千五百八十二話 バフラ・マフディの遺志
ビュシエが、
「シュウヤ様、外で見張りをしています」
「了解した」
左手を翳し、
「シュレ、外に出てくれ。仕舞ったばかりだが、ビュシエと共に周囲を警戒しててくれ」
『承知!』
と、思念を寄越した瞬間、左の掌の<シュレゴス・ロードの魔印>から桃色の魔力と共にシュレゴス・ロードが迸る。シュレゴス・ロードは桃色の魔力を身に纏いながら人の形と成って、周囲を見やる。
『ぐぬぬ、シュレゴス・ロード! 妾たちも見張りをしようか?』
『器様の傍に居るほうが良いような』
『【闇の教団ハデス】の面々は器様たちとキュベラスに従うようですから、見張りは要らないと思いますよ、それに器様と少しでも離れると〝知記憶の王樹の器〟が必須ですから、傍のほうが楽です』
『『うむ!』』
貂の思念に直ぐに同意した沙と羅たちに、
『では、沙・羅・貂には、暫く左手のシークレットウェポンでいてもらおう』
『うむ!』
『『はい』』
「ケニィ、皆に無事を示せたから小さくなってくれる? 中に居る最高幹部たちに【闇の教団ハデス】には憂いはないことを示しに行きましょう」
「キュポァ!」
巨大な桃色のリスこと、ケニィが鳴く。
と、一瞬で小さくなってキュベラスの肩に乗っていた。ケニィのお尻の臭いを嗅いで健康チェックを行った黒猫が「にゃ~」と鳴きつつユイとヴィーネの足へと、頭から胴体を寄せてから尻尾を絡ませつつ、再度、頭と耳をレベッカの足に当てて甘えていく。
「では、ビュシエとシュレ、闇神リヴォグラフ側の襲撃に備えておいてくれ」
「はい」
「お任せを」
二人と笑顔のまま頷き合う。
シュレは両腕から半透明な蛸足の魔力を放出すると、館の頭上に魔法防御の膜を展開させる。
ビュシエは足下に<血道・石棺砦>の血が滴る石棺を幾つか用意し、そこに立った。
両手に剣とメイスが融合したような武器を召喚。
<血魔力>製ではないようだ。重そうな鉄球の先端を石棺の上にドスンと置いていた。
その二人に任せ、青白い石の門を潜る。
【闇の教団ハデス】の施設の敷地に入った刹那――。
玄関前の空きスペースの左右に、魔法の球体が出現し、その魔法の球体から蒼白い魔力が此方側に降り注いできた。
と、その背後の建物自体が赤黒く変色し、ゴシック建築に様変わり。
俺たちに降り注いでいたように見えた蒼白い魔力は、そんな俺たちを越えて背後の門に直撃していた。蒼白い魔力は【闇の教団ハデス】の施設を守るための幻影を生み出しているようだ。
「外から見ていた蒼が基調の家屋は幻だったんですね」
ヴィーネの言葉に皆が頷いた。
キュベラスは、
「はい、外の建物に合わせる幻影が施されています。」
闇神ハデスの造形が施されている金属製の重厚な扉に変化している。
取っ手が真鍮製で棘のような物が生えていた。
「棘があるが、この取っ手は大丈夫なのか?」
「はい、<血魔力>普通に開けられます。まずは私が――」
キュベラスは、取っ手を握り右に回す。
と、カチャと重厚な金属扉から小気味よい音が響くと、上から下まで数十メートルはある重そうな扉が開いた。いきなりの開けた教会のような造りか。
奥行きがあり、中央に祭壇と神像と一体化している扉がある。
右の壁に闇をモチーフとした様々な飾りが並び、貴重なアイテム類が置かれてそうな棚があった。
奥の神像は三つ。闇神ハデスと闇神リヴォグラフと母神。
母神は、闇の魔皇女帝バフサルトかな。
【闇の教団ハデス】はこの三つの神々が信仰対象か。
それらの三つの神像の前に居るのは、ローブを着た魔人たちで、此方を見ている。
明らかに強者と分かる雰囲気を醸し出していた。
中央にいる男が、炎極ベルハラディと即座に理解した。
周囲に細かな火球が浮いているし、俺たちの出現に合わせ背後の炎の大剣を生み出していた。
その男が、「やはり、きたな……導きし者……俺たちの真の盟主……これでバフラに完全に負けたことなる……」と呟く。
シキが、
「炎の大剣……あの男が、炎極ベルハラディです。ジュヌの魔靱植物車ベルハラルごと、私たちを焼き殺そうと、本当にしつこかった……でも、不思議とシュウヤ様とユイさんとキサラさんを感じ取ったように姿を忽然と消していた。あの時、バフラ・マフディたちしか追撃者が現れなかった」
と語ると、当時近くに居たユイとキサラとファーミリアは頷いた。
その炎極ベルハラディたちに近付いた。
すると、
「キュベラス様も、導きし者と一緒ということは……降ったようですね」
と、炎極ベルハラディが聞いてくる。
キュベラスが俺たちを見て、
「ベルハラディはどこで、何をしていたのか、不明ですが、知っているようですね、ですが、まずは私から説明を」
と言いながら頭を下げてくる。
「了解した」
と返事をするとキュベラスは振り向いて炎極ベルハラディたちを見る。
そして、
「私とイヒアルスとヒョウガとドマダイは【天凜の月】に付きました。私たちは他の魔人たちとシュウヤ様たちと戦い破れた。命を削られて滅される状況でしたが、交渉の結果、今となります。その戦いでハデス様よりも闇神リヴォグラフに重き置いていたアルケーシスは死にました」
「「な……」」
「アルケーシスを殺した相手と手を組むとは……今の今まで敵対していた相手の大本と手を結ぶ……」
「【御九星集団】のキーラと第三王子クリムとの約定を破り、闇神リヴォグラフ様はお許しになるはずがない……」
「……許しなど要りません。クリムは<黒の遺物>を使い、私を遠距離から狙い射ちにした。そんなクリムと手組んでいる重要なサケルナートことルキヴェロススは、シュウヤ様が討ち取った!」
「「え!」」
「クリムは生きているかも知れないが、ルキヴェロススは倒した」
と、キュベラスの言葉に合わせ、倒した証拠の魔杖レイズと魔杖ハキアヌスを腰ベルトの剣帯から抜き、それぞれ魔力を通した。
二つの魔杖からブゥゥゥン――と音が響く。
一瞬でレッドとオレンジの魔刃が生えた。
「「「おぉ」」」
【闇の教団ハデス】の最高幹部の男と女に炎極ベルハラディも動揺したように驚いていた。
<銀河闇騎士の絆>で、多少は皆にシンパシーが得たかな?
――魔杖レイズと魔杖ハキアヌスの魔刃を放射口に収斂させつつ手元で魔杖の柄巻を回転させてガントリックを行いながら腰ベルトの剣帯に差し戻す。
キュベラスは、
「【闇の教団ハデス】は闇神リヴォグラフの支配の手から逃れたと言えましょう。皆は闇神ハデス様を救うべく行動に移れるんですよ、ただし、セラ側で私たちがどうこうしようとも闇神リヴォグラフの支配権が絶対的に強いことに変わりないことですが……少なくとも私は――」
キュベラスは己の胸元を晒し、
「自由なのです!」
と、叫ぶ。心臓部と思われる黒い塊と繭に刺さっていたカードは消えている。
炎極ベルハラディは、
「……キュベラス様の<命ノ影繭>に嵌まっていたルキヴェロススの魔札が消えている!」
「「おぉ」」
「キュベラス様は……いずれ私がなんとかすると……仰っていたが……」
女の魔族の言葉にキュベラスは頭を少しだけ振るい、
「ラヒオク、私は何もしていない。大眷属ルキヴェロススの<魔札黄泉送り>、<魂魄使役術>、<魔札ノ魔神契約>、<魔札ノ偽造本契約>のスキル効果を、私の<擬心波>などで誤魔化していただけ……結局はシュウヤ様が居なければ何もできかった。時折、脅されて、ふざけては、友のように振りまく彼奴らに翻弄されている間に……手をこまねく間にジェレーデンの獣貴族は、いいように利用されて、減り続けていた……」
「……そのようですね、肩の異界の軍事貴族はケニィ、ジェレーデンの獣貴族の一つは無事のようで何よりです……」
キュベラスは仲間の指摘に肩に居る桃色のリスのケニィをチラッと見て、
「はい、【幻瞑暗黒回廊】の異界の館に閉じ込められていた異界の軍事貴族、サージルとケニィは取り戻せました」
「「おぉ」」
「おめでとうございます!」
「サージルとケニィ……それ以外の異界の軍事貴族、ジェレーデンの獣貴族は失ったのですか」
とラヒオクの言葉の後、キュベラスは息を呑んで辛そうに、
「そうです、サケルナートことルキヴェロススとクリムのせいで百は超えていたジェレーデンの獣貴族は残り二体にまで減っていた。ドマダイが好きだったジェレーデンの獣貴族たちはもう居ない……<異界の門>の【幻瞑暗黒回廊】で長く活動していてくれていたのに不甲斐ない。ザープには、ジェレーデンの者が生きていたら、なんて言うでしょうね? と話をしていましたが、私は何も言えません……」
と涙目になっていた。
戦闘し、俺たちと戦っていた時の嘲笑していた面はもうどこかに消えている。
サケルナートやクリムに従うしかなかった己の矜持を維持するための、佯狂で、地位を保つためでもあったんだろう。
「……キュベラス様……」
「良いんです、すべてを失ってはいなかったのですからね、ふふ、そのサージルは魔杖に成れますし、イヒアルスの頭部に成れるのは前と変わらず。今もイヒアルスの頭部に成っています」
「はい!」
ラヒオクも【闇の教団ハデス】の最高幹部か。
瞳の色が真っ黒すぎる。
少し怖い、紫のアイシャドーの目元に黒と朱の粒々が発生している。
漆黒のローブは魔力を内包されていた。
武器は分からないが、アルケーシスのような強さはありそうだ。
キュベラスは、
「ですから、完全に私の弱みは消えた。自由と成った……幾星霜とした続いていた枷を外してくださったのはシュウヤ様。そのシュウヤ様は闇と光の運び手で在らせられる。魔界と神界の神々に導かれている存在がシュウヤ様なのです。外に居たバフラと親しかったモスヒートもシュウヤ様に従うと言ってました」
「あの堅物のモスヒート・バンデルが?」
「はい」
炎極ベルハラディは納得したように、
「……だからか、そして、闇と光の運び手……バフラが託した理由……なるほど……最初から……」
と、納得していた。
炎極ベルハラディはバフラ・マフディとの戦いを見ていたかな。
そして、先程と同じく【闇の教団ハデス】の定紋を見せたほうが早いか。
神像と地続きの扉の先には闇神ハデスの何かがあるに違いない。
「皆、これを見てくれ――」
【闇の教団ハデス】の定紋と闇神ハデスのステッキを見せる。
「「それは!」」
「――闇神ハデス様の導きし者がシュウヤ様……キュベラス様はそのことを知って降ったのですか?」
ラヒオクが聞いていた。
「……いえ、最初は気付かず、バフラ・マフディの死は知っていましたが、まさか【闇の教団ハデス】の定紋を外し、それをシュウヤ様に託しているとは思いませんでした。気付いたのは<異界の門>を使用して、新たな異界の軍事貴族のヴァルアの騎魔獣を差し上げて、闇神リヴォグラフ大眷属ルキヴェロススを討伐してからです」
ラヒオクは俺をジッと見てから、
「……納得しました。キュベラス様が降るわけです」
「バフラは己の死をかけて【闇の教団ハデス】の定紋をシュウヤ様に渡したのですね」
炎極ベルハラディも、
「納得だ……実はバフラが戦いの前に俺に告げていたんだ。止めたが……最期に〝お前も知ることになる、闇神リヴォグラフ様を信奉するのも闇としては正しい。だが、闇神ハデス様を心の何処かで慕うように信じているなら、暫くは隠れて見ておくがいい、何れはお前も知ることになる〟とな……〝槍使いの光と闇はそれほどなのか?〟と聞くと、〝そうだ、私はここで相まみえることが誇らしい、ふっ――〟と前に出ていった。それで一旦、俺は退いたんだ」
と、語る。
バフラ・マフディ……。
シキとファーミリアは炎極ベルハラディを見たまま無言だ。
シキは、俺を見て、
「私の眷属の犠牲も、すべてに通じてくる話に成ります……ふふ、シュウヤ様、【闇の教団ハデス】を支配と成ると……【血星海月雷吸宵・大連盟】に闇か冥の文字も加えませんとね?」
と、笑顔で語ってくれた。シキもおきゃん気質すぎる。
ファーミリアも、
「ふふ、バフラ・マフディの遺志は、皆に伝わっているようですわね……」
そのファーミリアの言葉の後、炎極ベルハラディは前に出て、肩膝の頭で、ザッと音を響かせながら床を突いて頭を垂れてくる。
炎極ベルハラディから炎が噴き上がる。
「――この炎極ベルハラディもシュウヤ様に従います」
「――飛影ラヒオクも従います」
「――豪脚剣デルも従います」
「――闇速レスールも従います」
と、【闇の教団ハデス】の最高幹部たち、全員が肩膝の頭で床を突いた。
すると、キュベラスも炎極ベルハラディたちの傍に寄って、
「シュウヤ様――【闇の教団ハデス】はシュウヤ様の指示の下で動きます――」
と、発言。
闇の聖堂に似合う、暫し静謐な空間となった。
皆が俺を注視してくる。
<筆頭従者長>レベッカ、ヴァルマスク家の女帝ファーミリア、<筆頭従者長>ミスティ、眷属クナ、<筆頭従者長>ヴィーネ、<筆頭従者長>キサラ、宵闇の女王レブラの大眷属シキ、皆が、俺を見ては微笑みを湛える。
「【闇の教団ハデス】の皆を受け入れよう。今日から【天凜の月】の仲間だ。【血星海月雷吸宵闇・大連盟】に成る」
「「「「「ハッ!」」」」」
「――【血星海月雷吸宵闇・大連盟】!」
「――【血星海月雷吸宵闇・大連盟】万歳!」
「ふふ、ご主人様、やりましたね!」
「ん、【闇の教団ハデス】のリーダーがシュウヤ!」
「うん、これで、完全に闇神リヴォグラフ側と【御九星集団】に勝つる!」
「マスターは、超大物に成っちゃったわねぇ」
「ふふ、元より魔君主の一人ですからね、魔界の神々と同格に交渉を行うのですから、セラの【闇の教団ハデス】が靡くのは当然です」
と、クナの言葉に皆が頷いた。
そして、【闇の教団ハデス】の皆に、
「この【闇の教団ハデス】の定紋を嵌める場所は、祭壇と神像と一体化している扉かな」
「はい!」
とキュベラスが最初に立つ。
やや遅れて炎極ベルハラディたちも立ち上がった。
続きは、明日。
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