千四百六十九話 ジョディとシェイルと再会にきょどるアドゥムブラリ
アドゥムブラリは「ハッ……懐かしいぜ……」と語りながら一人、亜神夫婦の墓のほうに向かう。
ヴィーネがダモアヌンの魔槍を拾い、
「――キサラ、ロターゼの気配を遠くに感じる」
「ふふ、はい」
ヴィーネからダモアヌンの魔槍を受けとったキサラはヴィーネと微笑み合うと、
「向こうからジョディとシェイルの魔素も感じます」
「あぁ、キッシュにママニたちもどうしているか」
「はい、あ、季節はどのくらい経ったのでしょう」
「まだ厳冬だと思うが、果樹園は厳冬の季節でも気温が変わらないからな……」
「はい」
「ふむ」
互いにそう話をしながら深呼吸を行う。
亜神夫婦のお墓を見て極彩色豊かな果樹園の畑にも近付いてトウモロコシ風の穀物に手を掛ける二人は、
「あぁ、懐かしい匂い、これは焼いても生でも食べても美味しい果樹園のランターユ……」
「ふふ、唇の端から唾が出ていますよ?」
とシルバーとゴールドとゴールデンイエローの果穂の匂いを嗅ぎ合う。
「え? ふふ……キサラも、あっ食べた」
「ふふ、はい、美味しいです、ヴィーネもいかがですか――」
「う、うむ」
「ほら、口をあーんしてください」
「あーん」
ヴィーネは小さく唇を拡げている。
キサラは直ぐにランターユを
「はい――」
と差し出した。
ヴィーネをもぐもぐとランターユの芯ごと食べていた。
「ふふ、どうですか、久しぶりの生のランターユ」
「凄く美味い……」
「はい、とても美味しい……」
またランターユを食べるキサラ。
ヴィーネとキサラは食べて感想を語り合っていく、絵になるな。
たしかにランターユは美味そうだ。
大きいの雄花の穂と扁平のシルバーとゴールドとゴールデンイエローの種子がビッシリと詰まっている。
「閣下もはやく此方に~ここは懐かしい匂いに溢れています――」
「うふふ、ここがサイデイル――」
「グィヴァ様、果樹園では美味しいリンゴなどがたくさん採れるんですよ、エヴァのフルーツジュースはここが原産です」
「ん!」
グィヴァに果樹園を説明しつつ皆が亜神夫婦のお墓に近付いていくと黒猫も皆を見ながら「ンン――」と鳴いて追うように走り出した。
そして、
「うふふふ♪ ふふ~ん、ふーん♪ わたしたちが守っていた果樹園~♪ 神獣様のお尻ちゃん~♪ 使者様と皆で魔界の冒険から戻ってきた♪ のだ♪ のだ♪ のだあァ♪ 谷のリンゴ畑は永遠~♪ 真っ赤なリンゴ~♪」
イモリザが歌いながら楽しげに歩き始めた。
昔イモリザは門番長だった。
『使者様、音頭ですよー♪』と歌っては黒猫と沸騎士たちとアッリとタークを連れて行進していたっけか、懐かしい。黄黒猫と白黒猫も連れていたことも多かった――。
掌握察で得たジョディとシェイルたちの魔素の方角がサイデイル。
もうじき二人の姿が見えるだろう――。
掌握察の範囲はかなり拡がっていると理解できた。
そして、相棒と俺の神格はまだ狭間を阻むほどに得てはいなかったようだ。イーフォスもララァは俺に<砂漠風皇ゴルディクス・イーフォスの縁>と<煉土皇ゴルディクス・ララァの縁>の加護をくれた時に頭を垂れてくれたから神格は少しは得ているはずだが、まだ狭間に弾かれるほどな神格ではないということだろう。半神といったところか?
神格メーターのような値が見えたら分かりやすいんだが。
黒猫もイーフォスもララァから鼻キスを受けていた。
闇遊の姫魔鬼メファーラ様からも魔力を得ているようにも見えた。
黒猫は体から橙色の魔力を噴出させているが、最近は橙色の魔力量が多いし、炎を纏う印象だ。燕の形をした魔力粒子も多い。
だから神格を有しているような雰囲気は随所に感じられた。
だが、狭間に弾かれるほどの神格ではないということ。
<樹界烈把>が特別な訳ではないだろうし、無事に狭間を越えられて良かった。
<樹界烈把>の感覚は〝闇遊ノ転移〟の移動とも違う、<仙魔・龍水移>とも違う。まさに一瞬。
セラの転移陣を用いた転移は、微かにけだるい感覚があった。
<樹界烈把>は、知記憶の王樹キュルハ様独自の能力、結界、魔神の一柱の能力を結構な勢いで受け継いでいるから可能とか?
そして、<光魔王樹界ノ衛士>ルヴァロスは俺の眷属だが知記憶の王樹キュルハ様の眷属でもある証明の一つが<樹界烈把>だな。
その狭間を突破するための<樹界烈把>を使った<光魔王樹界ノ衛士>ルヴァロスは周りを見渡していた。
見た目は完全に魔界騎士。樹と血と鋼の装甲と硬そうな筋肉繊維の素材が随所に使われている甲冑が似合う。
その周囲に雷状の魔力が詰まって回転している鰾と回転していない鰾がる。
〝樹海道〟で難なく狭間を越えた<樹界烈把>のスキルには、あの鰾のような光源も関係しているんだろうか。
そのルヴァロスに、
「ルヴァロス、その鰾のような浮き袋は<樹界烈把>と連動を?」
「はい、連動も可能。<時樹浮ノ袋>は狭間の穴に落ちた時のためのスキルです。<時樹浮ノ袋>を使っても戻れた数は極僅か」
へぇ。
「狭間を突破できるスキルがあるのに落ちるなんてことがあるのか」
「他の作用、戦いの最中など、獄界ゴドローンではない魔人帝国には、狭間の穴を利用する魔術師がいます。そして、知記憶の王樹キュルハ様の眷属には何人か戦ったことがある。実際に戻ってこられた眷属は少ない」
頷いた。
「……話を変えるが、ルヴァロスは、セラの十二樹海の南マハハイムの地形を最初から知っていたのは、キュルハ様から記憶を受け継いでいる?」
「はい、知記憶の王樹キュルハの<生命の魔樹>を根源とする<知記憶>など、無数の恩恵を承った状態での誕生が我、ルヴァロスです。自然と魔界十二樹海と惑星セラの十二樹海の地形の記憶は受け継がれています。勿論、すべてではないですが」
「「おぉ」」
納得だ。
<光魔王樹界ノ衛士>ルヴァロスは知記憶の王樹キュルハ様の眷属であり、俺の眷属でもある。
ポイラーシュさんといい、女王サーダインもだが、知記憶の王樹キュルハ様には他の理と因果律を上手く融合させる能力があるってことだろうな。
凄まじい神様と仲良くなれた……。
光魔ルシヴァルの俺には知記憶の王樹キュルハ様との縁は絶対的に求める相手だった。と、今さらながら思うが出会いの流れは完全に偶然だ。
敵対関係となったらルシヴァルの紋章樹が生えているサイデイルも危うかったことになる。そう考えると薄ら寒い、相棒と俺たちの運が良いから奇縁に恵まれたと分かるが……ひょんなことから敵対関係になってしまうこともありえたからな。
すると、キスマリが、
「ルヴァロス、〝樹海道〟に<樹界烈把>で移動したのだと分かるが……【世界樹キュルハ】から【ルグナド、キュルハ、レブラの合同直轄領】の【魔界十二樹海・南マハハイム】への移動も<樹界烈把>で移動が可能なのか」
と聞いた。
ルヴァロスは頷いて、
「はい、<樹界烈把>や<王樹ノ根転移>を使用しても使用せずとも、我ら眷属世界の根元が【世界樹キュルハ】なのです。キュルハ様の眷属なら【世界樹キュルハ】から【ルグナド、キュルハ、レブラの合同直轄領】や内部のどこでも【魔界十二樹海・南マハハイム】にも当然に一瞬で移動が可能なのです。勿論、【魔界十二樹海・南マハハイム】の〝樹海道〟の移動には、<樹界烈把>が必要です。<樹界烈把>を使用しない場合は、今のようにはいかない、視界が悪い魔力が漂っている……薄暗い森の中をひたすら真っ直ぐと進む。足下には奇怪な音が流れる川があり、冷たく……所々で冥界シャロアルや【幻瞑暗黒回廊】に通じている」
へぇ。
「……ふむ、だからか……」
「……なるほど、ポイラーシュが<王樹ノ根転移>を使用した場所は【バーヴァイ地方】のギュラゼルバン城でした、【世界樹キュルハ】まで遠い。だから、あのような大規模な魔法陣と半透明な樹が天空に伸びたのですね」
とキッカが発言。キスマリとビュシエも頷いていた。
ルヴァロスは胸元に手を当てて「はい、その通りです、キッカ様」と紳士的にキッカに礼をしながら語った。
キッカは少し驚いて「は、はい」と発言してから亜神夫婦のお墓のところに向かった。
キスマリは納得しながら、右上腕の手の指先で顎を触りつつ、
「キュルハの戦力はいたるところから無限に近いほど出現してくる……そして、キュルハの根を断つ戦は数度経験していたが、知記憶の王樹キュルハ様が我のことは指摘しなかったのは、我が主の眷属だからだろうか」
と聞く。
キスマリが先ほど、少し緊張していた時があったのは、魔神の一柱で上級神だったからくる緊張ではなく、魔界大戦で知記憶の王樹キュルハ様の戦力に傷を与えた覚えがあるからか。
<光魔王樹界ノ衛士>ルヴァロスは、
「はい、主とキスマリ様の繋がりは強固。要らぬ軋轢を生むことは望まない。それにキュルハとメファーラの宇内乾坤樹の欠片を得た主は、闇と光の運び手で、光魔ルシヴァルの宗主様なのですから」
「ふむ、それもそうだな」
キスマリは納得顔で頷いてから嬉しそうに笑顔となった。時折、乙女になるキスマリも、また美人さんだから魅惑的だ。
頷くと、ビュシエが、
「シュウヤ様は<光の授印>もあります。知記憶の王樹キュルハ様と、黄金の魔界騎士のような見た目のウェイジスに魔樹大霊サーベデラッテアたちなど眷属たちは声をダブらせながら、光神ルロディス様が仰ったような言葉を発していました」
あぁ、あの時か。
ビュシエは、
「……〝【暁の灯火】で【見守る者】であり、古竜の匂いと神印と魔印を宿した者が現れる〟と〝怪魔と怪夜の闇と光の運び手〟、〝メファーラ祠とキュルハの根の犀湖にルロディスの黄金の輝きを与えんとす〟と言っていましたから」
<光魔王樹界ノ衛士>ルヴァロスは頷いた。
「はい、三神の大協定預言と四神の預言書マーモティニクスですね、光と闇の隔たりはありますが、四神たちの繋がりは潰えていない」
「四神の三神は分かりますが、もう一人は……」
「蒼炎神エアリアル様です」
「……」
ビュシエとキスマリは蒼炎神の名を聞いて驚いている。レベッカと関係している神様だ。俺はルヴァロスたちに、
「ハイエルフたちが信奉していた神様か」
と聞くと、ルヴァロスは、
「はい、光神ルロディス様と同じく神界セウロス側です」
と発言、納得だ。
知記憶の王樹キュルハ様も語っていたが、闇遊の姫魔鬼メファーラ様と共に魔界の上級神でありながら神界セウロス側と通じている。
「では、俺たちも皆がいるところに向かおう、いずれここにジョディとシェイルも来る」
「「はい」」
「ハッ」
亜神夫婦の墓に先に来ていたアドゥムブラリに、
「ここは前と同じだ。それだけサイデイルの戦力は強いってことだな」
「あぁ、アドゥムブラリ、単眼球からその姿を見た者はサイデイルにいたっけか」
「……いねぇ……ってことは、だ……俺もついにモテ期に入るか?」
「入るかもな」
「おぉぉ」
「アドゥムブラリ、ふざけていないで、ゴルゴンチュラとキゼレグにしかられますよ」
と、キサラに叱られていた。
アドゥムブラリはキリリッとした顔付きとなって「あぁ……」と返事をしながら亜神夫婦の墓を見やる。
俺も立ち、亜神夫婦の墓に二度の礼を行った。
両手の掌を合わせて、黙祷。足下にきた黒猫が、
「ンン、にゃぁ~」
と俺たちの真似をするように後ろ脚で立ちながら首の端から前に出している触手の裏と裏に両前足の肉球を合わせている。
「ンン」
微かな喉声を発している、相棒なりにお祈りとか面白い。
『ごはん、ごはん』と食事を催促するようにも見えるが……。
俺も亜神夫婦の墓にもう一度、お祈りをしよう――。
ここの果樹園は〝樹海道〟にも近かった。
独立都市フェーンに進める地下の出入り口も近い。
『……ゴルゴンチュラとキゼレグは十二樹海と〝樹海道〟のことは知っていたはず。だからここでサイデイルの楽園を見守り続けていてくださっていたのですね……本当にありがとうございます……深く感謝しています』
と、ゴルゴンチュラとキゼレグのお祈りを捧げた。
皆も亜神夫婦の墓にお祈りを行う。ふと、温かい風に体が包まれた――。目を開けると、背後から血の蝶と赤紫と白色の蛾と光の天道虫の数匹が両肩を越えて亜神夫婦のお墓とタツナミソウの上に止まった。蝶と蛾は翅を少しバタつかせている。
すると左斜め後方から、
「あなた様ァァ――」
「あなた様ァァ」
<光魔ノ蝶徒>のジョディとシェイルの声が響く。
石像とタツナミソウに留まっていた蝶と光の天道虫はジョディとシェイルの声の方向に飛ぶと二人を迎えるように大気の中へと儚く散った。
そこからジョディとシェイルが血色と白色の蛾の群れと赤紫色の蝶々の群れを率いるように現れる。
サージュは少し血が付いていた。
サイデイルを攻めている勢力が居たようだな。
――二人とも光魔トップルの烏帽子をかぶっていて聖ギルド連盟の上服と胸が開けた外套を着ている。ジャケットではない。
その上服と外套が光を発すると、衣服は<血魔力>を有した白銀色と赤紫色の蝶々に変化しながら儚く消えていく。ジョディとシェイルはサージュを消した。
蝶々の儚さを包むようなアーゴルンとアルマンディンの光が胸の奥から溢れ出る。
アーゴルンとアルマンディンの輝きにより散っていた蝶々は一部が逆再生しながらジョディとシェイルの体と衣服を再構成していく。
「おう、二人とも体を消す勢いだが――」
「はい――」
「大丈夫です――」
ジョディとシェイルは俺の胸元に頭部を押し付ける。二人の温もりを得て嬉しいな、蝶々が構成している体とは思えないほど柔らかいし筋肉が再現されているから背中の肩甲骨と背骨をマッサージするように背を撫でてあげていく。
ジョディとシェイルは俺の手と腕に体重を預けるように寄っかかると、暫し、
「うふふ♪ あなた様の優しさに溢れた行為……」
「はい、ジョディは毎回、あん、これを受けて……アァ……気持ちいい~」
と、マッサージを受け続けてくれた。
二人は感じたように右肩の衣服が開けておっぱいポロリ事件は起きそうな雰囲気だったが、皆がいる。その二人の両腕をぽんぽんと叩くと、二人は微かに頷いて蝶々を融合させて衣服を元に戻すと少し体を離した。
その二人に、
「皆は元気だと分かるが、サージュを使った連中がいたのかな」
「はい、樹怪王のモンスター兵たちが攻めてきましたが、わたしたちの敵ではない、すべて撃退しました」
「はい、ふふ、サラもママニも強いですが、空には私たちがいますからね、ロターゼも居ますし、ルマルディは居ませんが、サイデイルの空は大丈夫ですよ」
「そのようだ」
ヴィーネとキサラとエヴァとアドゥムブラリはキッシュたちに血文字を送っていたが、直ぐに、「ジョディとシェイル――」と言いながら寄ってきた。
「「はい――」」
アドゥムブラリ以外の皆でハグをしまくる。
ジョディとシェイルはアドゥムブラリと<光魔王樹界ノ衛士>ルヴァロスを見ては『だれですか?』見たいな視線を送り、直ぐにヴィーネとイモリザたちと抱き合うようにイチャイチャを始める。
アドゥムブラリはコソコソと俺の傍に来て、
「おい、主! 元死蝶人は単眼球の俺しか覚えていない……どうするよ」
と聞いてきた。笑いながら、「さぁな、〝知記憶の王樹の器〟の液体を飲めば、皆も直ぐに納得すると思うが」と言うと「お、おう」と少しきょどるアドゥムブラリが少し面白った。
続きは明日。
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