千三百八十六話 奇怪なガンゾウ爺と人面型の提灯
ビュシエとも血文字で連絡しつつ角を曲がる。
そこで黒猫は俺の肩に乗った。
キサラを乗せた銀灰虎は「ンンン、にゃァ~」と喉から音を発して歩む。
歩きながらキサラとヴィーネから悪神ギュラゼルバンと恐王ノクターの大眷属と眷属の名を聞く。
激闘を繰り広げた戦闘の内容を聞いて納得した。
「ローブを着た者たちは、総じて、吸血鬼のような印象で、それぞれが強かったです」
「身体能力に回復力が高く、魔剣も巧み、それでいて逃げてばかりでしたから、なかなかに討伐は難しかった。途中で、戦いに切り替えてくれたから、倒せたようなものでした」
「はい、得物の長さを変える相手と、魔獣を召喚する相手は強敵で、厄介でした。メトちゃんが居てくれて助かりました」
「にゃァ」
と鳴いた銀灰虎。
自慢げに鳴いている。
「二人とも、良く戦い勝利してくれた――」
「「はい!」」
近くにアヤコさんたちがいるが、ハグを繰り返してイチャイチャモードとなる。
そのまま大通りに戻ってきた。
ここを真っ直ぐ行けばエヴァやキスマリたちが待つ商店に辿り着く。
向かいから複数の変梃な形の馬車が通ってきたから足を止めた。
すると、罰夜組のガルボンドと大型馬ドールゼリグンを連れたラカトが朱幻会のアヤコさんとチバさんに会釈し、
「アヤコ、罰夜組を代表して過去のことを謝っておく、済まなかった」
とガルボンドが謝って頭を下げていた。
「此方こそ謝るべきことが多いのに」
「天秤遊郭の件だな」
アヤコさんは頷き、
「女郎上りに番頭新造のタツコとエミコに、タチカワとゲンジュウロウの色客と賭場の件もあるわ」
と言うと、ガルボンドは頷いて、
「あぁ、男と女の色情の縺れと魔石絡みの揉め事は仕方ない。だいたいそれを言ったら此方側のリエとモモチの毒の女郎のこともある。あの時は迷惑をかけた、済まなかったな」
「ううん、わたしこそ……ごめんなさい」
「はは、こちらこそ、ごめんなさいだ」
「ふふ、おかしい、今まで争っていたのに」
「ははは、たしかに、これもシュウヤ様のお陰だ」
「ふふ、ですね、過去は過去として、組の遺恨はこれを機会に水に流しましょう」
「おう、改めてよろしく頼む」
ガルボンドとアヤコさんは笑みを交換するように微笑む。
そして、ガルボンドの背後にいる赤髪のラカトも、
「――よろしくお願いいたします」
と、アヤコさんとチバさんに頭を下げてきた。
朱幻会のアヤコさんとチバさんは、
「激烈な戦いを繰り広げていた、あのラカトの言葉とは思えないけど、ふふ、うん、よろしく頼むわ。これからはシュウヤ様とレン家に協力してことを成していきましょう」
「ふっ、アヤコの姐さん、それは言いっこなしですぜ……そして、若い衆ともどもよろしくお願いします」
ラカトは少し照れたように後頭部に手をやってから頭を下げていた。
朱幻会の琉球の空手家を思わせるチバさんも頭を下げている。
ガルボンドは俺に向け頭を軽く下げてから、朱幻会のアヤコさんとチバさんに、
「……今思えば、自分らの縄張りと面子に拘りすぎた。だから、そんな面子は金輪際で仕舞いだ……これからはシュウヤ様たちとレン家に協力し、悪神ギュラゼルバンと恐王ノクターの勢力をなんとかしなければ」
「そうね、同じ土地でご飯を食べる者同士がいがみ合っていては、何も始まらない。害となる存在は外にいる」
と笑顔を見せるアヤコさん。
アヤコさんの言葉は完全に同意だ。
皆も同じ気持ちか、
「「あぁ!」」
「「はい」」
と、罰夜組と朱幻会の四人が同意するように発言している。
ヘンテコな馬車の車列が過ぎ去った。
と、その馬車の最後尾の取っ手に魔杖を引っ掛けていた、頭が異常に大きい仙人のような老人が飛び降りた。
なんだ?
<闇透纏視>で凝視、げぇ――とあまりの異形さに驚きながら魔槍杖バルドークを右手に召喚。
<闘気玄装>を再発動、<武行氣>も意識し、改めて強めながら発動させる。
そして、体から魔力は一切ださないことを意識した。
『……閣下、異質な爺さんです!』
『悪神ギュラゼルバンか恐王ノクターの大眷属でしょうか!』
『分からんが……』
頭が異常に大きい爺さんは、宙空でくるくると回って、通りの中央に、か細い片足の爪先を突けて着地。
もう片方のか細い足は、地面を突けた足の上に乗せて組んでいる。
そんな片足立ちのまま、半身の姿勢で魔杖を肩に掛けて長い右手を、その魔杖に絡ませるように載せていた。
短い左手が持っているのは提灯?
なんだろう、この爺さん……<闇透纏視>で体を見ても不気味な魔力の淀みしか分からねぇ。
確実にヤヴァい存在、得体の知れない爺さんすぎて、一気に背筋が寒くなってきた。
皆も声が出せないほどに、驚愕している。
爺さんは、赤と金の縁が異様に綺麗な法被を着ていた。
凄まじい魔力が体から放出されている法被が風を孕んだように靡く。
異形の、か細い体が露出した。
その異形の体の皮膚には無数の細かな毛穴がある?
無数の小さい孔から薄い煙のような魔力を大量に噴出している。
薄い煙だから異形な体が見えていた。
ゼメタスやアドモスとは煙の質が異なる。
と此方を見ている爺さんの顔は、のっぺらぼうか?
否、皺だらけで眼がない。
どういう顔だよ。まさに、奇怪な大妖怪だ。
と、その、のっぺりとしている皺という皺が波打って蠢く。
無数のヒルでもいるような印象で気持ち悪い……。
更に、皺の皮膚の一部が、いきなり燃焼し、燃焼している皺と皺が合わさって幸せ……ってボケてはいられない、擦り合わさると、燃焼が収まったかに見えたが、息を吹きかけられたように赤く赫き、熾火が起きたようにまた燃焼した。
と燃焼が収まった一部の皺と皺が合わさったまま赤い皺の塊が床にぼとりと落ちた。
落ちた皺の塊から異質な音が響くと、歪な魔法陣が地面に侵食するように拡がる。
と、顔に嵩張っていた、のっぺりとした皺の一部が消えると、十一の孔が露見。
八つの孔は深い眼窩。
二つの孔が鼻だと分かる。
口の孔が横に裂けているように大きく骸骨のような骨が見えていた。
耳の穴はここからでは見えないが、耳があるのなら十三の孔か。
見えている範囲の孔は周囲の空気を吸い込んでいそうなほどに深く沈んでいる。
八つの眼窩の中には不気味に光る八つの眼球が存在した。
異質な雰囲気を醸し出しているし、魔神の一柱か?
大妖怪、滑瓢のような存在の、その爺さん大妖怪は、
「『ほっほっほっ、槍使いは実に機知に富むようじゃ……邪魔な勢力を小気味良く除外し峰閣砦の地域を早々に纏めおったわい……』」
「うるぼろ、ぼるぼろ、うるぼろぅ~うひゃひゃひゃひゃ、まっことよのう」
と神意力を有した魔声で喋った爺さんとは、異なる奇怪な声で嗤ったのは、爺さんが片手にぶら下げている人面型の提灯だった。
人面は厳つい。
眉毛が太く剛毛のような形だから金属製に見てくる。
あの人面提灯はアルルカンの把神書のような存在か?
人面型の提灯もヤヴァいな、タマネギの形だし……。
「ふぉふぉ」
「で、ガンゾウよ、ここで眷属ごと芽を摘んどくか?」
「ふむ、ほぉら――」
ガンゾウと呼ばれた奇怪な爺さんは人面型の提灯を放り投げてきた。
ぐわり、ぐわわりと回るタマネギのような提灯――。
刹那、その人面型の提灯が裂けていた口を更に広げて、口蓋を晒すと、一つの眼球のような物体をグエェッと吐く。
眼球は宙で止まる。
と、下側から溶けた蝋のようなドロドロとしたモノが垂れていた。
ガンゾウと呼ばれていた滑瓢的な爺さんは突如として分裂――。
合計五人になったガンゾウは、魔杖と片手を縦に構えて、念仏のようなブツブツと呪文を紡ぎ出す。
周囲の空間が歪む、音波的な結界か?
中央の奥の奇怪なガンゾウ爺が本体か?
その本体と思われる奇怪なガンゾウ爺は、人面型の提灯が吐き出した眼球の下側から垂れている溶けた蝋のようなドロドロとしたモノを吸い込んでいく。
人面型の提灯は俺たちを見るように宙空を旋回していた。
『カカカッ、あの奇怪な爺は何者か』
『頭目も知らないなら私たちも知らないわよ』
『『あぁ』』
『どこぞの魔神の大眷属、放浪している大眷属じゃねぇか?』
『そうだろうな、弟子、キベラが扱っていた未知の<魔闘術>系統の修業を兼ねた<魔軍夜行ノ憑依>を使うか?』
『……あの眼球の数は異常だぞ、弟子は修業が好きなようだが、様子を見たほうがいい』
『ふむ、<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>があるのじゃからな』
『頭目とトースンの意見に賛成』
『妾の<女帝衝城>で周囲の建物ごと一掃しても良い』
『悪神デサロビアの眷属の可能性を考慮したほうがいいだろう、弟子、気を付けろ、そして、俺を使うなら出せ』
トースン師匠の発言に自然と頷きつつ魔軍夜行ノ槍業を触る。
『一先ずは様子を見ます』
と思念をゼロコンマ数秒も経たせずに八人の師匠たちに伝えた。
魔軍夜行ノ槍業は少し振動を起こすのみ、納得しているということだろう。
そして、
「ヴィーネとキサラに銀灰虎は皆の防御を頼む」
「「はい」」
相棒は肩から降りた。
大きい黒虎と成って右に出る。
それを見ながら足下に<血魔力>と水を撒いた。
「ガルルゥ」
「にゃごぉ」
銀灰虎も気合いの鳴き声を発してから、罰夜組のガルボンドとラカトの守りを固める。
「皆さん、下がりましょう」
「「「はい」」」
朱幻会のアヤコとチバさんは、キサラとヴィーネの背後に移動した。
刹那、分身のガンゾウ爺さんの四体が、魔杖を突き出しながら襲い掛かってきた。
<血道第三・開門>――。
<血液加速>を発動――。
<血魔力>を纏った俺は左側の宙空に向かう。
<握吸>で魔槍杖バルドークの握りを強めた。
相棒は、右側の宙空に跳んだ。ガンゾウ爺さんに向かう。
ガンゾウの分身体、本体にしか見えないが魔杖を伸ばしている。
魔槍杖バルドークで<血穿>を繰り出した。
魔杖の先端には積層とした魔法陣が重なっていたが魔杖の魔法陣を<血穿>が貫き魔杖を弾く。
直ぐに魔槍杖バルドークを下に引くように回転させて<豪閃>――。
法被ごとガンゾウの爺さんの分身を両断するように竜魔石が突き抜けた。
手応えはない。
ガンゾウの分身は消えたが奥にいた本体が八眼を赫かせながら頭部からイボイボを生み出すと、そのイボイボを気色悪い音を発しながら飛ばしてきた。
「うるぼろ、ぼるぼろ、うるぼろぅ~、ガンゾウの分体が一瞬で散ったか……」
人面型の提灯が何かを言っているが、構わず左手首の<鎖の因子>から<鎖>を射出――イボイボを貫く。
右手首の<鎖の因子>から本体のガンゾウ目掛けて<鎖>を射出――。
本体のガンゾウは<鎖>を避ける。
ガンゾウは、
「ほぉ、この<鎖>の攻撃は中々の練度じゃ――」
余裕の間で避けていく。
<鎖の念働>で<鎖>を操作し――。
<鎖>の先端でガンゾウの体のどこでもいいから何度も狙うが、ガンゾウの、か細い体がブレるほどの加速力を一瞬だけ見せて<鎖>を避けてくる。
相棒と闘っていたガンゾウの分身も消えていた。
<鎖>を魔杖で弾いたガンゾウの本体は二体の分身を本体へと吸収するように戻すと<鎖>を消した俺を見て、
「……ひゃひゃ、どちらも強い、魔獣のほうも大魔獣ルガバンティを遙かに凌駕している、ひゃひゃひゃ」
俺と相棒の強さを指摘してから不気味に笑う。
と、魔杖の先端に宙空に浮かばせていた人面型の提灯を引っ掛けて、建物の壁に着地して此方を見やる。
深い眼窩にある八眼を赫かせながら宙空に発生させていた眼球の下部から流れ出ている不可解な液体を、大きい口に吸い寄せて、それを飲み込みながら歩いていた。
その歩いていた壁を蹴って跳ぶ。
宙空で側転でもするように回転しては逆さまのまま浮遊し魔杖の先端を此方に向けてきた。
そんなガンゾウに《連氷蛇矢》を牽制で放つが――。
水属性の魔法は宙空に浮く眼球に吸い寄せられて消えた。
ガンゾウは逆さま姿勢から反転コピーしたように姿勢を元に戻すと、そのまま反対側の地面に着地するように片足を地面に突ける機動で低空を浮遊して――長い魔杖の先端で地面を突いて動きを止めた。
か細い右足を魔杖の上に載せて、その脛の上に、もう片方のか細い左足を載せて足を組んでいる。
ヨガ体操でも行っているような姿勢で、奇怪すぎた。
人面型の提灯は、その奇怪なガンゾウの左上に浮いている。
八つの魔眼で俺を凝視しているガンゾウは、
「……ふむふむ、悪夢の女神ヴァーミナや魔毒の女神ミセアだけではないようだな。そして、黒い獣のほうは神界側の匂いがこれほどまでに強いとはのぅ……」
「うるぼろ、ぼるぼろ、うるぼろぅ~、魔界王子テーバロンテを倒すだけはある」
「バビブルス、お主も多少は闘わんか」
「うるぼろ、ぼるぼろ、うるぼろぅ~」
と人面型の提灯がパッと消えてしまった。
否、いきなり俺の真上に転移――。
続きは明日。
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