千五百四十六話 二度目の地下オークション第一部開幕
シャルドネはファルス殿下と数秒見つめ合う。
視線だけでの腹の探り合いか。
少し遅れてから、シャルドネは俺たちに視線を向けてきた。
微笑むシャルドネはスカートの左右の端を両手で持ちつつ貴族のお嬢様のように丁寧にお辞儀をしてくれた。
俺も頭を下げて礼を行った。
背後と周囲に居る――メル、ヴィーネ、エトア、エヴァ、ミスティ、クナ、ハンカイ、ラムー、ファーミリア、シキ、霧魔皇ロナドたちも丁寧に礼を返した。
シャルドネは、
「シュウヤ様、今回の帝国の黒髪隊、帝国の残置諜者のスパイたちの武装蜂起、【闇の教団ハデス】、【セブドラ信仰】の勢力、そして魔人キュベラスの暗躍についてですが、私は一切関与しておりませんので」
と、視線を【御九星集団】のキーラたちが座っている席に向けた。
キーラたちが裏で関わっていると暗に示しているんだろう。
すると、キーラの側近と思われる四眼四腕の魔族がローブを払うように魔の肉鎧を晒しながらこちらを見る。左の眼球だけが大きい。
金色の瞳孔と白目の結膜に血の筋が入っている。
そいつが左上腕に大きい盾を召喚した。
右の上下腕に魔剣を召喚し、その大きい盾を叩きながらこちらを見て、嗤う。
「……分かっているさ」
シキの顔色が悪いが、あいつが【御九星集団】最高幹部の盾使いコンマレかな。
シャルドネは俺の指に嵌めている侯爵家の指輪を見て、ニヤッとしてから、
「……ふふ、はい、貴族街が襲撃されて、まさか白の九大騎士の屯所が潰されるとは思いませんでしたわ、【鬼鮫】のサメも『一時はペルネーテも危うしか?』 と語っていました」
シャルドネは語尾のタイミングで【鬼鮫】のサメを見た。
サメも、仮面を被っているが白髪は変わらず。
そのサメは胸元に手を当て、俺を一瞥し、頭を下げてから、
「――はい。【天凛の月】の盟主の首に賞金が賭けられていることもお嬢様には伝えてあります」
と発言。
シャルドネは、
「うふふ、百五十大白金貨とは、驚きましたが、そんな大金を出せる存在は限られますからね……」
「あぁ、王族か聖ギルド銀行か、大商会か」
「はい」
そのシャルドネに、
「情報を得るのが速いが、大手の盗賊ギルド【幽魔の門】のペルネーテの活動は阻害されている最中のはず」
シャルドネはフランを見てから、
「【幽魔の門】の事務所も潰されたようですね、一部の工作員も死んだと、でも、全員は死んでませんよ。その【幽魔の門】の幽剣のベイラーから少し聞いています。更に、【白鯨の血長耳】は健在ですし、盗賊ギルド【ベルガット】なども利用は可能。情報の伝は複数ありますわ。そして、私には【鬼鮫】による情報収集能力もあります。その【鬼鮫】も、私の軍と共に拡充を続けていますから」
シャルドネの自信に溢れる語りに、キーキとサメが頷いている。
「なるほど、軍の拡充か。サーマリア王国との戦争は、講和に向かうと思っていたんだが」
「勿論、塔烈中立都市セナアプアで三カ国の講和条約を模索していますわ。同時に戦争拡大の道も模索しています。両建て戦術は基本ですからね」
どちらに転んでも大丈夫なように保険を掛けるのは常套手段、頷いた。
シャルドネは扇子を右手に召喚し、その扇子を開いたり閉じたりとを繰り返し、
「ヘカトレイル後援会の大商会も成長しましたし、講和のほうが私個人では利益が大きいのですが戦争による利益も、また大きいのは事実。東のサーマリア王国の古都市ムサカ、別名、豹紋都市ムサカに得た領土の確保と拡充を続けています。シュウヤ様が戦って勝利してくれた塔雷岩場も重要な資源が地下に眠っている」
なるほど。
確かにあの地下鉱脈は膨大な量だった。
そして、時折見せる鋭い視線と語りからして、シャルドネが、女狐と呼ばれるのも分かるような気がする。
シャルドネは、
「……荒廃した土地の再開発利権と、そこの土地に眠る資源獲得は戦争を行うほうが手っ取り早いですから」
「そこに住まう無垢の民を犠牲にし、利権を破壊してから自分たちの商会が、その土地の利権を根こそぎ奪うやり方だな」
「……はい、民の犠牲は為政者次第、ですから戦争には負けられない。そうしたことで【鬼鮫】には、ゲンザブロウとアイ以外にも優秀な人材を多数採用しています。今日も、その戦力拡充のためです」
「……サーマリア王国、レフテン王国、オセべリア王国の講和も、権益拡充のための餌に見えてくるぞ?」
「……ふふ、シュウヤ様……怖い表情で政治と経済を語られても、私も利権を持つ侯爵ですから、配下たちも金を得て生活している」
正直な侯爵様だ。まぁ、ここに居る連中は、そんなことは分かりきっているか。
「なるほど」
「はい、更に、手痛い打撃を受けましたが、城郭都市レフハーゲンへの侵攻も諦めていません、そこの中小闇ギルドと港街の元締めの調略に王都ハルフォニアにも探りを入れています。そして、王都グロムハイムの中央貴族審議会の中小貴族連合や、王の手ゲィンバッハと宮廷魔術師サーエンマグラムなどの動きも探らせている」
「第三王子もか?」
と、聞くと、シャルドネは眉を一瞬ひそめて、
「……ある程度は」
と発言していた。
何か第三王子クリムとあったか? 魔人キュベラスなどが横に居たらシャルドネたちも危ういどころではないと思うが。
シャルドネも魔道具は豊富だから、案外平気だったかも知れない。
シャルドネ・フォン・アナハイム侯爵は第三王子クリムの暗躍は知っているのか知らないか……。
知っていても、注目を浴びている、地下オークションの大会場では喋らないか。
シャルドネは、
「……ファルス殿下などが住まう貴族街も襲われたようですが……」
「そうだな」
「では劣勢の大平原の戦争とも関連が?」
「あるだろう」
シャルドネは顔色が悪い。時折【御九星集団】たちを見ている。
「……そうなのですね、気を引き締めますわ」
「あぁ」
「ところで、【古都市ムサカ】で助けたゲンザブロウとアイか。二人は元気かな」
シャルドネは胸に手を当て、
「はい、元気です。思えば黒き戦神ゲンザブロウ・ミカミとアイも、この地下オークションで入手した高級戦闘奴隷でした。その二人は奴隷ではなく立派な将官ですから、やはり、この地下オークションは単純に人材の宝庫です」
「あぁ、俺のアジュールも地下オークションが入手した。武術街の自宅でポポブムなどメイドたちを守ってもらっている」
これからも仕事は増えるだろうな。
ザガ&ボンにルビアも居る。
今の武術街の家には、白黒猫と黄黒猫と銀白狼と銀灰猫と子鹿に<従者長>フーとブッチとサザーと<筆頭従者長>アドゥムブラリと<従者長>のサラとルシェルにエマサッドとラファエルに、聖鎖騎士団団長ハミヤとヴァルマスク家のアルナードとホフマンとルンスなども居るから必要ないかも知れないが……。
「ふふ、贅沢な使い方ですわね」
「俺にはそうではないさ」
「……あ、はい、失言でしたわ」
「構わんさ」
「はい、貴重な戦力を大事にしているのですね」
頷いた。光魔ルシヴァルではないとどうしてもな……。
早くルビアもハミヤもハンカイもアジュールも光魔ルシヴァルにしたいが……。
と、そこで中央の広場の音楽が止まる。
スポットライトが、左の端の壇と台座に当たった。
そこの壇と台座にはカザネとアシュラー教団の仮面を顔に装着している方々が居る、ミライも居た。
カザネが両手を拡げながら皆に、
「ではそろそろ、皆様お席にお座りください――」
とカザネの声が響く。シャルドネたちは頷いた。
「――シャルドネ様、では、ここで」
「はい」
すると、ファルス殿下が、
「シャルドネ、私はシュウヤの武術街の屋敷に暫し留まることになる。そして、近いうちに王都グロムハイムに向かい、父上たちと相対することになるだろう。私に用があるならオークション後に武術街に来るのだ」
「……了解しましたわ、では、その際に色々と会談を致しましょう。そして、今朝から明日に掛けての地下オークションを楽しみましょうか」
「ふむ」
踵を返すシャルドネ。金髪が靡いていた。
俺たちの【天凛の月】の札が置かれている大きな円卓に向かう。
少し先の大きい円卓に――【鉱山都市タンダール】が本拠の【大鳥の鼻】の盟主バメル・ドアキルイが居る。
大太刀使いガイと影使いのヨミと先の会合には居なかった大柄の【大鳥の鼻】の最高幹部らしき四眼四腕の魔族も居る。
眼球を複数浮かばせている魔術師も居る。指がないが、<導魔術>で魔杖を数本浮かせているドワーフも居る。
【大鳥の鼻】もかなり強そうだ。
その先の円卓には【鉄角都市ララーブイン】が本拠の【髑髏鬼】の盟主アルカル・メメルアと紅のアサシンと他の幹部が多数居る。
そして、隣の円卓には【闇の八巨星】の一つ【御九星集団】の連中が居た。
此方を見て微笑むキーラ。
【御九星集団】の最高幹部の数は会合の時より多い。
大魔術師級のローブを着た連中の中に魔人キュベラスは……。
「魔人キュベラスはいない」
ユイの言葉に皆が頷いた。
「了解、あの大魔術師に見える連中も強そうだな」
「うん」
「「はい」」
「ん」
「これだけ近い距離に居ると、地下オークションとて安心はできんな……」
ハンカイの言葉にキサラたちが頷く。
キーラの背後に立っている大盾を背負っている大柄の男が俺たちを見ていた。シキが、
「キーラの不敵な笑みに、私たちとの交渉の場に居た盾使いコンマレの視線がムカつきますわ」
「……ハイ、アノ視線ハ、フソン……デス……」
シキと霧魔皇ロナドの言葉には恨みが隠る。
「……<血潜ノ極打>をぶち込みたいですわ」
ファーミリアも怒りを滲ませる。 <血魔力>は使っていないが、プラチナブロンドの長い髪が自然と風を孕んだように宙に靡いていた。
すると、盾持ちのコンマレと、大柄の魔槍使いと魔剣師がこちらに向け魔力の礫を飛ばす。
更に、魔槍の穂先を向けてきた。
礫は途中で霧散した。
挑発か。
「ハッ、喧嘩腰の阿呆が居るな、俺の金剛樹の斧をぶちかますか?」
ハンカイが苛ついている。
「ハンカイ、暴れるのは後だ」
「ふむ」
周りにある椅子に座っていく。
ファーミリアとヴィーネとエトアとラムーも座っていった。
すると、カザネが、
「では、地下オークション第一部開幕です! 皆さん、入札を楽しみにしていますわ!」
と発言すると左の端太鼓とシンバルの音が響き渡る。
ついに二度目の地下オークション第一部開幕だ――。
気合いが入る。俺の気合いと同調したわけではないが、大商人と商人たちの拍手喝采が大会場に響きまくる。
不思議な魔道具を使用して不思議な音楽を奏でていた雷神ラ・ドオラ神殿の大神官ルアランはもう消えていた。
ルアランさんとは個別に話がしたい。
雷属性を得ているし、雷式ラ・ドオラを持つし、<雷式・勁魔浸透穿>などの槍技を獲得しているから、雷神ラ・ドオラ様に近づけるかも知れない。
カザネは退くと背の高い女性にスポットライトが当たる。彼女が司会かな。
その司会が、
「……いつも通り、机に置かれた札を挙げて頂けたら、買いの注文とさせて頂きます。では――」
と発言した刹那――皆が座る、否、床が自動的に動いた。
大きな机と椅子も連動しレザライサたち、他の八頭輝が座っている椅子と大きい机も動いて、
「閣下――」
「御使い様――」
「えぇ――」
「ご主人様――」
「ちょ――」
「きゃ」
「きゃぁ~」
「おぉぉ!?」
「シュウヤ――」
「「シュウヤ様――」」
ヘルメとグィヴァは浮遊し、ヴィーネとレベッカとシャナとエトアが俺に抱きついてきた。
キサラは浮遊している。
「これは――」
「総長、これは動く床で、珍しい、魔造家の技術でしょうか」
「あぅ~」
「――面白いです」
「ふふ、くっ、抱きつきが遅れてしまった……しかし、なるほど、メル、魔造家の技術の一端ですね」
「マスター! ゼクスが光剣を出しちゃった」
「ん、皆も移動している!」
レベッカは俺から離れて動く床に立ちながら少し踊る。
「――シュウヤ、なにこれ、驚きだけど面白い!」
「ん、ふふレベッカの踊りも面白い~」
「「ふふ」」
――少し右に移動し中央のスペースが消えた。
キャネラスの大商会の机が見えた。彼も生きていたか。
マクフォル伯爵たちも見えた。友と言ってくれた、懐かしい。
俺の腕を掴んだままのエトアの腕をとんとんと叩くと、
「あ、ごめんなさい」
「いいさ、不安ならこうして――」
「あっ」
エトアの手をギュッと恋人握りで握ってあげた。
頬を朱に染めるエトアは、俺を恥ずかしそうに見てくる。
可愛い。そのまま、皆を見て、
「皆も大丈夫かな」
「うん、驚いた~」
しかし、こんな床が動くような舞台装置を用意するとは……。
左の端の壁際が光る。
その壁が奥に斜め下に拡がった。斜め下は坂道か。
――その坂道からベールに包まれている高級戦闘奴隷が顕れる。
大柄な足だけが見えた。
続いて、檻の中に居るが、鎖で全身が雁字搦めの二眼二腕の人族に見えないから、魔族か?
上半身と下半身が分かれている不思議な人族。
左腕が消えている人族風の男。
白い翼を持つ人族は、エセル人か。
四眼六腕の魔族で、すべての腕が拘束具で拘束され、両足も拘束されている。
その背後が不思議だ。
魔機械とケーブルで繋がっている巨大な硝子の瓶の中には液体と共に美しい女性エルフが入っていた。
眠っているようだが……。
巨大な硝子の中は液体に満ちている。眠っている女性エルフの口にはガスマスクのような物が装着されていた。
人魚? シャナも驚いている。
そのシャナに、
「あれは人魚かな」
「たぶん違うと思います」
「そっか」
非常に興味深い。
何かの実験体だったのかな。
次の高級戦闘奴隷も不思議だ。
積層型の魔法陣に周囲を囲まれている中心に霧状の生命体が閉じ込められていた。
シキの部下が反応を示す。
大蛇が体に絡み付いている大柄の男性。二眼四腕だから魔族かな。
などの高級戦闘奴隷たちに思えない者たちがスポットライトを浴びていく。
係の者と、それらの高級戦闘奴隷たちを載せたステージの壇が俺たち側へと拡がり伸びてくる。
今回は一度に見せるのか。
高級戦闘奴隷たちに合わせて音楽も鳴り響く。
三眼の高級戦闘奴隷が前に出た。 額の目はアーモンドで松果体のような形だ。太陽の光を見て、浴びることで松果体が活性化するように、額の目も活性化するのかな?
邪界ヘルローネの邪族ではないと思うが……右腕と左腕が消えている。 両足と腰は魔法の鎖で括られており、拘束を受けている。魔法の鎖は地面と繋がっていた。
「最初の商品は、迷宮都市イゾルガンデで見つかったとされている西マハハイム地方、トヨバール国出身、魔人レグ・ソールト。右腕と左腕を思念で生み出すことが可能。中央の三眼を使うと姿が変化するとのこと、戦闘系スキルは豊富で、回復スキルも優秀のようです。値段は白金貨八十枚からスタートさせてもらいます」
直ぐに札が上がった。
「デュアルベル大商会、ヘカトレイル後援会、ハイペリオン大商会、ピサード大商会、サーぺリン大商会――」
次々に札が上がる。
メルも俺もだが、大白金貨に白金貨も大量に持っている。
競売に参加すれば、落札はできるだろう。どうしようかな。
続きは明日。HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1~20」発売中。
コミックス1巻~3巻発売中。




