千三百六十一話 光魔沸夜叉将軍の喜び
黒い大型馬に乗ったゼメタス。
鉄鎖と金属製の魔力を有した馬鎧、鐙、銀覆輪の鞍と似た鞍が渋い。大魔獣ルガバンティに乗ったアドモス。そのルガバンティにも鞍がある。
見た目は黒い大虎のような大魔獣がルガバンティだ。
ゼメタスとアドモスを乗せている大型馬とルガバンティは、ハブラゼルの魔宿の厩舎の前の通りを前後する。と、俄に速度を上昇させて駆ける。
更に、手綱を少し引き体を傾けながら速度を落とした。
ゼメタスとアドモスを乗せている大型馬とルガバンティは、巧みに十字路の左を曲がると、そのまま水路橋を駆けて川向こうの大通りに向かう。
ゼメタスとアドモスは左からぐるっと回ってくるつもりか。
女将のハブラゼルたちに、
「漆黒の甲冑武者のような者が、ゼメタス、そのゼメタスが騎乗していた大型馬の名は、バセルンとドールゼリグンのどちらなんだろう」
と聞くとハブラゼルは、
「ドールゼリグンです、尻尾の先端の膨らみにモフモフの毛の量もバセルンより多い。後ろ脚の筋肉量もドールゼリグンのほうが多く、鞍骨に鞍笠や蹄鉄の形も異なることも多いのです。魔獣も魔馬も、雄と雌でも差が出ます。雌のほうが比較的に大きくなりやすいです。また、バセルン、ドールゼリグン、ルガバンティ、バブラーヤは、大魔獣覇王競争大会用と戦闘用、雄と雌、どちらとも成長により、形を少し変化させることがあるのです」
「へぇ、魔獣使い、調教師、テイマーの道は険しそうだ」
ハブラゼルは眉間に皺を作りつつ「……はい」と答えていた。
直ぐに眉間の皺が無くなったが、大魔獣覇王競争大会の経験者か。
過去に、レンと同じく女将ハブラゼルは、大魔獣ルガバンティかバセルンに乗って、大魔獣覇王競争大会に出場したことがある? 騎手だったんだろうか。それとも馬主的な立場の魔獣商会を持っていたのかな。
これは予想だが、大魔獣覇王競争大会に干渉してきた力を持った大魔商の誰かに、ハブラゼルの商会は潰された? とか、ありそう。
パンのトトムノ魔物商会を潰したアキサダのような連中は、他にもいるかも知れない。そして、パンの笑顔とアキサダに対して涙を流していたことを思い出した。トトムノ魔物商会を潰したアキサダ。許せないよな、トトムノ魔物商会に世話になっていたら……魔槍杖バルドークでアキサダをどついて殺していただろう。だが、相棒は当事者と言えると思うが、アキサダの命を取らなかったのには……悪は悪だが良心をアキサダから引き出せると感じていたのかも知れない?
韓非が引き継いだ荀子が首唱した性悪説に通じる話だが……そう考えると、相棒は素直に凄い。パンは、たぶん、神獣のロロに対しても憶せずに、アキサダを殺してと何回も言ったはず、それでも相棒はアキサダを殺さずに、俺の匂いを追ってきた。が、それは考え過ぎか。
オオノウチとアキサダの謀反を察知したから、様子を見ただけかもか。
予測をしたと言うより、神獣の第六感のようなモノがあったから殺さなかっただけだろう。どちらにせよ、正解だ。アキサダから血が流れたら、〝二刻爆薬ポーション〟は爆発し、多数の死傷者が出ていた。魔翼の花嫁レンシサの大眷属のバルキーゴも召喚され、市街で大混戦の戦いとなったはず。
【マセグド大平原】に近い前線の【ララガべ砦】、【ベーシアン砦】、【タクシス大砦】の防衛を担う魔傭兵隊長の暗殺はされず、アキサダの謀反に合わせて、悪神ギュラゼルバンや恐王ノクターの軍隊が攻めてきては、悪神と恐王の息が掛かった魔傭兵が連動し、【レン・サキナガの峰閣砦】の前線の砦は破られて、【峰閣砦】をも喰い破られてしまった可能性がある。
同時にそれは、【レン・サキナガの峰閣砦】だけでなくバーヴァイ地方全体の危機に繋がるだろう。恐王ノクターだと予測される魔商人ベクターと部下のゲラともアキサダは直に会い取り引きを行っていた。その魔商人ベクターと俺も会えるかも知れない。
それは同時に恐王ノクターと大規模な戦を避ける方向に持っていける可能性も出てきたということ。蛇の道は蛇だろうと、争い合う国をわざわざ増やすのは愚行の極み。同時に戦えば戦力は分散し、眷属のだれかが死んでしまうおそれがある。だから悪神ギュラゼルバン側だけに集中したい。
更に正義の神シャファと関係している宝類は獲得しておきたいし、アキサダが入手し、保管していたことも何か縁があるかもだ。そうしたことを踏まえれば、パンには悪いが、今、アキサダの命を取るのは拙い。
だから今度パンと会った時、正直に話をして謝ろう。
罵られても構わない、少女のパンのトトムノ魔物商会の無垢な方々の仇を直ぐに取ろうとせず、利で動いたと。パンにしたら、正義が歪められたと思うかも知れない。クズな権力者にしか見えないだろう。が、それも仕方なし。
そんなことを考えていると、地下から戻ってきていた妹のモミジが、
「……お姉ちゃん、そんな専門的な見方を初心者に教えても覚えきれないって、それに黒馬系のバセルンとドールゼリグンなら、バセルンの瞳の色が焦げ茶で、ドールゼリグンの殆どが青緑だから、瞳の色違いで覚えたほうが一発でしょ」
「あ、ふふ、それもそうね」
と、ハブラゼルが俺を見ながら発言。
モミジも俺を見つつ頷いてきた。モミジの格好が着物ではなくなっている。角灯を浮かせたまま、ラフな用務員的な格好となって、両手に小さいバケツを持っていた。
他の女中と同じような格好となっている。
着物はハブラゼルやレンと同じような、衣装変換魔道具で、今の姿にも変化が可能ってことかな。レンの場合は煙管を起因にした変換魔道具だったが……。
早速、厩舎の敷居の中で大人しい黒馬と黒い大魔獣ルガバンティたちを見た。
たしかに……二人が教えてくれたように――。
各動物と魔獣ごと、微妙な違いがある。と、敷居の壁の幅狭い上を魔猫たちと魔獣ポプンが乗った。魔猫たちは一列と成って狭いところを歩いていく。
数匹が黒馬の背に跳び乗って遊んでいた。
最後尾のうりぼうと似た魔獣ポプンが可愛すぎる。
魔獣ポプンは一生小さいまま? プニプニしていそうな体を保つのだろうか……もしそうなら人気が出ると思う。と、エトアが壁の下の台を壁に寄せてから、その上に乗って壁の上を歩いている魔猫たちに手を伸ばしている。牧場の厩舎にいるような少女と動物たちって印象だ。非常に微笑ましい、牧歌的で絵になる。そして、モミジが教えてくれたように、黒馬の違いは瞳の色合いで丸わかりだった。焦げ茶がバセルンで、青緑がドールゼリグン。
バセルンとドールゼリグンとも瞳の形は地球のサラブレッドと似ていて可愛い。その大型の黒馬の数はバセルンが十頭、ドールゼリグンも十頭、黒い大魔獣ルガバンティが十頭でそれぞれ微妙に体の大きさが異なる。雄と雌の違いはここからでは分からないが……一物があるなら雄かな。
しばし、観察してから、モミジに会釈し、
「二人とも、大型馬のバセルンとドールゼリグンの見分けがついたよ、ありがとう」
「はい」
ハブラゼルは普通だったが、モミジは頬を朱に染める。
そのモミジは、
「……ふん」
と帽子を頭部に召喚し、鍔に手を当て深々とかぶり直し、不満そうに視線を逸らす。
短気そうだから怒らせないようにしよう。だが、モミジの両手に召喚していたハンマーフレイルを活かした武術は興味がある、わざと怒らせたら、突っ掛かってきて、手合わせできるかな。が、そんな大人げないことはしない。しかし、モミジも未知の吸血鬼か……<血魔力>の勉強にもなるなら……が、光魔ルシヴァルの<血魔力>を浴びてもモミジたちは大丈夫なんだろうか。ヴェロニカがまだ普通の吸血鬼だった頃、俺の血を吸おうとして火傷のような傷を受けていた。
するとゼメタスとアドモスが、背後から帰ってきた。
そして、黒い大魔獣ルガバンティに騎乗していたアドモスが、
「閣下と皆様方! この魔獣はソンリッサよりも強さがある!」
「ンン、にゃ」
「にゃァ~」
アドモスはハブラゼルの魔宿の前で降りた。納得だ。
相棒の黒虎バージョンと似ている、黒い大魔獣ルガバンティ。
両足の甲には鋼の鱗のような装甲も付いている。
「おう、見た目通りか」
「はい! 戦闘でも大いに活躍をしてくれると分かりまする。次は大型の黒馬たちを試しまする!」
「了解」
アドモスは、大魔獣ルガバンティの轡から伸びている手綱を掴みつつ、厩舎の中へと黒い大魔獣ルガバンティを誘導させて進む。しかし、ソンリッサは見たことがない。
ソンリッサと似ていると、前にゼメタスとアドモスが語っていた草食動物の見た目は、犀とシマウマが融合したような動物だったから、犀か、カバか、それ系の魔獣だとは思うが……ルガバンティは黒虎と似ている大魔獣。
厩舎を歩くアドモスを出迎えるように、足下を「「にゃ、にゃぉぉ~」」と魔猫たちが行き交う。アドモスは歩む速度を落とした。
アドモスに連れられている黒い大魔獣ルガバンティは敷居の中に自ら入った。
頭が良い。オウガとキュティの姿を思い出した。
大型馬に乗っていたゼメタスも
「閣下、この大型馬ドールゼリグンは素晴らしい膂力を持ちまする、ソンリッサを超えている!」
「良かったな、そのドールゼリグンもゼメタスの物」
「はい!」
「ンン、にゃ、にゃ、にゃ~」
「ンンン、にゃァ~」
ゼメタスの眼窩の黒い炎がキラキラと輝いて見えた。
よほど嬉しいのだろう。
アドモスもだが、魔獣に乗るのが大好きっぽい。
相棒と銀灰猫もそんなゼメタスを出迎えるようにゼメタスの両足に頭部をぶつけては、ゼメタスが連れたドールゼリグンの鞍に乗って、鞍の匂いを嗅いでいた。
そのまま厩舎の中を進むゼメタス&ドールゼリグンに乗った相棒と銀灰猫。
大型馬バセルンを選んだアドモスとゼメタスたちが交差し、アドモスと大型馬バセルンが此方側を通る。アドモスは、
「閣下、このバセルンも試してきまする――」
「おう、行ってこい」
「ハッ!」
「ヒヒーンッ」
アドモスは大型馬バセルンの腹を少し蹴っては通りに出た。
そのまま、前後の右の通りを進む。
ゼメタスは黒い大魔獣ルガバンティの一匹に話しかけながら手綱を引いて誘導する。黒い大魔獣ルガバンティが一瞬ビクッと体を揺らした。怯えた猫に見えたが相手が相手だ、仕方ない。すると、大食堂と通じた扉が開く。そこからギリアムとヴィナトロスとナロミヴァスとペミュラスが現れた。
「ギリアム、連絡役ミツラガはまだのようだな」
「はい」
「早いとこ、とっ捕まえたいが」
「シュウヤ様、お話があります」
「ヴィナトロス、なんだ?」
「あ、皆はいいのですが、食堂には他の魔族たちがいるので」
「了解した、上に行こうか」
「はい」
と、厩舎から出た。
黒猫と銀灰猫はゼメタスとアドモスたちと一緒に外周りに出たか。
「あ、皆様、魔猫たちが、ここにいっぱい、可愛いんです~」
とエトアは寄ってきた。
「エトア、ちょい最上階に戻る」
「はい、緊急ですか?」
「あぁ、大丈夫だろ、ヴィナトロス?」
「緊急ではないですが、エトアも一緒のほうがいいかと」
「お、そっか、ならエトアも」
「はい!」
皆に目配せ――。
<武行氣>を意識。
エトアとヴィナトロスを抱きかかえて――。
「あっ」
「きゃ」
<導想魔手>と<鬼想魔手>を生成し、皆に乗ってもらった。
浮遊して、最上階のベランダに向かう。早速、エトアとヴィナトロスを降ろす。ヘルメが起きて植物に水を撒いていた。他の皆はまだ寝ているかな。そのヘルメも水飛沫を周囲に発生させながら此方に寄ってくる。
「閣下、お帰りなさいませ」
「おう、ゼメタスとアドモスが大型馬バセルンと大型馬のドールゼリグンに大魔獣ルガバンティを試し乗りしている」
「そうですか、ルクツェルンの暦で得た報酬ですね」
「おう、聞いたか」
「はい」
そこで、ヴィナトロスに、
「ヴィナトロス、話とは?」
「はい、【レン・サキナガの峰閣砦】の市街に、悪神ギュラゼルバン様と恐王ノクターと通じていると言われている魔傭兵団ゴイアン、魔傭兵団モゼルダ、魔傭兵団ゼルタクスゼイアンの関係者がいた商店を発見し、追跡して溜まり場の一つを見つけました」
「おぉ、アキサダが捕まった情報はもう流れていると思うが、まだ逃げていないとはな、それにしてもヴィナトロス、良い情報を獲得してくれた」
「はい……」
と、何かを言いたげなヴィナトロス。
「どうした?」
頬を朱色に染めて、俺の耳元に、
「皆様とのエッチなことです、わたしは外に出たタイミングでしたので、あの……」
「悪い、皆とのエッチング祭りか、途中から乱入してきても良かったんだが」
「皆、美しいですし、シュウヤ様がご立派過ぎて、それにイモリザ様のように気軽には、参加できなかったのです」
「分かった。今度はヴィナトロスとも個人的にお願いしたい」
「はい!」
続きは明日。
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