千四百七十五話 ビアに〝黒呪咒剣仙譜〟とムーへ新しい義足と義手
木製の丸いボールを受け止めてモガに投げ返すムーは楽しそう。はは、急にドッジボールにルールが変わったらしい。丸いボールの投げ合いが始まった。ゲームを楽しんでいるムー。元気そうで良かった。義手と義足のメンテナンスは大丈夫そうだが、一応後で見てあげよう、ムーの身長に合わせ……<南華魔仙樹>でムー用の義手と義足を数個造った。それを<導想魔手>に持たせる。
昨日、あのムーも俺の記憶を見た時に泣いてくれていた……少し心に来たが皆の感想に応えることで精一杯だった。そして、地下で喉が渇いた暗い生活を体感するのは辛いと思うが相棒とアキレス師匠たちラグレンとラビとレファの出会いから、今までの俺の記憶を得たのは貴重な経験のはず、強者たちとの連続とした戦いの記憶もムーの風槍流の技術向上に繋がってくれたら幸いだ。
ムーは以前と変わらず殆ど喋れていないが僅かな『……っ』などの吐息の量と発音の強弱の差と表情と糸を使った独自のコミュニケーションは発達しているし、時折、地面に文字を書いて自分の気持ちと他者の気持ちを表していた。
リデルにヒナ&サナとソロボとクエマたちから文字を教わったようだ。いつか冒険者としてサイデイルか樹海の外にも出るだろうし、安心だ。
表情も多彩で可愛い。あのムーと風槍流の訓練をしておきたいが……セナアプアにはルマルディとペレランドラたちがいる。眷属に誘うつもりのハンカイとも記憶は共有しておきたいからな。あ、アリスが転けた――思わず柵を跳び越えた。が、先にヘルメとグィヴァが直ぐにアリスを助けていた。と巨大なルシヴァルの紋章樹の枝にいた相棒が枝の上を駆けていく、飛び移るのが見えた。そんな黒猫はいつもよりオレンジ色が強い橙色の魔力を体から発しなら幹に跳び移ると四肢を前後させて樹皮に爪を引っ掛け樹皮を削るように華麗に登っていく。
野性的で凄く面白いが、幻想的でもある。
枝に飛び移る際に体から橙色の燕の形の魔力の群れが火の鳥のように燃焼しながら消えていた。その黒猫はルシヴァルの紋章樹から発生している<血魔力>を吸収していた。淡く幻想的なルッシーの分体の群れもそんな黒猫の周りを飛行している。黒猫は枝から枝へと飛び移りながら舞い落ちる銀色の葉を狙うように前足を数度振るっていた。<闇透纏視>で観察を強めると、銀色の葉から微かに放出されている魔力がルッシーと黒猫と微かに繋がっていることが見て取れた。……気付いているのかな、相棒は。
その黒猫は、枝の上でモグモグと口を動かし始めた。ん? 虫を食べている? 天道虫と蝶々と鳥も飛んでいる。
あぁ、銀色の葉を食べているようだ。美味しいのか? 面白い。
そして、ゴルディーバの里での相棒を思い出した。ネズミや雀に鳩に蛇などの獲物を捕まえて俺やレファにアキレス師匠の前にも運んできたことが数度あったんだった。その時師匠は、『神獣様、獲物が捕れないわしたちのためにがんばってくださったのですな!』と大興奮状態となっていた。黒猫は直ぐにイカ耳となって逃げたっけか。思い出したら笑えてきた。
黒猫はルシヴァルの紋章樹から力を得ているのかな。
直ぐに呼ぶつもりだったが、相棒はルッシーと楽しんでいるようにも見えるから、少し待つか。とりあえず、柵の近くで赤ん坊をあやすビアに、
「ビア、セナアプアの眷属と仲間たちとも記憶の共有を行う予定だが、明後日に迫っていたペルネーテの地下オークションにも出席することにした」
「ほぉ、南華仙院の兵士たちを南華魔仙樹がある【マホロバの地】へと、直ぐに送るのかと思っていたぞ、傷場の争いの助っ人に闇と光の運び手の仕事もあるようだからな」
「あぁ、一先ずは、【レン・サキナガの峰閣砦】か骨鰐魔神ベマドーラー内で待っていてもらう。そして、ビアたちに渡す物がある」
「なんだ?」
戦闘型デバイスのアイテムボックスから直ぐに、
「これだ、〝黒呪咒剣仙譜〟を渡しておこう――」
ビアは長い舌を伸ばしつつ「あぁ、それがあったか!」と言って、赤ん坊から手を離し〝黒呪咒剣仙譜〟を右手で受け取った。
「……これが在れば我は<黒呪強瞑>を覚えて強くなれる……キスマリにポジションが奪われた気分だったが……フハハ! 嬉しい!」
「おう、はは、俺も嬉しい、学んで強くなってムーの教育とサイデイルの防衛に、赤ちゃんのためにもな、そして、いつか血獣隊の一角で俺の傍で冒険しよう」
「……うむ! 皆のためにがんばるが、主のために!」
と、ビアは少し涙目になっている。
「ばぶぁぁ」
赤ん坊が〝黒呪咒剣仙譜〟を触ろうと反応しているが、ビアは〝黒呪咒剣仙譜〟を持つ腕を伸ばし赤ん坊に触らせない。その蛇人族の赤ん坊はベビースリングの布で包まれていてビアが両腕を離しても大丈夫な造りだ。ベビースリングはビアの胸と腰ベルトとも繋がっていて頑丈そうに見えた。お手製かな。その蛇人族の赤ちゃんはビアの三つの乳房の一つを服の上から触っていた。
小さい貝殻のような掌が可愛い、おっぱいの催促か? その蛇人族の赤ちゃんはビアの涙を不思議そうに見ていた。ビアは微笑みながらベビースリングを動かし、赤ん坊の位置を変えてから、俺を見て、
「いつか主の血獣隊として前線に立つ!」
「おう、気長にな」
「うむ!」
「ばぶぅ」
赤ん坊も頷くように見えた。会話を理解していたら凄い。
そして、<魔闘術>系統の<黒呪強瞑>は重要だ。特大剣や大剣に長剣で<黒呪仙剣突>なども扱えるようになるだろう。その思いと共に〝黒呪咒剣仙譜〟を学べば体に傷ができてしまうからビアに光魔ルシヴァル以外には渡さないように、
「その〝黒呪咒剣仙譜〟を学べたら光魔ルシヴァルの面子に回しておいてくれ、だが――」
「――分かっている。記憶を見ているので知っていると思うが、オフィーリアたちには渡さない。光魔ルシヴァルか丈夫なエブエのみ。〝黒呪咒剣仙譜〟を学ぶと体に傷が発生して痛い思いをするのはユイとカットマギーから聞いているし主の記憶で重に理解できているのだからな」
ビアの言葉に頷いた。
ビアは〝黒呪咒剣仙譜〟をアイテムボックスに仕舞い、赤ん坊を胸元に戻し、
「地下オークションでは、何か目的の品があるのか?」
「ある。出品されるかは分からないが」
「ほぉ、どのようなアイテムが目的なのだ」
「神界の楽譜だ。かなりのレアな品物だと思う」
「……神界の楽譜、なるほど、聞いたことがない、それは玄智の森に関わる品でもあるのか?」
「玄智の森と関係はあるかも知れないが、まだ分からないな、セラにあるのかも分かっていない」
ビアは、俺の記憶を思い出すような表情を浮かべてから、数回頷きつつ、
「玄智の森と武王院……ホウシン師匠と武王龍神に鬼魔人傷場は凄い話であった……」
と呟いてから、蛇人族の赤ん坊を長い舌を使ってあやす。
その様子は微笑ましい、母親が子供をグルーミングする動物と同じように見えた。
そのビアは蛇人族の赤ん坊を掌で撫でてから脇に退かし、
「神界の神々が造られた音楽ならば珍しい楽譜なのだろう……ガスノンドロロクン様は知っておられるか?」
と、己の腰にぶら下がっていた八大龍王ガスノンドロロクン様が宿る剣に聞きながら剣を抜く。剣の表面にグリヌオク・エヴィロデ・エボビア・スポーローポクロンの名とサンスクリット語でkulikahの魔法文字が浮き上がると、柄から黒い龍の八大龍王ガスノンドロロクン様が現れた。そのガスノンドロロクン様が、
「効能はあまり知らぬが、神界の楽譜は聞いたことはある」
「神界の楽譜について、知っていることを教えてください」
「ふむ、大主は正義のリュートを持ち、音楽系のスキルは獲得しているのだな?」
と聞いてきた。黒い龍は小さいが結構迫力がある。
「はい、何個か」
と言うと黒い龍のガスノンドロロクン様は、口から黒と赤の炎を少し吹いた。
そして、
「……ならば、音楽系スキルを正義のリュートで試してみるがいい、正義の神シャファに関わる楽譜か、神界系の楽譜が近くにあれば、その方向に音波と魔力が向かい自然と音楽を奏でる魔線と繋がるであろう。遠い場所でも、その方角に魔線と音符が飛んでいくはずだ」
「音符が、分かりました」
「うむ。昔、大鯉に乗った大仙人と仙女たちが集団で仙琴を使い〝大仙楽譜〟や〝神界ヴァイスの戦楽譜〟を探す旅をしている一団とあったことがある」
「そうでしたか」
「うむ。神界の楽譜についてだが、もう一つは〝乾坤ノ龍剣〟の名のアイテムを入手することだ。乾坤ノ龍剣に魔力を込めれば〝乾坤ノ龍〟に因んだ、八大龍王になりかけの龍と契約が可能とされている……その乾坤ノ龍から<九山八海仙宝図>というスキルか、宝の地図を得られる伝承もある。宝の地図には〝神界楽譜〟、〝神仙幻楽譜〟、〝魔仙楽譜〟、〝神仙羅衝書〟、〝神仙樹剣巻〟、〝魔仙巻〟、〝神仙燕書〟、〝神淵残巻〟、〝神魔ノ慟哭石幢〟、〝紅玉の深淵〟、〝六幻秘夢ノ石幢〟、〝魔封運命秋碑〟などが記されているという話も聞いたことがあるのだ」
「おぉ」
「他にも様々な伝承がある。大主ならば、乾坤ノ龍剣の秘奥も知れるはず、我の知らぬスキルも得られよう」
「ありがとうございます、乾坤ノ龍ならば、既に持っているかも知れない」
「「おぉ」」
驚くビアとガスノンドロロクン様。
そこでムーを見て、
「ムー、ちょっといいか? 今、<南華魔仙樹>で作ったばかりの義手と義足だ」
「――っ」
笑顔満面となると、義足から糸を出して糸をバネ代わりに利用してスムーズに駆けてきた。凄い、魔界八賢師セデルグオ・セイルの秘術書の糸を使いこなしているようだ。
背が伸びたムーに<導想魔手>に乗せておいた<南華魔仙樹>で造り上げた義手と義足をムーに手渡し「前のもメンテナンスをしよう、外して<導想魔手>に乗せてくれ」
「っ」
と、ムーは使っていた義足と義手を外して<導想魔手>の上に載せた。
その義足と義手を<破邪霊樹ノ尾>で補修し穴を増やす。
<邪王の樹>と<破邪霊樹ノ尾>で義足と義手の予備を造り、予め分かりやすい印を付けた。
「ムー、此方の左が<邪王の樹>製で、此方の中央が<南華魔仙樹>製で、右端のが<破邪霊樹ノ尾>で造った義足と義手だ。どれもムーの成長に合わせて穴も増やして糸を出せる数も増やした。<南華魔仙樹>は戦神マホロバ様の加護でもあるから、右側の義足と義手を愛用したほうがいいかも知れない」
「……っ、……?」
どちらか迷っている様子。
「邪神シテアトップの姿は俺の記憶から見ているだろうしどんな相手かは分かるな?」
「っ!」
キリッとした表情は美人さんだ。可愛い。
頷いてから、
「そうだ、邪神シテアトップは味方だが、安心できる相手ではない。が、今の今まで使用していた義足と義手の邪界の樹は、そのシテアトップの恩恵だ、感謝もあるなら使うのも良しが、ま、ムーの好きなようにしたらいい」
「……っ」
ムーは頷きを繰り返す。
少し声になりかけの息遣いも聞こえた。
すると、地面に、南マハハイム共通語で、『ありがとうございます、師匠』と書かれてあった。少しジーンと心にきた。
ムーは南華魔仙樹の義足と義手を嵌め込むと穴から糸を出して、横に跳ぶ動きから走り出した。大丈夫そうだな。
すると、ビアが、
「主、神界の楽譜を欲しがる理由は何かあったのか?」
「楽譜を弾くスキルが<魔音響楽・王華>なんだ。『神界の楽譜を弾くことにより、己と眷属に使役している存在たちの神格操作が可能になり、魔皇碑石や、墓碑に、新古代碑、太古の土霊碑、魔大戦雷轟剛鳳石などに封じて、エネルギー源にすることが可能』と先ほど知った」
「なるほど……それは重要か、魔界セブドラで神格を得る程の強さを得ても、その碑石に神格を封じてエネルギー源に変換すれば、主たちは惑星セラに戻れるということか!」
「そうだ、エネルギー源が魔力か極大魔石のエレニウムストーン代わりになるかも知れないしな」
「うむ!」
「そして、先ほどの乾坤ノ龍剣を出して契約を試みる。そして、地下オークションに神界の楽譜が出品されたらラッキーって程度の感覚だ」
「納得だ」
「おう、では、〝六幻秘夢ノ石幢〟を出す」
そこで、戦闘型デバイスから〝六幻秘夢ノ石幢〟を出した。
「おぉ、主は前に獄魔槍譜ノ秘碑を突いていた」
「そうだ」
一つの面には、石弓雷魔ノ秘碑。
二つの面には、乾坤ノ龍剣ノ秘碑。
三つの面には、蛇騎士長ルゴ・フェルト・エボビア・スポーローポクロンノ秘碑。
四つ面には何もない。
五つ面には、金剛一拳断翔波ノ秘碑。
六つ面には、魔槍鳳凰技・滅陣ノ秘碑。
右手に独鈷魔槍を召喚した。
続きは明日。
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