千五百三十八話 〝義遊剣槍師レドマルコの仮面〟
アーバーグードローブ・ブーさんは正義のリュートを見るように頭部を寄せる。
「シュウヤよ、その正義のリュートを少し見させてくれるのか」
「はい、良いですよ――」
正義のリュートを掲げた。
アーバーグードローブ・ブーさんは興奮したように黄金環を少し膨らませる。
「おおぉ、持っててくれていい」
「はい」
体を構成している金属の部分が共鳴したように不思議な音を響かせてきた。
面白い、しかし、鋼鉄と硝子で構成された宇宙の知的生命体にしか見えない。
珪素で構成された知的生命体って印象だ。
すると、左右の目の中に棲まう常闇の水精霊ヘルメと闇雷精霊グィヴァが、妖精として視界の端に出現すると、平泳ぎするように両足を開いて閉じてを行い、アーバーグードローブ・ブーに近付く。
『頭の黄金環は不思議ですね~。脈動しているように見えますよ』
『はい、黄金環は前に少し聞きましたが、オリハルコン?』
小さいグィヴァの手が巨大な黄金環に触れているようにも見えるが、幻影だ。
『そのはずです。神界戦士特有の黄金環は、実はオリハルコンが大本だと聞いています。シャファ様が祈りを込めながら音階を発して、不思議な正義の音波で環を生成しているという伝説はヴィーネから昔聞きました』
常闇の水精霊ヘルメと闇雷精霊グィヴァが思念で教えてくれた。
『へぇ、ヴィーネからか』
『はい、植木ちゃんたちに水やりを行っている時です』
ペルネーテの武術街に住んでいる頃だな。
ヴィーネは本を色々と買って読んでいるから納得だ。
すると、アーバーグードローブ・ブーさんの頭部の真上の黄金環に土星の環のような線が発生した。
その線の一つが浮くように黄金環から離れて此方に伸びてくる。細長い黄金か。
そこから奇妙なパルサー音を響かせると虹色の魔線が発生し、正義のリュートに音波と虹色の魔線の照射を始めた。
その照射は一瞬で終了し、黄金環を元に戻す。
アーバーグードローブ・ブーさんは、
「正義の神シャファ様は、シュウヤを随分と前から認めていたようだな……」
「はい、正義のリュートを頂いたのは、イヴァンカを悪夢の使徒や悪夢教団ベラホズマを救った時ですね、去年です」
「ほぉ……造形が美しい。見事な楽器だ……正義の神シャファ様に認められし英雄を【義遊暗行師会】に迎えられて非常に嬉しく、誇りを得た気分だ、ありがとうシュウヤよ」
ブーさんの不思議な頭部を見ながら、
「恐縮です。義遊暗行剣槍と義遊暗行甲冑は大切にします」
「……うむ」
すると、肩の竜頭装甲が、
「ングゥゥィィ、ブー、ノ、頭ノオウゴン、ヲ、タベタイ、ゾォイ!」
と、反応してしまった。
アーバーグードローブ・ブーさんは動じず、
「ほぉ、魔界セブドラの生きた神遺物か……しかし、我の神界戦士の証しを食うとは……」
肩の竜頭装甲の両顎がカチカチ音を響かせている。
そこに手を当て、
「――ハルホンクがすみません、ハルホンクはアイテムを食べると吸収し、防具に活かすことできるのです。また、アイテムの吸収をせず普通のアイテムボックスとして、アイテムの保管が可能となります。かなり便利な防護服でもあるんです」
「ほぉ、アイテムを吸収し、防具の強化をし、アイテムボックスにも成るか……実に素晴らしい生きた防具ではないか……神界のアイテムも自由に食べられるのならば義遊暗行甲冑を食べるといい。それに【義遊暗行師会】に制服はあるが、必ず着ろという規則はない。シュウヤの自由だ」
「はい」
アーバーグードローブ・ブーは離れた。
黄金の環の形と頭部の形も微妙に変化していく。
それを見ながら正義のリュートを仕舞った。
ミスティとシキとファーミリアと小さいゼクスと黒猫が神殿から外に出てきた老若男女に囲まれ始めていた。皆、綺麗で可愛いからな。
ミスティはゼクスの形を大きくしたり小さくさせていたりして、子供たちを喜ばせている。
時折、眼鏡に手を当てて位置を直す仕種が幼稚園の先生に見えて非常に微笑ましく魅力的に見えた。ファーミリアは子供にでんでん虫の玩具をプレゼントしている。
魔力を帯びているでんでん虫は「ぎゅぃん」と変な声を発しているし、可愛い。
シキは子供たちの周りに幻想的な魔法の水晶球を幾つも発生させてはクラゲのように宙空を泳がせて散らせていた。
その皆を見ながら、
「皆、ゼメタスとアドモスと少し話をしてから、一時、家に帰還しよう、相棒もいいかな」
「「「はい」」」
「にゃ~」
「了解、魔人たちを倒した時に血文字でユイとメルにエヴァたちにも連絡をしたけど、まだミライは来ていないわよ。あ、日の出!」
旭日が俺たちに当たる。
正義の神シャファ神殿を祝福するような日当たり。
「ぁん……」
と、ファーミリアに陽が当たると少し色っぽい声を発しながら俺に寄り掛かってきた。
わざとだと思うが、「大丈夫か?」とファーミリアの耳元で聞くと、
「あぁ……」と子供たちには聞こえないが、色っぽい声を発しては、俺の右腕をギュッと体でホールドしてきた。
――おっぱいが良い!
ファーミリアの襟元と耳から<血魔力>と女のフェロモンが噴出。
「大丈夫ですわ♪」
「ちょっと、レベッカが居たら大変よ?」
「ふふ、はい♪」
ミスティの言葉にファーミリアは離れる。そのファーミリアが着ているドレスが陽を浴びて少し色合いを変えているが焦げるようなことはなかった。
しかし、お天道様だなぁ。暖かい太陽! 気持ちいい旭日。
まさに日本の象徴に相応しい旭日だ。
と、ファーミリアも旭日を見る。
横顔の皮膚から黄金色の魔力が反射するように湧いていた。陽の影響で、皮膚の細胞がミクロ単位で僅かに蒸発しているのだろうか。
と、蒼い眼の中に映り込む陽が血の炎に飲まれていく光景が展開されていた。
女帝のファーミリア・ラヴァレ・ヴァルマスク・ルグナドか……。
幾星霜と生き抜いた故の膨大な<血魔力>のスキル類は多種多様なんだろう。
そのファーミリアを見ながら、
「……ファーミリアは当然に、陽は苦にしないか」
「はい、<従者>の吸血鬼ならば弱点の<太陽炎身>を持ちますが、大概の高祖級は太陽を苦にしません。魔道具でも耐性は得られますが、そのような魔道具などに頼らずともダンピールと同じく<太陽耐性>などで生身のまま昼でも歩けますわ」
「へぇ」
「「「……」」」
「「なるほど……」」
「納得~」
愛の女神の大司教パージルさんとデリアン司祭は少し知っているような印象だ。
ミスティは聞いたことがあるか。
パージル大司教は、
「吸血鬼の女帝様の言葉ですから参考になります、しかし……」
「ふふ、私もよ……」
デリアン司祭が言うと、パージル大司教が頷く。
デリアン司祭は、白髪のポニーテールで、顔に皺が目立つお婆ちゃんだ。
そのデリアン司祭は、
「パージルも、私と同じ気持ちですね」
大司教パージルは結構若いと思うが……。
「はい……吸血神ルグナドの<筆頭従者長>の一人と私たちが会話を行っている……未だに信じられない思いです。そして、先ほども言いましたが、やはり、今日は奇跡の日……」
「ふふ、光と闇が混じり、新たなる夜明けとなった」
「はい」
俺たち以外の皆が頷いている。
ミスティはゼクスを少し大きくさせて目映い暁光を避けながら、
「シュウヤ、地下オークションが本当に開催されるなら数時間後にミライたちが武術街の自宅にくるかも知れないわね」
「あぁ」
「にゃ~」
黒猫はミスティの言葉に返事しているが神殿の中に入ったり出たりと、出入りを繰り返していた。今はエジプト座りとなって俺を見てくる。
正義の神シャファ様の神像を一緒に見たいんだろうか。
その黒猫に近付くと「ンン」と喉声を発して駆けて正義の神シャファ神殿の中にまた入っていた。
すると、背後からパージル大司教が、
「シュウヤ様、お待ちを」
「はい――」
振り返った。パージル大司教が笑顔を見せる。
「落ち着いたら、正式にアリア教を代表し、シュウヤ様の自宅に訪問いたしますわ。その際に色々と礼をさせてください」
頷いた。愛の女神アリア神殿も見学はしてみたい。
が、いつかだな。
「了解しました。武術街の自宅には、メイドたちも居ますので」
すると、神殿の中から赤ん坊の泣き声と子供たちの声に女性たちの声が連続して響いてきた。イヴァンカは、
「シュウヤ様、中には妊婦もいますので、では――」
と神殿の中に駆けていく。
すると、アーバーグードローブ・ブーさんが、
「シュウヤ、我は宗教街と周囲を空から見てくる」
「はい」
「では、また何処かで会おう――」
アーバーグードローブ・ブーさんは踵を返し、飛翔していく。
「シュウヤ様、わたしたちも周囲の施設を見てきます」
「はい」
「あ、魔人たちの死体などが転がってますから、気を付けてください」
「ふふ、こう見えても、まだまだ足は軽快に動きますし、働けますことよ」
お婆のデリアン司祭は、その場で何回も跳躍している。
元気で嬉しいが、正直休んでいてほしい。
だが、正義の神シャファの司祭様だ。皆を支える立場のイヴァンカと同じ立場、休んではいられないか。そのデリアン司祭に、
「神殿正面の通り道を守るゼメタスとアドモスなんですが、頭蓋骨系統の厳つい魔界騎士風の見た目なのです。見たら腰を抜かすかもですが、そんな見た目とは違い、かなり良い生命体ですから、驚かないでください。知的な会話もできますから」
「ふふ、ゼメタスとアドモスさんですね、ありがとう、気を付けますわ」
「分かりました!」
デリアン司祭とパージル大司教は、それぞれに礼の仕種を取る。
正義の神シャファ様式と愛の女神アリア様式か。
その二人は、お供を連れて階段を下りていく。
「――皆、少し正義の神シャファの神像を見てくる。先にゼメタスとアドモスがいる通りに戻っててくれ」
「了解、デリアン司祭とパージル大司教を少し見とく、ゼメタスとアドモスを見たら……ね、シュウヤの忠告を聞いていても、びびりまくるだろうし」
ミスティは喋りながら笑っていた。
俺も「はは」と笑ってから、
「あぁ、そうだな」
「承知しましたわ、通りを見てきます」
「はい、行きましょう」
シキたちは神殿の中を少し覗いてから、階段を下りていく。
「ンン、にゃぁあ~」
相棒はまた神殿から外に出てきたが、身を翻しては玄関口に戻ると、中に入らず、チラッと俺を見てきた。尻尾は傘の尾のように立てている。
ピンクな菊門ちゃんを見せている。
可愛い、と、「ンン――」と喉声を発した黒猫は、そのままイヴァンカが入った神殿の中にまた突入している。
俺も正義の神シャファ神殿の中に入った。
途端に、空気感が変化した。
視界の端に浮かぶヘルメとグイヴァが、
『閣下、正義の神のシャファ様の神々しい雰囲気を感じます』
『シャファ様は皆を守っていたのかも知れません』
『あぁ』
先をトコトコと歩いていた黒猫も察知したようだ。
一瞬、全身の毛が逆立つ。
すると、突然、誰かを威嚇するように斜め前に両前足を上げて、後ろ脚で小刻みに跳ねて移動する『やんのかステップ』を披露してくれた。
可愛いが、勢い余って壁に頭部をぶつけている。
誰に戯れたのか、子供の数人か。
と、
「わぁ~黒猫ちゃんだ!」
「わぁ!」
「可愛い~」
黒猫は「ンンンン、にゃぉ~」と誤魔化すように鳴いてはゴロニャンコをして、子供たちに体を撫でられまくっている。といきなり、「ンン」と喉音を響かせて、子供たちから逃げると、尻尾を立たせてトコトコと歩いて行く。
シャファ神殿の内装は変化がない。
すると、イヴァンカが、妊婦さんを支えながら此方に来る。
「イヴァンカ、手伝えることはあるか?」
「ふふ、大丈夫です」
「了解、少しシャファ神像を拝んでから武術街に戻るよ」
「はい!」
イヴァンカたちと別れて、太い柱と柱の間を通る。
相棒は見上げながらトコトコと歩く姿を見つつ、正義の神のシャファ神像に近付いた。
黒猫は神像の足下から見上げていた。
そこでは近すぎて見にくいと思うが……
シャファ神像は前と変わらない、仮面を被っている。
鎖帷子系の鎧に右手の神剣に左手はホプロンのような盾を持つ。
あの仮面は……もしかして……。
と、黒猫と共に正義の神シャファ神像に近付いた。
途端に、正義の神のシャファ神像から神気が溢れ出る。神像の仮面が光ると、光は正義の神シャファの幻影を生み出した。
黄金環は火炎で表現されている。
形はアーバーグードローブ・ブーさんと同じ。
頭部は釣り針状の白い金属で繊維のようなモサモサの髪も、すべてが金属に見える。
前よりも詳細に見えた。
両肩のポールショルダーは何重に撓んだ白い金属で、肩の中心には魔力が無限に格納されていそうな金色の球体もあるのは昔のまま。
……胴は甲殻系だが、脇と腰に太股は太いが長細い足は薄い折り紙が何枚も重なっているようなところもある。
腕と足は白い金属が細まったり重なっていたりと、螺旋状のまま伸びていて、クレーンを思わせる。
その正義の神シャファ様は、
『神印と隠天魔の聖秘録を持ち、正義を為し、正義の歌を奏でる【光ノ使徒】と成ったシュウヤよ……ゼレナード討伐で南マハハイムの民を救い、今はペルネーテの皆を救っている。実に感慨深い……魔界の穢れとの契約も色々と増えているようだが、それは隠天魔の聖秘録にもあることだ、我は気に食わぬが目を瞑ろう。そして、【義遊暗行師会】入りは我の褒美の一つと考えよ』
前と同じ神々しい分厚いエコー声だ。
「はい、正義の神シャファ様、義遊暗行剣槍と義遊暗行甲冑をアーバーグードローブ・ブーさんから頂きました。【義遊暗行師会】にも入りました」
「ンン、にゃあ~」
『うむ、褒美としてだが……スキルと戦闘職業の体現はまだのはず。まずは体現させよ。義遊暗行剣槍と義遊暗行甲冑を装備し、直にシュウヤの魔力を、その装備に送るのだ』
「はい!」
肩の竜頭装甲を意識して薄着に変更しつつ戦闘型デバイスから義遊暗行剣槍と義遊暗行甲冑を取り出し、魔力を送った。
すると、義遊暗行剣槍が浮かぶ。
義遊暗行甲冑が自然と体に装着された。
肩の竜頭装甲が取り込まずとも装備可能か。
ダモアヌンブリンガー装備と似ているかな。
刹那――。
正義の神シャファ様の幻影から光が出て、義遊暗行剣槍と義遊暗行甲に光が当たる。
※<義遊暗行師>の条件が満たされました※
※戦闘職業<暗行衛士>獲得※
※戦闘職業<義遊暗行士>獲得※
※戦闘職業クラスアップ※
<暗行衛士>と<義遊暗行士>が融合し<義遊暗行師>へとクラスアップ※
※ピコーン※<義遊暗行剣槍>※スキル獲得※
※<義遊暗行装具>※恒久スキル※獲得
※<義遊暗行・想念>※恒久スキル獲得※
「<義遊暗行剣槍>スキルと戦闘職業の<義遊暗行師>を得ました」
『うむ、体現できたか。次は、シュウヤが持つ蒼聖の魔剣タナトスと古の義遊暗行師ミルヴァの短剣に、聖魔術師の仮面を出すのだ』
そのアイテムを持っていると知っていたのか。
「はい」
聖魔術師ネヴィルの仮面――。
古の光闇武行師デファイアルの仮面――。
古の盗魔術師イカガルの仮面――。
古の風戦師フィーリーの仮面――。
『フハハ、やはりな。その義遊暗行甲冑を装備した状態ならば、蒼聖の魔剣タナトスと古の義遊暗行師ミルヴァの短剣と義遊暗行剣槍などの使用速度は倍加するだろう。独自の二剣術も編み出せるはずだ。更に蒼聖の魔剣タナトスと古の義遊暗行師ミルヴァの短剣を装備せずとも<導魔術>系統のように、自然とシュウヤの周囲に浮かび、シュウヤを守る動きを行うだろう。思念でも操作可能だ、また、聖魔術師の仮面を用いた変身技術も<義遊暗行師>に成長したことで、二十の仮面に似合う防護服、隠形技術、<隠身>、隠蔽、速度など様々に上昇するはずだ』
「おぉ」
『まだ褒美はあるぞ、我の神像に直に魔力を送るのだ』
「<血魔力>がありますが」
『構わぬ』
「分かりました――」
と<血魔力>を神像に送ると――。
正義の神シャファ神殿に雷鳴が響き渡ると神像の石の仮面が外れて目の前に飛来した。
石の仮面は小さくなった。
『二十面相の聖魔術師の仮面の一つ。それを授けよう』
「おお、やはり聖魔術師の仮面の一つでしたか――」
石の仮面を掴むと、石の素材が剥がれ落ちていく。
仮面は銀を帯びて金の金属の筋が幾つも入っている渋い。
『うむ、〝義遊剣槍師レドマルコの仮面〟だ』
「ハルホンク、〝義遊剣槍師レドマルコの仮面〟を嵌めるから衣装はナシで」
「ングゥゥィィ」
即座に〝義遊剣槍師レドマルコの仮面〟を嵌めながら魔力を込めた。
途端に、
ピコーン※<義遊ノ移身>※スキル獲得※
続きは明日。HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1~20」
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