千五百二十八話 魔命を司るメリアディ
魔命を司るメリアディ様の言葉は、俺の心に響くがルビアは起きない。
皆にも聞こえていないようだ。
ザガは、
「ルビアも気を失ったか。ボンは平気だったな」
「エンチャ、エンチャント!」
ボンは元気な声を発して、俺の横にきた。
双眸に魔力を溜めて、両手の甲の紋章を少し輝かせている。
不思議な眼で寝ているルビアを見ていた。
『その気概に気に入った』
『魔命を司るメリアディ様が接触してくるとは驚きました』
『ふふ、妾の遠い血筋を得ている魔人系ハーフエルフのルビアに〝知記憶の王樹の器〟の液体を飲ませたのだからな、妾の接触も想定済みなのだろう?』
『接触は考えていませんでした、ただ、ルビアは光属性と闇属性を苦にしていないことから、光魔ルシヴァルの眷族に向いているかな? とした考えと、もし、魔命を司るメリアディ様が俺を知っても、俺と敵対する意思はないことを示すことにも通じると、その思いは僅かにありました』
『うむ、常に真心が入っていると分かる。知記憶の王樹キュルハたちが其方を気に入った理由か』
『様々な神々と通じています』
『うむ』
『そして、ルビアを光魔ルシヴァルの眷族に向かえても大丈夫でしょうか』
『構わない。もう少し、数百年ぐらいの熟成がほしいところではあったが、いいだろう。光と槍の槍使い……<空の篝火>を持つ光魔ルシヴァルの宗主シュウヤ……其方の気概と紅光を有した<血魔力>は、ルビアと通して、しかと……我の魂に届いたのだからな……うふふふ』
と、語尾の笑い方が少し迫力があった。
美人の魔神の一柱の魂に届いたことは嬉しいかもしれないが、信奉者のアドゥムブラリに張り倒されるか?
そのことではなく、まだ起きない眠ったままのルビアを見ながら魔界セブドラに居るだろう魔命を司るメリアディに向け、
『……〝知記憶の王樹の器〟で、俺の記憶はすべて見たのですね』
『今さら恥ずかしがるな……うふふ。シュウヤの記憶を見たせいか……既に妾は、妾の魔界騎士を得た気分なのだが……他の魔神たちの手前、それは言わないでおこう。そして、ルビアと妾に齎した恩恵は、これから返すつもりと心得よ』
俺の記憶と<血魔力>はルビアだけでなく魔命を司るメリアディ様にも恩恵があるのか。
『……はい、では、ルビアを光魔ルシヴァルに迎え入れても、拒否しないのですね』
と念話を伝えた。
『無論だ。妾が拒んだとて、ルビア本人が光魔ルシヴァルの眷属に成ることを望むのならば、妾は何もできないのだからな』
『……魔界の一柱、力のある魔命を司るメリアディ様でも?』
『そうだ、隷属では意味がない。潜在意識の誘導にも限りがある。そして、ルビアを妾が相当に可愛がっている故に、妾が、ルビアの光魔ルシヴァルの眷族入りを拒否すると考えたか』
『はい』
『ふふ、<空の篝火>を持つ光魔ルシヴァルのシュウヤよ、気にせずとも大丈夫だ。ルビアが光魔ルシヴァルとなろうとも妾とルビアの絆は失われることはない、未来永劫な』
良かった。それほどの絆か。
狭間を越えて幻影を発生させるほどの恩寵だから、相当なレアだと思うが……。
『魔命を司るメリアディ様は、ルビアに恩寵や加護を与えている。それでもルビアを縛らず、本人の自由意志を大事にしているのですね』
『縛りか……妾とルビアの間には、<神子>or<神の子>としての縁と絆がある。その縁、絆が縛りに当たるのならば、それは縛りと言えよう。無論、光神ルロディスへの信仰は知っているぞ?』
『メリアディ様は、ルビアが光神ルロディス様を信奉しているのを許していると』
『ハッ、妾は魔命を司るメリアディぞ、許すわけがない。が、許しているとも言えるか……妾の性質、魔命を司る……その撞着も一つの答えか……』
撞着も一つの答えか……。
魔命を司る……。
命を大事にする魔神の女神様。
矛盾故の葛藤かな。
そのルビアの葛藤する心や様々な感情とそれに呼応する精神と魔力が、魔神の贄になるということか。そう考えてから、
『……複雑そうですね、光神ルロディス様への信仰は、ルビアを光に導いていると思いますが』
『本人が光神ルロディスを信じているのだ、仕方あるまい』
『はい、しかし……』
『ふむ、それ故に光神ルロディスの強光は妾を苦しめることがある。光魔ルシヴァルの<血魔力>に内包している濃厚な光は苦手だが、濃厚な闇もある。それゆえ平気であったが、光神ルロディスの光は……中々な』
魔命を司るメリアディ様も苦しむか……。
『……光神ルロディス様の光神は癒やしに通じると思いますが、それでも苦しむことに?』
『うむ、癒やしという点だけならば、生命の神アロトシュや光神ルロディスなど神界の神々とは相性が良いだろう。が、光神ルロディスの直の強光は、中々に耐えられるものではないのだ。そして、妾が苦しめば同時にルビアも苦しむ……苦しむが、その苦しみも妾の糧となり、またルビアの糧となるのだ……すべては螺旋する縁の糸で繋がっている』
一心同体に聞こえるが……。
『……重ねますが、ルビアの葛藤も苦悩も喜びも、魔命を司るメリアディ様の贄、餌になるのですね』
『その通り……狭間の隔たりも、妾たちには、色々と好都合なことがある……』
『色々と好都合……』
『……狭間を通した眷族は、本人の様々な心の葛藤から産まれる想念と想望こそが大事となる。それら想いと心が魔力に変換されて妾たちの大きい贄になるのだ』
『なるほど』
『うむ、同時に狭間を越えられる魂の楔と楔の絆<神子>、神の子は、絶対だということだ』
<神子>で、神の子か。
『<神子>とは、狭間の隔たりがあるから成立している?』
『うふふ……魔界でも成立はするが、多くの魔界の神々たちはセラの人型と人型の魂を見初めて<神子>に選んでいるな』
本人の様々な心の葛藤から産まれる想念と想望こそが大事に通じるか。
指輪の闇の獄骨騎とゼメタスとアドモスの楔のことを考えながら、
『……魔界とセラを隔てている狭間を越えての、楔、その楔の絆とは、魔道具でも起こりますが、<神子>と似ている?』
『シュウヤの闇の獄骨騎は、魔道具でも通じるが、〝魔具〟のことだな』
『はい』
『うむ、ゼメタスとアドモスとの楔は、<神子>と同じではないが、近い。相性次第で化けるのが魔具だ、闇神リヴォグラフは、部下たちに乱発しているが、部下がそれなりの心を持っていなければ魔具は成長しない。またそれも相性故のランダム性か……』
魔迷宮サビード・ケンツィルは、ゾルとの取り引きで魔具を馬鹿にしていたが、サビードは、それなりの心しか持っていなかったということか。
ルビアのことを、
『……<神子>のルビアは、メリアディ様の大切な存在だと思いますが……』
『うむ、大切だ。大切だからこそ託せる』
『託すか……〝知記憶の王樹の器〟の液体を飲んだことで、適応性はあると理解していますが、光魔ルシヴァルになることで、ルビアの特異性が失われてしまう。とかは、ありませんか?』
『ふっ、安心しろ、妾は闇神リヴォグラフではないのだ。ルビアが光魔ルシヴァルの眷族となっても、妾との縁は消えない。《大癒》など、恩寵の<魔命ノ三眼癒>はルビアに多数残ったまま、またそれ以上に進化をルビアに齎せよう、恩恵ばかりだ』
『そうでしたか、安心しました』
『うむ、それにシュウヤは、妾のアムシャビス族の末裔を光魔ルシヴァルとして復活させてくれたではないか』
『あ、そうでした、アドゥムブラリのことですね』
『そうだ、妾を信奉する一派の中心だった。嘗ては魔大竜ザイムと契約し、無限地獄の山々の一つ、地獄火山デス・ロウの一帯を支配していたアムシャビス族、その魔侯爵一家の長男』
『長男……アドゥムブラリにも家族が居たとは聞いています』
『ふむ、父、グルドゥニクスも中々の魔侯爵であった。母は、門閥貴族のレサンビスト。その子がアドゥムブラリである。アムシャビスの紅光は、紅い流星と呼ばれていた。復活には、感謝しているぞ』
『はい』
『では、そろそろだ。ルビアを眷族にしたら、また顕れよう、妾ばかり得する話で恐縮だが、其方に頼み事もある……ではの』
とルビアは、目を開けた。
直ぐに瞬きを繰り返して、「シュウヤ様……」と頬を真っ赤に染めている。
背を支えながら起きてもらった。
続きは明日。
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