千五百二十九話 路地裏の吸血鬼の再来
『閣下、魔命を司るメリアディ様は、光魔ルシヴァルを好意的に思っていたのですね』
『御使い様は、魔族も人族も最初は好意的に見ますからね』
『あぁ』
ヘルメとグィヴァの念話に返事をしつつ、まだ、ぼうっとしているルビアを見て、
「ルビア、大丈夫か?」
「はい……凄まじい出来事の連続です……」
「あぁ、セラと魔界と色々だ」
「……ふふ、随分と簡単に言いますが、シュウヤ様は……」
頷いた。あぁ、濃密すぎるか。
ルビアは俺の心の言葉を見ているように頷いて、
「……魔界王子テーバロンテを滅してデラバイン族たちを救い直ぐに【バーヴァイ平原】になだれ込んできた無数のモンスターを倒しつつ【ケーゼンベルスの魔樹海】に突入し、そこを支配していた魔界王子テーバロンテに抗い続けていた魔皇獣咆ケーゼンベルスと契約、使役しては、その巨大な魔皇獣咆ケーゼンベルスに乗り、【ケーゼンベルスの魔樹海】を駆けた。そのまま【ローグバント山脈】を登り、山頂から見下ろす場所に到達していた……そこから【ケーゼンベルスの魔樹海】と【バーヴァイ平原】を見下ろす絶景は凄かった……長細い山に見える魔樹の上部には霧のような薄雲が広がっていて、美しい絵画にも見えました。あのような世界を内包した世界が魔界セブドラなのだと……深い感動を覚えました。魑魅魍魎ばかりだと想像していましたが、かなり印象が異なりました」
頷いた。
「後、ナロミヴァスさんの復活も驚きましたが、あの変わりようは直に見てみたい。あ、バリィアン族のラムラントさんの三腕は不思議でした。魔皇メイジナ様も助かって良かった。あ、恐王ノクター様はあのような御方なのですね。部下は魑魅魍魎ばかりでしたが、恐王様はシュウヤ様とお話を楽しんでいるように見えました」
「あぁ」
「魔皇メイジナ様を旧神エフナドの秘奥黒寿宮殿で助けていましたし、レンさんの衣装も素敵でした。あ、最大の功績はセラに巣くっていた邪教【テーバロンテの償い】の根元を断ったことでしょう。テーバロンテの加護を失ったセラにいた魔界王子テーバロンテの眷族の魔人たちは、次々に狩られる立場になった。冒険者ギルドの依頼にも、それらしい依頼が増えていたのも納得です」
「それらしいとは【テーバロンテの償い】狩りが冒険者にも?」
「はい、強者の犯罪者連合が【テーバロンテの償い】。その施設は賭け場が多い。更に、賭け場の周囲には世界各地から集めた様々なアイテムが大量の金貨と共に蓄財されていることがあります」
「お宝がざくざくか」
「はい、他にも、生贄用の祭壇を備えた地下施設には人身売買と誘拐してきた無数の子供たちを閉じ込められている大きい檻などがあることも……」
「【悪夢の使徒】のようなイカレた宗教集団と変わらないか」
「はい」
「その助けた子供たちはどうなっただろう」
「ペルネーテでは、孤児院と寄宿学校に引き取られることもが多いです。一芸を持っていれば盗賊ギルド、闇ギルド、各商会に引き取られる。また、戦闘奴隷として奴隷商人が買う場合もあります。奴隷商人が落とした金で子供食堂が造られることもあります。ただ、聞くところによると、ペルネーテ以外は依頼内容によりますが、そのまま放置されることが多いようです。冒険者が助けた子供に金を渡し、引き取る場合もありますが、余裕がない冒険者の場合は見て見ぬ振りをする。その場合は貧民街に流れるケースが殆どですね」
「そっか、救出されても中々厳しい……」
「……拷問や使い捨ての性奴隷よりはマシです」
「……たしかに」
「それはそれで社会問題になりそうだ」
「はい、オセべリア王国の税金を使い、子供を匿う施設を作ったらどうだ? という意見の陳情書が、貴族たちに送られるようになったと聞きます。都市を支配する貴族様たちも大変だとは思いますが、わたしは施設を公金で造るのは賛成です」
「俺も基本は賛成だな。が、先生を含めた運営が問題になってくるはずだ。箱物を作っても、それを取り仕切る人材が優秀でないと終わる。例えば、公金をちゅーちゅー吸う、慈善団体を装うクソな法人が、その施設を運営すれば……瞬時に、オセべリア王国が主催する人身売買の斡旋業者の出来上がりだ」
「……なるほど、国が行う奴隷売買に成りかねないと……」
「あぁ、【テーバロンテの償い】を潰しても、新たな問題が生まれるか」
「ふふ、些細な問題です。シュウヤ様が魔界王子テーバロンテを倒したことで、セラと魔界では、幸せな子供たちが増えた。それがなにより重要です……」
ルビアは噛みしめるように語る。
「あぁ、そうだな」
「はい」
「では、外に行こう、リャインたちを見かけたら相手の命は保証しないが、いいかな」
と聞くと、歩きを止めたルビアは頷き、魔命を司るメリアディの魔力と思われる黒いオーラを背中から発した。
「……はい。あの、わたしも【天凛の月】に入らせていただけませんか」
リャインへの恨みは深いのか。
「……あぁ、イノセントアームズにも入ってもらうかな」
「はい!」
「そして、ザガとボンにも【天凛の月】とイノセントアームズ入りを頼む、勿論、鍛冶屋をお願いする」
「おう、俺も冒険者と闇ギルド員か、面白そうだが、客はまだペルネーテに居る。その客に仕上げた品を渡し次第だな」
「おう」
「何れ塔烈中立都市セナアプアの魔塔ゲルハットと地下にある試作型魔白滅皇高炉を見させてもらおう、ミスティのゼクスの進化具合も気になる」
ザガならそう言うだろうと思っていた。
そして、キッシュのことを思い出しながら、
「おう、自由だ、キッシュが居るサイデイルも観光したらいい、転移陣も使えるから南マハハイム地方は瞬時に移動しほうだいだ」
ザガは柏手を打つ。
「キッシュか! ははは!」
「エンチャ、エンチャント!」
「ふふ!」
ザガとボンはヘカトレイルでキッシュと付き合いがあったからな。
思えば、ザガとボンの店を紹介してくれたのは、キッシュだ。
そのキッシュは故郷を取り戻して、サイデイルの女王になっている。
「おぉ……そうだな、クナとルシェルは、樹界のサイデイルとセナアプアの魔塔ゲルハットに転移陣ルームを造り上げていた! 極星大魔石を、台座の頂点の燃えている受け口に嵌めた時の記憶は、あれは凄かったぞ!」
「エンチャ! エンチャッ、エンチャントォ、エンチャッ~」
とザガとボンが興奮していく。
極星大魔石もかなり珍しいだろうし、クナとルシェルの転移陣も珍しいか。
極星大魔石は【ケーゼンベルスの魔樹海】で採取できる極大魔石よりも貴重だ。
「転移陣は、南マハハイム地方の各地域のセーフハウスにもあるんですよね、八支流の名もなき町にも、ノイルの森近くにもある」
「そうだな、クナとルシェルは一時期、転移陣の調整に忙しかった」
「エンチャ? エンチャント!」
「あぁ、だが……」
「エンチャッ、エンチャッ、エンチャントゥ!」
「ふむ……」
最後のトゥが面白い。指先を揃えた一発ギャグか!
ザガ&ボンは兄弟語り合いながら、ルビアとレガランターラを連れて、店の外に出た。
ルビアとザガと喋るのを止めたボンはレガランターラの半透明な衣を凝視しつつ近付く。
レガランターラは足早に俺の前に出てから振り返り、「?」と疑問げに頭部を傾けていた。
ルビアは「あ、レガランターラさんの、これの衣装は半透明で不思議だな、と」
ボンは「エンチャ、エンチャントッ!」
と、レガランターラに聞いていた。
レガランターラは、
「ふふ、薄いですが防御力は高い。これは<龍護式衣>です。魔法防御と物理防御があります」
「わぁ~」
「エンチャント~」
その間に両手首の<鎖の因子>から<鎖>を出した。
<鎖>で空飛ぶ台座を造る――。
左右の通りを見ていたヴィーネとミレイヴァルが寄ってきた。
「――ご主人様、そこの路地の陰に数人、妖しい反応があります。闘技場と歓楽街がある方角から爆発音が響いてきました」
「はい、路地に突入しますか?」
「了解した。路地の反応には後で対処しよう」
「「はい」」
ヴィーネは再浮上し、翡翠の蛇弓に光線の矢を出現させていた。
いつでも攻撃は可能なポジションだ。
ヴィーネの飛行スタイルを見ながら<導想魔手>と<鬼想魔手>を出現させる。
「わっ、不思議な魔力の手が<導想魔手>! <導魔術>の巧みさが分かります。そして、怪物の大きい手が<鬼想魔手>ですね、<奇想鬼腕書ピューリケル>が進化した怪物の手は不気味ですが、<導想魔手>と同じくかなり多種多様に使える。そして、魔界セブドラで箱のお化けだった吸霊胃無アングストラを倒した際に、シュウヤ様が獲得なされた」
「エンチャッ、エンチャッ、エンチャントォ!」
ルビアとボンが<導想魔手>と<鬼想魔手>を見て大興奮。
俺の記憶と実際に見るので異なるのは皆と同じか。
ザガは「ふむ」と驚かず、見たことがあるような表情を浮かべてから振り返り、自分の工房と家を見ていた。
「ザガ、家はこのままでいいのか?」
「ん、あぁ、権利書と大事な家具とアイテムはすべてアイテムボックスに入れた。タンダール式机なども〝収納壁箱バブラス〟に納めて〝魔念の次元箱〟にも仕舞ったから大丈夫だ。魔法の鍛冶ハンマーも属性別のセットとして仕舞ってある」
「了解」
属性別のハンマーか。
なるほどな、炎や雷のハンマーで鋼を鍛えることで、属性の耐久性や、属性を持つ武器も造れるということか。
「……では、他にも行きたい場所があるから武術街の自宅に向かうとしよう。それと、俺の記憶を見たから分かっていると思うが、庭には様々な勢力が居るから驚くと思う」
「記憶で見たから大丈夫だ。しかし、ファーミリアは、プラチナブロンドの髪に蒼い瞳、とてつもなく美人なのだな」
「あぁ、かなりの美人さんだ」
「うむ、その女帝と、ヴァルマスク家の連中を……この目で見られるのは非常に楽しみだ」
吸血鬼たちは普通は表に出ないからな。
「はい、楽しみです! 聖鎖騎士団の方々は何回見ましたが、吸血鬼は見たことがない」
ルビアも冒険者依頼に吸血鬼狩りがたまに出る場合があると思うが、まだないようだ。
「エンチャントォ!」
ボンの気合い声と拳を突き上げたポーズが面白い。
<導想魔手>と<鬼想魔手>を見ながら皆に、
「では、<導想魔手>か、<鬼想魔手>か鎖の台座に乗ってくれ」
「おうよ!」
「エンチャントォ――」
「はいっ」
ボンが<導想魔手>の上に乗った。
<鬼想魔手>の上にはザガとミレイヴァルが乗る。
<鎖>の台座の上にルビアが乗る。
ヴィーネは操作していた金属鳥を操作しながら浮遊している。
「ヴィーネ、路地の反応のところに空から向かう――」
「はい」
<闇透纏視>で直ぐに理解した。
大通りの通り沿いの右の路地だ――。
その路地を覗けるように手前の屋根に着地し、屋根の軒先に近付く。
下の路地を見ると路地の端に、十数人前後の野郎と女たちがいた。
大通りのザガ&ボンとルビアの店前の通りを見るように、大通りに出ては、直ぐに路地に戻っていた。
何か笑っている。何がオカシイのか分からないが。洗脳でも受けているんか?
クラン【蒼い風】が絡んでいると思うが、邪教の野郎たちも絡んでいるかもな。
こんな朝方から、都市で魔人たちが暴れている最中だと言うに……。
その野郎と女たちの背後にはローブの頭巾で頭部を隠している者がいる。
ルビアを見やすいように<鎖>の台座を動かした。
「ルビア、ストーカーのクソ野郎たちは、下の連中か?」
「はい、あの連中です、先頭の男と女は、見覚えがあります!」
「では、ザガとボンとルビア、俺の記憶を見ているなら分かっていると思うが」
「……あぁ、分かっている」
「エンチャ……」
「はい……」
「ヴィーネとミレイヴァルとレガランターラ、最初は俺が出る。通りの前後を頼む」
「はい、では先に――」
ヴィーネが飛行術で滑空するように大通りに着地した。
ミレイヴァルとレガランターラが路地の奥に着地。
「皆、俺たちも降下し、下のクソ野郎たちと挨拶しようか」
「おう!」
「はい……」
「エンチャント!」
と<導想魔手>と<鬼想魔手>と<鎖>の台座に三人と目を合わせてから頷く。
直ぐに降下した。
ローブの頭巾を被る者の背後に着地。
「――なんだ?」
と顔が見えた。
やはり、リャインだ。
わざと犬歯を伸ばしながら、
「あぁ、路地裏の吸血鬼だ」
続きは明日。
HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1~20」発売中。
コミックス1巻~3巻発売中。




