百三十六話 幕間レベッカ
レベッカ視点です。
魔槍使いと出会って、わたしは……人生が変わった。
あ、ロロちゃんもだけど。
でも、シュウヤのが大きいかな。
わたしが初めて大好きになった男の人。
初めて彼と出会ったのはギルドのボード前だった。
まだ鮮明に覚えている。
黒髪、吸い込まれるぐらいに綺麗な黒瞳、顔は平たいけど整った顔。
彼は迷宮都市に来たばかりらしく色々と世話を焼いてあげたのが出会い。
勿論、本当の理由はわたし自身がパーティを組みたいからという打算があったのは認める。
でも、結局は正直に自分から渾名、他の冒険者たちから避けられていることを話していた。
彼はわたしの忌み嫌われている渾名を聞いても嫌な顔はしなかった。
更に、わたしを可愛い女とか。
この言葉には本当に驚いた。
あんな風にわたしの目を真っ直ぐ見て、容姿を誉められたのは凄く久しぶりだったから……。
でも、彼の瞳を見ながら聞いていると……。
不思議と染みた。心に、なぜか染みた。
あの黒瞳は狡い。綺麗で吸い込まれそうになる。
少し紅く光ったのは気のせいだと思うけど目が離せなくなってしまった。
それから女じゃなければついてこなかったとかハッキリとスケベだと分かることを自ら話してくるし、こんなに純粋というか素直な男の人は、生まれて初めてだった。
学院にはシュウヤみたいな男性はいなかった。
そんな彼にギルドで話していた通り、わたしがいつも利用している掘り出し物が売られている魔術屋に案内してあげた。
ここで違った意味で驚くはめになる。
喉から手が出るほど欲しい、高くて買えない魔法書を沢山、大白金貨という見たことのない大金でお菓子でも買うように簡単に買う姿を見た時……。
わたしは頭をハンマーで殴られたようなショックを受けた。
彼はもしかすると、高度魔法を教える個人的な先生がついていた大貴族のご子息かもしれない。
そして、あっさり魔法書を読んで覚えていく姿にも唖然とする。
思わず口に出して怒ってしまう。
そう、彼の魔力、精神力だけじゃなく何不自由のないお金持ちの態度に嫉妬して、ぞんざいな言葉遣いでシュウヤへ当たり散らしてしまった。
普通は魔法学院で勉強して魔力操作……いや、普通の見方をしても意味がないわよね……リーン先生も言っていたし、才能は努力を凌駕すると。
わたしだって普通じゃない<炎の加護>と<蒼炎の目>を持ち、戦闘職業も蒼炎絵師という希少戦闘職業。
<炎の加護>は火精霊イルネス様、炎神エンフリート様からの加護があるし、炎属性の魔法効果が倍増するという特殊スキル。
<蒼炎の目>の方は意味がなくて時々目が蒼炎を灯すだけという、全くもって意味が分からないスキルだけど。
戦闘職業は蒼炎絵師という希少な職にクラスアップした時は喜んだけど、魔法絵師のように額縁魔道具が使えるかと思ったら使えないし……。
ただの炎が得意な魔法使いとあまり変わらないのはショックだった。
……わたしが学院での生活を思い出しながら文句をいうと、彼は当然の如く機嫌を悪くした。
厳しい顔を浮かべて貴族ではなく冒険者として稼いだ。と、強い口調で話す。
すぐに謝ったけど失態だった。
でも、彼はわたしの気持ちを察していたのか笑顔でフォローしてくれた。
わたしが悪いのに……シュウヤは意外に優しくて気が回る。
そこからは仲直りするように自然と会話は弾む。
何か彼と話していると楽しいかもしれない。
パーティは久し振りだからかも?
迷宮に入ろうとした時、【青腕宝団】の面々が現れた。
六大トップクランのメンバーだ。
シュウヤに少し六大トップのことを説明してあげた。
彼らの活躍は本当に凄い。
わたしもいつか、彼らを超える冒険者となって父も超える冒険者になるんだ。
お宝も発見して最強の大魔術師系の戦闘職を目指す。
と、そんな意気込みで魔法学院ロンベルジュを卒業してからずっと努力しているけれど最近はパーティも組めていないので、ただの目標となっている。
だから、今日は頑張るつもり。
小さなことからコツコツと、魔法の腕をあげてやるんだから。
特にパーティ戦は久しぶりだからね。
わたしは後輩を指導するつもりで、シュウヤを連れて迷宮へ突入した。
しかし、後輩とか考えていたわたしは馬鹿だった……。
よくよく考えれば、魔法をすんなり大量に覚える時点で普通じゃないことは明らかだったのに、わたしはパーティが組めて浮かれていた。
彼と猫ちゃんはわたしの想像を遥かに超えた猛者。
学院でも習い聞いていたけど、実際にいるんだ。
わたしの自信は脆くも崩れていく、砂で作ったお城のように。
「ランクはあくまでもランク……一流を超えし何かを超越した存在は、低ランクにもいますよ」
リーン先生の言葉を思い出す。
一階の雑魚モンスターたちを巨人が踏みつぶす勢いで簡単に倒し進む。
彼はパーティメンバーが要らないぐらいに強い。
こんな強いならもっと沢山の依頼を受ければ良かったと話してから、急遽、モンスター部屋にも行くことになった。
そして……部屋手前にある広場を通った時、ちょっとした事件が起きた。
わたしの渾名を知る冒険者たちから罵詈雑言が飛んできたのだ。
だけど、わたしが貶されたことに怒ったシュウヤが、わたしのために、馬鹿にしていた奴らを圧倒的な槍武術と体術で倒してくれた。
ロロちゃんの触手も凄いけど、シュウヤの動きに魅いられ心臓が早鈴のように高鳴り、彼のカッコイイ姿にトキメイテしまう。
……あんな凄い男の人もいるのね。
でも、恥ずかしくて絶対口には出せない。
占領していたパーティはすごすごと退出していく。
帰っていく姿を見ていてスカッとした気持ちになれた。
ふふっ、正直いうと気持ちいい。
シュウヤは気を使って謝ってきたけれど、わたしは凄く嬉しかったので気持ちを伝えたら少し恥ずかしそうに、気まずそうに笑っていた。
そして、モンスター部屋に入ることができた。
中に湧いていた中型ゴブリンを連携して難なく倒すことに成功。
さらに、さらに、宝箱が出現したのっ。宝箱なんて運が良い。
木箱から腕輪を発見した。
わたしは嬉しくて楽しくてテンションが上がりっぱなし状態だった。
そんなわたしたちは無事に地上へ戻り【スロザの古魔術屋】の店主に鑑定をしてもらう。
腕輪は木箱からは珍しい二つの魔法効果が付くマジックアイテムだった。
テンションの上がったわたしは調子に乗って店主と話していく。
マジックアイテムが手に入って、凄く、凄く、嬉しかった。
機嫌を良くして店から出るとシュウヤがわたしの宝を見る視線から判断したのか、子供をあやす口ぶりの少し馬鹿にした感じの言葉で、腕輪をあげると言ってくる。
少しむかついたけど、お宝だし、ありがたく、貰っておいた。
でも、ロロちゃんから悪戯されて、腕輪を取られてしまう。
わたしとロロちゃんのやり取りを見ていたシュウヤが大きく笑う。
その笑いと喋りに、イラッとしてしまう。
「っ、シュウヤがロロちゃんに指示させたんでしょ~、シュウヤのばかぁぁぁ」
叫んでしまった。けど、ギルド前でわざとわたしに抱きしめさせてくれた猫ちゃん。
可愛すぎて柔らかいお腹に顔を埋めてしまった。
この時は、もしかしたら、彼とこれからもパーティを組めるかもしれないと淡い期待を考えていた。
清算を終えて、ギルドから出たとき、
「レベッカ、これからどうする?」
「わたしは一旦、家に帰ろうかな。シュウヤは?」
「俺は少し都市の見学をしながら宿へ帰る」
パーティとしてのお試し期間は終わりかぁ。
もう一度組もう。という強い言葉はなかった。
でも、分かる。シュウヤは迷宮の経験が浅いけど、一流の武芸者でもあり魔法も使える凄腕な魔槍使い。
わたしも魔法には砂のお城的な自信があったけれど、崩れ去ったし。
彼のような優秀な人材が魔法しかできないわたしと組もうとする理由がないからね。
しょうがない。残念だけど。
「……そう。なら、……お試しのパーティはここまでね」
「そうだな」
「うん。また今度組めたら嬉しいわ」
社交辞令で作り笑顔的な表情を浮かべて話していた。
わたしにはベティさんの家で紅茶を売る仕事もあるし、パーティを組めなくても平気。
「あぁ、そうだな。また今度頼むよ」
「……わかった。じゃあね」
今日は迷宮で稼げたけどベティさんはもう年を取っているし、紅茶売りも頑張らないと。
シュウヤと黒猫ちゃんとの楽しいパーティはここで終わった。
わたしは肩を落として解放市場を通り家に帰った。
家は解放市場の端先にある小さい路地の奥にある。
小さい家。
でも、父と母が残してくれた小さい家。
父の名はヒート・イブヒン。
べファリッツ大帝国の生き残りで優秀な魔術師でエルフの冒険者だった。
でも、迷宮に潜って帰らぬ人になった。
母の名はポプラ。人族で母も火属性の魔法が得意な魔法使い系の職を持つ冒険者だったけれど……病気で死んじゃった。
だから、今、わたしは一人で生活している。
でも、あまり寂しくはない。
隣の手前にあるベティさんのお店で幼い時からお茶販売の売り子として働かせてもらっているからだ。
解放市場の端だけど、ちゃんとお客さんが来店する。
わたしはさっそく背嚢を下して、迷宮用の装備を脱いでいく。
販売店用のボディス系のひらひらがスカートの端に付く衣服に着替えて、ベティさんの店へ向かった。
「――レベッカっ、もう帰ったのかい?」
店の奥で店番をしていたベティさんがわたしに気付いて声を掛けてくれた。
「うん、今日はね、なんとっ、パーティを組めたのよ? それが強い魔槍使いなのっ」
わたしは気分よく、人差し指を立てながら楽しく話す。
「おぉ、それはよかったよかった、わたしゃぁ、心配していたんだよ。いつもいつも、個人で迷宮に潜っているからねぇ……」
「ふふ、大丈夫だって、これでも魔法学院を次席で合格したんだからっね」
「はいはい、分かっているさね、ハーフだから差別で首席じゃなくなったんだろ? ささ、そんなことはいいから今日も店番をやっとくれよ」
ベティさんはいつもの調子で笑うと店奥へ移動していく。
最近はすぐに奥の自室で休んでしまう。
お婆ちゃんなので、体も弱ってきているし心配。
だからわたしが店番を頑張らないとっ。
そうして暫く店番を続けていた。
「よっ、レベッカ。今日も迷宮じゃなく、店番か?」
また、こいつかぁ。カエル顔の男。
最近毎日、ここの店にやってくる……。
「うるさいわね、買うの買わないの?」
「どうしようかなぁ……」
「はぁ……商売の邪魔だから向こうへ行ってよっ」
腕をふりふりして、どっか行けと強く意思を示す。
「レベッカが俺とデートに応じてくれたなら、一番高い紅茶を買ってあげてもいいかなァ」
……嫌なのに、あんたなんかと絶対デートなんてしないわよ。
シュウヤなら喜んで付いていくのになぁ……。
はぁ……あれ、自然とシュウヤのことを考えていた……。
「……うるさいわね、どうせ買わないくせに、いいかげんにしないと、魔法で焼くわよ?」
理想と現実のはざまに、イラついたわたしは口酸っぱく話していた。
「こわこわ、それじゃ退散しますよ」
カエル顔の男は去っていった。
あのわたしの足を見る目……少し怖い。
でも、素直に帰ったから、ほっとする。 あ、別のお客さんだ。
「このブレックファーストで飲める中級紅茶を三つください」
「はい、品質は落ちるラド茶、ファーストフラッシュですね、どうぞー、大銅貨三枚です」
その後は高級茶葉である雷精のラド峠で栽培されているセカンドフラッシュ、ファーストフラッシュ、インビトウィーンも一つずつ売れたところで店じまい。
ベティさんに褒められるかも。給料アップしてくれるかなぁ。
「ベティさんー店の売り上げをここに置くわよー」
「……あぁ、悪いね、お、今日は沢山売れたみたいだねぇ、ありがとうよ、レベッカは黙っていれば美人だからねぇ、売り子には最適だ」
……一言多い気がするけど、ベティさんには文句は言えない。
「ううん、そんなことないよ、ベティさんの仕入れるお茶の品質が良いから売れるのよっ」
「ひゃひゃひゃ、嬉しいこと言ってくれるじゃないか、今月の給料は少しアップしてあげようか」
やったー。
「わーい、ありがとう、ベティさんっ!」
「あ、危ないよ、棚の端に服がひっかかって――」
「――きゃぁ、痛っ」
転んでしまった。
「まったく、言わんこっちゃない。おっちょこちょいだねぇ、その大事なわたしの植木はちゃんと拾うんだよ。ま、お茶の袋はこぼしてないから良かったか。こぼしてたら、給料アップはなしだったからねぇ」
うぅぅ、いたた、わたしより死んだ植木と紅茶のが大事なのね……。
「アハハ……よかった。こぼさなくて……」
「ささ、食事にするよ、レベッカも一緒に食べていくかい?」
「あ、うん」
怒りやすいけど優しいベティお婆ちゃん。
ついでに、前々から疑問に思ってた、この落ちた古い植木について訊いてみた。
「ベティさん、どうして死んだ木を鉢植えをそのまま飾ってあるんですか?」
「ん、それは大事なレベッカのことでもあるんだよ」
「うん、わたし? おかしなベティさんね。なんで死んだ木がわたしなのよ」
少し怒った。
「ふふん、そうかい、分からないのかい? その植木は古い木だが、まだ死んじゃいないんだよ。根元のところをよく見てなさい」
ベティさんは独特の深い笑みを見せていた。
しゃくだけど、言われた通り植木を枯れ葉を退かして根元を見ていく。
あ、本当だ。
小さい翠葉があった。
これがわたしという意味なのかな。
「葉がある……」
「そうだ。愛情を注いであげれば、古い木だろうと花は咲くんだ」
愛情か。
「うん……」
「この古びた植木のような、傷ついた人族、エルフ、ハーフエルフ、沢山いる。戦争の孤児、手足がない子供、口が利けない子供、飢えによる彷徨う不幸な子供、更には希望もない盗賊に堕ちる者、奴隷にされる子供、他にも様々な理由で枯れ木のままで過ごすのを許そうとしている強欲な奴隷商人たちもいる。そんな傷ついた者の中には耐えられず自ら死を選ぶ者もいるだろう。だが、目の前にいるレベッカ。あんたは両親に先立たれても、枝に生える綺麗な葉を失おうとも、その悲しみを乗り越えて明るく、元気よく、笑い、幸せに、綺麗な花を咲かせ続けて生きている。だから、それはレベッカなんだよ。大事なわたしの守り神なのさ、わたしは幸せだよ。神がレベッカを生かし続けてくれるかぎり、わたしは与えられた人生を有意義に生き続けていられるのだからね……」
わたしはベティさんの想いを聞いて泣いていた。
「……ごめんなさいベティさん……」
「はは、ばかだねぇ、さぁ泣いてないで、こっちに来なさい一緒に食事にするよ」
◇◇◇◇
お店で売り子に立つ以外は律儀な渡り鳥のピピクのように毎日ギルドへ向かい依頼が貼りだされたボード前で、にらめっこしている。
パーティの応募要項を眺めては……違う冒険者と組みたいと思っているのだけど、組めないから仕方がない。
個人でも頑張れば少しはモンスターは狩れる。
でも、心の中では……あの魔槍使いであるシュウヤに会えればな。
とは、思っていた。
そして、ギルドで依頼を選んでいると神様が願いを叶えてくれたのか、その想っていた相手シュウヤに話しかけられた。
またパーティを組んでくれるらしい。
すごくすごく、嬉しくて、言葉を噛んでしまった。
そして、パーティメンバーを紹介されて、驚く。
シュウヤが奴隷を持っていたのにもびっくりしたけれど、車椅子に乗ったエヴァという、わたしと同じぐらいに嫌な渾名と噂が浸透している女性がいたことにも驚いた。
そして、皆で、魔石収集、モンスター討伐を選んでパーティ名も色々意見を出し合って決めていく。
わたしはこういう雰囲気が大好き。
シュウヤも笑顔で楽しそうに、却下、却下と言って、わたしの案を無下にしていたけど掛け合いのテンポが本当に楽しかった。
何か、皆と、響き合えたような気がして一瞬が永遠になった気分。
結局黒猫ちゃんを見つめていたシュウヤが思いついたような顔を浮かべて話した言葉、シュウヤの案、「イノセントアームズ」に名前が決まる。
意味は分からないけど、良いと思う。
わたしたちイノセントアームズは迷宮へ向かい順調に狩り進めることができた。
迷宮での戦いは凄いの一言。
湧くモンスターを次々と倒しスムーズに進む。
わたしはこんな速度で狩り進めるパーティを知らない。
文字通り、あまりパーティを組んでないから知らないのだけど。
でも、速いと思う。これは皆同意見だった。
さらに、勢いに乗ってモンスター部屋にも挑戦。
ここは黒飴水蛇が湧く。
あの黒い甘露水を放出する髭を生やした大蛇だ。
ここでもシュウヤが魔槍使いとしての実力をいかんなく発揮。
勿論、わたしも必死になって魔法を放っていたけれど、シュウヤは色々と桁が違う。
魔槍杖というハルバードを使った豪快な薙ぎ払いで黒飴水蛇の大きい頭を爆発させるように斬っていた。
本当に驚きの連続。
Aランクのモンスターをあっさり倒す人族がいるなんてね。
本当は人族じゃないかもだけど、この時は聞かなかった。
わたしだってハーフエルフ。
あまり話したくない種族名だからね。
でもでも、銀箱が出現したことの方が衝撃だったわ。
わたしは興奮して鼻血がでそうだった。
しかもシュウヤはアイテムをわたしにくれたし。
詳しくは、みんなに分けていたのだけど彼はアイテムを独占しようとはしない。
……優しい。
あまりお金には執着しないタイプなのかもしれない。
奴隷にもあげているし、まぁこれは戦力を上げるためもあるのでしょうけど。
でも、正直にそんなことは言えないので、休憩時に強がった態度でふざけた話でシュウヤを責めてしまっていた。
そうして、時間をかけ依頼のモンスターを狩り終えたわたしたちイノセントアームズは無事に地上へ帰還。
ギルドの精算とお楽しみの鑑定を終えた。
この時、ほくほく顔を浮かべていたと思う。
マジックアイテムの杖を手に入れたし、沢山の金貨……。
こんなに報酬を得たのは冒険者になって初めてのことだったから仕方がないと思うけど、もう鼻の下がデレデレに伸びまくっていたと思う。
これじゃシュウヤのエロ顔に対して注意できないわ。
でもいいや嬉しいし、ふふふふ。
銀箱に入っていた魔宝地図もいつか挑むらしいし、その時もわたしのことをまた誘ってくれるらしい。
自然と笑みが溢れていく。
わたしは怪鳥ルククが驚いて歩くようにスキップをする勢い、るんるん気分でギルドから出た。
ギルド前の通りで、皆、これからどうすると話し合う。
シュウヤは市場へ行きたいと言ってたので、案内してあげることにした。
でも、エヴァが二人だけで話したいとシュウヤに語りかけていた……ちゃんと告白するつもりなのかもしれない。
迷宮でもエヴァはストレートに好き好き視線で、分かりやすい態度を表面に出していた。
わたしにはできないことを素直にやれちゃうエヴァは凄い。
きっとシュウヤのことが凄く好きなんだ。
だとしたら先を越されちゃう。
どうしよう……。
そんな淡い恋心を抱いて待っているとシュウヤは何事もなく戻ってきた。
わたしは気になっているので聞いてみた。
「――それで、エヴァの話は何だったの?」
シュウヤはそこで奴隷のヴィーネへ向けた。
なぜ? 関係しているのかしら、それともヴィーネのことが……。
シュウヤは少し苦笑した笑顔を浮かべる。
「……あぁ、個人的なことだ。エヴァに俺の泊まってる宿屋の場所を教えたりね。パーティボックスに置手紙のメッセージ出しとくとか」
やっぱり告白したのかも。
えっちな約束をしたのかもしれない。
「そういうこと……」
誤魔化された気もするし、女の勘だけどね。
わたしはあまり顔に出さないように複雑な気分で解放市場へ路地を通って案内してあげると、いきなり知らない人たちから襲われた。
けど、襲ってきた奴らの大半はシュウヤが倒していく。
後ろから来た奴らも、奴隷のヴィーネとロロちゃんが素早く倒してくれた。
ほっと一安心。
でもどうして襲われたのだろう。
そんなことを考えていると、目にもとまらぬ矢が、シュウヤに直撃していた。
顔と首に突き刺さり鮮血が舞い散る。
あぁぁ、すぐにポーションをっ! と思った瞬間、わたしの視界は閉ざされてしまった。
気を失ってしまう。 気が付いたら見たことのない家の中でシュウヤに起こされていた。
「んぅ~、あらぇえぇ? ここどこ? あぁぁぁっ」
あ、シュウヤは怪我をしてたはず、首、顔に矢がっ、
「シュウヤ、顔、首に矢が刺さっちゃった……は、ず?」
わたしは勢いよく起き上がりシュウヤの顔を凝視していく。
あれ、傷が消えている? ポーションをすぐにかけた?
「それなら、大丈夫だ。ほら、何にもないだろ?」
「嘘っ、嘘よ。もっとちゃんと見せなさいっ、二本も刺さってたのに、ほら、鎧脱いでちゃんと見せてっ!」
もう、心配でシュウヤの体を全部を見たい、違う、必死な思いで話していた。
やはり傷がないし何かの回復系スキル?
毒系も効かない神に選ばれし者とか言われている人たちが持つ特殊スキルを持つのかもしれない。
「――これでどうだ?」
「……」
シュウヤは上半身を脱いでくれた。
裸、筋肉が素敵……。
あれ? 二つあるネックレスの片方は……。
古の星白石の形。
どうして、シュウヤが?
でもシュウヤは馬鹿みたいにポーズをとっている。
「……何、胸を動かして、変な格好をしているの?」
「はは、いや、ちょいと軽く運動を……」
もちろん、冗談でやっていると分かっているけれどネックレスのことで頭がいっぱいなので、早口を意識する。
「はぁ? 意味わかんない。 そんなことより、その首から下げてるネックレス、ちゃんと見せてくれない?」
首に下げていた二つのネックレスを見せてくれた。
……天道虫のネックレス。
シュウヤの手から奪い取ると、改めて形を確認。
「……ねぇ、このネックレス――どこで?」
これはもしかしたら、との思いでシュウヤに迫る。
「あぁ、それか――拾った物だ」
拾った……迷宮で死んだと思っていたのに、あ、転移の連続した罠で迷宮外に飛ばされたのかもしれない。
だとしたら、やっぱり父さんのだ。
「やっぱり、これ父さんの?」
「んん? 父さん?」
わたしは自分が装着していたネックレスを取り出す。
父さんと母さんのなら合うはず。
カチッと、二匹の天道虫にわたしが持っていた天道虫が嵌った。
親子が揃った。三つの天道虫。
あぁぁ、今になって戻ってくるなんて、父さん……。
……自然と涙が流れていた。
「それは古の星白石?」
ヴィーネの声だ。この宝石のことを知っているようね。
「宝石の名前なのか」
シュウヤは知らないみたい。
「……うんっ」
わたしは頷きながら感動で泣いていた。
彼はこのネックレスを持っていてくれた……。
あれ? 飾り、組み合わせた天道虫が輝いている?
輝く天道虫の飾りから、輝く虫、天道虫たちが現れてどんどんと宙へ飛び出していく。
わたしとシュウヤの回りを輝く天道虫たちが祝福するように周囲を囲む。
「ご主人様!?」
「にゃお?」
なんだろう、不思議。
「大丈夫だ、見といて」
シュウヤが落ち着いた口調でヴィーネと黒猫ちゃんに話していた。
カーテンのように幕で白淡い光にわたしたちは覆われてしまう。
天井にまで続いている。
少し不安になったのでシュウヤに抱き着いていた。
その瞬間、白淡い幕が輝きぶれるように蠢く。
幻影が生まれて、え、おとうさん、おかあさん?
あぁ、わたしも小さい姿で映っている……。
「お父さん、お母さん……」
わたしは自然と手を伸ばしていた。
「……これは、精霊の奇跡?」
そう、これは奇跡だ。黒猫ちゃんは興奮して小さい天道虫たちを追いかけている。
すると、声が頭に響く。
「ありがとう、光と闇を持つ者よ。娘に思いを届けてくれて――」
父さんの声だ。
「い、いや、たまたまですよ」
シュウヤと話している。
「さすがは光を持つ精神。素晴らしい謙遜を持つ。だが、君は分からないのかい? こうして光の精霊を運び用いていることに、そして、稀有な光と闇を持つ特別な存在だということを。良かったら君の名前を聞かせてほしい」
「シュウヤ・カガリです」
「そうか、カガリ君。ちゃんとわたしの願い通りに、娘へネックレスを届けてくれて、ありがとう。そして――レベッカ、そのネックレスの裏を見てごらん」 父さんに言われた通り、ネックレスの裏側を見る。
「うん」
“永遠の愛をポプラへ”から
“永遠の愛をポプラとレベッカへ捧げる” 新たな文字が刻まれていく。
ああああぁぁぁぁ、と、とうさん。
「……お、おとおさん、わたし、……これ、メッセージが追加されている……」
「そうだ。言葉が遅くなってすまないな」
「ううん。ありがとう」
お父さんだ。優しい顔でいつも見ていてくれた。お父さん。
「……レベッカ、大きくなったな? わたしや、母さんのように、もう立派な魔法使いだ」
「うん。お父さんを超える冒険者になろうと思って」
「そうか。わたしは幸せだ……おっ、わたしのハイエルフの魂とて、光の精霊力が合わせてもここまでが限界か」
光が薄れていく。ええええ、なんでよっ。
「お父さんっ、いっちゃだめ! もっと、もっとお話をして!」
「ははっ、姿は母さんに似て綺麗な大人の女だと思ったが――まだまだ子供だな? カガリ君。こんな娘だが……頼むぞ」「あっ、はい」
寂しい思いが心を埋めていく。
お父さんと離れたくない……。
わたしは子供の頃のように頭を左右に振り我儘な行動を取っていた。
「父さんだめよっ、お話ししたいのっ!」
「レベッカ、もっと強くなるんだ。お前の血には、ベファリッツ古貴族を超えた古代の暁から流れる、いや、もっと古い、永久なるハイエルフの血が流れているのだからな。そして、蒼炎神の血筋を引き継ぐ偉大な力が眠っている……幸せになるのだぞ。レベッカ、お前に永遠の愛を、ポプラ――今いくぞ――」
ああああ、消えちゃう、父さんと会話できたのに。
光の精霊さんたち、もう少し頑張って……。
星の煌きのような光の天道虫さんたちは、わたしの想いとは裏腹に霧が晴れるように消えていく。
一瞬だけど時間の隔たりが長く感じられた。
光の粒が消えていくたびに心が揺らめて軋んで萎む。
消えないでよっ! だけど良い夢は続かないのと同じで、儚い夢のように消えてしまった。
でも、光の欠片がネックレスの中へ入ってきてくれた。
父さんの一部かもしれない。見守ってくれるのかな……。
「お父さん……」
「消えちゃったな……」
「ご主人様、今の奇跡はいったい」
ヴィーネはわたしのネックレスを見続けていた。
「奇跡に説明はいらんだろ、レベッカの父が持つ魔法力が凄かった、そして、ハイエルフとも言ってたから何かしらの力なのだろう」
うん。でも、わたしがハイエルフの血を持つだなんて初めて知った。
ずっと、ただのハーフエルフだと思っていたわ……想像すらしなかった。
だから、わたしには不思議なスキルがあったのね。
「ンンン、にゃおぉぉ」
ふふ、可愛い黒猫ちゃん。
がっかりして、お髭ちゃんを下げている。
あの天道虫たちを捕まえられなくて悔しかったみたいね。
「レベッカ、大丈夫か?」
「うん。びっくりしたけど、……お父さんに会えて嬉しかった」
このネックレスを肌に離さず持っていて良かった。
しかも、わたしが好きになった人が父と母のネックレスを持っていてくれるなんて、偶然とは思えない。
きっと、光の神様ルロディス様と父さんのお陰。
「……まさか、俺が身に着けていた天道虫のネックレスがレベッカのネックレスと繋がってるなんてな。偶然という言葉じゃ片付けられない“運命”という奴を感じるよ」
運命だって、シュウヤも似たようなことを考えていた。
……嬉しい……運命。
「……うん、わたしとシュウヤは運命?」
わたしは告白した気分で聞く。
どうしよう……どきどきしちゃう。
「……そうかもしれない、精霊や神のみぞ知る奴だろう」
もうっこんな時に限って、ばかシュウヤは真面目なんだから。
……もうすこし女心を勉強しなさいよっ、とはまだ言えない。
言ったら負けな気分。ふんっだ。
……でも確かに神様を感じてもおかしくはないか。
「……確かに、シュウヤが話していることは分かる。今のように奇跡を起こせる、精霊、神様はすごいと思う。わたし、炎の精霊様と炎神様を信じていたけど、光精霊フォルトナ様や光神ルロディス様も信じてみようかな。まだ、信仰と言えるほどじゃないけど、教会へ行くかもしれない」
シュウヤは黒髪が目立つ頭をぽりぽりと掻きながら、
「……はは、まぁ、信仰は人それぞれだからな。実は釈迦の掌だった、とかは勘弁だけど、自由に考えて行動したらいいさ」
随分と宗教には寛容みたいね。
確かにわたしも人それぞれだと思う。
強制するもんじゃない。
でも、しゃかの掌という言葉は知らない。
どこかの宗教学で使われる言葉なのかも。
シュウヤは色々と旅をしてきたようだし、意外に博識なのね。
「……しゃか? が分からないけど、そうよね。 うん。でも、わたし、火の精霊さんが大好きだから浮気はしないんだ」
わたしには<炎の加護>というスキルがあるから、自分に言い聞かせるように話す。
「俺も水精霊と水神は好きだな」
この時、シュウヤの顔の表情筋が動いて反応していた。
「そうそう。自分の属性は大事だからね」
何も言わなかったけど、おかしなシュウヤ。 少し笑ってしまう。
「ところでさ、突然話を変えるけど、レベッカ、ぶぅたんとは何?」
「え? えぇぇぇ……何で知ってるの?」
うぅぅなんでわたしの部屋にある人形のことを……。
「寝言で言っていたからさ」
あぁ、わたしの馬鹿っ。恥ずかしい。
「……人形よ。いつも一緒に寝てるの……」
「あぁ、そうゆう……」
シュウヤは流し目で視線を逸らした。
うぅ、なんか同情されている感じがするんですけどぅ……。
助けられて嬉しかったけど、負けた気分。
◇◇◇◇
その後は、ちゃんと解放市場まで案内してあげた。
ふふ、ロロちゃんの獅子馬タイプに乗ってシュウヤのことを後ろから抱きしめちゃった。
何かヤラシイ事を考えてそうだったので、
「ちょっとぉ? 何か失礼なこと考えてないでしょうね?」
注意しといた。ふふっん。
解放市場に到着すると、わたしが働いているところが見たいっていうからベティさんのお店へ案内していく。
紅茶を売ってる普通の店なんだけど、紅茶に興味があるのかしら。
「おや、最近パーティを組ませてもらっているとか、言っていた、あの魔槍使いかい?」
ベティさんに紹介した。
「はい、シュウヤ・カガリといいます。レベッカとはパーティを組ませてもらっています」
「そうかそうか、レベッカをよろしく頼むよ」
「はい」
「それじゃ、ベティさん、彼を開放市場の方へ案内してくるね」
「行っといで、ちゃんとモノにするんだよ」
ベティさんに発破を掛けられてしまった。
店前から出て色々とお菓子の話をしてあげていたら、あ、あいつだ……。
カエル顔の男が近付いてきた。
「おや、レベッカじゃないか、男を連れて何をしているんだ? まさか彼氏か?」
「うるさいわね、こっちにこないでよっ」
「おうおう、嫌だねぇ、それでこいつは誰だよ」
カエル男はシュウヤを睨んで指を差した。
「アンタには関係ないわよ、向こうへ消えて」
わたしは強い口調で、何処かへ消えてと意味を込め腕を伸ばした。
「けっ、男なんだな……俺が先に目をつけていたのに、何なんだ。そこのお前、レベッカから離れろよっ」
カエル顔の男がシュウヤに喧嘩を売っている……。
どうしようもない馬鹿だ。
「いきなり現れてその言葉はないだろう、君はレベッカの何なんだ?」
「俺はレベッカの男だ」
「――違うっ、シュウヤ助けて」
わたしは咄嗟にシュウヤに助けを求めていた。
「……助けてやるさ、おい、カエル男、お前はお呼びじゃないらしいぞ、独りよがりはよくないな」
「くせぇ台詞だ。くせぇくせぇ、糞溜まりの平たい顔でイケメンヅラしてんじゃねぇ――」
あ、この瞬間カエル男は死んだと直感した。
シュウヤ相手に武器は抜いちゃだめ。
わたしは知っている、彼は普段とても優しくてスケベだけど……。
敵には容赦はしない。
迷宮でもわたしを中傷してきた冒険者たちの事を、最初、殺そうとしていたし。
「ご主人様、カエルを殺しますか?」
ヴィーネの表情は非常に冷めていた……。
シュウヤはあんな怖い子を奴隷にして扱いきれるのかしら。
「いや、俺が対処する」
シュウヤは紫色の特殊ハルバードを出現させると軽々と箒を扱うように下からぐいっとハルバードを回して、カエル男の股間に蒼い水晶体をぶつけて倒していた。
凄い、股間潰しの槍使い。
要らぬ心配だったわ……。
このシュウヤならヴィーネだろうと大丈夫そうね。
「あひゃっ」
カエル男は見てられない……。
と言いつつ指の間から見ちゃった。蒼い水晶体にきしょい液体が付いてるし……おぇぇ。
カエルは白目になって地面に沈んでいく。
シュウヤは容赦なく冷徹な顔を浮かべてながらハルバードの後端から氷剣を発生させて、倒れたカエル男の膝を斬っていた。
「ぎゃぁぁぁぁ」
同情しない。
無残に地面に転がるカエル男。
「レベッカ、やりすぎたかな……」
「ううん、助けてくれてありがと。大丈夫よ。こいつのことなんて誰も助けないと思う。この辺の一部を仕切っていた奴で偉ぶっていたから」
「そっか、なら放っておこう」
「うん」
死体になってたらわたしが片付けておこう。
衛兵がきたらちゃんと証言しないと。
でも、わたしの近所の人たちは皆知り合いなので誰も衛兵は呼んでないと思う。
関係のあるスリ集団も衛兵たちにわざわざ連絡するほど馬鹿じゃないだろうし。
そんな事を考えながら開放市場のすぐ手前までシュウヤを案内してあげた。
「ここからが本格的な市場。見ての通り色々な物が売っているの。でも、人が多いから荷物を盗まれないようにね。スリに注意」
「スリか、分かった。それよりさっきの放っておいて本当に大丈夫か?」
そんな事を言いながら、わたしの近くまでくるシュウヤ。
心配してくれているのか、屈めて真剣な顔を寄せてきた。
どきどきしちゃう、もうわざとやっているとしたら天才的ね。
ふふ、わざとじゃないことは分かってるけど。
もう我慢できない、自然と行動していた。
「……大丈夫。ありがと――」
わたしは爪先立ちをして、シュウヤの頬へキスをしていた。
急ぎ、恥ずかしい心持ちを見透かされないように誤魔化して、笑顔を浮かべてから
「これはお礼。そこまで過保護に守らなくていいわよ。それじゃ、案内はここまで、シュウヤ、ヴィーネ、またね~」
銀杖を背中に回しながらそう話していた。
「あぁ、またな」
「はい」
「あっ、地図の時は必ず、呼んでよね? 明日から毎日ギルドにチェックしに行くから」
「分かったよ」
大好きな彼の笑顔を見て満足。
わたしからの一方的なキスだったけれど、心に空いた風穴が塞がった思いを感じられて彼の頬に生えた僅かな髭が愛おしく思えた。
まだ心臓が高鳴っている。
この想いは本物よ。やっと見つけた気がする。
わたしにはハイエルフの血と一緒に恋の血も巡り流れているのだっ。
ふふっん、わたし天才かも。吟遊詩人のような言葉が自然と出てきちゃった。
よし、ベティさんに挨拶して家に帰ろうっと。
明日は儲けたお金で魔法書とか、服とか、あ、その前に新しくできた美味しいお菓子を売る店に行こう……ふふっ。