千三百六十五話 イルヴェーヌ師匠とバドラル大師匠
イルヴェーヌ師匠とバドラル師匠は生きていた。
バドラル師匠は大師匠と言うべきかな。
石畳の上で、十対二の戦いとなっていた。大丈夫か?
と黒装束の海老魔族たちが、角から魔弾を放ってイルヴェーヌ師匠とバドラル大師匠を追っている。海老魔族集団は、シャントル隊か、見たことがある。
飛び道具の連発に怒ったように反転したイルヴェーヌ師匠が、一人、海老魔族の三人の槍のような腕武器ごと体を両断して倒していた。強い――。
続いて、イルヴェーヌ師匠とバドラル大師匠が海老魔族たちを倒しまくる。
黒髪の槍使いの首と腹を、イルヴェーヌ師匠とバドラル大師匠が穿って倒した。
黒髪の魔族は悲鳴も上げられず。残りは、黒髪の二眼二腕の二槍使いが二人。
四眼四腕の魔族の四槍使いも二人、合計四人。身なりは黒装束。
黒装束の四人は警戒を強めてイルヴェーヌ師匠とバドラル師匠を見る。
赤みを帯びた真夜世界。
ここは、魔界王子テーバロンテが支配する土地ではない。
寺院のような建物だが……。
たぶん、パインモースか吸血神ルグナド様の所領だろう。
<闇透纏視>を意識したが発動せず。
どういう仕組みでイルヴェーヌ師匠の過去を追体験できているのだろうか。エヴァの<紫心魔功>を使わずとも、この現象が起きている。もしや、エピジェネティクスのように、DNAとRNAと似たデオキシリボ核酸のような遺伝子を介し、共通祖先をスキャンしたかのように、血に刻まれた情報が特定の条件で発現しているのか? あるいは、記憶の情報、あるいは魂の記憶そのものを読み解けているからなのか? もしかしたら、量子もつれのように、魂と魂が遠隔で繋がり、記憶が共鳴しているのかもしれない。自身の<血魔力>や称号の夜行光鬼槍卿などが、この現象のトリガーとなっているのだろうか。
<魔軍夜行ノ槍業>と<魔軍夜行ノ理>の恒久スキルの影響もありそう。運命などが関係した互いの魂が呼応した結果かな、ソウルメイトのような、かは分からないが、石畳は回廊のように寺院の敷地内に続いている。
庭には石灯籠と魔神たちの石像が複数存在していた。
イルヴェーヌ師匠たちの身なりは、胸の装甲が硬そうな以外は魔傭兵っぽい。
イルヴェーヌ師匠の太股の大きさが分かる鎖帷子は魅惑的。
魔獣の革と魔鋼が使われていそうなブーツを履いていた。
バドラル大師匠が、
「シャントル隊は雇われと思うが、お前たちは、パインモースの眷属か?」
と発言。
「違う、魔傭兵だ」
「ルグナドの連中より、お前たちを早く倒せとの命令なんだよ」
四眼四腕の魔族の言葉に、イルヴェーヌ師匠は、
「悪愚城は吸血神ルグナドに破壊されていたが、パインモースは健在なのか……」
と聞いていた。
四眼四腕の魔族は、
「じゃなきゃ、俺たちはこの場にいねぇ」
「あぁ、シャントル隊も雇えるほどだ、パインモース様は懐具合がいいようだな」
「あぁ、しかし、こいつらは強い……シャントル隊を一瞬で潰すとは……」
「二人と断罪槍を合わせて、極大魔石の二千五百個の賞金首なだけはある」
「それだけではない、こいつらの首級をあげたら第五の悪愚遺跡調査隊の人事権を得られると噂が流れている」
「それ、マジなのか?」
「マジらしい。そして、断罪槍は、吸血神ルグナドも狙っているとの噂だ」
「ならば断罪槍に人事権とやらも、俺がもらうとしよう――」
「あ、ゴウテ、仲間たちが揃うまで、待て――」
ゴウテと呼ばれた四眼四腕の魔族は<魔闘術>系統を強めながらイルヴェーヌ師匠に近付いた。イルヴェーヌ師匠はゴウテが繰り出す<刺突>の連続攻撃を断罪槍で受けず、後退して避ける。冷静だ。
バドラル大師匠は、銀色の魔槍を持つ。
ゴウテと仲間たちから呼ばれている四眼四腕の魔族はイルヴェーヌ師匠を睨みつけ、
「……線が細そうに見える二眼二腕の女に……(愚王級の俺が……チッ)、なぁ、皆、この際だ、標的を殺すまで報酬の件は後回しといかないか?」
と皆に提案していた。
「あぁ、了解した……ライバルは多いからな」
「シャントル隊の本隊は、吸血神ルグナドの部隊と衝突しているようだが?」
「パインモース様は、他にも魔傭兵を雇っている」
「聞いた、対吸血神ルグナド用と聞いている」
「そいつまでグラスベラの秘宝に興味を持ったら……」
「あぁ、四眼か二眼で四腕の槍使い、名はガンジスだったか?」
「さあな、では、先に行くぜ、キュカナ――」
四人の連続攻撃が始まる。
イルヴェーヌ師匠とバドラル大師匠は、巧みに<刺突>と<豪閃>のような攻撃を弾きながら反撃を返すが――手数に劣る、押され始めた。
「――良し、ゴウテ、そのまま行け。ババとボトーは少し下がった位置から左と右だ」
「「「了解――」」」
指示を出したのは四眼四腕の魔族。
イルヴェーヌ師匠の近くで相対しているのは黒髪の二眼二腕の二槍使い。
名は、馬場か。
隣に居るのは、四眼四腕の魔族で、名はボトー。
イルヴェーヌ師匠とバドラル大師匠は――。
ババとボトーの連続的な<刺突>と<豪閃>の攻撃を柄で受け流す。
急所への攻撃が多かったが、イルヴェーヌ師匠とバドラル大師匠のコンビは鉄壁。
自身の体を活かす防御力と体の再生能力の高さが売りか。
グラスベラ皇国が出身の二人。魔族グラスベラかな。
吸血鬼のような回復能力に身体能力を持つ存在ってことかな。
だから吸血神ルグナド様と争っていたんだろうか。
イルヴェーヌ師匠たちは、ときおり、体を前後させながら得物を振るう――。
その動きには緩急があった。左右への軸をずらす動きは分かるが、前後の動きは独特。
前後だから避けるのは難しいと思うが、此方側では、エスカレーターに乗っているようにも見えるような――。
体勢が俄に低くなりながらの下段と中段の攻撃を交互に繰り出していた。
相手に防御カウンターの山を張らせない。とイルヴェーヌ師匠とバドラル大師匠は――。
斜め前方へと跳躍しながらジャンピング<刺突>――からの<牙衝>のような下段攻撃を交互に繰り出し始めた。
四人の手数をものともせず、押していく。イルヴェーヌ師匠たちは駆け引きが上手い。前後する動きが強い体幹を活かしつつ、それをフェイクにしているんだな、勿論銀色の魔力を放てる<魔闘術>系統があってこその体幹の強さなんだろう。
その<魔銀剛力>の他にも、名前からして体を強くするような<断罪ノ半化身>に<断罪ノ化身>や<悪罰歩法>もあるようだからな。
それらの<魔闘術>系統の技術の強弱だけでもフェイントになる。
イルヴェーヌ師匠とバドラル大師匠は絶妙なタイミングで位置を交換。
いきなりの<龍豪閃>のような払いを繰り出す。ババは魔槍を盾に二人の一閃を防ぐ。
刹那、イルヴェーヌ師匠は、
「<断罪槍・月神一枝>」
とスキル名を口に出しつつ体から<魔銀剛力>の銀色の魔力を噴出させた。白と銀のグラデーションが綺麗な髪が輝く。
と、三日月の枝刃が伸びた? その片大鎌槍となった断罪槍を返す――。
「<魔銀剛閃>――」
一閃系のスキルを発動。
断罪槍の片大鎌槍の刃が黒髪のババの腕と胸を斜めにぶった斬る。
「げぇ――」
と叫びながら絶命。
石灯籠に背をぶつけた反動で壊れた人形のように床に転がった。
四眼四腕の四槍使いの一人は「ババ!!」と叫ぶ。
四つに魔槍の螻蛄首を盾にして、イルヴェーヌ師匠とバドラル大師匠の攻撃を巧みに防ぎつつ後退。
が、硬い石灯籠に背が衝突、左下腕が持っていた魔槍の石突が己の左足に当たり転倒――。
四眼四腕の魔族の槍使いも強者だと思うが、イルヴェーヌ師匠とバドラル大師匠を相対しては間抜けなことも起きるか。
イルヴェーヌ師匠の髪が輝くと体がブレる。
加速からのスライディングキックを転倒した四眼四腕の魔族に喰らわせる。
四眼四腕の魔族は衝撃で半身となって石灯籠へと再び背中から衝突し「ぐふぁ――」と血を吐いた。
イルヴェーヌは、その四眼四腕の魔族の体に右足で強烈なインサイドキックを喰らわせた。
ドッとした重低音と共に体が持ち上がった四眼四腕の魔族は、まだ手に持っていた魔槍でイルヴェーヌ師匠の頭部を刺そうとしたが、遅い――イルヴェーヌ師匠の片方の白緑の瞳が輝いた。
と、
「<断罪ノ月弧>――」
必殺技?
イルヴェーヌ師匠は片大鎌槍のような断罪槍を振り上げていた。
断罪槍の三日月状の刃が四眼四腕の魔族を縦にすっぱ抜く。
二つに分断された体の片方から内臓が散る、血飛沫が激しく散った。
イルヴェーヌ師匠たちは魔族だが、神界の小月の神ウリオウを信仰している?
まだ残る四眼四腕の魔族は、
「クソが、ゴウテまでを――」
と叫ぶと体から紫色の魔力を発しながら前進。魔槍の穂先の前後に漆黒の魔刃が出現。
その四つの魔槍の<刺突>系統のスキルと、漆黒の魔刃がイルヴェーヌ師匠とバドラル大師匠に向かう。
イルヴェーヌ師匠とバドラル大師匠は石灯籠を楯にし、連続的に繰り出される<刺突>系統のスキルの攻撃を巧みに避けていく。
そして、四眼四腕の魔族の四連続<刺突>を防いだ直後――イルヴェーヌ師匠とバドラル大師匠は、先ほどの<魔銀剛閃>の払い系統のスキルを繰り出した。
四眼四腕の魔族は反応。
右上下腕が持つ魔槍を盾にしつつ屈んだ姿勢からカウンターを狙う。
左上下の腕が持つ魔槍をイルヴェーヌ師匠に突き出していたがイルヴェーヌ師匠とバドラル大師匠のダブルの<魔銀剛閃>を、二つの魔槍では防げない、一つの魔槍が弾け飛び首の半分が切断された。
半分切れた四眼四腕の魔族は首がくっ付き始める回復力を見せるが、その頭部ごと縦に両断された。断罪槍を振り抜いたのはイルヴェーヌ師匠。
「キュカナに皆を――」
黒髪の二眼二腕の二槍使いが叫びながら朱色の魔槍を突き出す。
イルヴェーヌ師匠は断罪槍の穂先を下に動かし、朱色の魔槍を上から下に叩き付けた直後、断罪槍を振るい上げる、ショートアッパーの如くの石突が二眼二腕の魔族の胸元に向かう。二眼二腕の魔族は左手が持つもう片方の朱色の魔槍を上げて、断罪槍の石突を胸元で防いだ。
そこにバドラル大師匠の<刺突>が黒髪の魔族の脇腹に迫る。黒髪の魔族は右手の魔槍を下げて脇腹の<刺突>を防ぐ。バドラル大師匠の穂先から火花が散った。刹那、イルヴェーヌ師匠がぬっと前に出た。
下段蹴りが二眼二腕の黒髪の左足の関節にクリーンヒット。
足は折れまがり「げぇ」と叫びつつ体勢を崩したところの首に左に横回転をしたイルヴェーヌ師匠とバドラル大師匠の一閃系の刃が、その二眼二腕の魔族の首に吸い込まれていた。
二眼二腕の魔族の首はジュッと音を響かせ真上に飛んでいた。
すべて倒した後、
「良し、魔石にがめつい奴らだ、懐がそれなりだろう――」
と、バドラル大師匠が死体を調べていく。
イルヴェーヌ師匠は死体を調べず、周囲を見て、
「師匠、仇の悪愚王祖パインモースは健在の情報は……」
「吸血神ルグナドと戦って無事なパインモースか……戻るのは賛成しない」
「……私も無事だった」
「……あの後、洞窟に落っこちたから生きていたんだぞ、もう二度と近付きたくねぇ」
「……」
「【魔猪王イドルペルクの丘】の惨状も見ただろ。戻らず、近い【ルグファント平原】を目指そう」
「はい」
「だが、吸血神ルグナドたちが、俺たちに近付いてきたら戦うしかない」
「望むところ」
「……幼い頃から変わらんか」
と、バドラル大師匠が立ち上がる。
右に魔素――壁を乗り越えて敷地内に入ってきたのは、四眼四腕の魔族。
大柄だ、片目をわざとらしく瞑っている。
黒色と銀色の長い髪を後ろに纏めていた。
げ、魔人武王ガンジスだ。その魔人武王ガンジスが、バドラル大師匠とイルヴェーヌ師匠に、
「お前たちが、吸血神ルグナドに一撃を食らわせながら生きている魔皇グラスベラの一族か」
「……なんだ、お前は。パインモースの雇われか?」
「吸血神ルグナドたちと戦っていたが、だから何だ?」
「……ふむ、パインモースには雇われているが、それは、二の次だ」
「お前も断罪槍が目当てか」
「得物にはさほど、興味はない。断罪槍流に興味がある」
四腕を広げたガンジスは笑顔で語るが、怖い。
バドラル大師匠は顔に汗を生む。
そして、二人でしか分からない暗号を指と顔で出していた。
「……イル」
イルヴェーヌ師匠は驚く。
「え?」
「その白銀の髪の女は、イルという名か、お前の槍武術も断罪槍流なのだろう?」
「そうだ!」
ガンジスはニヤリと片頬を上げて嗤う。
二つの銀色の魔槍を持つ左右上下の腕を動かした。
そして、
「では、噂が真実か確かめさせてもらおうか――」
前進しながら二つの銀色の魔槍をイルヴェーヌ師匠に向けた。
体から青白い魔力を発して、左右の腕を交互に突き出した。
「なっ!」
銀色の穂先が連続してイルヴェーヌ師匠に迫る。
そのイルヴェーヌ師匠の体と一体化したような感覚を得た。
イルヴェーヌ師匠の鎧にはフォースフィールドのような魔力が展開されているが、<魔銀剛力>銀色の魔力を噴出させながら「<魔手回し>――」とスキルを発動。
ピコーン※<魔手回し>※スキル獲得※
おぉ、俺も獲得。断罪槍の片鎌槍の三日月形の枝刃が、ガンジスの右手が持つ銀色の魔槍を引っ掛けて横に弾き、左手の銀色の魔槍と衝突――と、少し驚いたガンジスは体がブレて退いた。
イルヴェーヌ師匠は追わず、見ていたバドラル大師匠はイルヴェーヌ師匠の前に移動して、
「ガンジス! イルヴェーヌは俺の弟子だ、戦うなら俺が先だろうが!」
バドラル大師匠が前進、足下の古い石畳が砕け散る。
続きは明日。
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