百四十七話 第二王子ファルス
大騎士レムロナが廊下を歩いていく。
赤いセミロングの髪が背中の白マント上で揺れている。
彼女の後姿の揺れる赤髪は何処かで見たことのある色合いだ。
背丈は小さいけど、女性騎士特有の凛々しさを感じさせていた。
その凛々しい女大騎士レムロナは堂々と廊下を歩いているので、彼女の新しい部下になった気分になる。
廊下を歩いてる最中に何人かの白装束兵士たちと擦れ違うが、どの兵士たちも俺たちへの反応はない。
目の前を歩くレムロナに敬礼を行うだけ。
ここでサリル大騎士とばったり出会ったらどうするんだろ?
……と、心配したが、あっさりと扉を開けて中庭に出ることができた。
いらぬ心配だったようだ。
中庭は巨大なコの字型。
表玄関と直結した作りになっている。
中央には幅広い滑走路のような土道があり、その横に馬、魔獣、ドラゴンが休む巨大厩舎が備わっていた。
レムロナはその厩舎がある方へ足早に駆け寄っていく。
厩舎の中には灰色ドラゴンが水を飲んで休んでいた。
そのドラゴンが顔をぬっと上にあげて、大きいクリクリとした可愛らしい二つの緑眼をレムロナへ向けてくる。
少し距離があるけど、レムロナが近寄ってくるのが分かっていたらしい。
彼女がドラゴンの傍に来ると、嬉しそうに小さい鳴き声をあげている。
レムロナは下げていた口と喉を覆う特殊マスクを装着しなおす。
「サージェス、移動するぞ」
「ギュオッ、ギュオォォ」
呼ばれた灰色ドラゴンは口を広げると、炎でも吐くように返事の鳴き声をあげる。
レムロナの顔下半分に装着した白マスクが微妙に輝いていた。
『あのマスクが声に反応して魔法を発動しているようです。ドラゴンとの繋がりがあるのでしょうか』
ヘルメが指摘した。
あれはドラゴンとリンクしているのか。
『へぇ』
そのドラゴンらしい鳴き声を聞いたレムロナは優しい表情を浮かべながら、灰色ドラゴンの首もとを労るように触り出した。
ざらざらしてそうな皮膚を撫でていく。
撫でながらドラゴンの身体をチェックしているのかな。
灰色ドラゴンの背中には鐙が付いた大きな鞍がドラゴンの背中上に巻き付くように備え付けられてある。
そんな鞍から結ばれている革紐と絞め金から続く鉄鎖に解れがないがチェックを行っているようだ。
レムロナは鞍と鐙の具合を確かめ終わると、近くに置いてあったブラシでドラゴンの喉下を擦り出した。
掃除? それともマッサージの一環なんだろうか。
ドラゴンは気持ち良さそうな小さい鳴き声を出す。
瞼も閉じていた。やはり、マッサージか。
羽毛が生えている顎下を掃除&マッサージをしてもらって嬉しがっているのかな?
このドラゴン、意外に可愛いかも。
「――にゃああ」
その気持ち良さそうな表情を見せるドラゴンの様子に、俺の肩にいた黒猫が“何か”を我慢できなかったのか、そのドラゴンの上に跳躍してしまった。
黒猫は鞍上からドラゴンの頭の上へ移動している。
「……すみません。黒猫が勝手に」
「はは、構わん。それよりもう準備は調ったから飛ぶぞ。サリルが乗るビクザムは空を警邏中だからな、今がチャンスだ。お前たちも早く乗れ」
レムロナは乗れと言ってきた。
やはりこのドラゴンに乗れるらしい。
しかし、サリルは空の上か。
だから彼女はさっき九大騎士の施設内廊下を堂々と歩いていたんだな。
もう屋敷にはサリルはいなかったのか。
「……分かった」
レムロナへ向けて、頷く。
「……っ」
しかし、横にいるヴィーネは顔を沈ませていた。
「ヴィーネ。乗るぞ?」
「……はぃ」
長耳を萎ませている。明らかにテンションダウン。
「側にいれば大丈夫だ」
沈む顔のヴィーネを元気付けてから、先に灰色ドラゴンの背中に飛び乗った。
「俺に掴まっとけ」
「はぃ」
ヴィーネの方へ手を伸ばす。
「こい」
「はっ」
何か決意したような表情するヴィーネは俺の手をしっかりと握ってきた。
彼女の身体を引き上げて、俺の隣に抱き寄せる。
それにしても足元にある鞍は大きい。
鞍から続くストラップは成長に合わせて結び目が幾つも作ってあるし、高級な革製品で作られた深い座部はクッション製が優れていそうだ。
レムロナも大きな鞍の前側に乗り込んでくる。
そのまま先頭に立つと、俺たちの方に振り向いて口を開いた。
「そこの横下にある革紐に足を引っ掛けろ、足を固定するバックルもある。不安ならその脇にある長い革紐で腰を結べば、更に安定するからな」
レムロナに指示された通りに足を革紐を引っ掛けてから、
「長紐か」
「はい」
長紐を腰に結んだ。ヴィーネも結ぶ。
俺とヴィーネが飛び立つ準備している間にも、黒猫は灰色ドラゴンの顔や後頭部をぺちぺちと触手を使い叩いてイタズラをしているし。
「ロロ、戻ってこい」
アホな行動を止めさせるために、呼びつける。
「ンンン、にゃお」
黒猫は何食わぬ顔付きで、俺の肩に上ってきた。
たっく、ま、可愛いから叱らないけどさ。
でも、意外に温厚なんだな。この灰色ドラゴン。
顔付きから、ポポブムの姿を思い出す。
大人しくてよかった。
「それじゃ準備はいいか? 空へ上がるぞ」
レムロナは手綱を握りながら、俺たちに注意を促す。
「どうぞ」
「……ハイ」
ヴィーネは俺の腰へ両手を巻きつけて抱き付く。
腕に力を入れていた。
その身体は少し震えてる。
安心させるようにキツく抱き締め返してやった。
「サージェス、出発だ」
「ギュオッ――」
レムロナは手に握る手綱のロープを引っ張ると同時に、灰色ドラゴンに指示を出す。
ドラゴンが勢い良くグイッと前に歩き出して、屋根がある厩舎から脱した。
身体が一瞬、ぎゅっと後方へ持っていかれる。
ドシドシさせた躍動感ある広い足幅だ。
灰色ドラゴンは一気に前進し、滑走路のような長い通路を走りながら大きな翼を横へ広げると、空へ飛び上がって、跳躍。
空中で左右にある二つ翼が羽博くと、もう、空を飛んでいた。
――勢い良く飛んでいる。
おぉ、速い、もう空中だ。
「屋敷はすぐだ」
レムロナの言葉通りに、もうドラゴンは降下を始めていた。
降りていく場所は貴族街の東にある広い土地。
エリボルの屋敷は隣だ。ドラゴンは下降しながら鳴き声をあげる。
そのまま豪華な大屋敷の真ん中にある厩舎近くに足を着地させていた。
足場はヘリポートのようにエンブレムマークがある。
サージェスこと灰色ドラゴンが降りた厩舎にはもう一頭の別の灰色ドラゴンが休んでいた。
その休んでいた灰色ドラゴンは降りてきたサージェスに挨拶をしたのか、鳴き声をあげている。
「ついたぞ。降りろ」
「了解」
腰に巻いた革紐を解き、強張っているヴィーネの紐も解いてあげてから、抱っこするように地面へ降りた。
ヴィーネは地に足をつけると、少しふらついている。
「大丈夫か?」
「はい、すみません……」
彼女の手を握り背中をさすってやった。
ロロと空を飛んだ経験を持っても、ドラゴンは初騎乗だからな。
仕方がないか。
レムロナも手慣れた感じで、綱手を離すと、大きい鞍上から軽く跳躍を行い地面に降りている。
「――こっちだ。ついてこい」
レムロナは腕を泳がせながら簡潔に言うと、大屋敷の扉がある場所へ歩いていく。
あの態度は女性の騎士らしい華やかさがある。
その後ろ姿に目が引き寄せられるけど、今は我慢。
周りの確認をしとこ。
厩舎がある場所の地面には立派な石道が敷かれてある。
その周りには綺麗な芝生があり青い光を発している石灯籠タワーのようなオブジェもあちこちに置かれてあった。
青い光を発する小さい石塔はエリボルの屋敷の庭には大量に置かれてあったけど、ここはあそこまで多くない。
大屋敷の外観はさっきの【白い九大騎士】の屋敷と似た作りのようだ。
ただ、使われている建材が違う。
大理石と高桧のような高級木材で作られていた。
屋根の軒にはエンブレム入りの瓦のような飾り物が見える。
このエンブレム、さっきの地面にも刻まれていた。
王冠を被る人物が竜を従えている絵柄が立体的に造形されている。
やはり王族の屋敷だと外観からして作りが豪華だ。
あのエンブレムは王家の紋章か、第二王子独自なモノか?
見学をしながらレムロナの後ろを付いていくと、赤髪の彼女は大扉の前で待っていた。
「……ここがオセベリア王国第二王子ファルス殿下のお屋敷だ」
レムロナは胸を張り真剣なる表情を浮かべながら紹介してくれた。
細い手を大扉に当て、押し開く。
彼女の言葉には若干の緊張感が感じられた。
入った内部は広い部屋。
天井には魔力光を発している鷹をモチーフとしたガラス製の特殊照明がある。
床にはニスを塗ったばかりのような、艶がある高級木材が敷かれてあった。
少し先に衛兵だ。
彼らは白色の防具ではなく、クロスアーマーの上から青と赤の半々色のスリット入りのホーバーグを身に着けている。
その衛兵たちの奥には小さい赤色の壇があり、その上には王が座るような大きな玉座が用意されてあった。
ここは謁見の間らしき大広間か。
レムロナはその衛兵たちに挨拶するように頷くと、衛兵たちは素早い所作で敬礼をしてくる。
彼女は衛兵を無視して、脇の通路を進んだ。
俺とヴィーネも続けて通路を歩く。
赤茶色の絨毯が敷かれた長い通路。
壁には調度品が飾れてある幅広通路を抜けると、歩いている幅広廊下よりも、更に横幅の大きい大扉が見えた。
大扉の前には白甲冑姿の大男が、門番のように立っている。
近くの壁横には、長柄の槍武器、先端に矛があり横の形状が月の形をした刃が片方についてある青龍戟が立て掛けてあった。
槍柄の直ぐ下には纓の紐束と布が巻き付けてある。
布に記された絵は可愛らしい猫の姿だった。
このゴツイ大男と似合わない……。
彼も口元と喉が白布で覆われている。
白甲冑の右胸には刻まれているマークもサリルやレムロナと同様のエンブレムマーク。
彼も大騎士の一人か。
レムロナはその大騎士のもとへ近寄っていくので、俺たちもついていった。
ついでに、大男な大騎士を注視していく。
刈り上げた髪型で、髭も生やしている。
全体的に白髪が目立ち、横広な顔には切り傷の痕が多い。
サリルも背が高かったけど……比べ物にならない。
大騎士はアメフト選手のように分厚い胸板を持つ大男でありゴリラ顔だ。
そのゴリラ顔の大騎士はレムロナを見ても、岩のように動せず、俺とヴィーネをジロりと見つめてきた。
「……レムロナ、今の時間はサリル大騎士と空中警邏を行っているはずではなかったのか?」
「はい。ですが、ガルキエフ殿、殿下に“火急の知らせ”があるのです」
この大男な、大騎士の名前はガルキエフが名前らしい。
雰囲気的にロシア、ウクライナ系の名前だ。
「“火急”だと? そこの二人と関係する物なのか?」
ガルキエフは太い眉を動かしながら目を見開く。
「そうです。一刻を争うので、通させてほしいのです」
「……わかった」
ガルキエフはレムロナの表情を見て判断したらしい。
体格に似合わない素早い動きで、横に退く。
「では――」
レムロナはガルキエフに向かって、丁寧に一礼し頭を下げてから、大扉を開けて中へ入っていった。
俺たちも大男の大騎士へ向けて、頭を下げてから扉を潜って中に入る。
入った部屋は王族が住むに相応しい部屋だった。
空間的には広くも狭くもないが、置かれている物の質が明らかに違う。
白布のテーブルクロスが合う高級木材の長机。
木工椅子も綺麗に並んでいる。その長机の上にはフルーツが盛られた銀皿があり、銀の蝋燭台も等間隔に並べて置かれてあった。
お、机の上に小さい冷蔵庫と扇風機のような機械がある。
側には色取り取りな魔石がフルーツのように多数転がっていた。
冷蔵庫と扇風機の見た目は黒色で何かの金属でできているのは確実。
魔石を入れるソケットが付いてるのでかなり歪な形だ。
他にも、壁際には大きなガラスケース付きの台座が用意されていて、魔力を内包している眼球が付いた金色盾、血が染み出ているような魔剣、髑髏の影が槍の刃先に浮かんでいる槍。
高そうで曰く付きな武具が並んで仕舞われてある。
あ、あの時の呪いの短剣もあるじゃんか。
『閣下、これは……』
『あぁ……こんなのを回収するとは悪趣味にもほどがある』
『はい』
エリボルの娘が持ち、蟲に取り憑かれた原因と思われる……こんな危ないアイテムまでコレクションにするとはな。
蠱の絵柄が嫌だ。
視線を逸らし壁を見た。
そこにも高そうな絵と、魔力の篭った骨型戦士の絵が飾られてある。
額縁の形からして、魔法絵師が装備できる代物だ。
高そうな絵は油絵で描かれた肖像画と鹿狩り模様の絵画。
この人物が王子なのかな?
まだ若い人物のようだ。
部屋の隅には眩しく光っている柱型の光源があるので部屋は非常に明るい。あれも魔道具的な物か。
ダークエルフの地下都市で似たような魔道具があったような気がするけれど、他の地上では見たことがない代物だ。
レムロナにとっては珍しくない光景だからか、この特別仕様の豪華な部屋には一切の目をくれずに奥へ向かう。
俺は珍しい物があちらこちらにあるので、部屋の観察を続けながら、ゆっくりと歩いて彼女の後を歩いていく。
「……ロロ、肩から動くなよ。大人しくな」
「ンン」
喉声のみの返事。
そんなやり取りをしてると、奥にあるベッドルームから歩いてくる人物がいた。
「おっ、レムロナではないか。どうしたのだ?」
「はいっ、ファルス殿下」
彼が王子か。
レムロナは王子らしい金髪の青年に向けて、軽く頭を下げてから、その王子に近寄っていく。
「実は……」
「ん、後ろの男と女は、何だ?」
レムロナが重々しい話をしようとした時、王子は俺とヴィーネの存在に気付く。
一応、怪訝そうに見つめてくる王子に向けて、頭を軽く下げておいた。
ヴィーネも同様な態度を取る。
「殿下、後ろの者たちはわたしの協力者です。ですが、ここは、まず、この帳簿をご覧ください」
レムロナは慇懃めいた態度を取り真剣な表情を浮かべながら腰に付いてる袋から裏帳簿を取り出す。
王子へ裏帳簿を手渡していた。
「ほぅ、レムロナが珍しく難しい顔だな。――どれどれ……ん、なっ!? こ、これは……ぬ、ぬぅ」
王子はまだ二十歳を過ぎたぐらいだろうか。
金髪青目の彫りが深く鼻が高い、中々のイケメンだ。
そんな整った顔を持つ王子が裏帳簿を見ていくと、王子は怒ったのか顔を歪ませていく。歯を剥き出して歯軋りを行い裏帳簿の端を握る手が、力んだのか裏帳簿の端を歪ませて羊皮紙を破りそうになっていた。
「……これを上手く使えば、一応は兄さんと弟の派閥関係にも楔を打てる。しかし、わたしの警護を司る、白の大騎士の一人が不正を繰り返していたとはな……嘆かわしい」
王子の怒りが込められた言葉を聞いたレムロナは、その場で片膝を突く。
「……殿下、申し訳ありません」
王子に謝っていた。
しかし、兄さんや弟の派閥か。
やはり当初の予想通り、第一王子と第三王子がいるようだ。
しがらみは何処にでも存在する。
「立て、レムロナが謝ることではない」
「はい」
「お前は悪くない。むしろ真面目過ぎるぐらいだ。これは不正に手を染めたサリル大騎士が悪いのだからな。ひいては、わたしも疑われる。名目上はわたしの護衛大騎士でもあるのだから……この裏帳簿が違う形で世にでていれば、わたしも責められていたであろう」
レムロナは王子の言葉に頷き、
「そうですね。公爵の手に渡っていたら大変なことになっていたでしょう」
サリルは獅子身中の虫と同じか。
「お前に救われたな。でかしたぞレムロナ」
「ははっ、勿体なきお言葉」
「よし、ガルキエフっ!」
王子は大声で、部屋を守っていた大騎士を呼び寄せる。
呼ばれたガルキエフは、床をノシノシと軋ませる勢いでこっちに走ってきた。
ガルキエフは大柄なので身に着けている胴体甲冑がやけに重そうに見える。
両腕には防具は無いが、そんな全身からは魔力が溢れるように漏れていた。
特に足、脚甲辺りに魔力が溜まっている。
魔闘術系は使えるようだ。
だが、このガルキエフ、魔力がただ漏れだ。
魔力操作には才能が無いのか、何かの理由がありそう。
見た目通りな戦士系で、魔力操作が苦手とか?
そんなガルキエフは王子の前で頭を下げていた。
「……閣下、お呼びでしょうか?」
「サリル大騎士を、今を以って罷免とする」
ガルキエフは突然のサリル大騎士の罷免という言葉に困惑したのか、眉を潜めて、王子を見た。
「なっ――ハッ、ですが、いきなり大騎士を罷免? それはどういうことでしょうか……」
ガルキエフの言葉に王子は頷いてから答える。
「レムロナ大騎士が、サリル大騎士を含め、多くの貴族が不正な取引を行っているという重大なる証拠を手に入れたのだ。だが、他の貴族たちを責める前に、わたしの護衛が不正したとなっては、逆にわたしの管理能力が問われかねない。だから、先んじて動く。サリル大騎士ならばすぐにでも我々だけで捕まえることが可能だ」
「……分かりました」
ガルキエフは王子の言葉に納得したのか、王子へ向けて、敬うように頭を下げてから返事をしている。
「ガルキエフ、肝心のサリルは、今、何処にいる?」
「空で警邏行動を取っている頃合いかと、思われます」
「そうか。すぐにここに戻ってくるのだな?」
「はい」
ガルキエフは頷く。
「それではサリルがここに到着次第、捕らえるとして……正式に命令を処することとする。――ファルス・ロード・オセベリアの王族に連なる名において、ここに命じよう。序列第七位ガルキエフ大騎士よ、序列第九位レムロナ大騎士と共に、サリル・ダラー子爵を捕まえるのだ」
「――はっ」
「畏まりました」
王子は気合いを入れた口調だ。
金髪を少し揺らしながら手を横へと真っ直ぐ伸ばす。
命令を聞いたレムロナとガルキエフは、同時に頭を下げて、了承していた。
「それと、レムロナ。そなたの後ろにいる者たちは協力者と言っていたが……?」
王子は俺とヴィーネに興味を持ったのか、レムロナに詳しく説明しろと暗に示す。
「はい。背の高い男の名はシュウヤ・カガリ。一見すると、普通の冒険者でありますが、現在、裏社会の実力者たちから噂の対象となっている人物であり、様々な渾名が付けられている“槍使い”です」
渾名がついてるのは知らなかった。
レムロナに紹介されたので、一応名乗っておくか。
丁寧に挨拶しよ。
「――王子殿下、お見知り置きを、横にいるのがわたしの従者ヴィーネです」
「……」
ヴィーネは喋る必要は無いと思ったのか、黙って頭を軽く下げていた。
「……冒険者か。レムロナが雇っていたのか?」
王子は綺麗な青い目で、レムロナをジロッと睨む。
「……はいっ、勝手な真似をしてすみません」
レムロナは少し間を空けてから謝っていた。
王子の文言にも否定を挟まないし、あくまでも、俺を雇っていたことにするつもりらしい。
彼女は俺との取引をしたことは自分の胸の内だけで、終わらすつもりのようだ。
「なるほど。もしや……お前の優秀な妹繋がりか?」
優秀な妹? レムロナに妹がいるのか?
「あ、は、はい」
レムロナは少し焦った顔を浮かべると、頷いて答えていた。
王子はその微妙な変顔を浮かべるレムロナの顔を見て、何かを悟ったのかにんまりと笑顔を返すと、俺に視線を合わせて口を開く。
「……この者たちをレムロナが雇っていた。ということは、だ。わたしがこの者たちの雇用主ということになる。冒険者のシュウヤとやら、このエリボル・マカバインの裏帳簿を手に入れるのには苦労をしたのではないか?」
王子は嬉々とした表情だな。
ま、多少の嘘を混ぜる形で彼女に合わせて報告しとこ。
「……いえ、殺ることを殺り、レムロナさんの“協力”ついでに手に入れたような物です」
「……おぉ。ついでとは優秀なのだな。ところで、――その“協力”についての件なのだが……雇い主として、報酬を出そうと考えている。何か、わたしに望む物はあるか?」
報酬をくれるのか。
だが、それより、王子とレムロナはそれなりに通じているのは本当のようだ。
王子は俺との話の途中で、チラッとレムロナに視線を向けてからの“協力”と言った言葉に、何か、皮肉が込められている感じがした。
“わたしはどうやって裏帳簿を手に入れたのか、大体は把握しているのだぞ?”
的なことなのかも知れない。
ま、妄想したところで、俺にはどうにもならないのだけど。
報酬は王子と会うことで満たされているので、断る。
「……報酬はお断りします」
「望まずに断るのか。お前は欲が無いのか? 殊勝な奴だ」
王子はそう言うが、少し睨むように俺を見る。
逆に金を要求した方が、王子は安心するのかな?
王子の……プレッシャーに負けたわけではないが、少し、本音言うか。
「もう報酬は既に受け取りましたので」
俺の言葉に、王子は困惑する顔を見せる。
「ん、それはどういうことだ?」
「わたしは、まだCランクの冒険者。王子殿下とこうして出会い会話すること自体が、大変な報酬なのです」
真面目ぶって、笑顔でそう語ってやった。
「ふっ、ははは、わたしと会うことが報酬か。面白い奴だ。しかし、謙虚なのは良くないな。たとえ、Cランク冒険者といえど、このレムロナがわたしに会わせようとする冒険者なのだ。まず、普通ではありえない。きっと、槍使いという渾名からして手練れなのだろう? どこの流派かは知らぬが、最低でも免許皆伝、王級クラスの実力、或いは、八槍神王何位かは知らぬが、その愛弟子とか、違うか? レムロナよ」
王子はレムロナに話を振っていた。
レムロナはヴィーネのように冷然とした口調で語りだす。
「――さすがはファルス殿下。読みが鋭い。しかし、このシュウヤ・カガリという人物が扱う槍武術を実際に、この目で見たわけではないのです」
「何、ではどうして連れてきた?」
王子は俺とヴィーネを見定めるように見つめてくる。
「はい。ですが、シュウヤ・カガリが使役する得体の知れない何かによって一方的にわたしは組伏せられました」
「――何だとっ、序列最下位といえど、大騎士が負けたというのか……」
王子は小さい声で悔しそうに呟く。
国の高級武官的な存在が負けたことが、少し、ショックだったようだ。
「はい。不覚ながら、負けました」
「……低ランクにも逸材は存在すると聞いたことがあるが」
王子の青い目が輝く。
「そうですね。彼は冒険者ランクCであり、竜殺しの称号を持っているのも事実。そして、敵対した闇ギルドを壊滅に追いやり冒険者の仕事を無難にこなすのも事実です。その実力は本物でしょう。更には従者のヴィーネ、肩に乗っている使い魔と見られる黒猫。この者たちも普通ではないと判断しました。……身内の密偵からの情報を整理した私的な意見ではありますが、この、シュウヤ・カガリは尋常ではない強さを持ち、なおかつ、人を判断する力に長けているのは間違いないかと」
レムロナが俺について語る様子は、客観的に考察したように感じる言い回しだ。
【白の九大騎士】(ホワイトナイン)部屋で彼女に質問されていた時を思い出す。
「……珍しい。あのレムロナがここまで、褒めるとは」
王子は感心感心というように呟く。
側で見ていたガルキエフも自らの太い眉をピクピクと動かし反応を示すと、俺の全身を舐めるように見つめてきた。
ゴツイ、ゴリラ顔の真剣な視線は少し怖い。
更には、肩にいる黒猫にも血走るような視線で見つめていた。
「……それほどの槍使いなのか。是非ともにお手合わせを願いたいものだ」
黒猫への熱い眼差しを止めたガルキエフは身を乗り出して相好を崩すように、ゴリラ顔を破顔させると、俺にアピールをしてきた。
意味が分からんが、腰をまげてマッスルを意識した、防具が無い両腕で力瘤を作るように独特の筋肉ポーズも取っている。
『閣下、あのポーズは新しいですっ』
小型ヘルメちゃんが踊るように視界に現れる。
興奮しているのか、お尻をぷりぷりさせながら指を伸ばしていた。
『そ、そうか』
『……お尻は硬そうですが、参考になりますっ』
……ヘルメさんは何処にいこうとしているのやら。
「はは、早速に目をつけたか。前線から退いたとはいえ、王国に槍の武人ありと呼ばれていた頃の血が騒いだか。ガルキエフ、お前は八槍神王第二位セイ・アライバルの門派で、主流派と呼ばれる王槍流の槍使いであったな」
王子はガルキエフを武人と評している。
確かに見た目は三國志に出てくる有名武将である張飛や馬超のように戦場で槍働きをしそうなイメージはある。
「はい。王子殿下の手前ではありますが、この、竜殺しであり槍使いであるシュウヤ殿に少し興味を持ちました」
「構わん。どうだ、シュウヤとやら、大騎士と軽く一戦交えてみるか? ガルキエフは強いぞ?」
王子は機嫌良く気軽そうに笑いながら話す。
いやだな。
美人なレムロナなら喜んでお相手をするけど、マッチョな野郎はお断り。
無難に躱しとこう。
「すみません。わたしは冒険者ですので、お断りします」
「そうか。残念だ」
ガルキエフは本当に残念そうな顔を浮かべると、武人らしく潔く身を退いていた。
俺の言葉を聞いた王子は言うと、あからさまに、つまらなそうな顔を浮かべている。
ガルキエフの戦いが見たかったようだ。
その王子が口を開く。
「……つまらんな。しかし、本人がそう言うのであれば、仕方あるまい。だが、報酬の件は却下だ。会話をするだけで満足されたのでは、わたしの面目が立たないからな」
王族だからな、そりゃそうか。
ここは頷いて納得しとく。
「はい」
「よって、報酬は個人的に契約を結ぶ。という形でどうだ?」
俺と契約?
「……礼儀を知らぬ冒険者ですが、よろしいので?」
「良い。シュウヤが冒険者だからこその契約話だ。この迷宮都市で生活している冒険者なのだから、当然の如く、お前もパーティかクランを組み迷宮に挑んでいるのだろう?」
「はい」
「ならば契約をしたい。わたしは迷宮で見つかる珍品、高級、伝説、神遺物、等々の特殊な物を集めるのが好きなのだ。呪いの品も集めているぐらいだ。そこの部屋にあった珍しき物はシュウヤも見ただろう?」
王子は視線で前の部屋を見つめて、視線を誘導している。
確かに、色々と珍しい物が陳列してあった。
高級貴族の趣味は似たり寄ったりが多いらしい。
友な、ホルカーバムの領主も珍しい物を集めていたし。
悪趣味なモノは理解できないがその気持ちは分かる。未知なるお宝は見たいし、凄い魔槍的な物があれば、俺も欲しくなるかもしれない。
「……はい。確かに。それで契約とはどのように?」
「シュウヤが迷宮で手に入れた珍しい物をわたしに買い取らせて欲しいのだよ。年末の地下オークションで出品されるような物を手に入れたのなら、そのオークションに出すより儲けさせてやるぞ」
王子は満面の笑顔で語る。
……地下オークションか、俺が出席予定のイベント。
やはりこの都市を治めている王子。知っているか。
もしかして、彼も利用していたり?
地下と銘打っているけど、実は国の公認とか?
いや、その可能性は低いか。
侯爵のシャルドネもそれらしき言葉を言っていたし、表だって大々的に利用するならばもっと違う名前のはずだ。
きっと地下オークションには、王族、公人としての立場ではなく、隠れてお忍びとして参加しているのかな?
ま、そんなことより、迷宮でそんなお宝が手に入るかは未知数だけど、ここは彼の話に乗った方が良さそうだ。
王族のスポンサーなら大金持ちに間違いないだろうし。
「……分かりました。珍しい物を手に入れた際は、王子殿下に見てもらいます」
「契約は成った。シュウヤ・カガリ。お前の可能性に期待しているぞ」
「はい」
頷いて了承。
王子は更に話を続けた。
「因みに、わたしとの契約を履行しているクランは他にもいるからな?」
えっ、他にもいるのか。
「そして、わたしは迷宮都市では大きなパトロンとして有名だ。迷宮に挑むクランからの売り込みも多い。普通のクランでは、まず、わたしと契約を結べない。六大トップクランの中でも断ったことがあるくらいだ。だからこそ王子であるわたしと、差しでシュウヤが契約を結ぶというのは、今回の報酬として十分であると考えてくれ」
なるほど……そりゃ十分だ。
「はい。ありがとうございます」
「よし、この契約は口頭のみとする。ここにいるわたしの護衛たち大騎士レムロナと大騎士ガルキエフが証人となろう。皆、良いな?」
「分かりました」
「はい」
「しかと、見届けました」
レムロナとガルキエフもそれぞれ了承していた。
「では、冒険者シュウヤよ。また会おうぞ。――ガルキエフ、レムロナ、そちたちは先ほどの命令をこなせ。わたしは奥に戻る」
王子は早口に言いくるめると、踵を翻して奥にあるベッドルームに戻っていた。
「「ははっ」」
ガルキエフとレムロナは連続して王子に頭を下げる。
よし、王子との伝も作れたし、これからも冒険者として活動はできるだろう。
ヴィーネと黒猫を連れて帰るか。
今後のサリル大騎士を捕まえたり、裏帳簿に記された貴族とのやり取りを攻めるのは、彼らの仕事だからな。
貴族の粛清に、陰からの執行人的な仕事をイケメンな王子に頼まれても断るつもりだ。
レムロナに直接頼まれたら考えるけど。