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百五十四話 大屋敷を買う

「この封筒を預かっている者です。家を買いたいんですが」


 持っていたキャネラスの紹介状をカウンター越しにいる黒髪店員に手渡した。

 紹介状を見た初老の店員さんは焦った表情を浮かべる。


「――こ、これは、失礼ですが、少々お待ちを」


 店員さんはそう畏まってから紹介状を持ち、店の奥へと走っていく。


「……さすがに、大商会幹部からの紹介状ともなると効果覿面みたいね」


 レベッカが慌てて消えた店員を見て、話す。


「可哀相なことをしちゃったかな」

「ん、気にしない。シュウヤ、上客」


 隣にいるエヴァは真顔だ。


「そうですよ。アポ無しですが、大商会の客でもあり、この商会にとってはご主人様は大物件を買おうとしている大事な顧客なのですから」


 ヴィーネがエヴァの意見に同意するように語る。


「確かに」


 ヴィーネやエヴァの顔を見ながら頷く。

 そこに、店の奥から太ましい女性がのしのしと現れる。

 ……『ジャバ・ザ・ハット』的な大御所的なデラックスさんだ。

 と、実際に口には出さないが、そんな印象を受ける。

 鼻梁が骨ばって頬が膨らんでいる。

 豪華な絹服からしても、一発でお偉いさんと分かった。


 あの女性がメルソン商会の会長さんかな。

 会長さんらしき女性は足早に近寄ってくる。


「紹介状をお持ちのお客様、大変お待たせしました。わたしの名はキャロル・メルソン。メルソン商会の会長をしております」

「はい。俺はシュウヤ・カガリ。物件を探しにきました」


 キャロルさんは俺の名前を聞くと、笑顔を向ける。

 ふくよかで包容力のある温かい笑顔だ。


「ありがとうございます。では奥の間にいらしてくださいな」


 カウンター机の端が上に開かれて、通れるようになるとキャロルさんは俺たちを店奥へと誘導してくれた。


 廊下を通り、奥にあった客間に通される。


 客間は狭くもなく広くもない。

 手前に革張りソファーがあり、背の低い机とソファー椅子が並ぶ。

 壁には高そうな絵画が並んでいて、天井には明るい光を発しているクリスタル光源が設置されていた。


「どうぞ、お座りになってください」


 キャロルさんに笑顔で促されたので、ソファーに座る。

 俺たちが座ると対面のソファー椅子に座るキャロルさん。


 そのまま女商人らしく、大根足を悩ましく組む。

 凝視はしなかった。


「それではご商談を始めさせてもらいます。シュウヤ様はどのような物件がお望みなのでしょうか」


 どんな? か。

 まぁ適当に述べていくか。


「迷宮に比較的近く、買い物にも便利で、広い敷地の大きな屋敷が希望です」


 俺の希望を聞いたキャロルさんは首を傾ける。

 二重顎のたるみを見せながら少し逡巡。


「……そうですか。では資料がこれです。数件あります。一件目は貴族街西の、魔法街近くの物件。二件目が同じく貴族街東、王族が住まう近くの物件。三件目も同じく貴族街南の第二円卓通りに近い物件。四件目は南の武術街とヴァイス大闘技場近くの物件。五件目がハイム川に近い倉庫街東の物件。六件目が南、第三の円卓通り沿いの物件」


 キャロルさんは机に置いた羊皮紙の資料は見ずに、物件情報をスラスラと述べていた。

 情報がすべて頭に入っているらしい。


 さすがは大商会に所属しているだけはある。


 さて、選ぶとして……。

 今、話をしてくれた物件から選ぶとして、どれにしようか。

 羊皮紙の資料には、絵があった。

 貴族街の建物は豪奢だ。


 資料の中にあった四件目の武術街とヴァイス大闘技場近くの物件ってのが気になるな。


 聞いてみよう。


「……四件目の物件について、詳しくお願いします」

「はい。武術街にある大きな物件です。昔は豪槍流の道場だったのですが、建物の主である方が闘技大会の戦いで死亡したらしく、身寄りもいなかったので、競売に出されたところをメルソン商会(うち)が競り落として買い付けたのです」


 へぇ、元道場なら広そうだし、良さ気だな。

 そこを見てみるか。


「その物件の値段はいかほどですか?」

「土地が広いので、白金貨六百枚ですね。値段は紹介ですので五十枚引いた特別な値段です」


 引いたとしても、高い。

 んだが、買える。

 大白金貨を使わずとも、この間手に入れたエリボルの資産が半分なくなるが。


「……他の物件もそれぐらいの値段なんですか?」

「はい。貴族街はもっとお高いです」


 貴族街の物件はもっと高いのか。


「それじゃ、その物件を今から見て決めたいんですが、大丈夫ですか?」

「ええ、はい。構いません。馬車を呼びつけますので、少々お待ちを」

「分かりました」


 キャロルさんはソファー椅子から立ち上がると、客間から出ていった。


「交渉せずに、早く決めちゃったみたいだけど、いいの?」


 レベッカが頭を傾げながら疑問顔で聞いてくる。


「値段はあれで構わない。だがまだ正式には決めてないよ。見て気に入ったら他の物件を見ないで決めちゃおうと思う」

「……ふーん」


 レベッカは不満顔だ。


「なんだよ。俺が決めるんだから、いいだろう」

「そうだけど……」

「ん、レベッカ、悔しい顔色」

「ええっ、ちょっとエヴァ! わたしは悔しくなんか、うぅ、実は悔しいです……」


 レベッカさん。

 頬を真っ赤に染めながら素直に認めていた。

 

 そのままソファー上で体育座り。

 両膝の間に顔を埋めてしまう。


 赤色布のスリットのスカート下に履いているクロース下着が見えていた。

 格好が少し可愛い。


「はは」


 笑っていると、客間にキャロルさんが顔を見せた。


「お客様用の馬車を二台用意しました。外で待機している奴隷たちはシュウヤ様の者たちですか?」

「そうです」

「なるほど、では、馬車で物件の場所までご案内しますので、外へ行きましょう」

「了解。レベッカ、イジケてないで行くぞ」

「うん、分かってるわよ」


 俺たちはメルソン商会の建物から外へ出た。


 外では三台の馬車が待機していた。

 モラスが乗っていた馬車と同サイズ。


「この馬車です。どうぞ皆さん乗ってください」


 馬車へ誘導してくれるキャロルさんの傍には彼女の部下であるメルソン商会の人たちも控えていた。


 彼らも一緒に行くらしい。


 奴隷、俺と仲間たちとキャロルさん、部下のグループに分かれて馬車に乗り込む。合計三台の馬車になった。


 キャロルさんの馬車が先に進むと、俺たちの乗る馬車も出発していく。


 一時間ぐらい掛けて目的の物件場所に到着。

 馬車窓から外を確認。停まった場所は大通りではないが、路地通りに面したところだ。


 皆、馬車から降りて近くにある建物を見ていく。


 ここかな。

 外壁と連なる黒色大扉がある。

 通りの向かい側の建物には【トマス絶剣流道場】と彫られた木製看板が見えていた。


 やはり、武術街の一角か。

 通りを行き交う人々も、何処となく、強そうな人ばかりだ。

 そこに、キャロルさんが部下らしき男を引き連れながら話しかけてきた。


「ここが目的の建物ですわ。今、鍵を開けますので」

「はい」


 キャロルさんは石と木材でできた黒色門の鍵を開けて、大扉を一人で開けようと両手を扉へ当てて、踏ん張っていく。


「――会長、わたしたちも」

「ふんっ、大丈夫よっ」


 と、部下の協力を拒んで一人、相撲取りの張り出しのように大扉を押し開けてから、中に入っていく。


 あの門、重そうだけど、キャロルさんは力持ちだ。


 俺たちも開かれた門扉を潜って進む。


 広い庭と石畳が見えた。

 なるほど、ここが道場か。

 中庭の中心に円と十字の模様を作るように色分けされた石材が敷き詰められてある。

 その石の表面には傷があり、僅かに窪んでいる箇所もあった。

 きっと、激しい万日の稽古、または試合が行われていたんだろう。

 古き激闘の傷痕に思いを馳せながら、中庭の真ん中に俺たちは到着した。



 石が敷き詰められた大円の外は芝生が広がっている。


 そんな庭から続く、正面の奥には洋風の大きな建物が存在感を示していた。

 白石柱と木材から作られた三階建て。

 一階から二階にかけて十字型の窓枠があり、二階か三階の左にはアシンメトリーの小さい塔も目立つ位置に存在している。

 ベランダのような場所も確認できた。

 屋根は大小様々で急角度の三角屋根が多い。

 ベランダ奥の向こう側の壁上には大きい煙突も一つ見える。


 ロマネスク風デザインで渋い。


 その大きな家の左上と右上の手前隅にある芝生の位置には大きな樹木が二つバランスよく育っていて、良いアクセントとなっていた。


 庭の左下には厩舎小屋と右下には大きい東屋鍛冶の作業場と鍛冶道具が置かれてあるのが見える。


「……へぇ、広いわね」

「ん、広い」


 レベッカとエヴァが石畳の庭を歩きながら感想を述べている。


「……ご主人様、ここに住まわれるのですか?」


 ヴィーネも俺に質問してきた。


「前庭、というか中庭か。庭は気に入ったが、建物の中も少しは確認したい、それからだな」

「はい」


 彼女は頭を下げている。

 何故か、他の奴隷たちも頭を下げていた。


「では、中央奥にある本館に行きましょう」


 キャロルさんは奥にある洋風の家へ視線を向けている。

 あれが、本館、母家ね。たしかに一番大きい建物だ。


「了解」


 太ましいキャロルさんを先頭に、皆で、灰色の石畳を真っ直ぐ歩いていく。

 本館の家の入り口にある小さい階段は一段高い。

 階段の間の上にはアーチがあった。

 小さい階段を上がると奥に玄関扉がのぞく。

 左右には庭へ向けて張り出た柵付きのテラス通路が続いていた。


 このテラスで、椅子、ハンモックを利用しながら紅茶を飲む場所にはぴったりだ。


 芝生が敷かれた二つの空間には、それぞれの芝生に合う二つの樹木がある。

 中庭で行う訓練の様子を散歩するように見学も楽しめそうだ。


「今、鍵を開けますね」


 玄関の周囲を見ながら妄想していると、キャロルさんが鍵を開けた。

 キャロルさんは包容力のある笑顔を見せつつ、


「どうぞ、中へ」


 そう語りながら扉を開けると、ふとましい右手で開いた扉を支える。

 更には、ドスンっと音を立てるように扉の横へと体を押し付けて、扉が自動的に閉まらないようにしていた。


「会長、わたしたちで押さえてますから」


 メルソン商会の部下たちは会長自ら仕事を率先している様子を見て心配しているようだ。


「大丈夫よ。久しぶりに良い運動になるわ、それより、あなたたちは契約書類のチェックをしときなさい」


 キャロルさんはそんな部下の意見に耳を貸す気はないらしい。


「は、はい」


 部下たちは、渋々了承した様子。

 きっと彼女は、俺に物件を売ろうと必死なんだろう。


 さて、家の様子を見ますかな。


「それじゃ、お先に……」


 一番最初に本館の中に入った。


 中は広いリビングルーム。


 中央に会議室で使うような大きい無垢の長机があった。

 椅子が並ぶ。部屋の右には、フルーツ類が盛られた皿が載った棚付きのカウンターバーのようなものもある。カウンターの奥に食器棚と食材棚に水瓶も置いてあった。


 あそこがキッチンか。


 キッチンの真逆の左には、小さい本棚や、書架台、小さい花瓶と紅茶セットの一式が置かれた小さいテーブルが置かれてあった。

 銃が撃ちやすい十字型の窓枠から夕暮れの光が差し込む。


 オレンジ色の埃帯か……。

 部屋を暖めるように、等間隔にすじをつけていた。

 絵画のモデルになりそうなリビングルームだな。


 いいねぇ……。


「ささ、皆さんもどうぞ、中へ」


 見学していると、まだ家の入り口で待機していた皆にキャロルさんが呼びかけていた。


「ん」

「それじゃ、失礼しまーす」

「では」

「はっ」


 奴隷を含めて全員が建物に入る。

 遅れて、キャロルさんが部下を引き連れて入ってきた。

 リビングの大きさは二十五畳は超えるぐらいに広い。

 大人数が入っても空きスペースがいたるところにある。


 椅子に座って、ここで過ごすのも悪くないな。

 と、考え始めていると、キャロルさんが、額に汗を掻きながら近寄ってきた。


「どうですか、シュウヤさん」


 素直に気に入ったから本音を言っとこう。


「はい、気に入りました」

「ふふっ、そうですか、補足しておきます。一階右手のキッチンには水瓶、水が流せる洗面台、色々な調理道具、調理食材、塩も一袋用意させてあります。キッチンメイドを雇えばすぐにでも料理ができるでしょう。一階の奥通路には寝室、客間を含めた大部屋が十以上あり一階の奥には水が流せる洗面所と厠へ向かう通路もあります。その手前に階段があり二階に個室が十数個あり、暖炉もあるので冬も暖かいのですよ」


 キャロルさんは嬉しそうに笑顔を浮かべながら情報を補足してくれた。

 視線と両手を使い二階の良さをアピールしている。


「あの煙突か。それは後で確認してみますよ。それじゃ、ここに決めようと思うのですが」

「こちらとしては嬉しいですが、本館だけの確認でよろしいのですか?」


 だいたいは想像がつく。


「それじゃ、説明のみで」


 キャロルさんは俺の即答した言葉に、少し思案気な顔を浮かべてると、横で控えている部下に視線で合図しながら口を開いていく。


「……そうですか。庭の左右には、かつての門弟たちが使用していた寄宿舎があります。わたしたちが入ってきた正面の大門と左右の二隅を通しています。勿論、中庭から直接大部屋に行けます。中庭の右には鍛冶部屋もあります。要約しますと、上が本館、母家、中央が中庭、左右が寄宿舎、右下が鍛冶、左下が厩舎、下が大門と通路。という敷地ですね」


 鍛冶といっても誰もそんなスキルは持ってないから暫くは放置かな。

 この物件の全体像は四角形の敷地か。


「……分かりました」

「はい。では、代金と引き換えにこの書類にサインをお願いします。書類には既にわたしの名前が署名明記してありますので、後はシュウヤ様のサインがあれば、契約は完了です」


 キャロルさんが説明している最中に、彼女の部下が無垢な机の上に書類とインク&羽根ペンを置いていく。書類は二重に重なる契約の羊皮紙だ。

 一応、魔察眼でチェック。何にもおかしなところはなし。


『閣下、ここに住まわれるのですね』


 常闇の水精霊ヘルメが視界に現れる。


『そうだよ。後で目から出て、この家のチェックをしてくるか?』

『はい』


 おっ、珍しく俺の目から離れる気でいるらしい。


『分かった。ただ、色々やることあるから後回しでよいか?』

『いつまでもお待ちしてます』

『んじゃ後でな。消えていいぞ』

『はっ』


 ヘルメは回転しながら消えていく。


 念話中に、目の前の契約書類にサイン。

 そして、アイテムボックスから白金貨を指定された枚数を出していく。


「金はこれで大丈夫かな」

「はい、確かに。契約完了です。これが正面門の鍵と本館の鍵の束でございます。この通り合鍵は三つ用意してあります。では、これでここの物件は正式にシュウヤ様の持ち家となりました。――テレス。これを」


 キャロルさんは早口にいうと、机の上にある重なった契約書類の一枚を取り、部下に書類を仕舞わせていた。

 仕舞っているのはアタッシュケース的な革鞄だ。


 キャネラスも似たような革鞄を持っていたな。

 続けて、大商会に所属する商人らしい顔を見せながら白金貨を数えて大事そうに白金貨を一纏めにする作業を行っていた。

 その様子を眺めながら、仲間たちがいるリビングルームを見渡していく。


「ついに持ち家か……」


 なんか感慨深い。


「ご主人様、おめでとうございます。あの宿屋は引き払うので?」

「そうなるね、後で荷物(パレデスの鏡)をもってこないとな」


 ヴィーネとそんな内輪の話をすると、


「ん、おめでとうシュウヤ」

「シュウヤっ、ずるいー。けど、おめでと」


 エヴァとレベッカが俺が家を手に入れたことに喜んで褒めてきてくれた。


「エヴァありがとな。レベッカも一言余計だけど、ありがと」

「ご主人様、おめでとうございます」

「「おめでとうござます」」

「めでたい」


 最後に奴隷たちも空気を読んだように褒めてきた。


「おう。おまえたちもこれからはここに住むんだぞ」

「――はっ」

「はいっ」


 奴隷たちに顔を向けて話していると、


「シュウヤ様。その契約書類は大事に保管してくださいませ」


 そうキャロルに注意された。


「了解」


 契約書類の写しをアイテムボックスに仕舞っとく。


「シュウヤ様。それではわたし共はここで、おいとまさせていただきます。本日はありがとうございました。テレス、行きますよ」

「はっ」


 キャロルさんは太い踵を返すと、部下を引き連れて家から出ていった。


「……それじゃ、皆。ここを自分の家と思ってくつろいでくれ。俺はとりあえず、二階か三階を見てくる」

「ん」


 エヴァは右のカウンターがある場所へ車椅子を移動させていた。


「ほんと? わぁー」


 レベッカは一人真に受けて、左の本棚とかが置いてあるところに歩いていく。

 それぞれリビングルームをチェックしたいようだ。


 その様子を眺めながら立ち上がる。

 机にあった家の鍵をアイテムボックスへと仕舞う。


 そして、リビングから板の間が続いている通路へ向かった。


 ここは高級宿屋の渡り廊下のようだ。

 左右に大きな寝室が幾つも並ぶ。

 その中で、右側に一際大きい寝室らしき扉を開けてみた。


 部屋には、大きな四角い寝台が二つある。

 天蓋付きのベッドという感じではない。

 寝台の横に小さいサイドテーブルと部屋の右の隅に大きい衣装箪笥がある。

 右の下隅に本棚と石材のチェストが数個設置されていた。


 この辺は申し分ない豪華な寝室だ。

 満足して、頷く。


 踵を返して、廊下に戻った。

 各大部屋の寝室と客間はスルー。


 通路の真ん中にあった階段を上っていく。


 階段は、一つの大きな樹木をくり抜いて作った螺旋階段だ。

 踏み板の樹脂は平たい。

 ここを利用した家主たちの足跡が感じられる。


 手すりも湾曲していて見事な木材加工の作りだった。


 その階段をぐるっと一回りして、上った先にある二階は一階よりも広く感じた。

 三階じゃなく二階か。

 階段が長いから三階に見えただけのようだ。


 家具が少ないから板の間は空きスペースだらけ。

 先にはベランダへ行ける涙の形をしたアーチの出入り口の間があった。

 その先のベランダからの中庭の景観は良さそうだ。

 その出入り口から、俺たちがいる板の間へと光が差している。

 ここの部屋には跳ね上げ戸もあった。

 そして、このフロアのメインともいえる大きい暖炉が存在感を示すように壁隅にどでんと設置されてあった。焦げ茶色の大きい暖炉。


 暖炉が設置されている後ろの壁には熱対策用と思われる岩細工の補強がちゃんと施されてある。

 近くには薪用の棚も用意されて、沢山の薪が既に用意されている状態だ。


 準備がいい。しかし、暖炉はよいなぁ

 雰囲気あるよ。うん。

 ……薪を入れるところも小さい取っ手がついている開閉式だし、暖炉の中で料理、ピザとか焼けそう。


 暖炉の近くにはソファ椅子が並ぶ。


 ヤベェ、ここでコーヒー飲みながら本を読んでまったり過ごしたい。

 というか、もうまったりと過ごせるしっ、へへ。


「……ご主人様? 嬉しそうですね」

「ヴィーネ。見てたか」


 俺は大きい暖炉を間近で見て、夢中になっていたので、傍にヴィーネが来ていたことに気付かなかった。


「――はっ、すみません」

「いや、いいんだ。この暖炉が部屋を暖めてくれそうだし、雰囲気もよい」

「……そうですね。わたしは一度も使ったことはないのですが故郷、本邸の屋敷に住んでいたお母様もこういう暖炉を持っていました」


 ヴィーネは流し目で暖炉をみやると、微笑を浮かべていた。


 あの地下でも暖炉を使うことがあるのか。

 ま、そんなことは聞かないが、ここはヴィーネの家でもあるんだし、この暖炉を勧めとこう。


「……これからはここがヴィーネの家でもあるんだ。自由に使っていい。今は夏だから、これを使うのは冬からだが」

「はいっ」


 ヴィーネは元気よく返事をする。

 美しい笑顔だ。


 そこで広い暖炉のスペースの反対を見た。


「あそこも見てみよう」

「はい」


 二階から外が一望できそうなベランダに移動。


 背丈より小さい柵があるベランダからは庭に生えている大きな樹木、左右にある外壁と繋がった大部屋、入り口の大門を越えてペルネーテ武術街の一部を見下ろせた。


 風が気持ちいい。

 俺、こんな良い家に住めるんだな。

 一階のテラスもいいが、このベランダで美女とハッピーアワーを過ごすのも良いなぁ。

 またまた、感動が押し寄せる。

 そんな気持ちを抑えるように、ベランダを見ていく。


 床はタイルのような石張りで、小さい桶や洗濯板に大桶が置いてある。

 洗濯物を干せる台もあった。

 モップみたいな掃除道具も隅っこに置かれてあって、ちゃんと空きスペースも確保されてある。


 そのベランダの奥には塔の部屋があったので向かう。


 おっ、中にバスタブがある。


 まさか塔の中にバスタブがあるとは。

 陶器製の王族御用達といった感じのバスタブ。

 塔が風呂場とはしゃれている。


 ベランダにあった大桶は洗濯用なのか。

 今までの経験上、風呂は全部大桶だったからなぁ。


 バスタブの側には小さい棚と荷物入れが用意されていた。

 棚には石鹸、皮布が何枚も用意されてある。

 搭の上には開かれた十字窓があり、近代の時計塔をイメージした。


 時計はないけど。


「陶器桶が置かれてるとは凄いですね。最近【王都グロムハイム】で流行っていると聞いたことがあります」


 バスタブじゃなく陶器桶か。まぁ名前はどうでもいいけどさ。

 これ、王都で流行してる物なんだ。こんなものまで用意して家を売るとはキャロルさんは本当に太っ腹で優れた商人だ。


「得したな、この物件でよかった」

「はい」


 ヴィーネを連れてベランダ経由から暖炉がある広間へ戻った。


「下に戻ろうか」

「ンン、にゃぁ」


 そのタイミングで、黒猫(ロロ)が喉声と同時に鳴き声を出す。


 灰色の外套に付属する背中のフードの中で寝ていた黒猫(ロロ)が起きた。


 ゆったりとした動作で、肩に登ってきた。


「起きたか。ロロが寝てる間に家を買うことになってな。ここが新しい家だ」

「にゃ? にゃおぉ」


 黒猫(ロロ)は俺の言葉に驚いたのか、変な鳴き声をあげてから、肩からジャンプ。二階の空きスペースをチェックするように走り回っていく。


「おーい、縄張りとかいって、家の中でおしっこするなよ? おしっこは外にある芝生でな」

「ンンン、にゃ」


 黒猫は『そんなこと分かってるニャ』的に鳴いて尻尾も動かして返事をすると、俺がまだチェックしてない廊下の先にある別の部屋へ走っていく。

 二階にも大部屋があるようだな。こりゃ、完全に豪邸だ。


「ロロ様も喜んでいるようですね」

「そうだと良いんだけど、ロロは放っておいて、下に行こう」

「はい」


 俺はヴィーネと一緒に螺旋階段を下りて一階のリビングに戻った。


 すると、リビング中央にある椅子にくつろぎながら座っていたレベッカが俺に話し掛けてくる。


「ねぇ、シュウヤの奴隷たちがずっと一箇所で固まった状態で待機しているんだけど……」


 レベッカは入り口扉の近くで待機している奴隷たちへ蒼い瞳を向けていた。

 そりゃ買ったばかりだし、彼女たちも緊張するよね。


「そうだな。彼女たちの部屋に使えるか分からないが大部屋も調べてみるか、――お前たち、俺について来い」

「――はっ」


 奴隷を引き連れて外に出た。

 芝生から石畳に変わる地面を歩いて、庭の左にある大部屋に向かう。


「ここが大部屋か」


 白の石壁と小さい石階段に簡素な大扉。

 周りには盥、洗濯物を干す大規模な空きスペースがある。

 簡素な大扉は鍵は掛かっていないので、すんなりと開く。

 中は本当に、過去、門弟たちが寝泊りに使っていたと思い起こさせる場所だった。


 寝台と木箱が規則正しく隅に多数並ぶ。

 中央に小さい机と椅子があり、奥の左には簡易な調理場、食材が入った棚、右には洗面所と厠がある。

 四隅の壁には十字枠の木窓があるけれど、家具は少ない。

 質素な宿屋的な場所だ。

 奴隷たちには申し訳ないが、とりあえずはここに住んでもらおう。


「ここが、お前たちの住む場所となるけどいいかな?」

「はい」


 脳が蟲に寄生されている女エルフは一番速く返事をしていた。


「申し分ない」


 続けて、蛇人族(ラミア)がそう話すと、寝台の近くに移動していく。


「はっ」

「畏まりました」


 虎獣人(ラゼール)と、小型のもこもこ獣人も自ら寝台を選んで、ひょっこりと座り休んでいる。


 彼女たちの武器や防具も用意しないと。

 まずは、身の回りに関することを話すか。


「皆、休んでいるところ悪いが聞いてくれ。食事は朝、昼、夜、の三食か、朝、夜、の二食が基本となると思う、ここで勝手に食事を作ってもらうか、本館の一階か、皆で外食だ。だが……これはあくまで仕事をしていない暇な通常時での話。俺は冒険者。連れまわす場合は、不規則になることは覚悟しといてくれ」

「分かりました」

「承知している」

「畏まりました」

「……はい、あの、本館の一階といいますと、その際のお食事はご主人様とご一緒という事ですか?」


 もこもこの小柄獣人(ノイルランナー)が遠慮勝ちに聞いてきた。


「たまには、親睦を兼ねてそうなるかもしれない程度と思っていてくれ、普通の主人の対応とはだいぶ違うと思うが、そこは納得してくれるとありがたい」


 奴隷たちへ向けて、軽く頭を下げる。


「……そんな頭を下げないでください、はい、僕は大丈夫です」


 もこもこ種族はカレウドスコープで女と出ていたけど、ボクっ娘なんだな。


「ご主人様に従います」


 頭に寄生されてるエルフ女も納得。


「……我も主人の意思に従う」


 蛇人族(ラミア)も寝台前に立ちながら言っている。


「わたしも虎獣人(ラゼール)として、フジクの掟の名に懸けて従います」


 フジクの掟が、何かは知らないが虎獣人(ラゼール)の奴隷も誇らしげに宣言していた。


「んじゃ、後で皆の武器防具を買い物に行くから、それまで、ここか、中庭で待機な」

「「はい」」


 俺は大部屋から退出。本館に戻る。


「ただいま」


 ひさびさの、ただいまの挨拶。


「おかえり、奴隷たちはここに馴染めそう?」


 レベッカが後頭部に細い両腕を回して腋を見せながら語る。

 ドキッとした。ツルツルだ。くっ、魅力的な腋だ……。


 腋を見よう委員会を立ち上げるか……。


「……どうだろ、馴染んでくれないと困るけどね」

「ん、シュウヤ――ここで凄く料理できる。竈、調理道具、水鍋に、野菜やフルーツが沢山ある」


 エヴァは珍しく興奮した口調だった。

 まだ右のキッチンルームにいるらしい。

 声が聞こえてきた。


「やはり、竈もあったか。そこで本格的に料理ができる感じなのかな。そしたら、皆に料理を振る舞える」

「えっ、料理もできるの?」


 レベッカは、意外っ。というように俺の顔を見て驚いている。


 前世ではそれなりに自炊をしていたので、簡単な料理ならできると思う。

 異世界(セラ)に来てからは鍋物ぐらいしか作ってないが。


「……まぁ、ある程度は」

「ん、シュウヤの料理、食べてみたい」


 カウンターキッチンからエヴァが戻ってくると、紫の瞳を輝かせながら話す。

 エヴァは店を持っているから、料理が気になるのかもしれない。


「いいけどさ、今度だな。今は奴隷の装備とか買わないといけないし、迷宮の地図も行かないとだし、それで、その明日の迷宮のことだがどこで待ち合わせる?」

「どうしようか」

「ん、明日の朝、ここに来れば良い?」

「いいよ。鍵は開けとくから、二人共、いつでも来たらいい」


 エヴァとレベッカは俺の言葉に嬉しそうな顔を浮かべていた。


「いつでも……か。ありがとね。わたしの家とは比較的近いし、その言葉通り、これからはしょっちゅう来るからね? ふふっ」


 レベッカの頭には遠慮という文字は無いようだ。


「シュウヤの家、わたしのとことは遠い。けど、頑張ってくる」


 エヴァはレベッカとは違い、残念そうな顔を浮かべながら話していた。


「遠いなら泊まっていくのもいいよ。エヴァなら大歓迎だ」


 フォローするように話す。


「ん、分かった。けど、今日は一度帰って、リリィとディーにここでお泊りしたいと言っておく」

「大歓迎なのはエヴァだけなのー?」

「レベッカは近くに家があるだろ?」


 笑いながらレベッカに話した。


「そうだけどさぁ……エヴァの貞操はわたしが守らないとねっ」


 レベッカも笑いながら、ふざけたことを言ってくる。


「お前はエヴァの母親か」

「レベッカ、守る必要ない。シュウヤならいい……」


 えっと、エヴァの小さい声だけど、さりげなく、告白されてしまった。


「……」

「……」

「……」


 エヴァの言葉を聞いていたレベッカと黙って聞いていたヴィーネは驚いて俺の顔を見つめてくる。


 皆、俺に何を言わせたいんだ。

 そんな期待した顔を向けるなよな……その視線はエヴァへ向けろよ。


 ま、ここは本音でいうか。


「……俺も男だ。構わんけどさ」

「ご主人様? わたしもお願いします」


 ヴィーネが冷然とした口調で話しながら、俺の傍に寄ってくる。


「ちょっとぉ? シュウヤ、スケベ過ぎなんだけど」

「レベッカ、これがモテる男という奴だ」


 照れを隠すように変顔を作って話す。


「ぷっ、その変顔と言葉が……いったい、その顔は何種類あるのよー。もう、変な顔でそんなこと、言わないでよね……ぷぷ」


 レベッカは笑いを吹き出していた。


 そこで真顔に戻る。


「ということで、おふざけはここまでだ。俺は奴隷たちを連れて装備とかを買いに行くよ」

「ん、分かった。わたしも一旦、店に帰る」

「そ、なら、わたしも途中までエヴァと一緒に帰るかな」


 エヴァとレベッカは互いに視線を交わして頷いている。


「おう、また明日な、ヴィーネ、行くぞ」

「はっ」


 リビングにレベッカとエヴァを残して、踵を返す。

 ヴィーネを連れて本館から出る。

 中庭の石畳を踏みしめながら武術の歩法を試しつつ大部屋へ向かった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 生鮮食品や消耗品まで管理ついでに補充されているのがすごい。 [気になる点] 正門から本館までのスペースは前庭で、本館や付随した建物、それから外壁などに囲まれたスペースが中庭だと思うのですけ…
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