百五十六話 人魚
部屋に戻ると、早速、黒猫が寝台へジャンプ。
いつものように飛び跳ねて、遊び出している。
ヴィーネは寝台の近くに置いていた荷物を背嚢の中へ仕舞っていく。
そのまま背嚢の中から布を取り出し、背中に引っ掛けるように持っていた綺麗な翡翠色の蛇弓を胸前に運ぶと、その弓を大切そうに布で磨いている。
ゲートのパレデスの鏡から二十四面体が外れて、戻ってきた。
それを掴みポケットに仕舞い、パレデスの鏡も持ち上げてアイテムボックスの中へ仕舞った。
おっ、弓のメンテナンスを終えたヴィーネが朱色の厚革服を脱いでいる。
そのタイミングで、話しかけた。
「風呂に浸かるか?」
「いえ、まだいいです。今、これに着替えちゃいますね」
「分かった」
ヴィーネの着替えを鑑賞。
銀色の半袖服は本当に似合うなぁ。
青白い綺麗な背中の肌をじっくりと見ていく。
あ~ぁ、黒いワンピースを着ちゃった。
エロい視線にツッコミではないが、後ろの木窓から微かな音が聴こえてきた。
振り返り、木窓を見る。
そこには白猫……マギットがいた。
黒猫に用かな?
「どうした? マギット」
「にゃお」
マギットは丸い緑色の宝石らしき物が付いた首輪を見せるように一鳴きすると、ロロディーヌが遊んでいる寝台に移動していく。
「ロロ、遊んでないで、お前に客だぞ」
「ンン、にゃあ」
黒猫は白猫に気付くと、寝台から降りて近寄る。
ロロとマギットは挨拶するように鼻と鼻をつけている。
挨拶を終えると、二匹共、人形のように後ろ足を揃えて座っていた。
黒猫と白猫は視線を合わせた状態だ。
不思議な空間。
だが、マギットの首輪が気になるんだよな。
あの魔力はいったい。
『閣下、あの首輪。前にも見ましたけど不思議ですね』
視界の隅で座っていたヘルメが念話をしてきた。
『あぁ』
マギット自体からはそんな大量な魔素は感じられない。
あの首輪からは何か禍々しいほどの魔素、魔力を感じる。
「ロロ、何をしているんだ?」
「にゃ」
つぶらな紅い瞳を向けてくると、一鳴き。
すぐに俺の肩に戻ってきた。
「ン、にゃ」
白猫も喉声を響かせながら鳴くと、俺の足もとに来て頭を擦りつけていた。
「マギットもかわいいな」
軽く白猫の頭を撫でていると、
「ご主人様……」
「どうした?」
ヴィーネはいい難そうな顔を浮かべて、左の頬を紅く染めていた。
銀仮面で見えない頬も紅くなってそうだ。
「……厠にいきたいです」
我慢していたのか?
「気がまわらずごめん。でも、そんなことはいちいち許可を求めるな。いってこい! じょびじょばを、おおいに踏ん張ってこい!」
「はぅぁ、はいっ」
「にゃおぉ」
彼女は走って部屋を出ていった。
黒猫も肩から跳躍し、彼女を追い掛けていったが……。
ベッドの上でマギットと軽く遊んで暇を潰してから廊下に出ると、ヴィーネと黒猫が戻ってきた。
「ご主人様ァ、ロロ様がわたしと一緒におしっこを!」
「にゃおん」
手摺の上に乗っているロロが『そうだニャ』的な声で鳴いていた。
「そ、そうか、そんな嬉しいことか?」
「はい、妹たちとふざけていたことを思い出しました」
「なるほど、ある種の信頼関係だな。んじゃ、下に行って女将のメルに報告しようか、宿だけじゃなく闇ギルド【月の残骸】には少しお世話になったし」
「はい」
廊下から階段を下りて一階の食堂へ向かう。
客はそれなりにいたが、食堂は静かだった。
あの綺麗な歌声の主が見当たらない。
確か、名前はシャナだったけか。
おかしいな……いつもなら夜の食事時だし、歌っているはずなんだが。
きょろきょろと食堂を見回していると、
「シュウヤさん、戻っていたんですね」
メルが話しかけてきてくれた。
「そうだよ。そのことで話があるんだけど、今、大丈夫?」
「えぇ、構いません」
「俺、家を買ったんだ。だからもう宿から出ようかと思って」
「ええぇっ、そんなの聞いてませんよ!」
メルは怒り大声をあげていた。
食事をしていた客たちから一斉に視線が集まり、静寂が訪れた。
「あっ、大声だしてすみません。こっちへ行きましょう」
メルは怒った表情を浮かべながら食堂の右奥にある扉へ移動している。
また、あの先にある地下へ来いということか。
……しょうがないな。
「少しだけだぞ」
「はい」
メルの後に続いて、食堂の扉の先にある螺旋階段を下りていく。
地下部屋手前にある、大扉の月オブジェを動かし中へ入った。
中央のテーブルがある凹んだ先には進まずに、手前の位置でメルが話し掛けてきた。
「家を買われたとは、どこに家を買ったんですか?」
「南の武術街だよ」
「あそこですか。なるほど。しかし、突然ですね」
「なりゆきだよ」
そう冷たく言うと、メルは眉を寄せて、顔に翳を落とす。
悲しげな表情を作っていた。
「……そう、つっけんどんに言わなくても、我々は仲間だと思っているんですからねっ」
少し、いじけた感じだ。
仲間か。
「悪かったな、ただ、俺は冒険者だと何回もいっているだろう?」
「そんなことは重々承知していますが、裏社会の一部では【槍使いと黒猫】と呼んでいて、シュウヤさんたちを特別視していますよ」
「特別視……」
「えぇ、わたしたちも含めてね。こないだは正式に【アシュラー教団】の占い師カザネの部下から貴方と連絡を取ってくれとメッセージがきましたし、まぁ、これはわたしたちの縄張りに侵入したお詫びも兼ねてもあるのでしょうけど。……彼女たちはどうしても、シュウヤさんと連絡が取りたいらしいわね。相手側にはすぐには無理、会えたら伝えておく。と、軽く伝えてはおきましたけど」
あいつらか。あの精神魔法をまた試す気なのか?
正直、もう会いたくねぇな。
「カザネか……」
「ですから、他の闇ギルドからは、もう既にシュウヤさんが【月の残骸】の関係者か、もう在籍していると思われているという事です」
うへ、そんなことが、既成事実ということか?
【梟の牙】を完全に潰してからは平和だったのになぁ、いつもの俺の後をつける尾行者の数が全く感じられなかったし。
あ、馬獅子型黒猫の速度には誰もついてこられないか。
「……そういうことか。それで、その【アシュラー教団】には【月の残骸】的に、会った方がいい?」
「ええ、その方がいいわね、裏に【星の集い】が関わっているし、私見では【八頭輝】の一つが潰れたので、新たな【八頭輝】の選出に動いているんだと思うわ」
そんなの勝手に選んどけよ。
とは、言わなかった。
「正直、そんなのどうでもよいんだけど……」
「もうっ、少しは関わってよ。他の闇ギルドもその情報を聞けばシュウヤさんに接触してくる可能性もあるのよ?」
接触ねぇ……。
「それは殺し合いの隠語か?」
「違う違う。皮肉合戦はもう終わり、普通に会いに来るという事。ただ、シュウヤさんは接触しにくいので無理でしょうけどね」
少し、隠語が入っているじゃん。
つっこまんけどさ。
「まぁ、殺し合いでもいっこうに構わんのだがな。やる元気があれば、殺ってやる」
なぜか……。
顎が長い有名なプロレスラーの言葉が少し脳裏に浮かぶが、口には出さなかった。
「……にやけて話すと、怖いですね」
メルは勘違いしてるし。
「それで、そのカザネに会うとして、どこで会うんだ? あの陰湿な占いルームで会うのは二度とごめんだぞ」
「えっ! 既にもう会っていたんですか? ベネットからは何も聞いてないんですが……」
「あれ、話していなかったか。カザネの怪しい占店には、前に一度尋ねに行ったことがあるよ」
「そうですか。ああ、だから、アシュラーの“戦狐”たちがシュウヤさんの後をつけてわたしたちの縄張りに侵入してきたんですね、納得しました」
そういえば、前にベネットと会話した覚えがある。
ということは、知らず知らずのうちにだが【月の残骸】へ迷惑をかけちゃっていたのか、こりゃ、借りを作ってしまったことになるのかな。
彼女たちの要望に応えるか。
「……会うだけ会うとして、どこで会えばいい?」
「はい。なんなら、ここでもよいですよ」
「分かった。それで、日にちだが、明日からは迷宮にいくから、暫くは無理だな」
メルは三角の細顎を指で触って、考えている。
「……帰還の日にちは正確に分かりますか?」
さすがに読めない。五層で魔宝地図だし。
早く終わるか、遅く終わるか。
「本当に分からない。メッセージだけ伝えておいてよ」
「……分かりました」
「“精神魔法的な物”はもう使うな、と。変な気配を見せたら“日本”を知る者だろうと、もう容赦はしないよ、まるこちゃん。と伝えてくれ」
「……そう。理由は深くは聞かないわ。その言葉はしっかりと伝えておきましょう」
「よろしく頼む。それじゃ、迷宮の仕事が終わったら会いに来る」
「はい」
そこで、秘書のように黙って様子を見ていたヴィーネへ視線を移す。
「行くぞ」
「はい」
「にゃ」
黒猫も鳴いて返事をしていた。
珍しく眠らずに、俺の肩上でじっとしている。
「わたしも上に行きます」
メルも戻るようだ。
肩にじっとしていた、良い子な黒猫の頭を軽く撫でてから、ヴィーネを連れて、地下室を出て階段を上っていく。
比較的静かな食堂に出た。
やっぱり例の歌い手がいないのは……寂しすぎる。
癒しの歌でも聴きながら食事をしようと思ったけど、やめとこう。
少し、その件について聞いてみるか。
「メル、食堂でいつも歌っていたあのエルフはどうしたんだ?」
「そうなのよ。さっきからずっと待っていたのに、来ないの。何かあったのかしら……」
来るはずなのに来てないとか、大丈夫か?
ま、気になるけど、帰るか。
「そっか。んじゃ俺たちは帰るよ」
「はーい。迷宮、頑張ってくださいね」
「おう」
軽く腕を上げて、返事をしとく。
そのまま、良い匂いが漂う食堂を歩いて出入り口の扉を開ける。
迷宮の宿り月の外へ出た。
もう夜なのに、蝉の声が鳴る。
指輪から光源を作り、明るくしながら路地を進む。
歩きながら、隣を歩くヴィーネに話しかけた。
「さっきの宿でも食事はできたけど、今日は家で食事をするか」
「はい。わたしが作りましょうか」
ヴィーネは料理もできるんだ。
「料理ができるんだ。だけど、今日は俺がやるよ」
「分かりました」
そんな他愛もない会話を続けて南に向けて細かな路地を歩いていると、
「きゃぁー」
女性の悲鳴が響いてくる。
「すぐに向かうぞ」
「はい」
「にゃ」
俺とヴィーネは走り出す。
同時に肩から黒猫も前方へ跳躍。
むくむくっと黒豹型へと変身しながら地面に四肢をついて着地した。
ここは狭い路地の十字路。
黒猫は馬獅子型ではなく、黒豹型を選択していた。
音が聞こえた十字路を左へ曲がった先からは、多数の光源があるのか光が漏れてきていた。
そこから、男共の笑う声が響いてくる。
あの先を曲がったところだ。
角を曲がると狭い路地のつきあたりで、一人の女エルフが数人の男と戦っていた。
あれ、女エルフの歌い手。シャナじゃないか。
「なんですか! よってたかって!」
「さぁな? 後ろの男に聞けよ」
後ろから魔法の光源と共に現れたのは、頭に羽根つきの帽子をかぶり、黄色と黒のコントラストが目立つ派手なダブレット服を着ている吟遊詩人の男だった。
「あなたは誰?」
吟遊詩人の男はシャナの質問に、リュートを軽く弾いてから、
「――ケッ、誰だと? よくいうぜ、金払いの良い職を追い出した“張本人”のくせに」
迷宮の宿り月で最初に演奏していた奴か。
「思い出しました。宿の歌い手の、わたしが歌う前に仕事してた男」
「そうだよ! ロウ、今のように切り刻んで、この女を好きなように、自由に弄んでいいぞ~。るるる、ららら~、だけど、最後には殺してくれよぉ」
吟遊詩人の男はリュートを弾き演奏しながら指示を出していた。
「わたしはこれでも冒険者なんですよ?」
シャナは強気な言葉を発して、目付きをきゅっと鋭くしてからレイピアの細い剣を抜く。
五対一か。
シャナは武器を持ってるし抵抗できそうな雰囲気はある。
メルから聞いた情報だと、歌手が副業でメインは冒険者といっていた。
俺はヴィーネと顔を見合わせる。
「少し様子を見ますか?」
「そうだな」
シャナに対する男たちのリーダーは、ロウと呼ばれた人物か。
赤茶色の髪で長方形の顔を持つ。
出っ張った顎先が見事に、二つに割れていて特徴的な顎をもっていた。
彼はぼりぼりと頭の毛を掻いた後、ニヤついた顔を浮かべて分厚い唇を動かし、汚い歯茎を見せては話し出す。
「かっかかか、威勢のいい女だ。お前ら、やっちまえよ」
ロウが濁声で指示を出すと、囲んでいた四人の男たちがシャナに一斉に斬りかかる。
だが、シャナは地を縫うように左右に移動しながら、華麗に動いて男たちを翻弄した。
素早く、男たちの剣を躱していく。
「くっ」
「すばしっこい!」
金髪の女エルフは髪を靡かせて素早く移動を続ける。
表情には余裕の表れか、妖艶な笑みを浮かべては細剣を扱っていた。
女エルフは細剣を持つ細腕を伸ばす鋭い剣突で、左にいた男の腹を深々と刺す。
その刺した男を左手で掴んでは、盾にして、二人同時の肩を薙ぐような袈裟斬りを上手く防いでいた。
盾にした男の飛び散った返り血を頭から浴びても、悲鳴もあげずに、三人目の男と対峙している。
やるな。さっきの悲鳴はフェイクだったのか?
彼女の悲鳴だったはず。
「生意気な女だ――」
馬鹿にした言葉を吐きながら襲いかかる男の首薙ぎ剣閃を、血塗れな死体の肉盾で防ぐ。
そのまま、盾にした死体を襲ってきた男へ死体を押し当てるように蹴り飛ばし、相手の体勢を崩していた。
死体をどかそうとしている男の喉にシャナの細剣が突き刺さる。
「ぐぇぇ、けふっ」
喉から空気がこぼれる音を立てながら倒れていた。
シャナは囲まれても着実に相手を殺している。
あの癒しの歌を歌っていたシャナとは思えない剣捌きだ。
「へぇ、やるじゃねぇか、やっぱり最初のように俺がやらなきゃだめか――おい、お前ら俺がやるから下がれ」
ロウと呼ばれた男は生き残った二人の仲間に腕を振りながら話すと、ブロードソードと思われる長剣を腰から抜く。
「来いよ、耳長ッエルフ!」
シャナは怒った表情を崩さず目を細めた。
「さっきのようにはいきませんよっ」
綺麗な金の長髪を靡かせながら叫ぶと前傾姿勢を取り、ロウへ走り寄る。
そのまま細剣の突きをロウへ伸ばしていた。
だが、ロウは幅広剣の上部をわずかに上げて、簡単に突剣を弾いていく。
シャナの連続した二突き目も、ロウが扱う八の字を描く剣先で簡単に弾かれる。
これは明らかに、ロウの剣術のがシャナより上か。
ロウは割れた顎を強調するかのように、顔をシャナへ突き出した。
「かかかかっ、どうしたよ! 女エルフ!」
シャナは動揺したのか、綺麗な顔を歪ませる。
「くっ――」
焦ったように細剣を振り回した。
「今度はこっちからいくぞ」
ロウは左右の手に、素早く剣を持ち替える変幻自在の動きを見せた。
独自の介者剣術か分からないが、癖のある動きにシャナは戸惑う。
細剣が空ぶってしまう――。
ロウは一気にシャナとの間合いを詰めて、左手に持つ幅広剣でシャナの左腕薄皮一枚を斬りワザと浅い傷を負わせていた。
「きゃっ、痛――」
シャナが怯んだ隙にロウは右手でシャナの武器を持つ腕を叩くと、彼女は細剣を地面に落とす。
唯一の武器であるレイピアを落としても、シャナの表情は変わらない。
むしろ、目付きを鋭くさせている。
何か、隠し玉があるのか?
えっ、口?
シャナが口を開いた瞬間、喉にある青い宝石が光った。
その直後――衝撃により地面が揺れ、空間が揺れたように感じる。
衝撃波は一種の共振のように路地に響き渡っていた。
ロウを含め、周りにいた男たちに衝撃波は直撃。
ロウは耳から出血し膝をつく。
他の男たちは失神したように倒れて痙攣していた。
『閣下、大丈夫ですか?』
精霊ヘルメが耳を塞いだポーズで視界に現れる。
『あぁ、大丈夫だ』
『あの首輪にある魔宝石、魔力がかなり内包されています。しかし、声による攻撃とは珍しいです』
声による“衝撃波”攻撃か? これ、耳が……。
距離をとって見ている俺たちにまで強烈な衝撃波が来たよ。
ヴィーネは両耳を塞いでいた。
黒豹型のロロも耳を凹ませて俺の後ろに隠れている。
しかし、襲っていたロウたちの姿から見るに、ある程度の指向性があるようだ。
「こっちまで響いたぞ? ロウ! 大丈夫か? 高い金取っておいて、殺られるなよ?」
耳を塞いでいる吟遊詩人の男が焦ったような顔付きで、そう話している。
「――あぁ、あ”ぁ、糞、耳がやられちまった。まぁ少しは聞こえてるから大丈夫か。しかし、変な魔法攻撃をしやがって、最初は殺すつもりはなかったが、気が変わった」
「そんな……効いてないの?」
ロウは立ち上がりながら頭を振って喋っていた。
素早く魔力操作を行い、足に魔力を込めたロウは、瞬時に驚いているシャナに近付くと――シャナの腹へ強烈な蹴りを喰らわせる。
シャナは甲高い声の悲鳴をあげて、壁に激突。
ロウはゆっくりと歩き卑しい笑顔を浮かべては、その激突したシャナに近寄っていく。
シャナは気を失っているのか動いていない。
助けるか。
「――なんだ!? 姿が変わってやがるっ」
ええ? なんだあれ、彼が驚くのも無理はない。
シャナは気を失い魔法の制御が切れたのか、分からないが、突如、水の繭に包まれた状態で下半身が魚、そう、人魚になっていた。
もう、さすがに見るのはここまでだ。
「お前ら、そこまでだっ!」
俺は少し強めな口調で言い放つ。
ロウは俺の声が聞こえると、頭を振るような動作を取りながら背後に振り返って俺を見た。
「……ちぃ、助けだと? 物好きなやろうだ。――おい、吟遊詩人のエイランだったか? あの金は女を殺すだけだよな? もっとよこさないと、あの男と連れは殺らんぞ?」
ロウの物言いに、吟遊詩人のエイランは焦ったような表情を浮かべていた。
「何? わっわかった! 全財産をお前にやる、だから女だけでも殺ってくれ! 」
ロウはしょうがないといった感じに、俺たちを睨みつけてくる。
少し、遅れて人魚になった女を見据えていた。
「余計な仕事が増えちまった。女の方はいたぶって楽しむつもりだったが、しかし人魚か。確保すりゃ大儲けだな……」
「そいつが人魚だろうが、約束は殺すことだぞ……」
エイランは楽器を鳴らし声は低い声で、ロウへ忠告していた。
「ちっ、りょ~かい」
そんなやりとりは無視。
俺は魔脚で素早く移動――ロウを追い越し、水繭が溶けてなくなっている人魚姿の元女エルフであるシャナのもとへ近寄っていた。
「――ご主人様?」
「ヴィーネはあの吟遊詩人と残りの仲間を逃げないように確保するんだ」
「はいっ」
ヴィーネは早速、吟遊詩人を押さえ込んでいる。
シャナに視線を戻すと、黒猫がいた。
シャナの下半身、魚の部位へ鼻を寄せている。
くんくんと匂いを嗅いで鱗をぺろぺろすると、片足で鱗をぽんぽんと叩いて猫パンチを始めていた。
「ロロ、それは食べ物じゃないからな? 守るように」
「にゃっ」
黒猫は尻尾を立てて、『了解ニャ』というように鳴く。
よし、あいつを殺るか。
ロウへ振り向き、
「さて、俺に見つかったことを神に恨むんだな、ケツアゴ男」
瞬時に魔槍杖を右手に出現させる。そのまま前傾姿勢で吶喊。
ロウは長剣を突き出して反応を示すが、遅い。
弧線させた魔槍杖を下角度から、ちょいっと上げてロウの突剣を弾き、その持ち上げた魔槍杖の角度を右下斜めへ変えて、一気に、振り下ろす。
狙いはロウの足、内腿だ。
振り下げられた魔槍の紅斧刃はロウの内腿へめり込み、歪の音を立て足を斜めに切断した。
「――えっ? ぎゃぁぁぁ、あし、あしがぁぁ……」
そのままロウは崩れるように倒れた。
出っ張った顎を上向かせて叫びながら白目を浮かべると、意識を失う。
ロウを倒し終えると、背後にいた吟遊詩人の男と失神してた男たちはヴィーネに手により一ヶ所に集められていた。
吟遊詩人のもとへ走っていく。
「おっ、おねがいだ。金なら払う……見逃してくれないか?」
吟遊詩人のエイランは怯えた犬のように震えている。
「だっ、そうだけど、どう思う?」
ヴィーネに聞いてみた。
「処刑でよいかと」
そうだな。
「ひぃぃ、ぼっぼくの持ち物、すべてを全部渡す……どうか命までは……」
ヴィーネの言葉にエイランは焦燥を顔に浮かべて、脅えている。
「……命乞いをしているから助けてあげるか、あの楽器は俺が貰うからな? それと、金輪際この都市に近付くな。もし、また見かけたら殺す。どこか遠いところに消えることだな。後、持ち物を全て置いていけ、ほら、すぐに裸になれよ」
「は、はいぃ」
エイランは声を震わせながらも、すぐに裸となり路地から逃げていった。
ロウの仲間とみられる残った男たちは気を失った状態か。
とりあえず、その男たちの身ぐるみも剥ぐとする。
「お優しい判断ですね」
『ヴィーネに同意します、お尻を突き刺すべきです』
ヘルメのSは分かっているので無視。
「……気まぐれだ。ヴィーネ、金だけ回収」
「はい」
気を失った奴らは殺すことはせずに、金だけ取ってその場で放置
さて、あの倒れている元女エルフ、シャナだった人魚をどうするか。
まだ、彼女は気を失った状態だ。
丁度、家に帰る時だったし、運んであげるか。
シャナを持ち上げて、お姫様抱っこを行う。
軽い。
「ヴィーネ、シャナをここには置いておけないから、家まで運ぼうと思う」
「はい。でも人魚とは珍しいですね」
「やはり、珍しいんだ」
「えぇ、そのはずです。東の【サーマリア】では珍しくないようですが」
【サーマリア王国】、ユイの故郷か。
ローデリア海という海に面した国で南マハハイム地方の右端の国。
【レフテン王国】の右下で、【オセベリア王国】の右だったけか。
「……へぇ、あっ、そこの落ちている楽器。ヴィーネ、拾って持ってきて」
「はいっ」
ヴィーネはギターのようなリュートを拾って戻ってきた。
「んじゃ、家に急ごう」
お姫様抱っこしながら歩き出す。
魚部分は少し隠すが、まぁバレても俺が食うと思われるだろう。
「にゃ」
そこに、黒猫が俺の肩へ跳躍してくる。
肩上から眠っているシャナの顔を覗いていた。
黒猫は気になるのか、前足を伸ばして、シャナの濡れた金髪とじゃれている。
可愛い行動を微笑ましく見ながら、路地を進んだ。
そして、路地から出て、家近くの大通りへ出た時――。
通りの真ん中で騒ぎが起きていた。
何だろと、よく見ると……。
裸で逃げたエイランの死体が転がっていた。
うはっ、まじかよ。
近付いて死体を確認すると、エイランの死体には馬車の跡がくっきりと残っていた。
「逃がしてやっても、こうなる運命だったとは」
……人生朝露の如し。
「……」
ヴィーネは表情を崩さず。
ゴミ屑でも見るかのような顔を死体へ向けていた。
コワッ……さ、さて、嫌なことは忘れて家に戻ろっと。
俺たちは大通りを歩いて戻っていった。
武術街の通りに入ると、行き交う人々の様子も少し変わっていく。
皆が皆が、剣呑たる雰囲気を醸し出している……。
種族は様々だが、剣士、槍使い、斧使い、盾持ち、近接戦闘職を持ってそうな奴らばかり。
綺麗な女をお姫様抱っこしているので、皆が注目してきた。
そんな好奇な視線を浴びながら、家に到着。
一応、彼女の顔は隠す。
ヴィーネが大門を開けてくれた。
俺たちが帰って来ると中庭を掃除していた虎獣人と小柄獣人が走り寄ってくる。
「「――おかえりなさいませっ」」
「おう。自由にしていいぞ」
「はっ」
「はい」
彼らは眠っているシャナに視線を向けて不思議な顔を浮かべていたが、特に質問はしてこない。
ま、当たり前か。
シャナを姫様抱っこした状態でヴィーネを伴い本館に入っていく。
さて、戻ってはきたが……。
このままシャナさんを普通に寝台へ寝かせるより、水が近くにあった方がよいのだろうか。
一応、ヴィーネに聞いてみよ。
「ヴィーネ。このシャナさんだけどさ、水場の方がいいの?」
「はい。その方がよいかと」
ヴィーネはまだ楽器を手に持った状態だ。
よし、早速、二階にある塔の間にある風呂へ向かう。
シャナさんを抱っこしながら生活魔法を使い、バスタブへお湯を溜めていく。
お湯が少し溜まったところで、生活魔法をストップさせた。
シャナさんを優しく床タイルの上に置く。
彼女の革服を脱がせて形が変わっている下着も脱がせる。
何かイヤラシイ気分になってしまう。
括れがあって痩せているけど、大きいおっぱいに視線が行くがしょうがない。
上半身裸で下半身が魚の彼女をバスタブの中へ入れてあげた。
何故か、黒猫も一緒に入り、下半身の鱗の先を一生懸命にぺろぺろと舐めていたが……。
すると、目覚めた。
「へァ……あぅ、くすぐったい、ここ……あっ……」
「やぁ、気付いたな? 【迷宮の宿り月】で歌っていたシャナさんだっけ? 俺の名は、シュウヤ・カガリ、冒険者だ」
シャナさんは綺麗な緑の瞳をぱちくりとさせて、瞬いた。
彼女は、濡れた金の長髪を耳の裏に通しては、周りを窺う。
そして、自分の姿を確認。
「え? 人魚に戻って……きゃ? きゃぁ、変態っ」
大声で叫ぶシャナさん。
「いや、変態もなにもなぁ?」
ヴィーネは俺の問いに素早く返答した。
「はい。変態ではないです……でも、レベッカが、すけべぇ過ぎると言っていました」
彼女は冷静に語っているが、頬を紅くしている。
俺は思わず、目をぱちくりさせた。
変態だから、よいけどさ、すけべぇのニュアンスがどうも引っ掛かる。
「……まぁ、どっちでもよいや。それで、シャナさん。ロウに襲われて気絶していたところを、俺たちが助けたんだよ」
「えっ、あっありがとうございます……でも、わたしを食べる気ですか?」
ん? 食べる?
「何故?」
「え!? 食べないのですか? 人魚のわたしを? 体が若返りますよ?」
思い出した。【ヘカトレイル】で酒のみながら酌婦から聞いた話にそんなエゲツナイ話があるんだ。とか、前に考えてた。
「……食わないよ」
俺はヴァンパイア系の新種で、不死だからね。
ここは同じ女性であるヴィーネに話をふっとこう。
「ヴィーネは人魚について、何か知っている? シャナさん食われるとか怯えてるけど……」
「はい。知っています。地上でも人魚は狩りの対象として長い歴史があるようですね。わたしがよく知る地下世界にも大きな地底湖があり、そこで人魚とノームとダークエルフたちが地底湖の領域を巡って争いを起こしている地域もあります。人魚は捕まえたら魔導貴族に推薦が得られると言われていました。効果は薄いようですが色々な貴重な秘薬の原材料になるとか、若返りの話は本当のようです」
ヴィーネは視線を鋭くさせながら語る。
完全に逆効果だった。
シャナはヴィーネの一言一句にびくついて身体を動かして喉にある首輪を触っている。
『閣下、氷漬けにして、お魚お尻の標本にしますか?』
『いや、しないでいい』
精霊のヘルメはシャナの行動にイラついたのか頬を膨らませて視界に登場した。
何故か、手に持った注射器をシャナの方向へ向けているし。
『大丈夫だから、見とけ』
『は、はい』
ヘルメはがっくりとした顔を見せると、くるりと回転しながら消えていく。
「……あの衝撃波のような攻撃はやめてくれよ? 俺たちは何もしない」
「……本当に?」
ジロッとした視線で睨みを利かせるシャナ。
「そうだ。今、長々と語っていたのは、従者ヴィーネ。俺が指示しないかぎり彼女は、君を食べたりはしない」
「そ、そうですか。あっ、実はわたしを油断させて――どこかに売るつもりですね? わたしなら白金貨三十枚は軽く超えるかも知れない……でも、命を助けてくれたことは、素直にお礼します。ありがとう」
「えーと、一人で話を進めるなよ? 売るつもりもないし、そもそも、なんで人魚が人族の街に来たのさ」
そういうとシャナは頭をあげて「これです!」っと、おっぱいをぷるるんと震わせて、首にある首輪を一瞬、強調。
「……っはぅあ、あぁ。わたし、裸……どこを見てるのですかっ……きゃぁぁぁ、変態!」
ぷるるんっと揺れたタワワな果実を両腕で隠す。魚のような下半身をくねらせるとバスタブの水が波打って外へ流れ落ちた。
自分で胸を見せていただろうに、シャナの頭は大丈夫か。
春風駘蕩の天然ちゃんで可愛いけどさ……。
最初のイメージと違う。
「……もうそれいいから、美人さんの、癒しの歌姫のイメージを返してくれ……」
黒猫は波打つ水にびっくりしながらも、じゃぶじゃぶと泳いでいる。
少し文句をいうように話を続けた。
「さっきから裸だっただろうに……」
「はは、そうですよね。あっ、黒猫ちゃん。大丈夫でしたか?」
シャナは同じバスタブで遊んでいる黒猫に気付くと、黒猫の頭を触ろうとして手を伸ばすが、また引っ込めて胸を隠して、俺を睨んだ。
もう、彼女へ突っ込むことはしない。
ま、おっぱい芸術大臣の俺だから、大きいおっぱいは鑑賞したけど。
「それでさ、シャナの首にあるのは特別な石なのかな」
スケベなる視線をおっぱいから、シャナの首へ向けて話していた。