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百三十七話 海老と箸とヴィーネの心

2021/02/07 23:30 修正

「ヴィーネ。服、好きなの選んでいいよ」

「はっ」


 彼女は銀瞳を鋭くさせると、売られている服を物色していく。


「ご主人様、これをお願いします」


 ヴィーネは素早く決めていた。 

 下着の布パンツ二着、黒色のお手伝いさんが着るようなワンピース。

 シュミーズ系の服を二着選ぶ。

 ボタン付きとボタン無しの二つ、地味なの選ぶなぁ。


「わかった。貸して」 


 二つの服と布パンツを受け取り店主に値段を問うと、四つで大銅貨七枚の値段だった。

 意外に安い。早速、店主へ金を払い買う。


「ヴィーネ。持っといてね」

「はっ、ありがとうございます」 


 買った服をヴィーネに渡しとく。 

 彼女は買った衣服を背曩へ仕舞っていた。


「それじゃ、宿屋に戻ろうか」

「はい」 


 そういやヴィーネは俺が泊まっている宿屋は知らないんだよな……。

 彼女を買い冒険者ギルドへ直行し、いきなりパーティを組んで依頼をこなすという……激務で濃密な時間を一緒に過ごした。


 宿についたらゆっくりと箸を作りながら彼女の話を聞いてみるか。 

 魔石もアイテムボックスの中へ納めて報酬を貰うのも忘れないようにしないと。 

 よし。戻るか。スリに注意を配りながら軽く考えを纏めていく。

 ここでよくある展開だと、さっきのスリ集団からチョッカイを出されるとか、あるかなぁっと考えたが、そんなことは起きなかった。


 スリ集団は俺たちには寄ってこない。 


 なので、スリやトラブルなどは一切なく無事に市場を出ることができた。 

 背後の気配も感じない。尾行とかもないようだ。 

 掌握察の範囲外からの優れた尾行の可能性はあるから一応警戒しとくか。


 ヴィーネと黒猫(ロロ)を連れて歩き続けること数時間。

 腹が減ってきたところで、第一の円卓通り近くまで戻ってこられた。


 黒猫(ロロ)は、まだ俺の背中のフードの中で寝ている。 

 丁度、夕刻が終わり夜の帳が降りようとしていた。


「ここから近い。北西の路地だ」

「はい」 


 円卓通りを歩いていると寝ていた黒猫(ロロ)が起きてきた。


「ンンン」 


 小さい喉声を鳴きながら肩から降りる。

 黒猫(ロロ)は両前足を伸ばして背中をしなやかに伸ばす。 

 今から動くぞ~っというような元気いっぱいな背伸びだ。

 黒猫(ロロ)は伸びを満喫すると尻尾をピンっと立たせて、太股を左右へふりふりさせながら悠々自適に歩き先頭に出た。


 そして、振り向いてくる。 

 『遊びたいにゃ』的な表情だ。


「良いぞ、この辺で遊んでこい」

「ン、にゃ」


 黒猫(ロロ)は『わかったにゃ』的に鳴いてから、宿屋側にある隙間道の中へ消えていく。

 俺とヴィーネは路地を進み迷宮の宿り月に到着。


「ここだ。中に入るぞ」

「はっ」 


 玄関扉を開けるとまた綺麗な歌声が耳に響く。 

 夕飯時だからか、食事の匂いも鼻孔を刺激してきた。 

 飯も気になるけど……この歌声だよな。 

 こないだと同じように食堂ではエルフの歌姫が繊細な声を披露しているようだ。 

 俺たちは歌声に誘われるように食堂へ向かった。 


 ヴィーネは素晴らしい歌声に驚いたのか小さいステージ台で歌っているエルフを集中して見つめている。 


 俺も柱の一つに背中を預けながら綺麗な歌声へ耳を傾けた。


 ……聞き入っていく。


 暫くして、美しい旋律を響かせていた歌謡ショーが終わる。


 聞き入っていた他の客が食事やカードゲームへ移っていく。 

 しかし、ヴィーネはまだ惚けていた。

 歌声がまだ頭に残っているらしい。

 彼女は誰も居ない小さいステージ台の上を見つめ続けていた。 

 そのボケッとしているヴィーネへ話し掛ける。


「おぃ、起きてるか? 泊まっているとこはここの上だ。だが、まずは食事をしよう」

「……はい」 


 銀髪な彼女を連れ空いてるテーブルに座った。


「あらぁ、シュウヤさん、迷宮帰りかしら、お帰りなさい~」 


 席に座ると女将メルから話し掛けられた。

 メルは鼻筋が高く茶色の瞳を持つ美人女将だ。

 相変わらず上半身はメリハリがある体形で下半身はすらりと伸びていてスレンダーだ。

 ふくよかな胸に自然と視線が誘導されてしまう。


「……メル。ただいま。食事頼めるかな。彼女の分もよろしく」 


 俺は隣に座る、奴隷である銀髪のヴィーネを軽く紹介。


「へぇ、連れの女性、あ、女奴隷ね。あれ、黒猫ちゃんが見当たらないわね?」

「ロロなら路地に入ったところで、遊びたいアピールしていたから、近くで遊んでると思う。その内に戻ってくるさ。食事は俺とヴィーネの分だけで。あ、一人増えるから金を払わなきゃだめか」

「ううん。今日はいいわ、と言うかシュウヤさんの連れなら永久的に無料よ」


 連れなら無料かよ。

 太っ腹だねぇ、褒めとこ。


「おぉ、さすが、美人女将メルさん」

「あらまぁ、褒めてくれてもサービスはしませんよ? ……それより後ほど、裏について、お話ししたいことがありますの。いいですか?」


 裏? 闇ギルド関係についてか? 

 急にメルの目つきが鋭くなっているし。


「了解、後で、俺の部屋でいいか?」

「はい。では、カズンの特製料理をお持ちします」 


 女将メルは美人さん特有の流し目で俺を見て、頭を下げてから踵を返した。

 カウンター奥にある調理場へとお尻を魅せつけるようにふりふりしながら歩く。 


 それからすぐに料理は運ばれてきた。

 料理は海老だ。エビの香ばしい匂いが漂う。 

 赤い甲羅の海老をこんがりと焼いた料理。 

 大きな皿の上には身がたっぷりと入った伊勢海老のような大きな海老が一匹乗せられている。

 それと、黒パンに蜂蜜酒という組み合わせだ。 

 この大きな海老を二人で分けて食えってか。 

 パンと蜂蜜酒はヴィーネの前にも置かれていた。


「それじゃ、これを食うか」

「はい。大きなエビですね」 


 こっちの世界でもエビが名前なのか。


「そうだな。特製と言っていたし美味そうだ」 


 ナイフで甲羅ごとエビの身を切り分ける。 

 ヴィーネの分もたっぷりと分けてやった。 


 切り分けた大きめの白身を口へ運ぶ。 

 もぐっとさくっとボリュームが凄いや。

 感触も素晴らしい。 

 さくっとしたエビ特有の感触を味わいながら噛むごとに程よい塩加減とエビの香りが口の中に広がる。 

 うめぇ、旨い。少し焦げ目のついた白身をどんどん食い尽くす。 

 と言うか、ひさびさだよなぁ、海老料理。


 懐かしい。 


 昔、日本で食った時を思い出すよ。 

 日本の光景が目に浮かぶ。富士山、波しぶき、何故か楽しそうに潜る美人すぎる海女たち。 

 自然と一粒の涙が頬を伝って流れていた。


「……ご主人様? 泣いていらっしゃる?」 


 ヴィーネは驚いた顔を見せていた。


「い、いや、――目にゴミが入っただけだ」


 かぶりをふって、誤魔化す。

 目やにを取るような仕草をする。


「そ、そうですか?」 


 銀瞳には戸惑いの色が見えた。

 そりゃ怪しいよな。 

 わざと視線をエビやパンへ向けて話題を振る。


「そんなことより、ちゃんと食っているか?」

「はっ、はい。素晴らしい味わいです」 


 ヴィーネはそう言って、パンにかじりつき咀嚼。 

 その後はあまり会話はせずにエビやパンを食べていく。 

 俺とヴィーネはあっという間にエビを完食。 


 最後にパンを食い、酒も飲み干した。


「食事はもういいな? 泊まっているとこは二階だ。行くぞ」

「はい」 


 食堂のテーブル席を離れ玄関近くにある階段を上がり二階へ進む。 

 部屋は二階通路の奥にある角部屋だ。


「ここだ」 


 扉には相変わらず“月が二つ描かれた”飾りが付いている。 

 その扉の横下には大きな篭が置いてあった。


「入るぞ」

「はっ!」


 何故かヴィーネは部屋に入る前に気合い声を発していた。


 気にせず中に入り寝台へ向かいながら、


「見ての通り、寝台は四つ。好きなのを使って楽にしていいぞ。俺もその方が気楽だし」

「わかりました」 


 彼女は自分の寝台を選び背負っていた背曩を寝台の横に下ろす。 

 その下ろした背曩袋の中からさっき買った服を取り出していた。 

 ヴィーネの行動を横目に確認しながら胸ベルトから短剣を二本取り出窓へ移動して、手に短剣を持ちながら木窓を全開に開けて風通しを良くした。 

 夜風を顔に感じながらベランダに置かれてある桶横に持っていた短剣を置く。 


 これは後で箸作りに使う。 

 先ずは風呂に入るか。 


 その場でアイテムボックスから皮布を取り短剣の横に置いておく。 

 寝台へ戻り胸ベルト、外套を脱いでから魔竜王の紫鎧の金具を外し鎧も脱いでいた。 


 寝台の横スペースに、鎧一式を纏めて置いておく。 


 ヴィーネがいるけど、素っ裸になった。  

 体の臭いが若干気になる。


 石鹸を用意してっと。


「風呂に入るけど、ヴィーネは?」

「……はい。お供します」


 すんなりと了承。 

 だが、その表情は明らかに変わっていた。 

 やや赤みを帯びた銀彩の瞳が鋭くなる。 

 侮蔑の色、軽蔑の目。 

 やべぇ……氷、冷酷な殺し屋を連想させる。 

 別にお前を抱くわけじゃねぇよ。 

 命令してないんだから、嫌なら嫌と言えばいいのに。


「それじゃ、今お湯入れちゃうから――」


 ま、ヴィーネの裸体をじっくりと拝見したいので、何も言わない俺も俺か。 

 彼女の裸に期待をしながら出窓近くにまた裸のまま移動。 


 水を流せるベランダ床に置いてある大桶にお湯を注いでいく。


「……マグ、だが、男……」

「なんだ? ぶつぶつと言って――」 


 ぶつぶつ声に振り返るとヴィーネが綺麗なお尻を見せながら、赤黒革のロングブーツを脱いでいるところだった。 

 長いすらりとした足、やや筋肉質の太股の上には柔らかそうなお尻があった。 

 お尻から太股の流れるラインが実に美しい。 

 レースクイーンか、モデルの撮影ですか? と、問い詰めたくなる。 

 日本の美人な芸能人にもこんな格好している女性がいたなぁ。 


 お尻に見蕩れているとグラディエーター柄のロングブーツを脱ぎ終わった彼女も裸になり、振り向く。 


 うひょぉ。銀の長髪に青白い肌が映えて綺麗だなぁ。 

 顔に装着している銀フェイスガードはそのままだけど、挑発するように全身の全てを俺に見せてくる。 

 お尻も良いが、なんといっても、おっぱいだよ。 

 うん。大きい乳房、雪のような粒蕾も素晴らしい。 

 筋肉質な細いくびれからお尻、太股のラインも素晴らしいね。 

 素晴らしいが二連発だよ。 

 扇情的すぎる。ムッチムッチだし。 

 アンダーヘアも真っ白い熱帯雨林ときたもんだ。 

 そのヴィーネも俺の裸を鑑賞しているのか上から下まで、じっくりと視線を動かしている。 

 女神の芸術に見惚れていると、桶にお湯が溜まっていた。


「……それじゃ、石鹸はここにあるから自由に使って洗うといい」

「はぃ……」 


 ヴィーネは少し恥ずかしそうに小声で返事している。 

 彼女に促した後、俺自身も石鹸を使い素早く全身を洗う。 


 洗い終わると生活魔法のお湯で体についた石鹸を流し、先に湯の中に浸かった。 

 俺は湯船に背中を預け、下からヴィーネの姿を鑑賞。 


 ヴィーネは悩ましく手を動かし綺麗な青白い肌の身体を石鹸を使って洗っている。 

 張りのある巨乳さんが、ぷるるんっと、揺れていた。 

 彼女は泡まみれの体となっているその泡を流したいのか桶に溜まったお湯を自らの手で掬い体に少しずつ掛けている。 


 洗い流してやるか。 

 生活魔法のお湯を宙に発生させシャワーのように使い、彼女の背中から優しく流してあげた。


「……ありがとうございます」 

「気にすんな、湯に浸かっていいぞ」

「……はぃ」 


 銀髪がしっとりと濡れて艶やかだ。 

 だけど、銀彩の瞳孔が死んだ魚のように無機質ときたか……。


「ヴィーネ。そんな心配しないでも、手を出すつもりはないから安心しろ」

「ぇ、そ、そうなのですか?」

「あぁ、嫌がる女を抱く趣味は無いんでね」 


 股間がモッコス状態の男が言う台詞じゃないけど。


「驚きました」 


 ヴィーネは目に力が戻ったように俺を見据えてくる。


「この通り、俺は不能とか男が趣味とかじゃないからな?」

「は、はい。ですが、キャネラスが言っていた話ですと、わたしを買ったご主人様は必ず下世話な命令を行いお前を問答無用で抱くだろうと言われていたので……」

「普通ならそうだろう。だが、さっきも言った通り女を抱くのに命令をして強要はしたくないんだよ。あれは互いに楽しむもんだろう?」 


 彼女は俺の言葉を耳にすると、少し頷き笑顔を見せる。 

 どこかほっとした顔を浮かべていた。 

 頷き、言葉を重ねていく。


「抜きたくなったら専門の娼館にでも行くさ、それより、ヴィーネには“心を開いて”欲しいからな」

「……」


 ところが、何か俺が間違ったのか。 

 彼女はその言葉を聞いた瞬間、ほっとしていた顔を豹変させる。 

 怒ったのか分からないがさっきの視線が可愛いと感じるほどに、目付きが鋭くなり黙ってしまった。

 “心を開け”という言葉がヴィーネの忌諱(きい)に触れたのか? 

 もしや、反抗でもする気か? 

 だとしても、胸の黒環は弄りたくはないなぁ。 


 しかし、彼女が何をしでかすか分からない。 

 命令だけでも言っとくか。


「そろそろ、風呂から出て着替えベッドで待機しろ、命令だ」

「……っ、はっ」


 お? 今、一瞬、体に魔力を纏ったが瞬時に霧散した?  

 ヴィーネは何かやろうとしたようだが、結局、思い止まったのか俺の命令通りに動き桶から出ていく。

 彼女の心の雪解けは遠そうだ。


『――閣下、このヴィーネという女……今しがた、魔力を全身に纏わせ殺気を僅かですか放っていました。閣下に対して生意気です』 


 突然、怒った口調の精霊ヘルメが視界に登場。 

 怒りの形相を浮かべては、蒼と黝が混ざる髪が逆立っている。 


 そして、桶の湯がヘルメの怒りの言葉に同調したかのように蠢いた。 

 小さい姿だけど、怒った顔には迫力がある。


『分かっている』

『……害になるのでしたら、――抹殺しますが?』 


 そのヘルメの言葉と同時に桶に入れてある湯水が勝手に盛り上がり波が起こった。 

 波が桶縁にぶつかりお湯が溢れ落ちる。


『いやいや、そう怒るな。殺す必要はない。奴隷といってもいきなり見ず知らずの俺に対して最大の忠誠を求めてるのは酷だと思うからな……最初は、と言うか、暫くはチャンスを与えるべきだと思う』 


 ヘルメは忠誠度MAXだからな。 

 俺がなだめながら念話しても頬を膨らませた可愛い姿で、怒りの表情を見せたままだ。


『しかし……閣下がどういう存在か解らないのは許せません。断罪に処すべきかと』 


 ヘルメはヴィーネの態度が気に入らないらしい。 

 確かに、エヴァに指摘されるまでヴィーネは自分の心証を俺やヘルメに気取られずに上手く従ってはいた。 

 だからか、少しでも俺に向けられた殺気を身近で感じると怒りが収まらないらしい。


『ヘルメ、そう心配せずとも大丈夫。それに、俺を殺そうと襲ってきたのなら分かるが、いきなり殺せは行き過ぎな考えだぞ。彼女は俺を襲っていないだろ?』

『はい』


 ヘルメは頷く。


『仮に、襲いかかってきたら直接応対し倒す。倒したら<眷族の宗主>スキルを使い、俺の眷族にしちゃうかもだ。それに、ただ単に俺のことが嫌いなだけかも知れない。そうだったなら彼女は解放する。金が戻ってこなくても、キャネラスのもとへ帰ってもらうさ。だから殺さない。これは決まりだ』

『はい。承知いたしました』 


 その言葉と共にヘルメの逆立てていた髪から湯気を放出させて元に戻っていく。 

 怒顔からいつもの可愛い顔に戻っていた。


『良かった。元に戻ったか。それと、風呂の水が自然と動いてるから動かさないように』

『はっ』 


 ヘルメは俺の気持ちを察したのか、お辞儀しながら視界から消えていく。 

 念話は瞬時に行われるから便利だけど、いきなりだからな。 

 顔には出さないけども、少し驚いてしまった。 

 その時ヴィーネが水に濡れた体で服を着ようとしているのが目に入る。


 水も滴る良い女。とは、言わせない。


「――ほら、これで拭け」 


 桶風呂に入りながら、横に置いてある皮布をヴィーネへ投げつけ渡す。


「――っ、ありがとうございます」 


 ヴィーネは何事も無かったように皮布を掴むと、頭を下げてお礼を言ってくる。 

 手にした布で体を拭きながらベッドに戻り、買っていた服を着始めていた。 


 さて、箸作りでもやりながらヴィーネの話を聞いて難く結んだ心の紐を引き当てるか。 

 魔石をアイテムボックスに納めるのは後回しにしよ。 


 俺も桶から出ると皮布で体を拭いていく。 

 皮服と布ズボンを履いて、楽な格好になった。 


 ジャージとかあったら着るんだけどなぁ。 


 そして、腰に手を当て風呂上がりの牛乳を一気飲み。 

 だけどそんなもんは無い訳で。 


 そんなどうでも良いことを考えながら、大桶に入っている汚れた水を流そうとした時、


「ンンン、にゃ、にゃあ」

「ロロっ」


 黒猫(ロロ)が部屋へ戻ってきた。


「遅かったな?」

「にゃ」


 黒猫(ロロ)は俺へ向けて頷くように鳴くと、出窓の外へ顔を向ける。 

 そこの屋根上には白猫が優雅に歩いていた。


「なるほど、こないだの白猫か。名前はマギットだっけ? 遊んでいたんだな」

「にゃおん」 


 はは、もうすっかり友達同士という訳か。 

 そこで、黒猫(ロロ)を抱いて撫でてやった。

 ん、だが、少し臭い。


「ロロ、風呂入れるぞ」

「ンン」 


 あまり入りたくなさそうだけど、流さないでおいた湯船に黒猫(ロロ)を入れて石鹸でゴシゴシと黒猫(ロロ)の体を洗っていく。

 黒猫(ロロ)は抵抗はしない。

 お腹をおっぴろげて俺に全てを委ねている。 

 よーし、綺麗綺麗にしてやるからなーっと。

 楽しんで優しく洗ってあげた。


「にゃおにゃ」 


 洗い終ると、桶からすぐに出る黒猫(ロロ)

 寝台へと飛ぶように行こうとしたが押さえる。


「拭いてやるから待てっ」 


 ふきふきと水分を拭き取ってから離してやった。 

 解放された黒猫(ロロ)は素早く板床を走って移動し、空いている寝台上に飛び乗る。

 いつもの飛び跳ねて遊ぶ運動を始めていた。 


 ヴィーネは動きを止めて、その踊るように跳躍している黒猫(ロロ)の様子を見つめている。 

 驚いているらしい。


「ヴィーネ、ロロはあれが好きなんだ。ほっとけば自然と眠り出すから」

「はい」 


 それじゃ、ちゃちゃっと箸作りを始めちゃうか。 

 まずは桶に入っている汚れたお湯をジャーっと流しちゃお。 


 次にアイテムボックスから、オリーブ油と茶色がかった色合いの木目がある材木を取り出す。 

 大桶の上にそのチョーク材を置いた。

 オリーブ油も近くに置いておく。 


 木を削るのは、さっき出して置いた魔法の短剣だ。 


 一応、古竜の短剣も置いあるが、この青白い刃を持つヤゼカポスの短剣を使う。 

 あまり技術が必要ではない四角柱型を目指す。 


 短剣を使いチョーク材を――ジョリジョリと削り出す。

 簡単に削れた。この分なら四つぐらいは作れそうだ。 

 テンプレートやカンナがある訳じゃないので少し歪になるかもだけど、削り箸の原型を作っていく。 

 ある程度の目安はできた。ここでオリーブオイルを皮布に染み込ませる。


 その染み込ませた皮布を使い一対の箸原型にオイルを塗っていく。 


 第一段階はこんなもんか。 

 ま、前世ではワークショップで簡単な箸作り体験はあるし、アキレス師匠から教わった木工細工の技もある。 

 無駄に軍人将棋のような駒を何個も作らされてはいない。 


 だからこんなもんは、楽勝。 

 と、強がるけど、<木工>スキルは覚えられていない……。 


 悲しいかな、俺にはセンスが無いらしい。 

 そこでヴィーネへ視線を向けた。 


 新しい服の黒ワンピース姿だ。 

 その彼女の銀彩なる視線は俺の手先を捉えている。 

 どうやら木材を削り“何か”を作っていることに興味があるらしい。


「ヴィーネ、これに興味があるのか?」

「はい」

「これは食事の時に使う。“箸”という簡単な道具だよ。俺の故郷で使われていたのを再現したんだ」

「箸……故郷ですか」


 その故郷という言葉に微妙に反応を示す。 

 丁度良い、ヴィーネの故郷である【地下都市ダウメザラン】について、話題を振るか。 

 その前にオイルを塗った箸を出窓近くに置く。 

 ここなら風で乾きやすいはず。風じゃなく紫外線で硬化するといった感じなのかな。

 この油が地球と同じならの話だが。 


 さて、話すか。 

 俺はヴィーネに近寄りながら口を動かしていく。


「……故郷といえば、ヴィーネの故郷は【地下都市ダウメザラン】第十二魔導貴族アズマイル家の次女だったけ?」

「……はい、よく覚えていますね、……さすが(・・・)はご主人様です」 


 うは、皮肉。 

 敬う言葉だが、その口調は冷めていた。


「……そりゃ覚えているさ、綺麗なヴィーネが育ったダークエルフの文化に興味があるんだよ。……地下都市ダウメザランがどんなところかってね」 


 そのままヴィーネのパーソナルスペースに侵入。 

 彼女が座る寝台に近付いた。


「……」 


 俺の言葉を聞いているヴィーネは怒りを我慢しているのか細眉をピクピクと動かし、顔を俯かせ視線を斜め下へ向けていた。

 無理にでも話をさせるために、ここはもっと踏み込むか。 

 もう少し突っ込んでみる。


「なぁ……何か、俺に不満でもあるのか?」 


 ヴィーネは下げていた頭を上げる。

 そして、眉間に皺を作りながら長い銀髪を左右に揺らすように頭を揺らし、


「はい。か、いいえ、か、……わたし自身、分からないのです。心が、揺れて判断が難しい」 


 迷っている? 困惑か。

 何がそうさせている。俺か? 俺の存在が彼女の価値観を迷わせている? 

 分からない。だけど彼女の心が少し開いたかな。 

 だが、その困惑顔も美人故に見逃せない。


「……んん? 心が揺れるとは?」

「……マグ、ル、のご主人様が、つ、……よい、おす」


 ヴィーネは顔を左右に激しく揺らして聞き取れない。 

 声が小さいし……。 

 だが、青白い肌の頬が少し赤い。


「? いまいち聞こえないし、ハッキリと言ってくれ」


 その言葉を聞いた彼女は、一瞬、顔を上げて銀彩瞳を揺らし見つめてくる。 

 顔を逸らしたが銀仮面の反対側の頬の赤みが増して見えた。 

 また、見つめてくる。


 今度はちゃんと話す気らしい。


「……ご主人様は素晴らしい戦闘力だ」

「まぁ、戦いに関しては自信がある」


 俺は頷き、肯定。

 ヴィーネはそんなことで、あんな怒ったような混乱した顔を浮かべてたのか?  

 更に、彼女はピンクと紫掛かった唇を動かしていく。


「……わたしには秘密があるのだ。ダークエルフ種族としての能力、ご主人様を含めたマグルの誰にも話していない秘密がある」


 おぉ、この口調が素の状態か?


「誰にも? お前を買った教育を施した商人キャネラスにもか?」

「当然だ」


 静かに頷く、ヴィーネ。


「ほぉ、それじゃ最初から分かるように、君の物語を聞かせてくれよ」


 分かち合いたいし、シェアをしたい。

 そうして、ヴィーネは静かに語り始める。

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