千五百十二話 暗殺者集団とファルス殿下にホフマンとの約束
◇◆◇◆
シュウヤたちとナロミヴァスたちがそれぞれの活動をしている夜。
第二王子ファルス邸の一室にも、シュウヤたちと関わりの深い者たちが集結していた。
それは傷を負った大騎士ガルキエフ。第二王子の護衛大騎士レムロナと、その妹のフランだ。
その三人と第二王子ファルスは、今後の方針について会談を行っていた。
「サーザリオン領はなんとか保てている状況か」
「はい、紅馬騎士団が立て篭もっている第四支城を守らなければ、一気にルルザックとペルネーテにまで帝国が軍が攻めてくるでしょう」
「一時の和平の動きがご破算になるとは」
「……和平の邪魔をする内外の諸勢力……」
「国を跨ぐ勢力が無数だ、中小貴族の詰め腹の件が拙かったかも知れない」
「……【王の手ゲィンバッハ】の組織が敵に?」
「ですが、中央貴族の切り崩しは、第二王子派に取って必要でした」
「……シャルドネも関わる件、王太子に成るには必要です」
「宮廷魔術師サーエンマグラムも梨のつぶてだったのは、そういう理由からでしょうな」
「はい、戦争を望む勢力は多い……そして、戦争で必要になる物資は膨大な権益。それを運搬することも権益ですから、何かしら軋轢は生まれる物」
「ふむ……」
と会話を行うファルスたち、戦争を勧める側も戦争を終わらせようとする側もどちらにもメリットデメリットが付いて回ることを語り合っていく。すると、不自然に部屋の扉が開く。
そこの廊下には、誰もない。
「廊下にいた護衛兵の魔素が消えていく。護衛が倒されている?」
刹那、窓硝子が割れると共に魔法の矢がファルスに直進していた。
「「閣下――」」
その魔法の矢をレムロナとフランの長剣が防ぐ。
キィィィンとした甲高い音が響く中、逸早く大騎士ガルキエフが動く。
青龍戟を持ち割れた窓硝子から飛び出て射手を追った。
フランは部屋の出入り口に向かい、
「私は部屋の出入り口を見ておくから――」
と廊下の右を見ようとした刹那、剣刃が見えた。
直ぐに退いたフラン。
「もう護衛兵たちが倒されたのか。しかし、王族の部屋に侵入してくるとは……【天凛の月】と【白鯨の血長耳】は何をしている。あ、今日は、というか明日は地下オークションか……」
「……中立に皆準備で忙しい。では、この襲撃者は、八頭輝と呼ばれている闇ギルド共ではない、雇われ暗殺者か」
ファルスの発言に、レムロナとフランは頷いた。
◇◆◇◆
「ンン、にゃお~」
黒豹が近くに来た二人に挨拶するように頭部を寄せた。
二人の聖鎖騎士団の身なりは首鎧と胸甲が付いた聖職者用の衣装で隣に居る聖鎖騎士団団長ハミヤが身に着けている聖鎧一式とは異なる衣装だ。
聖職者の二人は少し後退して、黒豹に頭を下げて、血濡れたメイスの血を払ってから腰に付けると、その黒豹を見て微笑んでから、
「――神獣ロロ様、先ほどは助けて頂いてありがとうございます」
「神獣様、先ほどはありがとうございました」
と礼をしていた。
「にゃ」
黒豹さんはドヤ顔を示す。ユイとキサラを見ると、キサラが、
「はい、ロロ様は、ご主人様とステッキを扱う凄腕の魔人の戦いを時折見ながらもホフマンを警戒するように、その体と<血魔力>の得物を触手で何回も叩いては、パーミロ司祭様とキンライ助祭を助けていました」
と教えてくれた。
ホフマンたちは無言のまま、俺に会釈を行う。
「そっか、黒豹ご苦労さん」
「ンン、にゃ~」
黒豹の瞳は真ん丸い。
夜だから瞳は散大中。戦いの最中ってこともあるか。
ネコ科は、得物を逃がさないために瞳孔を散大させる。
腹を地面に付け体勢を低くしながら両後脚とお腹を左右に揺らして、得物に飛び掛かるタイミングを狙う。その黒豹は鼻をくんくんと動かし「ンン」と喉音を鳴らすと振り返って路地の先にトコトコと移動していた。
と、体勢を低くし、両前足を交互にピンクパンサーの曲に合うようにおそるおそる前に出してのそりのそりと歩く。本当に曲調に合わせたように急に腹を地面に付けた。
更に「カカカッ」とクラッキング音も鳴らし、両後脚をふりふりと可愛く動かす。
前方の<無影歩>や<隠身>などのスキルを使って暗闇乗じて隠れている奴が居る?
まだ【闇の教団ハデス】と【セブドラ信仰】の魔人が居るということか。
相棒の見ている先に隠れている奴が居なくても、その方角に敵の魔人が居る可能性は高い。
黒豹は嗅覚も並ではない。
此方に向かっている敵の匂いを察知したのかも知れない。
掌握察だと、魔素が複数あるから敵か味方の判別は難しいから相棒の嗅覚は頼りになる。
ユイも前に出て、相棒を追う。
「ロロちゃん、まだ敵がいるの?」
「ンン、にゃ、にゃおぉ、にゃ~、カカカッ」
黒豹は何を言っているのか分からない。
が少し興奮状態で、通りの暗がりを見ながらユイに返事をしていた、
ユイは「うん、ロロちゃんは何かを感じているのね、分かった」と言っては神鬼・霊風を片手に持ちつつ前方を少し歩いて皆を守る位置に付いた。
通りの敵よりも相棒のリアクションが面白いが、ユイに、
「魔人キュベラスの位置だが……」
「左の建設現場を越えた先で、ここからだと少し遠い、戦いなら転移を用いて居るのかも」
「もうかなり離れたか」
「うん。キュベラスたちと戦っているだろう魔族殲滅機関の三人も、その近く」
「了解した。レングラットとチャンヴァルとケキミラだったか、さすがの一桁だな。強い」
「先ほどのシュウヤと戦ったステッキ持ちと衝突した場合は、さすがの魔族殲滅機関の一桁でも、命の保証はないと思うけど」
それほどの相手が先ほどのバフラ・マフディ。
「そうかもな。ステッキ持ちはバフラ・マフディって名で【闇の教団ハデス】の幹部だった」
「「「おぉ」」」
「あの漆黒の槍使いバフラ・マフディを倒されたのか!」
「有名なのか?」
「うん、闇のバフラなら聞いたことがあった」
ユイの発言に、コレクターのシキも、
「交渉の場に居た【闇の教団ハデス】の幹部。更に、もう一人の炎極ベルハラディにもしてやられました……私たちを執拗に追い掛けてきた炎の魔法を得意としている強敵です」
「そのベルハラディも、追跡可能なスキル持ちなら、ここに来るか?」
「はい、シュウヤさんたちに合流したことで様子を見ているのかも知れませんが……」
シキは遠くを見やる。
シキの背後に居る部下たちも周囲を見ていたが、シキから離れることはしなかった。
植物のジュヌさんは元気で豊かな乳房を活かすような姿勢で立っている。
顔も可愛いから仲良くしたいが、今は止めておこう。
ザ・骸骨の大魔術師にも見える骸骨の魔術師ハゼスは黙ってお辞儀をしてきた。
霧状で人型を保っている方は俺に向け会釈。
俺も頭を下げた。どう考えても強い存在だろう。
吸血鬼の方も気になる。
ゴルディーバ族のアロマも無事。
が、前に見た血濡れたシックルを持つ体に模様が刻まれている頭が禿げた幹部は居ない。
しかし、先ほどの魔人たちも強さといいコレクターも専用馬車で逃げ回っていたようだし、結構な戦力だな。
キサラはユイの反対側を見るように周囲を見渡す。
左の建設現場だったところは戦いの影響で整地が必要なほど破壊されている。
そこで、両手の武器を消してから聖職者の二人を見た。
聖鎖騎士団の重騎士や射手の軽装タイプとは異なる。
二人を見ながら兜の砂漠烏ノ型を解除――。
瞬く間に闇と光の運び手装備の砂漠烏ノ型の兜から蓬莱飾り風のサークレットと額当てへと変化した。聖職者の二人は目を見張る。
「「……」」
驚くのも無理はない。
が、俺は肩の竜頭装甲と戦闘型デバイスのお陰で様々に衣装を変更できるし、ヘルメとグィヴァも居る。
常闇の水精霊ヘルメと闇雷精霊グィヴァを見た場合、聖鎖騎士団の方々同様にどよめくに違いない。
そして、<血鎖の饗宴>の血鎖重装鎧を身につけたら……。
驚くだろうな。
メイスを振りかざして襲いかかってくるかもだ。
夏服versionの血鎖なら大丈夫と思うが。
聖職者の身なりの二人は、
「私の名はパーミロ、聖鎖騎士団の従軍司祭で司祭です。キンライと共に団員たちを魔族たちから助けて頂いてありがとうございます」
「はい、ありがとうございます。私はキンライ助祭です」
とまた頭を下げてくる。パーミロ司祭は従軍司祭で男性か。
帽子のような平たいヘルメットを被っている。
眉毛が薄い、グレイ型宇宙人を思わせる大きい双眸の虹彩は黒が多くてかなり不気味。
鼻は高く唇は太い、唇の右端には傷もあった。
見事なケツアゴと太い首筋の持ち主。
肩幅は広く重厚な胸板だ。
衣装の胸筋の分厚さがある隙間からチェインメイルを覗かせている。あの胸筋だけで衣装のボタンと、チェインメイルの金具がはち切れん勢いに見えた。
キンライ助祭はパーミロ司祭に比べたら小さい。
女性と分かる。
短い金髪に眉毛は細い、蒼い瞳。鼻と唇は小さい。
その司祭と助祭と背後の聖鎖騎士団を見て、
「はい、助けられて良かった。俺の名はシュウヤ、【天凛の月】の盟主です」
「――はい、シュウヤ様に深い感謝を――」
「聖者に感謝を――」
と二人は片膝の頭で地面を突く。
「頭をあげてください。まだ戦いは続いている」
と近付いて手を差し伸べた。
「あ……しかし、その胸の光は〝黄金聖王印の筒〟の印が反応した証拠、本物の聖者様がシュウヤ様です――」
「聖者様――」
「聖者と敬うのは分かりますが、一先ず立ちましょう」
「「はい」」
二人は頭を上げた。すると、聖職者の二人の背後から、
「あの方が聖者様!」
「先ほどの〝聖者降臨現象〟は本当だった!」
「あぁ、確実に! 夜だったのに昼間に変化したからな!」
「そして、俺たちの光、希望の光の〝黄金聖王印の筒〟の聖者降臨の現象だ! 光神ルロディス様に感謝を!」
「「「聖者様だ!!」」」
「「おぉ」」
「聖女様に続いての大偉業を我らは聖鎖騎士団は達成した!!!」
「聖者様に助けられた!」
「「「おおう!」」」
と、胸から光が出ている聖鎖騎士団の方々が叫びながら集まってくる。
ハミヤと聖職者の背後に列を成し並ぶ。
先頭のリーダー格の重騎士が手を上げると、ざわついていた聖鎖騎士団が足並みを揃えて各自の得物、主にハルバードを上げて下げてのジャッ、ジャッと軍隊式の挨拶を行った。数が結構居るから結構な迫力で渋い。
数にして先ほどの坂に居た数よりは少ないが数百名は居るかな。
その聖鎖騎士団の重騎士たちの胸甲に刻まれている〝鎖に連なる十字の印〟から出ている〝黄金聖王印の筒〟の効果で発生した黄金の道で、黄金の光は、俺が今装備中の闇と光の運び手の胸甲を通り抜けて<光の授印>と繋がっている。
聖鎖騎士団の〝鎖に連なる十字の印〟と、俺の<光の授印>と似ているのは偶然ではないだろうな。
<鎖の因子>と<光の授印>は相性が良いのも光神ルロディス様との相性の良さを顕しているのだろうか。
すると、聖鎖騎士団団長のハミヤが、
「皆、もう分かっていると思うが、コレクター側の魔人にシキと吸血鬼たち、ヴァルマスク家たちは、聖者様のシュウヤ様のお仲間である」
「「「はい」」」
「ヴァルマスク家に助けられたことは不思議だが、納得している」
「あぁ、オカシクなったと自問自答したが、聖者様のご降臨がすべてを顕している」
「「はい」」
「〝黄金聖王印の筒〟は絶対だ」
「――聖王様、復活!」
「「「聖王、聖王! 聖者様!」」」
と聖鎖騎士団が盛り上がる。
ヴァルマスク家のホフマンは、つまらなそうに睨み付けていた。
そんなホフマンに向け、先ほどからダモアヌンの魔槍を向けているキサラ。ホフマンの<従者長>か不明なアラギヌスはホフマンではなく俺をジッと見ている。
アラギヌスは特殊そうな魔弓を扱う。
そのアラギヌスは目が泳いでから頬を朱に染めていた。
<夜王の瞳>が効いたか。
アラギヌスは直ぐに片膝の頭を地面に付けて頭を下げてきた。
相棒が遠くを見やったまま硬直しているから気になるな。
ネコ科特有の、超音波や周波数を察知して、幽霊が居るとかあるか?
一応血文字で、ヴィーネたちに、
『コレクターたちと合流し、追跡してきた【闇の教団ハデス】と【セブドラ信仰】の魔人を倒した。そして、聖鎖騎士団のパーミロ司祭様とキンライ助祭と重騎士たちを助けられたが、魔族殲滅機関は個別に戦ってまだ合流を果たしていない』
『分かりました。こちらの坂と坂の下の通りに聖鎖騎士団たちがぞくぞくと集結中です』
『『はい』』
『了解!』
『ん、分かった』
『やったわね、ファーミリアたちに今伝えるから』
レベッカの血文字に頷いて血文字を、
『了解、よろしく頼む、一端合流しよう』
と皆に送った。
『『『了解』』』
『『『はい』』』
ホフマンは、
「そ、その血文字による文字を眷属たちと行えるのですな……」
「……おう。ホフマン。それより、お前、キサラからスキルを盗んだだろう。それをキサラに返すつもりはあるのか」
ホフマンは涼しげな表情を浮かべて、
「……はい、当然です、救世主……」
「……本当ですか!」
キサラがホフマンに詰め寄る。
『……器、ホフマンとは直に戦ったことはないが……信じるのか?』
『器様、前にホフマンは交渉を試みてきましたが、キサラのスキル強奪をしたように器様のスキル強奪を狙っている野心家の可能性もあります』
『……はい、ファーミリアから離れている状況ですから、何をしてくるか危険ですよ』
『危険は危険だが……今は――』
と、闇と光の運び手装備の胸元を叩いてから、
『俺を信じてもらおうか、キサラのスキルを取り戻せば、キサラは飛躍的に強くなる』
『ふむ、それは……そうだが……器は、やることがでかすぎる!』
『はい、でも、キサラは喜んでいます』
『うむ、それは喜ばしい。本当にスキルを返し、妾たちの味方になるのなら、相当な戦力補強となる……』
沙は納得したか。
貂も、
『はい、嘗ての四天魔女だったスキルが戻れば、まさに、闇と光の運び手の救世主が成せる偉業となります』
『『たしかに』』
『はい』
『……しかし、器を救世主……ホフマンは、先ほどマイロードと叫んでいたが、<筆頭従者>のホフマンは、ファーミリアが主だと思うが……かなり器に傾倒しているようだ……ビュシエが前に語っていたが、血の支配の脱却を既に果たしている?』
『その可能性はあります、無数にスキルを奪取して己を強化しているのなら……』
『はい』
沙・羅・貂たちが語る。
ホフマンシュミハザーの語りだと、ホフマンは、相当昔の転生者で……数千年前から生きている。
シュミハザーは、
『その通り……ベナンダンティの祭儀の最中に黄金の象徴である偉大な血筋を持った一族から大網膜をもって生まれた。さらに、若くして神学大全をマスターしたと聞く』
『……槍使いシュウヤ。主様が『調べて交渉しろ』と指示を出した特別な相手だ。だから教えてやろう。主様は、YHVHの支配領域アラキュルから異界へと降臨した偉大なる最後のアセンデッド・マスターズであらせられる。そして、我に〝内なる眼〟を下さり、最後の審判を進み、黙示録の四騎士を筆頭とした二百五十の悪魔を従えているのだ!』
と語っていた。
そのホフマンは、
「私も成長しているお陰で返せます。<血魔力>、大量の血が必要ですが……あ、周りがありますし、地下オークションが終わり次第ということではどうでしょう」
「俺は構わない」
「はい!」
「分かりました。キサラ様、必ずスキルはお返しいたします。そして、過去のことを正式に謝罪致します……」
キサラはダモアヌンの魔槍を持つ片手を震わせると、片方の蒼い瞳から涙を流す。
「……はい、謝罪を受け入れます」
と発言したキサラに闇と光の運び手装備を解除し、魔竜王の素材の軽装に変化させて体を寄せた。
キサラは無言で俺を抱きしめてきた。
そのキサラの背を優しく叩いて小声で「やったな」と告げると、
「ふふ、はい」
と返事をして離れた。
ホフマンは、
「その際ですが、わたしの覚えている限りの……永遠の真理の目標と<ヴァルプルギスの夜>と<堕天・イステの歌>に<シュミハザーの棺桶巨人>のシュミハザーの贈り物などについても、シュウヤ様に説明したく考えております」
シュミハザーの贈り物か……。
アドゥムブラリに邪霊槍イグルードに闇鯨ロターゼと四天魔女キサラと<神剣・三叉法具サラテン>もか。
「了解した」
キサラを見る。
キサラは微笑んでから頷いて、
「分かりました」
そこでシキを見て、
「キーラとはどんな交渉を?」
「……【血星海月雷連盟】を崩し、オセべリア王国の秩序を変えることに協力を求められましたわ」
「秩序か、こりゃ、ファルス殿下の護衛にメルたちを行かせるべきか」
「うん」
「はい」
ユイとキサラは頷いた。血文字で『メル、眷属の誰かを連れて、ファルス殿下の守りに回ってくれるか?』
『はい、分かりました、急ぎでしょうか』
『おう、頼む』
『分かりました。ルマルディとアルルカンの把神書たちと共に向かいます』
『おう』
続きは明日。
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