千三百六十二話 ヴィナトロスとの約束と<闇銀ノ穿玉>
「約束ですからね……」
とボソッと小声で呟くと、嬉しそうに微笑むヴィナトロス。
己のおへそが露出している魅惑的な腹に右の手を当てて「うふふ……」と少し怖さを感じる笑みを浮かべていた。
そんなヴィナトロスの上着は薄い和の衣を羽織っている。
ヘルメや沙・羅・貂たちと似ている衣だが所々に紐と金具が付いて法衣っぽい布の部分もある不思議な魔法の衣。その下に着ているのは晒布を巻いているだけのノースリーブ。美しい白磁器のような肌が魅惑的な鎖骨と両腕の肩と二の腕は見えている。キサラの姫魔鬼武装の修道女バージョンと少し似ているか。
ヴィナトロスの美しい乳房の形は女性の美が詰まっていた。
女神なだけはある。ふと、アイスの雪見だいふくが食べたくなった。
晒布で包帯のように巻かれた服だから物理的な防御力は低いかも知れないが魔力量は凄まじく内包されている。元悪夢の女王で神格を有した神様の一人だったんだから当然か、魔裁縫の女神アメンディ様のような特別な魔布、<魔布伸縮>のようなスキル効果があるはずだ。
そして、手首に巻き付いている無数の紐は悪夢の女神ヴァーミナ様と同じような能力だと予測できる。そんな光魔騎士ヴィナトロスに、
「……ヴィナトロスが神格を取り戻し、悪夢の女王ヴィナトロスとなったら、どうなるんだろう」
と聞いてみた。皆もヴィナトロスを注視する。
ヴィナトロスは頷いて、
「悪夢の女王の神格を取り戻しても、光魔ルシヴァルの眷属は眷属、血の螺旋は絶対に近い。光魔ルシヴァルの光魔騎士ヴィナトロスのままです」
「俺の<筆頭従者長>や<従者長>へと、悪夢の女王ヴィナトロスが成っても神格には、関係がないのか、俺よりも高い神格を得ることも可能なんだな」
「はい、可能、ですが、光魔ルシヴァルの眷属のままです。ただし、神格を有したら、傷場や魔の扉を利用した狭間を超えて、セラの次元に渡れなくなります」
正確には移動のさいに凄まじいダメージを受けるとかだったっけか。
「狭間があるから惑星セラがある宇宙次元は、守られているとも言えるか……よくできているな」
「そうですね、ですが、神格や本人の様々な能力を失いますが、セラ自体には渡ろうと思えば、傷場からセラに渡れますよ」
頷いた。
「渡れるが、そんな酔狂な存在は、いるか……」
「はい、神格を捨てることを、風狂、奇峭に捉える魔界学もありますから……良い意味で天衣無縫な方は結構います。そして、私事ですが、今の神格を失ったままのほうが、色々と好都合かも知れません」
色々か、含みを持たせた言い方だ。
悪夢の女神ヴァーミナ様と悪夢の女王ベラホズマ様の姉妹たちにも自分は神格を得ずにセラ側にも行けるほうが色々とお得と言いたいんだろう。ヘルメたちも頷いて聞いている。
そのヴィナトロスに敢えて、
「吸血神ルグナド様の支配、その血脈、血の螺旋から離脱可能となる、宵闇の指輪のような、反逆の魂器と、血逆の逆十字架に、血魂の逆紙帛などのアイテムでも、光魔ルシヴァルの血の螺旋から離脱することは可能なのかな」
と質問した。ヴィナトロスは少し考える。
そして、
「……光魔ルシヴァルの血脈は光と闇ですから……それらのアイテムを使っても意味がないはず、神々でも難しい」
「へぇ、そこまでか」
「はい、<ルシヴァルの紋章樹>の系統樹を見ますと……かなり複雑ですからね、光神ルロディスと闇神リヴォグラフなどが協力し研究などすれば、なんとか可能になるかも知れませんが……それでも不可能に近いかもです」
と、元魔界の一柱悪夢の女王ヴィナトロスの言葉だ、真実だと思う。
「相対をなす立場だから、あり得ないな」
「はい、または、〝堕天の十字架〟に磔にされていた〝堕光使エラリエース〟のように眷属が捕縛されて数千年単位の研究がされた場合は、離脱用の専用アイテムが開発される可能性はあります」
「あぁ、なるほど……」
ヘルメが、
「〝不可測の血布〟は光属性の血を吸えます。ブラッドクリスタルにも成る」
と指摘してきた。たしかに……。
〝不可測の血布〟は光魔ルシヴァルの血も吸える。
皆が頷いた。ヴィナトロスは、
「〝不可測の血布〟を、ラムーの霊魔宝箱鑑定杖のアイテム鑑定の結果では、製作者の名は出なかったようですが……魔界セブドラでは、対神界セブドラ用防御兵器の開発に有効活用できますから、かなりの品が、〝不可測の血布〟です」
頷いた。ヴィナトロスは更に、
「他に考えますと……魔皇バードインに仕えていた魔界騎士ファトラ・サドランのような状況の時に、秘宝や様々なスキルを連続したコラボによる未知な作用によって、光魔ルシヴァルの血脈から離脱が可能になる眷属が出現するかも知れない程度だと思います」
自然と皆が頷いた。するとヘルメが「……はい……」と小声で発言。
指先からちょろちょろと出ていた水の放出を止めて神妙な厳かな雰囲気を醸し出すと、
「……ヴィナトロスの話を聞いていたら、バーソロンやヴェロニカの<筆頭従者>たちの身が少し心配になりました」
と真面目に語る。頷いた。エトアは皆の顔を交互に見やる。
エトアはペルネーテでがんばっている<筆頭従者長>のヴェロニカの<筆頭従者>メルとベネットのことは知らないからな。ヴィナトロスは微笑んで、
「個人的な意見ですが、自ら光魔ルシヴァルから離脱したいと思う存在は、ほぼ皆無かと」
「「「はい」」」
エトアとヘルメとアンブルサンは直ぐに返事をしていた。
「そうですな」
「それは確かに……魔界セブドラの魔族では魅惑的な立場が光魔ルシヴァル一門に見えるはずです」
アポルアとナロミヴァスの意見に頷いた。
ヴィナトロスは、
「ナロミヴァスが語ったように、皆の顔色にも書いてありますが、女神の立場からでも、光魔ルシヴァルはかなり魅惑的です……メリットしかない光魔ルシヴァルの血の螺旋から離脱はあり得ない」
「そっか、安心できる」
「ふふ、そうですね~」
とヘルメとハイタッチ。
それを見ていたヴィナトロスは、
「ですが……離脱の可能性があるならば、シュウヤ様が持てすぎて……女としてのプライドが保てなくなる? 自信を喪失して、離脱したくなる眷属が現れるぐらいでしょうか?」
と最後は冗談だと思うが、一斉に、皆が俺を見てきた。
少し混乱した――なんばしよっと?
とレベッカの訛ったツッコミ声が、脳内を駆け巡った。会いたいなレベッカに……。
蒼くて、綺麗なレベッカの顔を思い出しながら、
「……それは、俺も気を付けよう……と思うが、戦力拡充も兼ねているからな……」
すると、ヴィナトロスは微笑みながら、俺の肩に身を寄せて、
「ふふ、すみません、少し意地悪な言葉でした」
と言ってくれた。やっこい乳の感触を左の二の腕に得た。
皆でのエッチング祭りの件を、批判しての意地悪だろう。
嬉しかったが、その乳を押し返すように――ヴィナトロスの背中に回した手で、ヴィナトロスの背中を押すようにギュッと抱いてから離した。そして、その手でヴィナトロスの片腕の二の腕を下から持ち上げ、
「このヴィナトロスの前腕に絡んでいる紐なんだが、武器でもある?」
と、質問。
ヴィナトロスは頷いて、
「はい」
と返事をした。ヴィナトロスの二の腕から手を離す。
ヴィナトロスは、両袖と両手首に巻き付き垂れていた<血魔力>を有した紐の先端を手首に引き戻してミサンガのような環を造った。
そのミサンガのような紐環から闇色の魔力を噴出させた、その宙空に躍りでた闇色の魔力の質は極めて高い。量はそれほどでもないが、質量が高いと言えばいいか……エトア、ナロミヴァス、ヘルメ、アンブルサン、四眼四腕のギリアム、百足高魔族ハイデアンホザーのペミュラスが一気にヴィナトロスの両手首を注視した。その濃密な闇の魔力を見ていると背筋がゾワッとしてくる。濃厚な闇魔力の中には無数の銀色の粒が浮いている。銀の粒は礫で小さいドリル、捻子のような形だ。
それがショットガン的に飛翔するなら凶悪な飛び道具になる。
「これは、<闇銀ノ穿玉>で、範囲指定が難しい範囲攻撃のスキル、必殺技に近いです」
「「おぉ」」
「……素晴らしい! 悪夢の女王としての闇属性の技術が詰まった攻撃スキルですね」
ナロミヴァスの興奮した言葉にヴィナトロスは頷いた。
<闇銀ノ穿玉>は名前も渋い、そのヴィナトロスは、両手首のミサンガのような紐の中に、その闇の魔力と銀の礫を吸収させるように消す。
ヴィナトロスの笑顔に魅了された。さて、魔軍夜行ノ槍業も揺れているし断罪槍のイルヴェーヌ師匠との修業をかねて断罪槍と手足をイルヴェーヌ師匠に渡すか。
続きは明日。
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