい光を放ち、屋根が太陽のように輝いていた。凄い明るい。
幹の下は、暗いけど、月の輝き。月虹が美しい、大地と根っこに湖底を現しているようね。
あ、ルシヴァルの紋章樹の幹から棒が、出て、シュウヤ様はその棒の先端に生えている無数の葉でボクを撫でていく。体から無数の魔力を感じるまま、光の筋ができて消えては、ボクから新しい<血魔力>が生まれ、それが宙空に飛んで、変な文字が生まれては消えていく。
シュウヤ様が持っていた棒はボクとルシヴァルの紋章樹の中に吸い込まれると、ボクと一体となった。
と、光魔ルシヴァルの家系図のような物が幾つも生まれたようだ……新しいクナさんの古代文字が刻まれている大きい円を確認できた。
<従者長>たちの、ラムラントさんの近くに、ボク用の新しい小さい円が出来上がる。嬉しい……あぁぁ、ルシヴァルの紋章樹と周囲の血をすべて吸い込んで、心が震え、光と闇が交錯し、巨大な魔力の渦となってすべて包み込んだ――
――ああぁぁぁ。
◇◆◇◆
「エトア、大丈夫か? 起きられるか?」
エトアが目を覚ました。
「はい……シュウヤ様……聴力の効きがここまでとは、力も漲って……<血魔力>を体に感じます……シュウヤ様の<血魔力>も心臓の鼓動と脈動に……匂いのフェロモン……匂いが見えるようにも凄い……」
エトアが小鼻をクンクンと動かしている。
可愛い。
「――俺の血を吸っておけ」
と、首を傾けて、エトアの口元に寄せた
「あっ」
エトアの吐息を首筋に感じて、少し気持ち良かった。
「遠慮はするな……」
「分かりました――」
首筋にキスされてから、エトアが犬歯を首に立てて噛み付いた。
チクッと痛みを味わう。そのまま血を吸うエトアは抱きついてくる。
<吸血>を使ったか、エトアの心臓が高鳴った。脈のリズムが一気に速まると、体が前後にビクンと、揺れる。またも揺れた。汗をかいたエトアは……ぎゅっと抱きしめを強めてきた。同時に女の匂いを漂わせてきた。
嗅覚が良すぎるのもアレだな。
ま、仕方ない、このままエトアに俺の血を味わってもらおう。
エトアは、興奮が収まらないというように、吸い付きが激しくなってきたからエトアの背を右手て軽く撫でてから、首を強引にエトアの口元から離すと、
「ぷはぁ――」
「と、満足したようだな」
双眸に血筋が生んでは、双眸の皮膚回りの血管が浮いているエトアは、まさに吸血鬼顔だった。
そのエトアは一瞬で、元の表情に変化する。
と、黒髪が伸びた。
「お? それは仙妖魔の?」
と指摘すると、恥ずかしそうな表情を浮かべて、元の髪のミディアムに戻していた。
エトアは、
「……あ、はい。詳しくは仙妖闇鬼オウガと子闇精霊アウサスの<魔髪操作>。ですが、とても嬉しい時、気持ちが動転する時など、自然と発動する時があるんです……」
へぇ。
すると、そこに、ナロミヴァスたちの魔素を屋敷の中に感じた。
<光魔王樹界ノ衛士>ルヴァロス、クレイン、ルマルディ、キスマリ、ママニとアルルカンの把神書が転移陣を使い戻ってきたかな。
「皆が帰ってきたか」
「はい、そのようですね」
「エトア」
「あ、はい」
と、エトアに立ってもらった。
半身の姿勢のまま処女刃を戦闘型デバイスから取り出し、それをエトアに渡した。
「エトア、処女刃を渡しておく、エトアも〝知記憶の王樹の器〟の効果か不明だが、直ぐに<血道第一・開門>を得るかもだ」
「はい」
母家の玄関から、クレインとルマルディとキスマリとママニが現れる。
腕を上げながら、右手に〝知記憶の王樹の器〟を取り出した。
素早く〝知記憶の王樹の器〟に魔力を込める。
〝知記憶の王樹の器〟に神秘的な液体が溜まった。その液体に指を入れて<血魔力>を注ぎ、液体の中に現れた海馬体のようなイメージを連想させる半透明なモノを触り、俺の記憶を一瞬で操作。
すると、クレインたちが、
「シュウヤ、ハンカイとクナに、エトアもかい! 眷族化祭りさね」
「シュウヤ様、ただいまです!」
「盟主!」
「ご主人様、数々の大勝利の連続、おめでとうございます!」
頷きながら、〝知記憶の王樹の器〟の記憶を操作を直ぐに終わらせる。
そして、皆に向け、
「おう、オセべリア王国は安泰か。そして、ハンカイとクナは<筆頭従者長>だ、エトアは今<従者長>と成った」
「血の消費は大丈夫そうだねぇ」
「あぁ、能力のほうも、皆に与えた分は減ったが、まだ大丈夫だ」
クレインたちは俺を凝視。
クレインは頷いて、
「……血銀行もあるとは思うが、闇神リヴォグラフ勢力を倒しまくった影響さね。クリムといい色々とありすぎだ……」
と言いながら俺が右手に出していた〝知記憶の王樹の器〟を見やる。
「そうだな、早速〝知記憶の王樹の器〟の俺の記憶入りの液体を飲んでもらおうか」
「了解さ」
と、クレインに〝知記憶の王樹の器〟を渡すとナロミヴァスと<光魔王樹界ノ衛士>ルヴァロスが玄関から現れる。
庭に来たナロミヴァスとルヴァロスに手を上げた。
続きは明日。 HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻~20巻」発売中。
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