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百五十七話 キッチンに立つ、槍使い

 シャナは腕で胸を隠しながら、


「そうです。歌翔石は希少な魔宝石の一つ、人魚(セイレーン)だけが扱える魔響石という名もあります。首元に装着することで魔力が上がり、歌の力が増すんです。人魚にとって貴重な宝石。しかし、宝石の魔力は有限でいつか輝きは失われて宝石の力も失われるんです」


 と、首に装着されている宝石のことを語っていた。


「その魔宝石を目当てに迷宮都市へ?」


 質問すると、彼女は綺麗な緑色の瞳を震わせる。

 それからジッと俺の目を見据えてきた。


 彼女の顔色からどこまで話していいか思案しているような感じを受けるが……。


 黙って安心しろ的なニュアンスで自然体で頷く。

 彼女に話を促した。


「……そうです。人魚の一部にはスキル<海神の加護>、<海神の許し>、<海声>、更には秘密の特殊スキルの<海神の許し>があり、その<海神の許し>を使用し呪文を唱えるとエルフ型に変身できるのです。しかし、莫大な魔力を消費します。だから、魔力を永遠に失うことのない魔宝石、秘宝(アーティファクト)と言われる〝紅玉の深淵〟を探すために、わたしは人魚や海の生物たちの故郷である【セピトーン街】を飛び出して、南の海から北へ北へと旅を続けて【迷宮都市ペルネーテ】にまで辿りついたんです」


 へぇ、スキルに呪文に秘宝か。

 俺が黒猫(ロロ)へ食わせたような玄樹の光酒珠のようなアイテムか?

 興味はある。


「紅玉の深淵。そんな秘宝がここの迷宮都市に?」

「実は噂を聞いたことがないんです。わたしはクランに所属してないですし、迷宮の深層には挑戦できそうもないですからね。ただ北のゴルディクス大砂漠にある古代遺跡に秘宝(アーティファクト)が眠っているという噂なら聞いたことがあります。だから、そこへ行けるぐらいの力と資金を得ようと冒険者と歌い手の活動を頑張っているのです」


 古代遺跡か、ロマンがある。


「……そういうことか。シャナは最高の歌手だからな。女エルフの姿で歌っていた時、いつも食堂で癒されていたよ――な?」


 ヴィーネに話を振る。

 ダークエルフちゃんは、あの歌を思い出すような表情を浮かべていた。


「はい。あの歌には癒されていました」

「ふふっ、ありがとうございます。シュウヤさんたちは、善い人たちのようですね。今度歌を聞いてみますか?」


 おぉ、近くで聞けるのは嬉しいかも。


「是非、聞きたい」

「あのような最高の歌は、是非聴きたいぞっ」


 ヴィーネも素の感情を表に出して同意していた。


「そういや、ヴィーネの持つ楽器を弾いてみるか、貸して」

「はい」


 楽器を受け取る。

 床のタイルに腰を下ろした。

 瞑想でもするような胡坐を取る。


 胸に抱えたリュートを弾いていく。


「ご主人様が音楽を?」

「そうだよ。軽くたしなむ程度だ」


 前世の頃だからな。

 五本の弦はギターにそっくりだ、ここを調節して……。


 少し弾いていく。

 ――Gから、Dに、Emと――まだズレがあるな……弄る。

 少しずつ、音を合わせていく。


 日本の古いポピュラーな曲を弾いてみた。


 どこか懐かしい曲。


 弾き終わると――ぱちぱちと手を叩く音が響いた。

 ヴィーネだけでなく、シャナも感動したような表情を浮かべて拍手してくれた。

 黒猫(ロロ)も六本の触手全部を使い、バスタブを叩いている。


 黒猫(ロロ)の場合は少し違った。

 水をばしゃばしゃ叩いているだけだ。


「ご主人様……どこか切ない曲ですね」


 ヴィーネもうっとり顔を浮かべて感想をくれた。


「いい曲ですね~、心に染みる良い曲です」


 シャナは弾き始めの態度とは違い、感心したような表情を浮かべていた。


「シュウヤさん、その曲は宿や店では披露しないんですか?」

「これは趣味だからなぁ、金を稼ごうとは思わないよ」

「そうですか、勿体ないです」

「ご主人様には驚かされてばかりです。まさか、音楽を学ばれているとは……わたしはなんて幸せ者なんでしょうか」


 ヴィーネは切ない表情を浮かべて、銀色の虹彩が揺れる。

 潤ませていた。


 俺のことを見つめ続けている。

 きめ細かな青白い皮膚が、わずかに朱色を帯びていく。

 

 青を含んだ薄紫色の魅惑的な唇にも、口紅を塗ったように朱色に染まる。

 

 うるうるとしちゃって、カワイイな。


「……はは、いつかまた違う曲を聞かせてやるさ」

「はいっ」


 ヴィーネは片膝を床へつけて頭を下げていた。


 シャナに視線を移す。


「それで、さっき人魚から人型へ変身するスキルについて語っていたけど、人型へは戻らないの?」

「はい、戻ります。でも、変身した直後は魔力を膨大に消費するせいか、すぐに寝ちゃうんです……助けて頂いた上で、すみませんが、寝台を貸して頂けますか?」


 シャナは視線を泳がせて塔内を見回して、寝台があるか確認していた。

 すまんが、ここには無いんだよな。


「一階に寝台がある。今、着替えてからそこに行く?」

「いえ、変身には水が必要なのです。このバスタブにある水分量があれば変身できます」

「水が必須か」

「はい。人魚になると、水がなければ死んでしまいますから。シュウヤさんには二重の意味で命を助けられたのです。本当にありがとう」


 シャナは真面目な顔を浮かべてお礼を言ってきた。

 温和で優しそうな子だな。


「助けられて良かった」

「はい、では変身します」


 シャナは目を瞑り首輪にある青い宝石に手を当て、小声で祈り出す。


 だんだんとそれは歌へ変わっていく。

 青い宝石は光っていた。


「海の神セピトーン、神の業に青の虹花と魔力を合わせたまえ――」


 失われた一部を取り戻す

 人、エルフ、人型の体を欲し

 私は地上を歩く

 神によって失われた物を取り戻す

 わが願い叶えるため

 海の神と水の神よ、許したまえ


 歌のような魔法、スキル? が終わるとバスタブの中に入っていた水が光りだし、シャナの下半身である魚の部分に集まっていく。


 バスタブの中にあった水が魚の部位に吸収されて水がなくなると、またシャナの全身が水の繭で覆われた。


 その刹那、瞬く間に鱗が変色し肌色に変化して、割れるように足が二つ誕生していた。


 俺は彼女のあそこを凝視したが、完全に女エルフの姿へ戻っていた。


「……」


 覆っていた水の繭が崩れるように消えていくと、シャナはバスタブの中で倒れるように寝入っていく。


 黒猫(ロロ)も遊ぶのを止めて、ただ、寝ているシャナを見つめていた。


「あんな魔法、初めて見ました。人魚特有の特別な歌魔法、スキルなのでしょう」


 俺もだが、ヴィーネも知らなかったようだ。


『閣下、わたしも初めて見ました。水神様と海神様の眷属の力も加わる不思議な魔法かスキルだと思います。水の精霊さんたちが喜んでいました』


 さすがは常闇の水精霊ヘルメ。

 ヘルメの視界はきっと不思議なモノなんだろうな。


『ヘルメの視界は面白そうだな』

『はいっ、視界を貸しますか?』


 ヘルメは俺が魔力を注ぐのを待っているのか、目つきがとろーんとしていた。


『うん、貸して』


 そこで魔力を注ぐ。

 ヘルメはすぐに消え、


『ンッ……ァァ』


 喘ぎ声は無視して、視界はサーモグラフィーのみ。

 ……だよな。期待して損した。


『今までと変わらないな』

『えっ、は、はい』


 そんな念話はシャットダウン。


 タイルの上に置いてある濡れた服に視線を移す。


「このシャナの服とかは干しとくか」

「そうですね、わたしも手伝います」


 小さい塔のとなりにあるテラスで干しておく。

 ヴィーネと共に素早く干すと、塔の風呂部屋にあるシャナが寝ているバスタブに戻る。


「んじゃ、シャナを運ぶ」

「わたしが運びましょうか?」

「いや、いいよ」


 シャナをまた抱っこして一階の寝台に運び、寝かせてあげた。


 その寝台上についてきていた黒猫(ロロ)が跳躍。

 また遊びだしている。


「ロロ、シャナが寝ているんだから止めなさい」

「にゃ……」


 黒猫(ロロ)は耳を凹ませしょんぼりしたような顔を見せると、俺の足もとへ戻ってきた。


 さて、鏡を設置しないと。

 アイテムボックスからパレデスの鏡を取り出す。


「鏡はそこに置くか」


 部屋の隅に設置。

 これで、いつでもここに戻ってこられる。


「それじゃ、軽く食事にしよう。お前たちも腹が減っているだろ?」

「お腹が鳴りそうなぐらい、減っています」

「にゃおおん」


 黒猫(ロロ)は『腹減ってるぞぉ』的な気合声だ。


「はは、んじゃキッチンルームへ行こう」

「はい」


 俺はヴィーネと黒猫(ロロ)を連れてキッチンルームへ向かう。


 カウンターバーの向こう側にあるキッチンは結構広い。

 中央に調理机、左に竈が三個ある。そこの棚にフライパンと大きいフライパン、鉄板に鉄鍋、食器類に火打ち石が置いてある。薪は棚の下に積み重なっていた。


 右には水樽、何種類かある油樽、塩樽、小麦粉樽、卵専用の篭、野菜が入ってる樽、などが並ぶ。

 野菜は新しい。

 冷蔵庫なんてないのに、新しいということは、常に在庫を新しくしていたということだ。


 あのふくよかな女商人は気配りが利いている。

 使用人らしき人は見かけなかったが、家具も新品同然だし、毎日仕事をしていたのだろう。

 何回も思うが、やはり高額な物件なだけはあるな。


「……少し作るのに時間がかかるから、リビングで待っていても良いぞ」

「いえ、手伝います」

「そっか、なら、竈に火を起こしといて。それと、調理台の上にナイフ、ゴブレット、大皿、小皿を多数置いて、油、塩、卵を小皿に用意。後、薄緑色の丸型野菜を切っといてよ、微塵切りでね」

「分かりました」


 ヴィーネは素早く竈に移動、火をつけていく。


「にゃ?」


 足もとで、『何をすれば良いニャ?』的に頭を傾げて、鳴くロロ。


「お前はおとなしく見ていろ。ここで遊んじゃ駄目だからな?」

「ンン、にゃぉ」


 黒猫(ロロ)は『分かったにゃ』的に鳴くと、調理台の端に飛び乗っては、人形のようにちょこんと座り待機していた。


 さて、ずっと前に買っといた肉を出すか。


 アイテムボックスから食材袋と黒飴水蛇(シュガースネーク)から採れた黒の甘露水入りの水差しを一個取り出す。

 その食材袋から、パン、肉、野菜を取ってまな板の上に置いていく。


 ヤゼカポスの短剣は使わず、古竜の短剣を使い、ルンガの肉塊を刻む。

 挽き肉用のミートチョッパーがあれば楽なんだけどなぁ。


 いや、待てよ……切らずに、潰すか。


 魔闘術で、腕を強化。

 肉を握る手に少し力を入れて、肉を潰しながら何回か握っていく。

 肉はぐにゅりと潰れて親指と人差し指の間から上手い具合に挽き肉がこぼれてきた。


 黒猫(ロロ)が真新しい挽き肉を見て、片足を伸ばしている。

 だが、途中で片足を震わせて、美味しそうな肉に触らず、我慢していた。


 目の前の肉が欲しくて、一心不乱に見つめている。

 紅い目を細めた表情は、真剣な顔だ。

 カワイイ……でも、注意しとこ。


「ロロ、後で、いっぱい食わせてやるから、今は我慢だ」

「……にゃ」


 耳を凹ませる黒猫(ロロ)さん。

 片足を震わせながらも、我慢できたのか引っ込めていた。


 そんな黒猫(ロロ)を見ては、笑顔を浮かべながら挽き肉をいっぱい作っていく。


 挽き肉を作った後は、<生活魔法>の水で手を洗う。

 玉葱のような野菜も洗ってから皮を剥き、古竜の短剣でその洗った玉葱野菜を縦に切る。


 そこから一気に細かく微塵切りにしていく。

 トントントントン、スパッ、と、まな板が綺麗に切れてしまった。


 ……古竜の短剣は止めとこう。

 短剣を左右に払い、胸ベルトに納める。

 キッチンにあった違うナイフを利用して玉葱野菜を斬っていく。


 黒猫(ロロ)は紅い瞳で追いかけていた。


 ヴィーネは指示通りに木製のボウル、小皿に卵、塩、油を用意してくれていた。


 彼女は木製のボウルの中へみじん切りにした野菜を入れている。

 

 言われたことを的確にこなすヴィーネ、手際が良い。


 その小皿にある塩を使いキャベツをもみもみと、あまり握力を加えずに塩もみする。

 それらを木製のボウルに突っ込んでおいた。


 後は卵を割り、塩もみキャベツが入った木製のボウルへ生卵を入れては、挽き肉、玉ねぎ、片栗粉代わりになるか分からないが小麦粉と水を少し混ぜていく。


 最後に黒の甘露水を数滴垂らして、隠し味だ。

 コーヒーゼリーがあったら入れたんだが。

 食材のスライムとかもゼリー代わりに使えるかもしれないな。


 その混ぜた肉を一個、一個、丸型に纏めて、大皿の上に置いていく。

 挽き肉はいっぱいあるので、大量に作ってしまった。


 後は、これを焼くだけ。


 皿を持ち竈へ移動。

 竈は、薪と魔石を使うシンプルな物なので、火力が少し心配だったが、大丈夫だった。

 大きいフライパンの上に油を少し敷いてから、竈の上に乗せる。


 その熱されていくフライパンの上に形作った肉を置いて焼いていく。


 一気に肉の焼ける、いい匂いが鼻を刺激した。


 古竜の短剣をヘラに見立て、丸型肉をひっくりかえして焼いていく。

 短剣の切っ先を焼けた肉へツンッと、刺して、肉汁の出具合を確認。

 いい具合にとろりと肉汁が溢れてきたので、大丈夫そうだと判断。


 大きいフライパンを持ち上げ、調理代に置かれた皿の上に焼けたハンバーグを移し置いていく。


 普通のキャベツも添えて、塩キャベツ入りハンバーグの完成だ。

 余った食材はちゃんと袋にいれてアイテムボックスへ入れておく。


「これで、完成だ」


 塩だけの地味なハンバーグ。


「はいっ、美味しそうな匂いがします。色々と材料を組み合わせての手間がいる料理なのですね、少しだけ似た調理を知っています」


 やっぱりハンバーグに似たのはあるよね。

 あまり出回っていないだけで、作られているところでは作られているだろう。

 高級宿の料理にもありそうだし。


「……これはハンバーグだ」

「はんばーぐ。分かりました」

「リビングルームに運ぶぞ」

「手伝います」

「にゃおん」


 リビングの机にハンバーグが入った大皿とゴブレット、黒の甘露水入りの水差しを置いていく。

 ゴブレットに黒の甘露水を入れて、氷を数個入れておいた。

 赤ワイン系が欲しいとこだ。


 まぁそれは後々だ。


「さぁ、食べようか」

「はい」

「にゃおおん」


 彼女の感想が少し気になるので、俺は食わずに彼女の食べる様子を見ていた。


 ヴィーネはハンバーグをナイフで刺して口へ運ぶ。

 銀彩の瞳が少し揺らぐ。

 あれ、失敗したか、と思ったら、


「旨いです」


 そう笑顔を浮かべると、一気にハンバーグに集中。

 俺の視線など気にしないで、もぐもぐとハンバーグを食べていく。

 遠慮して褒めてくれたのかな、と思ったけど、野菜のキャベツには手を一切つけてないとこが、ハンバーグが美味しいということを、如実に表している。


 黒猫(ロロ)にも皿と水入りのゴブレットを用意して、食わせてみた。

 普通の猫なら絶対に食わせないけど。


 黒猫(ロロ)は「ガルルルゥ」と獣声を発して、ハンバーグを無我夢中で食っていく。


 はは、良し。味は大丈夫そうだ。

 美味しそうに食べてる姿を見ると、嬉しくなる。


 よし、俺も食おう。

 胸ベルトに仕舞ってある、こないだ作った、マイ箸を取り出す。


 一つのハンバーグの上に箸を乗せてハンバーグを割る。

 少しの力で柔らかく割れたハンバーグからは肉汁が溢れてきた。


 その割れた片方のハンバーグを箸で掴み口へ運ぶ。


 肉を一噛み。さくっと、じゅあっと、肉汁が口の中に広がった。

 ――旨い。程よい塩加減と、少しの甘さ。

 キャベツと玉ねぎが挽き肉と絡み合いボリュームが上手く出ている。

 もう片割れのハンバーグもすぐに口へ運び、もぐもぐと咀嚼していく。


 パンも食べてハンバーグも食べて、満足する食事となった。


「ハンバーグ、作り過ぎちゃったから、奴隷たちにあげるか」

「そうですね、正直、食わせるのは勿体ない気もしますが、ご主人様がそうおっしゃるならば……」


 ヴィーネらしく、厳しい意見。


「これを持って奴隷たちのところへ行ってくる」

「あ、わたしが運びます」

「いいよ。俺が運ぶから」

「はい。では、わたしはここを片付けています」

「おう、頼む」


 黒の甘露水の水差しをアイテムボックスに仕舞ってから、大皿の上に残ったハンバーグの上にパンを乗せて、中庭を移動し大部屋へ入っていく。


 大部屋では、また中央に集まって会議をしてる奴隷たちがいた。


「よっ、お前たち」

「あっ」

「ご主人様――」


 急いで、皆が俺のもとへ集合してくる。


「これを皆で食べて欲しくてな。どうせ、まだ何も食べていないんだろ?」

「……はぃ」

「まだです」

「あ、料理をわたしたちに?」

「そうだよ。俺が作った」


 その言葉を聞くなり、奴隷たちは起立して宣誓するように、背筋を伸ばして驚いていた。


「驚いてるとこ悪いが、そんな反応を期待して作ったんじゃない。俺とヴィーネと黒猫(ロロ)が食ったあまりだ。んじゃ、ここに置いていく。パンもあるから自由に食えよ」

「ははっ――」


 奴隷たちは皆、頭を下げて気合を入れた声をあげている。

 その声は無視して、離れの寄宿舎から出て、本館に戻っていく。


 戻ると、ヴィーネが丁度片付けが終わったのか、キッチンルームから歩いてくるところだった。


「……ヴィーネ、もう夜だし、お前も疲れただろう。風呂に浸かって寝ていいぞ」

「はい、ですが、水属性ではないので、ご主人様にお手数をかけるのは……」

「いいって、今入れてきてやる」

「ありがとうございます」


 俺たちは二階の螺旋階段を上がってテラス経由でバスタブに向かう。

 料理を手伝ってくれたし、お湯を入れるぐらいなんてことないさ。


「チャチャッと入れるか、そういや……」


 あの頭に蟲がついてるフーは水属性持ちだったな。

 こっちで身の回りのことをやらせてみるか。近くで蟲を観察したいし。

 俺が風呂にお湯を入れていると、


「ご主人様……」


 背後からヴィーネの声。

 振り返ると、一枚の皮布をバスタオルのように体に巻きつけていたヴィーネの姿があった。


 珍しく銀の仮面を外していた。


 ヤベェ。


 ……上から舐めるように視線が動く。


 長い銀髪を恥ずかしそうに纏める仕草。

 自然と、大きい双丘の膨らみへ視線を集中してしまっていた。


「ご主人様、お湯が……」


 あぁ、溢れちゃった。


「あぁ、すまん、入っていいぞ」

「――ご主人様も入りませんか?」


 ヴィーネは皮布をとっぱらい、笑みを浮かべて珍しくそんなことをいってくる。


 その皮布は俺が脱がせたかった。


 彼女は少し恥ずかしいのか、青白い頬が全体的に紅い。

 もう冷然な瞳ではない。さっき俺の音楽を聴き終わった頃の、潤んだ瞳だ。

 そして、銀彩の中には飢えた獣のような光が宿っている。


 これはあきらかに誘っているな。

 美人な女にここまで言わす、俺は駄目な野郎だ。


 ……すまんな、ふがいない男で。


 俺はその場で、変身するかのように装備一式を脱いでいく。

 端からみたら滑稽だが構わない。

 空気を読んでいるのか精霊ヘルメは視界には登場しなかった。


「……入るよ」

「強き雄よ、いらして、ください……」


 バスタブに入りながら、俺とヴィーネは熱いキスから抱擁を繰り返す。

 綺麗な青白い皮膚を持つヴィーネの全身を唇で洗うように、隈なく優しいキスを添えては蕾を刺激する。


 黒猫(ロロディーヌ)が呆れるか分からないが激しい情事は続いた。



 ◇◇◇◇



 夜遅くまで頑張ったせいか、ヴィーネは一階の寝台で熟睡中だ。


 彼女は普通の従者であり俺の女。

 そして、俺はルシヴァル(ヴァンパイア系)の<眷属の宗主>を持つ。

 血を分けて真祖の系譜を持つ宗主の眷族の直系ヴァンパイア<筆頭従者長>を生み出せる。


 この美しい寝顔のヴィーネを<筆頭従者長>へ迎え入れたい。


 だが、これは慎重に行う。

 種族を俺の都合で変えるのだからな。


 彼女は俺がヴァンパイア系の新種だと分かっていても、受け入れてくれた大切な女。

 俺が望めば、きっと了承するだろう。


 だが、もし、俺の<筆頭従者長>になったら……。


 日の光を奪うかもしれない。

 ダークエルフとしての種族の誇りを奪うかもしれない。

 今のヴィーネでは、なくなってしまうかもしれない。


 そう、俺は怖いんだ。

 今の関係でも良いかなと思う心も少なからずある。


 説明に<筆頭従者長>となる人型生物は自意識を保ち、今まで取得してきた経験とスキルを継承した状態で、宗主の血によってヴァンパイア化する。


 とあるので、性格が変わるのは考えすぎかもしれないが……。

 近いうちに、このことを告白してみるか。


 そんな自問自答をしていると、ヴィーネの隣で一緒に寝ているシャナが寝言を言っていた。


 寝台の足もとには黒猫(ロロ)も丸くなって寝ている。

 俺は眠気がない。

 えっちをしたせいも多少はあるかもしれないけど、毎回のことだからな。


 さて、


「……」


 そうっと、彼女たちを起こさないように足を忍ばせながら寝室から出て、螺旋階段を登り、板の間経由でベランダへ向かう。


 塔のバスタブルームに置きっぱなしだった鎧、胸ベルト、外套、を回収。

 ちゃんと身なりを整えてラジオ体操、はしない。


 深夜過ぎの空気をゆっくり吸い、宇宙を見る。

 真珠、ダイヤモンドを砕いたような星々の煌めき、掌で掴もうとするように、虚空を掴む。


 昔から、こうやって宇宙を見るのが好きだった。


 深呼吸をしながら中庭へ視線を戻す。

 少し訓練をやるか。


 <血鎖の饗宴>はまた今度でいいや、槍と剣の訓練をしよ。


 そう思い立つと、小さい柵の上に足を乗せてから跳ぶようにジャンプした。


 くるくる前回転しながら、中庭の石畳に着地する。

 足に履いているのは魔竜王のグリーブなので、石を潰すような音が鳴った。

 少し周りに響いたが、皆を起こすほどじゃないだろう。


 指輪から光源を作り宙へ浮かせる。


 そして、外套を左右に広げ紫の甲冑を表に晒し、右手を伸ばす。


 ――武器よ来い


 と、念じると、その右手の先には魔槍杖が召喚された。

 右手に持った魔槍杖をぶんっと音がなるぐらいに一回軽く振り下げる。


 ――よし。

 そこで<導想魔手>を発動。


 第三の腕へと、魔剣よ来いと念じる。

 魔剣ビートゥが直ぐに<導想魔手>の魔力の歪な手の中へ召喚された。


 魔槍杖を正眼に構えてから訓練を開始。

 腰を落とした瞬間に、一歩、前進。同時に魔槍杖を真っすぐ、虚空へ突き出す。


 更に、<導想魔手>に握られた魔剣ビートゥで左横の空間を薙ぎ払い回転させる。


 魔剣を回転させている最中に、俺は真っすぐ魔槍杖を伸ばした状態から、ステップを踏み込み、腰を曲げ急角度で右へ振り向く。

 そして、伸ばしていた魔槍杖を一旦引いてから、再度、斜め前へ伸ばし、斬り上げからの斬り下げを行った。


 魔槍杖の紅斧刃が石畳に当たる寸前で、ストップさせる。

 石畳には、振り下げられた魔槍杖により発生した風が当たっていた。


 右腕を斜め下へ伸ばした状態で、待機。

 動から静。ヨガのポーズのように。


 その間も<導想魔手>に握られている魔剣ビートゥは宙に漂うように回転を続けていた。


 ちゃんと意識して片手半剣を動かせている。


 今度は静から動。


 <導想魔手>で動かしている魔剣ビートゥを左手に掴み直した瞬間、俺は跳躍。

 跳んでいる最中に右手の魔槍杖は消し、魔剣の柄巻へ右手を添えてから両手剣モードに移行。


 そのまま斜めに切り下げる動作を行いながら、宙にある<導想魔手>を片足で強く蹴り、また高く跳躍した。


 魔剣ビートゥの両手剣で横の空間を切断するイメージで、自らも横回転しながら、魔剣で斬る動作を行い回っていく。


 三百六十度、移り変わる視界の中に大門が映る。

 そこで両手で握っていた魔剣ビートゥを消し、急ぎ着地した。


 中庭から一気に大門まで来てしまうが、中々いい動きができた。


 <導想魔手>も実戦で足場として利用しているから分かってはいるが、もっと使いこなして奇抜な戦術を可能としたい。


 反対の本館がある方へ振り向くと、また左手に魔剣ビートゥを召喚。

 右手に魔剣を持ち替えながら、胸ベルトにある短剣を左手で抜く。


 今度は短剣と長剣にも挑戦。


 その直後、魔剣を降り下ろす。

 光球でできた影が揺らめき、俺の剣の軌道を影が追っていた。


 右手の魔剣で斜めの斬り下ろしから斬り上げを行い、左手の短剣は相手の顎先を斬りつけるイメージで、垂直に突き上げる。


 この動作を爪先半回転を念頭におきながら行う。


 敵の攻撃を避け、躱す。

 といったシャドーボクシングを意識。


 左足、右足の爪先に細かく体重を移し、一連の動作に加え、前傾姿勢を維持しながらステップを踏んで、踊るような回避運動を行っていく。


 今度は<導想魔手>の歪な魔力の手に魔剣を持たせて、右手に魔槍杖、左手に短剣と、意味不明な組み合わせの混合武術を行うが、上手くはいかなかった。


 当たり前か。もうやめよっと。

 ヴィーネに剣術を習うのもありか。それかご近所にお世話になるのもいいかもしれない。


 だがなぁ、迷宮、闇ギルド、色々とあるしな。


「にゃ」


 黒猫(ロロ)だ。

 いつの間にか傍に来ていた。

 訓練の音で起こしちゃったかな。


「おはよ」

「ンンン」


 喉声のみの返事。

 黒猫(ロロ)はめんどくさそうだ。


 石畳の上に寝っころがり、逆さまの状態で俺を見てくる。


「ンンン」


 片足を伸ばし肉球を見せながら、喉声をまた鳴らしている。

 黒猫(ロロ)は逆さまに見える映像が不思議なのか、何回も寝転んでは同じことを繰り返して遊んでいた。


「……お前は面白い遊びをいつも見つけているな」


 微笑みを浮かべながら話すが黒猫(ロロ)は尻尾で石畳を叩いて返事をするだけ。


 はは、気分屋め。

 さて、そろそろ夜明けだ。


「戻るぞ」

「にゃ」


 俺は走りながら途中で、跳躍。

 空中に足場となる<導想魔手>を設置。

 魔力の腕を踏み台にして、更に高く跳躍。飛ぶように本館の二階へ戻っていく。


 ベランダに着地した。


『ヘルメ』

『閣下』


 常闇の水精霊ヘルメを呼び出す。


『俺の装備を洗ってくれ』


 これ便利だからなぁ。

 ついつい頼ってしまう。


『分かりました』


 左目から放出された液体が弧を描いて俺の頭上に広がった。

 一気に俺は水に包まれていく。


 ずっと前にも同じことを考えていたけれど、この水膜に包まれた状態を上手く利用できないかな。

 と、軽く考えていると、掃除が終わったのか、俺を包んでいた水膜が細かな水しぶきとなって宙へ放出されて一箇所へ集合していた。


 集まった水は人型のヘルメを形作る。


「完了しました」

「ありがと」

「はい。ストックしてある血を飲みますか?」

「そうだな。貰っとこう」


 ヘルメと口移し(キス)を行い、血を貰った。


「ぷはぁっ、もういいよ」

「……はぃ」


 ヘルメは悩ましい目つきで俺の唇を見つめたままだ。


「……ご主人様?」


 えっ!


 寝ていたはずのヴィーネの声がっ。

 横を見る。暖炉がある板の間に続く涙型のアーチ下に、黒いワンピースを着たヴィーネが居た。


 冷然とした目。


「今、キスをしていましたよね……」


 ヤベェェェッ、精霊とはいえ女型のヘルメとキスしてたら誤解するよな……。

 しかも、えっちしてすぐ違う女とキスだ。


「あ、あぁ、シテタヨ。これは血を貰って――」

「“キス”をしていましたよね?」


 強調してきた。喋らせてくれない……。

 ゴクッと、思わず息を呑む。

 顔は冷たい表情だが、ヴィーネのとぎれとぎれの声は怒りに満ちていた。


「たかが、定命なる従者の分際で、閣下を責めるとは何事ですかっ!」


 常闇の水精霊ヘルメが、蒼色と黝色が混ざる頬を膨らませながら凄みを見せて、喋ると、俺の前に進み出る。


「――精霊様っ」


 ヴィーネはヘルメの言葉にたじろいで片膝を床のタイルにつける。

 だが、明らかに悔しそうな顔を浮かべていた。


「一夜を共にしたぐらいで、彼女面は駄目ですよ。閣下は特別な、この世に唯一無二の存在。独占など露にも思わぬことです」


 精霊の言葉を聞いたヴィーネは冷静になったのか、顔を次第に強張らせていく。


「は、はい」

「よろしい……ではっ」


 常闇の水精霊ヘルメはヴィーネをめちゃくちゃな理由で嗜めると、その場で液体化。

 水になって放物線を描きながら俺の左目に収まってくる。


「……ご主人様、すみません。精霊様を怒らせてしまいました……」


 ヴィーネはもう怒ってないみたいだ。

 節操のない俺は怒られて当然なんだけどね。


「ヘルメのことなら大丈夫だ。それよりヴィーネが怒るのも無理はない。俺は女好きだからな。嫉妬してくれて嬉しいぐらいだ」

「……はい。でも、わたしは恥ずかしい。精霊様がおっしゃっていたように、ご主人様は本当に特別な強き雄。ここは地上の世界。地下ではない。偉大なる雄であるご主人様には女が多数いるのが当たり前なのです。ただ、お慕いしている想いは誰にも負けないつもりです」


 ヴィーネの銀彩の瞳は少し揺れていたが、俺の目をしっかりと見つめて話してくれた。

 大人の女としての一面もまた、魅力的だ。


「分かっている。ありがとう」


 片足の膝をタイルにつけているヴィーネへ手を差し向ける。


「はい、ぁ――」


 彼女が俺の手を掴むと、強引にその手を引き上げてヴィーネを抱きしめてあげた。

 そして、耳元で囁く。


「……嫉妬は抑えてくれよ。今度また抱いてやる、何回もな」

「……ハィ」


 抱きしめられたヴィーネは恥ずかしそうに紫の鎧へ顔を埋める。

 そのまま外套ごしに、俺の背中へ両腕を回しては強く抱きしめ返してきた。


 強いバニラの香りがする。


 さっきの淫らな光景がすぐに頭に過って股間が反応しちゃうが、ここは黙って抱きしめるのを止めて、彼女から離れた。


「さ、もうじき朝だ。仲間が来る」



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