千四百四十四話 グラド師匠の演舞と相棒の触手の裏にある肉球ちゃん
視界が一変し、元通り。
<飛怪槍・赤斂ノ戦炎刃>の獲得は嬉しいが、赤斂は魔眼と関係あるように思えたが、他の魔力で代用可能なのか、それとも炎の魔力が魔軍夜行ノ槍業から自動的に発生するんだろうか。得物はほかでも使えるとは分かる。
あの後に飛怪槍のグラド師匠は魔人武王ガンジスと弟子たちに殺されてしまったんだろうか。魔城ルグファントの戦いには、陣太鼓と鬨の声からして大軍勢同士の争いもあっと分かる……グラド師匠の頭部を取り戻したら、幼い頃の生活にグラド師匠の大師匠の記憶を見ることができるんだろうか。梁山泊のような印象のルグファント一党の結成の流れと、シュリ師匠とシュリ師匠の大師匠とグラド師匠との出会いなども気になる。が、それは贅沢か。先ほどの記憶を体験しスキルが得られることだけでも感謝しよう。
と、相棒は神獣ロロディーヌのまま踊り場の傍の宙空で待機してくれていたが、触手で俺は悪戯されまくり。
相棒は触手を己の前足のように指と指の間に窪みを作り、その窪みに髪の毛を引っ掛けながら髪の毛を後部にガシッと運んでくる。櫛代わりの触手とか新しい――オールバックが好きなのか――相棒は――が、こう何回もガシガシと髪の毛を持っていかれると生え際が気になるぞ。
「ンンン」
喉声を鳴らしている神獣ロロディーヌは楽しそう。
相棒は美容師さん気分か?
そんな僅かな間にも魔軍夜行ノ槍業と<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>が魔線で繋がった。 その魔線が魔法のゲートを象るように上下に波打ち拡がって環状に膨らむと、その魔力のゲートのような環の中から飛怪槍のグラド師匠が現れた。
グラド師匠の両手と両足に足袋も本物だが武器はない。
皮膚には歳相応の皺があり血管も浮き出ているが武人と分かるように骨太だ。
アキレス師匠の手足と似ているかも知れない。幻影の体も陰影がしっかりと表示されている。幻影の体にカラーが付けば、たとえ幻影だったとしても本物のグラド師匠に見えたことだろう。
そのグラド師匠は銀杏穂先の鋼の魔槍を愛用していたようだから回収を狙いたいが、どこにあるのかまったく手掛かり無し。
セラの八代墳墓にあれば楽なんだが。
師匠たちの体や装備と槍譜の入手には偶然が多かった。
獄魔槍のグルド師匠が天運と言っていたが、その天運に賭けようか。
だが、運が良かっただけとも言えないか、魔人武王ガンジスと八槍卿の遺産の価値は高い。それらを運用し魔手術を行える存在は貴重だ。そんな貴重で強者たちの手に渡っていたからこそ、俺たちも強くなり有名になることでその強者たちと巡り会うことになったんだからな、偶然というか必然でもあるのか。
そして、魔人武王ガンジスはどこにいるんだろう。
神槍ガンジスを手放すほどの戦いが過去に起きたことは確実。
飛怪槍のグラド師匠に勝利した魔人武王ガンジスは滅茶苦茶強かったし、誰かに負ける姿は、今のところ想像がつかない……それとも自ら装備を弟子たちに授けて己は修業の旅に出ては、魔神と魔皇などに戦い挑み人知れず倒れたか……狂眼トグマは過去に……、
『……魔人武王ガンジス、四槍を使い魔界の数多ある戦場で活躍した魔族。嘗ての魔皇と肩を並べる強さを持っていたと云われているが……俺がこの世界に飛ばされる数千年前に、パッタリと姿を消した』
『姿を消した……死んだのか?』
『さぁな、俺も参加していた魔界大戦で命を散らしたのか、どこぞの魔界騎士に倒されたのか……魔物に食われたか、魔界の神に挑戦して消滅したのかもしれない』
と語っていた。
そんなことを考えながら相棒の触手を掴む――。
裏側の肉球ちゃんを親指でむぎゅっと押し込んでやった。
「ンンン」
と喉音を鳴らすが構わず、親指で桃色のプニプニした肉球ちゃんを押し込んでから触手を引っ張り上げて踊り場にいる皆に向け、
「これは、相棒の触手の裏にある肉球ちゃんだー」
「「「おぉぉ~」」」
と、盛大に皆が反応していた。
何か面白いから、相棒の触手を引っ張っては、皆の反応を見ていく。
そのまま触手の裏側の肉球の匂いを嗅いで遊んでいると、飛怪槍のグラド師匠は神獣ロロディーヌの頭部の上を歩いて周囲を見ては、
『皆、弟子の帰還を待っているようじゃぞ』
と指摘してきたが【レン・サキナガの峰閣砦】の周りは祭り状態のままだが、魔皇獣咆ケーゼンベルスが着地した踊り場の周りは異常に静か。
その対比が少し面白い。
『はい、あ、今、レンがゼメタスとアドモスに胴上げされてますし、しばらくはあんな調子だと思いますよ』
『ふぉふぉ、そのようじゃな』
飛怪槍のグラド師匠の頭部は幻影だが笑顔は分かる。
一部とはいえ体を取り戻せて良かった。
と、そのグラド師匠は振り返り己の手足を見て、
『この手足の感覚はまさに本物……この感覚を再び得られるようになろうとはな……弟子よ、手足を取り戻してくれて、本当にありがとうなのじゃ』
『はい、どういたしましてです』
『そして、魔軍夜行ノ槍業か、残るは八大墳墓かの?』
『そうですね、もう少し後になると思いますが』
『ふむ、弟子の活動に文句はないが、先に廃れた魔城ルグファントに到達するかもじゃな?』
『はは、まだまだ不透明ですが、ひょんなことから移動はありえますね』
と念話で会話をしていると、グラド師匠は、俺の腰ベルトに紐で括られぶら下がっている魔軍夜行ノ槍業を見てくる。
先程グラド師匠の飛怪槍武術を獲得する時に出ていた文字は他の師匠たちとは異なっていた。
師匠たちを意味する言葉と魔軍夜行ノ槍業と弟子の文字があった。
弟子とは、まさに俺のことだろう。
賢人ラビウスさんから魔軍夜行ノ槍業を受け取ったことから始まった八槍卿物語の終着点が見えて鳥肌が立つ、凄すぎるな、この状況は。
とグラド師匠が、
『ふむ、ほぉ~、これはこれは、ハッ、彼奴』
「グラド師匠、何か手足にありましたか?」
『七魔七槍ドヌガ・ガラサリの僅かな記憶を得た。我の飛怪槍武術をドヌガはそれなりに会得していたようじゃな』
『おぉ、そんなことが……』
心臓など臓器移植を受けた方が、前の臓器の持ち主の記憶を垣間見たなんて話は聞いたことがあるし、魔手術が得意な黒髪の錬金術師マコトも同様なことを言っていた。
そのグラド師匠も久しぶりに本物の槍を掴んで飛怪槍流を試したいはず――と腕環や時計にも似ている右腕に嵌めている戦闘型デバイスを凝視した。
風防硝子から極めて高度な光学技術で立体的に表示されている軍服が似合うアクセルマギナは敬礼してくれている。アクセルマギナの足下にいるガードナーマリオルスもくるくると回ってから、片眼鏡のようなカメラを伸ばしチューブも丸い体から少し出して敬礼してくれた。可愛い。そして、この二人の背景を注視すると、俺の意思と視線に合わせて宇宙の立体的な映像が一気に高精細化。美しい宇宙空間で銀河系、星系だ。
解像度が現実と変わらないほどに高いから毎回圧倒される。
このミニチュアの星系図は惑星セラを有した辺境星系ではないはず。
と、背景を注視しても仕方ない。アイテムボックスの魔槍の類を注視した直後、マインドマップのような視覚的に分かりやすい魔槍の一覧となった。
――これは非常に分かりやすい。
その中から独鈷魔槍と茨の凍迅魔槍ハヴァギイを指の腹でポチッとな、とは言わないが、そんな調子で選択し、リアルに出して、
「――グラド師匠、試したいこともあると思いますから、得物の代わりに独鈷魔槍と茨の凍迅魔槍ハヴァギイを出しました。使ってください」
『お、気が利く弟子じゃ、ありがたく試させてもらう』
『はい』
『カカカッ、セイオクスも良いか?』
すると、魔軍夜行ノ槍業の魔線の一部がニュルリと動いて、塔魂魔槍のセイオクス師匠の幻影の顔が現れた。その口を結ぶ紐が解かれながら、
『……無論だ、自由に使ってくれて構わない』
グラド師匠は頷いてから、魔城ルグファントで行われていたような軍隊の挨拶を行う。塔魂魔槍のセイオクス師匠は笑顔となっていた。
普段、魂や贄の念話が多くて、顔を出す時も仏頂面が殆どだが端正な顔立ちなだけに体を取り戻したら女性には好まれるかも知れない。
とそのセイオクス師匠の頭部の幻影は魔軍夜行ノ槍業の中に消える。
グラド師匠は独鈷魔槍と茨の凍迅魔槍ハヴァギイを握ってくれた。
『もっと魔槍を出しますか?』
『今はこれで十分じゃ飛怪槍流武術も基本は一槍で二槍だ。それぞれに精通しているからこその<影導魔>に<導魔術>なのじゃ』
『はい』
とグラド師匠は二つの魔槍を振るい重さを確認。
頷くと二槍流の正眼の構えを取る。
続いて、左足の脹ら脛を右足の脛の上に乗せる。独特の構えを見せた。動きにくそうだが、飛怪槍武術には、あの動作が必要な基本があるということだろう。その構えを解いて、右足を前に出して、また正眼に戻す。
正眼は普通の両足を揃えた構えだ。と、前進をする――右足の踏み込みから腰を捻り茨の凍迅魔槍ハヴァギイを持つ左腕を前方に伸ばした。
<刺突>か、似た突きスキルを繰り出した。左腕から紫と黒の魔線が周囲に散った。引き手も見えないほど速い。
グラド師匠は此方を振り向きながら前進し――腰を捻りつつ右腕ごと右手が握る独鈷魔槍を前方に突き出し、またも<刺突>と似たスキルを繰り出した。引き手も見事、そこから引いた力を利用するように、両腕を前方に伸ばすダブル<刺突>を繰り出す。更に、独鈷魔槍の斬り上げと斬り下げを行いながら茨の凍迅魔槍ハヴァギイを真横に振るう<豪閃>系のスキルを繰り出した。体を横に回転させてから斜めに側転を行い、前方に跳躍し、相棒の毛と触手を踏み台にしては、宙空で影のような魔力を発しながら見たことのない突きと斬り上げのスキルを連発していく――。
続いて後転を繰り返して相棒の長い耳の上に右足一本で着地。
爪先立ちで左足は右足の上に乗せていた。
魔神ガンゾウ様のスタイルにも似ているかも知れない。
そして、魔人武王ガンジスと相対していた時の構えだ、変わっている構えではあるが渋くて格好いい。
自然と拍手をして、
『お見事です!』
『良きかな良きかな、実に気持ちいいものじゃ』
と二槍流の構えを解いた。
『五本の魔槍も出しますか?』
『カカカッ、弟子よ、わしの飛怪槍流武術をもっと見たいのか?』
『はい!』
『承知した!』
戦闘型デバイスに浮かぶ槍武器を凝視――。
王牌十字槍ヴェクサード、六浄魔槍キリウルカ、青炎槍カラカン、魔槍グドルル、夜王の傘セイヴァルトを召喚し、グラド師匠に投げた。
グラド師匠は『<影導魔・星影>――』手足から影のような魔力を発して、俺が投げたすべての魔槍を掴む。相棒の耳から離れたグラド師匠は影のような魔力の『<影導魔・星影>――』を活かす<導魔術>系統の魔槍の槍舞が始まった。
見ているだけでは学べないか。
演舞を追えたグラド師匠は、横に着地し、
『<影星・飛怪槍>に<死突>に<飛怪槍刃>はまだ出していないが、弟子と共に十分に戦えると実感できた』
『はい』
『ふむ、では、戻るとしよう、<魔軍夜行ノ憑依>となれば、また違ったことが起きると思うが、それは他の者たちもおる手前、わしからは言わんことにする』
『はは、はい』
『ふむ、ではの――』
と、すべての武器を浮かばせたまま<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>と魔軍夜行ノ槍業の奥義書の間に発生している環状の魔力の中に帰還してきた。
よし! 王牌十字槍ヴェクサード、六浄魔槍キリウルカ、青炎槍カラカン、魔槍グドルル、夜王の傘セイヴァルトを直ぐに戦闘型デバイスに格納させて<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>を仕舞う。
「相棒、俺たちも踊り場に行こう、空いているところがないぐらいな盛り上がりだが」
「にゃおおお~」
続きは明日。
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