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百四十四話 魔毒の女神ミセア

 爆発するように増幅している魔素。


「全員警戒しろっ! 俺の後ろに集まれ」

「はい――」

「閣下、この魔素はいったい!?」

「にゃぁ」


 皆、それぞれに驚きの表情を浮かべつつ、俺の真後ろに移動してきた。

 魔素が増え続けている女司祭やダークエルフたちの死体を確認。

 やはり増幅している魔素は女司祭の死体があるところからだ。

 魔察眼で凝視、この魔素……魔力は死体からではない、あの手鏡からだ。司祭が手に握る手鏡が膨大な魔力を有していた。

 手鏡は巨大な魔力を内包しているが、周りの魔素を吸収している。

 風も発生し、 魔素だけではなく周りの空気も吸い込むような空気の流れが発生していた。手鏡が内包する魔力は膨らみ続けている。

 次第に吸収している風も強くなり始めた。強風になると、その吸収している根本の手鏡が暗緑色の光を帯びながら宙に浮き始めていく。

 〝手鏡〟がぷかぷかと浮いて漂っているし……。

 ついには下にある死体が動いたと思ったら、その浮いている手鏡の中に死体が吸い寄せられた。死体は手鏡を覆うように〝くの字に変化〟その瞬間――ボゴッと変な音を響かせると小さい鏡の中へと死体が吸い込まれてしまった。なんだありゃ? 死体を喰うように吸い込みやがった。

 うへぇ、風の吸引が凄い、死体だけではなく周りの瓦礫や物まで吸い込み始めている。吸引が凄いといったら、あの掃除機? いや、ふざけている場合じゃねぇ。宙に浮いている手鏡は周囲にある物では満足せずに、俺たちまでも吸い込むつもりなのか、吸い寄せる風が強くなる――強風で髪が暴れるように靡く。地面を両足で踏みしめて踏ん張るが、どんどんと風は強まる一方だ。ヤバイな。あの鏡を破壊するか?

 否、今は仲間の守りを優先だ。


「――ヘルメ、俺の目に、戻れっ!」

「はっ――はいっ!」


 後方にいたヘルメは水状態になり、一瞬、風に吸い寄せられそうになるが、何とかスパイラルの放物線を描き、俺の左目に収まった。


 そこで左手から<鎖>を射出し、皆に向ける。ヴィーネと黒猫(ロロ)に<鎖>を巻き付けて抱き寄せると<鎖>を一瞬消し、直ぐに<鎖>を再射出して操作。

 <鎖>で円をイメージして盾とドームも連想させながら、それを具現化。

 左の手首から伸びる<鎖>を幾重にも隙間なく積み重ねて多重の<鎖>の層を作る。

 瞬く間に、俺たちの周囲を囲う円の<鎖>ドームが完成した。

 吸い込む風を遮断。音が響くが大丈夫だろう。

 少し安堵したが、円形ドームの外はプロペラ機のエンジン音を間近で聞いているような暴風音が耳朶を叩く。きっと、魔法の手鏡があらゆる物を吸い込んでいるんだろう。


「ご主人様……」


 ヴィーネが俺に抱き付きながら不安気な表情を見せていた。


「大丈夫だ。このまま風が止むまで待機しよう」

「はい」

「ンンン」


 黒猫(ロロ)は喉声を発しながら肩に上がる。

 俺の首に触手をつけながらお尻を背中側に落とすように肩に座った。

 両前足は俺の胸元に垂らすように揃え置く。

 両後脚は綺麗に折りたたんでいる。


 バランスのいいエジプト座り。

 モデルの人形のような姿勢だ。


「にゃお」


 黒猫(ロロ)は怖がるヴィーネの態度を見ると『安心するニャ』的に語りかけている。


 数分後……音が止む。

 時が止まったように、シーンっと、風も止まった。

 <鎖>を消して、外の様子を見るか?

 そう沈黙しながら考えていると、傍にいるヴィーネは首を縦に振る。

 赤が混じる銀色の光彩を揺らしながらも、頷く。

 ヴィーネも外を見るべきだと思っているのだろう。

 肩に乗っている黒猫(ロロ)も片足を浮かせると、ポンッと俺の肩を叩く。


 『くさりをあけろにゃ』的なニュアンスだ。

 お前も開けろ、か。意見は一致。

 よし……少し怖いが。

 円形のドームを形成している<鎖>を消してみた。

 え? おぉっ!?

 目の前に、巨大なる山、もとい、巨乳!?


「――あら、出てきたのね」


 大きな尊大かつ不思議な声が、轟く。

 声の主は目の前の、双丘どころか、双山おっぱいからか?


 視線を山のような巨大メロンの左へ向けていく。


「……左にくびれのある腹があり、遠くに長い足がある」


 もしや、と思い、右へまた視線を向けてみる。


「……巨乳、肩と首に巻き付く巨大な蛇、巨大な顔と蛇の髪……それにしても巨体だ。女の巨人が横になって寝そべっている?」


 魅力的な女性の巨体だが……。

 大きいから圧倒される。


「……はぁぁ? 我に貢献した者といえど、やはり、マグルはマグルね……我の美しい姿を見ても巨人とは、あんな蛮族と比べるなんて失礼な奴。それに、我の民を随分と好き勝手に虐げてくれたわねぇ? 定命なマグルの男よ……」


 定命?

 その言葉からして、神か? 


 巨大な顔を改めて、よく見ると……綺麗な顔をしていた。

 だが、一対の錦目を持ち、頭髪が蠢く蛇。ときたもんだ。


 あのメデューサのような頭は、どこかでみたことがある。


 ……あぁ、思い出した。

 神々の絵巻に乗っていた女神の絵。

 名前は確か、魔毒の女神ミセア。

 ヴィーネの話にも登場していた。ダークエルフたちの多くが信仰している神。


 本当に〝あの女神〟なのか?


『閣下、あの巨体ですが、大きい割りに魔素が希薄です。体内に魔力を宿していない? と思われますが、不可解です』


 左目に避難していた精霊のヘルメが目の前の女性の巨体について指摘をしてくれた。


 すぐに魔察眼で確認。同時に、右目近くの頬に刻まれている十字金属の表面をタッチ。

 すると、右の眼球の内奥と虹彩にカレウドスコープが拡がる。

 十字金属から青色の硝子素子のようなモノが右目の眼球すべてに拡がった、ナノ単位以上の細かなカレウドスコープに内包されている未知の素材が俺の右目を変化させている。


 カレウドスコープが起動された。


『なるほど、確かに不自然だ……』


 魔察眼だとハッキリと分かる。巨体を覆う魔力が薄い。

 右目のカレウドスコープの、薄青色の光のフレームが一瞬で、高精細で高解像度の視界に変化を遂げる。巨体女神の体は輝くように見えていた。女神らしい存在感を示している。


 カーソルもあるので、そのカーソルを凝視。


 ――――――――――――――――

 未知のエレニウム思念体α

 脳波:???

 身体:???

 性別:???

 総筋力値:???

 エレニウム総合値:89※※※※

 ――――――――――――――――


 カーソルが拡大されるとステータスが表示された。

 魔力と思われるエレニウム数値の値がバグっている。本当に神様の類いらしい。

 計測できないようだ。しかし、神だろうと、巨体だろうと女性だ。

 そんな巨体な女性を注意深く観察していると、肩の黒猫(ロロ)が地面に降りた。黒豹へと変身。

 頭部を巨体の女性に向けながら横歩き……。

 警戒しながら獲物の様子を窺う肉食獣という動きだ。


「……ガルルゥ」


 と威嚇する唸り声をあげる。触手を首下から数本出していた。


「――獣、風情が、生意気ねぇ」


 巨大な頭部を片手で支えながら横たわる巨体な女。

 そのまま、気だるさそうに黒豹のロロディーヌを見つめて話している。

 ついでに黒豹のロロディーヌのカーソルを意識。


 ――――――――――――――――

 ????ド???ヌス・ルシヴァル高>元ex

 脳波:???

 身体:???

 性別:雌??

 総筋力値:321

 エレニウム総合値:321112322????

 武器:あり

 ――――――――――――――――


 ぬお!? バグっているのか桁が違う……ロロさんは神獣だな。

 元は、別次元の高生命体なのは確実だろう。


「……ロロ、今は我慢しろ」


 黒豹(ロロ)へ指示をしながら……。

 目の右横の卍の形をしたアタッチメントを触り、十字の形の金属素子へと戻す。

 カレウドスコープを解除した。


「にゃおっ」


 黒豹(ロロ)は指示通りすぐに動く。

 しかし、怒りを我慢しているのか尻尾で俺の脛足を叩いて可愛くアピールしてくる。

 その黒豹(ロロ)は放っておいて、近くにいるヴィーネの方を見た。


 ヴィーネは足を震わせながら膝で地面を突く。

 恭しく、女神を崇めるように頭を下げていた。


「――そこの我の民は、それなりの態度は心得ているようだ」


 巨大な女神は、まさに傲岸不遜の態度だ。

 ヴィーネを指しながら、その態度を褒めている。


 そして、ヴィーネを〝我の民〟か。

 どうやら本当に女神のようだ。


 聞いてみるか。


「貴女は〝本当〟に魔毒の女神ミセア様なんですか?」

「フフフ、笑止の至り。ここはセラ世界ぞ? だが、正解とも言える。我の今の姿は〝薔薇の鏡〟を用いて魔界からの姿を映し取っている。仮初めの姿と言えよう」


 そういうこと。ヘルメが指摘していた通り。


 女神は女神だが、少し違うと。

 巨体で女神というが、神らしくない。

 

 魔力の反応が薄いわけだ。


 先ほどの暴風のような、俺たちを吸い込もうとしていた手鏡のほうが膨大な魔力を内包していた。


 巨体女神の顔をしっかりと拝見しながら、


「……魔毒の女神ミセア様はどういった、用でここに? まさか、俺に天罰でも与えようと?」


 と、聞く。

 女神は微笑みを浮かべて、頭部をわずかに横へ振ってから大きな唇を動かしていく。


「天罰? 定命マグルが神に対して言う言葉かしらァ? 生意気ねぇ」


 生意気か。確かに、普通の状態なら敬語だよな。


「済まない。だが、今は戦いに次ぐ戦いの後で、突然な嵐にも遭遇した。気が立っているんだ。神と聞いて興奮しているのもある」


 少し本音を言ってみた。


「あら、だからと言って〝事〟を焦っちゃだめよ? お前はマグルの雄とて、我に〝貢献した者〟罰するなどあり得ぬのだからな」


 そりゃありがたいが、疑問だな。


「貢献? 女神の民とやらの、ダークエルフの民たちを虐殺したのにか?」

「そうね……我の予定をぶち壊し、民たちを無断で殺したことには怒りを覚えるわ。だけど、そんなことは些細なこと……マグルの雄であるお前が、沢山の魂、恐怖、怒り、絶望、の饗宴を実行していたではないか。敵だが、鬼のパドー、魔界騎士アーゼン、魔傀儡ホーク、数千年前にどこかに消えた轟毒騎王ラゼン、狂眼トグマ、四眼ルリゼゼたちに迫る活躍だ……螺群パドーマや魔人武王ガンジ……ス……は捨ておくとして、我に、滅多にない御馳走の贄を用意したのはお前なのだぞ? 褒めて遣わすぞ、マグルの民よ」


 魔毒の女神ミセアは高揚した表情で語る。

 知らない名前を語られても、さっぱり分からないが。


 沢山の贄か。


 ということは、俺が千人近くいたダークエルフを殺したことで、その死んでいった者たちの魂をこの魔毒の女神ミセアが吸収したのか?


 前に沸騎士たちが魔界ゼブドラに関することを言っていたことが脳裏に過った。


 しかし、この女神……。

 自分を贔屓にしていた民族が殺されても、てんで当たり前のような顔を浮かべているし、このセラ世界に住まう命はたとえ自分の信奉者と言えど、おもちゃ感覚、デザート感覚なんだろうか。


「……では、ミセア様は先ほどの手鏡を媒介にして沢山の魂を喰ったと?」

「そうね。詳しくは、八百と、四十七、の魂」


 大きい唇を大きい蛇舌が舐めている。


「俺たちも吸い込まれそうになったのだが?」


 蛇舌を出している女神を責めるように、睨み付けた。


「ふふふっ、良い目ね」


 そう呟く女神は、少し口角を上げて微笑み、間を空けてから話していく。


「……だけど、その生意気な黒瞳を持つだけの事はあるようね。……薔薇の鏡を使った超位魔法を防いだのだから。本当はお前たちも吸う予定だったのに、吸えなかった。美味しく頂こうと考えていたのに……残念」


 巨体姿の女神はブリッコポーズを取るように体勢を変化。


 大きい錦色の目を瞬きさせながら、俺を舐めるように見つめてくると、口先から飛び出た舌蛇で、再度、デカ唇を舐めて喋っている。


 何が、美味しくだよ。

 ふざけた女神だ。


「……何だと」

「シャアァァ」


 魔槍杖を構える。

 黒豹のロロディーヌも怒った声をあげていた。


「フフッ、その反抗的な黒い目。本当に可愛いわね。一瞬だけどゾクッとしちゃったわ……」


 女神はそう言うと、大きい顔を俺に近付けてくる。

 巨大な錦色の眼で俺を飲み込むように見つめてきた。


 ドアップされた女神の顔。

 美しく整った顔なのは、間違いない。

 しかし、髪の毛は本当に生きた蛇たちなんだな。


 その一匹一匹が蠢いて、口から毒か酸でも、吐いてきそうな雰囲気だ……。


 少し怖い。何をしてくるか分からない。

 警戒を強め、わざと魔力を放出させる。


 幻影と実体の区別がつかないが、あの巨体に鎖でもぶちこむか?

 魔槍杖の紅斧刃で首を巻く巨蛇ごとたたっ斬るか? それとも魔法をぶち当てるか?


「――ほぅ。驚きね」


 俺が攻撃しようか悩んでいると、女神は驚いた反応を示す。


 首に巻き付いていた巨蛇も右肩へ逃げるように移動。

 頭髪の蛇たちも一斉に後ろへと退いて、女神はオールバックの髪型に変わっていた。

 女神自身も俺に近付けていた顔を退くと、また横たわる姿勢に戻っている。


「ソナタは名を何という?」


 直接に、俺の名前を聞いてきた。

 どうやら、この魔界の女神さんは俺に興味を持ったらしい。

 正直に言うか。


「シュウヤ・カガリ」


 魔力を放出させながら、名乗ってやった。


「そう……シュウヤか。我が初見でも気付かないほどの魔力操作。極めて優れた魔力操作を身に付けているのだな?」


 女神に褒められた。


「まぁ、それなりに」

「それに、シュウヤが発している濃厚な魔力は、神界の匂いを強く感じる。そして、魔界との繋がりも強く感じられ、微弱だが他のアブラナム系、呪神の神気系も感じ取れる……どういう事なのだ? これほどの、混沌とした、マグルなど……もしや、シュウヤは定命のマグルではない?」


 威圧のために魔力を放出したが……失敗だったか。


 分析されてしまった。


 だが、今までの神界にいた神々の場合は俺の心を読み、直接意識へ語りかけてきたというのに……。

 この魔界の女神とやらはテレパシー的なことは一切してこない。


 俺の意識を読めていないようだ。


 神とて、万能ではない。か。


 植物の神サデュラと大地の神ガイアがそんなことを言っていたのを思い出す。

 ただし、魔界の女神は魔界から映し取っているだけだから、力も制限されているのかも知れない。


 魔力の放出をストップさせて、女神を挑発するように微笑む。



「……女神様なのだろう? 当ててみろよ」

「フンッ、生意気な、だがァ、オモシロイ!」


 女神は錦色の目を大きく震わせながら叫ぶ。

 その場で巨大な頭で、環を作るようにぐるりと振るう。

 すると、頭髪の蛇たちが勢い良く抜け落ちて飛んできた。


 抜け出た蛇たちは、地面に着地。


 地面を這い素早く動きながら、俺の目の前に移動してくると、急ストップ。


 蛇たちはその場でぐるぐる円を描くように回ると緑色の光を放ちながら緑色の魔法陣に変化を遂げた。

 魔法陣の上には、大きいコインが誕生、その表面には、八個の生きた蜘蛛の複眼が一つの家紋を模っている。

  大きいコインは別個に意識があるように、自動的に上方へと浮かぶ。


「これは何だ?」

「それは、我の力の一部を利用して発動する八蜘蛛王審眼(ヤグーライオガアイズ)という神遺物(レリクス)よ。これで、だいたいのことは見透せ、て……解るはず、なのだが……シュウヤと黒獣には弾かれるわね……そこのダークエルフの我が民のことはよく見えるのだけど……フンッ。悔しいが、我の負けか……」


 別に勝ち負けではない気がするが、女神は俺を視られなかったようだ。

 鑑定に失敗したのか。八個の蜘蛛の複眼が収まっている家紋風のコイン。

 八蜘蛛王審眼(ヤグーライオガアイズ)とやらは、また小さい蛇の姿たちへと変わり、女神のもとへ戻っていく。女神は悔しそうな表情を浮かべていた。

 少しだけ……教えてやるか。


「俺はマグルではない、普通の男とだけ教えておく」

「やはりそうか……異質、混沌、と言える強き偉大なる雄なのだな。我の心はときめいた。シュウヤよ。ソナタの名前は、しかと、覚えたぞ」


 魔界ゼブドラに住まう、魔毒の女神ミセアに俺の名前を覚えられてしまった。


「覚えると良いことでも起きる?」


 少し、ふざけた口調で聞いてみる。


「あるわよ。褒美をあげる」


 おぉ。


「褒美ねぇ、薔薇の鏡とかか?」

「いや、あの手鏡には、もう魔力は残っていない――この周辺を見てみるがいい」


 女神は周囲を見渡す動きをする。

 俺も釣られて周囲を見た。


 ……確かに、瓦礫の山だったのが平らな地形に変貌していた。

 四方を囲う壁があるだけという。


 あの瓦礫の全てを、先ほどの手鏡(薔薇の鏡)が吸収したのか……。


「確かに、破壊的な吸収力……納得だ」

「そうだろう。それに、薔薇の鏡は我の民専用。異質なシュウヤとて、使うのは無理よ。なので、そこの、シュウヤの隣で伏せている我の民……いや、今は、元のが正しいか。シュウヤに対して心底忠誠を誓っている特異なる雌へ褒美を与えようと思うのだけど、どう? 異質なる混沌の者、シュウヤよ」


 俺ではなくヴィーネに?

 魔界の神らしく邪悪な笑みを浮かべているが何か別な目的がある? 


「洗脳的なことか?」

「ふはははっ、裏切りは確かに我の贄になる。だが、洗脳なぞ行う〝裏切り〟ではつまらないし味が糞まずい……本心で裏切りを行う心の〝葛藤〟が重要で美味なのよ。それに、ソナタたちは、我、神に貢献した者なのだ。正式なる祝福を与えねば、我の〝沽券〟に関わる」

「本当か? 何かありそうだが」


 俺の言葉を聞いた女神は錦の目を光らせて目を細めた。


「……混沌なる者シュウヤよ。そなたの吸い込まれる双眸の瞳……やはり普通の定命ではないな。我の言葉と対等以上に渡り合うその精神力。本当に素晴らしい……そうだ、セラだけでなく魔界で暴れないか? もし魔界に来られたのなら、我の眷属にしてあげる、うふ」


 ミセアは頬を真っ赤に染めていた……。

 山のようなおっぱいを揺らしては、身をモジモジさせている。


「……魔界か、この生身の状態でいけるなら、見てみたい気もする」

「確かに、そのままでは難しいわ、だけど〝傷場〟で〝ある物〟を使えば、狭間に囚われる可能性もあるが、小さき者なら、ただいな神格がなければセラと魔界を行き来できるはず」

「ある物とは?」

「魔界に住む種族たちが持つ角笛と、魔王の楽譜があれば、セラの生物でも〝傷場〟から魔界セブドラへ進出できるのよ、ゲート魔法もあるけど、狭間(ヴェイル)はゲート魔法では越えられない」


 女神の顔は真面目だが、本当だろうか……。

 角笛とはもしかして……。


「マバオン、ハイセルなんたらの角笛?」

「えっ、ハイセルコーン種族を、シッテイルのか? ますます興味が湧いたわ……が、そこまでの者となると……他の魔界の、いや、神界の使徒、神界の戦士な可能性があるわね……」


 女神はぶつぶつと語る。

 シラナイけど、まさかあの角笛がな……。

 あいつ魔界の生物だったのか。


「神なぞしらん。俺は俺だ。それで報酬をくれるとして、罠はないんだな?」

「……罠はないけど、魔素を僅かだけど頂くことになるわ」


 それだけなら受け取ることにする。


「了解した。いいよ。ヴィーネに与えてくれ」

「分かったわ――」


 女神はまた蛇モジャ頭を振るうと、小さい蛇たちが地面へ抜け落ちる。


 今回はそれだけではなく、首に巻き付いていた巨大な蛇も女神の左手を伝い、地面に降りてきた。

 小さい蛇たちと巨大な蛇はヴィーネの前まで進むと、先程と同じように地面の上を自分の尻尾を喰うようにぐるぐると回り出し、巨大魔法陣を生成。


 その魔法陣の上には〝弓〟が出現していた。


 形は小さい和弓に近い。

 深緑色から翡翠色にかけての美しいコントラストを奏でる宝石の色合いで構成されていた。


 上弦と下弦の部位は小さい。

 だが、優れた職人が施したような蛇の装飾が造られてある。


「……これは、凄い」


 ヴィーネは恭しく頭をあげてから目の前に出現した弓を拝見していく。

 神業の弓師が作成したような弓を見て、感嘆たる表情を浮かべていた。


 神の弓だ、感激だろう。


「……我の民でありながら、我の従属を退ける、強き精神を持つグランパのような特異なる雌よ。ソナタの復讐心は我も心地よかった。お前の、混沌の主の行為、その行為に対する対価と思え、そして、我をときめかせた、ソナタの主に対する想いもある特別な褒美だ。その弓は我が祝福の形。翡翠の蛇弓(バジュラ)を受け取るがいい――」


 昂った女神の声が天を貫くと、翡翠の弓が閃光を放つ。

 そのタイミングで、硝子が割れた音が響いた。


「む……少し力を使い過ぎたわね。異質なる混沌のシュウヤよ。我の映し身が途切れる時間だ。短きセラ世界だったが、我は、楽しかったぞ――」


 魔毒の女神ミセアは笑顔で会話を締めた一瞬で跡形もなく消え去った。


 ひゅうっと生暖かい風が過ぎ去る。

 女神が消えた真下に割れた手鏡が落ちているのみ。


 貰った弓はちゃんと残っていた。


 綺麗な翡翠色の蛇弓。


 こりゃ、凄いアイテムだ。

 正真正銘、この弓は神から授けられたアイテム。

 まさに秘宝(アーティファクト)神遺物(レリクス)と云われる代物だろう。


 たぶん、ダークエルフのヴィーネ専用。


 そのヴィーネが翡翠の弓に手を触れる。

 翡翠色の弓が緑光を発した。

 弓の表面に赤文字でヴィーネ・ダオ・アズマイル。


 と、ダークエルフ文字が刻まれていく。


 おぉぉカッコイイ。


 更にヴィーネが弓を握ると、弦が緑色の光を放ち始める。

 そして、上弦と下弦の蛇模様の飾りが翼を広げるように上と下に延びて、弓の両端が翼のように変化を遂げていた。


 ヴィーネの手首にも緑の魔法文字が刻まれ緑のオーラがゆらゆらと揺れて漂っている。


 短弓から長弓へ変化か。

 例えるならば、四寸弓のように大きい弓だ。


 しかもあの弦が凄い。

 まるで、レーザーのように緑色に輝いているし。

 輝いている弦に触れられるのか? 触ったら指が溶けちゃいそうだ。


「……試してみます」

「うん」


 ヴィーネのいつも通りの冷静さを持った表情だ。


 彼女は弓道のように構える。

 緑色の弦に青白い指が触れた時、緑色に輝く矢が構えた弓に自動生成されていた。触れているし、彼女だけ触れても大丈夫とか?

 構えた姿が素晴らしい。しかも、上弦と下弦の蛇柄の目が赤く光っている。細かい。ヴィーネはその緑色の光る矢を放とうと、淡い緑色の弦を緑のオーラが出ている手の指で引っ張ると、緑の弦が点滅していた。


 そして、音も無く、緑光の矢が放たれる。

 光線のような軌跡を宙に残し、矢は真っ直ぐ飛翔。

 瞬時に、標的の地面に緑の光線矢が突き刺さっていた。


 爆発するとかは、今はないが、凄く速い。

 ヴィーネは光線矢の軌道に満足そうに頷く。

 翡翠の蛇弓を構えから解いた瞬間に、蛇弓の上弦と下弦が自動的に縮む。

 小型化された。


 そこでヴィーネは青白い手に持つ翡翠の蛇弓(バジュラ)を、天に掲げる。


「女神よ。感謝します……」


 そう短く呟くと、目を瞑り黙祷。

 神へお祈りをしている。


 俺もありがとう。ぐらいは心の中で言っておくか。


 ありがとうございます。女神様。


 と、何も無くなった周囲を見渡していく。

 ――廃墟どころか、本当に何も残っていない。

 もうここには用がないし、ペルネーテの迷宮の宿り月へ帰るか。


「……ヴィーネ、地上へ帰るぞ」

「はい」


 二十四面体(トラペゾヘドロン)を取り出して、鏡の一面にある不思議記号を指でなぞり、ゲートを起動させた。


 ゲート先には宿屋部屋の映像が映る。

 部屋には誰もいない。


 肩に黒猫(ロロ)を乗せた状態で、ヴィーネと恋人のように指と指を重ねるように手を繋ぐと、ゲートを一緒に潜る。


 無事に〝迷宮の宿り月〟に戻ってきた。


 

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