千六百十七話 ルンスから〝血宝具カラマルトラ〟と〝ラヴァレの魔義眼〟の進呈
「巨大な水槽……天井と床が見えないですし、どこまで続いているのか……血の海の世界にも見えますね」
ヴィーネの言葉に皆が頷く。
巨大な鯱とか泳いでいそうだ。
振動音と虫の音は、血銀行から響いてくる。
超巨大な水槽は、天井までの高さは三十メートル以上はあるかな。
幅は分からないぐらい広い。
大量の血が硝子に衝突している。
これだけの血を集めるのにどれくらいの時間を有したんだろうか、まさに血銀行か。
ハミヤと魔族殲滅機関の隊員たちは少し怯えていた。
ハミヤはダクラカンの聖剣の柄を時折ギュッと握っては、俺の背後に足早に移動していた。
無理もない、【大墳墓の血法院】に生きたまま人族が普通に入ったのは、幾星霜とした期間の中で、たぶん、数える程度の回数なはずだ。
すると、ファーミリアが、
「この巨大な血銀行は、吸血神ルグナドの神殿の範疇で血銀行は地下深くに続いています。一部はハイム海の深海と海溝に通じている」
「へぇ、血と海水は近いからな」
「はい」
ファーミリアは肯定。
俺の知る地球でも、生物学者のルネ・キントンが血液のミネラル組成と古代の海水組成が近似なことを発表していた。
輸血は海水でも可能。
「そして、血銀行、血の保管庫とも関係があるかもですが、千古神韻、吸血神ルグナド様の血が原初の海を造った伝説は聞いたことがあります。魔界セブドラには実際に【ルグナドの血海】がありますからね」
「へぇ、知らなかった。ビュシエたちが触った〝列強魔軍地図〟には【ルグナドの血海】は出ていなかったが……」
と、血銀行を見ていたビュシエに視線を向けた。
ビュシエは、
「はい、言われて氣づきました。ただ一度も行ったことがなく、忘れていたので、〝列強魔軍地図〟に触れても表示されなかったのでしょう」
なるほど。
「そっか、ファーミリアには後で〝列強魔軍地図〟を触って魔力を注いでもらおうかな」
「はい」
そのファーミリアと皆を見つつ大きい円卓の前を移動すると、血銀行の大量の血がせり上がって俺を追ってきた。
「血銀行の血か……あれが深海にも続いているとなると、海からモンスターとか入ってくるのかな」
ファーミリアも血銀行に近付く。
血銀行の波がファーミリアに直進し、硝子にぶち当たった。
硝子からジィィンと音と振動が谺する。
多数の波頭のような大きい波が押し寄せて、硝子に何度も衝突しては血飛沫が飛んでいた。
怖いが、面白い。
「はい、海から血を求めて流入してくる危険度の高いモンスターは多いです。血銀行は深くなるほど吸血神ルグナド様の神性が強くなり、土地の魔力も集まりやすく、血の世界から生まれてくる怪物やモンスターも強くなります。そして、海から流入してくるモンスターと、その血銀行で生まれてくるモンスターは殺し合い、倒した存在が倒された存在を吸収し、成長する。その結果……わたしも苦戦するほどの怪物、モンスターが生まれてくることもあります。吸血鬼には良い修業場所です。血毒が強まったモンスターも多いですから、<従者長>たちには恐怖でしかないようですが、ふふ」
蠱毒、蠱道でもあると……。
「「「「……」」」」
アルナード、ルンス、ホフマンの背後に居る<従者長>たちが頷くように胸元に手を当てて会釈していた。
「ファーミリアが苦戦するなら皆が苦労するのは当然か」
「はい、その分生き残った眷族は強くなる。私も<血液魔防装具>を身に着けていますが、防具ごと中身を破壊されることは多いですね」
<血液魔防装具>は、かなり渋い戦闘用の騎士スタイル。シキにアドリアンヌたちと共闘していた時に時折、装着していた。
肩の竜頭装甲の魔竜王装備に魔装天狗や衣装変換魔道具のような物だろう。
そして女帝の<筆頭従者長>がそこまでやられるなら、ルンス、ホフマン、アルナードも苦戦するか。
ホフマンは能力を隠していると予測するが……。
前、ビュシエたちの会話で下位の眷族が<筆頭従者長>を越え強くなる可能性は、ある。と言っていた。
そして、ファーミリアに、
「この血銀行だが、俺たちも使っていいのかな」
「勿論です。共闘も可能です」
「了解した。後で体感させてもらう」
「承知致しました。それでは、先に血魔術保管層から<血魔術>系統の魔法書などを運んできます。ここでお待ちになっていてください」
「了解した」
すると、背後でヴェロニカの近くにいたルンスたちが、
「では、私も【鴇の宝玉】をここに――」
「キサラ様、〝血の魔札エイジハル〟と〝ルグナドの灯火〟を持ってきますので」
「はい」
「ヴェロニカ様たち、我の研究室は此方ですぞ、研究室で〝血宝具カラマルトラ〟と〝ラヴァレの魔義眼〟と<血魔術>を見せてから、〝血宝具カラマルトラ〟と〝ラヴァレの魔義眼〟をさしあげまする」
「うん」
「興味深いから、先にルンスの部屋に行く」
「はい、行きましょう」
「「おう」」
「血銀行とやらが氣になるが、俺も行くとしよう」
「「はい」」
「ファーミリア、俺もルンスの研究室を見てくる」
「はい、ここで待っています」
ファーミリアの言葉に頷く。
と、ルンスが、
「では、皆様方、少し歩きまする――」
と発言し、身を翻す。
背に片手を当てながら歩き始めた。
お爺さんのルンスの背筋はしゃんとしている。少し浮遊していた。
ルンスと共に数人の<従者長>が付いていく。
広間から左に移動しアーチ状の出入り口を潜り廊下を進む。
廊下には、メイドの格好したヴァルマスク家の吸血鬼たちが多い。
他にも部屋があったが、応接間のような印象ばかり、皆、胸元に手を当て、頭を下げてきた。
ルンスたちは、一つの部屋の出入り口の前で止まった。
「ここです」
と、手を翳す、大きい扉の表面に展開されていた<血魔力>を有した防御魔法がシュッと音を響かせ消える。
と、大きい扉が分解するように左右の枠の中に消えた。
ルンスと二人の<従者長>は先に扉があったところを潜り、大きい部屋に入った。
部屋の大きさは三十畳は超えてかなり広い。
中央に豪華な意匠が目立つ机と椅子。
右に本棚が並ぶ。
左は遠くに人形が疎らに落ちては、血の人型の幻影が幾つも浮かんでいた。
壁は傷だらけで、少し手前側には魔銃と<血魔力>を有した棒手裏剣にクロスボウが何種類も置かれてあった。
左側は室内射撃場で魔法の実験場か。
部屋の手前では、ヴェロニカが俺を不安そうに見てくる。気持ちは分かるが、ここで罠はさすがにないだろう。
エヴァは微笑んでいた。
ヴィーネとユイは得物の柄に手を当てている、用心深い。
「にゃ」
と、先に黒猫が入っていく。
ルンスたちはスタスタと中央に移動。
ルンスは、右隅に移動し本棚から書物を取ってから、棚に浮かぶ魔印を触ると棚の扉を開く。
棚の中に浮いていた<血魔力>を有した義眼と丸い徽章を掴むと机に運んだ。
そして、室内の射撃場&魔法の実験場を見ては<血魔力>を送る。
床に落ちていた<血魔力>を有した人形が浮かぶ。
障害物と人型の幻影も動き始めた。
ルンスは、机に置いたアイテムを見て、
「此方が〝血宝具カラマルトラ〟。右側が〝ラヴァレの魔義眼〟です。そして、ラヤネル此方にきなさい」
金髪のラヤネルは「ハッ」と返事をしてから机の横に浮かぶとルンスは、
「早速、〝血宝具カラマルトラ〟の<血魔術>系統の<血宝防具カラマルトラ>――」
と、発動。
丸い徽章が分解されながらラヤネルの体に付着されると一瞬で装備が血の甲冑に変化。
闇と光の運び手の装備と少し似ている。
小振りな胸はブラジャー鎧。
細い腰には段々のダマスカス鋼で構成されている。
模様の中に血が流れて<血魔力>に溢れていた。
「丸い徽章が血の甲冑と化す、<血宝具カラマルトラ>で、<従者長>の戦闘能力が飛躍的に上昇しまする。光魔ルシヴァルの場合は不透明ですが、ヴェロニカ様なら、メル様とベネット様の能力が飛躍的に上昇するはず――」
ルンスは、<従者長>ラヤネルに装着させていた血宝具カラマルトラを一瞬で元の丸い徽章に戻した。
「「おぉ」」
「では、次の〝ラヴァレの魔義眼〟。これは遠距離攻撃です。吸血神ルグナド様が大眷属ラヴァレ様に授けたとされている品、思念操作が可能で、連続射出が可能、<血魔力>を込めて威力を増したチャージショットの場合は、二秒程度の時間を要します」
と義眼は三つに分裂し、三つの〝ラヴァレの魔義眼〟からビームのような遠距離攻撃が迸り、右に浮いていた<血魔力>を発していた小形人形が撃ち抜かれて散った。
「「「おぉ」」」
「この二つの品を差し上げまする、<血魔力>を通したら、専用の<血魔術>を学べるはずですぞ」
と、ルンスは、ヴェロニカに一つずつ渡していた。
「うん、ありがとう! 早速、徽章に魔力を通す!」
丸い徽章〝血宝具カラマルトラ〟に元々有していた<血魔力>が蒸発するように消えて、ヴェロニカの<血魔力>が浸透した刹那、分解、隣に居たメルの体に、〝血宝具カラマルトラ〟が装着された。
「「「「おぉ」」」」
「ん、格好いい」
「うん!」
「「素敵です」」
「メルに似合いますね、血の戦闘装束」
「ふふふ、そうですか?」
と、〝血宝具カラマルトラ〟を身に着けた新衣装で、俺に近付くメル。
鋼鉄のブラジャー装備も<血魔力>を有して細い腰を覆っているダマスカス鋼と似た模様が渋い鎧が非常に似合う。
「おめでとうございます、早速の<血宝具カラマルトラ>を獲得したようですな」
ルンスの言葉にヴェロニカは満足そうに頷いて、「うん、とても嬉しい、次の〝ラヴァレの魔義眼〟に魔力を送って――」
と、ヴェロニカの眼前にその〝ラヴァレの魔義眼〟が分裂したように三つ発生し、ヴェロニカが思念操作された三つの〝ラヴァレの魔義眼〟からビーム状の<血魔力>が発生し、部屋の射撃場の中に浮いていた人形を幾つも連続的に撃ち抜いていた。
「お見事、〝ラヴァレの魔義眼〟用の<血魔術狙撃>、<血魔術・魔穿>などを覚えたようですな」
「うん、覚えた」
「はい、さすがは光魔ルシヴァルの女帝の一人……<筆頭従者長>様で在らせられる――」
「「……ヴェロニカ様――」」
ルンスと、ルンスの<従者長>ラヤネルともう一人の<従者長>はヴェロニカに忠誠を誓うように、机の前に移動し、片膝の頭で床を突いて頭を垂れていた。
ヴェロニカとメルとベネットは、互いの顔を見て、
「うふふ、メル、今の状況って信じられる?」
「今の状況は……」
「信じれないけど」
と笑い合う。
「「ふふ、ははは」」
「ルンスと、ラヤネルちゃんと、もう一人の名を知らないけど、これからもよろしくね」
「「「ハッ」」」
と、メルたちは、<血魔力>を消してから三人に手を伸ばし立たせてあげていた。
いいね、素晴らしい。あれほど憎しみあっていた両者が完全に和解している。
ほっこりしまくりだよ、本当良かった。
ルンスも、なんか、普通のお爺ちゃんにしか見えない。
ヴァルマスク家をそっくりそのまま光魔ルシヴァル化したくなってきたが……。
それは吸血神ルグナド様に伺ってからだな。律義と言われようが、筋は通したい。
さて、
「では、大きい円卓があるところに戻ろうか、アルナードの【鴇の宝玉】に血のスクロールなど、<血魔術>の古代の魔法書とかも、ファーミリアが持ってくるかもだしな」
「「はい」」
「血銀行の修業も氣になります」
「はい」
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